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7、氷室家の男(朱里)

今日は氷室家の・・・匠のお母さんの法要で。

しかも、私は、法要を行う寺側の人間でもあって。

で、氷室会長の秘書としての業務もあって・・・。

で、で・・・・結婚を前提で両家が挨拶をするという・・・当事者でもあって・・・・。


今日の私は非常に、面倒くさい立ち位置だ。


だから、無難なところで、薄桜色の無地の着物を着た。

これは、お母さんの若い頃のもの。


私が16歳の時にこちらへ引き取られた時には、祖父はもう他界していたが。

お母さんは、とても愛されていたようだ。

叔父に言わせると、私は容姿も気性もお母さんによく似ているらしい。

気性というのは、私の本来のもので・・・叔父はよく知っている。

私が着るほとんどの着物は、お母さんのものだ。

茶道の家らしく、着物は必需品で。

お母さんの着物はかなりの数あったので、困らない。

それに叔父も叔母も、有難いことに私を可愛がってくれて、遠慮する私についでだからと年に何枚か着物を作ってくれた。

まあ、叔父の子供が3人とも男の子で、女の子がいないから、叔母がかなり私で楽しんでいたということもあるが。

もちろん、成人式の振袖も用意してくれようとしたが、振袖はさすがに遠慮した。

遠慮するなという叔父と叔母に。

お母さんの振袖があったので・・・これを着たいと言い張ったのだ。

かたくなな私に、渋々叔父と叔母があきらめた時。

突然、浜ジィが訪ねてきた。

実はあの事件の時、叔父に連絡したのは、浜ジィだった。

お父さんから自分に何かあった時はと言われ、叔父の連絡先を聞いていたそうだ。

もちろん身の上もお父さんから聞いていて。

私は、浜ジィに会うのは3年ぶりだったが、叔父とは定期的に連絡をとっていたそうで、私のことはよく聞いて知っていたそうだ。


その、浜ジィが。


「振袖は、俺に用意させてくれ。俺が、哲の代わりだ。ジュリ、お前がなんと言おうが、哲の気持ちは俺が引き受けている。哲の気持ちは、俺の気持ちだ。俺が用意する。俺が用意するものは、哲が用意するのと同じことだ。黙って、俺の言うことを聞け。」


有無を言わせない、強い言葉だった。

だけど・・・浜ジィの用意してくれるものは、本当にお父さんの気持ちが込められている、そんな風に受けとめることができた。

大学卒業時に叔父から聞いた話だと、大学の費用も全部浜ジィが出してくれたそうだ。

国立だったし授業料もそんなに高くはないし、娘同然と思っているからと、叔父が断ったが、頑として浜ジィが譲らなかったらしい。


そして、浜ジィが用意してくれた振袖は、とても豪華なものだった。





「・・・というわけで、10月にうちの匠と、こちらの寺島さんの朱里さんと結婚することになりましたので、法事の席ではありますが本日は両家の挨拶をさせていただきます。」


