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第02話 リゥ・リシア 前編


──プロローグ──




「精霊って、なんだ?」


「あ? なんだそりゃ?」

 サルーン(酒場)で酒を煽るカウボーイが、隣の友人に、いきなり変なことを言い出した。この男、少し酒が入るだけなら、饒舌になるだけなのだが、酔いが回るといきなり話が飛んでしまう悪癖があった。


 さっきまでカウボーイと牛と狼の悲哀を涙ながらに語っていたというのに、今度はいきなりオカルトに路線変更だ。


 そりゃあ友人も耳を疑う。


 まあ、酔っ払いにそのあたりの整合性を求める方が間違っているわけだが。


「んだよ。いくらなんでも、エルフくらいはお前でも知ってんだろ?」

「ああ。そりゃ知ってるさ。耳が長くて長生き。あとは基本俺等と一緒だ」


「かー。お前ホントになにもしらねーんだな。しらねーんだな!」


 けへへ。と、空になったグラスをきゅーっと傾け、酒が喉を通らないことに疑問符を上げ、そのグラスを、穴が空きそうなほど見つめている。

 友人は苦笑し、バーテンから水入りのグラスを受け取った。

 水を受け取った男は、そのままそれを酒と同じようにごくごくと飲み干す。


「かー。うめえ。それでだな。エルフってのは、人間に使えない秘術ってのが使えるんだよ。魔法だよ。ま、ほ、う」


「へ、へー」


「んで、それを使うとき、精霊ってヤツの力を借りるんだよ。まほう」

 一応修正しておくが、エルフの秘術と人のあつかう魔法は似てはいるが異なるモノである。当然、この男の知識ではその区別などついていない。


「で、だ。その、精霊が、なんなのか、って、俺は聞きたいんだ。わかったな?」


「あー、わかったわかった。お前も精霊ってのがなんなのかさっぱりわからないってのがな」

 肩に手を回され、んー? と顔を近づけられる友人は、迷惑そうにその手と顔を追い払う。

 しかし、酔いに酔った男は、そんな友人を楽しそうに見て、けらけらと笑った。


 酒の悪い面がバッチリ出とてしまったようである。


「んでよー。かーちゃんがよー」

「……」

 ああ、もう次の話題へシフトした……



 その時、サルーン(酒場)の扉が勢いよく開き、一人のガンマンが入ってきた。

 皆の注目が、一斉にその男へと集まる。


 ブーツについた拍車を歩くたびかしゃかしゃ鳴らし、ガンマンはその酒場へと足を踏みいれる。


「おぅおぅ。しけたツラしたやつらばかりかよ。おい親父! 今日は俺のおごりだ! ここで一番高い酒をこいつらに振舞ってやれ!」


 その瞬間。酒場が爆発したかのような騒ぎとなった。


 どうやらこのガンマン。なにか大きな収入があったのだろう。腰にはじゃらじゃらと重い音のする袋がある。


 賞金首でも捕まえたのか、それともどこかで一攫千金当てたのか……



 西部は、一晩でこうした金持ちを生む夢の世界でもあった。



 スイングドアが、きぃきぃと音を立て、夢幻の喧騒に包まれる酒場と通りを隔てている。

 それを差し引いても、今日の西部は、どこか平和だ……




──森の中──




 西部を代表する風景といえば、荒野である。


 突き出した岩山に、ぽつねんと生えている生命力あふれる雑草。緑は少なく、岩と砂と土にあふれた荒野が延々と広がっているのを誰もが思い浮かべるだろう。

 そうした荒野が西部であふれているといっても、すべてが砂と岩と荒れた大地で構成されているわけではない。


 あるところには緑があるし、森も、平原も、湖もある。

 そこには、多くの生き物が住まい、命を育んでいる。


 そんな、荒野に点在する森の中……



 がさっ。



 背の高い木が生え、その隙間を埋めるよう生い茂る茂みが小さく揺れる。


 がさがさ。



 がさっ。



 茂みが揺れ、そこからぴょんと一匹のウサギがとび出した。


 ウサギは草むらの上に着地し、すんすんと鼻を動かしあたりをうかがっている。



 がさっ!



 それでも、茂みは揺れる。



 がさがさっ!!



 ウサギよりさらに激しく。




 ばんっ!




 もう一度茂みが揺れた瞬間、緑の茂みをかきわけ、そこから小柄な人影がとび出してきた。

 突然の出現に、先客であったウサギは驚き、耳を驚かせながら別の茂みへと跳ねて逃げてゆく。


 茂みから姿を現したのは、一人の少年だった。

 いや、一人ではない。その少年は小脇に少女を抱えている。



 ガサガサッ!!



 少年が茂みからとび出したというのに、その茂みはさらに激しく揺れた。



「ヴモオォォォォォォ!」



 激しい鼻息と共に、少年が飛び出た茂みから黒い毛並みをした体長二メートルを超えるバッファローがとび出してきた。

 少年が着地し、加速した場所と同じ草の上に着地するが、その質量は少年少女をあわせたものとは桁違いに違い、ずしんと大きな足音を響かせた。


 少女を抱えた少年はそのまま大地を蹴り、茂みをかきわせ森の中を駆けてゆく。

 二つ、三つと茂みをとびこえると、鬱蒼と広がっていた森の中からとび出し、開けた草原となった原野へと二人はとび出した。


 太陽の光がきらめき、飛び出した二人の姿をはっきりと映し出した。

 少女を抱え走る少年の姿。それは西部では見ない着物と呼ばれる服を着て、腰に刀と銃を装備した異邦人。アズマであった。

 その小脇に抱えられたいる少女は、先日から彼の旅に同道しているエルフの少女。リゥである。

 森から開けた場所に出たことで、柔らかな光が彼女のおでこに反射し、きらりと光った。


 アズマが草原へと飛び出し、駆け出したそこへ同じようにバッファローも姿を現す。

 茂みを一つその巨体で吹き飛ばし、地面からもがれた茂みは草原へと転がった。


 その荒い鼻息とその姿は、はたから見ても『怒り心頭』とはっきりとわかる姿だった。


 その怒りの視線は、リゥを抱えたアズマ。



 明らかにこの二人、このバッファローに追われている。



「おい、開けたぞ! ここならなんとかできるだろう! あれとかそれとかで!」



 頭が背中側にある抱え方をされていたリゥだが、少しの距離を進めば、そこが開けた場所だとわかったようで、手をばたばたとさせながら、アズマへ指示を出した。


 あれとは刀のことで、それとは彼の持つサムライアーマー『アーマージャイアント』のことである。

 刀とは、彼の持つサムライの魂と呼ばれる刃物のことであり、サムライアーマーとは、人知を超えた力で動くカラクリ仕掛けの大鎧であった。


 それを使い、あのバッファローをどうにかしろと言っているのだ。

 なにせ彼女はバッファローが迫ってくるのが嫌でも目に入る。


 早くどうにかして欲しいと願っても当然だろう。



「おっけー。確かにそうだ」



 アズマはバッファローに負けない速度で走っていたのを唐突にやめ、急ブレーキをかけた。その勢いでリゥを進行方向。バッファローからかばう位置へ行くよう、放り出す。


「のわっ!」


 いきなり放り出される格好となったリゥは空中で一回転半し、きれいに足から着地することとなった。とん。とんと、足をつきながら進行方向に背中を向けてバランスを崩し、最終的には草原の上へ小さく尻餅をついてしまう。


 リゥは一瞬文句を言おうかと思ったが、刀を居合いの構えでかまえたアズマの背中を見た瞬間。そんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。


