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第03話 ジャック・サンダーボルト 後編


──なぜカチコミ──




「さてと」


 アズマが伸びをする。


 ジャックも、回収した自分の銃に新しく弾をこめながら歩き出していた。



「どこに行くんじゃ?」


 歩き出したジャックに気づいたリゥが声をかけた。



「あ? どこって、あの屋敷だよ。あいつらをぶっ潰してやるんだ」



「はぁ? なんのためにじゃ?」

 もう明日の朝には強制捜査が入って、一網打尽にされるというのに。



「だからだよ。今じゃねーと、俺の手であいつらぶっ潰せないだろ。俺はな、ああいうセコイ悪事とか大っ嫌いなんだよ! 暗殺だとかそういうのは特にな! しかも俺に暗殺なんてやらせようとしやがって。絶対に許せん!」



 ジャックが暗殺を嫌いな理由は、その過去にある。


 かつて彼はある暗殺事件にまきこまれ、それが元で、血が苦手になったのだ。

 だから、暗殺というモノを、死ぬほど憎んでいた。自分のなりたいものを邪魔したその非道な手段が、死ぬほど嫌いなのだ!



「俺が目指すアウトローってのはな、法には従わないが、義理や人情に従って生きる、悪には悪のルールと信念があるんだ。あいつらは、そのルールを踏み越えやがった! だから、ぶっ潰す!」


「え? いや、それだけの理由か! いや、それがお前には重い理由と言うのはわかるが、いや、だが、えぇー!」


 あまりの理論に、リゥも混乱する。


 リゥの言葉などに聞く耳を持たないジャックは、そのまま屋敷の方へと歩いて行ってしまった。

 彼女は両手で頭をおさえ、信じられないようなモノを見る目で、その背中を追うしかできない。



「……あいつ、ひょっとしてお前並にとんでもない男なのか?」



 ジャックの背中を見ながら、隣にいるアズマを指差した。

 あまりの自信に、思わず見送ってしまったのも、隣にそれを実現させてしまう変人がいるからに他ならない。


 ひょっとすると、この広い大陸の中。同じようなことができる変人があともう一人くらいいてもおかしくはないのかもしれない。なんて思ってしまったからだ。


 その一人目であり、実際に五十人以上のならず者を退けた男に聞いてみた。



「んー、レベルで言えば、リゥ二人分かな~」

「いや、それよくわからん。それは凄いのか?」


「君が二人いて、あの屋敷のならず者全員を相手にして勝てるかって話だね」


「無理じゃな」


 考えるまでもなく、リゥはそう断言した。いくら火の大精霊と契約したといっても、今のリゥでは二人いたところで、焼け石に水だ。


「そんなレベル」

「なら完全に無謀ではないか!」


 しかもかなり絶望的なレベルだ! 勝ち目なしと言ってもいい!


 目の前のアホウと違って、あっちのアホウは、本格的な無鉄砲であった。

 隣に変人がいたおかげで、自分の常識がおかしくなっていただけだった。やはりできない。が普通で当然だった!


「なんでそれで、あれほど自信満々にいけるんじゃ……」



「あのお年頃は自分の実力を勘違いしがちだからねぇ。若者は、自分はなんでもできちゃうと思っちゃう時期があるから。無限の可能性なんて、実際には低い確率でしかないのに。だから、早死にして淘汰されちゃうもんさ」



 ゆえに、そんな馬鹿な若者の話など、たくさんあっても誰の記憶にも残らない。


 テンションが上がって頭に血が上った若者は、なにをしでかすかわからないものだ。

 高すぎて誰も飛び降りない橋の上から川に飛びこみ、生きて戻らないもの。高い建物に登り、落下して返らぬもの。嵐の日に海岸へ行って、波に飲まれるもの。そんな若者は、いつの時代にでもいる。

 彼の行動は、それと同じ。自分は死なないと勘違いしている、死を恐れない、若さゆえの過ち。早死にする若者の、典型だった。


 アズマの言葉は、そんな多くの若者の死を、間近で見てきたかのような、言葉であった。



 いや、実際に見てきたのだろう。


 彼は、戦争の中に身を置いたことがある。多くの若者が命を散らした、南北戦争の中に。

 彼は、戦争の英雄、『アーマージャイアント』の正体なのだから……



「まあ、無鉄砲は若者の専売特許じゃからのう」


 やれやれと、肩をすくめた。



 このカチコミは、無鉄砲すぎるが……



「……いやでも、ヤツはワシの二倍強いということか?」


 はたと、思い当たった。


「あくまで現状で例えたら。だけどね」


 それはそれで、凄いような。凄くないような。


「基準がわからんからなんかもやもやする! 平均はいくつなんじゃ!」

「五分の一リゥが平均的な一般人かな?」


「え? ワシ一般人の五倍強いの!?」


 さらに基準がわからなくなってきた。リゥ自身、そんなに強かったりする自信も自覚もない。



「というかワシ、意外に凄いんじゃな……」


 自分でもびっくりの評価である。そして自分二人分ということは、一般人の十倍凄いあのガンマンも十分に凄い気もしてくるから不思議だ。


 まあそれって、十人の一般人に囲まれたら負けるという意味なのだろうが……



 となると、自分の目の前にいるこいつは、自分何個分なのか、気になった。なので、素直に聞いてみる。



「ところで、お前はワシ何人分に該当するんじゃ?」


「んー、二十リゥかな」


「意外に低いな」


 自分二十人分とは、意外に低い評価だと、リゥは思った。

 自分が二十人いたところで、到底かなわない確信があるのだが。


「だってそこでカンストしちゃうから」

「カンスト!? カンストってなんじゃ!?」


 そもそもどういう計算なのじゃそれは!


「あっはっはっはっはっは」


 リゥが混乱していると、いつも通り、かるーい笑いがアズマから飛び出す。



「余計にわけがわからなくなってきた……」


 頭がくらくらしてきた。



「まあ、俺はひとまず置いといて」

 四角く空気を区切り、横へ置いた。そして蹴った。見えない区切りが、東のどこかへ飛んでいくのが見えた。


「蹴りよった!」



「はい、次の話題です!」

 何事もなかったかのように、笑顔で話を進めようとするアズマがいた。



「ま、まあ、そうしよう」


 少し腑に落ちなかったが、リゥも諦めた。そもそも相手の実力がきちんとはかれないリゥに、目の前のアズマやあのジャックの実力を聞いてもしかたがないことだ。


 レベルが本当に違いすぎて、その背中さえ見えてこないのだから。



「つーわけだから、ちょっと行ってくるわ」


 アズマが、しゅたっと手を上げた。



 こいつも同じように、あの屋敷に乗りこむ気なのだと、リゥにはすぐにわかった。



「うむ。いくらなんでも、ここでアレを死なせるのもしのびないしな」


 死地に向うとわかっていて行かせては、後味が悪い。

 あの男だけ行かせれば、勝率は限りなくゼロだが、そこにアズマが加われば、一気に戦力差は逆転する。


 その上、どうせ元々梅雨払いをしてやる気だったのだろうし。



 ばさりと、綿のシャツを剥ぎ取り、脱ぎ捨てたかと思えば、そこにはいつの間にか、いつもの異邦の装束を纏ったサムライの姿があった。



「いつのまに……」

 さすがのリゥも、唖然とする。


「タネも仕掛けもありません。ただの早着替えさ!」


「まあ、じゃろうな」

 もしくは無理矢理下に着ていたか……いや、ないな。とリゥは思った。



「刀はちゃんと持ってきた?」



「当然じゃ」

 預かっていた刀を、アズマに返す。



 受け取ったアズマは、カラクリを動かし、ないないモードから、刃のある状態へと変えた。


 ここに、サムライアズマが姿を現した。



「……」

 そんなサムライを見て、リゥは(やはりこの姿の方が似合うな)と思うのだった。


「ところで、一緒にくるかね?」


 左腕を少し上げ、左の脇に小さなスペースを作った。これは、前回エルフの里で緊急避難的に戦った際の戦闘ポジションである。



「いや、さすがに今回ワシが行く理由がなかろう」


 リゥは素直に首を横に振った。ついていっても、完全に足手まといだ。

 今回ただでさえ一人いるのだから、無駄に重荷になるのは避けたかった。



(ならば、ワシにできることは……)



