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第03話 ジャック・サンダーボルト 中編


──ジャックの行方──




 太陽は中天を通り過ぎ、おやつに舌鼓を打つのにふさわしい時間となった頃。


 拍車を鳴らしながら、一人のガンマン。ジャック・サンダーボルトがその屋敷へと姿を現した。

 さらにその隣には、ジャックより頭一つ小さい、もう一人のガンマンが立っている。



 ジャックがが正面に見据えたのは、バルガス・ドゥーンの屋敷。



 その屋敷の門の前には、相変わらず二人の門番が立っていた。


「なんだてめぇは?」


 ガンマンの接近に気づいた門番の一人が、声を低くし、ドスを利かせながら、聞いた。

 手には、ライフル銃。その挙動は、まさにチンピラである。



「なんだって、ずいぶんな言い方だな。俺はここにくれば、金をくれるって聞いたから来たってのによ」



 まあまあと、男をなだめ、ジャックは埃避けの赤いマフラーを、口元から外し、懐から一枚の名刺を取り出した。


「この男からの紹介でね。しばらく匿って欲しいんだよ」


「あぁん? って、ネイサンさんからの紹介かよ。早く言えや」

「今言っただろ」


 名刺を見て態度を変えた、どこかせっかちなチンピラに、ジャックはやれやれと呆れ、帽子をかぶりなおす。



「まあ、丁度よかったぜ。おぉい。客人だ。扉を開けやがれ!」


 男はジャックを見てにたりと笑い、門に向けて叫んだ。

 すると内側から閂が外され、ゆっくりと巨大な門が開いてゆく。


「そら、はいれや」


 門番の一人が顎をしゃくり、中へ入るよううながした。


 ジャックは素直に門番の言葉に従い、巨大な門をくぐりぬける。



 彼等を飲みこんだ巨大な屋敷の門は、再び重い音を響かせ、閉まっていった。





「……これでよかったのか?」


 門が閉まり、門から屋敷までの長い長い庭を歩きながら、ジャックは後ろについてきた小柄な男に、声をかけた。

 今までずっと二人でいたのに、門番は後ろの男には少しも注意を払わなかった。まるで、そこにいるもう一人の存在など目に入っていなかったかのようだ。


 実際、ジャックも本当にいるがわかってはいるのに、そこに誰もいないかのようなかのような気がしてくる。

 それほどまでに、後ろの男の気配は、薄かった。



「オッケーでーす。十分さ」



 カウボーイハットを持ち上げ、にっかりと笑ったのはアズマであった。


 顔を見れば、その存在感ははっきりと浮かび上がる。今までの薄い気配が嘘のようだ。


 その格好は、いつもの異邦の装束ではなく、西部を旅するどこにでも居そうなガンマンの格好であった。カウボーイハットに綿のシャツ。さらにはジーンズに拍車のついたブーツにいつも腰にさげたコルト。自称『紅蓮』の収まったガンベルトと、少年の顔さえ見えなければ、ガンマンに見えないこともない。



「ちっ。なんで俺が、こんなことを……」

 ジャックが屈辱だ。と言わんばかりに帽子を外し、がりがりと頭をかいていると、忌々しい記憶が勝手に蘇ってきた……




 今から、ほんの少し前。



 ジャックは裏路地にある物陰に身を潜めながら、頭を抱えていた。


「名刺が、()え……」


 懐に入れておいたはずの名刺が、いつの間にか、なかった。


 言われた屋敷へ行く前に、もう一度確認したのが功を奏した。これで屋敷に到着したところで気づいていたりなんかしたら、大恥かくだけではすまないところだった。



「なんてラッキーなんだ……ホント、確認してよかったぜ。ついてるぜ……ホントに、ホント……はぁ」



 なんとかポジティブに考えてみたが、現状は変わらない。思わずため息だって出てしまう。


 そもそもアレがなければ、街の外にあるという屋敷へ行っても匿ってもらえるかわからない。紹介状もなにもない状態でいきなり匿ってくれと行ったとしても、鼻で笑われるのがオチだ。


 ジャック・サンダーボルトなんてアウトローの名前は、まだ西部に名も轟いていない、無名の新人なのだから。



 だからといって、この街をさまようのも危険だ。



 二度も逃げてきたのだから、あの生真面目保安官は血眼になって自分を探しているだろう。

 今日のついてなさからすると、三度目はスリーアウト。チェンジだ。ムショに。



(こうなったら荒野へ行くしかないか?)


 水も食料もない無謀な旅路になる。完全に自殺行為でしかないのだが……



 諦め半分にそう思い、身を潜めた物陰の隙間から少しだけ見える荒野へと目を向けた。



「ん?」

 そこに、人影が見えた。


 路地の入り口に、小さな人影が。

 ちょっと顔を出したジャックと、その人影の視線が、ぱっちりとあった。


「まさか、本当に屋敷へむかう途中の路地に潜んでいるとはな」


 少しばかりの驚きと、呆れ顔でそこに立つのは、エルフの少女。リゥだった。



 アズマの言った可能性は二つ。一つが、名刺がなくなったことに気づかず、門の前で押し問答している状況。二つ目は、名刺がなくなったのに気づいて、行くあてがなくなって途方にくれて、荒野に逃げるか迷いつつ、その近くに隠れている。というものだった。


 その二つ目が、ずばり当たりである。



「やべっ」


 ジャックはその少女に見覚えはなかったが、自分を知っている者に見つかる。イコール捕まる。と考えていたので、腰を浮かし、少女のいない路地の反対側へと走ろうとした。



 しかし、その直後。背筋の凍るような感覚が背中を駆け抜けた……!



 腰をあげ、反対の路地へと回れ右しようとした足がとまる。


 視界の隅。頭の横に、白いなにかが見えた。

 肩の上に、ちらりと視界に入るようにして、なにかがある。それはつまり、自分の背後になにかがいるということだ。



 ナニカが、そうアピールしているということだ。



 一瞬刃物か? と思い、ジャックの背筋に緊張が走る。

 その上。


(俺が、背後に立たれてもまったく気づかなかっただと!)


 いくらあの少女が囮になったからといって、こんなに近くに来るまで気づかないとは!



「ちっ、こいつは、観念するしかないようだな」



 舌打ちをし、中腰のまま、大人しく両手を天にかかげた。

 いくらなんでも、降参した相手をいきなり刺してはこないだろうと考えたからだ。



「ならよかった。はい」



 だが、返ってきたのは、予想外に幼い声。


 その上、かかげようとした手に、顔の横にあった白いなにかが、握らされたのだ。



 腕をやられたか? とも思ったが、見てみた先にあったのは、一枚の名刺。

 なくしたと思った、悪徳保安官の名刺だった。



「こいつは……」



 思わず、手の中に納まった名刺をまじまじと二度見、三度見した。確かに、あの時貰った名刺だ……


「とゆーわけで、行きましょうか。お屋敷」

「はぁ?」



 にんまり人懐っこい笑顔で、なぜかガンマンの格好をしたこのクソガキは、そんなことをのたまった。



「すべては貴様のせいなのだぞ」


 頭を混乱させたジャックに、路地の入り口から近づいてきたエルフの少女の声も聞こえる。


 それは、ジャックの逃げ道を塞ぐような形だ。


「どういうことだよ?」

「いやね、聞いてくださいよ。あんたを蹴ったせいで俺まで逮捕されそうになったんですよ」


「は?」


 片手を口に当て、残った方をひらひらとふるアズマの言葉に、もう一度、わけがわからないという声を、ジャックは上げる。


「誰が?」

「俺を。あの真面目警官が」

「マジで?」

「マジです」


 確かに、あの堅物警官ならやりかねないとジャックは思った。

 実際アズマは嘘は言っていない。ジャックを蹴ったことで手錠をかけられたし、留置所にも入った。自分からだが。



「だから、その責任を取って、俺も一緒に屋敷に連れて行ってくださいよ」

「ええー」


 理不尽とも思えたが、一応こいつも、自分を助けようとして、緊急避難で足を出したのだと思い出した。

 だがそれで、暴行罪としてあの堅物警官に逮捕されることとなり、彼もまた逃げ出してきたと言うのだ。


 冤罪の自分と同じくらい酷い話じゃないか。



「ちっ、ならしかたねぇな。ここで逆らって西にいけなくなるのも、本意じゃねーしな」


 舌打ちをして、頭をぼりぼりとかきながら、ジャックはついてこいと、この少年を連れて屋敷まで来たのだ。




 こうして二人は屋敷へ入ることに成功したのである。



(まあ、おかげで、こうしてあの真面目警官から逃げられたんだから、感謝はしておくか……)


 屋敷の入り口を目指し、庭を歩きながら、ジャックは思った。あのまま荒野へ向わずにすんだのだから、僥倖だと思うしかない。


「んじゃ、屋敷の主とかへの挨拶とかは任せたから!」


 入ってすぐ、アズマと名乗った少年はしゅたっと手をあげ、ジャックの進もうとする屋敷の入り口とは別の方。庭の草木が生い茂った方へと走り出した。



「お、おい!」



 思わず呼び止めるが、アズマはとまらない。そのままぶーんと茂みの中へと消えていった。


 アズマがなぜ、ガンマンの格好をしてやってきたのかといえば、こうして入り口から入れてもらえれば、中で動いても『今日ネイサンさんに紹介してもらった者さ』と言い訳が立ち、屋敷を堂々と歩き回ることができるからだ。


 その上、これならセシリーも文句は言えない。


 そしてもう一つ。門番にはさっきセシリーと一緒に来た時顔がわれている。それゆえ、服装を変え、帽子で顔を見づらくして、さらにはジャックについてくるという構えを取ったのだ。

 それでもばれた場合は、さっき来た時は手錠をしていて、自分も脱走してきたのだ。といういいわけもある。着替えたのも、脱走してきたからだ。と。


 もっとも、門番二人はアズマのことなど覚えても、気づいてもいなかったようだが……



「なんつー自由さだ」



 走り去ったアズマを見て、ジャックは思わず、顔をしかめ、帽子の位置を直してしまう。


 まさか、本当に屋敷に入るためだけに利用されたとは……


 うっとうしいのが居なくなって清々したはずなのに、なぜか、腑に落ちないジャックであった。



「まぁ、いいか。俺も俺で、自分の心配をしなくちゃな」


 あんな意味のわからないガキを相手にしている暇はない。なにせ、こっちは今日のくいぶちも困るほどだ。とりあえず、家主に挨拶をして、飯くらい食わせてもらえる約束をしなくては。


 ひとまず、息を吐く。これは決して、ため息ではない。



 気をとりなおし、木板で囲まれた敷地を見回す。


 ジャックの正面。百メートル近く歩いた先に、大きな二階建ての屋敷がある。屋敷の敷地を取り囲む木板は、入り口側百メートル。横は二百メートルもあり、その敷地の広さを物語っていた。


 屋敷はその敷地の半分近くを占め、その庭は、広い土むき出しの広場と、草木が生い茂る緑の庭。さらには、プールまでもが完備されていた。

 現在プールに水は張られておらず、かわりにその空の桶で宴会をしているチンピラ達がいた。他にも、土の庭でボクシングをする者達や、茂みの影で昼寝をしている者達もいる。


 新しく門をくぐったジャックのことなど、誰も気にした様子はない。誰も彼もが、自分勝手で好き勝手に、自分の好きなことをしている。



「ちっ」


 せっかくやってきたというのに、注目もされないのが少し不満だというように、ジャックは舌打ちをした。


 だが、無名のアウトローが一人やってきたところで、誰も相手にしないのは、当然だった。わかっていたが、どこか不満になる。



 それを糧に、いつか必ず東部にまで名をとどろかせてやると改めて誓い、ジャックはさらに進んだ。



(まるで金持ちの別荘だな)