 自分を守るように立つその背中は、とても頼りがいのあるオーラを放っていたからだ。

 アズマにバッファローの巨体が迫る。



 ちゃきっ。



 鯉口が切られ、アズマの刀が引き抜かれる……




 きゅっぽん。




 と、見事な音を響かせ、刃のない刀が、リゥの目に飛びこんできた。


 思わずリゥの目が点になる。



 どれだけ目を凝らしても、その刀に刃は見えなかった。それも当然である。これは、透明な刃なのではなく、単純に、刀身が、ないのだ。


 アズマも、同じように目が点になって、その見えない。というか、ない刃の部分を見つめた。


 そして、はっと気づいた。



「……しもうた。今ないないモードだった。こいつはうっかり!」

「うっかるな!」


 アズマの刀は、カラクリ仕掛けで刃を装着したりしなかったりができる。その結果が、このうっかりさんである。

 てへっとリゥを振り向いて、ウインクしつつ、刀の持った手で頭をこつんと叩いた。


 ちなみに本人キュートにやっているつもりだろうが、むしろイラッとくる姿である。一応、年相応である、十五、六歳の可愛さはあるかもしれないが。



「やはりワザとか! ワザとじゃろう!」



 その姿を見たリゥが怒声を上げる。でかい牛が迫ってきているというのに、なんという余裕か。可愛い可愛くない以前の問題である。



「大丈夫。このガンマンサンダラーアズマにお任せさ!」

「不安倍増なこと言い出すなー!」


 バッファローはすでに、アズマ達の目の前まで迫ってきている。

 アズマは左手で刀を器用にしまい、それと交差するように、右腰に収まった銃をちゃきっと引き抜いた。


 それは、神速ともいえる速度。見物人がいれば、その速さに驚きを禁じえなかっただろう。



 迫るバッファローの眉間に狙いをつけ、引き金を引く。




 だが……



 かちっ。かち。




 肝心の、弾が出なかった。

 目にも留まらぬ速さで銃を引き抜き、腰だめに構え、引き金を引いたのはいいが、結果はそれだ。


「……あ、弾こめてねーや」

「このスカタンー!」


 リゥの言葉もごもっともである。状況が状況でなかったら、確実に背中へロケット頭突きが決まっていただろう。

 少女の言葉が響くのとほぼ同時に、怒りに狂ったバッファローがアズマへ向って突撃した。



 次の瞬間。



 ばごん!


 という派手な音と共に、様相は一変する。



 なんとバッファローが、頭から地面にめりこんだ状態で、気絶していた。


 ぱらぱらと跳ね上げられた土が地面に落ち、小さな土煙が舞っている。


 バッファローの目の前には、拳を振り下ろした格好の、アズマ。その手には、銃身側を持った銃が握られている。

 アズマはバッファローに突撃される瞬間。銃をくるりと持ち替え、大上段からそのグリップをバッファローの頭へ叩き落したのだ!


 その結果が、これである。



 さすが、サムライ。刀を使わずともこの威力とは、驚嘆に値する……



「ほー。ガンマンのー」

 ……それが、自称ガンマンがやらかしたことでなければ。


 背に突き刺さったその冷たいお言葉に、アズマも背筋をびくぅっとうねらせる。


「ち、ちがうだよ。ちがうだよええちがうだよ。緊急避難だからちがうだよ。これは、ほら、銃を使っているからガンマンセーフだよ」

 あたふたと、振り返らず、なぜか「ちがう『ん』だよ」と発言せずに、言い訳を重ねる。その姿は、とっても往生際が悪かった。


 ジト目で見るリゥの視線が背中にざくざく突き刺さり、とっても痛そうである。


「正直お前にガンマンの才能はないと、ワシは思う」

「そんなことないよ! ガンマンだっていいじゃない! サンダラーだもの!」


「そう思うならせめて銃をちゃんとサンダラーにしろ! いつまで拾っただけの違う銃を使っておる! というか意味わからん!」

 ぷんぷんと立ち上がり、リゥは追及の手を休めず、アズマへ迫った。


 アズマもすでに論破されている状態だが、まだ土俵際に残っているつもりなのか、反論を考え、視線をさまよわせている。



 がさがさっ。



 すぐ近くの茂みが、揺れた。


「ふっ。もう一体いたか! だが、このサンダラーアズマが……」


 話が中断されラッキーと言わんばかりに、くるくるっと銃をまわし、ついでに体も回転させながら再び銃身を握ったアズマがそちらを振り向く。



「ヴモオォォォォォォ!!」



「え?」

 巨大な、咆哮。


 直後、先ほどのバッファロー以上の巨体が、木々をなぎ倒し、茂みから姿を現した。


 その大きさは、八メートルを超え、先日世話になったクローディアのアーマージャイアントに匹敵するほどの全長もある、オスのバッファローであった。

 西部では、キングバッファローなどとも言われる、平原の王者である。


 時には列車さえも脱線させ、その突撃力は戦車もひっくり返すとさえ言われている。


 さらに目を引くのは、その頭から生える角。ただでさえバッファローは、メスよりオスのツノの方が、大きく、立派になる。それがキングバッファローともなれば、とんでもなく雄雄しいツノをお持ちになられることになるのだ。

 それはもう、一本の丸太と同じくらい。


 そんな巨体が、ツノを振り回して突撃してくる。アズマが手に持つ銃のグリップとそのツノでは、素手と槍くらいの差があるように見えた。


「リーチが違いすぎませんかー!」

「なああぁぁぁ!?」

 アズマとリゥの抗議と悲鳴が上がった。



 キングバッファローの突撃!



 リゥを抱えたアズマは天高く吹っ飛ばされた!




 思わず目を瞑ったリゥが感じたのは、衝撃ではなく浮遊感であった。


 キングバッファローの突撃を見たりぅは、インパクトの瞬間起きる衝撃に備え、身を縮め目を瞑り、衝撃に備えた。

 だが、いつまでたっても予測した、キングバッファローの巨体から繰り出される、突撃による絶大な衝撃はこない。

 なのに、いつの間にか浮遊感だけはあった。


「?」


 不思議に思い、顔をあげ、恐る恐ると目を開いてみれば……



「なっ!?」

 そこは、空の上だった。



 正確に言えば、森の上。地上から二十メートル近い高さに育った木々の上のさらに上を、ひゅるるるるー。と飛んでいたのだ。


「いやー、危なかった危なかった」

 頭の上から声がする。


 凛とよく通るが、どこか気の抜けた声。アズマの声だ。


 リゥは、その声が聞こえたことで、どこか安心感を覚え、ほっとした。が、すぐ、はっと気づく。



 今、自分のおかれている状況に。



 リゥの頭の上には、アズマの顔があった。リゥの顔の横には、アズマの胸があった。背中と足に、手が回され、自分をふわりと優しく持ち上げている。

 そう。リゥは今、アズマの腕に抱かれるようにして、空を飛んでいた。


(しかも……)


 女の子の憧れ、お姫様抱っこである……

 リゥはそんな状態になっているのに気づき、思わず赤面する。


(って、いやいや、そんなことで恥ずかしがっている場合ではない!)


 熱を引かせるように、理性を働かせ、頭も働かせる。

 一度小さく咳をし。



「一体、この事態はどういうことだ?」



 顔をあげ、のほほんとしているアズマを見て問う。この事態を一番把握しているのは、アズマ以外にないからだ。


(……実は空を飛ぶ術が使える。なんて言い出すんじゃないだろうな)


 なんてことを平然と言っても不思議はないのが、このアズマの恐ろしいところだ。

 噂に聞くサムライとは、その巨大な鎧を使い空さえとび、その一撃は山をも切り裂くと言われるからだ。


「なに。簡単な話さ」

 アズマは、どうして空を飛んでいるのか、説明をはじめた。



 キングバッファロー突撃してくる。

 回避も攻撃も無理と判断したアズマ、リゥをお姫様抱っこで抱きかかえる。


 バッファロー突撃の直前。その鼻先に向って小さくジャンプ。


 そしてインパクトにあわせて、足をそのツノに乗せ、その突撃の威力を利用しながら、ジャンプ!