 ほんの少しだけ考え、答えが頭の中に現れる。


「じゃから、あの宿で朝飯を作って待っているから、あのアホウを連れて帰って来い」



 それは、戻ってくる場所を用意しておくことだった。



 リゥの微笑みは、慈しみの心を感じさせる、とても穏やかな笑みだった。

 アズマを信じて待つ。そんな、リゥの心を表した、思わず見とれてしまうほど、美しい笑顔だった。


「おう。任せとけ。リゥのパン美味しいから、楽しみにしとけって伝えておくよ」


 アズマも、負けじと笑う。こちらも、多くの人を愛する博愛を現す笑み。多くの人を安心させる、絶対をもたらす微笑みだった。



「そんな恥ずかしいこと伝えるなすかたん!」



 顔を朱に染めて、リゥは去り行くその背中に怒鳴った。




──カチコミ──




 夜の闇もふけ、人々の多くは寝ているような時間。



 ドゥーン一家の屋敷は、そのような闇を打ち払うかのように多くの松明が掲げられ、屋敷の中からは、騒がしい声が響いていた。


「ちっ、ついてねぇなぁ、おう」


 ぶつくさと、文句をたれるのは、屋敷の門の前に立つ門番二人。


 屋敷では、明日のための前祝が盛大に行われているというのに、クジで負けた自分達は仕事に出た奴等の帰りを待ちつつ、相変わらずの見張り仕事だ。

 朝は朝で宿の地上げに失敗するし、夜はクジで見張り仕事と、不幸ってのは続くものである。


「ああ。早いトコ戻ってこねえかね。そうすりゃ、俺等も宴会に混ざれるってのになぁ。よう」


 今回の仕事。宴会の前にバルガスから知らされた、あの保安官の暗殺計画。それが終われば、自分達はこの街で恐れるものはなにもなくなる。

 そうなれば、見張りなんぞ必要もなく、飲めや歌えやの大騒ぎができるってもんだ。


「ったく。早くしろってんだよなぁ」


 もう一人の門番も飽きてきたのか、近くにたかれている松明へタバコを近づけ、ふかしはじめた。

 これで酒があれば完璧だろうが、残念ながら、くすねてくることはできなかった。



 すっ。



 その闇を照らす松明の明かりの中に、一人のガンマンが姿を現した。


 カウボーイハットをかぶり、腰には二丁拳銃。さらに、赤いマフラーを巻いた、金髪碧眼の若者が。


「よう」


「おうおう。やっと戻ってきたか。首尾はどうだった?」


 片手をあげ、笑顔で近づいてきたガンマン。ジャックへ、門番の一人が待ちかねたとばかりに、声をかけた。



「ああ、仕事は見事に……」


 ジャックは、にこやかに近づくと、その右の拳を握り、目の前に近づいた門番の腹へと、拳を叩きこんだ。


「ぐぉっ!」

 体をくの字に曲げた体に、とどめの右フックをお見舞いする。


 ジャックの拳は門番の顎を的確にとらえ、男の意識を見事に刈り取った。



「……失敗して来たぜ」



「てめえ!」


 いきなりの暴挙に、残る一人が銃を抜く。


 一発の銃声とともに、弾き飛ばされる銃と、利き腕をおさえ、うずくまる門番がいた。


 門番の目の前に影がさし、顔を上げた門番の顎へ、とどめの左ストレートがうちこまれる。



 地面に崩れ落ちる門番を見て、ジャックは、ふっ。と銃口からこぼれる硝煙を吹き消した。



「なっ、なんだ今のは!」

「誰かぶっ放しやがったぞ!」


「門からだ!」


 響いた銃声により、屋敷の中が一気に騒がしくなった。



「あ、やべぇ」

 カッコつけている場合ではなかった。


 銃を撃てば当然の結果なのだが、そのあたりを考慮していないのが、彼のチャームポイントか。



「見張りがやられてるぞ!」

「いたぞ! ぶっころせ!」


 門の横にある左右の見張り台から、銃を持った四人の男達が姿を現した。

 どうやらそこに酒を持ちこみ、酒盛りをしていたようだ。


「ちっ」


 舌打ちとともに、左腰にも下げてあった銃を抜く。



 銃声とともに、四つの銃が弾けとんだ。




「……相手は、一人か」


 屋敷のすみ。四方に一つずつある見張り台に息を潜め、ライフルでジャックを狙う黒人の男が一人。


 人と群れるのが嫌で、一人で酒盛りをしていたスナイパーが、偶然そこにいたのだ。


 門で起きた銃声を聞き、彼も屋敷の中のならず者と同じように、ライフルをそちらへ向る。

 門の左右にある見張り台へ銃をはなったところで、その襲撃者の頭へ狙いをつけた。


「まさかこの距離で狙われているとは思うまい。俺が、ここにいたことを不運に思うんだな……」


 ぺろりと、唇を湿らせ、引き金に指をかける。


「死ねっ!」

 引き金を引いた直後、とった! と確信したほどの一発。

 プロであるから確信する、渾身の一発。



 それは確実に、門の前にいるガンマンの頭へと命中するはず。だった……



「なっ!?」


 しかし、それは突然瞬いた白銀の煌きによって、ジャックの頭に命中することはなかった。



 それは、ジャックとスナイパーの間をさえぎるように現れた、一人のサムライ。


 彼が振るった刃が、その弾丸を弾き飛ばしたからだ。



 なおかつ……



 スナイパーは、手元を信じられないよう、凝視していた。




 ガンマンを狙ったライフルに、弾丸が突き刺さっていたのだ。




 弾丸によって銃身が歪み、これではもう撃つことはできない。


 なにが起きたのか、彼にはわからなかった。



 だが、答えは簡単である。


 撃った弾丸が、そのまま弾き返され、そのライフルに突き刺さったのだ。


 誰も、そんな突拍子もないことは信じられないだろう。



 が、それが、真実である。




「助太刀するよ」

 ジャックの隣に降り立った、一人のサムライ、アズマが声をかける。


 さすがに、隣で弾丸が弾かれた音がすれば、例えまぐれだとしても、なにが起きたかは理解できた。



 さらにジャックは直感で、今のはまぐれではなく、意図的に行ったのだと感じ取った。



 アズマの実力を、あの一瞬で、見誤ることなく、肌で感じ取ったのである。


「ちっ。感謝はしねーぞ。助かった」

「いえいえー」


 感謝しとるやん。というツッコミを入れてくれる人はこの場にはいなかった。

 ジャックとしても色々不本意ではあるようだが、最低限の義を通したようだ。



「ひとまず、手を貸せ。俺一人で全部倒すの、骨だ」


「それは俺も同意見。んじゃあ、ちょいとやっつけますか!」



 こうして、銃と刀の武器を持った二人。サムライガンマンのチームが結成された!