 やっと到着した屋敷を見上げたジャックが最初に思ったのは、そんな感想だった。

 屋敷自体の作りも、なかなかに豪華であり、元々ここが別荘だったというジャックの予測も、あながち間違いではない気がしてきた。


 屋敷へ入ってすぐのところにはロビーがあり、すみにはテーブルが置かれ、二階へ登る階段もあった。

 すみのテーブルでは、ぎゃははと汚い笑い声を上げながら、チンピラ達がポーカーをしている。


 ロビーに足を踏み入れると、そこに一人の男が、ゆるゆると歩いてきた。

 ロビーから奥に向った食堂から、優雅にワインのビンとグラスなんぞを持ち、胸には保安官バッジをつけ、にたにた笑うその顔は、どこかネズミを思わせる。



 ジャックにこの屋敷を紹介した、悪徳保安官。ネイサン・ノーズだった。



「お、なんだいお前。やっときたのかい」


 ジャックを見つけたネイサンは、呆れたように口を開いた。まだ昼間だというのに、吐く息にはアルコールがふくまれている。



「あんた、いたのかよ……」


 その姿を見つけたジャックは、マジかよ。といった、信じられない表情と声を出した。


 この男が、ここにいたのなら、名刺がなく、門で押し問答をしていたとしても、その騒ぎに気づいたこいつが身柄を保証してくれていただろう。


(それがわかっていれば、あんな裏路地で悩んだり、あのクソガキのいうことを聞く必要もなかったってのに……)


 そりゃあ、そんな顔にもなる。



「なんだよ、なにそんな面食らったような顔してんだ?」

「いや、なんでもねぇ」


 すぎてしまったことをくよくよしてもしかたがないと、気を持ち直す。


 悪いことがあっても、次に引きずらないのが、彼のいいところだ。



「そんなことより、ここの主に挨拶したいんだが、どこにいるかわかるか?」


 むしろ、知り合いがいたのだから丁度いいと、案内を頼んだ。


「おぉ。なら、入り口まで案内してやるよ。せっかくだからな」

 チチチチチ。と笑い、悪徳保安官は来た道を戻りはじめた。


 ジャックも素直に、その後に続く。



 ネイサンが、簡単に屋敷の間取りを説明してくれた。


 ロビーの左右には客間があり、ロビーから進んだ先の大部屋が食堂。廊下は食堂に突き当たり、左に曲がり、食堂に沿うようにして続いてゆく。

 その廊下は、食堂をぐるりと取り囲み、最終的には屋敷の右奥。主の部屋へと到達する。


 ちなみに、主の部屋は台所の隣にあり、すぐに食事などを運べるようになっている。当然。台所は食堂とも繋がっている。

 食堂をぐるりと囲むように走る廊下の外側。屋敷の外側には多数の部屋があり、そこでドゥーン一家の者達が寝泊りしている。



「お前もそのどこかの部屋をわりあてられるんじゃないかね」


 食堂を右手に、左手に手下達チンピラの部屋を案内しながら、ネイサンがジャックに告げた。



「一番豪華な部屋がいいな」



「チチチ。そいつはお前のがんばり次第さ」


 ジャックの言葉に、ネイサンは楽しそうに笑った。


 廊下の突き当たりにある、一番豪華な扉のついた部屋を、ネイサンがノックする。



「だんなぁ。例の小僧、きたんで挨拶がてらにつれてきやしたぜぃ」



 こんこんと、ネイサンがノックすると、「おお、はいれや」と返事が返ってきた。

 その声は、ドスが利いて、まるで獣が吼えているかのような貫禄のある声だった。


「いるらしいねぇ。それじゃ、あたしの仕事はここまでだ」


 ネズミが笑い、ジャックの肩をぽんぽんと叩いて、来た廊下を戻ってゆく。その歩みは、勝手知ったる我が家のようだ。

 ジャックはそれを横目で見送り、部屋の中へと入る。


「おう。てめえか」


 入るなり、部屋の奥から声がかかった。

 奥の椅子をぎしりと揺らし、巨体が立ち上がる。


 立ち上がった姿は、二メートル近い。


 左腕にはマシンアーム。ライオンを思わせるたてがみのような髪とヒゲが印象的な男だった。

 その左腕を見ただけで、男の簡単な経歴が、ジャックには見て取れた。



「ああ。俺がさっきあの保安官からの紹介でここにきた、ジャック・サンダーボルトってものだ」


 帽子を外し、一礼する。一応、愛想笑いくらいは浮かべてある。



 バルガスは、ぎらり。と、まるで肉食獣が獲物を睨むかのようなまなざしでジャックを見据える。



 つま先から頭のてっぺんまでを、ぎらぎらと、その視線が撫で回す。


 二メートル近い大男から発せられるその眼力は、気の弱い人間ならその視線だけで気絶してしまうほどの迫力だ。



 だが、ジャックは帽子を脱いで胸に抱えたまま、そんな視線を軽々と受け流す。ジャック自身は怯えもせず、その間に部屋の中へ視線を動かしていた。



 バルガスの体重を軽々と支える豪華な椅子に、上品な意匠の入った執務机。その背後には、銃やナイフを収めた棚があり、壁においてある本棚には本ではなく、趣味の悪い金細工や彫刻が置いてあった。


 どうやら、この机は元々ここにあったのを再利用しているだけのようだ。それほど、この男と部屋に調和していない。


 部屋にはジャックが入ってきたのとは別の扉があり、屋敷の見取り図を考えれば、そこが台所へ繋がっていることがわかった。


 そして、執務机の上には、でかいジョッキと、豪快に焼いた肉が乗っている。ジャックの視線は最終的に、その肉に固まった。



「がはは。俺にそんな態度をとるとは、いい度胸じゃねぇか。中々嫌いじゃねぇゼ」


 自分を無視し、肉に目を向けたジャックを豪快に笑う。


 だが、その肉食獣のような気配は、さらに濃くなった。

 炯々と光る目が、ジャックをとらえる。



「俺は、このドゥーン一家をまとめる、バルガス・ドゥーンだ。この屋敷じゃ、俺が一番偉い。まぁ、てめぇもきたばかりだ。今はごたごた言わねえよ。やってもらいたい仕事もあるからなぁ」


 にやぁと、ヒゲ面の大男が、歯茎をむき出しにして笑う。その姿はまるで、獲物を前にした獣のようだ。



「そいつは助かるよ。金がなくて、マトモにメシも食えてないんだ。ついでに、その肉も少し分けてもらえると助かる」


 バルガスのその威嚇も、ジャックは動じない。ふてぶてしく、その肉まで要求する始末だ。



「そのクソ度胸は褒めてやる。いいぜ。ひと切れくれてやる。ガンマンなら早速今夜仕事がある。がっぽり金を稼がせてやるから、精進するがいいぜ」


 フォークに肉を一切れぶっさし、それをジャックに向け、放り投げた。


「仕事? なにをするんだ?」


 ジャックはそれを左手でキャッチし、浮かんだ疑問をそのままぶつけた。


「詳しいことは、夜、その時に、だ。今話をするようなことじゃねぇ」

「そうかい」



(……てことは、おおっぴらに話せないやばい仕事ってことだろそれ)



 怪しさ大爆発だったが、金もない今のジャックに、文句を言うことはできなかった。

 今この屋敷から追い出されたら、本当に行くところがないからだ。


 ジャックは肉を口に頬張り、フォークを投げて返す。くるりと回転したフォークを、バルガスのマシンアームは軽々と受け止める。



「まぁまぁの肉だな」



「西部じゃこれでもいい肉だぜボウヤ。ま、夜までは自由だ。屋敷の中で好きに過ごしたらいい。争いを起こすのはかまわねえが、死人だけは出すんじゃねえぞ。あの真面目保安官に付け入る隙を与えちまうからな」


「わかったわかった。それじゃ、夜に一仕事だな」

 一礼して部屋を出るジャックの背中に、「部屋は適当にあいているところを使え」という言葉が降り注いだ。


 ジャックは軽く手をあげ、そのまま部屋から退室する。



「あの肝の据わり方、度胸は問題ねえな。あとは、腕っ節がよけりゃあ、最高だな」

 ジャックの去った扉を見て、バルガスはにやぁと笑った。


 それは、ライオンというよりも、ハイエナを思わせる陰湿さを秘めた笑いに見えた。




──リゥのターン──




「ふむ。無事に入ったようじゃな」

 街の外れから、単眼の望遠鏡を使い、アズマとジャックが屋敷に入る様子を見ていたリゥが、目からそれを外す。


 その背中には、アズマの着替えが入ったカバンと、一本の刀が背負われていた。

 さすがに刀を持ちこむわけにはいかないので、アズマから預かったのだ。


 腰に差すには、百三十五センチしかないリゥの身長ではちと低く、引きずるような形になってしまうため、背中に背負っている。



「これでひとまず、奥の手として、脱走犯があの屋敷に逃げこんだという理由が使えるな」


 ふふふ。と、ちょっとあくどい笑みを浮かべる。

 万が一、アズマが証拠を見つけられなかった場合の保険として、ジャック逃亡犯が逃げこんだというタレコミを残しておいたのだ。


「しかし、変な小僧じゃったな」

 リゥは、屋敷に行く前のジャックとの会話を思い出す。




 自己紹介も終わり、ジャックの言葉の中に、一つ興味を引かれたリゥが、問う。



「さっき、西へ行けなくなるのは本意じゃないといったが、それはなぜだ?」



 西に行くというのは、別段不思議なことではない。大開拓時代とさえ呼ばれる今、西部に夢を託す者は後を絶たないからだ。

 それでも、リゥは気になった。どこか、同じように西の果てに行くといったあのスカタンに似ている気がしたから。


「ふっ。いいだろう。聞いて驚くんじゃねーぞ」


 にやりと笑った勿体つけるように笑ったジャックが、高らかに腕を上げ、ある方向を指差した。



「そこに、日が沈むからだ!」


 ジャックが指差したのは、西。その先には、日が沈む西部の荒野が見えた。



「そして、日の沈む西の果てから、俺は、東部にまで名を轟かせる稀代のアウトローになる! 俺はそこで、俺だけの俺になるんだ! 俺が決めて、俺がはじめる! 誰にも命令なんてさせない、俺がトップに立つ!」


