ダクタイル鋳鉄管 1
本当に、異世界に行けるんだろうか。
すっかり太陽が落ちたのに猛烈に蒸し暑い。
ハンカチがべとべとする。もう捨てないと。
僕はしきりに額を拭いつつ、手にしたチラシを何度も見返した。
くしゃくしゃになった粗悪な紙に印刷された不明瞭な地図。
唯一はっきり読み取れた番地は、閑散とした工場外の一角にある、この建物のものだった。
「門司管工」
間違いないよな?ここで合ってるよな?
見た感じ、何の変哲もない町工場だけれど。
困惑しながらも、そっとドアをノックしてみる。
……返事は無し。チャイムらしきものも見当たらない。
嘘だろ?ここまできて本日休業なんてあるかよ?
未練がましくノブを回してみる。
ドアは簡単に開いた。
一瞬、躊躇してしまう。
ええい、今から異世界に行こうってのに、何をためらってるんだ!
僕は意を決して、建物の中へ勢いよく踏み込んだ。
資材が積み上げられ雑然とした空間。
事務机の向こうにはエルフが座っている。
エルフは立ち上がり、僕に向かって、優雅に一礼した。
艶やかな唇が、凛とした声を紡ぐ。
「ぶっ殺すぞ底辺ゴミ。ようこそいらっしゃいませ」
……えっ?
……………………えっ?
いや待ってくれ、情報が、情報が多いって。
大いなる混乱の中、僕は意識を総動員して、状況の把握に努める。
色が白い。彫りが深い。オーラが清い。そして何より、耳が長い。
まごうことなきエルフだ。
でも、随所がおかしい。
なぜ、作業服を着ている?
どうして「長谷川」という名札をつけている?
そして、なぜ僕を真っ正面から見据えたまま、無言で突っ立っているんだ?
「……あのさあ」
背後からの声。
振り返るとそこには、コンビニ袋を提げた、背の低い男が立っていた。
「これは、どういったシーンなんだ、長谷川」
「人が訪ねてきたので声をかけた、という場面だ」
「で、罵倒したの?それとも挨拶?」
「両方だ。どちらが適切か忘れたんでな」
「……よおし、心優しい社長が、正解を見せてあげよう」
小男は深い溜息をつくと、僕に向かって目のない笑顔を見せた。
「いらっしゃいませ、お客様。異世界行きをご希望ですね?」
こうして僕は、異世界へのパイプ役、門司と出会った。