「んで、お兄さんこの門開ける手立てはあるの?」


 門の外への攻撃が一時やみ、二人で門を見上げてみれば、アズマがジャックへ問う。



 目の前に立ちふさがるのは、両開きとなった巨大な門だった。



 ここを開かなければ、取り囲まれた三メートル近い木板を飛び越えなければならなくなる。

 門には当然巨大な閂もかけられ、内側からしか開かないようになっていた。


 アズマの問いに、ジャックはそんな門をじーっと見つめている。


「……」

 門を見上げたまま、答えは返ってこなかった。




 つまりは、ない!




 本当に、直情的で無鉄砲かつ考えなしでカチコミに来たようだ。


「なら、俺が開けさせてもらうよー」

「そうか。なら譲ってやるよ。俺は弾をこめるので忙しいからな」


「それじゃあここは、俺の失礼しますからはじまる開錠術でいこうか!」

「開くならなんでもいいさ。開くなら」


 本当にできるのかどうかなどジャックは知らないが、ひとまず自分の無鉄砲さへの指摘を回避できると考え、その提案に飛びついた。


 その間に、どうするかを考えようと思ったのだ……



「それじゃ、失礼しますよー」

 だが、そんなジャックの考えなどお構いなしに、アズマは門を切り開くのだった。


 気の抜けた、そんな挨拶と共に、鋭い銀の光が、瞬いた。



 ごとん。ごととと。



 そんな鈍く重い音と共に、巨大な門の扉が、傾いてゆく。


 内側から、閂のかかったままの巨大な扉が、敷地の方へと倒れてゆくのだ。



 なんとアズマは、門を開閉するために固定している金具を、叩ききってしまったのだ!



 それゆえに、固定するもののなくなった門は、内側へと倒れゆく!



「おいおい。そういう開け方、ありか……?」


 門が倒れ行くのを見て、ジャックは思わず唖然としながら、正直な感想を述べた。


「個人的には、鍵開けてねーじゃん。というツッコミが欲しかったね」



 きっとリゥならやってくれただろうに。残念残念とけらけら笑う。



「いや、それ、なんか違うだろ……」

 げんなりとしつつ、ジャックはつぶやいた。



(こいつ、俺より無茶苦茶だ!)




 撃退のため戦闘準備に取り掛かっていたチンピラ達も仰天する。


 準備が整い次第入り口を開け、中に入ってきた襲撃者を一斉砲撃する予定だったのだが、その門が、突然倒れてきたのだ。



「うっ、うわっ、こっちに来るぞ、逃げろー!」



 門を開けるために内側でスタンバイしていた者達が、その場から逃げてゆく音が響く。

 倒れた二枚の扉は、近くに設置してあった松明を巻きこみ、それを押しつぶした。



 ずずうぅん。



 小さな地響きをたて、扉が大地を揺らす。


 風圧によって、松明の火の粉が飛び散る。きらきらと舞う赤い火の粉は、幻想的な光景のようにも見えた。

 扉が大地を揺らした衝撃により舞い上げられた土埃が、あたり一面に広がる。


 舞い上がる土埃と火の粉を引き裂くように、一つの影が、屋敷の中へと躍りこんだ。


 それは、扉の転倒から散らばって逃げるチンピラ達の一つに、刃を返し、襲い掛かる。



 だん。どっ、がっ!



 鈍い音を立て、そこにいた三人の男達が、倒れる。


 さらにその人影は流れる風のように移動し、次々と目につくチンピラ達を殴り倒してゆく。



「くそっ、上から狙え! 同じ高さにいたら、同士討ちするぞ!」



 舞い上げられた土埃と夜の闇が、仲間と敵の区別をあいまいにする。


 土煙で視界が悪い中銃を撃てば、相手の思う壺だ。



「任せろ! 相手はサーベルみたいな長いナイフだけだ。なら、遠くから狙……えっ?」



 そう言い、二階のバルコニーからアズマを狙おうとした男の腕から、銃が弾けとんだ。


 男の銃はバルコニーを転がり、部屋の中へと滑ってゆく。



 男は、目を丸くして、銃を失った自分の腕を見る。周囲をキョロキョロと見回せば、壁際の一角から自分を狙うガンマンがいたのに気づいた。


 派手に暴れている異貌の装束を纏った戦士とは別に、闇夜に紛れたガンマンが、自分を狙っていたのだ。



 その木板の壁から屋敷までの距離は、三十メートルを超える。そんなにもあるのに、あのガンマンは、あそこから二階のバルコニーのところにいる自分の銃だけを、正確に弾き飛ばしたのだ!


 ガンマンの腕が動いた。


 男はぞくりと、背中にツララが入ったような感覚に襲われ、バルコニーの内側へ身を隠す。



 ほっとした瞬間。銃を弾き飛ばされた利き腕に痛みが走った。衝撃で痺れが生まれた腕を押さえる。



 下手をすると、指が折れているかもしれない。利き腕がやられてしまった。これでは、マトモに銃を撃つことができない!


「なんなんだあのヤロウは……っ!」


 そこで、気づく。自分と同じように、庭を駆け回るあの人影を狙うやつがいたら、同じ目にあうんじゃないかと!



「おい、顔を……!」

 だが、遅かった。



 次々と、二階や窓、テラスからアズマを狙うために銃を出した男達の手から、獲物が弾き飛ばされ、腕を使い物にならなくされてゆく。



 一階や庭の刀の届く範囲ではサムライが。


 その近接戦オンリーであるサムライにおびき出され、彼を狙ったチンピラはガンマンが。



 次々と、敵を無力化してゆく。



「くそっ! なんなんだあいつらは!」

 二階のバルコニーでうずくまった男は、憎々しげに言葉を吐きすてた。


 顔を出して撃たれぬよう、影に隠れながら、ずるずると二階の部屋の中へと逃げこもうとする。



 すたり。



 バルコニーの手すりに、そんな音が響いた。


 その音に反応し、思わず反射的に顔を上げた男が見たもの。それは、手すりに降り立ったサムライの姿だった。



 月の光に、その刃がきらりと反射している。その反射の光は、宝石のような美しさと、月を背に立つサムライのその姿は、幻想的ですらあった。


(……え? なん、だ?)


 だが、男には、その光景が理解できなかった。



 当たり前だろう。目の前のバルコニーの手すりに立つ少年は、さっきまで地上に居たじゃないか。なのに、なぜ、今ここに立っている?