 拳を握り、だから西に行くんだと、熱を帯びた目が、リゥ達を見た。

 それはどこか、西だけではなく、東にもなにかこだわりがあるように見えた……



 リゥは、その瞳をじっと見る。


 エルフの秘術を用い、心の真贋を見極めることができるリゥは彼の言葉の裏がわかる。

 ジャックの心に、嘘はない。西で名を上げることを夢見ている。


 リゥにはそれが、はっきりとわかった。



「……ふむ」

 想像以上にまっすぐな心をしているジャックを見て、リゥはもう一つの疑問を感じた。


「せっかくじゃ。もう一つ問おう」

「あん?」


「お前は、本当にスリをしたのか?」


 自己紹介ついでに聞いた罪状を訊ね、リゥはもう一度、その瞳でジャックをじっと見つめた。



「してねーよ!」



 ジャックも、リゥの目をはっきりと見返しそう言い切った。正確には、睨み返したと言った方が正しいか。

「そうか。信じよう」


「マジか!」


 あっさりと自分の言葉を認めるリゥに、ジャックは驚きを隠せない。驚きの中、ついに信じてくれるものが現れたと、ジャックの顔は喜びに破顔した。



「ま、ワシ等が信じたところで、無罪にはならんがな」

「うぐぅ……」


 喜びから一転悲しみに叩き落された。

 当然のことながら、エルフの秘術に証拠能力はない。ただ、術者の個人的な心証にすぎない。



 目撃者でもないリゥが彼の無実を訴えても、なんの意味もないことは明白だった。



「まぁ、そうだよなぁ」

 ジャックはがっくりと肩を落とした。


 そもそもこの二人も屋敷に向かいたいというアウトローだ。真犯人を探すなんて面倒なこと、できるはずもない。


 なにより、こんな小さな子を頼るなんて、ジャックの小さなプライドは許さなかった。



「まあ、いいさ。どうせ数日すれば、この街からオサラバして、自由の身だからな!」

 すぐにしゃきっと背筋を伸ばし、胸を張る。


 元々ジャックはアウトローを生業として西部にやってきたのだ。脱走の一つや二つ、当然の悪事! むしろはくがつくというものである。



「そのためにも金が必要だ。おい、さっさと行くぞ! ……って、どうした?」


 屋敷へ向おうと、アズマに声をかけたジャックの動きが止まる。

 なぜかアズマは、両手で顔を覆ってぷるぷる震えていたからだ。


「だって、だって……」


 それはまるで、恥ずかしさのあまり、身を震わせているかのようだ。



「日が沈むから西に向うって、マジで言うと、あんなに恥ずかしかったんだ……」

「うっせぇよ!」


 若干笑いも混じったぷるぷるに、ジャックは思わず両手を肩の高さにあげ、身を震わせた。



 かつて自分も同じことを言ったことがあるアズマだから、それを客観的に見せられ、思わず恥ずかしくなってしまったようである。



「うむ。わかった。質問は以上じゃ。さっさと二人で屋敷へ行って来い」

「あいよー」


 アズマを無視して話を進めるリゥ。ぴたりと恥ずかしがるのを止めるアズマ。



「ん? お前は行かないのか?」



「ワシは犯罪など起こしていないからな」

 ふふん。と腰に手をあて、胸を張った。


「……」

「彼は思った。この中じゃ一番犯罪をおかしてい……そぶってぇ!」


 リゥを無言で、まじまじと見ていたジャックの横で、アズマの顔面に拳大の火の球が突き刺さる。



 ジャックの眼前で、リゥと呼ばれたエルフの少女が、突然掌に火の球を生み出して、それを投げつけたのだ。



 火の球を食らった反動で、顔面をぎゅりぎゅりと地面にこすりつけ、アズマは回転しながら転がった。

 転がって路地に倒れたアズマの元へとおもむき、ずりずりとジャックの目の前まで引きずってくる。


「ワシは犯罪など犯しておらんからな」


 何事もなかったかのように、同じポーズをとった。

 ただし、足元には顔面からぷすぷす煙を上げている少年が転がっている。



「……ソーデスネ」



 にこりとキラキラ光るんじゃないかと思うほど美しい笑顔で睨まれたジャックは、素直にそう答えを返した。視線を外して。


 ジャックは知っている。エルフの秘術は、人知を超えた力を持つと。その上可愛い顔してこんなに凶暴なのだ。視線を思わず外してしまうのも当然だろう。



(とりあえず、目の前のこの子には逆らわないでおこう)


 なんて心の中で決める。ホント、女の子って怖い。

 ジャックはそのまま、ぷすぷす煙を上げるアズマを引きずり、屋敷を目指した。




「……そこに日が沈むから、か」

 まさか、同じようなことを言い出す男がもう一人いるとは思わなかった。


 それでいて、彼はあのスカタンとは違い、純粋に夢を追っている。稀代のアウトローになるというのはあまり感心はしないが、なぜか、夢があるようにリゥは感じた。



「ま、その旅も、ここで終わるかもしれんがな」



 幸薄そうなジャックを思い出し、そのまま一網打尽にされる未来が見えた。


 もっとも、それで捕まってしまうようなら、彼はそれまでの男でしかない。稀代のアウトローになれる器ではなかったということだ。

 それ以上のことは、リゥの管轄ではない。


「さて。ひとまず宿に戻るとするか」

 背中のカバンを背負いなおし、根城と待ち合わせの場所となっている宿屋へ一度戻ることにした。




 宿へ戻るために、リゥは街のストリートを歩く。


 この街は、ドゥーン一家の手下と思われる奴等からの嫌がらせは受けているが、それ以外は自分から悪事を働くようなものは少ない、西部にしては珍しい平和な街とも言えた。


 通りには、狩りで得た獲物を売ったり、収穫した野菜を売りに来る行商人などもおり、客とともに賑わいを見せている。

 リゥはそんな喧騒を避けるように、路地の近くを歩いていた。


 すると、その路地を入った裏の方から、



「見つけたー!」



 と、喜ぶ声が響いてきた。


 どうやら聞こえたのは、喧騒を避け、路地に近づいたリゥにだけのようだ。



 何事か? と覗きこんでみると、路地のゴミ箱の上に足をかけようと、屋根の上から降りてくる人影が見えた。



 保安官セシリーが、足をぶらぶらさせ、必死に足場を探している。


「セシリーか?」

 なにをしている。という呆れた声とともに、リゥは声をかけた。


「はい! あ、少し待ってくださいね! よっ、と……」


 なんとかゴミ箱の上に足をつけ、地面の上へと帰還する。

 着地したセシリーは路地の入り口にいるリゥに向け、満面の笑みを作り、手に持つモノを見せ付けた。



「たった今、現場から投げ捨てられたと思われる財布を見つけたんです!」



 誇るようにしてリゥにかかげたのは、中身がまだきちんと入った、一つの財布だった。


 セシリーの説明によれば、現場から投げて届く裏路地の屋根の上で発見したとのことである。つまり、このあたりがスリの犯行現場兼逮捕現場だったということになる。



(確かに、スリをするには絶好の場所じゃな)

 肩越しに後ろの喧騒を振り返る。



「被害者の証言どおりの財布ですし、屋根の上に落とすはずはありません」


 セシリーの言葉通りである。屋根の上など、誰かが意図的に投げこまねば、そんな位置に落ちるはずがない。



 これで、被害者の勘違いという線はなくなった。



 さらに、中身が入ったままというのは、犯人が捕まり、それを回収しにこれなかったという証だ。

 被害者の証言。現場の近くから見つかった証拠品。手付かずの財布の中身。



 これらは全て、ジャックが犯人であることの決定的な証拠とも言えた。



「彼の自分はやっていないという言葉が気になって、念のため再調査していたんです。そうしたら、これが」

「ほう」


 セシリーの言葉に、感心したような声を上げるリゥ。



(タダの堅物。というわけではないのだな)



 きちんと声を聞き、その正当性を証明しようと、こうして再調査に来たというわけだ。


 だからこそ、あれほどルールにこだわっても、街の人達から愛されるのだろう。



 結果として、彼の容疑を固める結果になってしまったが。



「これで、証言と一致しました。あとはまた彼を捕まえるだけです!」

「そのようだな」


 こうまで確定的な証拠が出てしまっては、リゥとて反論などはできない。無罪と証明する証拠がないからだ。



「では。私は警邏に戻ります!」

「うむ」


 証拠品の財布をしまい、元気にストリートを歩くセシリーの背中を、リゥは見送る。



 するとセシリーは、買い物帰りのお婆ちゃんの荷物を持ち、行き交う子供達に、街の外は危ないから出ちゃいけないと声をかけ、おっちゃん達のどうでもいい理由ではじまった喧嘩の仲裁に入る。


 目に入る事件に対し、そのまま体当たりで解決しようと奔走してゆく。



 そして、街の人達に頼られるように、声をかけられてゆく……



 その背中を見て、リゥは一人の女性を思い出した。

 同じように、街の人達に頼られるようになった、自分の尊敬する女性を。




「はっくしょ」

 少し遠くになった市塞都市で、一人のシスターがくしゃみをした。


「どうしたんだい、クローディア?」

 近くで発掘を手伝っていた市長が、声をかけた。


「さあ? 誰か噂していたのかね。風邪ではないさ。そんなことより、まずは一つ地上に出すのが先決よ!」

「ああ、わかっているよ!」


 ひっぱれー! おせー! と、教会の地下では、発掘作業が続いていた。


 荒れた荒野を、緑の生い茂る大地に再生するための……




「ま、元気に決まっているじゃろうがな」

 尊敬する人に背中を重ねたセシリーから視線を外し、スリの現場となった場所を見る。



「しかし、奴も完全に八方塞じゃな」



 心配などしてやる義理もないなずだが、ジャックの現状を思わず考えてしまった。

 いくらリゥがその事件は冤罪とわかっていても、その心を探る術を持たない人間から見れば、全ての証拠はジャックが犯人だと指し示している。


 リゥとて、先ほどジャックの心の真贋を確かめていなかったら、これが冤罪だなんて信じられない。


 ジャックの心を見て、アズマによってこの一件は怪しいと言われたリゥだから、ジャックの無罪が信じられるのだ。


 それら全てがない人の目から見れば、この事件の犯人は、ジャックに他ならないだろう。



(……念のため、その被害者の方にも話を聞いてやるか)


 リゥのおせっかいが炸裂する。その被害者と真犯人がグルならば、リゥにもそれを暴くチャンスはある。

 彼の無罪を暴けば、脱走犯が屋敷に匿われているという保険が使えなくなると理解しているが、それでも行わずにはいられなかった。


 もっとも、無罪になった結果、彼を陥れた犯人があの屋敷にいる。という可能性もあるので、暴くことは完全が無駄というわけではないが。



 少なくとも、財布を上に投げた何者かがいるのだから……



 今いる場所が犯罪現場だということがわかっていたので、そのあたりにいた行商人に聞きこみをすれば、被害者の女性はすぐに割り出せた。

 この近くに住む、普通の主婦のおばさんだという。


 幸いにして、すぐ近くを歩いていたところを捕まえ、話を聞きいた結果。ジャックの黒をより固めてしまう結果となった。



「あの時はびっくりしたわね。あの男がぶつかってきたかと思ったら、懐に入れておいたはずのお財布がなくなっていたんですもの」



 そのおばちゃんは、恰幅がよく、お話好きという、いかにもなおばちゃんだった。リゥが聞きに行けば、喜んで家にまで招待してくれて、にこにこと、関係のない話も交えてしっかりとその状況を教えてくれた。

 あと、ついでにおやつも貰った。


「その時ね、私から逃げようとする影を見逃さなかったわ。即座に掴んで、こう叫んだの!」



 その時を再現するように手を伸ばし、見えない犯人を捕まえる。



「『ドロボー!』って。そしたらすぐにセシリーちゃんがきてくれてね。あの男を引っ立てていってくれたのよ。でも、男は暴れるし、他にも人は大勢彼を捕まえようとするしで、その時に財布はどこかへ投げられちゃったのね。そうそう。あれは……」


 その後も雑多な話が入り混じってしまうが、リゥは肝心な部分に限り、真贋を見極める秘術を使用した。



 結果、彼女の言っていることに、嘘はなかった。



 財布がなくなり、ジャックが犯人だと確信したから、彼を捕まえようと声を上げたのだ。

 つまり、被害者は誰かに金をつまれて嘘を証言したというわけではなく、ジャックを犯人だと思い、捕まえたのだ。



「わかった。ありがとう。もうけっこうだ」


 お菓子をはぐはぐしながら、リゥはおばちゃんの話を打ち切ろうとする。


「あらやだ。これからがいいところなのよ。お隣の奥さんがね……」



 だが、おばちゃんパワーはとまらない。さらなるお茶とお菓子まで用意して、リゥを足止めする。



「……」


 リゥは仕方がなく、もうしばらく彼女につきあうことにした。

 一つわかったことは、あのジャックという男の無罪を証明することは、リゥには不可能だ。ということである。



(奴がそれほどついていないのか、はたまた、奴をはめた一団が一枚も二枚も上手なのか……)



 答えは、リゥには出せそうになかった。


 ついでに、いつになったらこのおばちゃんの世間話から解放されるのかも……!



(どうしてこんなに話す話題があるんじゃ……!)



