Vol.49 『観察』
世間の子供たちはもう夏休みなんだね…と思うと、懐かしいような苦いような。
それで朝顔の観察日記とかプチトマトの観察日記とか宿題が出されたけど、枯らすのに長けた私には辛くて辛くて辛すぎる宿題であったけども、今思うと観察してなかったからなんだよね…
たまーに窓から顔出して、まだ咲いてない、まだ咲いてない、まだ生ってない、で近付いてまじまじと見ないから意欲も何も湧かずに最終日に焦って図鑑見たりしてテキトー書いて終わっていたんだ。
……うん、なんの話かというと、夏だし何か観察してみない?な話。
大掛かりで、金かけたようなもんじゃなくてさ、道端に生えた猫じゃらしをよく見ようとか、根付いたタンポポの葉っぱらしきものがあるがいつになったら茎が出てくるんだろうか…とか、網戸に張り付いたカメムシの臭い度はどれほどのものか、日中裸足で履いたスニーカーの臭さと比べてどうだろうか…とかさ、くだらなくも何かを夢中に観察し、味わったりするのも、その気が湧いてくるのを季節に任せてやってみようじゃないか――なんて。
それがタメになることかわからない。
でも、夢中になって観察するって結構楽しいし、なんでか頭の中で物語が始まってんのよね。
死んでたと思ってた多肉植物が生きてて、しかも土にびっしりと苔までこさえちゃってさ……でも、炎天下に置いてたら苔が焼き海苔みたいになってた。
けど、多肉植物はピンピンとしてんの…「…お前、苔の養分を奪って暑さを乗り切ったのか?」、「ええもうこの手しかないと思いまして…」なんて。苔王国の滅亡と大いなる多肉植物の野望……
暑いですが、水分塩分休息そしてあれやこれや、無理せず観察するのであります。
“妄想する”とは、“観察する”であると思うのです。





