4、バカな男達(朱里)
ダメだ・・・・。
やっぱり、ここへ来たのが間違いだったのかも。
チラリとここに来るハメになった元凶の、氷室匠を見ると。
何故か、ジェイと意気投合している。
店長のジェイは、私の小学校、中学校の同級生で、この店の初代オーナーの孫だ。
ここは、マイクJr.の店・・・。
偶然、駅から出てきた私を配達途中のノリオが、道の反対側から見ていて。
私をおいかけようと、横断歩道を渡ったが見失ってしまい、打ち合わせをグランドヒロセでしているジョージに、言いにきたのだった。
まさか、私がその打ち合わせ相手側だと、ノリオは知らなかったのだが・・・。
ノリオが大騒ぎするから、あの階の客が全員廊下に出てきてしまい。
いたたまれなくなり、チェックアウトしたのだ。
で、今日は新婚ジョージの家に泊めてもらうことになって。
家に行く前に、ジョージが私の顔を見て肉食うぞと、ニヤリと笑った。
そして、連れてこられたのはやはり、マイクJr.の店。
昔、よくここへはお父さんとご飯を食べに来た。
私も、お父さんもここのステーキが好きで――
「ジュリ、ジュリが戻ってきただとっ!?」
突然、店のドアがあいて、金平のじいちゃんが飛び込んできた。
「じいちゃん、うるせぇよ。」
ギロリと横眼で睨むと、じいちゃんは鼻の頭を赤くして目を潤ませながら、私をじっと見つめた。
「ジュリ・・・あんなに小さかったお前が・・・こんなに、デカくなって帰ってきて・・・お、俺は嬉しいぞっ!・・・マジ、デカくなりやがって・・・いい感じに、ボインになったじゃねぇかっ!」
「あ?ソコかよ!?」
やっぱ、スケベネタか・・・と、ガックリしながら、バカなことをいう金平のじいさんの毛のない頭を叩く。
ペチン、と良い音がして、ジョージとノリオ、ジェイがゲラゲラ笑う。
「金平のじいさんの頭叩いて、そんないい音出せんの、やっぱジュリだけだよなー。」
と、ジェイ。
その様子に1人だけついてこれず、驚愕の顔で私を見る綾乃さん。
「て、寺島さん・・・何か、秘書室でのイメージが・・・崩れ落ちたんですけど・・・。」
そりゃあ、そうだろう。
この街を離れ、和歌山の叔父の寺に着くまでに、叔父からお母さんの出生を聞き、この先の自分の立場を覚悟したんだから。
和歌山に着いてからは、完全に素をかくし猫をかぶって生活をしていた。
まあ、英語になると初めの頃は素に戻り、スラングや舌うちの連発でジョンにかなり叱られたけれど。
「あ、綾乃ちゃんっ、ひ、ひそしつ、ってなんだっ!?な、内緒話すんのかっ!?ジュ、ジュリはっ、内緒っ、話っ、む、無理だぞっ!こ、声っ、でかいぞっ!!」
ノリオが見当違いの事を言い出し、余計な情報を言いやがった。
相変わらず、バカだ。
すかさず、ケリを脛に入れる。
「ジュ、ジュリッ、痛いぞっ!む、昔はっ、ス、スニーカーだったからよかったけどっ、そ、その靴、さ、先っ、とんがってるぞっ!」
「うるせぇ、ノリオの声の方がバカでかいだろっ!誰のせいで、グランドヒロセ泊まれなくなったと思ってんだっ!?何が悲しくて、あの新婚ボケしたクソバカジョージの家に泊まんなきゃいけないんだよっ!?」
チラリとジョージに目をやると。
オエェェ・・・。
鼻の下を伸ばして、膝にのってきた綾乃さんを後ろから抱きしめる顔は、キモすぎて放送禁止モノだ。
まあ、あんなに恋愛に対してかたくなだったジョージが、こんなに幸せそうなボケた顔になっているんだから、よかったとは思うけれど。
ジョージの綾乃さんに対するメロメロ壊れっぷりは、聞いていた。
この強面のジョージが、デレデレした顔なんてするのかと、想像できなかったが。
目の当たりにして、胸やけしそうだ。
「ああっ!?ジュリッ、クソバカって・・・おめぇ、人がせっかく好意で家に泊めてやるって言ってんのに、なんだぁ?その態度はっ!?」
単細胞のジョージが、すぐに反撃してきた。
「あ?ジョージが好意だぁ?・・・使いなれないキモい言葉使うんじゃねぇよっ!」
ノリオにはヒールの先でケリを入れたが、ジョージにはヒールの踵でお見舞いしてやった。
「うっ・・・。」
ヒールの踵が脛に上手く入ったらしい。
ジョージが、くぐもったうめき声を出した。
「さすがだなぁ、8年たっても、女ジョージは健在だなぁ・・・。」
ケタケタと笑う、金平のじいちゃん。
そう、私は・・・不本意ながらこの界隈では、女にしては少しばかり、気と喧嘩が強く・・・ここら辺では負けなしと言われていた7つ上のジョージをもじって、『女ジョージ』と言われていた。