そう話をした匠の父親は、氷室建設の会長であるが氷室製薬の専務も兼ねているので、顔見知りだった。

というより、氷室家側の男性はほとんど氷室製薬の役員なので、よく知っている。

まあ、資料室にこもりっきりの氷室晃とは、ほとんど話したことはないが。

だけど、これだけ氷室家の一族が集まると圧巻で。

特に男性は、氷室家のカラーがとても強いと思い、少し笑えた。



匠の母の17回忌法要も無事終わり。

会食の席に移った。

休日とはいえ、役員ばかりのこの席では、仕事の連絡がかなり入って。

休日出勤の三浦秘書室長が、先ほどから部屋を出たり入ったりを繰り返していた。


あれから・・・三浦室長は、私に対してのアプローチをすることは無くなった。





先日、代理出席をした式典で、匠は見事に役員として祝辞を述べた。

その内容も、自分の専門のデザインの話から、店舗が繁盛する話題へと絡め、聞く側の興味を引くような話題だった。

驚く私に、こういうことは慣れているんだと、やはり氷室家の一員としての顔も見せた。


こんなに自由な性格の匠が、これほどそつなく祝辞を述べる術を持っているなんて、かなりの訓練をしたのだろう。


何となくそれは・・・16歳からの、猫を被り続けた自分と重なり、切なくなった。




「だけど、本当に、寺島さん。ありがとうなぁ?」


いきなり、匠の兄、氷室建設の利一社長が私に礼を言ってきた。

驚いて利一社長を見ると。


「本当に、自由奔放、勝手気まま、我儘な奴で・・・ばあちゃんが叱ったって、ものともせず・・・我が道を行っていたこの弟が・・・ぷっ・・・くくっ・・・こんなとこで、神妙な顔して、正座して、お茶飲んでるなんて・・・・くくっ・・・・いや、寺島さん、すげぇ・・・。」


ゲラゲラ笑う、利一社長。

いつもは、にこりともしない厳しい人だと思っていたのに・・・・きっと、この人も根は、匠タイプだ。

だけど。


「兄ちゃん、うるさい。それ以上いうと、俺も六本木のアノ事言うぞー。」


緩い匠の一部地名を含んだ言葉で、利一社長の顔が引きつり、ピタリと笑い声が止まった。

そして、利一社長が奥さんにギロリと睨まれ、首をすくめた。


・・・・うん、やっぱり、兄弟だ。


そう心の中で笑っていたら。


「でも、寺島さん、いいのかな?本当に匠君で・・・氷室に嫁ぎたいなら、正当な血筋の氷室家の人間がいいんじゃないかな?」


突然、冷ややかな声がした。


氷室晃だった。

目を誰ともあわせず、銀縁の眼鏡を神経質に何度も押し上げて、口元だけで笑った。

多分、先日の式典で緊急だったにもかかわらず、代理役の匠の評判がとても良かったことに、面白く思っていないのだろう。


実は、前日夜にギックリ腰になった国井専務が慌てて、先に直接氷室晃に代理を頼む連絡を入れていたのだ。

それで当日、秘書室こちらから依頼をしていない氷室晃が現地に来てしまい・・・だけどどう考えても氷室晃が祝辞を述べられるわけもなく・・・役員席は2つ設けたが、結局挨拶や祝辞すべて匠が行ったのだった。

こういうことにならないために、緊急時の役員スケジュール業務を任されているのに・・・時々、先走った役員がこういうことをして、厄介なことになるのだ。


氷室晃の言葉で、座の空気が固まった。



「正当な血筋の、というのはどういうことですか?」


叔父が口を開いた。

叔父は時々、あえて空気を読まないことをする。

あくまで、自分を見失わないと強く思っている人だ。


「そのままの、意味ですよ。見て、わかりませんか?匠君だけ、明らかに氷室一族と毛色がちがうでしょう?」


早口で答える、氷室晃。


確かに、まあ・・・氷室匠だけ、スタイルも顔も・・・雰囲気も・・・・とびぬけて・・・格段に他の人よりもいいけれど。

いや・・・ぶっちゃけ、レベルが違う。


だけど。


「そうですね、匠君は・・・凄くイケメンですねぇ・・・さすが、亡くなったお母様が女優さんだっただけありますねぇ。」


そう・・・匠の母は、日本でも有名な一流の女優だった。

未だに美人の代名詞と言われるような、美しい人で。

幼馴染であった匠の父親の猛アタックの末、結婚したらしい。

結婚しても女優業は無理のない範囲で続けていたらしいが、氷室匠が生まれてから活動はあまりしていなかったようだ。


「ええ・・・発展家だったと聞いています。だって・・・利一君と匠君って、同じ父親から生まれたって・・・思えないほど、似てませんよね?」


いや、性格はかなり、似ていると思うけど?


「匠は、正真正銘私の子供だ。匠は、母親似なんだ。」


苛立ったように、匠の父親がそう言った。


だけど、しびれを切らしたように、氷室製薬社長の長男、卓専務が口を開いた。


「叔父様は、いつもそうやって、叔母様をかばってきましたけど?皆、暗黙の了解でこのことはわかっているんですよ?大体、結婚前だって叔母様は、随分恋多き女性って言われていましたしね?」


こいつも、クソ野郎だなと思うような嫌な言い方をした。

亡くなった人の事をこんな風に言うなんて。

しかも、今はその人の17回忌法要の席だぞ?


