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第03話 ジャック・サンダーボルト 前編


──プロローグ──




「誰か、誰か!」



 少女が、助けを求め、泣き叫んでいる。

 倒れた一人の少年を抱きかかえ、必死に、ただひたすらに、助けを求めている。


 少女の手は、真っ赤に染まり、倒れた少年からは血だまりが広がっていた……



 血だまりに沈んでいるのは……



(ああ、俺じゃないか……)



 ぼんやりと、それを遠くから眺めていた男が、気づいた。


 どくどくと、腹から黒い液体を流し、倒れているのは、自分だ。

 そう気づけば、不思議な点が目に付いた。赤いと思っていたその血だまりに色はなく、真っ黒で、自分達以外の背景は、白黒のまま、色がついていない。


 どんな場所で倒れているのかよくわからなかったが、少年の周囲に血がたまっているのだけはわかった。



(そうか。これは、夢か……)



 男は、なんとなくそれを察した。


 少年の体を抱き、すがるようにして泣く少女。

 美しい顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙を流している。それほど、目の前で倒れる少年が大切なのだろう。



(泣くなよ。どうせ、死なないんだから……)



 その少女の泣き顔を見るのが辛く、男はそんなことを思ってしまう。


 この後の結果はわかっている。実際の怪我は大したことはなく、血がよく流れたように見えたのは、場がきらりと光るほど磨かれた床の上だったからだ。

 水をはじくほどに磨かれたそこは、少量の血でも広範囲に広がり、まるで血の池ができたように見えてしまっただけなのだ……


 だが、その時の少年と少女には、それはわからなかった。


 少年は、その流れた大量の血で、自分は死んでしまうんだと思い、血を見て意識を失ってしまったし、少女はそんな、青白くなった少年の顔を見て、パニックを引き起こした。



「誰か! 誰かー!」



 夢の中で少女の声が響いたかと思えば。少年……いや、今はもう十八歳となったジャックは、硬いベッドの上で目を覚ました。



「……ちっ、なんで今頃……」


 べっとりとかいた汗を不快に思いながら、頭を振る。



 十年もたつのに、未だに見る夢。



 くだらない一件を思い出したものだ。あの一件で、ガンマンとしては致命的なトラウマは生まれるし、幼なじみはおかしくなるし……


「いや、そんなことはどうでもいい」


 そう。夢はどうでもいいことだった。あれは、もう過ぎたことだ。そんなことより、重大なことがある。



「ここから、どうすりゃいいんだ……?」



 男は、ベッドから体を起こし、辺りを見回した。


 目の前にあるのは、鉄の格子。背後の壁には、小さな窓があり、そこにも格子がついている。

 ここは、簡単に言ってしまえば、留置所だった。



 稀代のアウトローを目指し、西部へ舞い降りたガンマン。


 ジャック・サンダーボルトは今、保安官詰め所の留置所に、厄介になっているご身分だった。



「どうして、こうなったんだ……」

 男は、思わず、頭を抱えた。




──宿屋──




 西部の荒野を、二人連れの男女が歩いている。

 どちらも外套のフードをすっぽりとかぶっていたが、街が近づいてきたことにより、それを外し、顔をあらわにした。


 一人は、黒髪を頭の後ろでまとめ、小さな尻尾を作った十五、六歳くらいの異邦人。アズマである。

 外套の下は、西部の服装とは違う、異邦の装束に身を纏っている。

 腰には西武における力象徴。銃を差し、さらには、刀と呼ばれるサムライの象徴も携えていた。


 もう一人は、その同行者のリゥ。外見は十二ほどの少女だが、その実は、百二十年近くを生きる、耳長族。エルフの少女なのだった。

 彼女もまた、外套の下は西部の衣装にエルフが織り上げた絹の上着を着込み、長い金色の髪とあわせて、どこか上品ささえ漂わせている。

 特に、真ん中で分けられた長い髪を左右に流し、あらわになったオデコがチャーミングだ。



 前回お世話になったエルフの里。そこからしばらく北に来たところに、この街はあった。

 規模から見て、二百人ほどの住人がいそうなそこそこの大きさの街である。



「やっと見えたか。確か、その『トモダチ』とやらは、街に入ってすぐの宿屋だったな?」

 街の存在を確認し、リゥはほっと一息ついたように安堵の声を上げた。


「うん。そう。街までもうちょっと距離あるけど。昼までにはつけるかな?」


 リゥの隣に並んだアズマも、手で目の上にひさしを作り、街を見る。南から来たので、太陽の光が視界を邪魔しているわけではないが、なんとなくだろう。


「というか、一つ疑問じゃったのだが」

「なにかね?」

「お前のサムライアーマーで移動することはできんのか?」


 例えば、前回手に入れた飛行ユニット『朱雀』でひとっとびとか。


「あんまりそういうのはできないかな~」

「まあ、確かに目立つしな」


 あの巨人の姿のまま移動していれば目立つし、すぐ話題にもなる。人目を避けるようにして活動しているアズマにとっては、なにか都合が悪いのだろう。


「だが、西に向うのなら、一気に飛んでゆけば問題はないのではないか?」

「すざくんはまだ修復中で、あんまり長く飛ばすの悪いからね」

「そうなのか」

「そうなのだ」


 なんと、『ヤオヨロズリアクター』を用いれば、機体の傷などは、自動的に修復されてゆくのだという。

 前回回収した飛行兵装の『朱雀』も、今完全修復の真っ最中なのだととか。


「だいたい、そんなことを言うのなら、お前も火の大精霊召喚してびゅーんと飛ぼうぜ。と言っちゃうぞ?」

「……うるさい」


 火の大精霊と契約したのはいいが、リゥはその力をまだ一割も使いこなせていない状態だった。


 なので、そんなことを言われたらできないと答えるしかなく、ぶすーっと頬を膨らませてしまうのも仕方がないことだろう。


「それにこうして行く先々の街によるのも、意味はなくもないからね」

「そうか」


 彼の言動から、街から街へと歩くこの旅にも、なにか意味があることが察せられた。



 ひとっとびで西へと向わぬ、なんらかの理由が……



 確かに、こうして旅を続けていると、様々な問題を抱えた街の問題を解決することができる。

 倒すべき敵の眷属や、前回のような自身の失われた装備を回収するなどの目的もあるのだろう。


 彼には彼なりの理由があるのだろうから、リゥはそれに関しては質問しないでおこうと考えた。



(いつか、話してもらえると嬉しいが……)



 そうしてアズマを見ていると、視線に気づいたのか、彼はにこりと微笑み、リゥの頭を少し乱暴に撫でた。ぐりぐり。と表現するのが的確な撫で方だ。


「ちょっ、いきなりなにをする!」

「あっはっは。ま、機会があったらなー」


 けらけらと、いつも通りしまりのない笑いを上げながら、アズマはリゥを放って歩き出した。

 自分の心を読まれたリゥは、ぶすーっと頬を膨らまし、アズマを追いかける。



 徐々に、街の入り口が近づいてきた。

 そこは、メラインシティ。エルフの友人の住む、人口二百人ほどの、街道と駅を繋ぐ、一つの中継地点。



 二人はストリートの入り口に立てられた門をくぐり、入ってすぐにあった宿へと足を踏み入れた。


 時間は昼時の時間より早いようで、サルーン(酒場)兼宿屋に、客は一人もいなかった。



「ドアが開くということは、やっているとは思うが……」

「なら、一番乗りだねー」


 スイングドアを開き、中を見回した二人がそんな声をあげる。なにかを探るようなのがリゥで、能天気なのがアズマだ。


 店の中は、どこにでもある酒場のつくりだった。


 丸いテーブルがいくつも置かれ、木の椅子がそれを囲むよう配置されている。壁には賞金首や『お知らせ』なんかが貼ってあるコルクボードに、天井から釣り下がる見栄えを重視したシャンデリア。入り口の奥にバーカウンターがあり、その背後には酒が並び、さらに奥には厨房が存在しているだろう。


 酒に酔いが回れば、その上には宿屋となる部屋もある。



 ただ、一つだけ奇異な点があった。



 それは、カウンターのうしろ。バーテンが立つあたりの棚に、これ見よがしと飾られたライフルが置いてあった。

 まるで、なにかを威嚇するかのように。


 そんな酒場を、二人がきょろきょろと見回していると、厨房からバーテンスタイルのおじさんが一人姿を現した。


 オールバックにした白髪にひげを蓄え、中肉中背。迫力などもあまり持ち合わせていない、どこか優しい感じさえうける、バーテンとしては珍しいタイプの人だった。

 普段こういった酒場には強面のアウトロー達が集まるため、それらを軽く受け流せる屈強なイメージをわかせる者がついているのが多いのだが、姿を現したおじさんは、それとは正反対のイメージを持ち合わせていた。


「あ、いらっしゃい。もうやってるよ」


 アズマ達を見かけ、声をかけてきたその雰囲気もまた、どこか穏やかだった。



(ああ、だから、背後にライフルを飾ってあるのか。舐められないように)



 同じように、西部の街で暮らしていたリゥが、その苦労に気づいた。

 力こそ正義であるこの西部で生きるためには、こうして力を見せなければたとえ街でも生きてゆけない場合がある。


「おおー。それじゃ、食事も大丈夫ですかー?」

「もちろんだよ。ウチのおススメは、ビーフシチューさ。一つどうだい?」

「そいつは凄い! 是非いただきます!」


 バーテン。いや、正確には店のマスターの言葉に、アズマは即座に飛びついて、カウンターまでまっしぐらにかけていった。

 疾風のような速度でカウンターの椅子に座り、ご飯を待つ体勢に入っている。


「そんなに急がんでもシチューは逃げんじゃろうに……」

 やれやれと、呆れつつ、リゥもカウンターへと歩いた。



「おや。もしかして、そっちのお嬢ちゃんはエルフかい?」

 カウンターの裏にシチュー用の皿を用意しつつ、もう一人来た小さなお客さんへ目を向けた店主が、小さく驚いたような顔をあげた。


「ああ。そうじゃ。ミィズの里のサムソンに聞いてな」


 リゥはスプーンとフォークを片手にシチューを楽しみに待っているアズマの背中をどすどす叩く。先日サムソンにもらった『トモダチ』の証である金細工を出せという合図だったが、アズマはまったく反応しない。目の前にあるシチューの皿に目が釘付けになっている。中身がないというのに、なんという集中力だ。


