13、伝わる思い④(匠)
横須賀では有意義な時間を過ごせた。
ムカつく寺ちゃんの元カレシュウには、言いたい事は言えたし。
紺野のライブハウスの件も、俺の新しいデザインで気に入ってもらえた。
というより、商店街をあげて喜んでくれた。
紺野のライブハウスのコンセプトは、チャペルだ。
チャペルといっても無宗教で、誰でもウエルカムだ。
一期一会の出会いを大切に、皆で楽しむ空間としてライブ以外でも活用させる。
これは、寺ちゃんの叔父さんの受け売りだけれど。
良いと思う心のあり方は、取り入れたいと思ったから。
チャペルだから勿論、結婚式もできる。
こけら落としは、紺野のオープンコンサートと、俺と寺ちゃんの結婚式だ!
ここでの結婚式は人前結婚式スタイルで、皆の前で、お互いに誓約するのだ。
この言葉を――
「お互いが経験した喜びも、悲しみも、全ては私達が出会い愛し合うために必要だったことです。そしてこれから先、お互いを思いあって、生涯この愛を貫きます。私たちを祝福して下さる皆様の心にも、どうか、幸せを―― 」
この言葉は、K大のチャペルでお袋の事を寺ちゃんと話した時に、至った思いだ。
どんな人だって、これまで色々な思いがあったはずだ。
この言葉をかみしめて、ここから新たなスタートだ。
それから。
寺ちゃんは過去の事について、ようやく心の整理が出来たようだった。
いや、整理をつけるというか・・・・。
「いいかっ!花屋は、私のブーケと会場の花!ケチんなよっ!?そんで、マケタスポーツは披露宴の引き出物に血圧計を用意しろ!デジタルのお洒落なやつだぞ?あと、腐った色にしたら承知しねぇぞっ!?で、マスター!!てめぇは、結婚式にきてくれたお客に、タダで飲み物と菓子提供!!・・・ああっ、その顔なんだよっ?文句あんのかっ!?これで、人を犯人扱いした事チャラにしてやるつってんだっ!名誉棄損で訴えないって言ってんだぞ?ありがたく思え!」
どうやら8年前のことを持ち出して、結婚式を安く上げる気らしい・・・。
さすが、しっかり者の寺ちゃんだ。
うん、敵には絶対にまわしたくない・・・。
そして、俺がこの街で一番尊敬する人も・・・。
「おー、兄ちゃん。そぉかー、とうとうアンアン言わせたかぁ?で、基本はちぁんと、こなしたかぁ?よし、じゃあ、応用編だな?俺に任せろ!次は、オフィス編だ!ああ?ジュリのやつ、いっちょ前に秘書やってんだろ?・・・いいじゃねぇか・・・こう、ぴったりしたラインのスーツに眼鏡かけさせてよぉ・・・・『いけません、部長・・・ここはオフィスですからぁ~』とか言わせてみろ・・・ムラッとこねぇかぁ・・・おー、くるかぁ・・・兄ちゃん、話わかるじゃねぇか・・・おい、ジュリ、お前もうちょっと色ぺぇスーツ・・・・・・・・イテッ・・・・わ、わ、わかったからっ・・・んな、怖ぇ顔すんじゃねぇよっ。あっ、そうだっ、お前、久しぶりにお茶、点ててくれよー。綾乃ちゃんに頼んで抹茶買っといてもらったんだよ、道具も綾乃ちゃん持ってるっていうしなぁ。」
金平のおじいさんは、本当に楽しい人だ。
無茶苦茶なようで、皆にいつだって優しい。
どんな人にだって、温かい。
俺も、いつかこんな人になりたいって――
いや、やっぱり、思わないけど・・・・。
「あ?何だよ、皆もジュリのお茶飲みてぇのかっ?よし、じゃあ、皆来い、来い!・・・・・・・あ?何だよ、綾乃ちゃん・・・・・あ?抹茶茶わんが3つしかねぇ?あー、そら、ちょっと3つじゃ厳しいか・・・・・・・んじゃあ、素麺入れる小ドンブリとかじゃダメなんか?・・・あ?・・・おお、魚富士の女将が素麺の小ドンブリ持ってくるって?・・・・あー、5つか・・・まあ、8つでどうにかなんねぇか?・・・・って、ちょっと待て・・・そういや、俺・・・哲やんに、ずいぶん前に抹茶茶碗を預かってくれって、言われてたなぁ・・・・・・あっ?・・・・何だと、ジュリ?・・・・それ?・・・・ああ、そうだなぁ・・・・黒い茶碗で、何か手の形にそってるような作りでよー・・・・あ、そうそう、外側に黒色の地に白いぼかしがちょっと入っているような、茶碗だ。重みのある見た目と違って、持つと結構軽いぞ?」
「か、金平のじいちゃん!それ、寺島家の家宝、『ひねり霜模様黒茶碗』じゃないか!?『ひねり霜模様赤茶碗』とペアで、赤茶碗の方は寺にあるけど、お母さんが駆け落ちする時、黒茶碗持ちだしたって・・・・行方不明になってるやつだっ!!私の家が火事で燃えたから、茶碗も燃えたって思ってたけどっ!」
珍しく、焦ったように、寺ちゃんが叫んだ。
「ねぇ、寺島家の家宝って・・・茶道寺島流のものだよねぇ?だったら・・・それ、国宝級のものじゃないのかー?」
俺がそう言うと、寺ちゃんは大きく頷いた。
皆驚いて・・・いや一番驚いたのは開いた口がふさがらないで入れ歯を落とした金平のおじいちゃんだけど。
いやいや、もっと驚いたのは・・・土足の床に落とした入れ歯をフ、フーッと息を吹きかけただけで、平然と口に入れたおじいちゃんを見た俺だけど。
だけど、そんな場合じゃなくて!
皆、直ぐに我にかえると、金平のおじいちゃんを家へ、俺、寺ちゃん、綾乃ちゃんと紺野で、引きずるようにして向かった。
意外にも黒茶碗は、大切そうにきちんと棚に置いてあった。
だけど。
「おー、ちょっと待て。良く洗うからなぁ?」
良く、洗う・・・?
「「「「ひっっっっっ!!!!!!!!」」」」
衝撃だった・・・。
何故なら、国宝級のその黒茶碗は。
金平のおじいさんの入れ歯を洗浄する器に、有効活用されていたからで・・・・。
うーん、ちょっと。
何となく、この茶碗で。
抹茶を飲む気には・・・・さすがの俺でも・・・・ちょっと。
でも、大物がいた。
「う、うめぇなー、この抹茶・・・・・く、黒い茶碗も、か、かっちょええしー。」
ノリオ君、入れ歯洗浄剤の味、しないのだろうか・・・・。
そんな、彼を見ながら、街の人達がお腹を抱えて笑っている。
皆幸せそうだ。
もっと、皆が・・・寺ちゃんが・・・幸せになるように、俺は心を込めよう。
どうか、この気持ちが、皆にも伝わりますように――
寺ちゃんのお父さんにも、伝わりますように――
俺、絶対に寺ちゃんを幸せにします・・・・いや、俺も一緒に幸せになります・・・・あれ?違うな・・・・ああ、そうだ!!
俺、寺ちゃんが隣にいてくれたら、幸せなんです!
寺ちゃんも、俺がいたら、幸せなんですっ!
絶対に、寺ちゃん泣かせませんからっ!!
そう、心の中で叫んだら・・・。
一瞬、体の周りが温かくなった。
俺の思い・・・・伝わったのかな?