「というわけ」

「……」

 リゥは思わず頭を抱える。インパクトの瞬間足をツノに乗せ、その威力を利用しながらって、そんな刹那のタイミングさえ見切れるのか。と、驚けばいいのか、なんだその無茶な方法! と憤慨すればいいのか、リゥにはわからなかった。


 ただ、はるか後方。森の中に広がった原野では、目標を見失ったキングバッファローがキョロキョロとあたりを見回しているのが見えた。

 いくらオスのパワーが凄かろうと、これほど遠くまでぶっとぶのはあちらさえも予想外のようだ。


 しばらくすると、探すのを諦めたのか、頭が埋まっているもう一匹のバッファローを掘り返しにかかっていた。

 頭を掘り返すと、バッファローも目を覚まし、二匹は感動の再会を果たしたかのように身を寄せ合い、森の中へと消えていった。


 多分あの二匹は夫婦だったのだろう。きっと。



 は、いいとして……



「だから、衝撃はなく、浮遊感のみがあったというわけか……」

「そうそう」

「で、これからどうするんだ?」

「?」


 アズマは、首をかしげた。


「それだと、ただ大きくジャンプしただけじゃろう? なら、いつかはこの高さから落ちるということじゃ。それに対してどうすると問うておる」

 ただ今上空約二十メートルである。下手に落下すれば、突撃の衝撃と同じくらいダメージを受けるのは間違いない。



「……」

 アズマ、しばらく考える。



 遅れて目を見開き、本当だ! と気づいたような表情。



「……なに。ダイジョウブさ。シンパイ、いないヨ」



「思いっきり棒読みじゃないか! というかいないってなんだいないって!」


「ふっ。安心したまえ。俺達には若さという、無限の可能性の翼があるじゃないか!」

「その翼で実際に飛んだ存在などおらんわー!」



 修正。彼等は、跳んでいた。

 ……ので、いつかは当然落ちるのだった。



「あ、落ちはじめた」



「ちゃんと着地しろおぉぉ!」

「あっはっはっはっは」

「のんきに笑うなこのスカタンがー!」


 二人はそのまま、森の中にぽっかりと開けた湖へ落下していくのであった。




 どぼーん。




──遭遇──




「けほけほ。下が水で助かったか……」


 リゥはびしょびしょに濡れた頭をぷるぷるとふり、手で顔をぬぐう。

 地面に落下して骨折などをするよりは、はるかにマシな結果だろう。


 と、一瞬思ったのだが、頭が冷え、冷静になって考えてみればそうじゃないと思えてくる。


「くそっ。水に落ちるのはいいが、冷静に考えてみて、アズマならどこでも平然と着地したじゃろうから、むしろ濡れた分損ではないか!」

 そう。よくよく考えてみて、あのアズマならば、あの高さから平然と着地している可能性があったことに思い当たる。


「いやー。ちょっと計算ミスだね」

 ポタポタと水をたらしながら、アズマもあはは。と笑っている。



 ほら、ヤツもこんなことを言っている!



 そもそもリゥの腹ほどまでしかない深さの湖なのだから、あの高さからの落下の衝撃など殺しきれるはずがない。

 それでもリゥが五体満足なのは、目の前でへらへらしている男が、その威力を殺した以外に他ならない。


 それをまったく感じさせず笑っているのだから、この少年は本当にどうしようもないスカタンである。



 ちゃぷん。



 湖の波紋が一つ、別の場所から生まれた。


 透き通るように美しい湖の水面が、リゥとアズマ以外の動くものに反応し、新たな波紋を生み出したのだ。


「っ!」


 それはつまり、二人以外のナニモノかが、この湖に存在することを意味している。


 リゥは背中に生まれた波紋を、肩越しに見た。視線の先に人影などは見えなかったが、湖の岸辺に、服と思われる布がかかっているのがちらりと見えた。

 さらにリゥの背後で、何者かが息を飲んだ気配があるのを感じる。


 それは、この湖に、先約がいることをしめしていた。



 リゥは、嫌な予感が胸をよぎったのを感じた。



 位置関係として、リゥの前にアズマがおり、リゥの背後にその波紋を作った何者かがいるという状況である。

 つまり、アズマの正面に、その何者かがいるというわけで、すなわちそれは、アズマがしっかりと見れるというわけである。


「はっ! 誰かが水浴びをしている! なら、この流れからして、女の人! いけない。でもここで見てしまうのは不可抗力ですよ! ああ残念! 計算どおりさ!」

 不可抗力なのか計算どおりなのかどっちだ。というツッコミはリゥが心の中でしているので問題ない。


 そんな意味不明の文言を嬉しそうに言いながら、アズマはその波紋が生まれた場所を注視する。



「こら、やめんか!」


 リゥはそんなハレンチなアズマの行動を阻止しようと、両手をアズマの頭へ伸ばす。

 しかし、腹まである湖の水が邪魔をして、アズマの頭まで伸ばした手は届かない。目を隠すまでには至らない。


 アズマはさらに背伸びまでしてリゥの手をかわし、その人影を、バッチリと見ることに成功した。




 ……そこには、全裸のおっさんが、いた。




 金色の髪を短く切りそろえ、髭を生やし、たくましい筋肉を供えた、四、五十代のおっさんが……



「……」

 目を見開いたまま、アズマ、固まる。


 それはもう、石化したかのように、ピクリとも動かなくなった。

 きっと、ゴーゴンの石化とはこういうことをいうのだろう。と思わせるほどの固まりっぷりだった。


 ついでに笑顔は引きつっていた。



「?」



 突然固まったアズマを見て、リゥも頭に疑問符を上げる。


 何事があったのかと、リゥもその波紋を生んだ存在の方へと振り向く。



 すると、リゥの目の前が突然真っ暗になった。



 振り返ったリゥの両目を、アズマがその両手で覆ったのだ。

 無意識からくる、アズマの優しさだった……


「な、なんじゃ? いきなり暗いぞ!」



 ここでやっと、おっさんとアズマの目が合った。



「……」

「……」

 全裸のオッサンと異邦人であるアズマが、無言で見つめあう。



 無言のオッサンが、無言で腕を動かす。



 両腕を持ち上げ、曲げる。

 両腕を曲げた状態で上腕二頭筋を見せつけ、さらにその体勢を、前から見せた。すると、足から上体にかけ前面から見える全ての筋肉が押し出され、その筋肉美が、きらめく水滴と共に、光を放つ。

 それはまるで、彫刻のような筋肉。

 特に上腕二頭筋が強調され、むきりと盛り上がった筋肉により、その視線を、逆三角形となったそのシルエットへ釘付けにする。


 ダブルバイセップス・フロント!



「……」

 アズマの目から、虹彩が消えた。



 さらに体を横に動かし、男は腕を胸の前で組み、横から見た(チェスト)の厚みを強調する。

 むん。と厚みを増した胸の筋肉が吼え、さらには腕、足、体の厚みが強調された。

 キラキラと光るようなおっさんの笑顔が、とてもまぶしい。


 サイドチェスト!



 さらに男は、体を回転させ、アズマに背を向けた。

 両手を腰に当て、脇の下に見える広背筋を強調し、背中の筋肉を大きく左右に広げると、背中の横幅も膨らんだように見えた。

 それは、ダブルバイセップス同様、背中が強調されるが、それはまるで、雄雄しく翼を広げているようであった。

 ついでに、お尻も、きゅっとしまった。


 ラットスプレッド・バック!



 くるりと体を回転させ、男は再びアズマを正面にとらえる。

 体をやや前傾にし、胸の前で拳をつきあわせるようなポーズをとった。

 その筋肉が、はちきれんばかりにもりあがり、首の横の僧帽筋や肩の大きさ、腕の太さが強調される。


 モスト・マスキュラー!