 反応がないので、リゥは仕方なくアズマの腰のベルトにつるされた革のベルトポーチから、預かった金細工を取り出した。



「おお。それは友好の証。こっちの少年も、『トモダチ』かね。ならば私も歓迎しなければいけないね。ささ、お嬢ちゃんも座っておくれ。このビーフシチューは私からのおごりだよ」


 リゥが取り出した金細工を見て、店のマスターはアズマに視線を移し、朗らかな笑顔を浮かべた。



 にこにこと、現れたアズマとリゥが数年来久しぶりにあったかのような友人を見るようなまなざしで、シチューを二人の前に置く。



「わーい。お肉の入ったシチューだー。あ、そうそう。サムソンさん元気ですって伝言預かってました」

「うんうん。あの筋肉がそうそう簡単にくたばるとは思っていないからねぇ」


 アズマの伝言を聞き、ひさしぶりに聞いた友人の無事を、嬉しそうな笑顔とともに喜ぶ。



 マスターの笑顔を見て、伝言を伝えたかいがあったと、リゥ達の顔も綻んだ。



 そして、目の前に置かれたシチューを口に運ぶ。


「……うぅま!」

 一口食べた瞬間。アズマの口から大絶賛が飛び出した。目をキラキラと輝かせ、うまうまとそれを口に運ぶ。


「おお。確かに、これは美味い」

 隣でシチューを口にしたリゥも、スプーンから口を離した瞬間、感嘆の声を上げる。



 しっかりと煮こまれ、とろっとろに軟らかくなった牛肉。

 その牛肉の程よいやわらかさと、それに絡む野菜とルーの絶妙な味わい。それらがあわさりあい、今までにはないコクとまろやかさが口の中に広がる。


 口の中に入れた瞬間、溶けるようになくなる牛肉と舌を刺激するルーのハーモニーは、まさに絶妙だった!