 それは、おばちゃん学を研究する博士も未だ解明しえない、永遠の謎である。




──ジャックの腕前──




 バルガスの部屋を出たジャックは、ひとまず外から屋敷を探索することにした。


 廊下を戻り、その途中にあった屋敷の横にある入り口とは別の、庭に出られる出口から外に出る。

 屋敷の入り口から見て左側にある場所は、部屋が並び、そこからも外に出られるようになっている。


 出てすぐのところには木のデッキが設置してあった。ここから見える庭には、緑が植えてあるのだが、手入れなどはされておらず、伸び放題になっている。まあ、所詮はチンピラの住処だ。管理もこんなものだろう。


 緑をかきわけ庭に出ると、今度はパァンパァンという、火薬が爆ぜる音が聞こえてきた。

 そちらへ視線を向ければ、屋敷の最も奥のところでなにかをマトにし、チンピラ達が銃で遊んでいるようだ。


 音に興味を引かれたジャックは、そちらへと足を向ける。


 そこでは、細い丸太で柵をつくり、打ちこまれた五つの杭の上にマトをくくりつけ、六人のチンピラ達が射撃の腕を競っていた。

 パン、パンと、構えた銃から弾丸が飛び出し、五メートルほど離れた位置にある木で作られた、丸いマトのはじと、地面が爆ぜる。


「ちっ、少し調子が悪かったか」

「だっせぇ」


 マトに向け銃を撃っていたチンピラに、男が声をかける。それは、先ほどバルガスと話をしていた、馬面の男だった。


 男はその一団のリーダー格なのか、周囲にとりまきを従えている。


「なら次は俺にやらせてみろよ」


 男を押しのけ、同じく、約五メートルの距離に、馬面の男がに立つ。

 柵の真ん中。五つ並ぶマトの一番真ん中にだ。


「よぉく見とけよおめえら!」

 威勢よく声をあげ、男は銃を抜いた。



 だだだだだぁん!



 五回の銃声が鳴り響く。


 すると、五つのマト全部に一つずつ、新しい弾痕が生まれていた。

 ただしどれも、マトの中心ではなく、はじや、すみなどにだが。


「ひゅー!」

「おおー!」


 馬面の男の取り巻きとなる四人のチンピラから、歓声があがる。



 最初にマトを撃っていた男も、それを見て「すげぇ……」と唸り声をあげた。


 一瞬にして、早撃ちで五つのマトに命中させたのだ。



 腰だめに構え、左手で撃鉄を抑えた格好で、男の銃からは小さく煙が上がっている。



 それは、引き金を引いたまま、なんと撃鉄の方をはじいて、リボルバーの弾を発射する技術。『ファニング』と呼ばれる、連射方法だった。

 リボルバーとは、撃鉄を起こすことにより、それと連動した弾倉が回転し、弾薬が発射位置に移動し、固定され、発射準備が完了する代物だ。


 そこで引き金を引けば、撃鉄が落ち、弾丸の雷管を叩いて火薬が発火し、弾丸が発射される。



 それを利用し、引き金を引く過程をなくしたまま、撃鉄の方を手で弾いて弾丸を連射するのだ。

 これにより、一瞬にして弾丸全てを撃ちつくすことができる。



 男の早撃ちもさることながら、五つのマト全てに弾丸をあてるのは、動くマトを一つ当てるのより難しい。



 確かにそれは、よく狙いを定めて撃つのなら大きな問題はない距離だ。だが、早撃ちとなれば、話は別。ホルスターから銃を抜き、そのままマトを狙う。


 速さを維持するのなら、銃を頭の高さになど持って行けるはずもない。抜いたすぐそこ。腰の位置で、引き金を引くこととなる。


 その一連の動作を早業として確立しつつ、さらに正確さも両立させるのは至難の業である。


 例えマトの中心に当たらず、ハシやスミに当たっていたとしても、それは十分な技量だ。その難しさは、彼等の驚きからも十分に理解できるだろう。


 くるくると銃を回し、それを腰のホルスターへ収め、馬面の男は仲間へと振り返る。



「夜の仕事が終わったら、次の狙いはエルフの里だからな。腕が鳴るぜ」


 歓声を送る仲間達に向け、拳をあげ、自信と自慢をふくんだ笑みを返す。


「その通りだ! あんたなら一気に二人三人をぶっ殺せるぜ!」

「まったくだ!」


 男達は馬面の男の言葉に、さらに拳をあげ、喝采を浴びせた。



 すると、振り返った馬面の男と、ジャックの目があった。



「おっ、新入りか?」

 ジャックの姿を見つけた馬面の男が声をかける。どうやら、彼もジャックも、あの時ストリートで邂逅した相手だとは、気づいていない。


 どちらも、一方は顔を隠していたし、もう一方は割れた人ごみで、顔を下に向けて埋もれていただけの男だからだ。


「ひゅー。新入りもガンマンかよ! せっかくだ、歓迎ついでにお前の腕も見せてくれよ!」

「おいおい、さっきのアレを見てから挑戦とか、お前鬼畜だな」

「ぎゃはは。まあ、いいんだぜ。もっと近づいて撃ったってよ」


 馬面の男の視線に気づき、ジャックを見つけた他のチンピラ達も歓迎の罵声を投げつける。


「おいおい。やめてやれよ。せっかくの新人なんだ。いじめたってなんにもならねーだろ。これじゃ俺達が弱いものいじめをしているみたいじゃねーか」

 馬面の男が、へらへらと笑い、仲間をたしなめる。


 すると、その言葉にあわせ、ぎゃははと耳障りな笑い声が鳴り響いた。


 たしなめたフリをして、完全に挑発している。



「……」



 ジャックは、そんな男達を見て小さくため息をつき、帽子の位置を直した。

 両足を肩幅に広げ、その場で、ガンホルスターに手をかける。


「お?」

 笑っていた馬面の男が、気づいた。


「おいおい。まさかそこからマトめがけて撃つってのか? 俺達に当てないでくれよな」


 わざわざ、オーバーアクションで肩をすくめる。それにあわせ、また、ぎゃははと笑いが起こった。


 ジャックからマトまでの距離は、先ほど馬面の撃った五メートルよりもさらに遠い、九メートル近い距離が離れていた。

 こんな距離で早撃ちをしても、当たるはずもない。普通なら、きちんと狙いをつけて撃つ距離である。



 じゃっ!



 男達の声など無視し、ジャックはホルスターから銃を引き抜いた。


 その速度は、先の馬面の男より、二割から三割以上、早かった。



 だだだだだぁん!



 先ほどと同じように、五発の銃声が鳴り響いた。


 その音は、あまりの速さに、二つ三つの音が重なって聞こえた気もする。



 一瞬、男達はなにをしたのか理解できなかった。



 ジャックの銃からゆらゆらと立ち上る硝煙を見て、ああ、こいつが銃を撃ったのかと、遅れてそれを認識をしたほどである。


「は、はええ……」

 その速さを遅れて認識した、取り巻きではないチンピラが、思わずつぶやいた。


 馬面の男も、ごくりとその速さに喉をならしている。あんな速度で撃たれては、自分も勝てないと思ったからだ。


 驚きとともに、男達は、目標となったマトを見る。



 だが、マトに新しく空いた穴は、一つだけだった。



 しかも、穴が開いているのはマトではなく、その下の、杭の方。


 それ以外には、マトにも地面にも、さらに後方にある壁にも、穴は開いていない。

 どれだけ凝視しても、新入りの撃った弾が開けた穴は、そこしかなかった。


「……」

「……」


 チンピラ達は、撃ったまま無言で固まっているジャックの姿と、一つだけ開いた杭の穴を交互に見回す。



「ぶっ!」



「ぎゃははははは」


 ついに堪えきれなくなったチンピラ達が、大笑いをはじめた。


「そ、そりゃ無理だろ。一発当たっただけでも、そりゃすげぇや! ぎゃはははは」

「そうそう。一発でも当たったんだ、落ちこむなよ」


 慰めているが、その大笑いで台無しだ。


「速さだけは、一人前だ。そいつはすげぇぜ! すげぇぜぇ!」


 笑いながらなので、全然凄そうに聞こえはしない。とはいえ、確かにあの速さならば、近距離での早撃ちなら、誰にも負けないかもしれない。

 一発当たれば勝ちとも言える世界なのだから、その速さは確かに武器になる。



 命中。すれば、だが。



「だからよ、次は身の程を知った距離でやれよ」


 ひーひいーと、腹を抱えながら、男達はジャックをどこか哀れんだ目で見ていた。

 まあ、完全に失敗したわけだから、この哀れみも、しかたのないことだろう……



「ちっ」


 ジャックはそんな嘲笑に耐えられなくなったのか、帽子を目深にかぶりなおし、舌打ちをしてきびすを返した。



「じゃあなー、新入りよ。次もまた楽しませてくれよ!」


 ぎゃははと笑いながら、馬面の男達は去り行く背中を見送った。



 しばらくは彼等は、この話題を酒の肴にするだろう。




 そして、それを屋敷の二階にあるバルコニーから見ていた人影が一つ。

 二メートル近い、左腕を機械の腕にしたヒゲの大男。バルガスだった。


 その顔は、小さな落胆が浮かんでいる。



「銃の腕は、からきしか。まぁ、今求めているのは、そっちじゃなく、ちゃんと殺せるかの度胸だからな」



 小さな落胆が、笑みに変わった。


 腕はだめだが、度胸はある。ならば今回の仕事限りに後腐れのない使い方ができる。下手に腕がよければ、使い棄てるのにためらってしまうだろう。

 ならば、あの小僧は、今回の仕事にぴったりの人材だった。


 男はヒゲを揺らし、獣のように笑っていた。




「ひゅー。あの人、すっげーなー」

 唯一、その姿を屋敷の影から見ていたアズマだけが、ジャックの意図を見抜いていた。この屋敷で、たった一人だけ、彼のその腕に、拍手を送っていた。




──冤罪の行方──




 ドゥーン一家の屋敷。

 その二階にある、応接室。


「チチチチチ」


 そこに、舌打ちをするように笑う、一人の保安官。ネズミと表現するのが最も簡単な顔をした男。ネイサン・ノーズが、豪奢なソファーに座り、ワインに口をつけていた。

 彼は、セシリーが街を走り回っているその時に、こうしてサボって酒を飲んでいるのだ。



「おう。ネイサン、やってるか?」


 応接室の扉を開き、一人の大男が姿を現す。バルコニーから戻ったバルガスだ。



「ええ、やらせていただいてますよ。相変わらず、いい品揃えだ」


 グラスを掲げ、釣りあがった目を、さらに吊り上げ笑う。



「へっ、味なんてわかりゃしねぇくせによ」


「チチチチチ。そいつを言っちゃあいけませんぜ」



 苦笑するバルガスに、嫌らしい笑いを浮かべるネイサン。実際、こんな辺鄙なところにすんでいるのだから、ワインの味の違いなど、わかりやしない。ただ格好をつけただけだ。

 それはバルガスも同じで、美食などというものに大きなこだわりはない。


 あるのは、魅せられた金色の輝きと、赤い血の色だけだ。


「で、どうせしたかい? あの若造」

「ああ。あれはいい掘り出し物だ。今日の仕事は、アイツに決まりだな」


 バルガスは、歯をむき出しにして笑った。かなりの上機嫌だ。



「へえ。それはそれは。いい腕だったんですかぃ?」



「いいや。腕はからっきしさ。だが、度胸はある。今夜の仕事にはぴったりだよ」


「あぁ、そいつはいいですなぁ。来るのがおせぇなんてから、てっきりあのお嬢ちゃんに捕まっちまってまた留置所に入れられちまったのかと思いましたが、どうやらそこまで不幸じゃなかったみたいですねぇ」

