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タカスガタイキ即興小説まとめ/雑多ジャンル

なんて相手に負担を強いる言葉。

 大丈夫だよ、という言葉が長い間呪いでした。

 私は、五人兄弟の長女で、その言葉を使うシーンがたくさんあったのです。今日は遅くなるけれど、つっくん(弟の愛称です)の面倒見ててもらっても大丈夫?――お母さんがヒールを履きながら、そう言う時、私はリビングの扉前でお母さんを見送りながら、うん、大丈夫だよと返すのです。そして、お母さんが出かけていった後、友達に、映画を見に行く約束をことわるメールを送信するのです。日曜日がそうやってつぶれることが本当に多かった。いつからこんなふうになってしまったのかはわからないのですけれど。私は、経験的に、大丈夫じゃないよと答えたところで、お母さんがヒールを脱いでくれたりはしないだろうということを知っていて、だから、これは私の両手が伸びる範囲の世界を上手に守るための、一番簡単な処世術だったのです。


 しかし、まさか大人になっても、こんなことを続ける羽目になるなんて。


「タキさん」


 私を呼ぶ声が聞こえます。

 私の名前は、タキではありません。

 でも、ここではそういうことになっています。

 私を呼んだオオエさんは(こちらは彼の本名です)、リクライニングベッドに横たわりながら、上体を少し起こしていました。年齢の分だけ広くなった額に老眼鏡をかけて、胸元には本が寝かせてあって。さっきまでそれを読んでいたことがわかります。


「なんですか」

「部屋がね、ちょっとかげっているようで。窓を開けてもらえるかな」

「冷えると、毒ですよ」

「その時は、また閉めてもらうよう頼むよ。……ああ、でも、手間かね」

「いいえ。これも仕事の範疇ですから」


 でも、夕食を作る時間になったら、強制的に閉めますからねと私は釘を刺す。

 こういう一見気遣っているふりをしてくる人は、放っておくと、どんどん要求を上乗せしてくるのです。本当にすまないねえとか言いながら。私は経験的に知っています。そういうことを言われる側としては、私は、スペシャリストといってよかったのです。


「タキさん」


 そろそろ夕食にとりかかろうかと腰を浮かせた時、オオエさんはぽつりと言いました。


「私は、助かるのかなあ」

「大丈夫ですよ」


 私は、エプロンをしめながら、言いました。


「本当に?」

「本当に」

「そうかあ」

「そうですよ」


 歌うような会話でした。


「タキさん」

「はいはい?」

「ありがとう」


 その二日後に死んでしまったオオエさん。

 それが私の仕事なのです。

 末期治療、クオリティオブライフがどうのこうの。

 難しいことはわかりませんけれど。私は、雇われているだけですから。

 自分が死ぬことを知らされていない人、あるいは知らされているけれど何かを信じて待っている人、そういう人に亡くなる瞬間まで嘘をつき続けるお仕事。


 大丈夫だよ。

 大丈夫だよ。


「タキさん」


 大丈夫だよ。

 大丈夫だよ。


「ありがとう」


 ああ、でも、そう呟くたびに私は大丈夫でなくなっていくようで。


「大丈夫だよ。……ありがとう、タキさん」


 その言葉を受け止めるのは、私には重すぎるのです。

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