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8、許したい女(匠)

法要の後、今日は寺ちゃんとこのお寺に泊まることになった。

兄ちゃんに仕事を押しつけた祖母ちゃんと親父が、久しぶりに寺に泊まると言い出したのだ。

親戚は皆、そそくさと帰ったけれど。


寺ちゃんとこの、この金色千院こんじきせんいんは宿坊だから、是非にと勧められて。

宿坊とは、宿泊施設があるお寺のことだ。

一般の人でも、予約すれば泊まれる。

俺はもちろん泊まるつもりだったけれど。

1日だって寺ちゃんと離れるなんて考えられないし。


宿泊する部屋は特別室っていう、まるで高級旅館の1室みたいな、良い部屋だった。

だけどその部屋に泊まるのは、俺と、ばあちゃんと、親父の3人。



「ええー、寺ちゃんは、ここに泊まらないのー?」


お茶とお菓子とおしぼりを運んできた寺ちゃんに訴えると、あっさり。


「自分の部屋があるから。」


そうかわされた。


寺ちゃん、冷たい・・・。


思わず泣きそうになったが、親父がニヤニヤしながらこちらを見ているので、なんとか頑張ってこらえた。

ムッとして、親父を睨むと、ぷっ・・・と、今度は噴き出された。


「何だよぉ。」


「いやー、本当に、いいをゲットしたなーって思ってさぁ。なんか・・・今になってやっと、麻里亜の言ってた事が、分かった気がする。」


「お袋が?・・・何て言ったんだ?」


俺がそう言うと、親父は俺をじっと見つめて少し黙りこんだ。


「いや・・・な?・・・お前の事、ずっと周りが・・・麻里亜の浮気でできた子供だって思ってただろ?」


「あー、親父も兄ちゃんもブサメン代表だしーなぁ。」


そう言うと、おしぼりが飛んできた。


「・・・あんまり周りが酷い事言うしな?終いには、お前にまで周りが言い出したからな、いっそのことDNA検査して白黒つけようって、俺言ったんだ・・・だけど、麻里亜が・・・そんなことをしても、根本的な解決にはならない。結果が出たって、すり替えたんだろうって陰で言われるに決まっている。それよりも、そんなことに振り回されないで、匠をきちんと愛情持って育てよう。いつか真実の目を持った人が必ず現れる。誰が、何が、間違っているのか、真実はひとつだから・・・って。」


「お袋は、預言者かよー。」


「お前の事を思って言ったんだぞ?確かに、疑うやつは、何とでも言うからな。だけど、一気に解決したしなぁ。いろんなことが・・・お前には、本当に悪い事をした。」


そう言って、親父が俯いた。


5年前、フランスの有名な3つ星レストランが日本で初めて神戸に店舗を出すことになって、レストランの建築デザインが公募された。

それは、日本でもかなり注目されていて。

俺は、ばあちゃんや親父から競争に参加してみろと勧められた。

その当時、丁度長期の仕事が終わりNYからもどったばかりで、締切まであまり時間がなかったが、どうにかギリギリで納得のいくデザインを仕上げた。

そして俺は、提出前にばあちゃんに完成したデザインを見せようと思い、氷室の本宅を訪れた。


ばあちゃんは本宅で、長男家族と住んでいて。

おじさんや、普段は俺とあまり絡まない卓、晃もめずらしくデザインを見にきて。

おじさんがデザインをほめてくれて、それから飲みだした。


翌日の正午が締め切りのため、朝一番にデザインを提出しに行くことにしていたから、その日はそのまま本宅に泊まる事にして。


だけど、翌朝起きたら・・・・デザイン画が、消えていた。

そして、探しているうちに、締切の時間は過ぎて―――


結局、そのレストランの建築デザインで選ばれたのは・・・岡部だった。


岡部は・・・付属幼稚園から、高校まで・・・晃の同級生で・・・俺の、同級生でもあった。

俺は、高校の頃にはNYに留学していたけれど、大学は日本に戻ってK大で建築を学んだ。

晃とは大学は別になったが、岡部とは腐れ縁なのかまた大学ばかりか学部まで一緒で、その頃から奴は俺をライバル視するようになっていた。

それは年を追うごとに強くなっていって・・・その頃は俺が出典する公募やコンテストなどには必ず岡部も出典し・・・俺が賞をとり、岡部が次点という結果がずっと続いていた。


