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第02話 リゥ・リシア 後編


──火の大精霊──




 火山。


 そこは、ミィズの里の裏に存在し、里を象徴するかのように鎮座する、活火山。

 その中腹には、ぽっかりと口を開いた洞窟があり、そこは、火口に続く広場を有し、ミィズ族の聖地ともいえる場所であった。


 そこで、精霊の異常を取り除く儀式は行われる。


 まず、精霊の異常とは、特定の種の精霊の数が増え、バランスが崩れていることを指す。

 この場合では、火の精霊が場に蓄積されすぎ、それにより火山が異常活性化し、噴火が引き起こされようとしているのだ。


 それを元に戻すには、その飽和した精霊──火の精霊──をとりのぞく形をとればいい。


 その方法こそが、その場にその属性に属する精霊を呼び出すことである。形なく集っている精霊の力に形を与え、飽和するその力をとりのぞくのだ。

 精霊の召喚とは、通常精霊に認められた者だけが行える、エルフの中でも一握りの選ばれた者のみが使える最大の秘術である。


 だが、例外として精霊と契約せずとも召喚を行える方法がある。



 それが、精霊異常を用いた儀式召喚である。



 通常ならば召喚に応じない非契約精霊も、異常に集積された精霊の中では、その呼び声に応えやすくなるのだ。

 それを利用し、精霊をその場に顕現させ、その精霊の力により、場から飽和した精霊の力をとりのぞくのである。


 これは、複数人で協力することもでき、エルフの里総出で行われることも多い。


 こうして精霊を召喚し、異常に高まった精霊の力を取り除きバランスを改善したあとは、その精霊を送還し、儀式は完了する。



 しかし、呼び出された精霊は、要となる契約者がいないため、場の異常に影響を受け、暴れだしてしまうことがある。

 そうなった場合は、力ずくで送還する以外に方法はなく、それゆえ、火と相反する水の一族がこの地にいるのだ。


 この暴走は、位が低く、知性の低い精霊におきやすく、この儀式の場合は、可能な限り高い位の精霊を呼び出すのが通例であった。


 特に、最高位の存在である大精霊を呼び出せれば、その知性と特性から、場の異常など一瞬にして元に戻され、その華麗な儀式は、エルフの中で偉業と褒めたたえられる。


 とはいえ、最高位の精霊である大精霊を呼び出すのは非常に難しく、精霊異常という特殊条件を持ってしても、実際にその姿を拝めたものはほとんどいないのが現状である。



 火口を目の前にした、洞窟の広場。


 そこに、十四人の若者を引き連れた、エルフィンの姿があった。

 自身の指揮の下、陣を敷き、火の精霊異常を鎮めるための儀式を行なっている。



 エルフィンには自信があった。



 場に異常集積した多量の火の精霊と、この優秀な仲間達ならば、火の大精霊を呼び出し、この異常を華麗に解決できると信じていた。

 我が師サムソンでさえなせぬ大精霊の召喚。通常ではないなどとうろたえる老人達を尻目に、このエルフィンが華麗に偉業を達成すると!


 エルフィンはにやりと唇を吊り上げ、広場に敷かれた陣の先頭に立ち、儀式を最後を飾る、召喚の言葉を唱えた。



 例え今までにない異常だとしても、大精霊ならば必ず解決できよう!



 火口の溶岩がぼこりとはね、そこに、一体の精霊が召喚された。

 強大な火の力が感じられる。


 エルフィンは、儀式は成功したと確信する。



 そう。目の前に、火の大精霊が顕現した……




 ……はずだった。




「な、なんだ、これは……」


 ざわざわとざわめきはじめた若者達と同じように、エルフィンも思わずそんな言葉を口走っていた。


 エルフの若者達全ての視線が、そこに集まる。

 視線の先には、火口と共にどろどろの溶岩が赤く光り輝いていた。


 そして、その溶岩の中でうごめく、なにかが、いた。



 それは溶岩の中から大きな翼を広げ、その首をもたげる。



 そこにいるのは、火の大精霊のはずだった。



 火の大精霊。



 それは、火を司る精霊を統括する、最高位の精霊。たった四種しかいない大精霊の内の一種であり、物質世界へ顕現すれば、その姿は、炎の鳥の姿をとる。

 人の世では、不死鳥。フェニックスと呼ばれる存在として、それは、世に姿を現す。



 溶岩でうごめくそれは、炎の翼を持ち、炎の体を持った、火の鳥であった。

 確かにそれは、火の鳥だった……


 だが、三百年近い年月を生きたエルフでさえ、それは、見たことがなかった。



 絹を引き裂いたような、不死鳥の叫びが洞窟に響く。



『ぴいぃぃぃぃぃ!』

『ぴぃやぁぁぁぁぁぁ!』



 二つ。



 なんと、目の前でうごめくその不死鳥の頭は、二つあった……



 一つの体に、二つの頭。双頭の火の鳥が、溶岩の中、苦しそうにもがいているのだ。



 それは、異常だった。彼等の想像を超えた、異常だった。


 物質世界の力に宿る存在であるはずの精霊。世界のルールと共に存在する、力の源。それが、奇形ともいえる姿を発生し、世に顕現するなど、世の理に狂いが生じているレベルの、尋常ではない異常であった……



「こんな、こんな異形、私は望んでいないぞ!」

 エルフィンの絶叫が、洞窟内に響き渡った。


 怒りで頭に血が上るが、体は至極冷静だった。


 彼等はとっさに、暴走した精霊に対する送還の陣を整えた。

 相手が暴走していると判断し、誰ともなく陣を組み替えたのだ。そのすばやい判断と正確な動きは、彼等の優秀さを現していた。


 一人では弱い水の力も、十人集まれば、上位の精霊にさえ通用する力となる。


 彼等は自分達の力と秘術をあわせ、目の前に現れた異常の原因。双頭の火の鳥を鎮めようと、術を発動させる。

 しかし、どれほど力を集めても、どのような秘術を持ってしても、目の前にいる不死鳥は、びくともしない。それどころか、その水の力さえ、届きさえもしない……!


 全ての水が大精霊に届くことすらなく、すべてその直前で蒸発し、消えてゆく。



「これが、我々と、大精霊の、位の、差……」

「こんなの、どうすればよいのだ……!」


 エルフの若者の誰かが、その絶望的な差に、心が折れかける……

 混乱し、呆然とたちつくす、エルフの若者達。



 双頭の火の鳥が、溶岩の中をのたうちまわる。それはまるで、制御できぬ自分の力に溺れ、苦しんでいるように。



『ぴいぃぃぃぃ!』

『ぴぃぁぁぁぁぁぁ!』


 何度目かわからない、二つの不死鳥の叫びが洞窟内に響く。



 溶岩の中、翼をはためかせ、炎が吹き上がる。


 それはまるで、炎の岩のようだった。ごろごろと転がるようにして、その炎はエルフィン達エルフの若者へと襲いかかる。



「くっ、まずい! 全員精霊を防御にまわせ!」

 エルフィンの激が飛ぶ。


 一同は集まり、全員で一個の水の障壁を生み出した。


 この統率力こそが、彼等の強みである……



 が、その水の障壁は、その炎によって打ち破られ、全員がその場から吹き飛ばされることとなった。



「バカな! これだけの人数で作った障壁を、こうも簡単に打ち破るとは……!」


 いかな大精霊でも、これだけの人数でバリアを張れば、びくともしない障壁が完成する。

 なのに、目の前の異常精霊は、その合わせた力すら、軽々と破壊してみせたのだ……!



 水の障壁が破られ、全員が無防備となってしまった。



(このままでは……!)

 エルフィンは、死さえ覚悟する。



 双頭の火の鳥の叫びが、洞窟内に木霊した。


 炎が集まり、無防備となったエルフ達めがけ、炎の弾丸が、撃ちだされる。


 その圧倒的な力。

 それを見たエルフ達の誰もが、これで終わりだと、確信した……



 ざん!



 だが、終わりはやってこなかった。


 エルフの若者達と、双頭の火の鳥の間に、一本の刀が突き刺さる。



 入り口より、何者かが投げこんできたのだ。



 突き刺さった刀の前に、光で描かれた幾何学模様の魔法陣のようなものが生まれ、光の柱とともに、巨大な白銀の鎧を纏った左腕が姿を現した。



 その煌く白銀は、赤い炎の光を反射し、とても美しい輝きを見せる。


 炎が迫ってきているというのに、エルフ達は思わず、その幻想的な光景に目を奪われた。



 その左の掌に、さらに光の渦のようなものが現れ、なにか、盾のようなものが飛び出した。


 六角形の形が集まった金属の塊。それはまるで、亀の甲羅のようだった。



 その盾は、空中で双頭の火の鳥が放った巨大な炎を遮断する。



 ──助かった!



 エルフの若者達は、ほっと胸を撫で下ろす。


 だが……



 ぱきぃぃん



 その盾は、その一撃で、バラバラになってしまったのだ。


 これでは、次の一撃はもう、防げない。



 エルフ達は、その盾に一瞬の希望を感じ、その光景に、また絶望へ叩き落された。



『ぴぃぃぃぃいいい!』

『ぴぃああああああ!』


 双頭の火の鳥が再び吼え、翼を広げる。するとそこから炎の羽が舞い、その羽は、炎の弾丸へと変わった。

 まるで雨のように、その炎の弾丸が、一団を襲う。


 彼等は死を覚悟し、ぎゅっと目を瞑った。



 しかし、今度こその衝撃は、来ない。



 目を開いてみれば、目の前に、バラバラになったはずの盾が、一人ひとりを守るように浮かんでいたのだ。

 一メートルほどの、六角形の形をした金属の盾。


 それが、炎からエルフの若者達を守るように。



 それは、『アーマージャイアント』の持つ防御兵装。


 名を、『玄武』といい、亀の甲羅をかたどったような、六角形の形をした無数の盾の集合体である。

 それは時に、一つに集合して巨大な盾を作り、時に、バラバラに分解して、小さな盾として多くの命を守る傘ともなる、防御に特化した装備であった。

 ちなみに、『アーマージャイアント』の持つ、無数の爪を持つ刀は、白兵兵装『白虎』という。


 その『玄武』の盾が、エルフ達の身を、炎の灼熱から守ったのだ。



「セーフ」

 入り口で刀を投げた形のアズマがいた。


 間一髪で、アズマと長老の到着が、間に合ったのだ。



「あれは、一体……」

 水がめからこの光景を見ていたサムソンが、驚愕の声を上げた。


 あんな盾。エルフの世界にも人間社会でも見たことがない。


「彼は、何者なんだ?」

 精霊を打ち倒し、さらにあのような装備を持っている存在。

 サムソンはアズマが何者なのか、興味を持った。



「言ったじゃろう? アイツはサムライだと。それとも、この名の方がわかりやすいか? アイツは、『アーマージャイアント』じゃ」



 一緒に水がめをのぞいていたリゥが少し誇らしげに答えた。


 サムソンにも、その名は覚えがあった。

 里の外にいた際、聞いた覚えがある。



 南北戦争において、伝説とも言われた英雄の名だ。



 白銀の鎧が目に入る。光の渦から現れた巨大な左腕。そうか。あれならば、幻の英雄と言われるのも納得がいく。

 そして、あの少年の強さにも、合点がいった。



「無事か皆の者! ワシの言葉が聞こえるならば、いったんひくのじゃ!」


 アズマの隣に現れた長老が、洞窟内全てに響くよう、大きな声を張り上げる。あまりに大きな声を出したので、言ったあと少しけほけほと咳きこんだほどだ。



「で、ですが長老! ここでひいては……!」


 長老の声に気づいたエルフィンが、反論を返す。


 ここで逃げ帰っても、なんの解決にもならない。むしろ、今どうにかしなければ、異常火の大精霊は暴れるままだし、火山の噴火はとめられない上、エルフのプライドも、なにもかもが砕けてしまう。