 男には、目の前の現実が、本当に理解できなかった。


 まさか、そのサムライが、地面からバルコニーまで跳んだなんて、夢にも思わない。



 そんなシンプルな答えであるのだが、ジャンプで二階まで跳びあがれるような人間がいるなど、腕をおさえうずくまる男の常識には、まったく存在しない事柄だった。


 月の光を反射する刃が、くるりと回転する。


 バルコニーに降り立ったサムライが、峰を返した刀を、振り下ろした。


 闇の中、一筋の光芒が煌く。



 どん。という鈍い音と、首筋に走る衝撃とともに、男は、意識を失った……




 火薬の爆ぜる音が何度も何度も響く。


「何事だ!」


 一階にある自室でワインをがぶ飲みしていたバルガスが、宴会とは別に騒がしくなった屋敷の狂乱を感じとり、立ち上がった。



「オヤジぃ! カチコミだ! カチコミにきやがった!」


 上半身裸の手下が、部屋に駆けこんできた。なにか宴会芸でもやっている途中だったのか、腹には丸が書いてある。


 脂ぎった腹と乱杭歯が醜い姿をさらしているが、今はそんなことを気にしている場合ではない。



「なにぃ! 誰がだ!」



 まさか、ネイサン達がしくじったというのか? いや、だとしても早すぎる。ルールを厳守するあの娘の手際とは到底思えない。

 万一失敗していたとしても、どれほど早馬を速く走らせても、日の出まではかかるはずだ。


 バルガスは短く考えをまとめ、手下の回答を待った。



「わからねぇ! 一人か、二人だ! なのに、庭にいた奴等が……!」


「な、なんだとぉ!」

 信じられない報告が、彼の耳に届いた。


 思わず、耳を疑う。次に疑ったのは、報告しに来たヤツの頭だ。



 しんっ……



 音が、やんだ。


 外で響いていた発砲音も、戦闘の音も聞こえなくなり、まるで、全てが終わったかのような静寂が戻ってきた。



「え? 一体、どうしたんでしょうかね?」


 突然消えた音に、腹を出した男も、あたふたとあたりを見回す。



「ぶっ殺した……いや……!」



 バルガスは、気づいた。襲撃してきたやつをぶっ殺したんじゃない。逆だ。逆に、全員がやられたんだ!



 この異常な静寂が、その証明である!



 北軍に所属していたことのあるバルガスには、それくらいやってのけるバケモノの存在に覚えがあった。


「だが、ありえねえ。あのバケモノは伝説だ。なにより、あんなデカブツがこんな場所にいれば、一発でわかるじゃねえか」


 北軍の伝説。戦争の英雄『アーマージャイアント』。そいつならば、こんな五十人ばかりの一家、一瞬にして更地にしてお釣りが来るだろう。

 だが、アレは二階の建物を越える大きさのある巨人。そんな奴がこんな場所に来れば、即座に発見できる。



 ならば、それではない別の存在か?




 あのバケモノが所属した、幻の小隊。


 戦争の英雄ばかりに目がいくが、伝説は、そいつだけではない。



 生ける伝説と化した、四体のバケモノ。



 幻の小隊を率い、正気とは思えない発想で勝利を手繰り寄せる無敗の小隊長。『クレイジーコマンダー』


 全ての戦場において畏怖と破壊の象徴となった、全てを破壊する最強の英雄。『アーマージャイアント』


 機械の体に獣の本能を宿し、機械の冷静さと獣の反射を持つ、白兵戦の帝王。『マシンビースト』


 いかなる場所にも潜入し、調達できぬ物はないと言われる正体不明の工作員。『ファントムエージェント』



 そのうちの一人。


 最強の英雄『アーマージャイアント』と対をなす、キリングマシン。



 マシンソルジャーの試作兵士。はじまりのサイボーグ。



 無敵の『アーマージャイアント』が戦場の英雄だとすれば、こちらは砦攻略などにおける、帝王。


 人の入れる場所全てで無敵。


 機械の兵士の正確さに、獣の本能を併せ持った、機械の獣。



 白兵戦の帝王。『マシンビースト』



 こいつなら、こんなチンケな一家、一人でも潰せる!




「まさか、そいつが……!」


 ここにそいつが来る理由はわからない。だが、最近東にあるルルークシティで暴れていた、『アーマージャイアント』が討伐されたという噂もある。


 そいつが『本物』だったとするなら、それができるのは、それと同格のヤツしかいない!



 ならば、やはり……!



 バルガスの身が、震えた。


「がはっ、がはは」

 バルガスからこぼれたのは、笑みだった。


 肉食の獣を思わせるその巨体を揺らし、歯茎を見せ、愉快でたまらないという風に笑ったのだ。


「そんなバケモノを退治したとなれば、このバルガス・ドゥーンの名は、爆発的に高まる! 一気に伝説の仲間入りじゃねーか!」



 こんなチャンス、滅多にない!



 相手は自分と同じ、マシンソルジャー! それに、この屋敷の地の利はまだこちらにある。ならば、勝ち目はある!


 思いもせず舞いこんできた戦いのチャンスに、バルガスは身を震わせた。逃げ惑う奴等を狩るのも好きだが、様々な手段を使って相手を叩き潰す戦いも、当然大好きだ!


「おい、まだ諦めるにははええぞ!」


 部屋にある棚を漁り、銃を取り出し、丸腰だった部下に投げる。

 上半身裸の男は、わたわたとそれをお手玉しながらも受け取った。


 うろたえていた男も、バルガスの自信を見て、どうにか落ち着きを取り戻してきたようだ。


「俺に考えがある。いいか、俺の言うとおりに動け」

「は、はい」


 こくこくと、男は頭を振った。


「地の利は俺達にあるんだ。このバルガス様が、絶対にぶっ殺してやる!」



 左腕のマシンアームを動かし、バルガスもガンベルトを腰に巻き、屋敷の中で暴れるバケモノを退治するため、歩き出した。




──ガンマンVSマシンアーム




 音が消えたかのように静まり返った屋敷の中。


 がしゃり。


 割れたガラスを踏み砕き、ジャックが屋敷の中へと足を踏み入れた。



 すでに、あたりに人の気配はない。



 元々入り口の門のところで襲撃者を出迎えようとしていたようで、屋敷の一階にはほとんど人はいないようだった。


 ジャックはまだ、この屋敷のボス、バルガスを見ていない。

 暗殺を命じたあいつをぶん殴らなければ、ジャックの気は治まらなかった。


 ジャックは、右手に銃を構え、周囲を見回しながらロビーを通り、食堂のある広間の方へと歩を進める。


 二階での音もすでに消えている。二階にあがったアズマは、もう敵を倒してしまったということか。



「つーか、あの小僧なにもんだよ」



 庭には三十人近いチンピラが気絶していて、それが片付いたかと思ったら、二階に飛びあがって銃を撃ち落とした奴等を片っ端から叩いて回っている。

 たった一本のサーベルで、銃を持ったヤツを相手にできるなんて、そんなヤツ聞いたこと……



(そういや、昔爺さんから聞いたことがあるな……)