そこで、俺のデザインが消えるという事態が発生し・・・どうしても、晃から岡部・・・という疑惑が俺の中で生まれ・・・本家の防犯カメラの録画を、俺は全てチェックした。


その結果、晃が裏門を出たところで車に乘って来た岡部に、俺のデザイン画が入ったと思われるケースを手渡した場面が、見つかった。

提出期日の当日、午前4時13分のことだった。

俺は、晃を問い詰め、なじり、白状させた。


だけど・・・それは、公にならなかった。

氷室家本宅の中でそんなことが起きたなんて、格好のマスコミのネタになる。

ばあちゃんに、親父に、今回はこらえてくれと、言われた。

おまけに、晃には浮気でできた子供のくせに、お情けで氷室家にいれてやっているんだ、と言われた。


例え、俺が氷室の血を受け継いでなくても・・・そんな道理が通るはずはないのに。


全てが嫌になった。


そして、俺は日本を飛び出した。



それから、5年。

日本に二度と戻るつもりはなかったけれど、寺ちゃんと出会って・・・。



「まあ、いいじゃん。晃も、卓も・・・伯父さんも謝ってくれたんだからぁ。もう偉そうなこと言えないんじゃね?それにさぁ、あいつら絶対に寺ちゃん好きだったと思うんだよねぇ・・・ざまーみろ、って思ったしぃ。」


「まあ、そうやな・・・卓は、かなりしつこく寺島さんを食事にさそっとったからなぁ・・・。」


「ええっ!?て、寺ちゃんっ、誘いにのってないよねぇ・・・て、寺ちゃんに確認しないとっ!」


俺は、慌てて立ち上がった。


「待ち!匠。大丈夫や、寺島さんは、メンクイや。寺島さんの母上も、そうやった・・・駆け落ちした寺島さんの父上も、いい男でなぁ・・・母上と縁談があったのは、氷室の分家の充夫や。氷室家と寺島家は昔から何かと縁続きでなぁ。是非とこちらからお願いしたんやけど・・・充夫はあのとおり不細工やし・・・そら、駆け落ちしてでも、逃げたくなるわなぁ・・・いい娘さんやったけど。」


ばあちゃんが、何かを思い出すようにしみじみとそう言った。

俺も分家の充夫叔父さんの顔を思い出し、納得した。


うん、アレは・・・キツイな。


そして、ふと俺もある事を思い出した。

正直、思い出したくもない程、嫌な事だけど。


「そういえば、横須賀で会った寺ちゃんの元彼も、滅茶苦茶イケメンだった・・・。」


俺がしょんぼりとしてそう言うと、ばあちゃんも親父も噴き出した。

笑い事じゃないよぉ!と言うと、祖母ちゃんが俺に向き直った。


「大丈夫や、匠。あんたみたいな、心の広い、優しい子ぉ、寺島さんがフルはずない・・・・本当に、あんたには、悪いことした。このとおりや・・・私は、いつも人の心より、家のこと、会社の事を優先する・・・本当に、罪ばっかり増やして生きてきた・・・嫌になるわ・・・だけどな、そうせんとやってこられなかったゆうのもある・・・・そう言って、自分に言い訳してきたんやけど・・・匠、ほんまに、悪かった。このとおりや・・・。」


そう言って、ばあちゃんが俺に手をついて謝った。

俺は慌てて、ばあちゃんの手をとった。


「も、もういいよっ、ばあちゃん!それよりNYまで来て、俺に寺ちゃん引き合わせてくれた事、滅茶苦茶感謝してる!やっぱ、ばあちゃんだよ、俺の事すげぇわかってくれてる。寺ちゃんと出会えて俺、すごーく幸せなんだ。だから、もうこれで、チャラだよっ!!」


俺がそう言うと、ばあちゃんは泣き笑いの顔で俺を見た。

そう・・・泣いていたけど・・・すげぇ、嬉しそうだった。


そして、親父も。

同じように泣き笑いだった・・・・不細工だったけれど。


顔、本当に似なくてよかった・・・。








からりと襖をあけると、寺ちゃんは既にベッドに入っていて。

まさにベッドサイドのテーブルに置いてあるスタンドライトを消そうと、手を伸ばしているところだった。


「ええっ!?もう、寝るのっ!?何で、俺が来るの待っててくれないのぉ!?酷いよー、寺ちゃぁんっ。」


俺は、そう言いながら部屋へ飛び込んだ。


「え、えええっ!?匠、何で・・・ここにっ!?」


俺が部屋へ来た事に何故か驚く寺ちゃん・・・って、1人で寝るつもりだったのか!?