 だが、彼等が目の前の双頭の火の鳥を鎮める手立ては、まったくなかった。



 撤退拒絶。



 それは、明らかに正しい判断ではない。


 なぜならこの時のエルフィンにあるのは、サムソンに対抗する対抗心や、人間に助けられたくないというプライドからの反論だったからだ……



「まあまあ、そんなこと言っている場合じゃありませんぜ。なにせ目の前にいるのは……」


「っ!?」


 気づけば、エルフ達の前に突き刺さった刀のところに、一人の少年が立っていた。

 異邦の装束を身に纏った少年。突然現れたアズマの背中に、エルフの若者達は驚きを隠せない。



 少年がいつの間にか、エルフの若者達を守るようにして、そこにいたのだ。



 答えとしては洞窟を走って一気に刀のところへやってきただけなのだが、彼等にそれは、まったく知覚できなかった。

 だが、さらに驚愕する事態が、アズマの言葉から生まれる。



「……って、え? あれ、すざくん? すざくんじゃないか!」



 エルフ達を説得しようとしたアズマが、双頭の火の鳥の片方の頭部を見て、そう声を上げた。



「え?」

 エルフィンも、あまりのことに、唖然とした声を出す。



「は?」

 これは、長老の声だ。



「は?」

 長老の精霊を通してみていたリゥの声。



「え?」

 同じく、サムソン。



「こんなところにいたのかすざくん! 探したんだよ。さあ、俺の元へ帰ってくるんだ……っちゃっちゃっちゃちゃー!」

 感動の再会! と言わんばかりに、火の鳥へと駆け寄っていったアズマは、見事口からの炎によって、返り討ちにあったとさ。



 ごろごろと転がり、未だ刀が突き刺さっている地点まで戻ってきた。



「って、なんかおかしいと思ったら、頭二つあるヨすざくん! イメチェンかい! それとも反抗期かい!」


「「今さら気づくのかい!」」

 遠くて届かないつっこみが、テントに響いた。

 洞窟の中でもエルフィンが同じことを叫んでいたが。



『ぴぃぃぃぃぃ!』

『ぴぁぁぁぁぁぁぁ!』



 二つの頭が、その口に炎をためる。それは、明らかな攻撃行動。



「あ、これはやばい」

 さすがのアズマも、顔を少し青ざめさせた。


 地面に刺さった刀を掴み、引き抜いて洞窟の入り口兼出口へ走り出す。


 その場にあった光の魔法陣は消え、巨大な左腕もそこへ吸いこまれるようにして消えた。



 その炎の集まる光景を見たエルフ達は、思わず小さく悲鳴をあげる。

 彼等の目には、そこに集まる火の精霊の力が、はっきりと見てとれたからだ。



 あんな量の力を受ければ、残るのは灰さえない。なにをしても助からないと感じるほどの火力だったのだ……



「みんな、マジでてったーい!」

 その言葉と共に、思わず腰をあげ逃げ出そうとするエルフ達。だが、あまりの恐怖に、腰が抜けて動けない。


 それほど、目の前に存在する双頭の火の鳥は、エルフの若者達にとって、圧倒的な存在に感じられたのだ。


 足を震わせ、かちかちと、歯が震えてぶつかりあう。

 とても、この場から逃げられそうになかった。



 だが、その直後、彼等を守っている六角形の盾から光が生まれ、エルフ達の体を包む。


 盾から生まれた光の球体は、エルフ達をその中へ包みこみ、ふわりと浮かび上がり、走るアズマと共に火山洞窟の出口へと進み出す。



 双頭の火の鳥が、その口から巨大な炎の柱を吹き出した。


 二本の柱は、クロスし、ぶつかりあい、大きな爆発と共に、巨大な炎の津波を引き起こす。



 走るアズマに炎の津波が押し迫る。



 彼は、光に包まれた全員を押し出すようにして、光の球体達の一番最後を走っていた。その走る速度は、明らかにいつもより遅い。それは、防御兵装『玄武』を使い、この場にいるすべてのエルフを救おうとそれを押し動かしているからに他ならなかった。


 アズマの背中に、炎が迫る。



「アズマ!」

 長老の精霊から見ているリゥが、思わずその水がめを掴み、声を荒げた。



 長老のテントにある水がめの水面。そこがすべて、炎の色に染まる。

 入り口にいた長老さえ、巻きこまれたのかと思うほどの炎が、入り口から噴き出したのだ。


「繋がりが切れないということは、長老は、無事だ……」

 ホワイトアウトした水面を見て、サムソンがそうつぶやく。


 万一長老の精霊が巻きこまれ、やられていたとすれば、この水面はただの水がめに戻っている。



「そんなことより、アズマはどうなった! アズマは!」

 リゥが水がめを掴み、ゆらゆらと揺らす。



 その動揺は、長老のことを思わずそんなことと言ってしまうことからも、感じ取れる。


「そんなことをしても意味はない。落ち着くんだリゥ嬢ちゃん」

「これが、落ち着いていられるか!」

 サムソンは、やれやれと肩をすくめた。この場合、自分がなにを言っても無意味だと気づいたのだろう。彼女を安心させられるのは、彼が無事である姿を見せるしかない。


 といっても、サムソンも心中は穏やかではない。


(無事であってくれ……)

 サムソンは、精霊に祈りを捧げた。


 ホアイトアウトしていた視界が、ゆっくりと元の色を取り戻してゆく。



 キョロキョロと水蛇が周囲を見回し、水面の映像があわただしく移動する。



 そこには、洞窟の中から放り出されたエルフ達が、地面にへたりこんでいるのが見えた。

 数を数えてみれば、エルフィンをふくめた十五人全員の姿が確認できる。


 アズマの盾により、全員が無事のようだ。



 だが、肝心のアズマの姿がない……



 あの盾を展開していたせいなのか、明らかに逃げる速度が遅かった。


 リゥの心に、心配と不安だけが募る。



 長老の精霊の首が動き、水面の映像がめまぐるしく移り変わる。



 すると、洞窟の入り口を大きく飛び出し、ごろごろ転がったあと、木の根元でひっくり返って寝転んだ状態になっているアズマの姿が確認できた。


 一人だけ、入り口から噴出した爆風に煽られ、遠くへ飛び出してしまったようだ。

 視界にうつったアズマは、顔のみをそちらに向け、にへへ。と無事である証の笑いを見せた。



 それを見た二人は、ほっと胸を撫で下ろす。



「いやはや、ひとまず、里へ戻るべきじゃな……」


 現状を見回した長老のつぶやきが、彼の精霊を通して、テントの中まで響いた。




──朱雀──




 太陽はすでに大きく傾き、黄昏時と呼ばれる時間を示していた。


 ミィズの里。

 その広場へ戻ってきた若者達と、彼等を治療する里の残りのエルフ達。そして、アズマと長老、サムソンもう一人と、里の全員が、この場に集合していた。

 ちなみに、里の総数は二十九人。二十代から三十代(人間換算)のエルフが十五人、まだ二百年も生きていない子供が七、六十代を超える老人が三人。他に妊婦が二人と、長老とサムソンで、二十九人となる。


 物心のついていない子供や、その世話をする子供、妊婦などは大きなテントへ避難し、他の者は、戻ってきた若者達を介抱していた。



「……終わりだ。我等には、どうすることもできない」

 エルフィンはがくりと肩を落とし、力なくうつむいていた。


 他の若者達も同様に肩を落とし、意気消沈している。


 自分達だけで大丈夫だと息巻いて行ったのにもかかわらず、あのような異常精霊を召喚し暴走させ、その力はまるで通用せず、なす術もなくやられた上、尻尾を巻いて逃げ帰ってきたのだから仕方のないこととも言えた。

 さらに、自分達が見下し、愚か者と評した少年にその命を助けられたのだから、その精神的ダメージは、計り知れないものだろう。


「生きて戻ってこれただけでも幸運だと、私は思うがね」

 うなだれる彼等を見て、左に長老を置いたサムソンが、小さなため息と共に、そんなことをつぶやいていていた。


「うむ。まさかあれほどまでの異常とはな。千年を生きるワシとて、はじめての事態じゃわい」

 サムソンの隣にいる長老も、双頭の火の鳥を思い出し、広場の惨状を見て、サムソンに同意する。



 双頭の火の鳥。精霊の奇形。物質界とは隔絶された存在である精霊の異常は、精霊のバランスが狂ったことによって引き起こされる噴火などの自然災害とは、また違った異常であった。


 この世に召喚された精霊とは、世の理を世界に顕現させた姿である。例えて言うなら、物が上から下へ落ちるという事象を物質界に形作ったと言ってもいいだろう。

 その姿が狂うということは、滝の落下が逆さになり、落下すべき物体が空へと飛んでゆくような異常事態である。


 あそこでは、世の理が、世界の法則が狂っていると言っても過言ではなかった。


 そんな中を生きて帰ってきたのだ。彼等はまず、自分の無事を喜んでもいいだろう……



 とはいえ、事態はすでに異常精霊を鎮めるなどという事態ではない。もっと上の位。世の理を修正するほどの力が必要な事態である。


 エルフの若者達も、それを理解している。それゆえ、肩を落とし、こうしてうつむいてしまっているのだ。



「まあ、自然に起きるようなことじゃないしね。誰も体験したことはないと思うよ」


 長老の言葉に、アズマが答えた。

 ちなみに、長老の隣にはアズマが立ち、アズマの隣にはリゥが立っている。



「それで、お前はなにか知っているようじゃったが、どういうことじゃ?」


 リゥがうなだれる若者達から視線を外し、横にいるアズマへ視線を送り、質問する。


「あー、あれは……って、なんで君が知ってるの?」

「ああ、それは精霊を通じて見ていたのだよ」


 サムソンが長老の精霊から見ていたと、経緯を説明する。


「ああ。納得理解」

 ぽんと、手を叩いて納得した。



「で?」

 話が済んだところで、リゥが質問の答えをうながす。



「んー。なにから説明したらいいのかなー」



 ぽりぽりと頬をかき、アズマは近くにあった棒を拾う。なにかと思えば、片付け損ねた牢屋の格子だった樫の木だ。


「ひとまず、あれはさ、俺の使うサムライアーマー。ほら、洞窟で左手だけ出てきたアレ。あれの装備の一つが火の大精霊ってのと半分融合しちゃってああなってるんだ」

 拾った棒でがりがりと、広場の地面に文字を書く。



 そこには、『朱雀』+『火の大精霊』=大暴走という図式が描かれていた。



「「「は?」」」

 アズマの言葉に、三人が同時に同じ声を上げた。真ん丸くした目も、まったく同じに。



「まずはそうだな。あの鎧の動力源から説明しないといけないか……」


 頭をひねったアズマは、続けて、地面に自分の鎧。『アーマージャイアント』の絵を描きはじめた。



 アズマの簡単なカラクリ機動兵器講座が、はじまる。



 アズマの駆る『アーマージャイアント』。その動力源は、『ヤオヨロズリアクター』と呼ばれる反応炉で動いている。

 漢字で書くならば、『八百万反応炉』と描かれる代物だ。



 それは、彼の故郷にある八百万の神。すなわち、万物全てに命が宿るという考えを元に生み出された、反応炉。



 その『ヤオヨロズリアクター』とは、万物に宿る生命の力。『気』と反応し、エネルギーを生み出す動力炉なのだ。

 つまり、万物──世界──がある限り、無限に力を産む、永久機関なのである。


 さらに、『ヤオヨロズリアクター』にはもう一つ、別の役割もあるが、今回の件とは関係がないので、今は割愛しておこう。



「それは、すごいものだな……」

 説明を聞いたリゥが、驚嘆する。


「まあ、世界に三つしかない、『遺人』テクノロジー由来の産物だからね」

 人差し指をくるくると回し、アズマはリゥの言葉に答えた。


(だからこいつは、『遺人』の遺産に関しての知識もあったのか)