「ええっ、丈治って凄く強いんですよね?」
綾乃さんが金平のじいちゃんの言葉に驚いて、私を見た。
「し、信じられないかも、しんないけどっ。ジュ、ジュリ、こんなチッセェくせしてっ、すばしっこくて、つ、強ぇぇんだっ。お、俺なんかっ、ちゅ、中3ん時にっ、同級生のやつらに苛められて・・・ジュ、ジュリにっ助けられた事あったし・・・。そ、そん時、ジュリッ、小学生だったよなっ!?」
ええっ、と驚きの声を上げる綾乃さん。
まったく、余計な事を・・・そう思って、どうフォローしようかと思っていたら。
「寺ちゃん、強いよねぇ・・・初対面の時も、ダッサいナンパ師に、ケ☆の穴って、英語で啖呵切って、相手のみぞおちに肘入れて、ダウンさせたもんねー。しかも着物姿でー。すっげー格好よくてー。俺、もう一目ぼれだったしー。」
かなりの誇張を交えて、バカ氷室匠が力のぬける口調でそう言った。
あえて、最後の言葉はスルーするとして。
だけど。
「おー、兄ちゃん。優男と思ったら、案外見る目あるねぇ。そうなんだよ、ジュリはいい女だぞー?・・・で、もう、ヤッたんか?・・・ジュリ、アンアン言わせたかー?おお、そうだ、いい強壮剤あっぞ?これは秘伝の朝鮮人参とマムシのコラボでなぁ・・・。」
相変わらず、下ネタ専門の金平のじいちゃんの頭を再び、バカヤロッと言って、叩く。
2発目も良い音が出た。
皆がゲラゲラ笑うが、1人だけ笑わず。
「まだ、ヤッてませーん。でも、近い将来、アンアンいわせまーす!」
緩い口調ではあるが、大真面目に氷室匠が拳を掲げて宣言をしやがった。
ち、近い将来って・・・・。
「ヤ、ヤるわけない!」
慌てて、言い返すが。
「んなの、女と男だ、どうなるかわかんねぇだろ?」
艶のある・・・低い声、が聞こえた。
まったく相変わらずだ・・・そう思った。
振り返ると、横須賀の夜の街のボス・・・浜ジィが立っていて。
色々な思いが交差して、直ぐに言葉にできず、ただ・・・頭を下げた。
そんな私の気持ちがわかったのか、浜ジィはフッと目元をゆるませると、私の髪をクシャリと撫でた。
いつのまにか、マイクJr.の店は商店街の連中で一杯になっていた。
ただ、マケタスポーツの店の者と、カフェのマスター、花屋・・・そして、シュウちゃんは来ていなかった。
綾乃さんは人気者みたいで、私がいかに氷室製薬で真面目に秘書をしているか。
今の私とは、別人格の様だと熱弁をふるっていて、皆がそれを一生懸命聞いている様子が、とても・・・いい、と思った。
そして、それから新しい商店街の話になり、どんな商店街にしたいのかとか、ジョージのライブハウスはどんなふうにすれば、皆が楽しめるかとか。
ライブハウスとして使わない時の有効利用とか・・・きっと、何度も皆で話し合っているのだろう・・・案がかなりまとまっていた。
ジェイに裏が白紙のチラシをもらって、メモを取って行く。
メモを取りながら、私は確信した。
こんなに商店街の人達が生き生きとした顔をして。
こんなにお互いの事を思い合って。
一生懸命考えている・・・良い街に変ったんだと、あんなに荒んでいた街が――
この、商店街の再開発は、成功すると。
氷室匠のデザインが加わり・・・・絶対に成功する・・・そう、確信した。
「ジュリ、飲んでるかぁ?久しぶりだなぁ。」
変らない優しい声に顔を上げると、相変わらずのさえない風采のおっちゃんが私の座っているカウンターの横の席に、座った。
魚富士の、おっちゃん。
「うん、ご無沙汰してます。おっちゃん、相変わらず浮気もんか?」
お父さんとおっちゃんは仲がよく、よくうちにも遊びに来た。
女なら手当たり次第というおっちゃんだったけれど。
浮気とかそんな事とは別に・・・おっちゃんの心の中になにか辛いものがあるような、それをかかえて生きているような・・・そんなところが、何となく・・・お父さんと似ていて。
いや、実際お父さんの抱えている辛いものなんて、亡くなって初めて叔父さんから事情を聞かされるまで知らなかったんだけれど。
だから、何となく、魚富士のおっちゃんには心通じるところがあって。
「浮気もんかって・・・アハハ、そうきたかー・・・まあ?まだ現役、って言っておこうか。だけど、母ちゃん怖いしなぁ・・・昔ほどじゃねぇけど?・・・あ、母ちゃんなぁ、今日、鎌倉の実家に帰ってんだ。さっきジュリが帰ってきたって電話したらよ、明日朝イチで帰ってくるんだと・・・母ちゃん、泣いてたぞ・・・ありゃぁ、会ったらうるせぇぞー?覚悟しとけよ?ジュリ。」