 そして男はきらりと歯が光を照り返しそうな笑顔を見せ、口を開いた。



「……そんなに、見つめないでくれまいか?」



 十分その肢体を見せつけたオッサンはきりりと凛々しい顔でそうアズマに告げた。

 その顔は、どこか誇らしげですらあった。



「好きで見てるんじゃありません!」

 アズマの目から、ほろほろと流れる水は、なんかちょっと赤く見えた。



「な、なんじゃ? なにが起きておるんじゃ!」

 視界を封じられたリゥは、一人オロオロするしかなかった。



 今気づいたが、全裸のおっさんの耳は、リゥと同じく、長く、尖っていた。




 ……



 …………



 ………………




「いやー、すまんすまん。美しいものを見せちまって」

 おっさんは悪びれもせず、わははと笑った。



「……おかしい。あの場合流れとしては綺麗なおねえちゃんが水浴びをしているはずなのに。おかしい。絶対におかしい……」


 ぶつぶつと、乾いた着物に着替え終わったアズマがおっさんを正面に見据え、地面に座ってつぶやいていた。


 その視線の先は、もちろんおっさんである。



 エルフという種族は、どちらかと言えば細身な体格が多いが、目の前に座るおっさんは、エルフにしては珍しいがっしりとした体格のおっさんエルフだった。

 外見が四、五十代なので、年齢は四百から五百歳と言ったところだ。

 身長も百八十センチを超え、髭も濃く、筋肉質で、姿だけを見れば、エルフと言うより、ただ耳の長い狩人のように見えた。


 そんなおっさんの筋肉を見せつけられるのなら、やっぱり綺麗なおねーさんの方がいいと思うのは当然のことだろう。だって彼はせいしょうねんなのだから!



「アホか貴様は!」


 そんなアズマの頭を、着替えて現れたリゥが、背後から蹴り倒した。



「いつまでも意味不明なことをつぶやくな。おかしな人間だと思われるじゃろうが。いや、お前は確かにおかしな人間じゃから間違えてはいないが」

「……しどいわ」


 顔面から地面につっぷしたまま、悲しそうにアズマは嘆いた。それは、顔面から土下座したかのようだ。



「はははは。君達は面白いな。私の名はサムソン・エ・カル・リィ・ミィズ。彼女と同じ、エルフだ」

 二人のやり取りを見ていたサムソンがにやりと豪快に笑い、自分の胸をとんとんと拳で叩いた。


 一見筋肉ダルマだが、その雰囲気は、どこか知的を漂わせている。


「ほえー」

 地面につっぷした頭だけをあげ、アズマが変な鳴き声をあげる。体は相変わらず、失敗した土下座みたいな格好のままだ。

 そして、サムソンを見て、リゥを見てと、二人を交互に見返す。



「なんじゃ? 間抜けな顔を余計間抜けにして。なにか驚くようなことでもあったのか?」


「俺、エルフはみんなこいつみたいな喋りなんだと思ってた」


「残念じゃったな。これは我が氏族独特のものじゃ」

 こいつと指差されたリゥが、腕を組んだまま、ふふんと胸を張る。ちなみにリゥは立ったままだ。



 リゥの口調としぐさを見て、サムソンがヒゲをなで、「ふむ」とうなずく。



「その口調からすると、君はリシア族か」


「いかにも。我が名はリゥ・リシアじゃ」


 サムソンの言葉に、リゥも大きくうなずいた。



「リシア族?」

 アズマが、はて。と首をひねる。



「人で言うところの家名だな。エルフは里単位で一つの家族なのだ。私の場合は、ミィズがその里の名前になる」

 サムソンが、簡単なエルフ講座をはじめる。


 アズマはそれに習い、体を持ち上げ、座りなおした。



 まず、一番最初にある名前。これが個人を現す名だ。『サムソン』、『リゥ』がそれに当たる。


 そして最後が、氏族を現す名前。人で言うところの家名や苗字にあたる。この場合、『ミィズ』と『リシア』だ。

 この氏族とは、エルフの始祖に当たる者達の名であり、誰が誰の子孫かを現すものでもある。


 そして、サムソンの間に存在するミドルネーム。これは、里の中における役職や、役割、さらにはあざななどが入る。


 例えば、サムソンの中にある『カル』は、調停者を現し、里の外との交渉などを担当する者という意味になる。

 だから、彼はアズマと同じ言葉で意思疎通ができる。


 他にも『エ』は先生という意味で、『リィ』は召喚者という意味がある。


 つまり、彼はミィズの里の先生であり、調停者であり、召喚者であるサムソンということになる。


 エルフは、名を名乗るだけでその者が里のどのような人物なのか、すぐに把握できるのだ。



 わざわざ説明する必要もないとは思うが、リゥは、リシア族のリゥという名以外は、まだない。



「はー。つまり、どんどん名前が長くなるってこと?」

「そうなる。他にも結婚したり、外の里から来た場合などでも、名は増える。例えば、彼女がウチの里に来たら、元リシアの『元』の意味の言葉と、ウチの氏族名が加わる」


「役職がなくなったら名前もなくなったり?」


「それは個人の好き好きだな。元をつけてもいいし、消してもいい。そのあたりはワリと適当だ。まあ、消してはいけないものもあるがね」

 例えば、犯罪者を意味する名や、どの里から移り住んだかなど。役職以外の、意味のある名は消すことは許されない。


「へー。ためになりました」

 ふむふむと頷き、アズマは色々納得したように頭をさげる。ご教授ありがとうございました。



「ちなみに、こいつの名はアズマ。新大陸より別の場所からきたサムライじゃ」


「はい、よろしくー」

 リゥに自己紹介されたアズマは、そのまま手を上げてひらひらとその手を振った。相変わらずどこかしまりのない、人懐っこい笑顔を浮かべている。



「……サムライ?」

 サムソンは首をひねる。五百年近く生きているエルフでも、その名を聞くのは初めてのようだ。



「ま、今はガンマンなんだけどね!」

 立ち上がり、腰の銃を持ち上げイェイ! とポーズを決めた。


「あ、ガンマンという戯言はスルーしてよいぞ」


「そうかね。了解した。よろしく頼むよサムライのアズマ君」


 リゥの言葉に、あっさりサムソンもうなずいた。



「……なしてぇ」

 がっくりと肩を落とし、しょんぼりするアズマ。


「それだけ貴様はガンマンに見えないということじゃ」



「こんなにガンマン主張してるのに!?」


 ガンベルトと銃を手に持ち、自己主張をはじめる。



「それで、なぜゆえ君達は空から?」

「ああ。それはだな……」



「あっさり無視ー!」

 自己主張を無視され、アズマはがくりとヒザをついた。



「はっはっは。すまんすまん。冗談だ。ガンマンだっていいよな。男の子だもの」

 がっくりしたアズマの背中を、ばんばんと叩き、手をとって立ち上がらせた。



「サムソンさん……」

「アズマ君……」


 なぜか二人は見つめあう。


「……」

「……」

 見つめあう。



「……で、なにがしたいんじゃお前達は?」



「んー。ここからうまい具合に漫才は転がらないもんだねー」

「まったくだなー」


 サムライとおっさんは、二人でわっはっはと笑いあった。



「やっぱリゥじゃないとダメだな!」

「なにがじゃ!」


 勢いよく立てた親指と共に、リゥのつっこみ頭突きが炸裂した。


「ナイスツッコミ!」

 勢いよく派手にアズマは地面を転がった。



「それで、なぜゆえ君達は空から?」

 漫才も終わり、ひと段落ついたところでサムソンは中途半端に浮いたままになっていた質問を改めて聞いた。


「ああ。事情があって、キングバッファローに吹き飛ばされたのじゃ」


 リゥがことを簡単に説明する。流石にアズマがバッファローの力を利用してうんぬんまでは説明しない。理解されないことがわかっているから。

 そんなことを正直に話したら、リゥ自身がアホを見る目で見られてしまう。


「キングバッファローに。そいつは災難だったな」

「いくら身の危険を感じたからといって、ああも凶悪になるとは……」


 顎に手を当て、リゥは追いかけられた時のことを思い出す。



「いや、俺はなにげなく近くを通っただけだからね? お肉を食べたいとか思って見てないからね?」



「なら、なぜいきなりああも怒り狂って追われたのだ?」

 冒頭の逃亡劇は、アズマ達がメスのバッファローの近くを通っただけで、いきなり追いかけられるという、原因不明の事態だったのだ。


「そうか。やはり、森の生き物達も感じているのだな……」

 だがサムソンは一人、納得したように頷いていた。どうやら彼は、その原因に心当たりがあるようだ。


「なにか知っておるのか?」


「ああ。心当たりがある」

 サムソンは立ち上がり、湖の先にある山を指差した。



 指差した先には、煙の上がっている山があった。火山だ。



「あの麓に我々ミィズ族の里があるのだが、あの山で今、火の精霊が異常を起こしている。森の生き物の気が立っているのもそれが原因だろう。私もその対策のために里へ戻る途中なのさ」