 ルルークシティ地下でのあの言動について、リゥは納得がいった。



 説明は続く。



「そして、ここからが問題なんだけど、その反応炉から生まれるエネルギーってのは、精霊の生み出すエネルギーと、性質的にはほぼ一緒なんだ」

 そもそも、アズマの故郷の考え方ならば、精霊もその八百万の神々の一員だと言える。その中でも、精霊は、形を持たないエネルギーの塊でもある。


 あの水の狼や、火の鳥のように。



 精霊とは、『気』と同じく、万物に宿る、力の源でもあるのだ。



 がりがりと、図が描かれる。


 木や岩、それに人を描き、そこから矢印を描いて、エネルギーチャージと、その動力炉へ向う矢印の上に描いた。

 そしてその矢印と精霊をイコールで結ぶ。ちなみに、精霊は、その木や岩や人の隣に寄り添うように書かれている。


 つまり、彼の持つ装備は、同質の精霊がいるなら、反応炉を通さずとも、そのエネルギーを回復できる。ということだ。



「で、さっき言った鎧の装備。その中に、空を飛ぶためのフライトユニットがあって、そいつの名前が、朱雀っていうの」

 正式名称を、飛行兵装『朱雀』という。



「それは、さっき洞窟で呼んでいた名だな」

「そう。ウチの故郷では、火の鳥の名前なんだ」


「……」


 リゥ達は、これで、大体の事情が飲みこめてきた。


 リゥが、手で額をおさえる。まるで、頭痛でもしたかのような、苦々しい表情とともに。



 火の鳥と同じく、火を基にする火の大精霊。エネルギー源としての元が同じ……



「つまり、反応炉からはぐれ、エネルギーを得れなくなったフライトユニットのすざくんが、エネルギーを求めて、同質の力を持つ火山へやってきて、そこでエネルギーをためていたら、その中に火の大精霊が顕現して、二つが融合したような状態になってしまい、そのまま大暴走してしまったというわけさ!」



 ばばーんと、天を指でさし、アズマは説明を終えた。天を指差した指先が、沈みはじめた太陽の光を反射したような気もするが、それはどこか、申し訳なさそうにしていたのは気のせいだろうか。



「つまり、半分はお前の所有物の責任というわけか」



「そういうことになりますの!」

 えへっと可愛く笑った。



 最初に起こっていた精霊異常も、それが、この地に現れたせいなのだろう。



「意図的云々を言い出したお前こそが犯人とはどういう了見じゃこらぁ!」


 頭突き、腹、きまる。


「もーしゃけねーだー!」

「というか、何故そんなものが野放しに!」

 ぷんぷんと頬を膨らますリゥの疑問は最もだ。



 アズマはしゅぴんと背筋を正し、その疑問にお答えする。



「ヒントその一。南北戦争。ヒントその二、悪夢の遺産との最終決戦。ヒントその三、相手は飛んでましたー」

 指を一本ずつあげ、ヒントという名の答えを上げてゆく。


「あっ……」


 リゥも、すぐに答えを察した。そうか。あの戦争で……

 アズマのことだ。人を守るために……



「答えは最近マトモにご飯を与えていなかったから~」

 飛び蹴りをくらった。


「頭突きじゃなくて飛びげりぃ!」


 蹴飛ばされ、頭を地面にぎゅりぎゅりとこすりつけたアズマは、そのまま頭をつかまれ、その瞳をギロっと睨まれる。

 リゥが唯一使うことのできるエルフの秘術。心の真贋を確かめる力が、発動した。


「やはり嘘か! どれが嘘だ! この嘘つきが!」


 襟首を掴み、がくがくとアズマの首を揺らす。アズマは揺らされながらも、わははははは。と笑いながら、答えを返す。



「さって問題です。どっちが嘘でしょう?」

「っ!」


 言われ、リゥは気づいた。今まで気づかなかった、この術の弱点を。


 確かに、嘘をついているのはわかった。だが、その中に真実がふくまれていた場合、どちらが真実かわからないのだ……

 当然、どちらも嘘という可能性がある。だとしても、今のリゥにはまだ、個別でその真贋を確かめる技術は持ち合わせていなかった。



「人間けっこうこずるいから、気をつけなー」


 アズマはいつも通り、なははと笑った。人懐っこい笑顔だが、逆にそれが今は腹が立つ。



「こんなところだけ無駄な器用さを発揮しよって……」

 だが、リゥも自分の力を過信しすぎぬようにと、心に刻むのだった。



「ふむ。これで原因は判明したわけじゃな」


 長老が顎ヒゲをなでつけ、アズマとリゥの漫才を見ながらつぶやく。


 とはいえ、解決法は未だわからない。



 どうしたもんかと頭を悩ます長老を尻目に。



「そんなわけで……」

 リゥの手から逃れ立ち上がり、アズマはうつむくエルフの若者前に立つ。



「原因の半分は俺にあります。だから、あとは俺に任せてくっださいな」



「む?」

 アズマの言葉に、長老の眉が大きく動いた。


 相変わらず、とんでもないことをこともなげに言い放つ少年である。

 その背中を見たリゥは、腕を腰にあて、苦笑してしまっていた。



「だってこの事態は、皆さんの手に余るもの。あとは俺がなんとかするんで、黙って見てやがってください」


 そう、アズマは堂々と言い放った。



 しかし、アズマのそんな憎まれ口に、エルフの若者達は誰一人として反応しない……

 皆うつむき、うなだれたままだ。



「……」

 任せてくっださいな。と言った時親指を立て、それで自分を指差していたアズマは、しーんとした広場を見回す。



「だってこの事態は……」



「いや、聞こえておるよ」

 反応がなかったため、聞こえなかったのかと考えた彼は、もう一度同じ言葉を言おうとした。だが、その言葉は、長老にさえぎられてしまう。


「……」

「……」

 長老とアズマが、視線を見合わせた。一回頷いて、二人で顔を寄せ合い、話しはじめる。


「……みんな、あれですか?」

「うむ。みんな、あれじゃ」


 ひそひそと、長老とアズマが耳を寄せ合い、小声で語り合う。



 双頭の火の鳥との邂逅。その差があまりに大きく、彼等の心は、それだけで折られてしまったのだ。

 今ここで、立つ気力があるのは、元々立っている四人くらいだろう。



「あらら……」

「これは、仕方がないとも言えるがのう……」


 長老がさもありなん。と髭を撫でた。



「ま、いいんですけどね。今回ばかりは俺も余裕があるわけじゃないから、無理に手伝えとは言えませんし。それに、俺一人でもどうにかできますから」

 彼は、切迫するこの状況の中、あっさりとその言葉を口にした。


「ちょいと力技になりますけどね」


 力技と聞いて思いつくのは、サムソンの精霊。『ウォー・ウー・ウォー』へおこなったこと。一定以上のダメージを与え、召喚された精霊を強制的に物質界から送還してしまうという方法だ。

 儀式において呼び出された精霊が暴走した時にとられる、最もポピュラーな方法である。


 リゥもサムソンも長老も、彼の持つ『気』の技術を用い、力技で精霊を物質界から送還できることを知っている。

 もう一方の朱雀とやらは、むしろ彼の領分であるのだから、そちらに関して門外漢のエルフが口を挟める話ではない。


 若者達の心が折れて戦えぬ今、頼れるのは彼だけということになる。



「しかし、大丈夫かね? 私の精霊とは違い、相手は大精霊だ。しかも、それと同じくらいの存在と融合しているのだろう?」

 サムソンが、心配そうな声を上げる。


 融合し、双頭の火の鳥となるのだ。もう一方の朱雀も、その格は大精霊と同等である。でなければ、どちらかが吸収され、あのような歪な形にはならない。サムソンは、そう推測していた。


 そしてそれは、正解である。

 ならば、いくら彼が自身(サムソン)の精霊を倒し、伝説と言える英雄だとしても、勝算が本当にあるとは思えなかった。


 相手はなにせ、世の理を司る存在と言っても差し支えないからだ……



「大丈夫大丈夫。このくらい一人でどうにかできないと、俺の目指す西の果てには到達できないんで」

 はっはっは。と、指を一本立て、毎度おなじみの軽さで笑った。


「そ、そうかね……」

 あまりの軽さに、心配を通り越して呆れが出てしまうサムソンであった。



「……っ!」

 そのアズマの言葉に、別の意味で反応を示したのは、リゥ。

 アズマが人差し指を上げた時、一瞬目があったのだ。その指はまるで、その一人を強調しているかのように見えた……



 リゥにはわかる。一人でどうにかできるという言葉に、嘘ではないのだろう。



 彼の前では、ほとんどの存在が足手まといなのだから。

 その足手まといがいなくなった彼ならば、この事態も容易く解決するのだろう。


 他人に助けを求めないのは、彼がそれをできるだけの実力があるということであり、なにより彼が協力を頼める存在がここにいないということも意味していた。

 今回の双頭の火の鳥とは、それほどの事態なのだ。


 それゆえ彼は、一人でこの事態を解決しようとしている。

 いや、それができるのが、この場では、自分しかいないと思ってる……



 だが、リゥにはそれが、我慢ならなかった。



「……アズマ」

 意を決したリゥが、アズマに問いかける。


「なーにー?」

「貴様のやり方がどんな方法かは知らんが、それなら、ワシにだって考えがある」


 相変わらずふざけた態度のアズマを、リゥはきっと睨む。



 一度、彼がわざわざエルフ達に問いかけたということは、立ち上がれば、無謀といえども方法があるということだ。

 ならば彼は、無謀でもその方法を成功させる手助けをしてくれる。



 彼は、あのルルークシティの遺跡で自分の気が済むまでわがままに付き合ってくれたのだから。


 アズマは、そういう男だ。



 そして、リゥはその方法に一つ心当たりがあった。

 きっと、エルフならば誰もが気づいている。気づいているが、誰もやるなどとは言えない方法が……


「一応聞いてあげる。どうするの?」




「ワシが、火の大精霊と契約する!」




 ざわっ!



