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1、面白い女(匠)

「A☆☆ Hole!(クソ野郎!)」


耳を疑った。


多分、俺と・・・クソ野郎と言われた岡部にしか聞こえないくらいの、小さな声だったが。


まさか、目の前の――


上品で柔らかな雰囲気の・・・まるで日本人形のような美しい着物姿の女の口から、ケ☆の穴という英語が出てくるなんて。

まあ、確かに岡部はクソ野郎だけども。


おっもしれぇ女・・・・。


岡部は、信じられないという顔をした後、真っ赤な怒りの形相になった。


「おいっ、お前!今、何を言った!?」


岡部が、女の華奢な腕を掴んでねじり上げた。

すると、袂が肘まで滑り落ち、女の真っ白な腕があらわになった。


その白さに・・・ドキリ、とした。


だけど、うっかり女の腕に見とれていたので、その華奢で頼りなげな女の体が岡部に無理矢理引き寄せられたことを止められなかった。

そして、岡部が反対の右手を振り上げた。

周りから悲鳴があがる。

慌てて、俺は岡部を取り押さえようと岡部の手を掴もうとしたが、その前に・・・信じられない事が起こった。


女が、掴まれいてる腕を軸に体を反転し後ろ向きになると同時に、肘を岡部のみぞおちに入れたのだ。

それは一瞬のことで。

だけど、肘が綺麗に入ったらしく、岡部が崩れ落ちた。


今度は岡部側の人間が、慌てて飛んできた。


「おいっ、警察だ!警察を呼べっ!この女を暴行罪で捕まえろ!」


英語で叫ぶ、岡部。


だけど、状況を見ていた周りの人間は冷ややかで。


「先に手を出したのは、そっちだろう!?しかも、こんなに華奢な女性にだぞっ!!」


「そうよ、レディを殴ろうとしていたじゃない!信じられないわ!!」


岡部を非難する声が飛び交う。



ここはNY・・・グランドヒロセNYのロビー――


日本を離れて5年、NYでまあ仕事も順調で。

俺は、あんな事があった日本に帰る気なんてさらさらなくて。

ばあちゃんから再三帰国の話を持ちかけられても、のらりくらりと断り続けていた。


で、結果。

痺れを切らしたばあちゃんが、とうとうNYまでやって来たわけだ。


ばあちゃんとは、そのまんま、俺の祖母で。

天下の氷室グループのドン、氷室製薬の会長、氷室佐和子だ。

ばあちゃんの次男が俺の親父で。

現在兄貴が社長を務めている、氷室グループの氷室建設の会長だ。


まあ、一見外からみりゃあ、俺は恵まれた家に生まれたってわけだけど。

それでも、色々厄介な事はあるわけで――






突然、グランドヒロセNYにいるからと、ばあちゃんから事務所に電話がかかってきて。

すぐに来いと、相変わらずの自己中発言をかまし、俺が反論する前に言いたい事だけ言って切るという、老人とは思えない早技をやってのけた。

まあ、電話だけで5年も会っていないから、ばあちゃんだって強硬手段に出たんだろうけども。

ここ1週間ばかり、とあるくだらない理由で人が集まるような場所には出かけないようにしていたのだが、言い出したらきかないばあちゃんの性格を知っているだけに、俺は仕方がなくばあちゃんに会いに出かけたのだ。


で、グランドヒロセNYについて、玄関を通りロビーに入ると。

男が女をナンパしていた。

普通なら目もくれず、通り過ぎるのだが。


「ねぇ、君。よかったらお茶でも飲まない?」


口説いていた言語が、あまりにもダッサい日本語セリフだったので、つい。


「ブハッ!」


噴き出してしまった。


その途端、ダッサい日本語セリフを吐いた男が、イラついた様子でこちらを振り返った。

しかし、俺を見るなりそいつは嫌味な笑顔で、俺に声をかけてきた。


「あれ?・・・これは、これは。奇遇だねぇ。氷室匠(ひむろたくみ)クンじゃないか?」


振り向いたその嫌味なナンパ男は、知っている男だった。

いや、つまりはこの1週間、俺が外出をしなかった原因は、こいつがNYにやって来ているという話を聞いて顔を合わせたくなかったからで―――


5年ぶりに聞いた声は、相変わらず厭らしいものだった。


何で、お前がこんなところにいるんだよ!