 チチチチ。と、思い出したかのように笑う。



「なんせ、本当に不幸な男ですから。あの逮捕だって、あたしはなーんもしちゃいませんし」



 なんと、ジャックのスリとしての逮捕は、偶然が重なったもので、誰かの計画とか、はめられたとかそういう話ではなかった。

 なにせ、あの時財布をスられたという女性の財布は、普通に道に落ちていたのだから。


 落し物をスリと勘違いし、声をあげ、ジャックはそこに偶然居合わせ、犯人に間違われたのである。



 ネイサンはその女性の財布を現場検証の時に拾い、これはいいと、屋根の上に投げこんでしまったのだ。



 まあ、その行為によって、容疑は固まったので、ある意味ではめられた。というのは正しいかもしれないが。


 そう。この一件。彼等が一枚も二枚も上手なのではなく、ジャックが単純に不運なだけだった。

 本当に、ついてない男である。



「ま、おかげで希望通りのヤツをそちらに引き渡せたわけですがね。あいつもダンナのところで拾ってもらえるなら、本望でしょう」


 いきがったガンマンの癖に、この街に来たばかりで、逃げ出す金もないと、都合のいいことばかりの男だ。


「ああ。最高だぜ。おかげで理想的なガンマンが、手に入ったぜ」



 がははと左腕のマシンアームを動かしながら、バルガスは笑った。

 ネイサンも釣られ、にやりと笑い、空になったグラスへワインを注ぐ。


 笑うその姿は、よりネズミのようだった。



「いやあ、今日でやっとあの堅苦しい娘から解放されるのか。楽しみだねぇ」

「がはは。今日の夜までは我慢しろよ。そうすりゃ、明日からこの街は、アンタの天下だ」

「そして、あんた達はエルフの土地を手に入れて、がっぽりもうけると」

「その通りよ」

「楽しみだねぇ」

 バルガスは、残ったワインのビンを持ち上げる。


 ネイサンもグラスを持ち上げ、ビンとグラスをぶつけあい、がははとちちちと、二人は声を上げ笑いあった。




──報告──




 日も西に傾いた、黄昏時。


 西部の荒野が金色に輝いているかのうな反射を見せている。

 赤い土に長い影がのび、農夫も、カウボーイも帰り支度をはじめ、夕飯の一杯のために酒場へ繰り出す姿も見られた。


 街にある酒場兼宿屋。

 昼時騒動があったあの宿の一室で、リゥがベッドに転がり、休憩していた。



(まさか、あんなに話を聞かされるハメになるとは……)


 今の今まで、スリ被害のおばちゃんに捕まり、世間話の相手をさせられていたのだ。

 よくもまあ、あれだけの時間、無駄に話を続けられると関心さえ覚える。



 ごろごろとベッドを転がり、ゆっくりと体を持ち上げる。


 少しの時間横になっただけだが、十分休息にはなったようだ。

 体の方の疲労ではなく、精神的に疲れていただけだからだろう。


 夕日の差しこむ窓を見て、んー。と伸びをする。そのまま部屋の中をきょろきょろと見回せば、その視界に、一本の刀が入った。


 部屋のスミに立てかけた、アズマの刀。漆黒の鞘に、紅色の下緒の巻かれ、綺麗な細工の入ったツバと柄を持った、サムライの魂。



 それを見たリゥは、思わず、ぷっ。と噴出してしまった。


 ガンマンスタイルに着替えたアズマの格好を思い出したからだ。

 別に、ガンマンの格好をしたアズマにおかしなところがあったというわけではない。ただ、サムライという元の姿を知っているリゥからすると、どこか違和感を感じる格好に思えたからだ。


(やはりアズマは、刀を持ったいつもの格好の方がいいな)


 ガンマンではなく、普段の異邦の装束を思い出す。

 その刀を持ち、自分の前を歩く、サムライの姿を……



(……そういえば、あれは、奴の魂と言えるものなんだな)


 かつて聞いた説明を思い出す。そんな大切なものを自分に預けたということは、それなりの信頼を得ていると思って間違いない。

 そう考えたら、少しだけ顔が緩んでしまった。決して、その信頼がうれしいというわけではない。全然そんなわけはないが、にやにやしてしまう。



 ベッドをおり、とてとてと近づいて、その刀を持ち上げた。


 ずしりとした重さが、持ち上げた腕にかかる。刀の重量は二キロもないのだが、それでもずしりと重く感じた。



「……」



 誰も居ない、部屋。だから、つい、魔が差したと言ってもいいだろう。


 持ち上げた刀をベルトに通し、アズマがいつもさしている状態を真似してみる。


 アズマと三十センチ近い身長差があるリゥでは、刀の先が床についてしまうが、今はまあ、ご愛嬌だ。



 ふん。と鼻息を少し荒くし、姿鏡の前で、腕を組む。



 刀を腰に差しただけだというのになぜか強くなったような気がした。


「確か、これを……」


 見よう見まねで、鞘から刃を引き抜いてみる。

 鯉口を切り、柄を握って、きゅっぽんと、刃を抜く。



 今は、刃ないないモードだった。抜いた先には刃がなく、刀と鞘をとめているハバキまでしかない。



 もっとも、刃がきちんとあったのなら、少女の細腕ではその刀をうまく引き抜けなかっただろう。


 長さもある刀は、総重量は軽くとも長さの分重心が外に離れるため、重く感じるのだ。



 だが、テンションの上がってきたリゥに、刃のあるなしは関係なかった。



 リゥの目には、そのハバキから伸びる、美しい刀身が見えていた。


 想像でしかないが、アズマの振るう美しい刃が、そこにあるよう感じるのだった。



 逆に、刃がなかったからこそ、その悲劇は、引き起こされたといってもいいだろう。



 刀を握ったリゥは、ちゃきっと、その柄を握りなおす。

 アズマの動きを思い浮かべ、手を上に持ち上げ、刀を振り下ろす。



「てい!」



 可愛い掛け声が、部屋に響く。


 刃のない刀を、リゥは振り回す。刀身がない分、それは軽い。ゆえに、片手で、ものすごい速度で刀が振れているような気分だった。



「やー!」


 目の前にイメージした、敵を斬る。



「とー!!」



 今の自分は、アズマのような、一騎当千の勇士のように思えた。


 気分は、サムライだ!



 ぱちん。



 一通り振り回し、刀を、鞘に戻した。


 想像の中のサムライリゥは、とても凄い剣士だったが、現実では、やっぱりちょっとへっぴり腰な、素人の振りだったりする。が、誰も見ていないのだから、問題はない。


 決まった。と思いつつ、左手で鞘を握り、右手を腰に当て、再び姿鏡を見る。



 すると、姿鏡のスミに映る、アズマと目があった。



「……」

「……」



 硬直する、リゥ。


 ぎぎぎぎっと、油が切れたロボットのように、振り返る。すると、同じように扉から顔を出して固まっているアズマの目と、彼女の目が、もう一度、あった。



「え、えーと、報告に、きたんじゃよ? あの、悪気は、なかったんじゃ。うん」



 なぜか、リゥと同じしゃべり方で、アズマが申し訳なさそうに目を伏せた。


 その言葉は逆に、なんだかとってもリゥの心を傷つけた。気遣いという槍で、体中を刺し貫かれたような気分だ。針のむしろとはまさにこのことを言うのだろう。


 リゥを驚かせようと、こっそりドアを開けたアズマの悪戯心と、リゥの心に魔がさしたのが原因で起きた、まさに、悲劇だった。



 リゥの背中から、炎の翼が、ごぅっとあふれ出す。



「ふふ、ふふふ。今なら、この羞恥の炎で、火の大精霊も楽々に従えることができそうじゃ……!」

「できてるよ! 燃えちゃうよ! 止めようよ!」


 命乞いをするアズマへ、ごごごごごご。と、額に火の精霊の紋を浮かび上がらせ、背中に不死鳥の翼を背負い、暗い瞳に涙を携えたリゥが迫った。



「やー!」



 宿屋の一室から、謎の悲鳴が食堂に響いたそうな。




「ふん」


 すねながら食堂のテーブルにつくリゥ。その顔は、まだ少し羞恥の赤面が残っており、正面に座るアズマの顔を直視することはできないようだ。


「ははは」


 さすがにアズマも悪いと思ったのか、いつもの軽い笑いではなく、困ったような苦笑いを浮かべている。

 ちなみに、アズマはまだ、ちょっとぼろっちく焦げたガンマンスタイルのままで、刀は部屋に置いてきている。まだしばらく触れないほうがいいと判断したからだ。


 周囲で酒を飲む男達は、宿のスミにあるテーブルに座った少女達のことなどあまり気にも留めていないのか、今日の仕事や妻の愚痴などを言いながら、酒と食事に舌鼓を打っていた。



「それで、収穫は?」



 ぷくーっと頬を膨らましながら、それでも、聞くべきことを聞くエルフの少女の姿があった。


 むしろ、さっきのことを話題に出させないための質問といってもいいかもしれない。



「いや、その前に、お腹になにかいれてからにしよう」

 アズマは席を立ち、ビーフシチューとミルクを持って、再びテーブルへと戻ってきた。


 二人分の夕食がテーブルに置かれ、二人は無言でそれを口にする。

 周囲の喧騒をよそに、かちゃかちゃと、食器のぶつかる音だけが響く。



「……すまなかったな」


 食事がはじまってからしばらくして、リゥがぽつりとそうつぶやいた。

 アズマから視線を外したまま、小さく、聞こえるか聞こえないかの音量で。


「ん?」


 突然の謝罪に、アズマは食事の手を止め、なにについてだ? と首をひねった。


「お前の魂ともいえる刀を、勝手にいじったことだ。人の大切にしているもので遊んで、本当に悪かったと思う」

「……」


 アズマはその告白を聞いて、一瞬ぽかんとするが、すぐ、小さく、優しく微笑んだ。

 アズマ自身は、刀を抜かれたことなど気にもしていない。


 自身の魂ではあるが、勝手にいじって怒るくらいなら最初から渡したりはしない。むしろあれならば、微笑ましい出来事だし、彼女の新しい一面が見れて得した。と考えているくらいだ。


 少し冷静になったとたんに、自分のことではなく、相手のそんなことを気にしてしまうなんて、本当にいい子である。


「気にするなよ。そもそも怒るくらいなら、最初からわたしたりしねーって。むしろ、あれは、俺の掌の上。計画通りだったってことさ」



「なん、じゃと……?」



 ぷぷぷー。っと、わざとらしく手を口に当て、少年は笑い出してみる。


 その言葉にリゥは、きっ! と目をきつくし、アズマを睨んだ。



「つーわけだから、おあいこってことで」


 自分をしっかりと見たリゥを確認したアズマは、にこにこと微笑み、身を乗りだして、リゥの頭をがしゃがしゃと、少し乱暴に撫でた。



「……ふん」


 アズマの意図を察したのか、リゥは少しだけ頬を朱色に染め、されるがままに撫でられていた。



 なで。



 なでなで。




 なでなでなで。




 流石のリゥも、あんまり長い時間撫でられていると、ぷるぷると頬が引きつってくる。




 なでなでなでなでなーで。




「ええい、いい加減にしろー!」


 あまりに長い時間撫で回していたので、ついにリゥが手を跳ね除け、頬を膨らました。



「ゆっくり食事くらいさせんか、このスカタン!」


「しーましぇーん」


 オデコにフォークを突き刺したアズマが、笑顔で答えを返す。



 いつもとかわらぬ、呆れながらもツッコミを返すリゥと、にへにへとおふざけしているアズマの関係が、戻ってきた。



 食事も終わり、一息ついた。


「……で?」

 明るく、力強い意志を秘めたリゥの瞳が、アズマをとらえる。



 当初の話題である、ドゥーン一家についての話だ。



「んとねー」

 完全に元に戻ったリゥをまっすぐ見返し、アズマはにやりと笑う。それは、どこかいたずら小僧を思い起こさせる笑みだった。


「下手なボケや脱線はいらんぞ」


 自分が元に戻ったとたんボケようとするスカタンに呆れつつ、注意をうながす。

 ただでさえ昼間おばちゃんとの世間話で散々脱線してきたのだ。もう関係のない話はうんざりだった。


「そんなっ! せっかくなんだから脱線させておくれよ! いっぱい考えたんだよ!」

「セシリーがいない今、遠慮のないツッコミが貴様を襲うが、それでもいいなら覚悟してやるがいい」



 ぎらりと睨むリゥの瞳の中に、炎が見えた。



「それでだねリゥ君」

 突然きりりと真面目になり、テーブルに肘をのせ、両手を口の前で組み、アズマは状況の説明をはじめる。



 ……



 …………



 ……と、いうわけなのさ。




「なん、じゃと……」


 アズマの説明を聞き、リゥは目をむいて驚いた。なんということを奴等は考えているんだ……


「で、君にやって欲しいことが一つあるんだ」

 酒場を見回し、アズマは笑う男達に目をつけた。


 昼間、荷車を持ってきて、怪我人を運ぶのを手伝った男達だ。




──暗殺──




 ほー。ほー。


 荒野を飛ぶふくろうの鳴き声が聞こえる。

 すでに黄昏時もすぎ、夜の闇が支配をはじめた時間。


 もう定時も過ぎているというのに、セシリーはせっせと残業をしていた。今日は脱走騒ぎがあって詰め所が荒らされてしまったため、書類などを書き直さなければならなくなったからだ。