おっちゃんが、優しい目でそう言った。
魚富士のおばちゃん・・・。
お母さんが小さいころに亡くなった私は、世話好きの魚富士のおばちゃんには随分と世話になった。
おばちゃんは、いつもジャージでパンチパーマで、この界隈じゃ知らない人はいないっていうくらいのお人好しで。
多分、今は綾乃さんを、凄く可愛がっているんだろうと、想像できた。
きっと、お父さんの事件の時。
後から知ったおばちゃんには、凄く心配をかけたのだろう。
事件の当日に、ノリオ君が急に倒れて、おっちゃんも、おばちゃんも、ノリオ君の双子の弟のヤスオ君も・・・病院へ行っていた。
・・・もし、あの時、魚富士のおっちゃん、おばちゃんがいたら、私はあんな絶望を感じなかったのかもしれない。
でも、それも・・・運命なのかもしれない。
仕方が無い事だと、思う。
そんなことを思い出していたら、横のおっちゃんが、急に頭を下げた。
「ジュリ、悪かったな・・・力になれなくて・・・哲とは・・・ダチだったのに・・・ジュリは俺にとって娘も同然なのに・・・大事な時に守れなかった・・・辛かったな・・・ごめんな。」
浮気もんのくせに、義理がたいおっちゃんのそれはずっと心のトゲだったのかもしれない。
だけど、別におっちゃんは悪くない。
喉の奥が一瞬、熱くなりかけたけれど。
私は、冷静におっちゃんに向き直った。
「大丈夫・・・ジョージに聞いたよ。犯人捕まったんだって?」
努めて明るい声でそう言うと、おっちゃんが眉間にしわを寄せた。
「ジュリ、無理して、大丈夫なんて言うんじゃねぇ。それに――」
おっちゃんが何故か言い淀んだ。
私が、首をかしげると。
小柄なくせに、体とは不釣り合いなゴツイ掌でおっちゃんが、私の頭を撫でた。
そして、ため息をつくと。
「悪ぃな・・・単なる俺の思いすごしかもしんねぇけど・・・だけど、ずっとここに、トゲがささったみたいでよ・・・思いすごしなら・・・今更こんなこと言ってお前の心かき乱すだけかもしんねぇし・・・・だけどよ、やっぱ・・・ひっかかるんだ・・・・で、もし俺のカンがあたっていたとしたら、思いすごしって言い聞かせて、そのまんまにしておくのは、ぜってぇダメだって・・・そう思うからよ・・・。」
「おっちゃん?」
「捕まったやつ・・・あいつ、誰かにそそのかされたんじゃねぇかって・・・。」
言いにくそうにそう言ったおっちゃんの言葉に、私は息を飲んだ。
「ど、どうして・・・・それを・・・あっ。」
ずっと、口にしないと思っていた事だったのに。
いきなりのおっちゃんの確信をついた言葉に動揺してしまって、つい、口が滑った。
おっちゃんが、目を見開いた。
「おいっ、ジュリッ、どういうことだっ!?」
目を見開いたまま、おっちゃんが私の肩をつかむ。
戸惑う私に、おっちゃんは。
「何で、黙っていたんだっ!?」
おっちゃんも、バカだ。
犯人もつかまっているんだから、自分の心のトゲを抜けばいいのに――
と、そんな事を思っているうちに。
おっちゃんは益々詰め寄り、どうしようかと困惑していたら。
私の肩をつかんだおっちゃんの手が、はがされた。
「イ、 イテッ・・・・!?」
おっちゃんの悲鳴に驚き振り返ると、氷室匠がニコニコしながらおっちゃんの手をつかんでいた。
でも、笑っていても、それは口元だけで、目は冷ややかだった。
「俺の寺ちゃんにお触り禁止でーす。寺ちゃんも、何、おっさんに触らせてるのー?今、俺が口説いている最中なのに、俺のことガン無視で、こんなこと目の前でするってことは、ヤキモチやかせよう作戦なのかなー・・・え、メイドプレイの次はツンデレ!?」
おっちゃんの詰問を遮ってくれたのは、とってもありがたいけれど。
氷室匠の他の言い分がバカすぎて、どう対処していいかわからない。
そこへ、お約束通り食いつくのが。
「うおっ?ジュ、ジュリが、メ、メイドプレイッ!?お、おい、ナースはやったのかっ!?」
金平のじいちゃん・・・やっぱり、バカだ。
頭痛がしてきた。
「いえ、ナースはまだでーす。」
何、平然と答えているんだ。
「な、何だとっ!?ダメだろっ、ナースは基本だぞっ!?基本を押さえてから、応用だろ、何事もっ。」
「成程ぉ。」
「お、兄ちゃん、素直な男だなぁ・・・よしっ、気に入った!!俺んちに、ナース服あっから、もってけ!ちょっと、待ってろよぉ。」
そう言って、飛び出して行った、金平のじいちゃん。
「いい人だよねー。」
いや、ナース服取りに行ったからか?