「火の精霊が……? それは確かに、一大事じゃな」

 サムソンの言葉に、リゥが驚きと困惑の表情を浮かべる。



「えーっと、はい、先生!」



「はい、アズマ君」

 ばしっと挙手したアズマに、サムソン先生が答えを返す。伊達にエルフの先生をやっていない。


「つまり、リゥがいつも俺を怒るのは、その火の精霊の異常が原因ということですね!」

「精霊やその異常はなんですかって質問じゃないんかい!」


 リゥの頭突きが、また腹に決まった。



 サムソンもてっきり精霊のことだと思っていたので、思わず体をずるっと滑らせていた。



「だ、だって、ほら、こんなに怒りっぽい……」


 お腹をおさえてへろへろするアズマが、そう小さく反論した。



「なぜ怒られるか当然わかってやっとるんじゃろうな? そもそも火の精霊とか関係ないのわかって言っておるよな?」

「とーぜんさ!」

 瞬時に背筋を伸ばし、笑顔で親指を立てる悪戯小僧であった。当然結果は頭突きの刑である。


「ったく! このスカタンが!」

 ぷんすかと頭から湯気を出し、リゥが頬を膨らませる。



 見事な、どつき漫才であった。



「まあ、話を戻しまして。先生。精霊ってなんですかー?」

 またすぐに回復したアズマが、再び挙手をしてサムソン先生に質問をした。



「……はっ、あ、ああ。精霊とはだね」



「……しばらく呆気にとられておったか」

 完全にアズマペースに踊らされ、呆然としていたサムソンを、哀れんだ目でリゥは見ていた。



 正気に戻ったサムソンは、精霊についても説明する。



「精霊とはね、万物に宿る力の素のことなんだよ。我々エルフは、彼等の声を聞き、彼等に願いを届け、力を貸してもらうんだ。例えば……」


 と、サムソンが湖を指差すと、そこから、小さな水の球が浮かび上がった。


「このように、我等ミィズ族は、水の精霊との契約する力が強い。だから、こうして水の精霊の力を借り、水を使役できる」

 水の球が浮いたまま、すーっとアズマとリゥの前を横切ってゆく。それはそのまま、ゆっくりとした速度で、森の中の木にぶつかり、はじけた。


「さらには、こんなことも」


 立てかけた刀ではためく、洗濯物へ手をかざす。

 すると洗濯物から水分が分離し、地面へ水が滴り落ちた。


「おおー」

 すっかり乾いた上着を見て、アズマは感嘆の声を上げる。



「このようなことができるのさ」



「すごいすごい」

 パチパチとアズマは拍手を送った。


「水には水の精霊が。火には火の精霊が宿っていて、今、あの火山では火の精霊が異常を起こし、火の精霊が暴れようとしているんだ。このままの状態が続けば、火山が大噴火を起こし、このあたり一体は大変な状態になってしまうだろうね」



 精霊異常や精霊の暴走は滅多なことでは起こらないが、精霊の力が集まりすぎてバランスが崩れたり、過剰なエネルギーが集まった場合などが原因で引き起こされることがある。

 それは、人の世では火山の噴火であったり、津波であったり、嵐であったり、地震であったりする。


 しかしそれは、正しい自然現象ではない。


 自然の噴火や嵐などとは違い、それが引き起こされたあとでは精霊がいなくなり、そこは死の土地へと変化してしまうのだ。


 それらの大災害を未然に防ぐため、精霊の異常や暴走を鎮め、自然の状態に戻すのが精霊と会話の出来るエルフの役目でもあった。

 そしてそれは、場合によっては世に顕現した精霊と戦うこともありえる。



「と、いうことなんだよ。わかったかな?」

 先生の簡単な講義が終わる。


「はい。大体わかりましたー。万物に命が宿るって考え方は、生まれ故郷にもある考え方なので、とってもわかりやすかったです」


「ほう」


 アズマの言葉に、サムソンが感心したような声を上げる。



 彼の生まれた地には、八百万(やおよろず)の神と呼ばれる、万物すべてに神(命)が宿るという考え方がある。それは、エルフの言う精霊とよく似ており、アズマにとってみても、身近なお話だった。

 彼の感覚で言えばむしろ、その精霊も、八百万の神の一員といえる。


 ちなみに、『八百万』というのは、『たくさん』や、『数の限りなく多いこと』という、無限に意味であり、そのままの数を表しているわけではない。



「あ、せっかくなので、もう一つ質問」

 アズマが小さく手を上げた。


「なにかな? ちなみにおじさん独身だぞ」

「そいつは朗報。オイラも独身だよ」


「んなこと誰も聞いとらんじゃろ」

 リゥがぺしっと手の甲でアズマにツッコミを入れた。


 ツッコミを貰い、アズマとサムソンは、嬉しそうに二人で親指を上げる。ナイスツッコミ、イェイ!

 リゥが頭突きのために両足を大地につけ、構えたので、二人は真面目な顔へ変わった。



 危なかった。もう少しふざけていれば、二人はお腹をおえてうずくまることになっただろう。



「で、なにかね?」



「はい。先生。その精霊異常。誰かが意図的に引き起こしている。とかいう可能性はありませんか?」



 きりり。と真面目な顔で、案外真面目な質問が飛び出した。

 サムソンは顎に手を当て、ふむ。と小さく考える。


「絶対にない。とは言い切れないが、意図的にそのようなことができるとなると、そいつは世界の理を操れる、精霊の中でも最高位に属する、大精霊と同じ位にいるような存在になるな」



 大精霊とは、精霊達の一番上の位置にいる四体の精霊のことである。火、水、風、土の世界を構成すると言われる四つの基本元素を司り、全ての自然現象の源と言われている存在である。



 そう。精霊の異常を意図的に引き起こすということは、自然を自由に操る力を持たねばならないというわけだ。

 つまり、いない。と考えてさしつかえない可能性だった。



「そっかー」

 ふむんむとアズマは納得したように頷いた。


「まあ、つまるところ、その精霊異常を解消するために、今から火の精霊を鎮めに行かねばならないわけじゃな」


「そうなるな。であるから、君達はこの場を離れた方がいい。まあリゥ嬢ちゃんがミィズの里に来たいと言うのなら、歓迎はするが」

 それはつまり、暗に危険だからこの場から去った方がいい。と言っている。精霊のことをよく知らないアズマは別として、サムソンはこれでリゥに意味は伝わると考えていたのだろう。