「うま、うま……!」

 アズマもリゥも、それをおいしそうにほおばる。無駄口がないというのは、逆にそのおいしさを最大限に味わっているということで、マスターにしても最大限の賛辞であった。



 そのような、至福の時間は……



「ようよう。邪魔するぜぇ!」

「おうおう。邪魔するぜぇ!」

「邪魔するぜぇ!」



 ……三人の来訪者により、打ち破られる。



 どたどたと、両開きのスイング扉を勢いよくあけ、三人のチンピラが酒場へと踏みこんできたのだ。


 三人とも、カウボーイ崩れのアウトローという格好だ。帽子をかぶり、革のベストを着て、ジーンズの上にチャップスを装着している。


 いかにも牛を追い回していそうな姿だが、その姿は薄汚く、牛などより、別のものを追い回していそうな姿だった。

 明らかに、その雰囲気は、カタギの者ではない。


「……」

 その三人を見たマスターも、思わず顔を堅くし、背後にあるライフルへ手を伸ばした。いつでもそれを手に取れるように。



「ようよう。この店は客にいきなりライフルを突きつけようとする店なのかよ。俺達は客なんだぜ」

「おうおう。俺達はただ、この店の売り上げに貢献しに来ただけだってのにな」

「ビーフシチュー三つ!」



 背を曲げ、ズボンに手を突っ込んだまま、三人は口々にマスターを睨みつけ、言葉を告げる。

 言いたいことを告げた三人は、近くのテーブルへとどっかりと座りこみ。



「ようよう、早くしろよ!」

「おうおう。客の注文が聞けなかったのか!」

「一緒に水もだ!」



 口々に、文句をつけた。



「は、はい。もうしわけありません。今すぐ……」

 店のマスターはすぐ表情を変え、ぺこぺこと愛想笑いをし、注文のビーフシチューと水を三つよそいはじめた。


 いくら口の悪いチンピラといえども、客は客だ。最低限の礼はつくさねばならない。



「……ちっ、どこにでもいるのだな、ああいうのは」

 せっかくのビーフシチューが不味くなるといわんばかりに、リゥは顔をしかめ、こみあげる怒りをあらわにした。


「一つ気づいたんだけど……」

「なんじゃ?」


 深刻そうな顔をしたアズマが、スプーンを握り締め、つぶやいた。



 何事か? と、リゥもそちらへ視線を向ける。



「このシチュー、パンと一緒に食べると絶対美味しいと思う。リゥの作ったパンとか、絶対あうぜこれ!」

「そういう会話している時じゃないだろうが!」


 リゥの肘がアズマのわき腹に突き刺さった。アズマはそのわき腹を押さえ、カウンターに突っ伏す。



「どうしたんだい?」


 チンピラ達に注文を届けたマスターが、カウンターに突っ伏しているアズマを見て首をかしげた。



「気にするな。ただのアホウじゃ」

「そうかい。君達は仲が良いのだねぇ」


「よ、よくない!」


 にこにこと、リゥとアズマを見て、目尻を下げる店のマスターであった。



 口の悪いチンピラを相手にした心が、少しだけ癒されたようだ。



「大体じゃな、こいつは……」

 自分とアズマは、ただの保護者と心配をかけるアホウであることを、リゥは顔を真っ赤にしながらマスターに説明をはじめた。


「はっはっは。そうかいそうかい」


 怒涛の説明に、微笑ましく笑いながら、頷くしかない店主であった。




「よう、今のうちだ」

 そんなリゥとマスターの会話を見て、チンピラの一人が隣の男に声をかけた。


 声をかけられた男は、懐からネズミの死骸を取り出した。


 そいつらは、このビーフシチューにそれをいれ、いちゃもんをつけようとしているのだ。

 マスターが他の客に気を取られている今が、実行する絶好のチャンスである。


「へっへっへ」


 にたにたと笑いながら、男は自分の前に置かれたシチュー皿へそのネズミの死骸を運んでゆく。


 ちなみに、三人目の男は、一人ビーフシチューを食べている。


「えへっへっへ」


 さらににたにたと笑い、テーブルに肘を着いてアゴを乗せ、それを見物するアズマの姿もあった。


「へっへっへ……へ?」


 いつの間にかテーブル席に座るアズマの姿に気づいた男の手が思わずとまる。



 目を点にして、じっとアズマに視線が釘付けになってしまった。



「どうし……っぅ!?」


 宿のマスターの動きを警戒していた男も、異変に気づいたのか、テーブルへ注意を向けなおし、横にアズマが座っていることに気づいて面くらい、声もなく仰天していた。


 最後の一人は、ビーフシチューをおいしくいただいて、アズマの接近など気づいていない。



「へっへっへっへっへ」



 アズマは相変わらずにたにた笑いながら、男の目の前にあったシチューの皿を手に取り、そのまま口に放りこみはじめる。


「へーっへっへっへっへっへっへ」


 うまうまと、呆然と固まる二人を前に、男のシチューを完食し、さらに見張りの男のシチューにも手をつける。

 その時、先に食べ終わった三人目の男が羨ましそうに見ていたので、それを二人で半分に分けた。うまうま。



「ごちそうさま!」

「けふっ」


 アズマと男は同時に食べ終わり、アズマは上機嫌で席を立った。


 同席の男も、満足そうにお腹を押さえている。



「って、ちょっと待てー!」


 それを見たチンピラ二人は、席を蹴倒して立ち上がる。



 突然の奇声に、リゥの説明を聞いていた宿のマスターも、何事かとチンピラとアズマを見る。

 ちなみにリゥは、アズマをちらりと見て、ため息をついて食事に戻った。



「ん? どーしました?」



「おうおう! どうしたもこうしたもねえよ! なに勝手に人のシチュー食ってやがるんだ!」

「ようよう! その通りだぜ! なんてことしてくれやがるんだ!」

「けふっ」


 チンピラ三人が、口々にアズマへ文句をつける。



 振り返ったアズマは、大して気にも留めていないかのような表情だ。なにせ……



「いやだって、そのままにしておいたらダメにしちゃうじゃないですか」



 ……相手はシチューにネズミを放りこんで、食べられなくしてしまおうとしていたのだから。



「当たり前だろうが。そのつもりで注文したんだからよ!」


 バンバンと、テーブルを叩き、アズマを威嚇する。だが、アズマはまったく動じず、けらけらと笑いながら答えを返した。



「同じダメにするなら、俺の胃袋に入ってダメになった方がシチューも浮かばれるじゃないですか! ごちそうさま!」

 むしろ、力説だった。拳を握り、背後にはなぜか荒波が見えた。



「はっ、確かに、そうだ……」

「じゃねーよ! 一瞬納得しかけちまったが、俺等の目的できねーじゃねーか! おう!」

「けふぅ」


 一瞬納得しかけた男だったが、もう一人の男が即座に叫んでその納得を打ち消した。そういう問題の話じゃないのだ。


 ちなみにやっぱり最後の一人は、満足そうに腹を押さえている。



「……はっ、なら、俺にいい考えがありますよ」

 アズマは二人の言葉に、ぴこーんと幻の電球を頭の上でつくり、それを指差した。


 とてとてと、一人の男に近づいて。



「おらおらー。客の命が惜しければ、言うことをきけやー」


 どこからか取り出したサングラスをかけ、アズマはチンピラの首筋にフォークをつきつけ、宿のマスターに因縁をつけはじめた。


「その通りだぜ店主よぉ。俺の命がおしけりゃって、おういいぃぃ!」



 首筋に突きつけられたフォークを跳ね除け、アズマの元を一歩飛び去るチンピラ。



「違うだろ! それは全然違う犯罪だろ! 俺等がしにきたのは、地上げなんだよ地上げ! 因縁つけての商売妨害なんだよ! これじゃ妨害どころか、俺が被害者だろうが!」


 ある意味語るに落ちたとはこのことなのだろう。明らかに、言ってはいけないことをチンピラは口走っている。

 本人、頭に血が上って気づいていないようだが。


「やん。ちょっとしたジョークですよー」


 両手を肘まで胸元でそろえ、片足を上げて可愛くウインクをする。どうやらアズマ、このポーズが可愛く許してもらえるポーズだと思っているらしい。


「全然かわいくねぇぞそのポーズ!」

「おうおう! なめとんのかボーズよ!」

「……なめる!」


 ふざけた態度をとるアズマに、男二人が詰め寄る。ちなみに残る一人は、皿を舐めはじめた。

 喧騒の中、のんびりとシチューを平らげたリゥが立ち上がり、カウンターからそちらを向いた。



「まったく。静かに食事もできないのか。おい、そこの」


「ああん? なんだよ!」

 リゥが指差したのは、アズマにフォークを突きつけられ、言ってはいけないことを口走ったチンピラ。



「語るに落ちるとは、お前のことだな。自分の犯罪計画をべらべらとしゃべりおって。このまま保安官に突き出されても文句はあるまいな?」



「……」

「……」


 チンピラ達は、自分達の顔を見合わせる。

 しばらく沈黙が続いた後、はっと、やっと気づいた。



「し、しまったー!」



 頭を抱え、ショックを受ける。


「ようよう! こ、この馬鹿! これじゃ台無しじゃねーか!」

「う、うるせえ!」


 チンピラの一人が、ポカをやらかした男の頭を叩いた。今まで気づかなかった自分も同罪だが、それすら気づいていなかった。


「ここで下手な犯罪で捕まったら元も子もねえ。覚えてやがれよー!」

「おうおう、忘れてくれちまったほうがいいがな!」

「げふー」


 三人は、よくあるセリフをはき、一斉に逃げ出した。



「あ、御代はお忘れなくー」


 入り口横には、いつの間にか移動したアズマが待機し、慌てた男達に投げつけられた御代をキャッチしていた。



「ふん。愚か者が」


 逃げ去る三人の姿から視線を外し、再びカウンターへ席につく。



「まさか、律儀に御代もらえるとは思わなかった。はい、御代」


 いやはやと、アズマが預かった御代を宿のマスターへと手渡す。



「ありがとうねぇ」

 相手がなにをする気だったのかわかり、温和そうなおじいさんは、それを阻止してくれた二人に深々と頭を下げた。



「いえいえ。むしろ、おかわりをください」

 にこにことした、いつものアズマが、懐からおかわりの御代をカウンターに置く。


「うむ。こんなに美味しいのだ。守って当然じゃろうて」

 リゥも同じく、おかわりを注文する。


「あ、御代はけっこうだよー。ちょっと待っていてね」


 再び厨房に入り、二人分のビーフシチューが用意され、カウンターに置かれた。



「しかし、保安官の脅しが通じるとは、意外じゃな」



 おかわりを口に運びながら、リゥはそういえば。と思い出したように口を開いた。


 保安官の存在を出しただけで引き下がったのは意外ではあった。



 西部の治安はあまりよくない。であるから、保安官を恐れるアウトローはあまり多くはない。

 彼等は威嚇するために置かれたライフルを恐れていたりはしなかった。


 つまり、彼等は撃ちあいなどは恐ろしく感じないアウトローであるが、保安官の介入は避けたいなんらかの理由があることが察せられる。



「ああ、それはね、理由があるのさ。このメラインシティにはね、正義感の強い保安官が一人いるのさ」



「ほう。あんなチンピラが恐れるということは、よほどの敏腕なんじゃな」


 シチューを口に運び、確かにこれはパンにあうかも。なんて思いつつ、街の保安官に感心する。


 西部の保安官は、大概の場合その街の治安を守ることに失敗しているのが常である。保安官一人に比べ、西部で暴れるならず者の数が、圧倒的に多いからだ。


 このように、保安官の名を出すだけで奴等が逃げ出すなど、非常に珍しい。



「……びんわん、かねぇ」


 マスターは、少し困ったような顔をして、首をひねった。


「正義感があって、いい子なんだよ。ただ、少しばっかり……いや、だいぶ、融通が利かないからね……」



 その時、再び宿の扉が、勢いよく開いた。

 ばーん! という豪快な音とともに、光の指す入り口に、人影が現れる。


 そこに立っていたのは、二十代前半の女性だった。


 金色の髪に意志の強そうなきりりと大きな青い目。さらに、短く切りそろえられた髪は、彼女の真面目さを現し、綿のシャツとジーンズにガンベルトと、それは、保安官の基本装備とも言える格好をしていた。

 そして、彼女の胸に燦然と輝くのは、シェリフのバッチ。


 噂をすれば。というヤツである。


 彼女が、この街に二人いる保安官の片割れ。正義感に溢れた、女性保安官。

 セシリー・オブライト。二十三歳である!


 入り口を開いて仁王立ちになった彼女が、大きく息を吸いこむ。



「先ほどここで客を脅した事件があったと通報がありました!」


 よく通る、とても大きな声。そんな声が、びりびりと、店の中にこだました。



 おろおろとしながら、宿のマスターが答える。


「大丈夫だよ。問題はなかったよ」

 その言葉は、まるでなだめているかのようだった。



 が。



「いえ、今回は地上げではなく、お客にフォークを突きつけられたとのことです。実際にそんなことがあったのなら、例え彼等であろうと被害者です。ですから、きちんとルールを守り、加害者を確保しなければいけません!」


「……ああ、そういうことか」

 そうして宿のマスターにつめ寄る実物を見て、リゥは納得した。



 ルールにお堅い、厳格なタイプなのだ。確かにこれは、どんなアウトローも苦手とするタイプに違いない。


 ちょっとでも法に反すれば、牢屋にぶちこまれる。これでは、あのチンピラ達も、下手なことはできない。



「それはね、彼等が地上げを行おうとして、未然に防ぐための演技だったんだよ。だから、問題ないさ。ね? 今回は私もなんともなかったから」


「……そうですか。わかりました。ですが、念のため彼等には調書をとらせてもらいます。いいですか?」



 きりりとした眉毛がⅤの字につりあがり、リゥとアズマを視線が射抜く。



「どうするのじゃ?」

「どうするって、ここは素直に従っておいた方が楽でしょ」


 二人は顔を突き合わせ、彼女に従うことにした。

 下手に逆らって話をややこしくしても仕方がないし、話を聞く限り、これで逮捕。などということはなさそうだからだ。



 なにより、この街の状況も興味がある。



「わかりました。では、一度保安官詰め所の方までお願いします」

「はーい」


 アズマとリゥは、ひとまず立ち上がった。宿の部屋をとりたかったが、別に急いでいるわけではないので、戻ってきてからでいいだろう。



 二人をつれ、歩き出そうとしたセシリーは、足を止め、店のマスターへ振り返る。



「ところで、無茶な地上げなどはなかったんですね?」

「ああ、そっちは大丈夫だよ。いつもいつも、心配してくれてありがとうね」


「いえ、ならよかった。少しお客さんを借りていきますから」


 マスターの言葉に、眉を優しく下げながら、セシリーは答えを返した。その表情からは、厳しさだけではなく、深い優しさも見て取れる。



 三人は、マスターの見送りを背に、メラインシティの街へと歩き出した。




──取引──




(さて。少しだが、現状を整理してみよう)


 ベッドに転がったジャックは、その天井を見上げながら、なにがどうしてこうなったのかを、記憶の荒縄を紐解き、整理整頓しようとしていた。



(俺は今、留置所にいる)



 なぜなら、この街へやってきた直後、「ドロボー!」という女の叫び声と共に捕えられてしまったからだ。

 当然ジャックはやってない。だが、声を上げた女は、捕まった彼を犯人だと言ってくれた。なんとありがたいお言葉だ……


 こうしてジャックは、財布泥棒の現行犯として、この留置所にいる。


 銃もガンベルトも帽子も財布も、服以外なにもかもとりあげられて。



「財布をどこに隠しただって? あるわけねーだろ。盗んでもいねえんだから!」



 自分を捕まえた金色の髪を短く切りそろえた真面目女保安官の追及を思い出し、ベッドから勢いよく跳ね起きたジャックは、目についた留置所の壁を思いっきり蹴り上げた。

 がつっといい音がしたが、むしろ痛かったのは自分の足だ。拍車がついたブーツのつま先を押さえ、ぴょんぴょんと飛び跳ねるハメとなった。


「くっそ、マジでついてねえ……」


 このままでは、別荘(刑務所)行きである。せっかく西部に来たというのに、いきなり逆戻りかよ……

 ジャック、へこむ。



「おいおい。いくら留置所がそこそこ頑丈にできているからって、暴れないでくれよ」


 保安官詰め所の入り口から、そんな言葉が響いてきた。

 どこかお調子者さを感じさせる、男の声だ。同時に、どこか胡散臭い雰囲気も感じさせる声だった。



「ちっ、保安官かよ。俺は無実だって言ってんだろ」



 入り口に立っていたのは、胸に保安官バッジをつけた小男だった。

 身長百六十五センチほどの小柄な男で、お世辞にもいい男ではない。例えてしまうなら、ネズミに似ている。


 名前はネイサン・ノーズ。


 先ほどジャックを捕まえたのとは別の、この街に二人いる保安官のうちの一人だ。



「チチチチチ。無実って言ってもよ。現行犯逮捕なんだから、無実もクソもねえだろ」



 舌打ちするような笑いがどこか不快を誘う。

 にたにたと目を吊り上げ、笑いながら、ネイサンは格子の前に来て、ジャックを見上げた。


 ちなみに、ジャックの身長は百七十八センチである。



「だがよ、俺は寛容な男だ。ここから、出たくねぇかい? なに、保釈金てヤツを払ってくれりゃ、すぐに出してやるよ」


 再び「チチチ」と笑い、釣りあがった目が、どこかいやらしさをかもし出した。どうやらこの男、小遣いをせびろうとしているらしい。

 その保安官。ネイサンは、ジャックの財布などが収められた詰め所内にある保管庫を指差す。



(……マジで、ついてねぇ)

 悪徳シェリフのうす汚い笑いを見ながら、手で顔を押さえ、ジャックはもう一度そう思った。




 ……



 …………



 ………………




「くそ、マジで腹が立つ!」


 保釈金をたんまり支払い、ひらひらに軽くなった財布を手に、ジャックは毒づいた。

 だからといって、あのままあそこに入れられたままだったら確実にムショ送りだ。それだけは避けたかった。


 ゆえに、あの悪徳保安官に、保釈金という名目の小遣いをやって、そこから出してもらうという選択肢以外はジャックに存在していなかった。



「ちっ。早々にこの街から立ち去りたいのも事実だが、肝心の金がねぇ……」



 賄賂を支払ったことにより、駅馬車や列車に乗る金がない。歩いて街から出るという選択肢もなくはないが、そのためには水や馬や食料が必要になり、その食料を買う金が……という根本的な問題に行き当たる。


