海と雪とタク
「ねぇ!海行きましょう!海!!」
それは、彼女のそんな一言から始まった。
「と、突然どうしたの?雪ちゃん。」
「どうしたの、じゃないわよ。いいから準備しなさい。今から海よ。」
ふんす、ふんす、と興奮している彼女は気分屋で、時々こういったことを言い出す。
それはもう慣れた。
かわいいし。
慣れたのだけれど……。
(どうして既に水着なんだ……!)
その格好に思わず頭を抱えてしまう。
そんなことも知らず、今すぐ海に飛び込める状態の雪ちゃんはこちらを覗き込む。
「どうしたのよタクヤ。頭なんか抱えて。」
「いや、その水着すごく可愛いから。」
「かっ、かわ……!!」
「……ん?あれ?」
とっさに、言ってしまってから気づく。
雪ちゃんは「可愛い」と言われると不機嫌になってしまう事を。
今も、顔を赤くしてプルプルと震え出してしまった。
「……は、早く行くわよ。」
幸いにも、怒られることなく部屋を出て行く。
そんな時の顔も可愛いので、ついつい言ってしまうことがあるのだが、さっきのは完全に不意打ちだった。
可愛いのになぁ……。
「と、さすがに準備しよう。」
急とは言え、海に行くのは賛成だ。
まだまだ暑いし、泳ぐと気持ちいいだろう。
「おまたせ、雪ちゃん。」
「……………………。」
必要なものを詰め込んで玄関に向かうと、雪ちゃんがうずくまっていた。
「えぇ、どうしたの。」
「遅いわよ。」
「ごめんごめん。じゃあ行こうか。」
再度声をかけるとぶっきらぼうな声が返ってきた。
それに謝りながら家を出る。
家から海はそれほど遠くないので、二人して電車に乗り込む。
10分も揺られれば到着だ。
外では、じわじわとセミが元気に鳴いている。
今日も暑くなりそうだ。
◇◆◇◆◇◆
海についた僕らは、早速駆け出した。
熱く灼けた砂浜に足を取られそうになったり、飛び込んだ海のしょっぱさに驚いたり。
クラゲやヒトデを見つけて突っついたり。
「くらいなさい!!」
「わっぷ!冷た、しょっぱ!!」
どこからか取り出した水鉄砲で狙い撃たれる。
飛んで来た塩水をモロに顔で受けてしまい、ひっくり返りそうになりながらなんとかやり返す。
「それっ!」
「きゃぁ!!」
手で掬った水を雪ちゃんに投げかけては、水鉄砲で撃ち抜かれて。
水の掛け合いを楽しんだ後は、二人して水面で漂う。
「はぁ、ごくらくごくらく……。」
「ふぁー……あー……。」
早くも遊び疲れてしまった僕らは、ゆるーく水を掛け合いながら夕方まで揺られていた。
◇◆◇◆◇◆
「ぜはー……、はー……。」
「だらし無いなぁ。疲れたの?」
肩で息をしながら手すりにもたれかかっている僕に、雪ちゃんが笑いかける。
ニコッ、でもくすっ、でもなく「にやり」とした笑み。
ふぅ、と長く息を吐いてから体を起こす。
「……で、なんで急に海に来たかったの?」
最初から感じていた疑問をぶつける。
雪ちゃんは唐突に言う事が多いけど、ちゃんと考えてたりもする(多分)。
そんな僕の質問に、そっぽを向いた雪ちゃんは。
「……別に、ただ急に来たくなったのよ。」
カクッ!
予想外の言葉に膝から力が抜ける。
「い、いいでしょ!?」
怒って詰め寄ってくる雪ちゃん。
その顔はなんだか笑っているようにも見えて。
(かわいいなぁ。)
「かわいいなぁ。」
「……ふぇ!?」
「……あ。」
思わず漏れ出た言葉に、今度こそ怒った雪ちゃんの蹴りが、綺麗に僕の腰を捉える。
蹴りが入る音と情けない僕の声、それに雪ちゃんの罵倒が、波の音をかき消して響き渡ったのは言うまでもない。
◇◆◇◆◇◆
「で?雪。どうだったのよ、件のおデートはさ?」
「どうって、なにもなかったわよ。」
ファミレスにいる二人の少女。
片方が乗り出していた身を引き戻す。
「えー?でも水着で誘惑ぐらいしたんでしょ?」
「ししし、してないわよ!!」
慌てたのか、今度はもう一人の少女が身を乗り出して叫ぶ。
瞬間、店内の注目を集めてしまい、羞恥で赤くなりながら座り直す。
「え、その反応まさか……。あんた、本当にしたの?まじで?」
「うぅ……。」
その時のことを思い出したのか余計に赤くなる少女、雪。
今にも消えてしまいそうだ。
「だだ、だってエリがしろって……。」
「はー、ほんとに。変なところでガッツあるわね。……で、どうだったの?」
「か、かわいい、って……。」
もじもじとしながら答える少女に、もう一人が身悶えする。
「で、でも。やっぱり私じゃ合わないよ。散々振り回しちゃったし……。」
聞けば、最後に件の彼は疲れ切っていたらしい。
それを彼女は反省しているらしい。
が。
「それこそ聞いてみないとわからないでしょ?……告白はしたの?」
「ま、まだ……。」
「かー!」
雪の返答に、頭をかかえる少女。
「なんで、水着で誘惑できるのに、告白ができないかなぁ。」
「ゆ、誘惑……。」
聞いているのかいないのか、曖昧な表情で返事する雪に目の前の少女が立ち上がる。
「とーにーかーく!好きならさっさと告白する!私も応援してあげるから。」
立ち上がった勢いが強く、彼女も視線を集めるのだが気にしない。
そのまま、伝票を鷲づかむと会計を済ませて、店を出て行った。
半ば放心状態の雪を置いて。
◇◆◇◆◇◆
あの後。
なんとか家に帰り着いた雪は、すぐさまベッドに転がり込んだ。
思い出すのはもちろんこの前のこと。
恥ずかしかったけど、思い切って水着で海に誘った。
タクヤがかわいいと言ってくれたのに、恥ずかしくて逃げ出してしまった。
海ではたくさん遊べた。
不思議と恥ずかしさは小さくなって、いつもよりはしゃいだ。
タクヤと遊べるのがとても楽しかった。
夕方にはまた恥ずかしさが戻って来た。
二人でならんでいると緊張してうまく笑えない。
顔が真っ赤だったことはタクヤに気づかれてないだろうか。
またかわいいと言ってもらえたのに、恥ずかしくて蹴ってしまった。
(ううー……。)
思い出すだけで恥ずかしさに押しつぶされそうになる。
それぐらい。
きっとそれぐらい、タクヤが好き。
(うううー……。)
ごろんごろんと、何度も寝返りをうつ。
それでも抑えきれない気持ちをどうにかするために目を閉じる。
(タクヤもいつか私のこと……。)
ありえない、と思いながらもそんなことを夢想して、その日は更けていった。
ども、Whoです。
「イラスト」で「小話」を想像する企画第二弾。
今回もspikeくんにお願いしました。
この企画は自分の引き出しをどんどん増やして行けるのでどんどんやっていきたいです。
ラフでも大丈夫なので、「やってやるよ」という方がいれば声かけてください。
お願いします。
ではでは。