「何でって、何でだよぅ・・・いつも一緒に寝てるのにー。」


思わず口が尖る。


「だからって・・・この部屋・・・居間通って・・・叔父さんと叔母さんの部屋の前を通らないとこれないし・・・って、叔父さんか叔母さんに会わなかったの?」


「会ったよー・・・へぇ、ここが寺ちゃんの部屋かぁ・・・うん、寺ちゃんの匂いがするー・・・何か、イイ感じー。」


俺は部屋を見回しながらそう言うと、荷物を置いて、よっこらしょと寺ちゃんのベッドに横になって、クンクンした。


「ちょっ、た、匠っ・・・叔父さん達に会ったって・・・叔父さん達、何も言わなかったの!?」


寺ちゃんは何故か忙しかったらしく夕飯も別で、4時間ぶりぐらいに会ったから俺はくっつきたいのに。

腕枕をしようとしても、何故か距離をとられた。

えー、先に話をしろってこと?

やだなー、面倒くさい・・・早く、寺ちゃん抱っこしたいのに。


だけど、寺ちゃんは頑なで。


俺はため息をつくと、仕方が無く口をひらいた。


「何かって・・・叔父さんと叔母さんと、廊下であったから・・・寺ちゃんいますかー、ってきいたら、いますよーって・・・で、寺ちゃんと一緒に寝たいので、部屋にいきまーす、っていったら・・・いいですよー、って・・・叔母さんが言ってくれたから。遠慮なく、来たんだけどー。」


何故か呆れ顔の寺ちゃん。

だけど、そんな顔されたって、一緒に寝るんだから!


「まだ、10時だけど、寺ちゃんが眠いなら俺も寝るー。」


そう言って、俺は手を伸ばしてスタンドライトの明かりを消し、漸く寺ちゃんを抱っこした。

ちょっと、みぞおちにパンチがはいったけど。


痛いけど。

かなり、痛いけど。

寺ちゃんを、離すもんか!



そして、暗闇の中。

パジャマ越しにダイレクトに感じる、寺ちゃんのよく知るグラマスなおっぱいに気をとられ・・・つい、手を伸ばしたら速攻手をつねられた。


「ここで変な事したら、部屋からだけじゃなく、寺から、この町からたたき出すぞ!今すぐ!」


寺ちゃんの非情ともいえる脅しに、俺は屈し・・・甚だ不本意ながらも、町を出ることではなく大人しく眠ることを選択した。

こういうのを、苦渋の選択っていうんだろうな。


だけど、結局それが良かったのかもしれない。

俺は、寺ちゃんと一緒に寝て・・・良かったと思った。









翌、早朝。



ガンガンガンガンガン――――


ものすっごい、音が鳴り響いた。

例えるならば、でっかいカネのフライパンを金属の棒で思いっきり殴打するような音。


俺は飛び起きた。


か、火事かっっ!?

とにかく、寺ちゃんを守らないとっ。


寝ぼけた頭が、一瞬にしてはっきりとした。

だけど、守らなきゃいけない寺ちゃんがいない。

俺の腕の中ばかりか、部屋の中にも。

一応ベッドの下と、クローゼットもあけてみたけど、かくれんぼしている様子もない。


そんなことより。


よく考えたら、火が回ってしまう!!

寺ちゃんを探さないとっ!!


俺は、部屋から飛び出した。

昨日、Tシャツにお洒落目のスエットパンツで寝ておいてよかった。



「匠、もう起きたの?」


俺が全速力で廊下を走ると、臙脂の作務衣を着た寺ちゃんがバケツと雑巾をもって突き当りの部屋から出てきた。


「ええっ、寺ちゃん!?掃除なんてしている場合じゃないよぅっ。火事、火事だよっ、逃げないとっ!!ほらっ、逃げろって音してるよっ!!」


俺がこんなに慌てているのに、寺ちゃんは何故か、はぁ、とため息をついた。

そして、呆れたように。


「あれは、おつとめの時刻を知らせる、鐘の音だ。ここは宿坊だから、泊ってらっしゃる方たちが、本堂で叔父さんがゴマを焚いておつとめをするから、一緒におつとめをするんだ。」