 見つかるのがさっき出してくれたおっさんの方ならいい。だが、この街にいるもう一人の保安官。そっちに見つかったら、本当にヤバかった。

 タダでさえ違法の保釈であるってのにもかかわらず、あの女は融通の欠片も持ち合わせていない。


 この脱走が見つかってもう一回捕まったら、確実にムショ行きは免れないだろう。


 それだけは、どうしても避けたかった。



「ちくしょう、結局あのケチな保安官の話に乗らなきゃならねえわけか……」


 トホホ。と、ジャックは胸元のポケットに入った名刺を見る。大丈夫。落としたりはしていない。




 留置所を出た直後の会話を思い出す。



「おう。これからしばらくの寝床だが、この街から出て東に行ったところにある屋敷へ行くといい」


 ネイサンは受け取った金を、ほくほくしながら財布へしまい、かわりに懐から一枚の名刺を取り出した。



「俺の紹介だってこの名刺をわたしゃ、色々便宜を図ってくれるから行ってみるといい。金がないなら、仕事だって斡旋してくれるだろうぜ」


 チチチチチ。と、また笑い、楽しそうに言葉を続けた。


「ま、その前にまたとっつかまったらおじさんしらねーがな」

「やかましい。そんなドジ二度も踏んでたまるかよ」


 ジャックは吐き捨てるようにしてその名刺を引ったくり、詰め所をあとにしようとする。


「忘れ物はねぇな? ああ、街はずれの屋敷はドゥーン一家の物だ。下手に喧嘩は売るんじゃねぇぞ。俺の顔に泥を塗られちゃぁ困る」


 その背に、ネイサンの忠告が舞い降りた。


 当然、ジャックだってそんなことはわかっている。


 金庫から取り返した二丁の拳銃がささったガンベルトと赤いマフラーを腰と首に巻き、オープンフィンガーグローブをつけなおした。

 最後にカウボーイハットと呼ばれる高いクラウンと幅広いつばをもつ帽子を目深にかぶり、ジャックは堂々と詰め所を出てゆくのだった。




「……ドゥーン一家、ねぇ」


 記憶の棚からこぼれ出た、目的地となる屋敷の持ち主の名をつぶやく。


 なんとも怪しい話だが、すがれる藁はそれしかない。

 やれやれと、目深にかぶった帽子をそのままに、赤いマフラーで口元を隠し、しかたねぇ。と、ジャックはそちらへ足を向けた。



 ジャックがその方向へ足を向けるのをネイサンは詰め所の窓から確認し、また、チチチチチと笑った。


「ああ、行ってこいよ。おめぇがいなきゃ、はじまらねぇ」

 楽しそうに笑いながら、去り行くジャックの背中を笑い、彼も一度、警邏と言う名目で保安官詰め所から出てゆくのだった。




──邂逅──




 アズマ達はセシリーに連れられ、街のメインストリートを保安官詰め所に向け歩いてゆく。


 一方ジャックは、保安官詰め所からそのメインストリートを通り、目的の屋敷へと向おうとしていた。



 すると、その二組の目の前で、事件は起きる。



 メインストリートを横切るようにして、一頭の馬が走りこんできたのだ。


「ひゃっはー!」


 声を上げるのは、馬に乗るカウボーイ崩れのチンピラだ。バンダナで口元をおおい、帽子もかぶって顔を隠し、その人相は目しか見えない。

 そんなチンピラまがいの男が、声をあげ、馬を走らせている。



 それにあわせ、馬の後ろから、大きな悲鳴も聞こえる。


「助け、たすけてぇ!」



 その声は、馬に乗るチンピラの手に握られたロープに縄をかけられ、引きずられている街の男の声だった。


 馬は人を引きずりながら、メインストリートを横断し、また、ぐるりとUターンをしてやってきた場所へと戻る。

 縄をかけられた男は、そのたび地面を転がり、土煙を上げ引きずられる。


 メインストリートを歩く人々は、足を止め、ざわざわと、その光景を見ていた。



「なんだぁ?」

 ジャックも同じく、目深にかぶった帽子を少しずらしつつ、その騒ぎへ視線を送った。



「いいかてめえら、さっさと土地の権利書を手放さねぇから、こうなるんだぜ! わかってんのか!」

 大通りの人々に注目されたチンピラは、大きな声を張り上げ、ドスの聞いた声を響かせる。



 それはまるで、見せしめのようだった。



 そして、その騒ぎに気づいたセシリーは、アズマ達を放って走り出し、なんと馬の前へと躍り出た。


「やめなさい!」


 そう、威勢よく啖呵を切り、左手でバッチを掲げ、右手には銃を握る。



 人々が避難した馬の進行方向にはセシリーしかおらず、自然と人々の注目も彼女へと集まった。



 それを見たジャックは、目をむいた。


「げっ、あの保安官……」

 一番見つかってはいけない人物を見つけたジャックは、舌打ちをして帽子を目深にかぶりなおし、背を丸め頭を下げ、人ごみに紛れこんだ。


 それとほぼ同時に、進行方向へ保安官が飛び出してきた姿を見つけたチンピラも、舌打ちをする。


「ちっ、もうきやがったか」


 と、毒づいて、その手にあったロープを放した。



 引きずられた男はそこからごろごろと転がり、苦痛のドライブから開放される。



「てめぇを相手にしてられっかよ!」

 手を放したチンピラは、そのまま銃で撃たれるのを恐れ、目の前の保安官から進路をかえ、なんと野次馬に向って突き進みはじめた。


 引きずられていた男はそのままの勢いで転がり、進行方向であったセシリーの方へと転がってゆく。


「っ、なんてことを!」


 セシリーが、苦々しく言葉を吐く。これでは下手に銃は使えない。



 撃ち損ねれば、野次馬に当ってしまうかもしれないし、なにより、相手に命中しても、馬のコントロールが失われ、今度はどこへつっこむかわからなくなってしまうからだ。



「皆さん、逃げてください!」

 銃を構えるのをやめ、避難を促すことしかできない。


「権利書を売りたくなったら、いつでもどうぞだぜぇ!」

 そんなセシリーの行動をあざ笑うかのように、ひゃははとチンピラは笑いながら、人ごみの中を駆ける。


 当然人々は、馬に蹴飛ばされないよう、必死に道を開ける。


 人ごみが、見事にまっぷたつに割れてゆく。



 そこには、人ごみに紛れようと帽子を目深にかぶり、顔を下げていたジャックもいた。



「どけどけぇ! 死にてぇやつはそこにいればいいぜぃ!」



 ゆえに、男の言葉が聞こえるまで、ジャックは馬がこちらへ突き進んで来たのに気づかなかった。



 気づいた時にはすでに、その馬は目の前にまで迫っていたのだ。



「げぇ!」

 隠れようとしたところが、逆に一番危険な場所に変わるとは本当に今日はついてない。


 だが、ジャックもその危険に対し、即座に反応した。考えるよりも早く体が動いたのだ。


 まさに、緊急回避。



 とっさに左へ跳ぼうとした、その瞬間。



 その左から、ぬっと左足が飛んできた。

「え?」


 それは、蹴りだった。


 そのままジャックは、その蹴り出された左足の裏を顔面にめりこませ、予定とは違う右側へと吹き飛ばされる。



 蹴った、西部に似つかわしくない着物と呼ばれる異貌の装束を着た少年は、その蹴りの反動を利用し、馬の突撃をヒラリとかわす。

 なんと、華麗にトンボを切っている始末である。


 一方のジャックは、ごろんごろんと無様に地面を転がり、地面と何回かキスをするハメになった。


 蹴り出すつもりの力で出された左足に自分からつっこんだのだ。その勢いは、半端なものではない。

 馬を避けた人達は、さらにそうして転がるジャックをかわす。



 人ごみを走り抜けた馬は、そのまま土ぼこりをあげストリートを疾走してゆく。すぐにその姿は、この場からは確認できなくなってしまった。


 セシリーは馬に轢かれた人がいないことに胸を撫で下ろし、ひとまず投げ出される格好になった男の介抱へと走る。

 簡単に診断してみれば、どうやら大きな怪我はないようだ。



 そして、もう一方で発生した二次被害の方へ視線を向ける。



「てめぇなにをしやがる!」

 がばりと立ち上がったジャックが目の前にいる異邦人へ怒鳴る。


 頭には大きく青筋を立て、まさに怒髪天をつくといった形相だ。そりゃぁ、いきなり蹴られたら、誰だって怒るに決まっている。しかも、あの足がなければかわせていたハズなのだから。



「いやー、ごめんなさい。まさか、避ける反応ができたとは思わなくって」


 えへへと申し訳なさそうに、アズマは素直に頭を下げた。

 どうやらあの蹴りは、緊急避難のためのものだったようだ。当然ながら、悪気があったわけではない。……たぶん。



「うるせぇ! 俺もまさか逃げる方向から蹴りがくるとは思ってもいなかったよ!」



 例え緊急避難でも、一度頭に血が上ってしまえばその怒りは中々収まらない。


 鼻をおさえながら、ジャックは怒りをあらわにする。

 鼻の奥がじんじんと痛む。幸い折れていたりはしないが、下手をすると鼻血が出るかもしれない。血をいう単語を意識した瞬間、ジャックの怒りは、さらに大きく膨らんだ。



 が、すぐにジャックは、冷静にならざるを得なくなる。



「ちょっと待ってください! どうしてここにあなたが! なぜ留置所から出ているんですか!」


 ロープから放り出された男を介抱していたセシリーが、ジャックの姿を確認し、驚きの声を上げた。



 ジャックの頭から、一瞬にして血の気が引いた。怒りに赤くした顔が、瞬時に真っ青にかわる。



「やっべぇ」

 はたと自分の状況を思い出し、跳ね上がるように立ち上がった。


 そう。セシリーから見れば、ジャックは留置所から無断で出てきた脱走犯。こんなところで目の前の変な格好をした子供に喧嘩を売っている場合ではない。


 ジャックは即決断した。



 ダッ。と、地を蹴り、脱兎のごとく駆け出したのだ。



「ああ、待ちなさい!」

 セシリーの叫びが飛ぶ。


 待てと言われて待つ馬鹿はいない。

 ジャックはそのまま、渾身の力を持ってその保安官から逃げるつもりだった。



 だが、不幸というものは、やはり連鎖して起こる。



 つつー。


 じんじん痛む鼻から、そんな音が響いた気がした。

 鼻をおさえていた手に、なにか赤い液体が付着したのを感じる。なんかちょっとあったかくて、少し粘度が高い気がするやつだ。


 ジャックにはそれが、なんなのかすぐにわかった……


 手を鼻から外してはいけないと思いつつも、その動きは止められなかった。

 思わず、液体のついた指を、見てしまった。



 そこについていたのは、鼻血……



 そう。鼻から、血が、出ていた。


(マジ、かよ……)