 今まで、なんの言葉にも反応しなかったエルフ達が、大きくざわめいた。



「そうすれば、火の大精霊。フェニックスの暴走は止められる。あとは、貴様がその朱雀とやらの暴走をとめれば、双方の問題は見事解決じゃろう!」


 リゥが、アズマを見据えながら、はっきりとその意志を伝える。


 二体が絡み合い、暴走しているのなら、その二体とも暴走を止めてしまえばいいのだ。その方法が、外部から火の大精霊に接触し、コントロールすること。


 唇を真一文字に結び、決して引かぬ覚悟で、彼女はアズマをにらみつけた。



「……本気?」



「当然じゃ。ワシはお前についていくと決めたのだ。ならば、この程度のこともこなせずして、どうしてお前と行けようか!」


「無謀だよ?」



「無謀は承知! なにより、貴様がいつもしていることに比べてたら、百倍楽じゃ!」



 そう。やらねばならない。

 彼は、言った。一人でなんとかなると。それは当然、事実なのだろう。



 彼がそう言った時点で、この事態は、解決を約束された問題なのだ!



 だが、リゥはそこに胡坐をかいて解決をただまっているわけにはいかない。


 それなら結局、彼は一人で先へ進んだ方がいいということを認めることになるからだ。

 このまま解決を待つということは、自分はこれから先も、ただいるだけの足手まといでしかないことを認めることになる。


 それでは、彼の旅についてきた意味が、まるでないではないか!


 あの一本の指は、暗にこのレベルでついて来れないのなら、旅についてくる資格はないと言っているのだ。



 これはもう、エルフの里や、その周辺を救うという大きな事態ではなかった。



 リゥとアズマ。この二人の、個人的な勝負。それにすぎないのだ。

 だから、リゥは、なにがなんでもこの無謀を成功させなければならない。



 彼と同じ道を歩むと決めたのだから!



 強い意志と硬い覚悟に満ちたその瞳。一歩も引く気のない、頑固な心が、リゥの瞳からは読み取れた。



「……そっか。わかった。なら、リゥの案に乗らせてもらおう。君が火の大精霊を従えて、俺はすざくんのコントロールを取り戻す」


 彼はウインクをし、一本だった指をもう一本上げ、二本にした。



 Vサインである。

 リゥも同じように笑みを返し、指を二本立て、そのサインを返した。



「いいな! 約束だぞ!」

 この約束という言葉の意味は、他のエルフにはわからない。だが、アズマとリゥにはそれで十分通じた。


 二本の指が、それをしっかり示している。



「ギブアップは早めにね。ぷっぷくぷー。と笑われて泣く余裕、ちゃんと残してくれないと、街の人が悲しむし」


 街の人。というのは、当然ルルークシティの人達のことである。

 それはつまり、自分が負けそうになったら助けに入るという意思表示だ……



「負け前提で話をするな!」



「えー? だって、誰がどう見たってむぼ……」

「そーゆーことは言うでない!」


 ぽかぽかと、リゥはアズマの背中を殴るのだった。


 例え無謀と言われようと、それは絶対に認められない! 絶対に、負けたりなどしないのだから!




 エルフ達がどよめいている。

 火の大精霊を従えるなんて、それは、千年を生きる長老ですら考えたことのない暴挙だ。


 従えるというのは、大精霊を鎮めるどころのレベルではない。儀式でほんの少し力を借りるとか、そんな次元の話ではない。


 それは、鎮めるために火を消すどころではなく、その身に、巨大な炎を飲みこまなければならないようなものだ。

 生身で、火口へ飛びこむようなものだ……!


 それは、炎に焼かれ、自殺すると言っているのに他ならない!



 だが、確かにそれで、火の大精霊は鎮まるだろう。彼女という、生贄を捧げることで……


 彼女を焼き尽くすことによって……



「なぜ、君が……」

 呆然とリゥを見つめるのは、エルフィン。完全に折れた心に、なぜそんなことをという疑問が生まれる。


 制止のために手を伸ばそうとして、その手を止める。


 どうして自分が、彼女を止められる? 自分の里も満足に救えず、慢心して、敗北して、戻ってきた自分に。

 原因の一端を担ったというのに、その生贄になる勇気すらなく、逃げ戻ってきた自分に……!


 エルフィンはそのまま、手を下ろし、肩を震わせ、うつむくしかできなかった。

 ただ震えて、その成功を待つことに胡坐をかくことしか、できなかった……



 儀式を行い、双頭の火の鳥を呼び出したのは、自分達だというのに……




「そうと決まれば、すぐに行くぞ!」

 先ほどの発言のまま勢いで、リゥは拳を突き上げる。


「えー。今日もう疲れたー」

 リゥの勢いに反し、アズマはすとんと地面に腰を下ろした。


 ちらりと、長老へ視線を向ける。それを見た長老も、うむ。と頷いた。



「嘘をつけ! 貴様がそんな体力ナシなわけあるまいが!」

 ぐいぐいと手を引っ張るが、寝転んで目をつぶった彼を動かすことはかなわなかった。


 目まで瞑っているので、その疲れたが嘘かどうかの真贋を試すこともできない。



「ぐーぐー」

「明らかな狸寝入りなどするな!」


 どすどすと、腹を突いた。


「ぐっ、ぐぅ……」

 それでも、アズマは寝続ける。突かれるのと同じタイミングでの、ぐぅだが。



「まあまあ。待ちたまえ」

 気合十分のリゥに向かい、長老が割って入ってきた。


「今、ワシの精霊が火山を見張っているのじゃが、相手は小休止をしている状況のようじゃ。ひとまず、明日の朝くらいまでは余裕がある。ここは一つ、休んだ方がいいと思うぞい」

 双頭の火の鳥が暴れる火山は、長老の精霊、水蛇が、火山の入り口を見張っていた。


 今は少し安定したのか、洞窟内で暴れるなどはしておらず、大人しく溶岩の中で羽を休めており、噴火などの危険もすぐにはないようだ。

 ただ、それはエネルギーをためているという意味でもあるので、一概に安心することはできないが……


「む、う……」

 目上の者である長老にそう言われてしまうと、リゥも強くは出れない。


 確かに、今日は色々とあり、疲労も溜まっている。


 アズマの方も、今日は走り通しだった。相手に時間を与えるが、こちらにも時間は欲しいのかもしれない……

 思案し、リゥは寝たフリをするアズマを見た。


 彼の体力がこれで尽きているとは到底思えない。ならば、この行動の意味は……


(この男が行こうと言わないのだから、休んだ方がいいんじゃろうな……)

 冷静になった頭が、そう結論を導き出す。



 つまるところ、自分に休めと言っているのだ。



(本当に、素直じゃない男じゃ)

 そして、リゥも素直に休めと言われて、休むような性格はしていない。


 どっちもどっちか。と思い、リゥはくすりと笑った。


「わかった。明日の朝決行じゃな。今日はもう休むとしよう」

「いやっほぅ! そうだね! 今日は休もうぜ!」


 長老の言葉にリゥが納得した直後、アズマはぴょーんと飛び上がって喜びをあらわにした。


「やはり完全に狸寝入りか」

「しまった、バレた!」

「最初からバレバレじゃ!」

 まったく。と腕を組んだリゥが息を吐き、アズマがわはは。と毎度おなじみのかるーい感じで笑った。



 はたから見るエルフからは、なぜこんなに悲壮感もなにもなく、二人は笑顔なのだろう。と不思議だった。



 明日には、二人とも生贄のように、命を棄てるかもしれないのに……

 すでに諦めた彼等に、その気持ちは、理解できなかった……



「では、明日決行! 今日はゆっくりお休みさせてもらいます!」

「では、ワシのテントを貸そう」


「え? まじですか?」

 いそいそと、牢屋へ入ろうとしていたアズマが、嬉しそうに振り向いた。


「むしろなぜそこに入ろうとするのか、ワシャァ疑問じゃよ」

「あっはっは。今日はここにいるのがスジかな~。なんて思ってたもんで」


「謙虚なのか、アホウなのか本当にわからん子じゃのう」


 ちなみに、多分後者が当たりだ。



 リゥもアズマも、立派なお布団のあるテントを貸してもらい、そこで疲れを癒すこととなった。




──エルフの意地──




 日も落ちて、夕飯の時間も終わった夜。

 明日に備え、それぞれの者達は眠りについていた……


 集会所として使われる、ミィズの里で最も大きなテント。


 そこに、エルフの若者達は集合していた。

 目的があってここに集まったわけではない。ただ、うなだれたまま、広場からこちらへ移動したに過ぎない。


 日も落ちて、テントの中にある灯りは、四方にある小さなランプに灯された光だけだった。



 薄暗い室内の中。若者の一人が、小さく、ため息をつくかのようにつぶやいた。


「どうする?」

「どうするもこうするもない。我等にできることなどあるのか? ないだろう?」


 誰かのつぶやきに、誰かがつぶやきを返した。


 明日のために休めと言われたが、明日、自分達にすることなど存在しない。なにもできない彼等は、休むわけでも、愚痴をいうわけでもなく、ただ、こうして目的もなく集まり、肩を落とし、呆然としているしかなかった。



 誰かが、また、ため息をついた。



 こんな時、人間ならば、酒を飲んで現実逃避するのだろうが、エルフにはそういう習慣はなかった。理知的とも言える彼等は、ただただ、今日あったことを悔いて、恥じている。

 ちなみに、エルフに酒がないわけではないことを一応報告しておこう。


 そんな辛気臭い若者達のテントの入り口を強引に開き、踏みこんできた人影が一つ。


 小さな灯りに照らされれば、身長百八十を超える、ムキムキのシルエットが現れた。



「はー。まったく。お前達は、そんなのだから、いつまでたっても森から出られず、時代に取り残されるんだよ」



 やれやれと、テントに入ってきたのは、彼等の元先生。サムソンだった。

 辛気臭いねぇ。と小さくつぶやいて、テントの中でこちらも見ず、頭をたれている若者達を見回す。



「お前達、一つ聞け」


 力強い声が、テントの中に響く。


 反応は、ない。それでも彼は気にせず、言葉を続けた。



「確かに、私達が彼ににしてやれることはほとんどないと言ってもいいだろう」


 サムソンは知っている。アズマが、精霊と対等以上に戦える者だということを。アズマが、双頭のもう一方の頭の所有者であるということを。


 サムソンは、確信している。このままなにもせずとも、この問題は彼の手によって解決されるだろう。と……



「だが、お前達は、それでよいのか?」


「……」

 反応は、返ってこない。



「このまま、彼にまかせ、そうしてただうなだれているだけで、満足なのか?」


 ぎりぃ。大きな歯軋りが、テントの中に響いた。



 テントの中心に座っていた一人の男が立ち上がる。


 切れ目で、すらりとした髪の長い男。エルフィンだ。

 拳を握り、ぎらぎらとなにかを憎むような目で、サムソンを睨む。



「よいわけがないでしょう! だが、我々になにができるというんです!」



 あの双頭の火の鳥に対して、自分達の力は無意味でしかない。あの洞窟の中で、ただ守られているしかなかった自分達を守り、助け出してくれた彼に、なにができるというのだ!

 そもそも、できることがないとさっき言ったのは、サムソンその人ではないか!



