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プロローグ 目視確認

 全裸の太った男性が、紫色の池に堕ちていく。


 長谷川は、落下するその姿を、まじまじと覗き込んでいた。


 生まれたまま、と呼ぶにはあまりに汚い、肥えた青白い身体。

 醜い肉塊は、縦回転しながら堕ちていく。

 男の顔が、こちらを向いた。無精ひげ。弛んだ顎。

 意識が無いにもかかわらず、目をつむった男の顔は、とても幸せそうだった。

 口から溢れる大量のよだれが、異界の空にネバついた弧を描く。

 紫の池から立ち上る湯気に塗れながら、男は回転を続ける。

 下がる頭、代わりに上がってくる巨大な尻。

 そして長谷川の並外れた視力ですら目視が難しい、股間の粗末な


「はいはいはい終わり終わり終わり!」

 

 苛立った声とともに、門司は、異世界への入り口を閉じた。

 

「お前アレだな、洗濯機が回ってるのとか、ただジッと見てるタイプだな」

 

 長谷川は答える代わりに、立ち上がって作業ズボンの尻をはたいた。

 背の低い門司は見下ろされる形になり、無言の圧力を覚える。


「……なんだよ」

「次の依頼があるわけでもなし、見届けてもいいだろう」

「あんまり入り口開けっ放しにしたくねえんだよ、忘れたのか、こないだの一件」

「ああ、『とり』が飛んできたときだな、あれは面白かった」

「こっちの世界ではアレを『とり』とは呼ばない」

「空を飛ぶのは全部『とり』じゃないのか」

「違うな。あれは『巨大人食い鬼トンボ』だ。あんなのもう勘弁だって」

 

 トンボに千切られかけた右腕をさすり、門司は顔をしかめた。

 その様子を全く顧みず、長谷川はデスクに向かう。

 がらんとした倉庫の中に並べられた事務机。

 天板の上に放り出された、表紙に「業務日誌」と書かれた大学ノートを開く。

 

「依頼は家族からだったか」

「そ。働かねえ家から出ねえ、典型的なやつ」

「なんで裸だったんだ」

「入浴中に意識飛ばした。あ、これ書かないでいいぞ」


 早口の注意を受け、長谷川は書きかけた「ふろ」の文字を塗り潰す。


「……さっきの赤い池」

「あ?」

「さっきの赤い池も『ふろ』みたいだったな」


 長谷川が漏らした一言に、門司が手を打ち合わせた。


「そう、それがいい!アイツはきっと書籍化されるぞ!ストーリーはこうだ!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 


「無職で非モテな俺の唯一の趣味、それは入浴!

 浴槽でついウトウトしてしまい、気が付くとなんと、そこは異世界!

 おまけに目の前には、一糸まとわぬエルフの美少女がいて……!!

 『うわーっ!ご、ごめんなさい!』

 『あなたはもしや……伝説の勇者様!?』

 肌色満開!入浴満載!

 裸一貫から成りあがる、俺の魔王討伐物語!!!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 朗々と読み上げられる架空の粗筋が、殺風景な建物内に響き渡る。

 門司は満面の笑みで振り返った。


「……ザっとまあこんな感じだな、どうだ長谷川!」

「ダメだな」

 

 長谷川は即答した。


「なんでだよ!サービスシーン多めで売れそうだろうが!」

「『ふっとう』」

「あ?」

「あの池、ぼこぼこ泡が出てた。『ふっとう』だ。耐えられるのか人間は」

「う……」

「それに池なのに紫色だった。毒のにおいがした。耐えられるのか人間は」

「……いやその、ファンタジー入浴剤の可能性も」

「ずいぶん長く落ちていたぞ。池が浅かったら、耐えられるのか、人間は」

「……」


 長谷川は日誌を書き終えた。

 門司はじっと足元を見つめている。

 さっき男が落ちていった場所。異世界への扉が開いていた場所。

 

 そこにはただ、コンクリートの床が広がっている。

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