12、伝わる思い③(朱里)
早朝にマンションを出たので、昼前に横須賀駅へ着いた。
匠は徹夜でデザインを描きあげたが、新幹線の中と横須賀線の中でぐっすりと眠り、元気な顔になっていた。
ということは、テンションも戻っていて・・・。
「寺ちゃんっ。先にホテルにチェックインしよー。今日はぁ・・・ふふっ、スィートルームとったからぁ・・・お風呂一緒にはいるよー。えへへー。」
着いた早々、そういう話をニマニマ笑いながら、改札で宣言しないで欲しい。
速攻で、匠の頭を叩く。
「痛っ!?痛いよっ!何で、寺ちゃん、頭叩くのっ!?」
「アホかっ。こんなとこで、変な事宣言するなッ!!」
「変なって何っ!?何で、一緒にお風呂入るのが、変なのっ!?俺達愛し合ってるんだよっ!?愛し合っているんだから、お風呂一緒に入るのは、変じゃないよっ!?・・・・ねっ、駅員さん!?そうですよねぇ!?俺と寺ちゃん、一緒にお風呂入っても、良いですよねぇっ!?」
いきなり、匠が改札にいる駅員に話しかけた。
ギョッ、とする、駅員。
駅員を巻き込むな・・・。
こめかみを押さえながら、再び匠の頭を叩く。
今度は、グーで。
「恥ずかしいわっ!!」
そう言って、涙目の匠の腕をひっぱり、出口へ向かおうとした。
だけど。
「やっぱり、ジュリだよな?」
いきなり、話しかけられてギョッとした駅員が私をじっと見つめていた。
「え・・・もしかして・・・ヒロシ?」
中学の2コ上の先輩のヒロシだった。
「寺ちゃん、誰っ!?」
すかさず、匠が聞いてきた。
「だから、ヒロシ。」
「どこのっ!?」
「えーと、横須賀線の?」
「横須賀線じゃ分からないよっ!?もっと詳しく!!」
「・・・横須賀線の横須賀駅の、1番改札の、ヒロシ?」
私がそう答えた途端、ヒロシが噴き出した。
「アハハハッ・・・漫才みてぇー。ジュリ、お前ってそんな面白かったんだなぁ・・・つうか、結婚すんのか?この間、ノリオ君と綾乃さんとそこで会って、話聞いたんだけどよ?・・・ああ、すみません。俺、ジュリの2年上の中学の同窓生の、ヒロシです。」
凄い目つきでヒロシを睨んでいる匠に気がついたらしく、苦笑気味にヒロシが自己紹介をした。
「寺ちゃ・・・朱里ちゃんの、婚約者の、氷室匠でーす。って、綾乃ちゃん、知ってるのー?俺、従兄だよー。」
「えっ、そうなんですかっ!?つうか、すげぇ、イケメンですねー。」
「うん、良く言われるー。ああ、綾乃ちゃん知っているなら、いいことおしえてあげよっかー?綾乃ちゃんって、小さいころ、トイレ行くのが面倒でー、朝1回、昼1回、夜1回に我慢して行ってたらぁ、膀胱炎になったん――「匠さんっ!?余計な事を言わないで下さいっ!!」
迎えに来てくれたのだろう、ジョージと連れだって来た綾乃さんが烈火のごとく怒っていた。
ジョージは今の話を聞いて、綾乃さんに怒っているし・・・。
3人で騒いでいる。
はあ、やっぱり睡眠とらせて体力回復させるんじゃなかった・・・。
そんな後悔をしていたら。
「ジュリ・・・俺、お前に謝んなきゃいけない事あんだわ。」
ヒロシが私に意を決したように、話しかけてきた。
「何?今頃・・・改まって・・・。」
そう聞くと、ヒロシは顔を歪めた。
「俺・・・お前んちに1回、行ったことあったろ。酔ったお前の親父さん送り届けた事・・・親父さんグダグダに酔ってて、お前1人じゃ無理だから・・・玄関の中まで運んだろ?それがさ・・・家から出てくるところ、写メ・・・誰かに撮られてて・・・チェーンメールになってたらしいんだ。丁度、親父さんが、亡くなった日、前後なんだけどよ・・・お前に言おうと思ったんだけど・・・あの日俺、シュウさんにボコボコにされて・・・誤解だって言っても、聞いてくれなくて・・・で、やっと起きれるようになったら・・・お前、この街出ちゃってて・・・。シュウさん恐ぇし・・・だけど、俺がもっとちゃんと、ビビんねぇで、否定しておけばお前と――「気にしなくて、いいんじゃなーい?」
いつから聞いていたんだろう、いつもの緩い声がした。
と同時に、私の肩に手が回された。
「匠・・・。」
「君が寺ちゃんを傷つけたんじゃないよぉ。やっぱり、悪いのは、そのシュウってやつだよー。本当に、惚れていたら・・・最初に寺ちゃんに確認するでしょ。それで、寺ちゃんが言ったこと、俺なら全部、信用するー。結局、それをしなかったってことは、そいつん中では、それくらいの気持ちだったってことでしょー?」
口調は緩いけど、目が笑っていない匠。
はあ・・・もういいよ、そう言おうとした時。
「お前に、何がわかるんだよっ。人に裏切られた事もねぇ、金持ちのボンボンが、何言ってんだっ!?」
私達の話を聞いていたのか。
シュウちゃんがそこにいて、いきなり匠に殴りかかった。
ダメっ!そう思って飛び出そうとしたけれど。
その前に、ジョージが膝を、シュウちゃんのお腹へ入れていた。
崩れ落ちる、シュウちゃん。
そして・・・。
「何も、分かってねぇのは、お前の方だっ。シュウ。」
ジョージが吐き捨てるように、そう言った。
多分、匠の今までの事情を綾乃さんから聞いているのだろう。
ジョージが肩をいからせながら、綾乃さんの手を引いて駅の外へ歩いて行く。
かなり怒っているな・・・ジョージはあんな風にクソバカだけど。
昔から、正義感はとても強かった。
きっと、シュウちゃんの曲がって物事をとらえる心に、腹を立てているのだろう。
あんなに、好きだった、シュウちゃんだけど。
私の横にまっすぐな心の匠が寄り添ってくれる事で・・・シュウちゃんの心の歪みが、今は良く見える。
昔は・・・恋に目がくらんで、見えていなかったのだろう。
だから、お父さんが、ダメだと言ったんだ。
今なら良くわかる。
それは・・・匠のおかげだ。
「ねぇ、一言・・・言っていいかなぁ?君もお母さん、亡くなったんだよねぇ?ねぇ、その時・・・寺・・・朱里ちゃんは、君にどう接した?・・・そして、反対に、朱里ちゃんのお父さんが亡くなった時・・・君は朱里ちゃんにどう、接した?・・・・・・分かるよね?それが、気持ちの重さだよ。誰が悪いわけでもない・・・君の心が、原因なんじゃないかなー。だけどどんなに言われたって、朱里ちゃんは、ぜぇぇぇったいに、返さないからねー!!」
匠の言葉に、ハッとしたように顔を上げたシュウちゃんは。
私を見て、瞳を揺らした。
私は、何か声をかけようと思ったけれど、何も・・・言葉は見つからなくて。
ただ、唇をかみしめた。
すると突然、匠にグイッと手を引っ張られ、シュウちゃんから引き離すように駅の出口へ向かう匠に、私は従った。
私には、もう何もしてあげることができないけれど。
シュウちゃんには、本物の愛を手に入れてほしい。
私が、本物の愛を手に入れたように・・・。
どうか、この思いが伝わりますように――