 ジャックは心の中でそう思った。



 景色がぐらりと揺らぐ。



 意識が、遠のいてゆく……


 勢いよく走り出したジャックだったが、突然足をもつれさせ、その走る勢いのまま、自分の足を自分の足に引っ掛け、すっころんだ。

 再び派手に転がるさまを、野次馬と化した街の人々は見ているしかなかった。


 ごろごろと転がったジャックはそのまま地面に仰向けに倒れ、動かなくなった。



 どくどくと、鼻から少量の血を流しながら……




 鼻血を出して倒れる青年の姿は、非常にシュールだった。




「……」

「……」

 危ないと声をあげる間もなくすっころんだ男へ、手を上げただけのセシリーは、かける言葉もない。


 同じように、見送るだけだった街の人達も、そのコントのような流れに唖然とするばかりだ。



「……保安官、気絶しているようです!」

 駆け寄ってジャックの容態を確認したアズマが、手を上げて現状を報告する。



「……やはり、先ほどの蹴り、か」

 さもありなん。という風にそこに歩み寄ったのは、アズマの同行者リゥ。


 勢いよく入った蹴りが、時間差で意識を刈り取ったのだろう。



「んー。そうかなー。確かに見事に決まったけど、あのタイミングで意識を失うのは、ちょーっと不自然だと思うなー」

 リゥの言葉に、アズマが首をひねった。



 アズマには、別の要因で転んだように見えたからだ。

 とはいえ、さしものアズマも、推測することはできても、真相にたどり着くことはできなかった。


 首をひねってジャックを観察するアズマは、その胸ポケットから飛び出した、あるものを発見する。


「……」

 ひとまず彼は、誰にも気づかれぬよう、無言でそれを自分の懐へしまいこんだ。


「どうした?」

 不審な動きには気づいたリゥがアズマに声をかける。懐へなにかしまったことには気づかなかったようだが、なにかをしたのには気づいたようだ。


「いや、まだなんでもない」

「そうか」


 アズマの答えになにかを感じたリゥは、ひとまず言及するのをやめておいた。『まだ』ということは、ここで話す話題ではないということだからだ。



 先ほどの男を背負ったセシリーが、倒れたジャックとアズマとリゥのいる場所へと走ってきた。



「ひとまず確保ですか?」


 アズマが、やってきたセシリーへ声をかけた。


「はい。そうなります」

 そう答えを返し、セシリーは手錠を取り出した。


 リゥはそれを見て、この現状に手錠は必要か? と思ったが、口には出さなかった。この街独特のルールがあるかもしれないからだ。


「……それでは」



 がちゃんと、アズマの手に手錠がかけられた。



「傷害の、現行犯ですね」


「って、ちょっと待ってー。不可抗力不可抗力あるヨ!」

 いきなり手錠をかけられたアズマが無罪を主張する。



 リゥは、それを見て手錠の出現に納得した。



「わかってます。ですが、調書を取って不可抗力を照明するまでは、こうしてもらいます」

 規則ですから。と、腰に左手を当て、右手の人差し指を立てた。


「うう……」

 しょんぼりと、アズマは肩を落とした。


 流石のアズマも、あの行為を傷害といわれるのは予想外だったようだ。


「本当に、融通が利かんのう」


 その光景を見たリゥは、思わずため息をついた。



「それじゃあ、まずはお医者様のところへ行きましょう!」


 セシリーとしては、一刻も早く先ほどの馬を追いたかったが、保安官として気絶した男二人を放っては置けない。

 であるから、引きずられた男を背負い、さらに気絶したジャックまで運ぼうとしていた。


 ジャックの腕を掴み、必死にその体を運ぼうとする。


「んー。んー!」

 顔を真っ赤にするが、いくらなんでも、女の細腕で男を二人も運ぶのは無謀だ。


 リゥとアズマは思わず顔をあわせ、苦笑した。



((この人、真面目すぎる))



 二人は同時にそう思ったそうな。


 それは、周囲の人にも同じだったようで、背負った男を運ぶように荷車を持ってきた人や、ジャックをかわりに運ぼうと声をかける人もいた。

 わいのわいのと、先ほどとは違う人だかりが生まれる。


 セシリーは、根が真面目で、融通も利かないようだが、この街の人達に愛されているようだった。



「ここはいい街だね」

「そうじゃな」


 二人は、街の皆が手を貸す光景を見て、ふと感慨にふけるが、すぐ手伝いの輪に加わった。


 結果、引きずられた男を借りた荷車に乗せ、手錠を器用にとびこえ後ろ手にまわしたアズマが、手錠をつけたままジャックを背負い、男達が荷車を押して医者まで運ぶこととなった。


 セシリーとリゥは、荷車に乗らない男の荷物や、ジャックの荷物などを持って走る。




 病院に到着し、二人を中へ運び入れれば、セシリーは手伝ってくれた人達に頭を下げた。

 市民達は、うれしはずかしそうに喜び、セシリーにがんばってと声をかけ、去っていった。


 セシリーが街の医院に入ると、ジャックの治療は終わっていた。ほんの少しの鼻血と気絶だけだったので、片方の鼻に詰め物をして、ベッドに寝かせて今は目が覚めるまで放置である。


 引きずられた男の方も、セシリーが診断した結果と同じで、気絶はしているが、大きな外傷もなく、擦り傷の治療だけですんだようだ。

 医者は男の治療が終わり次第、ジャックの気絶した原因を調べるというが、擦り傷への消毒や包帯などがそこそこに時間がかかりそうだった。


 調書をとるにしても、二人はしばらく目を覚ます気配はないそうなので、セシリーは怪我人二人をここに残し、逃げた馬の男を追うことにした。



「では行ってきます!」

 という元気な掛け声とともに、医院から飛び出し、走り出そうとするセシリーをアズマが呼び止める。


「手錠されたまま放置は困るのー」


 両手を塞ぐその鎖をじゃらりと持ち上げ、上下に振り回し、不便をアピールした。


「ここで待っていてください! すぐに戻ります!」



「待った! どうせさっきの馬の人を追うのなら、人では多い方がいいでしょ? 手伝いますよー」



 医院で待っているという選択肢もあったが、リゥがどうにもおせっかいを働きたく心配そうにしているので、アズマもついてゆくことにした。


「いや、ですが……」


 アズマの申し入れに、渋るセシリー。市民の安全を守るが仕事なのだから、当然ともいえる。



「それとも、善意の市民の街を自分で守る行為を、保安官様は断るの?」



「はっ! 確かに、そうですね。わかりました。手伝ってください!」


 かもーんと手を降り、彼女は走り出した。



(チョロい)

(チョロいな)

 街の者じゃない善意の市民は、思わずそう思った。




──ドゥーン一家──




 リゥと、手錠につながれたままのアズマをつれ、セシリーは街の外を目指し走ってゆく。


「まるで、逃げる場所がわかっているようじゃな」

「はい。あいつらはドゥーン一家の手下でしょうから。今度こそ、踏みこむ証拠を!」


 セシリーがぐっと、拳を握り、使命を燃やす。

 セシリー達はメラインシティを飛び出し、街の外へ出てきていた。


 街を出て、東へしばらく走った先。



 そこに、その屋敷は姿を現した。



 高さ三メートルほどはある木板で作られた壁に囲まれた大きな屋敷。

 そこが、ドゥーン一家の所有する、一軒屋だった。

 五十人以上が同時に住めるほど巨大な屋敷は、四方を木板に囲まれている。


 その四方には一つずつ見張りやぐらが立てられ、唯一出入りできる門は、その木板の囲いを一メートル以上超える高さがあり、分厚く、大きな両扉によって硬く閉ざされていた。


 さらに、その門のところにも、二つの見張りやぐらがある。

 今は、そのやぐらの上には誰もいないようだが、その巨大な門を守るように、二人の門番が立っていた。


 どちらもカウボーイ風のファッションだが、見るからにならず者。アウトローといった風体で、チンピラといってもさしつかえない姿だった。

 当然。その腰には銃が収められている。


 そんな二人の門番が、にやにやと笑いながら、セシリーがその場に走って現れるのを見ていた。



「はぁ、はあ。先ほど、馬に乗って、バンダナを口に、まいて、帽子を、かぶった、男が、帰ってきた、でしょう! おとなしく、引き渡してもらい、たい!」


 荒い息を整えもせず、セシリーは保安官バッジを門番に見せながら一気にまくし立てる。



(……やはり、真正面から堂々と聞きに行ったか)



 リゥが、思わず額を手で押さえた。あまりにも、正直すぎる……

 なので思わず、心配でついてきたのだ。



 当然、門番は笑う。



「残念だったな保安官様よぉ。そんなヤツ、まったくしらねぇぜ。街から逃げちまったんじゃねぇか?」


「そのとおりだぜ。あぁ、残念だなぁ。俺等善良な市民だから、そんなわりぃやつがいたら素直に渡すんだけどよ。まったく知らねぇから、しかたないよなぁ。けけけ」

 二人はにやにやと笑いながら、セシリーを小馬鹿にするように、そう答えを返した。



「くっ……」

 セシリーは、悔しさに唇を噛む。



「だからよ、帰えんな。この屋敷を調査する権利なんて、今のてめぇにはまったくねぇんだからよ」


 門番の一人が、しっしと手を振った。


 その言葉に、セシリーは拳を握って、うつむくしかない。




 一方アズマとリゥは、冷静にこの屋敷の周囲を見回していた。


 屋敷の中には、かなりの人数の気配があった。それこそ、二桁はくだらないほどの。


 屋敷を囲む木板は、入り口から左右に五十メートル。合計で百メートルほどの長さに立ち並んでいる。横から見た限りでは、その横の壁は、さらに二百メートルの長さはあろう広さを有しているだろう。

 屋敷本体は、木造のつくりで、最大で二階までと高さはないが、その分広さがある。敷地の中には木も何本か生えているのが見え、元々はどこかの金持ちの別荘であったのかもしれない。