「おつ、とめ・・・?おつとめ、って、夜の!?」


俺の知っている、おつとめ(イヤン・・・)かなと思い、頬をそめながら聞いてみたけど、速攻頭をはたかれた。


「バチがあたるぞっ。あのなぁ・・・平たく言えば、ここに泊まる人たちは信仰心の厚い人ばかりだ。叔父さんがゴマを焚いて、お経を唱えるから、皆さんも一緒にお経を唱えるんだ。」


「ええっ、まだ、朝の5時だよっ!?」


驚く俺に、寺ちゃんはため息をついて、そういうもんだと言った。

その時、俺は後ろから襟首を持たれ、突然、後ろへ引っ張られた。


「おー、匠。感心だなぁ、お前、絶対に起きないと思ったが・・・。せっかくだ、一緒におつとめ行くぞー。」


振り返ると、身支度を整えた親父とばあちゃん。


しまった・・・やっぱり、パジャマで寝ておくんだった!


俺は、いやおうもなく、引きずられ本堂へ向かった。

だけど、こんな早朝だというのに、本堂の中はかなりの人がいて、皆真剣な表情をしていた。






1時間後、6時過ぎ・・・ようやく、おつとめが終わった・・・・。

俺はしびれきった足をどうにか動かし、寺ちゃんの部屋へもどろうとしたが。

親父にまた襟首を引っ張られ、さっき寺ちゃんが出てきた廊下の突き当りの部屋へ引きずられていった。


部屋の前まで来ると、障子の向こうから談笑が聞こえてきて。


「氷室です、よろしいですか?」


親父が、廊下に正座して、声をかけた。


「どうぞ。」


寺ちゃんの叔父さんの声がした。

親父は両手で襖を開けると、廊下で座ったまま、きれいにお辞儀をした。


「失礼します。」


仕方がないので、俺も頭をさげる。


ばあちゃんは、トイレに行っているから親父と2人部屋に入ると、知らない人3人がいた。

親父と同年代の男女が2人・・・と、20代後半の男。

多分親子だろう。

親父と2人、寺ちゃんの叔父さんに座布団をすすめられた。


って・・・・。


「ええっ!?・・・また、正座ぁ!?・・・む、無理っ、もう、無理っ!!」


今、足がジンジンしている状態なのに、この上正座をまたしろなんて、鬼だ!

親父に、こらっ、と言われたって、無理なものは無理だ。

すると、寺ちゃんの叔父さんが、胡坐でいいですよー、と言ってくれた。


やっぱり、寺ちゃんの叔父さんだ!

心が広い!


親父に何か言われる前にさっさと胡坐をかいて、俺は事なきを得た。

向かいに座ったオバサンがあきれた顔をしたが、その息子だって限界だという顔をしている・・。


「胡坐楽だよー、叔父さんが胡坐にしていいって言ってるから、君も胡坐にしたらー?」


って、言ったのだけれど。


「ご住職の前で、そんな失礼なことはできませんっ。」


と、なぜかオバサンにキレられた。


えー、失礼じゃないと思うけどなぁ・・・。

叔父さんもかまいませんよと言っているのに・・・。



「親父ー、ここで、朝食ー?」



今、2番目に気になることを聞いてみた。

もちろん、1番気になるのは寺ちゃんだけど、なんか忙しそうだし。


すると、叔父さんがゲラゲラ笑いながら、ここは朝食前にお話をする部屋だと教えてくれた。

遠方から訪ねてくる人もいるから、一期一会の出会いを大切にするため、ここでひと時会話を楽しむのだそうだ。

誰でも、ウエルカムらしい。


早朝6時って時間を気にしなければ、すごく良い事だなぁって思った。


だからそのまま思ったことを伝えたら、また寺ちゃんの叔父さんが笑った。

いや、爆笑だったけど・・・何故か笑っていたのは叔父さんだけで、向かいの一家はあきれた顔で、親父は俺を睨んでいたけど。


しばらくして、お茶が運ばれてきた。


って、寺ちゃんだ!!

1時間ぶりの、寺ちゃん!!

俺、もし犬だったら、今絶対尻尾全開で振っていると思う。

漫画だったら、目がハート?