 怒りに任せ、苛立ちを吐き出したエルフィンに、サムソンは微笑んだ。優しく、諭すように、微笑んだのだ。


 小さな灯りに照らされたその微笑みは、なぜか、小さな安らぎを与えてくれた。



「……」

 それを見たエルフィンは、思わず口を開き、呆然と立ち尽くしてしまう。


 サムソンは、そのエルフィンへ、なにかを伝えるように口を開いた。



「だがな、そんな私達でも、やれないことなんて、なくもないんだぞ?」

「っ……!」


 その言葉は、小さいながらも、エルフィンの心に、突き刺さった。まるで、小さなトゲのように。



「いつも自分達が一番上。サポートされる側だと思っているのが間違いなんだよ。そんな体裁、とりつくろわなければ、やれることなんて山ほどあるだろう?」


「……」

 エルフィンは、押し黙る。



 拳を握り、小さく震わせている。



 彼は、すでに、気づいていた。

 自分達のできることに。少ないながら、やれることに。


 気づいているが、その実行は、エルフのプライドが邪魔をし、実行することができない。


 それは結局、他人を頼り、あの外の人間を、信頼せねば、なせないことだからだ……


 頭の中を、ぐるぐるとそのやれることが駆け巡る。

 その時、彼の脳裏に、彼女の姿が思い出された。



 ──ワシが、火の大精霊と契約をする!



 そう言ってのけた、少女の姿が。

 無謀極まりない。誰もがそんなこと、想像すらしなかった。できるとさえ考えていない。だというのに、彼女はやると言ってのけた。誰もが諦めた中、唯一、なりふり構わず、あの少年と対等でいようとする、少女の姿が……


「……」


 それを思い出した瞬間。エルフィンの目は、大きく見開かれた。

 それは、とてもくだらない思いつきだった。


 ただ、言いつくろっただけのことだ。だが、そのワンクッションを挟むことで、なぜか、一歩前に踏み出せる気がした。


 自分は、彼女のようになりふりかまわず、プライドもなにもかもを棄てて行動することなどはできない。

 それでも、里のために、自身の誇りのために、なにかしなくてはいけないと考えていた。



「そうだ。ならば、人間を直接支援しなければよいのだ……!」

 拳を握り、周囲の者へ伝わるよう、声を出す。



 その言葉は、彼と同じく、自身のプライドでがんじがらめになっていた同胞達に、伝わった。



 惨めでちっぽけなプライドを棄てられない者達へ与えられた、小さな口実。



 同族の少女を手助けするという、立派な大義名分!



 少女がなりふりなどかまわず少年と対等でいようとするからこそ、彼等もまた、くだらない理由で言いつくろい、そのプライドを守るために、立ち上がる!


「そうだ。ここでなにもしないことこそが、我等の恥! ゆえに、我等もあの子に力を貸そう!」

「おお!」

 若者達が次々と立ち上がり、拳を突き上げた。



「……」


 それを見ていたサムソンは、満足したようにヒゲをなぞり、頷いた。

 理由はどうであれ、彼等が立ち上がったのだ。彼等が自分達で作った壁を壊すには、まだもう少しの時間がかかるだろうが、その一歩は、小さくとも、とても大きな一歩だった。



 同じように嫌われ者の自分がここにいては、不都合が多かろうと、彼は気を使い、テントから出てゆこうとする。



「待ってください」

 それを、エルフィンが押しとめた。


「出てゆかれると困りますよ。まだ、やることが残っているんですから。先生?」

 不器用ながら、彼は、笑って見せた。


 心の底では、恥も、外聞も投げ捨てていた男は、できることのために、頭を下げることもいとわない。



「先生の力が必要です。我々はまだまだ未熟。お力をお貸しください」



 真摯な瞳がサムソンをとらえ、エルフィンは身を正し、深々と頭を下げる。


 サムソンは、思わず呆気にとられてしまった。

 彼の言葉を、言葉通りにとってしまった自分が、少しだけ恥ずかしくなる。



(まいったなこれは。こうも一足飛びに成長されては、先生形無しだ)



 心の中で苦笑し、それでも、その喜びに口元が緩んでしまった。


「もちろんだともさ。リゥ嬢ちゃんに、最高のサポートをプレゼントしてやろう!」


「はい!」

 こうして、彼等は残り一晩という少ない時間を使い、水の精霊の加護を最大限にひきだした護符を作成する。



 それは、リゥを火と熱から守るためのタリスマン。

 彼女の守りが高まれば、それは彼の負担が減ることを意味する。



 彼女をサポートすることは、すなわち彼をサポートすることにつながるのだ!



 彼等が、少年をサポートする意味はないだろう。だが、その彼と共に大精霊へと挑む彼女をサポートすることは、大きな意味がある!


 息を吹き返した若者達は、自分達にできる、最大限のことを、行おうとしていた。




──彼女の才能──




 深夜。


 ほとんどの者は眠りにつき、唯一灯りがともっているのは、エルフィンとサムソン達が篭る、大きなテントのみだった。

 そんな広場のすみに、牢屋の上から足を投げ出し、転がりながら空を見上げる人影が一つ。


 西部にも、エルフの里にも似つかわしくない、着物を着た、異邦人。アズマ。


 闇夜に輝く満天の星空が、ぽっかりと開いた森の広場にいる彼を照らしている。



 ミィズの里は、とても静かだ。



 彼は足をぷらぷらとさせ、遠い星の輝きを見ていた。


 その隣に、音もなく降り立った人影が、一つ。



「誰かと思えば、長老さんか」


 そこに現れたのは、しわくちゃで杖をついた、老エルフだった。



「ほっほっほ。可愛い女子(おなご)でなくてすまんのう」


「はっはっは。残念ながら、可愛い女の人は作業にかかりきりだし、可愛いけど可愛くない生意気なのは明日のためにぐっすり寝ているし、期待はしてませんでしたよ?」


 だからこの涙は、星が綺麗で思わず溢れただけなんだ。



「ほっほっほ。まあ、それはいいとしてじゃ」

「へいへい。なんですかい?」


 涙をとめて体を持ち上げ、やってきた理由を問う。



「本気であの子を連れてゆくつもりですかな?」


 その言葉とともに、長老の雰囲気が変わる。おちゃらけた雰囲気など存在しない、ぴんと張り詰めた、とても緊迫した雰囲気に。


「ええ。そのつもりですよーん」

 だが、そんな雰囲気など、アズマは華麗にスルーし、いつも通りのかるーい声で答えを返す。



「そなた一人で、今回の件をどうにかできるのは事実じゃろう。なのに、あの子を連れてゆくなど、どう考えても無謀じゃ。ワシとて、大精霊を従えるなど、想像すらしたこともないというのに」


 それは、そんなことができるなんて発想がでないほどに、大精霊とただのエルフには、格の差があるからだ。

 それは、川の水を腕一本で逆流させることが可能かと考えたり、巨大な山を身一つで持ち上げるかなどを考えるのと同じようなものなのだ。


 常識で考えれば、鼻で笑うほどのことを彼女はやろうとしている。


 エルフには、精霊と自身の差がはっきりとわかるため、そのようなことはできない。と、すぐに悟れてしまう。

 それゆえ、リゥに大精霊は荷が勝ちすぎていると、長老は感じていた。


 確かに、リシア族は、ミィズ族とは違い、全ての精霊と契約できる氏族ではある。だが、それは契約できる権利があるだけで、それを全てあつかえる才能があるわけではないのだ。