 当然の話だが、サムソンはリゥのことを、子供だからと、危険から遠ざけようとしている。


 それを察したというのに、リゥは逆ににっと唇を吊り上げた。

 腰に手を当て、甘い。と宣言するように顔を上げる。


「確かに、ワシでは精霊異常を鎮めるのにたいした力にはならぬじゃろう。じゃが、ここにいるスカタンはかなり役に立つ。じゃからむしろ里へは行かせてもらう!」


「えー。やだー」

「断ろう」

 あっさりと、リゥの提案は拒絶されてしまった。



 だが、リゥとて断られるのはおりこみ済みだ。一度うなずき、続きを告げようとする……



「まあ、見た目ではただの小僧だが……っておぉい! しかもお前の方が断るの早いってどういうことじゃ!」

 ……が、先にツッコミが走った。


 なんと、先の「やだー」はアズマの発言なのだ。



「ふっ。簡単なことさ。リゥに先導されて手伝うというのが気にいらない!」

「なんじゃそれはー!」


 くわっとアズマは胸を張り、正々堂々と言い切った。

 まさに、なんじゃそりゃな理論である。


 それはつまり、力を貸すのは別に嫌ではないという意味でもあった。


 ただ単純に、リゥに嫌がらせをしたようなものだ。



「どうせ頼んでもいないのに助けにくるんじゃから、なら最初から手伝う方向で話を進めてもいいじゃろうが!」

「そういうのは口に出さないで実行するからかっこいいの。わっかんないかなー」


「わかるか! 大体勝手に助けようとしてもエルフの里なぞ勝手に入ろうとすれば不法侵入で攻撃されて逆に迷惑を広げるだけじゃ!」


「そんなヘマしないよ!」


 確かに、アズマが本気を出せばエルフの誰にも見つからず火山へ直行して問題を解決できるかもしれない。

 そうすれば、誰も危険にあわず問題も解決するかもしれない。


 街の問題を解決しても栄誉も名誉も受け取らずさっさと立ち去ろうとするこいつの性格を考えれば、それは十分にありえた。


 リゥは、そのスタンスは尊いとは思うが、誰にも感謝されないそれを、よいとは思っていなかった。


 それゆえの協力宣言だったのだが、それをこうまであっさり否定されるとは思っていなかったのである。



 なにがなんでも連れて行く気でその勝気な瞳を吊り上げるリゥと、その視線を笑って受け流すアズマの睨みあいが続く。



「いや、まあ、一人でも手は多い方がいいから、こちらとしても、来てくれるのは助かるんだが、私以外の若い衆がなぁ」


 にらみ合う──一方的にリゥが睨み、アズマはニコニコしているだけだが──二人を見て、サムソンはぽりぽりと顎をかいて、苦笑していた。

 彼の里にも彼の里なりの事情があるのだろう。


 それでも、リゥの必死の姿を見てなにか考えを変えたようだ。



 小さくため息をつき。



「まあ、しかたがない。わかった。案内してあげよう。これでいいかな、リゥ嬢ちゃん?」


 ひとまず折れたサムソンの言葉を聞いたリゥは、満足そうに頷いた。


「ならば、ひとまず行くとしよう」

「えー」

「行くぞ!」


「ほーい。もー。ホントおせっかいなんだからー」


 どすどすとアズマの背中を押し、リゥはその里の方へと進ませた。



「はは。面白いコンビだな。君達は」

 そんな二人のやりとりを見て、サムソンは思わず笑みを浮かべた。


 見ていて飽きない二人だし、二人を取り巻く精霊の力は、とても優しく、力強い。



「実は来年東部でやるコントグランプリに出場予定なんですよ」

「初耳じゃし向う先が逆じゃ!」


「ナイスツッコミ!」

 背中を押されるアズマが、楽しそうに親指を立てた。



「……本当に、面白いコンビだ」


 くつくつと、笑いがこらえられずに、笑ってしまった。



(……特に、少年の方は、得体の知れないレベルで、だ。間抜けにしか見えないのに、隙だらけにしか見えないのに、なぜか手を出してはいけないと、私の本能が訴えている)



 長年の勘ともいえるそれは、精霊という万物に宿る力を感じることができるがゆえの警告だった。

 だが、その危険という訴えは、逆に言うのなら、力強い味方にもなりえるということでもある。



(さて。鬼が出るか、蛇が出るか)

 サムソンは、二人を里へ案内しながら、そんなことを思った。




──ミィズの里──




 森を歩き、三人は火山の麓にある、エルフの氏族、ミィズ族の里へとやってきた。

 時間はすでに中天の太陽を通りすぎ、ほんの少しだけ日が傾きはじめている。


 大きな木々の並ぶ回廊を抜けると、そこに、村があった。


 森の中。木々に囲まれるようにして切り開かれた大きな広場がある。

 エルフの里にある建物は、三タイプ存在する。一つは、地面の上に建てられた、木造の小屋。もう一つは、地面の上に張られた、テント。最後は、木の上に設置される、ログハウスである。

 里に設置される小屋は、主に住居ではなく、倉庫などに使われ、エルフが生活するのは、木の上のログハウスか、テントで生活していた。


 そして、里の中心には、一本の丸太から作られた、精霊をかたどったトーテムポールが存在している。


 アズマ達三人は回廊を抜け、二本並んだ、門として使われている木をくぐった。



 アズマが、ミィズ族の里へと足を踏み入れたとたん。




 じゃっ!




 風を切る音と共に、一本の矢が、アズマの足元へと突き刺さった。


 三人の足が、止まる。


 直後、木の上や里の広場、小屋の上から、弓を構える若いエルフ達が次々と姿を現し、敵意を持った熱烈な視線と、アズマへ向けた弓矢の照準という大歓迎が、アズマを迎えた。

 下手な動きをすれば、一斉射撃されかねない雰囲気だ。


「……」


 素直に、両手をあげ、降参のポーズを示すアズマ。


 エルフ達は弓を構え、絹の織物を身に纏っている。エルフは、森で蚕を育て、絹を生産している。エルフの絹は、最高級品として人の世に出回っており、それ以外にも、その手で作られた金属細工や、弓などは、実用的だけではなく美術品としての価値も高い。


 彼等を取り囲む若いエルフの数は十五人ほど。里の規模を考えれば、総人数は、この倍ほどだろう。



「いやはや、ずいぶんな歓迎じゃな」

「まったくだ。申し訳ない。ウチはまだちょーっとばかし、閉鎖的でね」


「ちょっとどころの話ではなかろう。これは……」

 やはりか。とサムソンはため息をつき、リゥも、はぁ。とため息をついていた。



 前にも説明したが、エルフの地は、水源や金鉱脈の近く。さらに、『遺人』の遺跡の上などに存在する場合が多い。


 それゆえに、欲にかられた人間との争いも絶えず、人を一切信用していないエルフが多くいるのもしかたのないことだった。

 一応里の門を開き、人間と交易や共存に成功している里もあるが、このミィズの里でそのように里から出て外の世界と交流を持っているのは、サムソンただ一人である。



「皆、彼は敵ではない。であるから、武器をおろしてくれないか?」



 サムソンがアズマの前へ盾となるよう立ち、大きく手を広げ、里すべてに響き渡るよう声を上げる。

 ムキムキの筋肉をもつサムソンの体躯は、小柄なアズマをすっぽりと隠してしまった。


 耳の長いおっさんの姿を確認すると、広場で弓を構えたエルフ達の中から、一人の若いエルフが姿を現した。



『何者かと思えば、先生ではありませんか』



 エルフ独特の言葉。人の世では、シンプルにエルフ語と呼ばれる言葉が響く。


 男の年齢は二十代中盤ほど。長い金色の髪と、引き締まって細い手足は女性を思わせるが、立派な男であった。

 身長も百八十センチほどあり、切れ長の目に、すらっと整った鼻先と、その姿は、人の世でエルフというものを想像すれば、こんな姿なのだろう。という姿を体現したかのような姿をしていた。



『エルフィン。今、この集団のリーダーは、君か』

『はい。先生。それで、その人間は何者ですか?』


 サムソンの影に隠れ、両手を挙げたままでいるアズマを指差す。


『今回の件に力を貸してくれる者だ。このような歓迎は、我等の品位や程度を低く見せる行為だ。下がらせなさい』


『先生はいつも人の側に立った発言をしますね。ですが、今回の件は人の手など借りずとも、我々だけで立派に火の精霊異常を鎮めてみせますから安心してください。そう。先生の力さえも借りずにね』