そもそも、何で金平のじいちゃんがナース服を持っているんだ。
はあ・・・。
チラリと、氷室匠をみると、ナース服楽しみだなぁ、と、ニコニコと笑っている。
笑顔も、イケメンだけど。
何か、頭の中が自由すぎて、残念な気がする。
とりあえず、色々気になる点はあるけれど、全てスルーしよう。
そう、決心して、話題を変えてみたのだけれど。
「だ、だけど。金平のじいちゃんも相変わらず元気だな。」
そう言うと、何故か店の中がシンとした。
え、何だ?
私が怪訝な顔をすると、魚富士のおちゃんが教えてくれた。
「金やん、先月心筋梗塞で入院したんだ。まあ、大事には至らなかったが・・・もう、仕事は無理だって・・・ラブホも、パチンコ屋も・・・廃業することにしたんだ・・・それで、再開発の話になってな・・・。」
「そっか・・・。」
私は、堪らない気持ちになって俯いた。
すると。
「オラ。お前の好きな、生肉、食えよ。」
ジェイが、私の好物のステーキを目の前に出してくれた。
表面だけ焼いた中身はまだ冷たい生肉。
しょうゆベースのソースにニンニクをたっぷり入れて食べるのが、私もお父さんも大好きだった。
ナイフを入れて、一口大に切り、ソースをつけて・・・・。
「おいしい・・・やっぱり、この焼き加減が最高。」
思わず、口から出ていた。
8年ぶりに食べる、ステーキだった。
ステーキは、お父さんとの思い出に溢れていて、あれからとても食べる気にはならなかったのだ。
私の言葉にジェイは嬉しそうにほほ笑み。
私は、もうひときれ食べようと、肉を切り口に入れようとしたが。
パクッ――
横から、氷室匠に食べられた。
「ちょっと!」
半ギレで、氷室匠に抗議をしようと睨みつけたが。
「あれー、これ、うまーい!」
私とお父さん以外、周りからは全否定だったステーキの焼き加減を、いともあっさり氷室匠が、旨いと言った。
驚いて、彼を見ると。
私のフォークとナイフを奪い、ステーキを食べだした。
「うまいなぁ・・・この食べ方、絶対NYでは、不評だと思うけどー、旨い!」
「いや、NYだけじゃなくて、ブルーは、全米でも不評だぞー。」
ジェイがゲラゲラ笑いながら、突っ込んだ。
「ああ、そっかー、この焼き加減ブルーだった!」
いや、突っ込むところ違うと思うけど。
なのに。
「そー、肉赤いのに、何故かブルー!」
ゲラゲラ笑いながら、バカな事を言うジェイ。
はあ、全く・・・。
呆れながらも、何故か・・・クスリ、と笑いが漏れた。
あいも変らず、バカな男達に・・・呆れながらも、変らないその存在に。
何故か、ホッとした。
だけど――
店のドアが開いて、入ってきた男が。
「金平のじいさんに、ここにナース服持って行けって、言われたんだけど。このナース服、誰が使うんだ?おーい、使ったら、俺にもかしてくれよぉ。」
と、笑いながらそう言った。
静まる店内。
コイツも相変わらず、バカだと思った。
木村 秋。
私が、好きだった人――
私が、初めて愛した人――
そして。
私を、絶望させた人――