そう心の中で舌打ちをして。

直ぐにあたりを見回したが、ロビーにばあちゃんの姿はなかった。


正直、ホッとした。


まあ、ばあちゃんは未だにあのことで、俺に罪悪感を持っているようだし。

こいつと会ってまた、その罪悪感に満ちたばあちゃんの顔なんて見たくないし。


ばあちゃんがここにいないことを確認した後、岡部に向き直った俺は。

冷めた目を、岡部に向けた。


「・・・・・・。」


「え、久しぶりに会った同級生に挨拶もなしか?」


「ごめんねー。久しぶりに聞いた日本語が、衝撃的なほどダッさくてー、挨拶忘れちゃったんだよねー。」


厭味ったらしい岡部に、俺は緩い口調とは反対に、ただ冷やかに見つめた。

すると。


「ぷっ・・・。」


今度は女が、噴き出した。


俺はその拍子に、何となく女に視線をむけたのだが・・・思わず目を見開いた――

だけど岡部が、何がおかしいんだっ!?と怒鳴り、女に詰め寄ろうとしたから。

慌てて、俺は岡部に視線をもどした。


――と、その前に体は俺の方に向いていたから、急に勢いをつけて体の向きをかえたので。

丁度側を通りかかった荷物を運ぶポーターと、岡部はぶつかってしまった。


どう見ても明らかに、ありえないほど急に体の向きをかえた岡部に非があるのに。


「このホテルは、どういう社員の教育をしているんだっ!!」


すぐさま丁寧に謝罪をしたポーターに、岡部が理不尽に怒鳴りつけた。

それに対し、かさねて謝罪を続けるポーター・・・。


最悪だ、どうしてここまで非常識な事ができるのだろうか。

こいつは、5年前よりも人間が腐っている。


そんなふうに、呆れていたら。


「A☆☆ Hole!(クソ野郎!)」


控え目で上品なイメージのその女が、信じられない暴言を吐いたのだった―――






結局。

取り押さえられたのは、岡部の方で。

後から聞いた話だと、ホテル側から厳重注意と、今後一切の出入り禁止を告げられたらしい。



ホテルの従業員に取り押さえられ、どこかへ連れて行かれる岡部を完全に無視し。

着物の女が俺に向き直った。


そして。

その女は、丁寧に頭を下げ。

氷室製薬の秘書室所属の、寺島朱里(てらしまじゅり)と名乗った。


何となくそれは。

付け焼刃や、職業的な仕草ではなく・・・きちんと躾けられた美しい挨拶の仕方だと思った。


驚く俺に、寺島はほほ笑んだ。

俺は、そのまま、寺島の笑顔にみとれ・・・。


これって――



「38階のお部屋で、氷室会長がお待ちかねです。お迎えにあがりました。参りましょう?」


だけど、寺島が俺の思考を遮るように、言葉を続けた。


俺が呆然としていると。

彼女はもう、エレベーターの方へ歩き出していた。

慌てて、俺は寺島を追った。





38階のスィートルームに着くと。


「匠、顔を良く見せ・・・何や、あんた、ちゃんとこっちでまともな食事しとう?ちょと、痩せたか?・・・・あ、寺島さんマカロン来たから、食べよう?ここの美味しいんや。ポットそこにあるやろ?コーヒー淹れてくれるか?あんたも遠慮せんと、飲み?匠、あんたも、ぼおっと立っとらんと、はよ、座り!」


相変わらずのばあちゃんの自由な喋りに、俺は笑ってしまった。


「ばあちゃん、何か前よりパワーアップして、若返ってないかー?中国秘境の仙人の知り合いからもらった、秘薬でも飲んでるだろー?」


あまりにも元気な様子に、ホッとしながらもついからかってしまう。


「何言うとう!中国の秘境に住んでる仙人なんて、どこで知り合うんや。あんたこそ、そんなん知ってるんやったら、紹介してほしいわっ!何が若返ったや?いつまでも拗ねて、外国でフラフラしとう孫が心配で、胃が痛いわ!あんたっ、あんたのお母ちゃんの17回忌法要が10日後や。13回忌は、帰ってこんで親不孝したけど、今回は許さんでっ!!」


案の定、ばあちゃんがヒートアップした。

胃が痛い人間が、マカロン食うのかー?と、茶々を入れたら、クッションが2個飛んできた。


うん、相変わらず元気で何よりだ。


昔からこの反応が面白くて、ついからかってしまう。

って、こんなふうにばあちゃんのことを平気でいじるのは、俺だけなんだけども。



「氷室会長、コーヒーが入りました。」


タイミング良く、寺島がコーヒーを出してきた。

ばあちゃんは、その寺島の声でクールダウンし。


「・・・ありがとうな、寺島さん。」


信じられない事に・・・笑顔まで、寺島に向けた・・・。


一体―――

何なんだ、この寺島って・・・。


いや、それよりも。

ばあちゃんが女の秘書を連れているって・・・。

いつも海外出張は、秘書室長の三浦を同行させるのに、あえて若い女性秘書を同行させるというのは、余程のことだろう。


ばあちゃんが相当、気に入っているということか。

まあ、確かに・・・ばあちゃんに付く人間は大変だ。

いつも、周りはワンマンなばあちゃんの顔色をうかがっている。

だけど、この寺島は少し違う。

柔らかで控え目な感じだが、背筋が伸びて、どこか凛としている。

秘書としては、申し分のないタイプだよな。

それに・・・まあ・・・色白で、上品な日本的で・・・可愛らしい美人だ。

学生時代の留学も含め、アメリカでの生活が長い俺は、自己主張の強いこちらのエネルギッシュな女とは違った新鮮さを彼女に感じた。


だから・・・つい、その寺島に見入ってしまった。

いや、会った瞬間から。

寺島しか目に入らなくなったような、そんな錯覚に陥った。

女に対して、面白いなんて思ったことはなかったのに。


って、何だ、これ・・・。


自分の心に戸惑いながらも。

この寺島ともっと話してみたいと、俺はただ、素直に思った。





そして、俺は。

ばあちゃんに言われたお袋の17回忌法要のために、渋々5年ぶりに帰国することを了承した。


だけど。

確かに、渋々ではあったが。


何故か・・・日本に向かう機内で、寺島の上品な顔が浮かんでは消え、また浮かび。

もし寺島と出会わなかったら、お袋の法要があっても帰国はしなかっただろうと、漠然とそう思った・・・・。


いや、違うか。

寺島に、もう一度会いたかったから。


帰国することにしたんだ――





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