 東の果ての島国からやって来た、弾丸を鋼の棒で叩き落し、鋼鉄の鎧をも両断する、戦いの化身の話を。



 その名は……



「あれが、サムライか。マジでいたのかよ……」



 爺さんの言っていたことが真実ならば、あの強さも納得がいく。むしろ、爺さんの話の方が、控えめだったくらいだ。

 あのサムライは、銃弾を弾き返し、巨大な門の止め具さえ両断し、敵は血を流させず気絶させる始末。爺さんの語った夢物語よりも、この現実の方がよっぽど夢物語だ。



 かたん。



 物音に、思考が中断される。


 広間の横にある部屋の方から、音がした。



「死ねやー!」


 気配を消し損ねた男が、ドアから手だけを出し、ジャックのいる広間の方へと銃を向けた。

 手だけしか出ていないので、その狙いはついてはいない。



「遅え!」


 銃声とともに、男の銃が弾き飛ばされた。



「くっ、くそお!」


 手首が引きちぎられたかのような衝撃を覚え、銃をはじかれた男は手を押さえ、ドアを開いたまま、部屋の中へと戻ってゆく。



 ジャックはその部屋へ走りより、ドアの隣の壁に背中を預け、飛びこむために中の気配を探った。

 その部屋は客間らしく、ちらりと見える部屋の壁には、ワインのグラスなどが並んでいるのが見えた。


 中では、相変わらず動く気配が存在している。どうやらさっきの男は、自分の足音や動きの音を消すのが下手のようだ。部屋のどこにいるのか、手に取るようにわかる。


 今は、ドアの入り口とは対角の、部屋の隅へ逃げているのがわかった。



「おい。待ち伏せしても無意味だぞ」


 中の男に聞こえるよう、降伏勧告をしてやろうと、声をかけたその時。




 びしっ。




 異音が、背中を預ける壁から、響いた。


「っ!」



 小さなヒビが、生まれ、一気に広がってゆく。それはまるで、壁に蜘蛛の巣が生まれたようだ。


 咄嗟にジャックは床を蹴り、壁から離れるよう前に飛んでいた。

 手を床に着き、前方へタンブリングする。


 それとほぼ同時に、壁が弾けとんだ。


 床に転がり、体を跳ね上げたジャックが見たのは、弾け、開いた穴から姿を現す、二メートル近い大男の姿だった。



 なんとバルガスが、生身で壁をぶち破り、現れたのだ。



「生身で、壁を……!」



 いや、違う。


 驚きの中、ジャックは考えを修正する。姿を現したヒゲの男は、拳を振り終わった格好をしていた。その拳。そのバルガスの左腕は、機械。マシンアームだ。

 人間のパワーを超えた、鋼の四肢。そいつを使い、あの男は壁をぶち破り、ジャックに奇襲をかけたのだ。


 だが、その奇襲も、ジャックのすばやい反応で、失敗に終わった。


 正確に言えば、バルガスは追撃をしてこなかったからだ。



「あぁん? どんなバケモノが乗りこんで来たのかと思えば、てめぇかよ」



 ジャックの姿を確認したバルガスは、がっかりした表情を見せ、攻撃を一度やめたのだ。



 どうやら、お目当ての人物とジャックは違ったようである。



 壁の瓦礫を蹴飛ばし、バルガスが広間へと出てきた。


「一つ聞くぞ小僧。仕事は、どうした?」

「保安官殺しか? んなもんやってるわけねーだろ。俺はな、暗殺なんてセコイ外道が大っ嫌いなんだよ!」


「人も殺せない腰抜けの癖に、どうして屋敷を襲っているんだよ。意味がわからねえな」



 ごきごき。と、バルガスは首元に右手を当て、首を鳴らす。



「まあいいさ。小僧。襲撃者は、お前以外にもう一人いるんだろう? なら、残りの一人への人質になるのなら、命くらいは助けてやるぞ?」


 先ほど攻撃をやめたのは、そのためだ。この小僧の実力は、昼間見た。ならば、たった一人でこの屋敷の奴等を全滅させられるはずがない。



 大方、利用されたことに気づいた小僧が、『誰か』に助けられ、一緒にカチコミをかけてきたってところだろう。

 ならば、もう一人。本物のバケモノがいるはずだと、バルガスは考えたのだ。



「馬鹿を言うんじゃねえよ。アンタはこのまま、俺にぶっ飛ばされるんだ。そんなことを気にしている暇なんかないんだよ」


「ちっ、夢と現実の区別もつかねえクソガキが」


 バルガスにしてみれば、目の前の小僧が吐いた言葉は、大言壮語にしか感じない。

 こんな小僧に、自分が負けるなどとは思ってもいないからだ。


「いいだろう。小僧。相手になってやるよ」


 なんとバルガスは、両足を肩幅に開き、自分の腰に巻いてあるガンベルトを、その右手でかざした。



 それはまるで、早撃ちのポーズ。



 バルガスは、目の前に立つガンマンに、早撃ちを誘っているのだ。


 ルールさえ守らぬ無法者達が、唯一従う西部の掟。

 弱肉強食。力こそが全て。生きているもののみが正義。



 だからこそ、その中で、愚直にルールを守ろうとする者は、美しいと褒め称えられるべきである。



「いい度胸をしてるじゃねえかおっさん。この俺に、ガンファイトをしかけてくるなんてよ」


 なんとジャックも、右手に持っていた銃を自分のホルスターへと戻し、ガンベルトに手をかざした。



 二人が、ガンベルトに手をかざしたまま、動きを止める。


 それはすなわち、この早撃ち。決闘で決着をつけようという合図だった!



 室内であるが、ガンファイト。決闘のはじまりだ。



「抜きな」

 ジャックが挑発を仕掛ける。


「はっ。暗殺仕事もマトモにできねえ腰抜けが、なにをほざく」


 バルガスも挑発などには乗らず、逆に挑発を仕掛け返す。



 約三メートルの距離でにらみ合い、沈黙のカーテンが幕を開く。


 撃つための間合いを計る。



 意志と意思とのぶつかり合い。



 ほんの少しでもひるんだ者は、その死の気配に飲まれ、死神に連れ去られることとなる。




 かたん。




 はらはらと、その様子を見守っていた、バルガスに囮とされた上半身裸の男が、足元にあったなにかを蹴飛ばした。


 その音が響いた刹那。



 バルガスの左腕が上がった。



 銃の元にかざしてある右手ではなく、機械の左腕が!


 五指の指先に穴が空く。まっすぐに伸ばしたその指から撃ち出されるのは五連式の連射弾!



 これは、手を上げるだけで撃てるという、ガンマンにあるまじき必殺の一撃!



 あの小僧の銃を抜く速さだけは評価ができる。

 だから、真面目に決闘につきあってやる気など、バルガスには最初からなかった!


 意識が集中している右手ではなく、左手の隠しガンをぶっ放すのだ!




 ──勝った!




 バルガスは、未だ動かぬ若きガンマンを見て、勝ちを確信した。




 だぁん!




 短い銃声が、一度だけ、響いた。


 二人のガンマンの動きが、止まる。

 それはまるで、時間が止まったかのような静寂だった。



「ば、ばか、な……」



 驚愕の表情で、身を震わせたのは、バルガス。


 信じられないように、身に起こったことを、瞬きもせずに凝視している。



 目の前には、銃をホルスターから抜き放ち、銃口から硝煙をくゆらせる、若いガンマン。



 自身の震える左腕。マシンアームは弾詰まりを引き起こし、さらに五本の指に作られた銃身は破裂し、歪んでいた。


 なんと、バルガスより遅く抜いたはずのジャックの銃。そこから発せられた銃弾が、バルガスの五指の銃口すべてへ寸分たがわず命中し、その銃身の中へと侵入したのだ。


 そして、撃ち出されようとした弾丸と激突し、その銃身は暴発。破壊したのである……



 圧倒的な早撃ちである。



 さらに、驚くべきことは、バルガスの右腰。


 普通の銃をしまってあったガンベルトとガンホルスターを砕き、そこに収められた銃までもが吹き飛ばされていた。



 一発の銃声しか聞こえなかったというのに、ジャックは六発の弾丸を発射していたことになる。


 つまり、あの一瞬で、装填できる六発の弾丸全てを撃ちつくしたということになるのだ!