確か以前こいつに食事に誘われたことがあったけれど、行かなくてよかったと今更ながら思った。


ただ、こんな話は慣れているのだろうか。

匠を見ると、我関せずといった様子で、菓子器に盛られた茶菓子に嬉しそうに手をのばしている・・・。


約1名を除いて、重苦しい空気の中。


「匠は、私の孫や。何を言うとう?」


氷室会長が、ため息をつくように静かにそういった。

でも、誰もその言葉に対して肯定するものはいなくて。


一体、これはなんなんだろう。

そう、心の中でため息をついていたら。


「だって、全然俺たちと似ていないじゃないかっ!」


そういって、大きな声を出した氷室晃は・・・それでもやっぱり、誰とも目を合わせない。

だけど、氷室家の多くの人間がその言葉を肯定するように頷いてーーー


って、まさか・・・マジにそう思ってる!?



はあぁぁぁ。

バカバカしい・・・。


今度は、心の中でではなく、周りに聞こえるように大きくため息をついてみせた。

案の定、私に全員の視線が集まり、あーあ、猫かぶりもここまでか・・・そう思いながら。

私は、この席にいる、全員を見回した。


匠は、草もちを頬張りながら、私を見ている。


まったく・・・。



そして、私は静かに話し出した。


「匠さん、皆さんと似ていますよ?」


一言そういうと、部屋の中がざわついた。

それは、異議のあるざわつきなわけだけど・・・まぁ、今までの流れでそこまでは理解できる。

だけど・・・その中でも、一番異議のあるという意思表示をしているのが。


「ええええっ!?寺ちゃぁぁぁん、かんべんしてぇぇぇ、俺っ、似てないよぉ、この人達みたいに、ブサメンじゃないしぃ!!あんな、短足じゃなぁぁぁいっ!!訂正してぇぇぇっっ!!!」


氷室匠・・・・お前は、空気を読むことを知れ!!

私は、うちの叔母さんが爆笑している横を通り過ぎ、匠のところへ行って未だに、騒いでいる奴の耳を引っ張り上げた。


「痛いっ!?痛いっ、ちょ、寺ちゃんっ、痛いよぉぉ!!」


「じゃあ、黙れっ。うるさいっ!!おとなしくこっちへ来い!!」


そう言って、匠を彼の父親のところへ連れてきた。

そして、皆に対して後ろを向けと言って。

2人を後ろ向きにさせると、おもむろに匠の襟足にかかる髪をかき上げた。


「そっくりでしょう?・・・さっき法要で皆様が並んで座っていらっしゃる時に、後ろから拝見していて、気が付いたのですが。正当な血筋の氷室家の皆さんは、襟足の生え方がまっすぐで・・・ちょっと変わっていらっしゃいますよね?」


匠の髪の毛は長めで襟足は普段見えないが、一緒にいるようになると風呂上りなどで髪を拭いている時に目にして、随分変った襟足の形だと思っていたのだ。


彼らの襟足は皆そっくりで、共通する遺伝子をもっていることは、誰の目にも明らかだった。


「そ、そんな・・・・。」


氷室晃が愕然とした。

疑惑の目で見ていたであろう他の者も、気まずい顔をした。


私は、氷室晃に向き直った。


「何か言うことはないんですかっ!?大体、何が正当な血筋だっ!!そんなこと言う前に、ちゃんと人の目を見ろっ!言っていいことと悪いことの判断をしろっ!人が傷つく痛みを知れっ!あんたの、あんたたちの心無い無責任な言葉で、小さい頃から匠がっ、どんな気持ちになったかっ。匠のお母さんがどんな気持ちになったかっ。考えろっ!!それに、私は、氷室家に嫁ぎたいんじゃない!!匠と、匠と結婚したいんだっ!!匠に、ずっと側にいてもらいたいだけっ!!わかったか!!」


「て、寺ちゃぁぁぁん!!!」


私の言葉に、匠が目を潤ませながら、抱きついて来た。


しまった・・・言わない予定だったのに・・・。

私は、この後の面倒な展開が容易に想像できて・・・がっくりと、うなだれた――






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