 それでも彼女は、文句も不平も口に出さず、業務を進めている。



 そこに、もう一人の保安官が急ぎ足でかけこんで来た。


「おい、今有益な情報があった! 昼間の脱走犯を、荒野で見かけたそうだ!」



 入り口から入るなり、彼女の先輩。ネイサン・ノーズは、そう口を開いた。ぜいぜいと、息を切らしているが、それだけは、はっきりと言い終える。


「本当ですか先輩!」

「ああ。間違いない。夜の闇にまぎれて、この街から逃げるんだろうぜ」



 西部での警察権は、基本的に一定範囲内に限定されている。


 たいていの場合は街の中だけであり、他の街などへ逃げられた場合は、追うことができない。そもそも、治安の悪い西部ではその管轄地域の治安を維持するのに手一杯で、それ以上のことに手をさく余裕がないのも現状だ。


 そこで生まれたのが賞金首の制度であり、それは、実質的な、警察機構の敗北宣言でもあった。

 賞金稼ぎという職業の誕生は、西部の治安を、保安官だけでは維持できないと認めていることに他ならないからだ。


 ルールとして誕生したそれに、セシリーとしては、文句はない。言いたいことはたくさんあるが。


 だが、基本的に賞金首とは、生死不問なのである。場合によっては生け捕り前提のモノもあるが、それは生きてなければ意味のない犯人であり、こういった逃亡犯には適応されなかった。

 セシリーが恐れたのは、このまま街から逃げた場合、そうした賞金首にしなければいけないという心配からだった。


 例え小額とはいえ、賞金首となれば殺される危険が付きまとう。それならば、自分が捕まえて、安全に刑務所へと送る方がいいと考える。



 ゆえに彼女は、とるものもとらず、唯一銃と手錠のみを持って、保安官詰め所から駆け出していた。



 疾風のごとく駆け出したその女保安官を、ネイサンは、にやりとほくそ笑み、見送る。


「本当に、真面目なヤツだよ。あんなの見逃したって、誰も文句はいいやしないってのに」

 チチチチ。と、彼女の愚かさを笑う。だからこそ、荒野に逃げたとデマを流したんだから。


「……おっと、居るのは確かだから、デマじゃぁねえか」


 そう自分の思ったことを小さく修正し、男はまた笑った。



 そして、手元にある銃の弾丸を確認しゆっくりと歩いて向かうことにした。



 あとは、自分が死体を検分し、あの宿屋にいる犯人を逮捕するだけでいい。


 そうすれば、将来金色の未来が約束される。

 うまくいけば、この街さえ支配できるかもしれない。


「たまらねぇな」


 じゅるりと、思わず舌なめずりをしてしまうほど、魅力的な未来だった。




 街外れの荒野。


 そこに、ジャックをふくめた七人のガンマンが、暗がりの中、身を潜めていた。

 日も落ちて、門の前へと集まった男達は、馬を使わず、歩いてここまでやってきたのだ。



「さて、そろそろ時間だな」


 ちらりと、空を見上げ、その位置から簡単な時間を推し量った馬面の男が言う。他の四人も、先ほどマトの前に一緒に居た四人だ。


 どれもこれも、バンダナで口元を隠し、変装していたりしている。


 男達は隠れた岩の影や茂みの中から街の方を注視する。すると、暗がりの中、ランタンの光が荒野にゆらゆらと揺れているのが見えた。



 光にゆれ、映し出されるその姿は、女保安官。セシリーの姿だった。



「来たぜ。あの女保安官だ」

「ひひっ。ついに、この時がきたな。おい」


 男達が肘で相手をつつきあい、にたにたと笑う。


 男達はすでに、ここでなにが起きるのか、理解している。



 馬面の男が光源を確認してにやりと笑い、持ってきていたライフルを一丁、ジャックへ投げ渡した。



「さあ、仕事だぜ。こいつで、あの女をぶち殺せ。それが、お前の最初の仕事だ」


「はぁ?」

 ライフルを受け取ったジャックは状況が理解できていないのか、なに言ってんだこいつ。と言いたげな顔をして、間抜けな声を上げた。



「仕事だよ。仕事。バルガスのオヤジが言ってただろ? 簡単な仕事だって。それが、こいつだよ」



「おいおい。あんたは俺に、暗殺の仕事をやれってのか?」

 コトが飲みこめたジャックは、自分のすべきことをもう一度聞く。



「そうさ。西部なら誰もが通る道だ。アウトローなら一人殺して一人前よ。その機会を俺達がくれてやろうってんだ。ありがたく思えよ」


 それは、身勝手な理論である。いくら弱肉強食が常の西部だからといって、人を殺して一人前という道理はない。

 だが、ある意味で、西部の真理ともいえる理論であった。


 馬面の男が、早くしろと言わんばかりに、ゆらゆらと揺れる光源を指差した。



「……断る」



 近づいてくる人影を見たジャックは、馬面の男を見返し、そう堂々と言い放った。



「あぁん? ならなんのためにその腰にある銃ぶら下げてんだ。そいつはそういう道具だろうが!」


 ジャックの腰に下げられた二丁の銃を指差し、怒りの声を上げる。向ってきている保安官とはまだ距離がある。ゆえに、声を聞かれている心配はまだない。


 それでも声を小さくしていたが、その声は逆にドスが利き凄みが増し、人を怯えさせる性質をもった声となっていた。



「そりゃそうだけどな。ダメなもんはダメなんだよ。というか俺、人が、撃てないんだ」


 そんな声を聞いても、ジャックは動じない。真顔のまま、男へそう告げる。



「……」

「……」


 場に居た全員が、ぽかんと口をあけ、沈黙する。



 ガンマンだというのに人が撃てないとは、お前は一体なんなんだ。という視線が、ジャックを射る。



「けっ、やっぱり腰抜けか」

「所詮は、覚悟もなにもない、若造か」


 現状を理解した馬面の男の取り巻きが、呆れたようにつぶやいた。



「なんだよ腰抜けが。ならてめぇは見張ってろ。かわりに、俺がやる!」


 ちっ。期待はずれが。と小さく愚痴をはきすて、投げ渡したライフルを回収しようと手を伸ばす。



 だが、馬面の男の耳には、さらに意味不明の言葉が入ってきた。




「それも、断る」




「ああん?」


「俺はさ、暗殺ってヤツが、大っ嫌いなんだ。憎んでいると言ってもいいくらいにな。俺は、そいつのおかげで、人を撃てなくなったからよ」


 その目つきは、本当にそれを憎む目つきだった。その事実は馬面の男とはなんの関係もないのに、思わず一歩あとずさってしまうくらいに。


「だから、そんな大っ嫌いな暗殺を、俺の目の前でやらせると思うのか?」



 ジャックはそのまま、手にしていたライフルを自分の後ろへと投げ捨てた。



 男達は、ジャックがなにを言っているのか理解できなかった。わけが、わからなかった。


 殺しはできない上に、暗殺はダメだなんて、アウトローを気取るヤツからすれば、意味不明を通り越してその存在意義を完全否定している。


 西部で殺し合いを否定するのなら、最初からここにくるなと言いたくなる。



 西部とは、殺し殺される、弱肉強食の世界なのだから。



 男達にしてみれば、目の前の青年の言葉は完全に的外れである。今こちらへ向ってきている、無法の世界の中でルールを守ろうとしている女保安官と同じように。


「意味がわかんねーよ! そんなに汚れ仕事が嫌だったってのか! なんのためにお前は西部に出てきたんだよ! 邪魔をするんじゃねえ。ぶっ殺すぞ!」


「殺しも殺されもしねえよ。大人しく帰れ。そうすりゃ見逃してやる」


 ジャックは、いつの間にか、目の前の男達五人すべてが、自分の視界に納まるよう移動していた。

 背後をとられない位置取りで、その右手はガンホルスターにかかっている。


 その姿を見た、チンピラ達は、自分達の背筋に冷たい汗が流れたのを感じた。



 この男、やる気だ。



「ほんっとに意味がわからねえ男だ。人が撃てねえとか言ったくせに、むける殺気は本気かよ。五人相手に勝てると思ってんのか!」

 五人も同じように、その手を銃へかけた。



「御託はいいさ。抜きな」



 西部において最もポピュラーな挑発フレーズが、ジャックの口から飛び出した。

 これは、あくまで相手が先に抜いたから、正当防衛で撃ったということを主張するための、西部における殺しの建前。


 無法でありながら、法を守っているように錯覚させる、ただの儀式。


 それは、自信の表れなのか、ただの馬鹿野郎なのか……



「社会からはじきだされた俺達と同じクズがなに言ってやがるんだ! 先にてめぇをぶっ殺して、それに釣られてやってきたあのクソアマもぶっ殺してやんよ!」

「いいだろう! てめえからぶっ殺してやる!」


 馬面の男が叫び、残りのチンピラ四人も、一斉に銃を抜いた。




 だだぁん!




 逢魔が時も過ぎ去り、夜の闇が広がった空に、銃声が鳴り響いた。



「な、なんだ、と……」


 チンピラ達は、信じられないと目を見開き、口をぽかんと開いて自分達の有様を見ていた。


 腕を押さえ、その腕から零れ落ちた銃が、からからと、荒野に転がっている。



 銃口からゆらゆらと硝煙が上がっている。



 唯一銃が手に残る、男の手の中で。


 ジャック・サンダーボルトと名乗った、人の撃てないガンマンの腕の中で……



「な、なんでだ……てめぇ、人は撃てないんじゃなかったのか!」

 腕を押さえた馬面の男が、声をあげる。



 なんと、銃を吹き飛ばされたのは、チンピラ達の方であった!



「撃てねえよ。血が、苦手だからな。だから、銃だけ撃った」


「っ!?」

 言われ、自分がおさえる利き手を確認し、他の男達の惨状も確認する。



「バカな……」


 その場にいる全員が銃を抜こうとした手をおさえ、うめいていた。



 しかも、指も吹き飛ばさず、見事に銃だけ撃ち抜いて。だ。



 さらに、弾き飛ばされた銃を見つけ、確認していたならば、なお驚愕していただろう。

 その銃達は、寸分たがわず、同じ場所を撃ち抜かれていたのだから。


 夜の闇によって、落ちた銃を発見できないということは、男達にとって幸運なのか、不幸なのか。



 ジャック・サンダーボルト。


 彼は、幼少の頃のトラウマで、血を見ると意識を失ってしまう体になった。

 それは、どうしても克服することができなかった。だから彼は、血を見ずに勝てるよう、銃の腕を磨いた。


 彼は努力して努力して努力して、ここまでの精度を手に入れた。


 銃だけを、正確に弾き飛ばせるように。



 そうして、血を見ずに、勝てるように……!




 そして、馬面の男は気づいた。



 あの時、この男がなにをしたのかを。


 九メートルの距離にあったマト。その杭に当たったのは偶然ではなかった。この男は、あの杭を狙って当てていたのだ。マトよりも小さい、杭に……



 しかも、一発しか当たっていないと思わせるほど正確に、同じ場所へ、五発の弾丸を……!