 なんという速度のファニング。なんという正確な射撃なのだろう。



 その速度ならば、アズマの抜刀術に匹敵するかもしれない!



 ぽたりぽたりと、黒いオイルがバルガスの左腕から滴り落ちる。


 弾詰まりを起こしたマシンアームが、その内部を損傷させたためだ。



 衝撃により、マシンアームと腕の付け根がずきずきと痛む。



 マシンに痛覚は存在しない。だが、そこと生身を繋ぐ場所は例外である。さらに、手に持つ銃を弾き飛ばされ場合とは違い、今回はその腕そのものに衝撃が加わったため、その付け根に加わった衝撃は今までの比ではなかった。

 バルガスは、あまりの痛みに、その場所を右手でおさえた。それは、マシンアームを取り付けるとき生まれる激痛によく似ている痛みだった。


 腕の付け根から発生した信号が、脳みそをかき乱すほどの痛みを発している。脂汗が流れ、気絶するのを我慢するのが精一杯だ。



「ち、く、しょう……」


 バルガスは、自分が目の前のガンマンの腕を見誤っていたことに気づいた。

 昼間見たあの光景は、的に命中していなかったのではなく、すべて恐ろしいほどのコントロールで、同じ場所に命中させていたのだと……


 だが、気づくのが、遅すぎた……!