そんな感じで熱く寺ちゃんを見つめていたら、寺ちゃんの後に続いて幼い感じのお坊さんが茶菓子を運んできてくれた。


こんな朝から働いているなんて、偉いなぁ。


「朱里・・・お前は、別に手伝いで帰ってきたわけではないだろ・・・もう午後には神戸に帰るんだし、手伝いはいいから。少しはゆっくりしろ。」


叔父さんが、ため息をつくように、寺ちゃんにそう言った。


そうだよね、寺ちゃんも朝早くから働いているし。


でも・・・と口ごもる寺ちゃんに、ここに座って一緒にお茶を飲んでお客様とお話をしなさいと、叔父さんがやさしく言った。


俺はすかさず、敷いていた座布団からどき横にずらすと、そこをポンポンと叩いて寺ちゃんを見た。

叔父さんがゲラゲラ笑いながら、ご指名だぞー、とからかい口調でそういってくれた。

何故か、ギロリと寺ちゃんに睨まれたような気がするけど・・・いや、見つめられたのかな?


寺ちゃんが、ため息をつくとこちらへやってきた。


やっと、寺ちゃんと一緒にいられる!・・・そう思ったのだけど。


「・・・ご住職、今日は折り入ってお話があって、参りました・・・できたら、他の方は席を外していただきたいのですが。」


オハサンがいきなり俺を見て、そう言った。

ええー、俺たちに出ていけってこと?・・・ここって、誰でもウエルカムじゃないのか?

まだ、お茶も飲んでいないし、寺ちゃんと手もつないでいないのにーーー。


と、思っていたら。


「柴田さん、申し訳ないですが、今の時間は一期一会を皆さんで楽しむひと時です。個人的なお話は別の機会に・・・まあ、ただ、氷室さんは私とは親戚関係になりますので、神経質になられなくても大丈夫と思いますが。」


寺ちゃんの叔父さんがゆったりとした声ではあったが、ルールはルールであるときちんと伝えた。

そんな態度を見て俺は、寺ちゃんの叔父さんはでっかい人だなぁと思った・・・。


なんて、つくづく感心していたんだけど、俺の隣に寺ちゃんが座ったので、叔父さんのことは頭から消えた。


だけど!


「でしたら・・・まあ、この方たちがいらっしゃっても、結構です・・・今日は、お願いがあってまいりました。以前か――「わーい!寺ちゃん!ひょこ饅頭あるよっ、食べる!?」


実は、ひよこ饅頭は俺の大好物だ。

あの、シンプルな形も可愛くて好きだが、甘いポクポク感がたまらない。

そして、シンプルでほのぼのとしたひよこ饅頭の包みを見ると、俺は昔からテンションが上がる。

俺は、寺ちゃんの手にひとつひよこ饅頭をのせると、自分の分も手に取った。

それから少し考えて、もう1個、目の前に置いた。

親父は、酒一辺倒で、甘いものは苦手だしな。


ワクワクしながらさあ食べようと思ったら、何故か向かいの一家に睨まれていた。


あ、もしかして・・・。


「皆さんも、ひよこ饅頭好きなんですかー?」


だったら、俺たちだけで食べたら申し訳ないと思って聞いたのだけれど。


「そんなもの、いりませんっ。」


オバサンがキレた。

なんか、キレやすい人だな・・・。

だけど、やっぱり、寺ちゃんの叔父さんは爆笑で。

寺ちゃんにはテーブルの下で、足をつねられた。

もう、しびれは治っていたからよかったけど、危険なことするよな、寺ちゃん。


まあ、いいやと思って、俺はひよこ饅頭を食べ始めたのだけれど。



「ヒッ。」


向かいの、20代後半の男が突然変な声を出して、足を抱えた。


あー、そうか・・・足がしびれきっていて、お菓子を運んできた幼い感じのお坊さんの足が、横を通り過ぎる時に少しあたっただけなのに、凄い衝撃だったんだ。

この部屋大人7人座ると結構な圧迫感だもんな、物を運ぶ人もそりゃあかすったりはするよな。


慌てて謝るお坊さんに。


「ちょっと、気を付けて!」


オバサンがかみついた。

寺ちゃんの叔父さんが大丈夫ですか?と聞きいている。

寺ちゃんは立ち上がり、足を抱えてお坊さんを睨みつけている男にオロオロするお坊さんの背中をさすり、一緒にもう一度謝ってあげていた。

そのお坊さんをみると、まだ本当に幼い。


そういえば昨日、若いお坊さんが沢山いたから、オジサンにどうやってここにお坊さんを集めるのか聞いたら、ほとんどが中学生あるいは高校生からここに下宿して、学校へ行きながら修行をするって言っていた。