 右の肘を左手で抱え、その右手を唇へ当て、くつくつと笑う。どこか気障な態度だが、それは自分達の実力に、自信があるという態度だ。


 精霊異常を鎮めるというのは、場合によってはその異常を起こしている精霊の化身と戦わねばならぬほど、危険な儀式であった。


 それでもできると豪語するからには、それ相応の自信があるということでもある。


『そのような慢心はいけないと何度も教えたというのに君は……』

 エルフィンと呼ばれた若者の態度を見て、苦々しく笑うサムソン。


『ふふ。今回の件が終われば、先生もそのようなことは言えなくなりますよ』


『だからといって……』

 二人のエルフが、エルフ独自の言葉で会話を続ける。



 リゥのことやアズマのことを話しているのだろう。



 一方。リゥは腕を組み、話を見守り、両手を挙げたアズマは、理解できない言葉など気にしていないのか、笑顔できょろきょろと周囲を見回していた。



「そこの少年」

 流暢な、新大陸で使われる言葉がエルフの若者から紡がれる。


 いつの間にか、エルフィンがアズマのことを見ていた。


「おおー。わかる言葉だー」

 両手をあげたアズマが喜びの声を上げる。


 ちなみに、この言葉は外との交流のあるサムソンがこの里のエルフ達に教えたものである。

 必要ないと思いつつも、きちんと学んでいるのは、エルフィンと呼ばれるエルフが生真面目な性格だからだろう。


「君が、何者かは知らないが、我々は君のサムライ、とかいう力を借りる必要はない。まあ、歓迎とまではいかないが、今日は里でゆっくりとしていくがいい」

 さあ、こちらへ。と手を示す。


 すると、弓を構えていたエルフの若者達も、構えをといた。

 どうやら、敵対するのは避けられたようである。


「おおー。ありがとうございます。ありがとうございます」

 うながされるまま、アズマは指し示された手の先にある小屋へ、ぺこぺこと頭をさげながら入ってゆく。


 その、樫の木で作られた、檻の中へ。



 がしゃーん。



 硬い樫の格子が閉まり、さらに鍵までかけられた。



「……んんー?」

 両手で格子を掴んで、アズマは笑顔のまま、唸り声を上げた。


「んんんー?」

 笑顔のまま、首をひねる。



「……はっ! これって、牢屋じゃないですか!」



「いまさら気づくのかおのれは!」

 がちゃがちゃと格子を揺らすアズマにツッコミを入れたのは、頭を抱えていたリゥであった。


 サムソンもリゥと一緒に頭を抱えている。どうやら、自分の見こみ違いだったようだ。という後悔の表情さえ浮かべている。

 ついでに、どこか呆れたような里のエルフ達の視線が、アズマに注がれている。



「……この見世物にされるさまって、意外に、いいかも」


 たくさんのエルフの視線にさらされ、アズマは自分の体を両手で体を抱くようにして抱きしめ、体をぐねぐねと揺らし、どこか恍惚な表情でうふふ。と笑う。



「ええい、このスカタン! お前は一生そのままどこかのサーカスで見世物にでもなっていろー!」


 最初に突き刺さった地面の矢を引き抜き、見事なコントロールでアズマの脳天へ投げつけるリゥの姿があった。



「これも一つの芸になります!」

 すこっと突き刺さったアズマは、そのまま仰向けに牢屋の床へ倒れていった。



「どうやら、聞いた以上の愚か者のようだ……」

 はぁ。とエルフィンはため息をついていた。



 サムソンとの会話で、彼はアズマはきっと力になると主張したが、そんなアズマはお馬鹿だと推測したエルフィンが、一つ冗談で仕掛けてみたのだ。


 が、まさか成功してしまうとは思ってもいなかった。


「まあ、いい。手間が省けたと思おう」

 やれやれと頭を振り、考えを改めた。そう。サムソンの目が節穴だと一つ証明する手間が省けたと考えればいいのだ。うんうんと、若者のエルフは一人で納得する。



『さて、みんな。準備をはじめよう』



 エルフィンは手をかかげ、火山へ向うための準備を他のエルフへうながす。

 若者のエルフ達は、各々の準備を開始し、里のいたるところへ散っていった。


 彼等はこれから、火山に渦巻く火の精霊の異常を解消するため、その火口へと向う。



「なぜここまでする? わざわざ閉じこめなくとも、この里にいさせればいいだろう?」


 矢を投げつけて大きなため息をはいたリゥは、思った疑問を、目の前に残るエルフィンの背中へとぶつけた。

 正直ここまで拒絶されるとは思っていなかった。というのが彼女の本音である。



『リシア族の娘か。人間とエルフの間に、多くの争いがあるのは君ならばよくわかっていよう。君の里のことは気の毒だと思うし、残念だと思う。だが、それならばなおのこと、君は、なぜ我々がこのような行動をとるのかも理解はできよう』


『……』


 リゥの質問に、エルフィンは振り返り、エルフ語で答えを返す。彼女は、その答えに、無言でいるしかなかった。

 欲にかられた人間に、エルフの里が狙われるのも事実だ。信用できない人間が多いというのも否定はできない。



 だが、だからといって、人間全てが悪であるとは言えない。



 彼女は、人間の世界で生きて、それを知っている。クローディアという善人を。教会で家族だったあの子供達や、街の者達を。そして、たった一食の恩で、他者を救おうとするあの愚か者を。



 里を滅ぼしたのは人間だが、自分を救ってくれたのもまた、人間なのだ……



『それは確かに理解はできる。だが、その我が、この男は信頼できると言っているのは、信用ならんのか?』


『君はまだ若い。たとえ全ての精霊と契約のできるリシア族の娘だからといって、その心の精霊の力は万能ではない。若い君が騙されている可能性は、十分にありえる。それにね、これから我々が精霊を鎮めるのに集中したいのだ』


 目の前の問題に集中したいがゆえ、後顧の憂いは完全に断っておこうという判断なのだろう。

 確かに、信頼できるできないを論じるよりも、ことが終わるまで閉じこめてしまった方が、楽だし、安全だ。



 彼は彼で、この里を守ろうと必死なのだ。それが、リゥにはわかった。



「……そうか。ならば、理解した。ワシからもう言うことはない。すまなかったな。ワシが、里へ行こうと言い出したのだ」

「そうかね。私も君の言葉を信じたい。だが、今はそちらへ注意を払う余裕がないのだ。彼は終わったらきちんと開放しよう。であるから、君もこの里で待っていてくれたまえ」


「うむ」

 アズマに向けた嫌悪の視線とは別の、優しい瞳となって、リゥを見る。その表情から察するに、根は悪い男でもないのかもしれない。


 手をふり、リゥはエルフィンが去ってゆくのを見送った。



「ふむ。私も、長老にあってこよう。それと、すまなかったね。私とてこうなることは予測していたというのに」

 申し訳なさそうに、サムソンが頭を下げた。


 出会った時わははと笑っていた時よりも、表情が暗い。流石に責任を感じているようだ。

 サムソンとしても、まさか牢に閉じこめる方法をとるのは想定外だったようだ。


 いや、自分から牢屋に飛びこむヤツがいる。というのを想定しておけ。というのがどだい無茶な話だが……



「気にしなくていい。どうせヤツもわかっていてあそこに入ったんだ」

 やれやれと、リゥが肩をすくめる。


 その表情は、イラつきなどではなく、どちらかと言えば、呆れの方が大きいように見えた。



 そのリゥを見たサムソンは、意外そうな顔をする。



「……意外だね。てっきり、いつも彼に見せるように、憤慨するかと思ったんだが」


「あの程度なら、ヤツに比べたら小物以外のなにものでもない。あの程度で腹を立てては、アレの相手などできんぞ」

 ふふふ。と、どこか陰りをおびた暗い笑顔が、サムソンを出迎えた。思わず一歩後ずさるほど、その笑みは、恨みが篭っているようであり、怒りがこもっているかのようであるが、なにより、楽しそうであった。