「てめぇ、なにもの、だ!」


 左腕の激痛に歯を食いしばり、耐えながら、バルガスは銃をホルスターに収め、歩み来るガンマンへ問う。



「はっ。自己紹介はもうしただろ。俺の名前は、ジャック・サンダーボルト。旅のガンマンだよ!」



 ぎゅっと握った右の拳に力をこめ、ジャックは自身の名乗りとともに、バルガスの顎へと叩きこんだ。

 身長差と、体重差などものともせず、そのアッパーの一撃は、二メートル近いバルガスの体を宙に浮かせ、屋敷の床へとたたきつける。


「そして、血が苦手なな」

「な、ら、なぜ、この左手は……」


 どくどくと流れ、黒い液体を滴らせる左のマシンアームを、少しだけ持ち上げる。



「悪いな。オイルは平気なんだ」


 あくまでだめなのは、血なのだ。



「いみ、わか、ら、ん……」

 バルガスはそのまま、がくりと頭を床に落とし、意識を闇の彼方へと放り出した。


 ぶくぶくと泡をふき、気絶するバルガスを確認したジャックは、奥の部屋に残るチンピラを片付けるため、そちらへ顔を向けた。



「あ、終わったー?」

 ずるずると、上半身裸の男を引きずり、その部屋からアズマが出てきた。



 男の方も、くるくると目を回し、気絶している。



「ああ。ボスはぶっ倒したよ」

「こっちも、全員気絶させたね」


 二階を全滅させ、再び一階に戻っての合流なのだ。


「そうか。なら、あとはふんじばるだけだな」

「ロープも見つけておいたよー」



 こうして彼等は、屋敷のチンピラ達を一ヶ所に集め、縛り上げる作業を開始した。



 作業中。

「あのさ」

「あん?」


「血が苦手って、自慢することじゃないよね」


「うっせぇ!」




──エピローグ──




 翌朝。


 朝日が昇り、早馬で駆けつけた、援軍となる連邦保安官とその部下。そしてセシリーと街の男達は、その屋敷の惨状を見て唖然とする。



 なぜなら、ドゥーン一家がすでに壊滅していたからだ。



 屋敷の門は内側へと倒された上、屋敷は銃撃戦があったような跡が見られ、なのに一家は全員縛り倒されていたからだ。


 意気ごんでやって来た彼等は、見事に拍子抜けする事態となった。


 これを見たスーツの連邦保安官は、やれやれと帽子をかぶりなおし、苦笑していた。

 まるで、またか。と言わんばかりに。



 こうして、メラインシティを騒がせたドゥーン一家は、街の者に一人の被害も出すことなく、ひっそりと壊滅した。




 一方その頃、それをしでかした一行は、宿で朝ごはんを食べていた。


「うまうま」

 宿の厨房を借り、リゥの焼いたパンと、この宿名物のビーフシチューをおいしそうに頬張るアズマと、無言でパンを口に運ぶジャックがいた。


「今頃屋敷にあの娘達が突入している頃かの」

「じゃねえかな」


 追加のパンを持ってきたリゥからパンを受け取り、ジャックが短く答えた。リゥの焼いたパンと宿のビーフカレーは意外にあうのか、ジャックの口数が少ないのは、そのせいだ。



「そんなに急いで食わずとも、パンもシチューも逃げんぞ」



「いやいや、パンは有限だからね。早い者勝ちだから」


 ジャックのよい食いっぷりに目を細め、呆れるようにいったリゥと、そーっとジャックの皿に乗るパンへ手を伸ばすアズマ。その手の前に、フォークを振り下ろすジャック。


「いやん」



「ふん。ワシが作ったのじゃから、当然じゃ」



 アズマはともかく、ジャックもおいしそうに食べているのを見て、リゥは少し頬を赤くした。まさかこんなに好評だとは思っていなかったからだ。


「ところでよ」


 食事がひと段落つきそうになったところで、ジャックが口を開いた。

 残ったパンはしっかり手に握られ、もうとられることもないからだろう。



「あいつら、エルフの土地を狙っていたのに、どうしてこの街の土地権利書を狙ってたんだ?」



「ああ、その件か。説明必要?」


「必要だから聞いたんだろうが。お前はバルガスから聞いてたんだろ?」


「いや、聞いてないよ。推測しただけ」



 もぐもぐと、アズマは自分のパンを口にほおばりながら、答えた。



「はぁ?」


 だが、憶測だなんて言われても、ジャックにはどういうことなのかはわからない。

 当然、意味わからんと疑問符を上げるしかなかった。


「まあ、ほとんど正解だから問題ないよ。彼等がここの土地の権利書を狙っていたのは、当然エルフの土地に関係があったからさ」


「そうなのか?」


「まあ、そうらしいな……」

 ジャックが、エルフということでリゥの方をむき、同意を求めた。だが、肝心のリゥは、歯切れが悪い。 


「んー。この人に話しちゃっていいかな?」

「お前に判断を任せよう」


 振られたリゥは、アズマにその判断を任せることにした。



 それは、エルフの里の秘密を一つ暴露することなのだ。


 リゥとしては、ジャックにならば話しても問題ないと考えている。そしてその考えはきっと、アズマも同じだろうと考える。だから、アズマに判断を委ねることにした。



「わかったー。じゃあリゥは耳を塞いでてね」

「うむ」


 素直に耳を塞ぐリゥ。


「あれはねー」



「って、なぜワシの方をのけ者にする! この人ってワシか! ワシなのか!」



「いやん」

 スプーンをアズマの頭にぶつけ、怒りをあらわにする。コイーンとぶつかり、宙を舞うスプーンの描く弧は、まさに芸術だった。


「なにやってんだお前等は」

「う、うるさい!」


 呆れるジャックと、頬を赤くするリゥ。そしてけらけら笑うアズマがいた。


「で?」

 もう二人のコントにも慣れてきたジャックが、呆れつつ話の続きをうながす。



「ほいほい。まず、あのエルフの里には良質の金が取れる金鉱脈があります」



 そこは、ミィズの里と呼ばれ、ほとんど手付かずの金鉱脈が存在しており、そこを流れる川からは、砂金もとれるのだという。



「マジか」

「マジです」


 アズマは、腰にあるベルトポーチから一つの金細工を取り出した。前回、ミィズの里。サムソンから貰った『トモダチ』の証としての品である。


 それを見たジャックは、目を丸くして驚いた。



「こいつは、確かに欲しくなる質と造形だな。そりゃ、奴等も欲しがるわけだ」


 目の前に差し出された、ミィズの里産の金細工をまじまじと見て、その価値と質を一瞬にして見抜いた。

 それは、ジャックが金や細工の質を理解しての発言だったが、今の話題とは関係ない。


「でも、その土地はしっかりと所有権登録をしてあるそうです」


「じゃあ、ダメじゃねーか」



 下手にそこへ攻めこんだりすれば、場合によっては軍だって来る。



「そう。でも、あそこのエルフさん達は、まだ二人しかその権利の重要性に気づいている人はいないんだ」


 しばらくすれば増えるだろうが、今はまだサムソンと長老だけである。

 その中でも特にサムソンは里の外にいることが多く、長老はその役柄上、里の外へはまず出られない。


 となると、万が一森を攻められた場合、その権利を行使できるまで、大きなタイムラグが生まれる。



「そいでそのサムソンさんは、この街にその権利を教えて手伝ってくれたお友達がいると言っとりました」



「ああ、そういうことか」


 ジャックが、その言葉で納得したように、声を上げた。


 つまり、そのエルフの土地の権利書は、今、この街にあるのだ。


 だから、あいつらは土地の権利書を狙っていた。



 夜ネイサンの言った言葉と、使われたライフル。さらにアズマの言葉から察するに、その権利書を持っているのは、ミィズの里の友人である、この宿のマスターなのだろう。


 そうならば、里が襲われそうになった際、最も早く森を防衛するよう訴えることのできる。



 なにせ相手は、エルフの里もふくんだ、大地主なのだから……



「そして、あのライフルで保安官を殺して、その罪を宿のマスターに着せ、無人になった宿から権利書を奪い、エルフの里を、合法的に開拓するってわけか……」


「そういうことじゃな。まったく。不埒なことを考える」


 納得して頷くジャックに、リゥも頷く。リゥとて人事ではない。同族が蹂躙されるか否かの瀬戸際だったのだ。思い出したら腹が立ってのか、頬を膨らませ、怒りをにじませている。


 ちなみに、最初土地の権利書を手当たり次第に狙っていたのは、誰がその土地の権利書を持っているのかわからなかったからである。

 ネイサンを抱きこみ、調べさせた結果、あの計画が生まれたのだ。



「ま、その計画も、見事に倒れたわけで、めでたしめでたしってわけ」


 アズマが説明を終わりにし、再びパンを口に運んだ。



 こうして、土地の権利書の危機は去ったわけで、次に危機があるとすれば、その権利書の引継ぎで、適任の人がいないとか、そういうことになるだろう。



「そうか。よし。これでどうしてなのかはっきりしてすっきりした」


 空になったシチューの皿を、パンで舐めるようにすくい、きらきらにしたジャックは、そのパンを口に運びながら立ち上がった。


「む?」

 立ち上がったジャックに、リゥが顔を向ける。


「ありゃ、もう行くの?」



「ああ。そんなに長いことここにいても面倒が増えるだけだからな」



 ゆっくりと食べるアズマが、ジャックの行動を予測して聞く。


 今屋敷の方へ保安官が行っているのだから、この街から安全に逃げ出せるチャンスを逃す手はない。



「今なら朝一の駅馬車に乗れるからな」


「乗れるの?」


 アズマの言葉で、ジャックの動き、止まる。


 そして、頭を抱えた。



「金、ねえんだった……」



 がっくり肩を落とした。結局ドゥーン一家の仕事は放り出してしまったから、収入なんてなかったのを思い出した。

 ちなみに、この朝飯は、『トモダチ』待遇で、宿のマスターのおごりだ。



「おぬし本当に無計画、無鉄砲なんじゃのう」


 いまさら気づいたのか。という、哀れんだ目がジャックの心をえぐる。



「やめろ! 俺をそこのサムライと同じような目で見るのはやめろ!」



「安心しろ。どちらかといえば、おぬしの方がランクは下じゃ」


「それは余計に傷つく!」


 アズマは一見無計画、無鉄砲。無頓着に見えるが、その裏ではきちんと先を見て動いている。

 一方のジャックは、直情、無謀、不幸と、実に考えなしで動いているからだ。


「ま、気持ちはわかるがの」

「わかるならやめろ!」


 アズマより下というのは気分的に嫌だ。というのはリゥも理解できた。なぜそう思うのかは、普段の行いの差。つまりは、アズマの自業自得というところだろう。



 普段からちゃんとデキる男を示さないのが悪い。



「ともかく、じゃっくん」

「……それは、俺か?」


 立ち上がってリゥとミニコントをしているジャックへ、アズマが声をかける。


「そう。ジャックだからじゃっくん」


「やめろ。せめてジャックと呼べ。もしくはサンダーボルトさん」

「それはいいからじゃっくん」

「話聞けよ」


 アズマはジャックの抗議を無視して、背中側のベルトに吊るした革のベルトポーチから、財布代わりの巾着袋を取り出した。ついでに先ほど取り出した金の細工は、交代でそこにしまわれる。



「はい。こいつを使っておくれじゃっくん」


 袋から出したのは、いくばくかの金貨だった。

 少なくとも、一週間以上は遊んで生活できる金額だ。



「お前……」


「次にあったら倍にして返してね」



「貸しかよ!」



 にっこり微笑んだアズマに、ジャックは思わず叫んだ。

 一瞬の感動が台無しだ!