 さらに地面には、何匹もの馬が出入りした足跡があった。


 残念ながら、多数に踏み荒らされ、出た数も入った数も正確な数はわからない。


 先ほどの馬がここに逃げ帰ったのかも、これではよくわからなかった。

 なにより、とぼけられてしまえば、踏みこめる証拠にもなりはしない。



 アズマが、周囲を観察するリゥにちょいちょいと、肘で合図した。



「なんじゃ?」

「ことの真贋、つきつけてみたら? 無駄だと思うけど」

「わかっているならワザワザ言うな」


 リゥの持つ、心の真贋を見極めるエルフの秘術は、リゥ自身にしかわからない。ゆえに、その秘術を知らぬものに「お前は嘘をついている!」などと言っても、その嘘をつきなれた連中になんの効果も発揮しなかった。


 結局物的証拠もないのだから、相手が知らぬ存ぜぬを突き通せば、それだけでこちらは手詰まりである。



「どうやら、手は出せないようじゃな」



 リゥが、ため息とともに、セシリーの背中へ告げた。


「……そうですね。ここは仕方がありません」

 その言葉に、セシリーは素直に従い、追求を諦めることにした。


「ですが、覚えておきなさいあなた達。絶対に、私はこの街での悪行を暴いてみせますから!」


 そう門番に捨て台詞を言い、とぼとぼという表現がよく似合うほど、肩を落とし、セシリーは街へと歩き出した。



 完全に負け台詞&尻尾を巻いての逃亡である。



 その背中に、門番二人のぎゃははという汚い笑いが降り注いだ。

 拳を握り、セシリーは早足になった。その背中には悔しさがにじんでいる。


 アズマとリゥは小さくため息をつき、セシリーの背中を追いかけた。



 ドゥーン一家の屋敷が小さくなって行く。



「わざわざこんなところまですみません二人共。せっかく手伝いに来てくれたというのに……」


 セシリーが、小さくか細い声で、ついてくる二人に謝罪の言葉を述べた。



「んー。ならさ、ちょっと俺が中に行って確認してこようか? ぴょーんと壁くらいとびこえられるよ?」


 ぴょんと、背伸びをするアズマ。それは、いつも通りのかるーい、アズマの冗談トークだった。



「いけません」


 だが、返ってきたのは、ぴしゃりとした、真面目なセシリーのお叱り。

 足を止め、セシリーは眉を吊り上げ、お怒りの顔でアズマを見る。


「それは不法侵入です。壁をこえた場合、あなたを逮捕しなくてはなりませんよ!」



「あ、はい。すみませんでした」

 まさか本気で怒られるとは思っていなかったアズマは、思わず素直に頭を下げた。本日二度目の低頭である。



「そんな不法行為で相手を捕まえても意味はないんです。法を守らぬ正義なんて、ただの暴力なんですから!」


「うん。確かに! 法を守ってこその社会だからね。相手もそれをちゃんと守ってくれるといいね!」


「はい。その通りです! 是非守ってもらいたいものですが、それができるのなら、犯罪者は出ませんからねぇ……」


 親指を上げたアズマにあわせ、セシリーも、ぐっと拳を握るも、犯罪者が出てしまう現実を思い出し、しょぼんとため息をついた。


 特に、この西部において、法をきちんと守るという者の方が少ない。アウトローなど、それを破るのを生きがいにしているような存在だ。

 それでも彼女は、そんな存在相手にもきちんと法を適応しようとしている。西部には珍しい、本当に生真面目な保安官であった。



(……やはり、真面目すぎるのう)

 もうちょっと違法行為などを目につぶれるのなら、あのチンピラ達の屋敷に捜査として踏みこめているだろうに。


 そんなセシリーの姿を見て、リゥは改めてそう思った。



「ところで、一つ質問じゃが」

「はい、なんでしょうか?」



「ドゥーン一家とは、どんな奴等なのだ?」



「そうですね。自衛のためにも、知っておいた方がいいかもしれませんね」


 街に戻りながら、セシリーは先ほどの一家の説明をはじめた。



 彼等は、このメラインシティに、数ヶ月前から姿を現したならず者達である。


 彼等がやってくるまでは、セシリーがこの街に赴任してから今まで、幸運にも平穏だったのだそうだ。


 だが、奴等がやってきてからは、徐々にその平穏も失われてゆく。

 典型的な、無法が基本のならず者かと思えば、彼等は少し違っていた。


 彼等は執拗に、かつ慎重に、この街の土地の権利書を狙って街の人達に脅しをかけているのだ。


 当然皆、奴等の仕業だとわかっているのだが、顔を隠し、身分を隠し、嫌がらせのみをしているため、まだ明確な証拠がない。

 たとえ捕まえたとしても、やったのは個人的な感情からで、一家とは関係ないと言い張る。


 そのため、この屋敷へ保安官も手出しができず、手をこまねいてみているしかないのだ。



「奴等は巧妙なんですよ!」

(というよりむしろ、真面目すぎて正当な手段以外をよしとしないからなんじゃろうなぁ)


 話を聞いていたリゥは、そう思った。



「特に、一家をまとめる、バルガスは……」



 セシリーの説明が、続く……




 …………



 ……




「くそっ、あのアマ、毎回毎回うっとおしいぜ」


 屋敷の中。食堂で椅子を蹴り上げるのは、先ほど街で馬に乗っていたチンピラだ。

 バンダナを外したその素顔は、なんというか、馬面だった。


 他にもその食堂には、先ほど宿屋で暴れそこなった男達が身の置き場がないように小さく固まっていたり、そいつらのことなど気にも留めず、ポーカーをしていたりするチンピラもいる。

 さらに馬面の男の周囲には、その男をリーダーとするかのように四人の子分がうんうんと馬面の言葉に頷いていた。


「オヤジもなんでいつまでもあのシェリフを野放しにしてやがんだ! このままじゃいつまでたっても土地の権利書も、あのエルフの土地も手に入らねえじゃねぇか!」


 いらだった馬面のチンピラの先。食堂の一番奥。そこに、最も豪華な席のある場所があった。



 そこにいたのは、身長二メートルはある、ヒゲの大男。そのヒゲと髪は、ライオンのたてがみを思わせ、その姿を見たものは、彼を肉食の獣と評するだろう。そんな印象を強く与える容貌だった。


 さらに目を引くのは、男の左腕。


 そこには、金属でできた、ごつい、機械の左腕があったのだ。

 男の左腕が動き、豪快に焼かれた肉の塊をフォークで突き刺す。


 シリンダーとギアが回り、機械の腕が滑らかに動く。その動きは、人の生身とかわらないように見えた……



『マシンアーム』



 それは、戦争によって生み出され、発展した科学の産物だった。


 戦争は、技術の発展を加速させる。

 北軍は、その時最先端だった技術をさらに発展させ、南軍との戦闘を有利に進めようとしていた。


 その中で生まれたのが、人と同じ動きをして、人より大きなパワーとスピードを兼ね備えた機械の兵士を生み出す、『マシンソルジャー計画』である。


 当初は、兵士の四肢再生用の義肢の開発がはじまりであったが、戦争の激化とともに、それは医療ではなく、戦闘用へと変化していった。

 さらには、南軍の遺産発掘により、『遺人』の遺産という悪夢にさらされた北軍は、皮肉にも、当時最先端だったその技術を、さらに発展させることに成功した。


 それによって生み出されたのが、機械の手足により戦場を駆けるマシンソルジャーである。


 機械の体を手に入れた兵士達は、多くの戦果を上げた。



 最終的に、『遺人』の悪夢を打ち破る原動力の一つとなったという噂は、否定はできない。



 しかし、その技術は終戦後、世に広まることはなく封印された。


 一つの大きな致命的弱点が判明したことにより、医療としての義肢計画さえも中断を余儀なくされたのだ。



 それは、術中の死亡率と、社会適正への欠如からだ。



 義肢と生身の体を繋ぐ際には、死ぬほどの激痛がもたらされ、健常者でさえ、その八割が死に至るという。

 さらに、義肢を得た彼等の多くは、闘争本能が増大し、攻撃的になってしまうのだ。


 どちらも、神経から脳という未知の分野の欠点であり、これによりこの技術は封印されてしまったのである。


 これらの欠点を克服し、この技術が世に出るには、あと百年近い年月がかかると予想されている。



 このような欠点が判明したことにより、マシンソルジャー達は、終戦後、社会復帰が非常に困難となった。



 多くの者は、その義肢を捨て、ただの市民に戻ったが、それでも、その体を捨てられない者もいた。それが、西の荒野へと去った者達だ。


 無限のフロンティアともいえる西部は、彼等にとっても望む戦場だった。


 彼等の多くは、その力を使い、ならず者の棟梁へと収まっている。



 ドゥーン一家の主。


 バルガス・ドゥーンも、その一人だった。



「そう慌てるな。相手は保安官様なのだ。そう簡単に殺すわけにもいくまい」


「そ、そりゃそうなんだけどよ……」


 ぎらりと、野獣のような眼光にさらされた馬面の男は、身をすくませる。それは、肉食の獣が草食の獣を睨んだかのようだった。


 保安官を殺せば、その捜査の手がこちらに向うのは明らかだった。いくら別の保安官を味方につけているといっても、他の地区から別の保安官がきたり、広域の地域を治める連邦保安官などが来られても困る。