 むしろ、満遍なくあつかえるがゆえに、特出した才能なく、器用貧乏に終わるケースも少なくない。



 そして、彼女にそれを覆すだけの才能があるのか? と問われれば、長老はノーと答えるだろう。



 それほど無謀な戦いなのだ。


 長老には、いや、この場にいたエルフ全員には、リゥが自殺におもむくようにしか見えなかった。



 ゆえに、アズマにやめさせるよう、進言に来たのだ。



 場合によっては、彼女が就寝している今、火山へ向ってもらうよう説得してもいいくらいだ。

 だからアズマの三文芝居に乗り、彼女に休みをとらせた。


 そんなアズマは、長老の言葉を聞き、にこりと笑った。



「大丈夫ですよ。才能がないとか、年が若いとか。そんなの関係ありません。あいつなら、負けませんから」

 その言葉は、なにか確信があるような、自信に満ちた言葉だった。



「しかし……」

 不安げに眉をしかめる。


 それを見て、アズマはくすりと笑った。



「俺もリゥも、完全に他人、他氏族だというのに、ここまで心配してくれるなんて、みんな仲間思いでいい人達だ」

 長老の心配を、アズマはとても嬉しそうに受け止めている。


 この人は、里の心配ではなく、同じ種族でありながらも他人でしかない少女の身を案じているのだ。



 アズマには、それがとても嬉しかった。



 その優しさをかみしめるように、アズマは目を閉じ、ゆっくりと答えを返す。



「だからなおのこと、大丈夫ですよ。あの子は二つ、凄い才能がありますから。優しさと、おせっかいなところと、頑固なところが」



「三つありますぞ」

 しかもそれ、秘術を使うのに必要な才能とは言えぬ気がする……


「おっと。こいつはうっかり」


 あははといつもの調子で笑った。

 長老はあくまで余裕たっぷりで飄々としているアズマを見て、ため息をついた。



「君と話をしていると、本当にペースを乱されるのう。ワシまで本当にできると考えはじめてしもうたよ……」



 やれやれと、頭をふる。悩ましげだが、その瞳の内に不安の種はすでになかった。

 不安しか生まないような言動だというのに、なぜか安心している自分がいたのだ。


 長老は、すぅと、足元に現れた自身の水蛇の精霊に乗り、牢屋の屋根からおりた。



「どうか、あの子をよろしくお願いします」



 地面に降り立った長老は、身を改め、ぺこりと頭を下げる。


「はいはーい。わっかりましたー」

「それと、里のことも」

「もちろんさー」


 牢屋に座ったまま、去り行く背中に、ひらひらと手を振った。


 そこで、アズマはなにかを思い出したような声を上げた。



「あ、俺からも一つうかがってもよろしいですかな?」


「? なにかのう?」


 いつもの、長老としての飄々とした雰囲気に戻った老人が振り返り、にこにこと答えを返す。



「リシアの里って、いつ、誰に滅ぼされたのか、知ってる?」



「……ほう」

 その質問に、長老は思わず、目を細めた。


 なぜなら、彼がその話題を聞けたのは、リゥとエルフィンの会話からのみだからだ……

 そして、あの時から、自分があの場を見ていたことに、気づいていたからだ……




 やはりこの少年。ただのアホウではない。




──火山の戦い──




 夜が明け、朝日が昇った。


 火山の洞窟の前には、アズマとリゥ。そして長老のみが立っていた。


 他のエルフ達は、今まだ寝ているか、長老の用意した水鏡で、その精霊からの視線中継を見ているかである。



「うっし。んじゃあ、ちょっくらいって来ますかね……」

 んー。と両手を天に伸ばし、伸びをするアズマ。


 隣では、屈伸をしているリゥがいる。



「それで、どうするんじゃ? 契約するには、かなり接近せねばならないが」


 軽い準備運動も終わり、火の大精霊達を相手にどう動くのかを確認する。顕現した精霊と契約する場合は、触れられるほどの近くまで接近せねばならない。

 それをリゥは知っているからの発言だが、アズマの飛行兵装とやらはどうすればいいのか、まだ聞いてはいなかった。


「まあ、そっちのやり方とほぼ一緒だと思うね。だから、こうする」



 ひょいっと彼女を左の小脇に抱えた。



「またこのスタイルか?」

 脇から腹を抱くように抱えられた自分の姿を確認し、ため息と共にぼやく。森の中、バッファローに終われたとき、頭は背中側だったが、今回頭はちゃんと前を向いている。


 こうして、二人一緒に近づくのだろう。


「まあ、ちょっと理由があって、今回これが最適なのさ」

 アズマはリゥの目を見てにこりと微笑んだ。



「……それが逆に真実なのが腹立たしいな」



 真実を見抜く瞳が真贋を見極めてしまい、リゥはむすーっと、不機嫌な声を上げた。

 リゥとしては、こんな荷物みたいな運ばれ方は屈辱だったが、それが最適とまで言われてしまっては、逆らうことはできない。



「あっはっは。それじゃ、いっくよー」

「ふん」


 リゥは諦めたように手足から力を抜き、だらんと垂れ下がらせた。力を抜き、流れに逆らわないでいることが一番楽な方法だと、前回からの経験で学んだからだ。



 抱えられたリゥと共に、アズマが洞窟へと歩き出そうとしたその時。



「おお、よかった。間に合ったか」

 そこに、遅れてサムソンが姿を現した。急いで来たのか、少し息が乱れている。


「……なにかねその格好は」

「気にするな!」


 小脇に抱えてぷらーんとなっているリゥを見て、サムソンは面食らった。



 これからシリアスな決戦だというのに、なんと緊張感のない格好か。



「それで、なにしにきたのじゃ?」

 きりりと真面目な顔で決めるリゥだが、格好が格好だけに、しまりがない。


 サムソンも空気を読み、その格好のことに関しては、スルーしてあげることにした。



「ああ、少しでも君達の力の足しになればと思ってね」

 サムソンは、懐からタリスマンを一つ取り出す。


 ミィズの里の若者全員が力を合わせ作り上げた、炎と熱の守りだ。あの双頭の火の鳥の炎を、二、三度くらいは防げるに違いない。



「これで、少しはアズマ君の負担も減るだろう」


「……そうか。ありがたく受け取っておく」

 首からかけることができるので、リゥは素直にそれを首からさげた。



 周囲の温度が少しだけ下がったのを感じる。リゥの周囲の温度が、水の精霊の加護で一定の温度に保たれているのだろう。


「おおー。いいなー。これ」

 リゥを小脇に抱えたアズマの体半分くらいも範囲に入ったのか、ひんやりした空気に、アズマが驚嘆の声をあげている。



「それと、アズマ君」

「はいな?」



「伝言だ。『人間よ。どうにかできるものならしてみろ』だそうだ」


 なんとも上から目線である。


 しかしそれは、この場にはいない若者達からのエールであった。

 その言葉を受け取ったアズマは、にっと力強く笑い。



「まかされた!」

 と答えを返し、しゃらんと、すでに鯉口を切ってあった刀を抜いた。



「それじゃ、いってきます!」

 元気に長老とサムソンへ挨拶し、左脇にはリゥ。右手には刀を携え、彼は洞窟へと走り出す。



 見届け人は、長老とサムソン。


 そして、長老の精霊の目を通じて、広場でその行く末を見る、ミィズ族のエルフ達。




 火山での、火の大精霊との契約と、朱雀のコントロールを取り戻す戦いが、はじまろうとしていた……!




 洞窟の中。

 溶岩と炎が入り混じり、いくつもの火柱が立ち上がる。



『ぴぃぃぃぃぃ!』

『ぴぃああぁぁぁぁ!』



 双頭の火の鳥が吼える。


 大きく広げたその炎の翼から炎で作られた羽が散り、その羽は焔へと変わり、炎が舞う。

 散った羽は、一つ一つが炎の弾丸へと変化し、物理法則など完全に無視した飛び方をして、アズマへと襲い掛かった。



 しかしアズマは、それをものともしない。



 爆ぜる地面を風のように疾駆し、その全ての炎をかわしてゆく。

 まるで雷のように、じぐざくと移動し、その弾丸は地面へと着弾してゆく。


 それは、昨日のエルフ達に向けられた攻撃など、児戯に等しいほどの激しい攻撃。


 エルフ達は、あの時、自分達はまるで相手にされていなかったことに気がついた。



 それでも、その攻撃は、サムライに当たらない。



「これが、サムライ……」



 その雷のごとき移動に、エルフ達は思わずその名を口ずさんでいた。


 瞬きするたびに、まるで瞬間移動でもしているかのように、少年のいる場所が変わる。

 じぐざぐと、不規則に、空から落ちる雷の軌道が地面に描かれているようだった。



 朱雀と不死鳥が同時に吼える。



 二つのくちばしに、巨大な炎が集まるのが見えた。


 二つの口より発せられた炎が、せまるアズマの直前で交差し、爆ぜる。

 二つの炎が互いにぶつかり合い、巨大な炎の壁を作り上げたのだ。


 その大きさ、厚さ、さらに熱さは、人知を超えるほどのものだ。



「俺、思うんだけど、あの子等協力してるよね」

「知るか!」

 余裕の口ぶりのアズマと、そんなことに気を回している余裕もないリゥの答え。


 確かに、炎の壁などは、二体の行動により生まれた産物だ。

 しかしそれは、二体が一体に半融合しているがゆえの本能的な防御反応であり、それだけせまりくるサムライがこの二体にとって脅威であることを意味している。


「ま、どーでもいいんだけどね」

 なにがどう作用していても、彼等のやることは変わらない。



 巨大な炎の壁が、双頭の火の鳥を守るよう、二人の前に立ちふさがった。



(これでは、前に進めないではないか!)

 水鏡を見ているエルフ達がそう思ったのも束の間。アズマは気にも留めず、その炎の壁へとつっこんで行った。


 見ているしかないエルフ達は、アズマの正気を疑う。




 しかし……




 刀を抜き放ったサムライの姿が、炎に飲まれたかと思った刹那。



 ずざん!


 炎の壁が、まっぷたつに裂けた。



 陽炎が残る中、そこより現れたのは、きらきらと光る刃。白兵兵装『白虎』を携えた、白銀の鎧を纏った巨人。



 左の掌には、優しく、包まれるかのように座るリゥの姿が見える。これが、彼女を左に抱えていた意味。

 掌の中で、リゥは皆から預かったタリスマンを握り締める。


 その体は、小さな薄い膜に覆われ、その場を支配する灼熱と熱波から守られていた。


 当然、彼女の防御に、アズマの防御兵装『玄武』の盾を使い、身の安全を確保することは可能だろう。

 しかし、そこに力を裂くことは、アズマが前に進むことに、全ての力が注げないという意味でもある。


 盾を構えることで、前進する力が鈍るということである。


 逆に、タリスマンが破壊されるまで、彼はそこに力を裂かず、前に進むことだけに全力をつくせる。



 炎の壁が、続いて二枚、三枚と生成される。



 だが、白銀の巨人は速度を緩めることはなく、むしろ、さらに加速した。


 炎の壁をブラインドに、そこを突き抜けるようにして炎の弾丸が飛来する。

 迫りくる炎の弾丸も、壁も、彼にとってはたいした障害ではない。



 刃より発せられる駆動音が大きくなり、その手に握られた刃の光も強くなる。



 さらに、巨大な壁のむこうから、巨大な炎の津波が迫り来る。



「ワシのことは気にせず進め! ワシには、皆の守りがついておる!」

 巨人の手の中で、彼女は叫んだ。



 タリスマンの輝きが増し、炎の熱を防ぎ、彼女の身を焦がすのを防ぐ。



 しかし……




 ビキィ。




 大きな音を立て、タリスマンにひびが入った。

 炎の直撃を食らったわけでもないのに、この灼熱と熱波が、その加護をもう打ち砕こうとしているのだ……!


 それほど、双頭の火の鳥の力は強い。


 加護の残る時間は、もう数秒もないだろう。



 だが、それでも。




 たった、それだけでも……




 アズマにとっては、十分なサポートであった。

 ほんの小さな援護だったが、それはとても大きな助けとなった!



 なぜならその一瞬だけは、彼も、全力が出せるのだから!




 光が、瞬いた。




 エルフ達の目に、光が爆ぜ、はじけたかと思えば。


 炎の壁も、そこから発せられた弾丸も、巨大な炎の津波も、全てがまっぷたつとなり、切り裂かれ、霧散していた。

 巨人はすでに、双頭の火の鳥へ肉薄している。瞬きをする一瞬の間に、火の鳥と鎧の距離は、その刃が届くほどの距離に縮まっていたのだ。


 知らぬ者は、なにが起きたのか理解できなかっただろう。



 唯一、人の社会と交流のあるサムソンは、なにが起きたのか理解ができた。


 これが、伝説とまで揶揄される、『光の杖』か。と。



 刹那の時間で間合いをつめられた火の鳥も、負けてはいない。

 伊達に、その片割れは英雄と共に戦ってきた戦友ではない。


 瞬時に体を覆う炎の火力を上げ、身を守ろうとする。


 近づくだけで燃え落ちそうになる灼熱が、さらに温度を高めようとする。



 が。



「遅い」



 片手大上段に振りかぶったその刃は、双頭の火の鳥の体をちょうど半分にするように振り下ろされた。


 光のラインが、火の鳥の体に刻まれる。



 いくら戦友といえども、暴走する半身のみの反応速度で、光さえ切り裂くその刃へ対抗することは不可能だった。




 二つの断末魔があがる。




 白銀の巨人は、さらにそのラインの真ん中に刃をつきたてた。

 吼える二体を、この場に固定するためだ。



 右に朱雀。左に不死鳥。



 これからが、本番だ。


 不死鳥も、朱雀も、まだ暴走が収まったわけではない。

 これからどちらにも接触し、その暴走したエネルギーのコントロールを取り戻さなければならない。


 どちらも制御に成功できなければ、溢れた力は暴走し、それはこの火山を噴火させ、この周辺は命も育たぬ不毛の大地へとかえるだろう。



 さらに、一方が成功するだけでもダメだ。



 片方だけでは、もう一方びためこんだエネルギーが逆に放出され、噴火と同じ大惨事が引き起こされる。


 それは通常の噴火ではない。その暴走は、この地の精霊力の消去。そうなれば、この地は数万年の長きにわたり、命さえ生まれぬ死の土地となる。



 それに挑戦するのは、たった一人の幼子。



 この地において、唯一火の大精霊を従えることのできる氏族。リシアの末裔。


 少女は、他のエルフの小さな助けを借り、燃えさかる不死鳥へと飛びこんでゆく。

 一方の巨人は、刀から手を離し、その右手を朱雀の胸へと伸ばした。



「アクセス!」

「コ・ネクト!」



 アズマとリゥの言葉が同時に響き渡る。

 二つの火の鳥へ、二人が同時にコンタクトをとった。



 その瞬間。リゥの胸にあったタリスマンは、粉々に砕け散った。




──火の大精霊──




 気づけばリゥは、炎の中にいた。



 ここは、火の精霊の座。



 上も下も、右も左もない、物質界と精神界の狭間。

 ここに肉体の意味はなく、おのが心の強さのみが頼りである。



『うおぉぉぉぉ。うぉおぉぉぉぉぉ』


 炎が、うめき声を上げている。



 それは、火の大精霊。その意思の声。

 朱雀と融合し、暴走している、不死鳥の声だ。


 もがき、うねり、苦しむように暴れている。


 二体の力が融合し、制御できないほどの炎が、火の大精霊そのものを焼き尽くそうとしているのだ。



 リゥは今から、その大精霊すら焦がす炎を制御下におかねばならない……!