「いや、実質くれてやるのと一緒じゃろ」

「……そりゃそうだが」


 この広い大陸で、また偶然出会うことは、まずない。リゥの言葉に、ジャックも頷いた。



「いいのいいの。だってまたあう気がするし。その方が、次の楽しみになるでしょ?」



 えへっへっへと、アズマは楽しそうに笑った。

 その笑顔は、人懐っこく、とても楽しそうな笑顔だった。


 それを見たジャックは視線をそらし、ぼりぼりと頭をかく。



「……わーったよ。借りとくぜ」


 ジャックは少し楽しそうに苦笑し、テーブルの上に出された金貨を受け取った。



「まったねー」

「次はあのような無謀なことは慎めよー」


「けっ、うるせーんだよ」


 二人の別れの言葉にジャックは手を振り替えし、宿から去っていった。

 彼の進む先も、結局は西である。


 また、縁があれば、二人と出会うことだろう……



 きい、きいと、酒場兼宿の入り口となるスイングドアが小さな音を立て、彼の旅立ちを祝福しているように見えた。



「さってと。俺等も食べ終わったら出発しようか」

「そうじゃな。このままいると、あの女保安官が来るじゃろうし」


 楽しそうに食事を続けるアズマと、やれやれと頭を振るリゥが、食事を再開した。



「あ、そうだマスター」

「ん? なにかね?」


「せっかくだからさ……」



 この街を去る直前。アズマは宿のマスターに、一つのお願いをし、旅立った。




「こんにちはおじさん。彼等はもう行ってしまいました?」


 日も少し昇った時間。やっと屋敷の始末がつき、時間ができたセシリーが宿へと姿を現した。


 昼の時間にはまだ少し早く、客は一人としていなかった。



 屋敷で気絶したチンピラ達は、まだ誰も目を覚まさないが、彼女は誰がそれをやったのか、なんとなく見当はついていた。

 それゆえに、彼等のいた形跡を探し、この宿へとやってきたのだ。



「ああ。行ってしまったよ」

 セシリーの言葉に、カウンターでグラスを磨いていたマスターは穏やかな声で答えを返した。


 バーの棚を見ると、威嚇のために置かれていたライフルはすでになかった。



「……」


 それを見たセシリーの心境は複雑だったが、笑顔を見せた。それは、街が平和になったという証でもあるからだ。


 そして、一つの確信を得る。ライフルが失われる理由は、まだ世間に公表されていないからだ……



「そうですか。見つけたら、詰め所まで来てもらうつもりだったんですがね。というか……」


 そのことを思い出すと、力がわいてくる。

 ぎりりと、唇をかみ、拳を握る。わなわなとそれを震わせ、力をためた。



「……そもそも、詰め所にくると約束したのに、いなくなっちゃうとは、何事なんですか!」



 きいぃと、声を荒げた。ちゃんと約束したのに、それを破るなんて! と言わんばかりに、カウンターをだんだんと叩く。

 マスターは、その行為を、どこか優しく、愛でるような瞳で見ていた。


「ああ、そうそう」

「はい?」


 ふと、思い出したように口を開き、グラスをカウンターに置いたマスターに、セシリーも拳を収め、耳を傾ける。


「伝言を預かっているんだよ」


「はい?」


 マスターは、カウンターに置いたグラスへ、取り出したミルクを、なみなみとそそいだ。



(アズマ)からのおごりだそうな」



「はいぃ?」

 なみなみとそそがれたミルクを見下ろし、マスターへ視線を戻し、もう一度ミルクを見た。


 これが、伝言? ミルクが? どんな?



(はっ、ミルクの色は、白。つまり、その色と同じく、真っ白で色という意味かしら……それとも、私には従えないけど、めげるなとか、そういう意味……?)


 ぐるぐると、ミルクの意味を考え、セシリーは頭をひねる。



「ちなみに、意味はないそうだよ」



「深読みしちゃったじゃないですか!」


 くつくつと笑う店主に向かい、赤面したセシリーは怒鳴る。

 店主も店主だ。完全にわかって面白がって黙ってみていたに違いない!



「保安官を馬鹿にするなんて~!」


 ぐぬぬと、ミルクの入ったグラスを掴み、そのまま一気に飲み干した。

 だぁんと、グラスをカウンターに叩きつける。


「もう! おいしいですね!」


「ありがとうね」


 怒りを顔に出しているのに、礼は欠かさない。



 にこにこと、マスターも笑みを返す。そのグラスに、マスターはミルクをもう一杯ついでくれた。


 それは、マスターからのおごりだという。



「……」



 ふん。と少しふてくされたように、セシリーはそのグラスを見た。


 ちん。と、ミルクの入ったグラスを指ではじく。


 本当に、このミルクに意味がなかったのか、セシリーは思案したが、その心当たりは一つも思い当たらなかった……



「あの子達は、何者だったんだろうねぇ」



 グラスを磨くマスターが、ぽつりとつぶやいた。

 マスターの方も、アズマ達について多くを知っているわけではない。せいぜい、友人のエルフに認められた人間だということくらいだ。


 それ以上のことは、なにも知らないと言っていい。



「応援に来た人達が言っていました。東の街でも、似たようなことがあったって。なにも言わずに悪党だけを倒して去っていくなんて、正義のヒーローみたいだって」



 カウンターに座り、改めてグラスを手にして、セシリーはつぶやく。


 現場の状況からして、あれを実行した人数は少数であることがわかっている。下手をすれば、一人か二人。そんな少人数で、五十人以上のならず者を倒してしまったのだ。


 まさに、人知を超えたヒーローの仕業である。


 あの時の状況から見て、それを行えたのは、彼等だけ。だからセシリーは、あの二人にあいに、ここに来たのだ。



「彼等は、それを行った人達を、絶賛してました……」



 ちびちびと、ミルクを口にして、どこか、沈んだように言葉をつむぐ。



「でも、私は嫌いです。そんなやり方、法を破る彼等と同じですから」



 結果としては、その法を破る力の方が正しいのかもしれない。


 だが、それがまかり通るというのは、法の力ではなく、タダの暴力が肯定されるということ。確かにそれで、市民はひと時の安寧を得るだろう。だが、根本は変わらない。


「確かに私達は怪我なく彼等を逮捕できました。それで結果オーライだという人もいます! ですが、それをよしとするのは、あまりに無法です! なんのために私達がいるんですか! なんのための保安官ですか! それなら、応援に加わって、一緒に逮捕に協力してくださいよ!」


 元々は、ジャックが無謀な突撃をしたためこうなったのだが、当然セシリーはそんなこと知らない。もっとも、ジャックが行かずとも、結果は同じだったかもしれないが。


 まったくもう! まったくもう! と、ミルクを飲んで、酔っ払ったかのように、愚痴をはき続ける。


「……でも」


 彼女は、小さく小さく呟いた。



「でも、負けません……! いつか、そんな無法なくとも暮らせる街を、作ってみせるんですから……!」



 今は、まだ出来ないだろう。

 だが彼女は諦めてはいなかった。


 なぜなら彼女は、自分の行いが間違っているとは思っていなかったからだ。

 自分の行為を、尊いといってくれる人がいると、わかっているから。


 だから彼女は、頑張れる。



「……」


(あぁ、だから、真っ白いミルク。なんだね)


 その姿を見て、食器を拭くマスターは納得するようにうなずいた。


 ほんの少し前は自分の信念に少しだけ揺らぎをみせていた彼女だったが、今はもう、それはない。



 ならば、万が一の時は、彼女になら任せられるだろう……



 店主はそう思い、ゆっくりと、口を開いた。



「セシリーちゃん。ちょっといいかね?」

「なんですか?」


 ちょっと堅物だが、それくらいの方が、友人の筋肉エルフには丁度いいくらいだろう。



 だが後々、二代目がどちらも真面目堅物という面白い事態を生みことになるのだが、それはもう少し、先のお話。

 それと、ネイサンがすべてを白状し、ジャックの容疑が取り消されるのも、もう少し、先のお話。




 おしまい

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