 殺すのは簡単だが、あとのことを考えれば慎重にならざるを得ない。



 バルガスは、こういった点は慎重な男だった。


 闘争本能が高い。と、なにも考えずに暴れまわる。はイコールではない。

 どうすれば効率よく戦えるか。どうすればその場を生み出せるか。そうした思考に走るのも、戦いを求める心の動きである。


 闇雲に噛み付くのだけが、本能ではないのだ。



 そしてバルガスが好きなのは、一方的な、虐殺。逃げ惑う敵を、背後から撃つ快感が、最高と感じる男だった。



「だが、その権利書の件は、もう汗水たらしてあたりをつけねえでいいぞ。ネイサンが、ついにやってくれた」

「てことは、わかったのかよオヤジ!」


 にやりと肉にかぶりつき、笑ったバルガスに、馬面の男も満面の笑みで答えを返す。小さくガッツポーズまでしている始末だ。


「だから、あの保安官にはそろそろ退場はしてもらう」

「はぁ? ど、どうやってだよ!?」


 いきなりの言葉に、馬面の男がガッツポーズのままうろたえる。



「当然、死んでもらうに決まっているだろう?」



「さっきと言ってる事が違うじゃねえか! 手出しできねぇんだろ!」


「ああ。我々が殺すのではない。殺すのは、我々じゃぁない。殺すのは……」




 にやりとバルガスは笑い、自身の計画を、チンピラに説明した。




「……というわけだ」


「そ、そんな手を使うのかよ。それなら、あの保安官をぶっ殺して、土地の権利書も手に入る、さすがだぜバルガスのオヤジ!」

 はははははは! はーっはっははは! と、馬面のチンピラは笑うのであった。



「この計画は、今夜決行だ。そしてそれが終わったら、次はエルフの集落だ。お前等、大暴れ出来るぞ。楽しみにしておけ!」



 そのバルガスの言葉に、「おおおおー!」と、他のチンピラも気勢を上げた。




──医院──




 三人は、先ほどジャックが担ぎこまれた医院の方へと戻ってきた。


「戻りました!」


 セシリーが入り口から元気に声をかけ、医院の中へと入る。

 待合室に客は一人もおらず、お手伝いである受付のおばちゃんがすぐに中へと通してくれた。


 診察室では、医者がカルテと思われるモノを羽ペンで記入している姿があった。



「やあ、お帰り。どちらの診断も終わったところだよ」


 医者は、メガネをオデコに置き、目をしぱしぱさせながらカルテから視線を外し、セシリー達を振り返った。


「あの青年は、簡単に言えば、心因性貧血だね。蹴られたショックなどで気絶したのではなく、精神的にくるものがあって気絶したようだよ」



「はあ」

 セシリーは、よくわからない。と言うような声を返した。


 医者の説明によれば、簡単に言って、びっくりして気絶したということらしい。


「びっくりして、ですか」

「詳しい原因までは、本人から詳しく話を聞かないことにはわからないね」


 やれやれと、医者は頭をふり、怪我人二人が寝ているベッドへ視線を送った。



 すると、タイミングをあわせたかのように、ベッドを覆い隠しているカーテンが、風に吹かれてはためく。



 医院には四つのベッドがあったが、その一番奥。一番最初に寝かされたジャックの姿が、ベッドの上に、なかった。


 風が吹いたということは、当然窓が開いている。


 セシリーは、そのベッドへと駆け寄り、一応ベッドの足の下も確認して、窓の外を見た。

 キョロキョロと周囲を見回すが、すでに人影はない。街のストリートが見えるだけで、何人かの市民に、手を振られるセシリーの姿だけがあった。


 今医院の前を歩いている人達は、当然ジャックの姿は見ていない。



「ずいぶんと早いお目覚めだったらしいな」

 窓へ近づいてきたリゥが、ベッドの周囲を探し、一枚の置手紙を見つけ、そう言った。


 そこには、治療代と思われるなけなしの銀貨と、「さらば」の一文字だけ書かれたメモが残されていた。



「どうしてちゃんと罪を償わないんですかー! 冤罪だとしても、逃げてもなんにもならないのに!」


 メモを手にしてぐしゃっと握り潰したセシリーが叫び、悔しそうに唇を噛んだ。



「……血、かな」

 アズマが、ぼそりとつぶやいた。


 その小さな一言は、ジャックの気絶した原因を推測したものだった。

 アズマはジャックが倒れるまでの状況を思い出し、そこに原因があるんじゃないかと結論づけたのだ。


 怒りのまま窓の外を睨むセシリーと、それを慰めるリゥには届かないほどのつぶやき。



「ははは。その可能性は否定しないが、仮にも彼はガンマンだろう? それでは、商売にならんだろう」



 ただ、すぐ近くにいた医者には、それは届いたようだ。


 ジャックの服装を見れば、彼がガンマンだというのはすぐにわかる。それなのに血で気絶するなんて、外科医なのに血が苦手で手術ができないと言っているのと同じくらい、決定的に致命的な欠点になる。