「人が撃てないからって、こんな曲芸じみた技を習得するなんて、いかれていやがる……」


 痺れる腕をおさえ、馬面の男は、感じる戦慄を隠し切れない。

 どれほど銃を撃てば、どれほどの修練を積めば、そんな領域に到達するというのだ……!



「だがよ……」


 馬面の男は、にやりと笑う。



「確かに、てめえはすげぇな。だがよ、それだけじゃ、西部は生き残れないぜ」


 銃がはじかれた衝撃で利き手はしばらく使い物にならないだろう。



 だが、その他の部位はまだまだ元気だ。



 使い物にならない腕はだらりと下げたまま、男達はガンマンを取り囲む。


 ジャックはすばやく銃口を男に向けるが、その引き金は、引けない。

 それを確認すると、馬面の男はさらに顔をゆがめ、笑った。



「てめぇは自分でバラしちまったよな。血が苦手で、人は撃てねぇって」

「すでにタネが割れちまってんだから、怖くねえんだよ!」

「結局俺達をぶっ殺せねえのなら、意味がねえ!」



 腕が一本使い物にならなくなったぐらいで、西部のならず者達は戦意を喪失したりはしない。



 チンピラ達が、次々と言葉を発する。声を出すことで、痛みをごまかしているというのもあった。

 左の拳を握り、ジャックを囲むように、男達は動きはじめる。


 ジャックはそんな男達の動きを見て、逆ににやりと笑った。ジャックは自分の銃をすばやくホルスターにしまうと、拳を二つ持ち上げる。

 拳を握ると、革のオープンフィンガーグローブがギュッとしまった音を立てた。



 その両手を顎の近くに構え、そこに固定する。上半身を軽く揺らし、足を軽く動かし、軽やかにステップを刻みはじめた。



「っ! こいつ」


 それは、チンピラ達にも見覚えがあった。そのスタイルは、ボクシングだ。



 頭を軽く振りながらジャックは、目の前に迫ろうとする取り巻きの一人へ一気に間合いをつめる。


 いきなりの接近に面食らった男の腹に、右の拳を一撃。

 どすっと、脂ぎったその腹に、重い拳が突き刺さった。


 男の痛む利き腕では、その拳をガードすることもできなかった。


「ぐっぇ!」


 蛙がつぶれたような声を出し、男はそのまま、腹を押さえ、悶絶することとなる。


 男の顎が下がったところで、ジャックはその顎めがけ、渾身の右アッパーを叩きこむ。

 ふわりと浮かびあがったかのようにアゴを天に伸ばし、男は仰向けに倒れていった。


 どぉ。と地面に倒れこむ。



「利き腕が使えないヤツが、数集まったところで、マトモに戦えるわけがねーだろ!」


 倒れた男にそう追撃の言葉を浴びせ、ジャックは次の目標へとその間合いをつめる。



「こ、この!」


 左腕でジャックを殴ろうとするが、頭を振ったジャックのそれをとらえることはできない。

 そのままカウンターをあわせられ、男は顎へその拳を叩きこまれた。


 ジャックはその男が倒れるのも見届けず、次の目標へ拳を振るう。



「くっ!」


 別の男が苦し紛れに蹴りを放ってきた。ジャックの腹を狙った、前蹴りである。


 さすが西部の荒くれ者。喧嘩慣れをしている。もっとも攻撃を外しにくい一撃だ。



 だが、ジャックはその蹴りを体をひねってかわし、持ち上げられた足を掴む。


 ただし、蹴りには一つ欠点がある。二本足より、さらにバランスが悪くなるという点だ。



「あーらよっと!」


 そしてそのまま掛け声とともに、足ごと体をひっぱり、持ち上げ、仰向けにひっくり返す。



 男は受身も取れないまま、背中の方から荒野に叩きつけられ、そのまま悶絶することとなった。



「てめぇ!」


 取り巻き最後のチンピラが、体を低くしてタックルを仕掛けてきた。確かにこれも有効だ。


 相手を引き倒してしまえば、一方的に攻撃することができる。



 ただし、両手が使えるなら。だ……



 結局この男も、使えぬ利き腕があだとなった。


 ジャックが小さく身をかがめ、迫る男の顔面にあわせた右フックを食らい、脳を揺さぶられ、そのまま地面へキスすることになった。



 最後に残ったのは、馬面の男。


 一方的に殴り倒された仲間達を見回し、ぎりぎりと歯ぎしりをする。



「ちくしょう! なんでだ! 大体、ああいうルールに厳しいのがいると、俺達の仕事がやりづらくなるのはわかるだろうが! この西部で律儀にルールを守っているのがお笑いグサなんだよ! 使えるトコだけ抜粋して、不利なところは無視するのが当たり前だろうが! 馬鹿正直に全部守ってるのはあの真面目娘だけだ! どっちの方がおかしいのか、まるわかりだろう! なのに、なんでお前は俺達の邪魔をする!」


 目の前に迫った脅威に、馬面の男はその考えを爆発させた。邪魔だから消す。それはまさに、無法者の思考に他ならない。



「ああ。言いたいことはわかるさ。ルールルールってやかましいさ。だがな、ああいう奴こそ社会に必要なんだよ。ルールを守らないクズなら目の前にいるじゃねえか。それがどんな害悪なのか、まさに身をもって証明しているだろ? ルールをきちんと守るってのは確かにおっくうだがよ。ちゃんと守れば社会は健全に回るんだよ。なのに、それを破って回る側の俺達が、その人に文句をつけるなんて、ちゃんちゃらおかしな話だ。そんな権利なんて、はなから持っていねえんだからな!」



 ジャックが、その右の拳を力強く握り締めた。


 まるで、なにかを掴むように。



「クズが多い西部だからこそ、ルールを守れないやつが多いからこそ、それを遵守できる奴の方が尊いのは当たり前だろう! 俺は暗殺が憎むほど大っ嫌いだが、それを抜きにしても、俺達はああいう奴こそ、手を出しちゃいけないもんだろうがよ! ルールを破る、愚か者である、アウトローだからこそな!」



 ジャックは、一気にまくし立てながら、最後の一人へ近づいてゆく。



「くそがあぁぁぁ!」


 男は雄たけびをあげ、利き腕ではない左腕を振り上げる。

 それは、大降りの左ストレート。訓練をつんでもいないただの喧嘩屋の利き腕ではない攻撃では、満足な威力も速度もなかった。


 狙った場所へも行かぬそれを、ジャックはやすやすとかわし、そのまま身をよろけさせた体へ拳を叩きこむ。

 顎へジャブからのワンツーが決まり、男は身をよろけさせたまま、ふらふらと二、三歩前に進み、そのままどぉっと荒野へ身を倒した。



 それは、一分にも満たない攻防だった。



 五人の男達は、それだけの時間で、あっというまに殴り倒されたのだ。


「ふん」


 握った拳を解き、手をぷらぷらとさせながら、男達を見下ろす。



「お前等みたいなヤツを相手にしたことないとでも思ったのか? バーカ」

 ジャックは自慢げに、そう気絶した男達へ、告げた。




「自慢にはならないと思います」




「……っ!」


 ジャックの背後から、声が響いた。



「銃を捨て、両手を頭の後ろで組んでください。今、あなたに銃を向けています」


 この声に、ジャックは聞き覚えがあった。そうだ。うっかり忘れていた。あの女保安官が、こちらへ向って来ていたんだった……


 ランタンの光が感じられなかったということは、きっと最初の銃声を聞いた時消したのだろう。そして、こちらへやってきた。

 ジャックの後ろから、撃鉄を起こす音が聞こえてきた。これで、引き金を引くだけで弾が出る。



 いくらジャックといえども、すでに銃を抜いて狙いをつけた相手に、背中を向けた状態からでは勝ち目がない。



 ジャックは舌打ちをして、腰に収めた二丁の銃を地面に落とし、両手をゆっくりと上げ、頭の後ろで組んだ。


「ちょっと待て。話を聞いてはくれないか?」


「なにがあったのかは詰め所の方で聞きます。そのまま動かないでください。私はあなたを表敬しています。ですから、撃たせないでください!」


 凛としたセシリーの声が返ってきた。どうやら、ここでは話を聞いてくれないようだ……



 その時。




 かちり。




 もう一つ、撃鉄を起こした音が、ジャックに聞こえた。


「っ!」


 聞こえたのは、女保安官のいるジャックの背後からではない。もっと、別の角度からだ!



 狙いは、自分か保安官かはわからない。ただ、確実なのは誰かが撃たれるということだ!



 ジャックは即座に判断し、背中に近づいてくる気配に向け、飛びかかった。



「なっ!」


 背中から自分に向け、飛びかかってくるとは思わなかったセシリーは不意をつかれ、ジャックの背中アタックをモロに食らってしまった。



 ジャックも、本気で彼女は撃つ気などはないと踏んでの行動だった。



 刹那。




 だぁん!




 一発の銃声が鳴り響いた。


 その弾丸は、セシリーの銃から発射されたものではない。別の場所から発射された弾が、セシリーのいた場所をかすめ、地面をえぐる。



「え?」

 驚いたのはセシリーだ。思いもしなかった場所から、自分に向けて弾が飛んできたのだから当然だろう。


 銃を取り落とし、受身も取れないまま、彼女は地面に転がった。



 ジャックは身をひるがえし、倒れたセシリーに覆いかぶさるように体を動かし、周囲を見回す。



「おおっと、そこまでだぜぃ」


 暗がりから姿を現したのは、もう一人の保安官。



 ネイサン・ノーズだった。



 ネズミのような顔をにたにたさせながら、ジャックとセシリーの方へと銃をむけている。


「ちっ、あんたか」



「そう。あたしだよ。まったく。お前がしっかりとバルガスの言いつけを守って仕事をこなしていれば、あたしが直接出てこなくてすんだってのに。まあいいさ。お前もここで、逃亡の果てに保安官に撃ち殺された。と処理しておくよ。元々、そのつもりで脱走させたんだからね」


 はぁ。と、大げさにため息をついた。



「なっ、なにを言うんですか、先輩!」


 セシリーがやっと正気に返り、ネイサンへ言葉を返す。



「おっと動くんじゃないよ。怪しい動きをすりゃぁ、即座に撃ち殺すからねぇ」


 銃をジャックへ向けたまま、ネイサンは落ちているライフルを拾う。



 先ほどと同じく、すでに抜かれ、銃をしっかりと向けられた状態では、ジャックに勝ち目はない。なおかつ自分は地面に手をつき、肝心の銃もホルスターにはないときたもんだ。銃を相手にするには、分が悪すぎる。


 ネイサンはライフルを左手で抱え、さらにセシリーの方へと狙いを定めた。ジャックとセシリー。どちらもすぐに撃ち殺せるような状態だ。



 これでは、二人ともうかつに動けない。



 ネイサンは動けぬ二人を見て、にやりと、ネズミのように釣りあがった目をさらに吊り上げ、笑った。


「チチチチチ。いいねぇ。この圧倒的優位。圧倒的優越感。あたしの勝ちが絶対に揺るがないこの状況。夢だったんだよねぇ。冥土の土産、持たせてあげるの」

 にたにたと、ネズミ面をさらに歪め、いやらしく笑う。


 完全に勝ち誇った顔だ。だが、そこに必ず隙がある。二人はそう思い、大人しくネイサンの言葉に従った。



 手元に銃はなくとも、近くには落ちている。それさえうまく手にすれば、逆転も可能のはずだからだ。



「あたしらが欲しかったのはね、お前の命と、ここから南にあるエルフの土地の権利書なんだよ」


 にたにたと言いながら、セシリーに狙いを定めるライフルを、小さく動かした。



「このライフルは、その権利書を持つあの宿のオヤジが持っているものと同じなのさ。それで、今からお前を殺す。そうすりゃ明日には、あのオヤジは殺人犯となって、あたしが捕まえる。ライフル以外の動機や証拠は、いくらでもでっちあげてあげるよ。なんたってあたしは、この街唯一の保安官だからね! これは、そういう計画なのさ」


「な、なんてことを……」


 あまりに自分勝手な計画に、セシリーも言葉を失う。


 絶句する彼女を見て、ネイサンはさらに楽しそうに言葉を続けた。



「あたしはね、ずっとずっと、お前が嫌いだったんだよ。ここにきてからルールルール。お前のルール馬鹿にはうんざり! 少しくらい破ったからって、誰も困らないだろうが! そういう真面目なところが大嫌いだったよ!」


 ネイサンは、冥土の土産も終わりだと言いたげに、にやりと笑い、ライフルを倒れたセシリーに向けた。


 ジャックは思わず、その射線へと、体を動かす。セシリーの体に完全に覆いかぶさって、盾となったのだ。



「ちっ。なに気取っているんだこの小僧は!」



 怒りに顔を歪ませたネイサンは、そのまま自分の銃の引き金を引こうと──




「はい、そこまでー」




 ──した瞬間。その顔面に、真横からのハイキックが決まった。



「っ!?」



 ドゴォッ!!!



