Vol.52‐ⅰ 『私、面接官じゃないよ?』
一度完結済みにさせといてからの〜また連載の設定にする。これで一話投稿する度に完結済みにさせてたら「ええ…」って引くけど、当分、のんびり投稿していこうと思うのですんません。
一応、聞きたくもないだろうけど、再開を選んだ理由は『また毒吐き人生に戻ってしまいそうだったから…』であります。このエッセーを始めたときと同じ理由なのですが、好きなことを言うって気持ちいいのだ。だーれも気にせず喋る、垂れ流す、放置。
――とまあ、そんなこんなです。でも一番は人に文句付けてないで自分で考えようって。
約四年、作者として拙いながらも書いて、エタって、書いて、またエタり、短編書き…だのやって来まして、その考えの今出来る範囲の自分の纏めをただ書きとどめて行くのであります。
その第一歩目が――っ‼
◆ 登場人物の登場 ◆
たまたま、『薄っぺらい登場人物しかいない』的な文章を目にすることがありまして、その気持ちよくわかるよって思いつつも新(?)こさじとなってからは疑問にも思う言葉であります。
えーこれを読んでくださっている方…一度くらいは心理テストやったことがおありではないでしょうか? もっと身近なら星座占いでもいいっす。
思い浮かべて見てください、「蟹座のあなた」なんて言葉。“あなた”の部分には蟹座の老若男女がひしめき合っているんですよ。一人一人別の人間だけど、星座占いなり、血液型占いなり、心理テストの結果ABCなり、思春期のお子さんなり、反抗期中の子供なり、家庭環境の格差なりなんだり、いっぱいいるはずの一個人なんて何パターンかの例の中に当て嵌まってしまう。そういう風に区分される。
何が言いたいかって、あの作品とこの作品とその作品のヒーロー・ヒロインが似ているなんてことを思うのは、当然ちゃ当然である。境遇が似てりゃ、環境が似てりゃ、作者の憧れ趣味嗜好が似てりゃ、似てる作品だって出来上がるもんだろうって。
でも、問題はツンデレだの、クーデレだの、デレデレでも、ドSでも、ドMでも、どこかの診断結果のカテゴリに入れられてしまっているわけで、そのカテゴリの種類がただ単に少ないだけだ。
赤の他人だけど似ている人なんて、生きてりゃ出会うものである。そんなことは他人の作品を批判…批難かな?する要素ではないのではないかって話です。前振りが随分長くなってしまいましたけど、今日は喋りたい気分なので勝手に気ままにやりますわ。
で、他人の作品の登場人物について、人生経験が足りないからだとか、人間味が足りない、リアリティがないって登場人物の“性格”に突っ込みたいのか、登場人物の“登場の仕方”について突っ込みたいのか、定まってないのに引っ張り出して来て他人の作品に愚痴っている人を見て、言いたくなったんですよね。
「結構、作者さんて事細かい人物設定を作ってるって」
思ったのは、みてみんで絵を描きますっていう募集にびっしり髪の毛の色から長さから肌の色から乳から身長から頭のテッペンからつま先まで、作者さんは設定を作っているもんである、と。それプラス、性格も勿論決めてんだよって。
勿論、見切り発車で何もかも出たとこ勝負の作品も少なくはないでしょうが、曖昧だけど「こんな風にしたいな」って書けば書くほどに膨らんでいくこともある。
だから、だから?って思うかもしれませんが、別に薄っぺらくないんだ。ここまで作者さんに育てられているものなんだって、だから要は性格が問題じゃなくて、ただただ書き方の問題なんだってことであります。
作り込んいるからこそやらかしてしまう、出だしの履歴書説明文になってしまうのだ、きっと。
読者は面接官ではないのです。
登場人物の一挙手一投足、それにかかわる流れ――登場人物繋ぎ合わせて、絡ませて、物語で生きている雰囲気を味わいたいのであります。
立派に育てた登場人物らを過保護に、作者さんの自己満で命を終わらせるなって話でありました。だって、その渾身の説明文なんぞたいして読んでないもん。私の場合ですけれど…
('・ω・')
「次回、『履歴書を第一話目から料理してみよう』の巻……たぶん」