 ごうっ!



 炎の勢いが増した。



 炎の庭が、リゥに気づいたのか、その体へとまとわりついてくる。



「ぐっ!」



 炎が体に巻きついた瞬間。


 じゅわっと、体の外側だけではなく、その内側。体の芯が焼けるような痛みを感じた。


 見れば、体が燃えはじめていた。



 手が、足が、膝が、肘が、体が。轟々と炎を上げ、燃えている。

 さらには、肉が、骨が、内臓が、心が、炎に飲まれていくのがわかった。



 匂いなど感じないはずなのに、骨の焼ける匂いが、肉の焼ける匂いが感じられる。


 じゅうじゅうと焼ける痛みが、全身から感じられた。



 それは、今までリゥが味わったことのない痛みであった。



 今まで味わったことのない辛さであった。



「っぅぅぅぅ──!」

 声にならない悲鳴をあげる。


 正しく言えば、喉が焼け、声など出なかったというのが正しい。


 焼けた喉と腕に走る激痛。



 苦しい……



 ふと目を開けば、その両手が醜く焼けただれ、骨さえ燃えているのが見えた。



 苦しい。苦しい。苦しい……



 思わずその喉を両手でおさえようとするが、触れた瞬間。両手がぼろりと崩れはじめた。


 だが、指先に感じる熱は、消えない。熱さはさらに増し、リゥを苦しめる。



 苦しい。苦しい。苦しい。苦しい……!



(違う……)


 リゥは、失われた指先と、さらに燃え尽きた足先から感じる激痛に苦しみながら、考える。



 違う。違う違う違う違う違う!



 ずきずきと痛み、じゅうじゅうと焼ける炎を感じて、リゥはそれを必死に否定する。


 心が押しつぶされそうになりながらも、必死に自分を保ち続ける。



 ここは、物質界と精神界の狭間。


 それは、この場に見える肉体も、精神も、あるようで、ないものなのだ……



(どれほどワシが傷つこうと、その肉体に、影響は、ない)



 ならば、こうして感じる指先への熱や、この体の状況は、自分が燃えたと感じたことを、そうだと認めているからにすぎない。


 炎に屈して、体が燃えていると思い、炎の力に従っているからにすぎない!

 ならば逆に、心を強く持ち、その炎をおのが心で屈服させればよいのだ!



(だから、ワシは……ワシは……!)


 炎の中、失われた手足の痛みを感じながら、彼女はもがく。




『うぉぉぉぉ! おぉぉぉぉ!』


 はるか遠くで、火の大精霊の悲鳴がこだまするのが聞こえる。



 遠すぎて、なにを訴えているのかすらリゥにはわからない……




 じゅう。じゅうと音を立て、体が燃える。



(ワシは……!)



 炎が彼女の腹から胸を。その心から、頭を……


 炎が彼女の胸を、心を食らいつくす……



 あぁ、もう……熱さえ、感じない……



(ワシは、このまま、燃え尽きてしまうのだろうか……)



 感覚が、徐々に失われてゆく。


 熱さえ感じないということは、自分の魂がすでに負けを認めているようなものである。



 炎により、全てが食らいつくされたということである……



(……)



 リゥの全てが、炎の中へと、消えてゆく。



 ……その時。



 その時……




 ……声が、聞こえた。




「ぷっぷくぷー。だっせー。やっぱ無理だったじゃーん」

 それは、あのスカタンの声だった。


 手を口に当て、頬をわざと膨らまし、笑っている姿が容易に想像できる声だった。




 ……



 …………




 ………………




「……」




 炎に飲まれたリゥの、燃えカスがそこにくすぶっている。


 すでに、燃えるものなどなにもない。

 そこにあるのは、ただの、灰だ……



『……』

 燃え尽きた炎の中。火の大精霊は自我を取り戻した。


 一人の生贄を燃やし尽くしたことにより、飽和した力が失われ、己の意識を律することができるようになったのだ……



『……リシアの、子か……』



 ぼんやりと、その存在を感じていた火の大精霊の意志が、リゥの存在を認識する。

 精霊自身でも制御しきれなかったエネルギー。



『無謀なことを……』



 それを、幼子がたった一人で制御するなど、そもそもが無茶だったのだ……

 だが、その犠牲のおかげで、火の大精霊は、こうして自我を取り戻すことができた……



『……』



 今にも消えようしているその灰を、精霊はただ、無言で見ているしかできない。


 その、消え行くさまを……




 ゆらり……




 燃えカスとなった灰が、ゆらりと揺れた。



『っ!』



「なに、が……」

 どこからともなく、リゥの声が、響いた。


 小さな灰が、ほんの少し膨らみ、炭になった。



 それは、小さな火のゆらめき。



「なにがっ!」

 さらに炭は、小さな火種へと変わった。



 それは、ほんの少しの、火の鼓動。



 リゥの力強い声が、そこから燃え上がった。



「な、に、が! やっぱりじゃあぁぁぁぁ!」


 リゥの叫びと共に、火種が燃え上がり、さらにその火は、周囲の炎を飲みこみ、成長してゆく。



 なにもなかったはずのそこに、大きな炎が生まれてゆく。



「ワシだって、貴様に負けないように、貴様にー!」


 それは、激しい怒りだった。


 全ての痛みを超越する、今まで溜まりに溜まった鬱憤が爆発した、大きな大きな怒りだった。



「毎回毎回! 貴様はそれでいいだろう! じゃがな、ワシだって、ワシだってなぁぁぁぁ!」



 リゥの体が、炎を纏い、その体全てが再生されてゆく。



 腕が、足が、心が、怒りの炎と共に、蘇る!



 それはまるで、炎の中から蘇る不死鳥そのもののようであった。



 小さな体に生まれた激しい怒りが、逆に荒れ狂う精霊の炎を飲みはじめた。


 うねる炎が、より大きな火に飲まれてゆく。



『これは、一体……!』



 火の大精霊は、みずからの庭園でなにが起きているのか理解ができなかった。


 自身さえ制御できなかったエネルギーが、失われたはずのエネルギーが、再びこの場で燃え広がっているのだ。



 そのエネルギーは、火の大精霊である自分自身さえのみこんでゆく。



「こんの、ドスカタンがー!」


 怒りを大爆発させたリゥの絶叫。




 炎の庭が、光に包まれた。





 アズマも、気づけばリゥと同じく、炎の庭に立っていた。


 目の前には、彼女の見た光景と同じく、のたうちまわる、朱雀の姿。



 飛行兵装に宿った、八百万の神の意思の姿……



 もがくその意志に、アズマはすっと右手を伸ばす。

 するとその手は、指先から骨まで燃えはじめ、ぐずぐずと、真っ黒な炭となって崩れ落ちてゆく。


 しかしアズマは、顔色一つも変えず、その指先のあった場所を見て、微笑んだ。



「大丈夫だよ。俺は、怒っていないし、君も恐れる必要なんてない。俺は君を、むかえに来たんだ。だから、おいで……」



 それは、優しく、暖かい。全てを許し、包みこむかのような声だった。



 その表情は、まさに、慈愛。



 すると、炎がその失われた手に集まってゆく。暴れ、うねりをあげながら、その手に殺到するように、つどいてゆく。


 それはまるで、アズマに炎が吸いこまれてゆくかのようだった。

 それはまるで、明るい光に照らされた虫が、そこに集まってゆくかのようだった。


 朱雀の意志をふくみ、暴れる炎は、ゆっくりと、小さくしぼんでゆく。



 炎がアズマの右手を包みこみ、消えてみれば、そこには元の綺麗な手を伸ばしたアズマが立っていた。



「……お帰り、すざくん」


 綺麗に戻ったその右手を持ち上げ、彼は優しく語りかけた。





 リゥと巨人がその拳を双方に叩きつけ、炎の中へと吸いこまれて数秒の時間が流れた。


 火口にいる双頭の火の鳥は、刀に固定されたままぴくりとも動かない。

 たった数秒だったが、それを固唾をのんで見守るエルフ達には、永劫のような時間にも思えた。



 双頭の火の鳥の、半身が震える。



 一瞬の光が瞬き、その場に光の球。いや、炎の球が生まれた。


 その炎の球が、まるで翼で覆っていたかのようなラインが入り、割れる。

 焔の羽が周囲に舞い、その場には、炎の翼を広げる白銀の巨人が姿を現した。



「おおぉ!」

 エルフの里と、入り口の長老達から、歓声が上がる。



 炎の赤を反射する巨人は、赤い鎧を纏った巨人のようにも見えた……




 残りの問題は、もう一方だ……



 大問題である、火の大精霊。



 融合された不死鳥と朱雀が分離したため、その中心を固定していた刀の束縛も不死鳥から消える。

 大きく羽ばたいた不死鳥は、その場を飛翔し、狂ったかのように、前後左右を滅茶苦茶な動きで飛びまわった。



 まるで、炎の中、その熱さでもがいているかのように……



 焔の色を反射しながら飛ぶ巨人が、不規則に飛ぶその不死鳥をじりじりと追いかける。


 すでに浮かぶ場は溶岩の上ではなく、洞窟の地面の上へと変わった。



 巨人を無視し、のたうつように暴れていた不死鳥が、突然その動きを止めた。



 ぴたりと、空中で動きを止め、その身をゆっくりと丸めてゆく……


 首を折り曲げ、翼をたたみ、まるで、炎の球となるように……



 ごくり……


 見守るエルフの誰かが、思わず喉を鳴らした。



 再び、その炎の球にひびが入る。


 それはほんの少し前に見た、炎の翼を纏った巨人が現れた瞬間を見ているかのようだ。



 だが、その翼は、火の粉を散らし、ゆっくりと形を崩してゆく……



 ぼろぼろと、まるで線香花火が散るかのように、その形が崩れてゆく……



「あぁ……」

 絶望が、エルフ達を包む。


 彼女は、火の大精霊を鎮めることには成功した。



 だが、その命は……



「いや」

 鎧の巨人が、絶望の淵にたったエルフ達に檄を飛ばす。



 その言葉に、顔を背けようとした者達は、再びそこへと注意を戻した。



 崩れた炎の中に、もう一つ、小さな火の球があった。


 キラキラと輝く炎が、そこにあった。



 それもまた、同じように翼を広げ、炎の翼を開いてゆく。



 そこから現れたのは、金色の髪をたなびかせ、炎の翼を背負ったリゥだった。



 そのきらりと光るオデコには、火の大精霊と契約した証。大精霊の紋章が浮かび上がっている。


 炎のように赤く、燃えているかのように輝く、漢字の『火』にも似た、大精霊の紋様が。



 そう。彼女は、火の大精霊を従えることに、成功したのだ……!



 全てを覆し、生きて戻ったのだ!