 突然真横に現れた闖入者に反応することもできなかったネイサンは、避ける反応さえできぬまま、顔面を衝撃によって歪ませ、ものすごい勢いで回転し、宙を舞った。


 美しい弧を夜の空に描き、そのままの勢いで顔面から荒野へと落下する。



 ぐしゃぁ!



 という無残な音を立て、地面に転がったネイサンはぴくぴくと体を痙攣させた。


「なっ……」

「え……」


 ジャックとセシリーは、突然の逆転劇に目を見張る。


 くるりと旋風を巻き起こすかのような、鋭いハイキックを放ったガンマンが二人の方へ向き直る。

 絶体絶命の二人を救ったのは、ガンマンスタイルのアズマであった。



「どーもー。七人目の男でーす」

 カウボーイハットを人差し指であげ、顔を見せ、にっかりとウインクを放った。



「い、いつからいたんだ、お前……」


 ジャックが、信じられないようなものを見る目で、アズマを見ている。



「嫌だなー。最初からいたじゃないかね。気づかなかったのかね?」


 荒野には、最初から七人の男がいた。ジャックと、馬面の男と、その取り巻き四人。と、もう一人。そう。最初からずっと無言でサボって立っていたのは、アズマだったのである!



 おかげで、とても貴重な生の証言が得られました。



「気づかなかったよ!」


 ちくしょう! と悔しさのあまり叫ぶジャックなのであった。


 ジャックは思い出す。ドゥーン一家の門を最初にくぐった時、今と同じように、いるのにいないよう気配を消して、あっさりくぐったあの時のことを。


 同じことを、ここでもやられたのだ。路地裏でジャックの背後をとったときと同じように、念入りに。



「あ、あの、そろそろどいてもらっても、いいですか?」

「って、ああ、すまねえ!」


 覆いかぶさるようにしていたセシリーから、蚊の鳴くようか細い声が響き、ジャックは大急ぎで飛びのいた。


「やーだー。こんなときなのに。やーだー」


「変な顔するんじゃネエ! このクソガキが!」


 手を口元に当て、ぷぷぷと目をにやけさせる少年に向かい、石を投げつけるしかできないジャックであった。

 アズマは笑いながらひょいひょいと石をかわし、さらにはテキパキと倒れた男達を縛り上げてゆく。



 一方。立ち上がったセシリーは……


「がっ……ぐっ……ぐ……」

 ネイサンが、地面に転がったまま、のたのたと体を動かす。


 意識の方は、まだ存在していた。



 アズマの力ならば、一瞬で意識を刈り取ることも可能だっただろう。だが、彼はあえてそれをしなかったのだ。



「ぐっ……うぐぐ……」


 体中がきしみ、動くことさえ満足にできない。それでも地面に這いつくばり、ネイサンは逃げようともがく。



 だが、鼻先に、誰かの靴が見えた。


 顔を上げると、目の前にはもう一人の保安官が立っていた。



 セシリーが、ネイサンを、悲しげに見下ろしていた。



「……確かに、私もルールを守るのは、億劫だと思うことはあります。ルールにうるさいという自覚もあります。市民の皆さんも、ルールはうっとおしくてしかたがないことでしょう。少しぐらい破りたくなる気持ちもわかります」


 彼女はベルトから、手錠を取り外した。


「ですが、ルールは市民の皆さんが安全に暮らすために必要なことなんです。西部の治安が悪いからといって、それを守らないでいるなんて、いつまでたっても改善しないじゃないですか! だから私は、人に憎まれてでも、ルールの大切さを問い続けるんです!」


 実はこの気持ちも、少し揺らぎはじめていたのも事実だ。彼女だって人間だ。自分の信じた正義を疑ってしまうこともある。

 だが、ある人が言ってくれた。ルールを守るというのは、正しいことだと。



 アウトローなのに、ルールの大切さをわかってくれる人がいてくれた。それは、彼女にとって、大きな希望だった。



 だから彼女は、もう迷わない。


 とはいえ、彼女は法が全て正しいとは思わない。法のために市民がいるのではなく、市民のために法があるべきだと考える。


 ゆえに、変えるべき法は、変えるべきだと考える。



 それはさておき。



「だからこそ、同じ保安官であるあなたには、わかって欲しかった。融通の利かない私を、導いて欲しかった……」


「な、なら、よ……」

 震える手で、ネイサンは手を伸ばす。一縷の望みに、かけるように……


「……でも、それとあなたのしようとしていることは、別の問題です。ネイサン・ノーズ! 保安官殺害未遂の共謀共同謀殺の容疑で、逮捕します!」



 がちゃり。



 ネイサンの両手に、重い手錠がかけられた。


 一縷の望みなど、最初から、なかったのだ。



 ネイサンは、そのまま眼球をぐるりと動かし、気を失った……



 セシリーがネイサンを逮捕している間に、アズマとジャックは残りのチンピラ達を縄で縛り上げていた。


「あのさー、お兄さん」

「んー?」


 最後の男を縛っている時、アズマがおもむろに口を開いた。



 ジャックの見る先を同じように見て。


「あ、そこ血が出てる」



 ひゅん!



 アズマの言葉が聞こえたかと思った瞬間。そんな擬音が聞こえるかと思うほどの速度で、ジャックはそこから視線をそらしていた。


 ジャックは無意識的に過剰反応してしまったことで、動きを止め、汗をだらだらと流している。



「血を見たら、気絶。だよね?」



 先の反応をもって確信したアズマが、意地の悪い笑みを浮かべ、わざわざ疑問系で問う。


 その頭からは、先端に黒くて三角の角が生えた悪魔の角が生えているかのようにも見えた。



「そ、そんなこと、ねーよ」


 だらだらと冷や汗と脂汗を同時に流し、ドモリながら否定するその姿は、明らかにイエスと肯定する態度であった。

 万一これが演技だとするならば、彼は是非、役者の道へと進むべきである。きっと三千世界全てに名をとどろかせる名優になること間違いない。


「ないですかー。じゃあ、ネズミの保安官も運んできますかー。思いっきり蹴ったから、鼻血と擦り傷で血も出てるけど、ちゃーんと縛るの手伝ってくださいよー」


「やめてくださいすみませんでした」


 ひっひっひと悪魔のように笑うアズマに観念し、ぺこりと丁寧に頭を下げたジャックであった。



 本気で確認されて、また気絶させられてしまっては元も子もない。


 これから、ジャックにはやることがあるのだから。


「了解~」



「……笑うか?」


 頭を下げたまま、ジャックは問う。



「……? 何故に笑うの?」


 アズマはその問いに、真面目に答えを返した。頭を下げたジャックにその表情は見えなかったが、その声に笑いはなく、至極真面目な声だった。



 ジャックがアズマを見ていれば、その真摯な瞳が彼を見つめていたのがわかっただろう。それはむしろ、ジャックを称えているかのような視線だった。



「……なんでもねえ」


 その声と態度を聞いて、苦虫をすり潰したような顔をして、ジャックはアズマから表情が見えないように、体ごと別の方向へ向きを変えた。


 それは、複雑な感情からによる行動だが、どちらかと言えば、照れた感情の方が強かった。



「……困りましたね」


 ネイサンに手錠をかけたのはいいが、気絶してしまったので、どうやって運ぼうかと思案したセシリーが、同じく大の男五人を縛り上げて思案する二人のもとへとやってきた。



「ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと待ってねー」



 アズマはセシリーの持っていたランタンを借り、再び火を灯す。


 チンピラ達の隠れていた岩の上にぴょんと駆け上がると、そのランタンを街の方にむけくるくると回した。



 すると、街の方から数台の荷車を引いた男達が数人、この荒野へと走ってくるのが見えた。

 一台の荷台には、背中に刀を背負ったリゥが乗っている。


「こいつでこの人達を詰め所とかに運べはいいと思うよ!」


 やってくる荷車達を指差し、アズマはセシリーに言った。



「助かります!」


 感謝したセシリーは、ぺこりと頭を下げた。



「いやはや。おっちゃんも、あいつらを一網打尽にできるというから、こうしてスタンばってたよ! セシリーちゃん。これ、詰め所の方に運べばいいのかい?」

「はい」


 昼間、引きずられて怪我をした男を運んでくれたおっちゃんが声を上げた。

 男達を荷車に乗せ、テキパキと固定してゆく。



「これで、あとは早馬を出して応援を呼べば、明日の朝にもあの一家を一網打尽にできるでしょう!」



 嬉しそうな声を、セシリーは上げた。


 ネイサンの冥土の土産で、バルガスがこの暗殺を命じたことがはっきりとしている。被害者&証人は保安官自身なのだから、その信憑性を疑うまでもない。



 あとは、応援が集まるのを待って、一家丸ごと逮捕するだけである。


 さすがのセシリーも一人で突っ走るようなことはしないようだ。

 つまり、アズマとリゥのもくろみも、これでひとまず終了ということになる。



「……あんなもんいつの間に用意しておいたんだよ」


 やってきて、テキパキとチンピラ&ネイサンを荷車に積みこむ男達を見ながら、ジャックは呆れたようにつぶやいた。


「そりゃあ、数人捕まえることになるのは予想の範囲内だからね」

「ワシが夕方調達してきたのじゃ」


 えっへんと少年少女の二人が胸を張った。


「……」


 それってつまり、バルガスの奴から暗殺やるって知らされてなかったの俺だけか? なんて思ったが、アズマの場合は屋敷で得てきた情報からの推測だったりする。まあ、ジャックにそんなことはわからないが。



「セシリーちゃん、いつでもいけるぜ!」

 荷車にチンピラ達を積み終わり、男が声をかけた。


「はい! では私は彼等を連れて行きます。今は急いでいますので、あなた達は保留しておきますが、あとで必ず詰め所の方に来てください!」


 荷車と一緒に走り出そうとしたセシリーが、大急ぎでジャックとアズマに向け、早口でまくし立てる。


 荷車に積みこまれた暗殺者とネイサンから目を離すわけにはいかないゆえ、自分の命を守ってくれた二人は、ひとまずフリーにせざるを得なかった。

 それ以外にも強制捜査のための申請や早馬の手続きなど、明日の朝に間に合わせるためには、急がなければならない案件がたくさんある。


 自身の暗殺の失敗が相手に知れれば、相手もなにをするかわからない。これは、時間の勝負とも言えた。


 そのため、二人にはかまっていられないわけだ。



「絶対ですよ。絶対!」


「へいへい」

「はーい」


 そうセシリーは釘を刺し、この場を去っていった。


 荷車が土煙を上げ、凄い勢いで走ってゆく。



 その姿が、街に消え、見えなくなったところで……



「「行かないけどね」」



 ……二人同時につぶやき、顔を見合わせ、思わず笑った。


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