多分、このお坊さんは中学生だろうな。


「後は、私がするから、早く朝ご飯食べてらっしゃい。」


寺ちゃんが、優しくそう言った。

うん、これも本当の寺ちゃんだ。

基本、寺ちゃんはとても優しい。


岡部みたいなクソ野郎には容赦はないけど・・・ああ、昨日の晃たちにも凄かったな・・・なんて、思い出していたら。



カチャン、バシャッ―――



「・・・・・・。」


何か、肩のあたりが濡れた。

と、思ったら・・・俺の腿の上に、湯呑みが落ちてきて、上手くキャッチできた。


「す、すみませんっ。」


退室しようとしたお坊さんに、お茶を下げてと目の前のオバサンが、お坊さんの持っていたお盆に無理やり自分と多分旦那だろうけど・・・の湯呑みを乗せて・・・って、お盆はすでに灰皿とか、お茶を注いだ急須とかでちゃんとおけるスペースはなかったのに。

だから、それが、速攻崩れた。

しかも、俺の方に。


「た、匠っ!」


寺ちゃんが飛んできた。


「す、すみません、ごめんなさいっ。」


さっきよりももっとオロオロとするお坊さんが、涙目になっている。

俺は立ち上がると、お坊さんの手にしているお盆をヒョイッと持った。


「そんな、謝んなくていいよー。お茶碗が崩れたのは、君のせいじゃないし。あー、でも、無理な時ははっきり断らないと、ね?ここのご住職は、それをちゃんとわかっている人だし。見習うと、いいよ。そういう、きちんとした大人が近くにいるのって、とてもラッキーなことだよ?・・・でも、君、偉いねー、素直に謝れるのってそれって、君のとても良いところだと思うよ?・・・なかなかできないよねー?特に、人をすぐ責める人ってー。」


丁度、該当する人がいたので、俺は目の前の家族を見た。


「なっ・・・・。」


オバサンが何かを言いかけたが、その前に叔父さんが噴出した。

そして。


「ワッハハハハッ・・・なかなかの大物でしょう?彼は、うちの朱里の婚約者です。本当にいいご縁に恵まれました。見た通り、正しい心を持った若者です。少々ユニークですが、何よりとても優しい・・・匠君、その食べなかったひよこ饅頭は、会長に差し上げるつもりなんだろ?・・・多分、会長は庭でジョンと話をしていると思うぞ。」


俺の紹介を、目の前の家族にしたと思ったら、俺の思っていたことまで言い当てられて、吃驚した。


いや違う、もっと吃驚したのは・・・。


「叔父さん、ばあちゃんは子供の頃、犬に尻を噛まれたことがあって、苦手なはずなんですけどー・・・ここの犬とは、ばあちゃん仲がいいんですかー?」


実はばあちゃんが犬好きで、犬と喋れる特技をもっていたという事実だ。

本当に、吃驚だ。











「結局、匠に助けられたのかも・・・。」


帰りの電車の中で、寺ちゃんが、ポツリとそうつぶやいた。

いい加減2人っきりになりたくて、寺から車で帰るばあちゃんたちとは別行動で。

大阪の難波行きの、電車に乗った。

寺の最寄りの駅からは、難波経由でないと神戸へは帰れない。

でも、寺ちゃんと一緒だから小旅行気分になれて嬉しい。


「えー、助けるって、火事じゃなかったしー。」


「そうじゃなくてっ。あの、柴田さんの息子の縁談話、3回目なのっ。断っても断っても来るから、叔父さんも参っていたみたいで。まあ、他にもああいう縁談が結構あったから・・・匠との話にOKしたのかも。氷室会長からは、匠の話随分聞いていたみたいだし・・・その・・・・思っていた通りの・・・男だったって、言っていたし・・・よかったな、って・・・言ってたし・・・・・・・・・・・私も・・・・・よかった・・・・・・って・・・・・・思った。」


恥ずかしいのか、窓の方を向いて、寺ちゃんがそういった。

ふふ、耳が真っ赤だ。

俺は、そっと、寺ちゃんの手を取った。


「親父から、昨日聞いたんだけど。お袋が、『いつか、真実の目をもった人が現れる』って言ってたんだってー。俺それきいて、お袋、預言者かよー、って思ったし。だって、寺ちゃんが本当に現れたからさー。」


そう言うと、寺ちゃんはそっとため息をついた。

そして。


「私は・・・真実の目、より・・・匠みたいに、人をゆるせる・・・広い心が欲しい。」


と、苦しい顔で俺を見上げた。


俺は、そんな顔を寺ちゃんにさせたくなくて。

ある思い出が、頭をよぎった――




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