 馬に乗れないのにカウボーイを名乗るくらい滑稽な話だ。



「うん。俺もそう思う」


 アズマも、医者の意見に大いに賛成だ。

 そんな馬鹿がいるなら、是非見てみたい。


 医者とアズマは、二人でからからと笑いあった。




 閑話休題。




 ひとまず、当初の予定通り保安官詰め所へ行き、宿屋であったことの調書を、アズマとリゥからとることとなった。




──保安官詰め所──




「まったくもう。二度も逃げ出すなんて、まったくですよ。まったくもう!」


 ぷりぷりと怒りながら、セシリーは、アズマとリゥをつれ、保安官詰め所へと戻ってきた。

 だが、詰め所に入ろうとしたところで、セシリーは面食らったかのように足を止めた。


「わっぷ」

 その背中に、思わずリゥがぶつかってしまう。


 そんな二人のさまを見たアズマは足をとめ、セシリーの肩越しに保安官詰め所の中を見た。


「あららー」


 保安官詰め所の中は、嵐でも起きたかのように荒らされていた。

 机の上にあっただろう書類は床に散らばり、棚という棚は開け放たれ、金庫さえもその中身を散らかしている。


「脱走の際荒らして回ったんじゃな」


 セシリーの横から中を覗いたリゥが、そうつぶやいた。


「……しかたありません。片付けますから、少し待っていてください」

 セシリーが小さくため息をつき、中に入ろうとする。


「ならば、手伝えるところは手伝おう」


 腕まくりをして、リゥはため息をついたセシリーに声をかけた。


「はい。助かります」

 ドゥーン一家の屋敷へ行くとき、一度善意の協力を受けているので、今回は素直に受け入れる。


「オッケーオッケー。んじゃあ、おいらはここで見てるからー」

 二人のやりとりを確認したアズマは、意気揚々と留置所を開け、ぎぎーっと格子扉を閉め、奥に避難しようとしていた。


「んなわけあるか! 手伝え!」



 格子扉をひっぱり、強引に開いてアズマを外へ放り出す。



「そんなっ! せっかくこうしてサボれると思ったのに! 保安官もなにか言ってくださいよ!」

「え、えーっと、片付けてから入っていただけると、助かりますね」


「しょぼーん」


 にっこりと微笑まれたアズマは、手錠をつけたまま、しょんぼりと床に落ちたペンなどを拾いはじめるのであった。


「あ、ですが、こちらの作業机の方は重要な書類があるので、けっこうです。そちらのテーブルと留置所の近くの物をまとめてください」

「うむ」

「はーい」


 リゥとアズマが答え、片づけが開始される。

 てきぱきと、要領よくセシリーが動き、リゥも手伝い、アズマはもへもへと格子の近くで緩慢な動きをして、片付けは終わった。



「盗まれたものはなかったのか?」

「そうですね。確認したところ、盗まれたものはないように見えますね。ああ、あの逃亡犯の私物が盗まれたというか、とりかえされたというか。そういう物ならありますけど」


 盗まれたものなどはなく、ただ荒らされただけのようだった。


「ここにお金になるようなものはありませんし、詰め所の鍵などは私達がきちんと持って管理していますから」



 片付けられ、詰め所が整理整頓され、元のあるべき形に戻った。



 保安官詰め所は、入ってすぐのところに、来客用のテーブルが置いてあり、その奥に、二つの作業机が置いてあった。

 部屋は、そこの他に、留置所となる一部屋と、荷物をしまう納屋があった。

 詰め所の中には他にロッカーや本棚、書類棚があり床を圧迫しているが、部屋の中は非常に片付いており、土ぼこりが舞う西部にしては、非常に綺麗な様相となっていた。



「それではまずは、宿の経緯から聞きましょうか」


 来客用のテーブルに調書を置き、すらすらと必要事項を書きこみながら、セシリーは件の当事者であるアズマへと聞く。


「はいはーい」


 アズマは、宿で起きた一件のことを簡潔に説明しようと……



「いやまて。お前に説明させるとどんなファンタジーが飛び出すかわからん。ワシが説明する」



 ……すれば、リゥが割って入った。



 アズマに説明を任せれば、一体どんなテキトーな発言がとび出すかわかったもんじゃなかったからだ。

 下手をすれば真実なのになぜか真実に聞こえない。なんてことも十分にありえる。


 なのでリゥはせめて公平な判断ができるくらいの説明をしようと身を乗り出したのだ。


 なにかを言おうとしたアズマを視線で黙らせ、リゥは説明を開始する。

 アズマは手錠のはまった手で無言の抗議をしたが、当然無視された。


 リゥはあのチンピラ達が店に因縁をつけようとしたため、それを阻止したのだと。

 脅し云々は狂言にすぎぬ。と。


 ことを簡単に説明した。


 説明を聞き、セシリーは難しい顔をして頷いた。



 リゥはこの説明でも、アズマの悪評は拭えないか? と少し焦った。



「あ、ごめんなさい。それなら、彼は悪くありませんね。ただ、むこうへ調査の手を伸ばすのもできないと思ったので」

 リゥの表情からなにかを悟った彼女は、ぱたぱたと手を振った。


「ああ、そういう意味か」


 リゥは、一つ納得した。



 わざわざ詰め所に呼んで調書をとらせたのも、あのドゥーン一家を捜査できる証拠を探すためだと気づいたからだ。

 そしてここまで調書をとらせにきたのは、宿に心配をかけまいとする、配慮でもある。


 同じように、先ほどの馬もドゥーン一家の手の者だろうが、踏みこめるだけの確かな証拠はなかった。


 土地の権利書を手放せと言っているが、その後どこに売れとも明確に宣言していないので、いくらでも言い逃れができてしまうからだ。

 調書を書き終え、セシリーはアズマにかけられた手錠を外した。


 先ほどの傷害も、不可抗力であることをきちんと記入し、いわゆる起訴を取り下げたからだ。



「ご苦労様でした」

 そう、アズマにねぎらいの言葉をかける。


 リゥはその姿を見て、ルールに厳しいだけではないのだな。と、少しほっこりした。


「いえいえ。なんのお役にもたてませんで」


 アズマは恐縮したように、頭を下げた。


「いいえ。協力に感謝します」


 セシリーは朗らかに笑い、同じように頭を下げた。



 彼女は律儀に、詰め所の入り口まで見送りに出てくれた。



「あ、そうだ」


 お別れとなろうとしたその時、アズマが思い出したように声を上げる。



「一つ質問いいですか?」



「なんですか?」


「保安官てもう一人いるんですか?」


 アズマが、詰め所内にある二つの机を指差した。一つはセシリーが書類などを出した机。もう一つは、彼女の手つかずだった机だ。



「はい。いますよ。ネイサン・ノーズといって、とても真面目で頼りになる先輩なんです」



「そっか。二人も保安官がいるなんて、それならこの街も安心だね!」

「ええ。安心ですから、ゆっくりしていってくださいね!」


 一応調書の形式上、なにをしにこの街に来たのかも聞いたので、彼女は二人が旅の者だと知っている。

 あの宿のご飯の常連でもある彼女は、そこの売り上げになるのならば、と、少しの滞在を勧めてきたのだ。


「はーい」

「ではな」


 アズマとリゥはセシリーに手を降り、宿へと戻るため、歩き出した。



 それを見送ったセシリーも、小さく伸びをし。



「さ、お仕事お仕事」

 アズマ達の調書を箱に入れ、再び手錠も装備した彼女は、元気よく詰め所から出て行った。


 逃げた名も知らぬガンマンを探さなければならないし、街の警邏もしなければならない。彼女にはまだまだやることがあるのだ。




──おせっかい──




「さて。っと」

 保安官詰め所を出て、通りを歩いていたアズマが、口を開いた。


「なんじゃ?」

「おせっかい、する?」


 ともに歩くリゥの方は振り向かず、いつもの話題のような調子で、問いかけた。



 その言葉に、隣を歩くエルフの少女は、鼻で笑う。



「わざわざ宣言せねばならないことなのか?」

「いーえー」


 正直言えば、確認などする必要などはなかったのだろう。

 答えるまでもなく、リゥは保安官。セシリーの力になりたいと思ったようだ。



「というか、お前が乗りこんでちょいと暴れてくれば、すぐ終わるじゃろ?」



「そりゃ終わるけど、それはあまりに無法じゃないかね? そいつを行うのは、証拠をそろえた保安官が無謀にも一人で乗りこもうとした時や、準備が整っても居ないのに彼等が街の人を襲おうとした時くらいだよ」


「なぜそんな具体的なんじゃ……」


 アズマの発言にリゥは呆れたような声を出した。

 確かに、アズマをあの屋敷に放りこんで相手方を全滅させればこの問題はすぐに片付くだろう。

 だが、それをやるということは、まさに無法。大義名分もなく相手に襲い掛かるなど、相手以下の単なる暴力でしかない。


 それをやれ。とはいくらなんでも言えなかった。


「まあ、それは冗談として」

「証拠をそろえた保安官が応援を待たずに突撃するかもとかは冗談じゃないけどねー」


「……」

 あはは。と笑うアズマの言葉に、リゥはホントに冗談じゃない。と心の中で思った。

 あの保安官、セシリーならありえそうだと思ってしまったからだ。



「ま、その時は保安官が乗りこんだ時すでに、誰かが犯人を捕縛して逮捕するだけになっていた。とかになるから安心さー」


「それはそれは、張り切って捜査に向った者は、さぞ肩透かしを食らうじゃろうな」



 かわりに、被害はなく、その誰かさんは張り切った本人に嫌われるだろうが。


 アズマの言葉に、リゥもうなずく。



「その上やったやつも逮捕されること間違いない」


「だねー」



 先ほど例に挙がった保安官ならば、捕縛された犯人どころか、やった誰かも捕まえようとするだろう。まあ、一家壊滅なんてやらかしたら、それはその保安官ではなくとも捕まえようとするかもしれないが。



「そのあたりの可能性はその時になったら考えるとしようか。そもそも、彼等がまだ悪さをしているとは限らないし」

「いやいや、悪さはしているじゃろう。とぼけているだけで。あの保安官が真面目にそれで引き下がっているだけで」


 先ほどの宿屋での出来事や、ストリートで人を引きずったりしたのは、明らかにあの一家の仕業だ。

 だが、正式な手段で使える証拠が一つもないから、あの真面目な保安官が手をこまねいてしまっているだけなのが現状なのだ。



「そもそもさ、彼等はなにがしたいのかな?」

「? ここの土地の権利書が欲しいのではないか?」


 今日であった二つの出来事から、ドゥーン一家がここいら一帯の土地の権利書を狙っているというのはわかっている。


「それはわかるよ。でも、その割には手ぬるいし、何故この土地なのか。とか、詳しいことがわからない」


「それは今から調べることじゃろう? それに、手ぬるいのはこれ以上のことをすれば、保安官が堂々と逮捕しに来る理由になるじゃろうが」


「かなー。ま、確かに今は、あの保安官がちゃんと動ける証拠探しかな」


「その通りじゃ」


 明確な証拠さえあれば、ひとまずあの屋敷へ保安官が強制捜査にふみこめるようになる。


 一網打尽にできるかは、相手の反応や証拠次第だが、それはアズマ達の手にかかっていることだ。

 しかし、保安官でもない自分達がその証拠を探すというのは、言うは易し、行うは難しだった。



「というわけで……」


 どうしようかとリゥが顎に手を当て思考していると、アズマが思わせぶりに口を開いた。



「……脱走犯、匿ってもらいましょう」

「……は?」


 相変わら突拍子もない発言に、リゥは思わず呆気にとられてしまう。


 そもそもリゥにはあの脱走犯とやらと、ドゥーン一家につながりがあるとは思えなかった。



「いやいやー。つながりはあるよー。正確には、できるよー」



 呆気にとられたリゥの頭の中を見透かしたように、アズマは笑う。それは、とっても邪悪な笑みと言っても差し支えのない笑いだった。


 彼は笑いながら、一枚のカードを懐から取り出した。



「なんじゃそれは?」

「ちょーっと目ざとく見つけておいたものさ」


 ひらひらと、リゥに見せびらかすよう動かすが、彼女に見えるそのカードは裏面のようで、一面は真っ白。なんのカードだかさっぱりわからない。



「ところで気づいた? 留置所の惨状」


「そりゃあ、あれだけ派手にやられていればな」


 荒れに荒らされた保安官詰め所の惨状。一緒に片づけをしたのにいきなりなにを言うのだ。


「うん。だけどさ、変だったんだよ」

「なにがじゃ?」



「あの留置所の扉。派手に開け放たれていたけど、無理矢理開けた跡はなかったし、鍵穴に鍵も刺さってなかった。当然。途中で鍵が折れたりもしてない。一体、どうやってあけたんだろうね?」



「……」


 アズマの言葉を聞き、リゥは言葉を失った。相変わらず、ふざけているようで、しっかりと周囲を見ている……



「鍵開けがとんでもなくうまかったんじゃないのか? あのガンマン……いや、ないな」



 念のため、他の可能性も考えてみたが、すぐ頓挫することとなった。

 ほんの少し邂逅しただけだが、あの青年にそんな器用な真似ができるとは思えなかった。それを思い出し、自分の言葉を即座に否定した。



「だから俺は、むしろ、鍵を使ったんだと思う。それで、扉からゆうゆうと脱出した」

「じゃが、そんな安易に届くところへ、鍵など置いておくまい」


 正論である。


 それに、鍵は通常二人の保安官が持っているとセシリーは言っていた。


 その言葉に、アズマもにっと笑い、その白いカードをくるりと裏返す。



「そこで、もう一人の保安官」



 そこには、もう一人の保安官。ネイサン・ノーズ。その名が刻まれていた。



 それは、名刺だった。


「いつ手に入れたんじゃ、そんなもの」

 ひらひらと手の中で揺れる名刺を見て、リゥは記憶をさぐる。


「さっきあのガンマンの気絶を確認した時さ」


 そこで、リゥは思い出した。



「あの時、まだ話せないと言ったものか!」



「そのとーり」

 にっかりと笑い、ウインクをした。



(ああ、だから後で。だったのか)


 一つリゥは納得した。気絶した男からスリとったモノの話題など、あのセシリーの前で出せるはずがない。


 そしてさっき、なぜもう一人の保安官の名を尋ねたのかも。



 ついでに言えば、あの段階でこれを隠したということは、あの後手錠をかけられることも予想済みだったということでもある。



「なんで彼がこれ、持ってたんだろうね」

 脱走犯であるガンマンの持っていた保安官の名刺。怪しさ大爆発である。


「……じゃが、信頼できる先輩と言っていたぞ?」

「リゥは不正やってるのを、あの人の前で少しでも匂わせたいと思う?」


「あぁ、そりゃ、全力で隠すじゃろうな……」


 自分で思った疑問に、思わず納得した。


 悪徳保安官であるならあるほど、その態度はあのセシリーの前では気をつけるだろう。そして彼女の目に映るのは、品性方向な先輩の姿……



 そんな男が、なぜ自分の名刺を逃亡犯に渡すのか。



「怪しいよね」

「怪しいな」


 顔を見合わせた二人は、頷きあった。


「だからひとまず、相手の目論見に乗ってみようと思って」

「もくろみ?」



「うん。この街でさ、脱走犯を匿ってくれそうなところ、どこだと思う?」



「……あ」

 リゥの中で、全てが繋がった。



 脱走犯が逃げこめるような場所は、この街ではチンピラの集まるドゥーン一家だけ。

 ただ脱走を手助けしたのであれば、名刺を渡す必要はない。あるとすれば、脱走後、その身柄を隠す場所を紹介したため。そのために、名刺を渡した。紹介状の、かわりとして。


 つまり、脱走犯の行き先は、ドゥーン一家ということになる。


 そしてさらに、そのような手間のかかる手段をとってまで人を招き入れるということは、なにか思惑があるかもしれない。



「ということだな?」

「そういうことだね」


 だから、相手の目論見に乗って、脱走犯を匿ってもらうわけだ。



 そうすれば奴等も、動きを見せる……



「つまり、お前が脱走犯ということで、屋敷に潜入するんじゃな?」

「いやいや、その保安官が確認しに来たら一発でばれるじゃないか」

「……あ、そうか。じゃが、どうするんじゃ?」


「簡単な話さ。この名刺を落として困っているお兄さんに、ちょーっと力を貸してもらうってわけ」


 にぃっとまた、アズマはとっても邪悪な笑みを浮かべるのだった。


 その言葉と笑みを見たリゥもまた、同じように邪悪な笑みを浮かべた。それは、いい考えかもしれん。という心が見て取れる。


「ひとまず、あの保安官にも、あのガンマンにも、おせっかいを焼きに参りましょうか」

 まるでアズマは、その脱走犯が行く場所のあてでもあるかのように、歩き出した。


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