「お、おおおぉぉぉぉ!」

 エルフの里が、歓喜に揺れる。



 サムソンも思わず、ガッツポーズをとっていた。




「な、なんと……ただ(エルフ)の身で、大精霊を従えるとは……なんという、なんという意志の強さじゃ」


 長老も、眉で隠された目を見開いて驚いていた。



 この成功。それは、才能がなしたことではない。



 それを可能にしたのは、才能さえも覆す、強大な想いの力だ。

 彼を想う、彼女の優しさが。追いつこうとして、諦めないその頑固さが。一人にはさせまいとする、そのおせっかいが。



 その全てが、最後には集まり、大精霊を認めさせるに至ったのだ……!



 長老の体が、思わず震える。


 発想さえ生まれなかった、大精霊との契約という偉業をやってのけた少女。

 長老の中に、ひょっとすると。という思いが生まれる。


(……彼女ならば、たどりつけるかもしれぬな)



 大精霊を超える、精霊全ての頂点に立つ存在。グレートスピリッツとも呼ばれる、星の精霊の位にまで……




「リゥ!」


 大さな光の柱が立ち上がり、鎧武者は光へ消えた。



 地面に降り立ったアズマは彼女の名を呼び、出迎えるように手を広げ、伸ばす。



「アズマ!」


 少女も少年の名を呼び、焔の翼をはためかせ、その場へと飛ぶ。



 それはまるで、熱い抱擁二秒前のような光景であった。




 ……で、あった。が。




「こ、の、ドスカタンがー!」


 出迎えたアズマへ与えられたのは、炎の翼をもって加速した、リゥの素晴らしい頭突きであった。



「へもぐろば!」

 と吹き飛ばされ、地面をごろごろと転がる。



 エルフ達の動きと思考が、停止した。



 ようやくとまり、いててと頭をおさえ、アズマが頭を上げてみれば、そこには腕を組み、仁王立ちするリゥの姿があった。


 背に炎の翼をはためかせ、額の紋を赤く光らせるその姿はとても幻想的であり、その笑顔は、とってもイイ笑顔だった。見ただけで、なぜかぷるぷる震えだしそうなくらいに……



 リゥがその笑顔のまま、アズマへ問う。



「一つ聞こう」

「なにかな?」


「あの時、ワシを呼んだか?」


「いいえ。呼んどりません」

「そうか」



「かわりにぷっぷくぷーと笑ってやりました」



「やはりアレは空耳ではなかったかー!」

 げしげしと倒れたアズマに蹴りを入れるリゥであった。


「痛い! なんか理不尽な気もするけど自業自得のような気もする! 痛い! やめて! でもやめないでなんか目覚めそう!」

「ええい、このスカタンがー!」



 きゃっきゃとどつき漫才を繰り広げるその姿を見て、エルフの皆さんは呆れるしかなかったそうな。



「命をかけるほどの行いをして、すぐにあのようなことができるとは。なんなんだあの二人は……」

 思わず呆れてため息もでるというものである。




 こうして、ミィズの里は、救われた。




──エピローグ──




 旅立ちと別れの時がやってきた。


 大精霊を鎮め、精霊の異常も収まった次の日。アズマはミィズの里を出発しようとしていた。


「助かったよ。君がいなければ、この一帯は数万年もの間、命の育めない不毛の土地と変貌していたかもしれないからね」

 大勢の見送りがいる中、アズマは相変わらずムキムキでエルフに似つかわしくない筋肉を持つサムソンと話をしていた。


「いえいえ。俺はたいしたことしてませんよ。原因を作ったのも俺みたいなもんですし」


 あはは。と笑う。


 彼は、それを言い訳に、エルフの里からもらえる感謝の品を、全て断っていた。

 旅をするために絶対必要な、食料と水以外、こだわりなどないように。



「だが、これは私の個人的な感謝の気持ちだ」

 すっと、サムソンは懐から一つの装飾品を取り出した。


 金で作られた、吊り下げ型のアクセサリー。


「おっと、いらないと言ってくれるなよ? ここから北へ向うと、街がある。そこの宿屋のマスターに、これを見せるといい。私の『トモダチ』であることがわかるから、一晩くらいならよくしてもらえるだろう」

「おおう。そういう手段で来ますか」


 アズマ一人ならば、野宿でもなんでも気には留めない。だが、今はそうはいかない状況だ。

 連れのことを考えるなら、宿に泊まったりするのも考えた方がいい。



「それに、これは先生からの忠告だが、人の好意はちゃんと受け取ってあげた方がいい。でないと、受けた側はその恩をいつまでも心のすみに置き続け、気にしてしまうからね」

 ムキムキのおっさんが、アズマにも先生らしさを見せつけた。


「はい先生。心しておきます」



 アズマはにっこりと笑顔をサムソンに向け、その金細工を受け取った。



「ああ、それともう一つ。その宿のマスターは、私の友人であり、この里の恩人でもあってね。あったなら、私は元気だと伝えて欲しい。もう三年ほどあってはいないのだが、まあ、無事だろう」

 その人は、このエルフの地を無闇に人々との争いに巻きこまれぬよう、土地の所有権などの登録をするのに協力してくれたのだという。


 それにより、この地は欲深い人間に、そう簡単には手出しの出来ない土地となっている。



「ああ、それはいい人ですねー。わかりました。あったら伝えておきます」



 エルフの土地。というものは、西部では約束されたお宝の土地とも言われ、欲深い人間からは、ねらい目の土地でもあった。

 奴隷としての美しい人的資源(これは南北戦争後の奴隷解放宣言で無意味になったが)や、金銀その他の鉱脈や、『遺人』の遺跡など。西部をさまよって探すよりも、簡単に利益をあげることができる場所として狙われてきた。

 近年ではこのように、土地の所有権を登録したりなどして自衛することも増えてきたが、未だ森の中で暮らし続けるエルフ達は、その事実を知らぬ者も多い。

 それゆえ、登録のないエルフの土地は『誰の物でもない土地』として狙われてしまうし、一番最初に起きたアズマへの偏見なども生まれてしまう。


 人とエルフの完全な共存は、もう少し時間がたたねば、成り立たないだろう……


 だが、必ず共存できると信じ、動く、サムソンや、その宿のマスターのようなものもいる。いつかそれは、実現するはずである。



 それはさておき。



 そうして受けとった金細工を、アズマは刀の下緒のところへと結び付けようとする。が……



「……そんなところにつけたら、盗んでくれと言わんばかりじゃろうが。大人しく腰のカバンに入れておけ」


 アズマの背後から、まったく。と呆れたような少女の声が聞こえてきた。

 アズマは素直に、それを腰のベルトポーチへとしまいこんだ。文句も言わず、素直にしまっているところを見るとツッコミ待ちのネタだったようだ。


「では、行くか」


 アズマの隣に姿を現したのは、件の同行者。リゥである。


 その服装は、昨日までとは少し違い、エルフの装束と、西部の装束がまぜこぜになっていた。

 ベストつきの上着とスカートが、絹でこしらえたエルフ製の丈夫で軽いモノになっており、足には西部で作られた頑丈なブーツと肌を守るタイツがそのまま装備されている。

 そしてそれら全てがフードつきの外套で覆われ、どんな荒野を歩こうとも、へっちゃらな、今までのちょっとボロッとした旅装束とは、別の姿となっていた。


「あらまあ。馬子にも衣装ってヤツだね」

「別に必要ないと言ったのだがな。せめてこのくらいは。だそうだ」


 火の大精霊を従えたリゥは、当然この里に残らないかと誘いを受けたわけだが、彼女はその誘いを頑なに断り、アズマと旅立つことを強行した。


 その固い意志に折れた里の者が、せめてものお礼と感謝をこめて、リゥにこれらの装備を送ったのだ。


 ちなみに、火の大精霊を従えたリゥだが、その名は、未だ『リゥ・リシア』のままだ。本来ならば、『大精霊を従えた者』という意味の名が刻まれるはずだが、それを表す言葉は、エルフの世界に存在しなかった。

 それゆえ、彼女はまだ、『リゥ・リシア』のままである。



「それと、馬子にもとはなんだ。美しいリゥ様素晴らしいとか言ったらどうだ?」

「うつくしいりうさますばらしいね」


「よし、すねと腹と顔面、どこがいい?」


「あえて言うならお尻かな!」

 すねと顔面とお腹に、蹴りと火球と頭突きが一発ずつ決まりました。



 ぷすぷすぷすと攻撃された場所から煙を上げ、アズマが大地に転がる。



 ちなみにリゥは火の大精霊と契約は果たしたが、今の彼女が使える力は、こぶし大の炎を一発飛ばすか、マッチクラスの小さな火を指先に灯すかくらいしかできなかった。


 火の紋を再び煌かせ、火の大精霊を呼び出せるようになるには、まだまだ精進が必要のようだ。


 だもんで当然。召喚者という意味の『リィ』の名もついていない。



「ふん!」

 腕を組み、倒れたアズマを見下ろすリゥの姿に、見送りに来たエルフ達からは、どっと笑いが漏れた。


 一つのコントが終わり、リゥが見送りにきているエルフ達の方。ミィズの里へと振り返った。



「では、また機会があればくるとしよう!」


「ああ。またなにかあれば、いつでも声をかけてくれ。君が困った時、それとそこの彼がちょっと困った時などがあったら、我々は全力で助けに行こう」


 エルフィンが、笑顔で答えを返し、他の者達も、手をふった。



 それはどこか、つきものが落ちたような光景だった。



 それを横目に見ながら、サムソンも笑顔で彼等を送り出す。

 流石に戻ったばかりの彼は、またすぐ旅に。というわけにはいかないようだ。それに、もう少し生徒達と共に生活するのも悪くはないだろう。


 リゥは手をふりながら、倒れたアズマの首根っこを掴み、ずるずると引きずって歩いてゆく。

 普段なら無理な行動だが、こういう場合アズマがこっそり自力で移動していたりする。


 そんなアズマを、ずるずると引きずり、歩いてゆく。



 ミィズ族のエルフ達は、そんな二人の姿が見えなくなるまで見守った。




 その二人を見送るエルフ達の中。唯一どこか心配そうな瞳で二人を見送る者がいた。


 しわくちゃな顔に杖をついた、ミィズ族の長老である。


 その視線は、ずるずるとワザと引きずられる、一人の少年に向けられている。

 小さく、唇さえ動かぬ声で、長老はつぶやいた。



「リシアの娘よ。強き子よ。ぬしが隣を歩くその少年は、欲そのものが、カラに近い。なんの見返りも求めず、様々なものへの執着がない。まるで、悟りを開いておるかのようにな……」



 一応、彼が求めるものはないことはない。それは、他者の笑顔や、幸せ。だが、これは本来、自身が願うものではない。

 彼自身が望むもの。真に望む、彼自身の幸せは、その姿からはまったく見えてこない。



 彼は、他者の幸せは願えど、自身の幸せなど求めていないようにも見えた……



「ワシは、心配でならぬ。不安でならぬ。いつか彼は、その身さえいとわず、その全てを他者に捧げてしまいそうじゃ……」

 なんの見返りも求めず、他者の幸せだけを望むサムライ。


 あれほど強い男だというのに、長老には、その彼が、酷く、儚く見えた……



「願わくば、あの二人に精霊の加護があらんことを……」

 森の中へと消え行く二人に、長老は小さく祈りを捧げた。




 おしまい

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