「おっさんにはようわからんなぁ。君達の関係は」


 仲が悪いように見えて、良いようにも見える。信頼していないように見えて、信頼しているように見えた。



 ぼりぼりと、顎をかき、長老のいるテントへ向け、サムソンは歩き出した。

 そして、君も来るかい? と、長老への顔合わせをうながしたが、リゥは挨拶をするならばアズマが出てからと、ジェスチャーで断りを入れた。



 そのサムソンの背中も見送り、リゥは樫の木の牢屋を振り向いた。



 見張りの姿はない。


 まあ、火山を噴火させる可能性のある精霊異常とあんなアホウの見張り。どちらに多くの人手を割くか。と聞けば、こうなってもしかたがないだろう。

 彼の本当の実力を知っているリゥでさえ、こうなるのも当然だと思ってしまうほどなのだから。



「見張りが一人もいないとは、さすが、愚か者を演じれば西部一の男だな」



「おかしい。こんなに真面目にやっているというのに。俺の実力なら見張りが百人いても足りないくらいなのに……」

 床に倒れたまま、頭に矢がくっついた、矢アズマになりつつ、何故なのだろうと問いを返した。


「お前の行動を省みれば、むしろ自業自得じゃ」

「マジですか」

「うむ」

「ならいつもこんな感じしていればいいかな」


 きりり。と顔を引き締めた。


「おお。幾分かましになったぞ!」

「もうむりー」


「はやっ!」


 二秒で顔を崩し、スライムのようにくてーっとだらけるアズマがいた。

 たった二秒間の夢であった。


「うむ。無理じゃな。このアホウ」

「えへへー」

「だから褒めとらん! なぜ嬉しそうにする!」


 はにかんだように、ほっぺに手を当て照れるアズマを、呆れるように叱るリゥであった。



「ともあれ、今回はお前の出番は必要ないようじゃな」


 杞憂だったようだ。とリゥは安心したように息を吐いた。


 火山に対してはすでにエルフの若者達が問題の解決に動いているし、その解決方法も知っている。アズマに対する態度は少々やりすぎだが、これは人との争いや不信という原因もあるのだから、しかたがないとも言えた。


 それに、目の前のことに集中するための処置でもあるようだし、終わったら開放する気のようだ。



 ならば今回は、彼の出る幕は、すでにないはずだ。今回はここで大人しく待っているというのも、悪い話ではないだろう。



「んー。そうもいかない感じかなー」



 んーっと伸びをして、アズマは体を跳ね上げ、立ち上がる。頭に刺さった矢をスポっとはずし、指ではじいて外へと投げ捨てた。そもそも矢での傷はなく、髪の毛に挟んであっただけだ。



「どういうことじゃ? 今回はルルークシティのように里の者達では対処できないような事態ではないはずじゃ」


 街を一瞬で壊滅させかねない兵器を持っていた偽の『アーマージャイアント』とは違い、今回は精霊異常を察知し、それに対処するためのチームが作られている。

 あれほどの自信を見せたエルフィンなのだから、期待はできるはずだ。



「確かにあの人達も相当な実力者だし、その意思も尊重してあげたいところだよ。俺もせっかくおもてなしされたんだから、このままここにいたい気持ちもある。でも、このまま放っておけば、あの人達は全滅するよ」



「なっ!?」


 しれっと、とんでもないことを言い出した。あまりのことに、リゥも驚きを隠せない。

 アズマは言って、懐をごそごそと漁りはじめる。



「あの人達は、自力で解決できない問題を自分達だけで解決しようとしているんだ。感じない? この、ヤバイ雰囲気」


 懐を漁っていない残った左手で、火山の方向を指差す。



 リゥは首を横に振る。



 残念ながら、リゥには、火山で火の精霊が多く集まっている。くらいしか感じられなかった。確かに増大しているのはわかるが、その総量がどうなっているかなど、細かいことまでは、実力不足でわからなかった。

 それがわかるということは……


「お前は、精霊の力も感じられるのか?」


「いや、湖でも言ったじゃん。生まれ故郷に似たような考えがあるって。そのおかげってヤツだね」


 万物に力が宿る精霊と同じく、万物に命が宿るという八百万の神々の考え方。それのおかげで、今がどれほどヤバイのか、わかるのだそうだ。



「『気』がね、大きく乱れてるんだよ」



「……き?」

 なんのことだと、首をひねる。


 そこで、リゥは気づいた。



「まさか、意図的にこの事態を起こしたなにものかが、いるのか?」



 可能性はほとんどない。とサムソンは言っていたが、アズマが西に向う目的とは、この星を終わらせようとしている存在を倒すというもの。

 ならば、精霊異常を意図的に引き起こすような存在がその中にいてもおかしくはない。


「可能性は、否定できないね」



 そう言いながら、アズマは懐から、一枚の布を取り出した。



 なにをしている? とリゥが疑問を挟むより前に、アズマは行動を起こしていた。


 長方形の布のはしを持ち、「ふっ」と小さな気合と共に、牢の格子へ一閃すれば……



 ごと、ごとん。



 綺麗な断面を残し、牢の格子が重い音を立て、地面へ落下した。

 そこには、アズマが通れるだけの隙間が生まれている。


「なっ……」


 リゥは、崩れ落ちた樫の木製の格子を見る。樫の木は、木の中でも特別に硬い木だ。しかもそれは、木の精霊を活性化させ、牢屋用に、さらに硬度があげてある代物である。それを、布一枚で切り裂くなんて……!



「タネも仕掛けもありません」



 にゃははと笑いながら、その隙間を通って外へと出て、手に持つ長方形の布を両手で広げ、ひっくり返しリゥへ見せ、手渡した。


 手渡されたリゥは、思わずその布を、まじまじと見た。


 なんの変哲もない、ただの絹で出来たハンカチだ。彼の故郷でいうところの、手ぬぐいという代物。ただ、それだけの代物であって、特別なものではない。

 こんなもので、どうすればあの格子を切れるというのだ……


「……どうやったんだ、これ? あとなぜ、カタナを使わず、こんなことを?」

 思いついた疑問を二つ、アズマにぶつける。


「んー。火山のための準備運動と……」


 アズマが人差し指を立て、くるくると回しながら説明しようとしたその時……



「……まさか、本当に脱出するとはね」



 広場に姿を現したのは、先ほど長老の元へ向うと歩いていった、サムソンのおじさまだった。

 やれやれと、牢屋から逃げ出したアズマを見て、顎ヒゲをなぞっている。



「あら、おじさん、行かなかったの?」


 エルフィンとサムソンの会話はエルフ語で行われていた。聞いても理解できないのなら、当然エルフィンがサムソン先生を連れて行かないと宣言していたのもわからなかったわけである。

 なので、アズマはどうして? と疑問をあげた。


「はっはっは。若い衆とおじさん、あんまり仲がよくないのさ……」


 笑いながら、大きく肩を落とし、ため息をついた。はぁー。ともれた大きなそれは、本気で落ちこんでいるように見える。



「こう、彼等に私は、一見するとふらふらしてなにも考えていないように見えるんだろうなぁ」



 本気の悩みなのか、さらに大きく肩を落とす。がっくりと頭をたれすぎて、変な格好になってしまっている。


 そんな悩みを見て、アズマも共感したように頷いた。


「あー。わかりますわかります」

「おお、わかってくれるか!」


「ええ。俺もよく言われますから!」

 大きく胸を張って、答えを返す。最近だとリゥに言われた覚えがあるアズマであった。


「胸を張って言うことか!」

 リゥのツッコミがアズマに走る。


「あっはっは」


 それを見たサムソンは、同じように胸を張り、どこか嬉しそうに笑った。


「貴様も嬉しそうに笑うな! むしろ同族嫌悪くらいしろ貴様等! そもそもアズマ行くのならこんなところでしゃべっている暇などないだろうが! そっちもなにしにきた。邪魔をするなら去れ!」


 二倍に増えたツッコミを、リゥが一気にこなす。指でサムソンを指し、アズマを指し、もう一度サムソンを指差した。二倍に増えたため、ぜーはーと息も上がっている。ごくろうさまである。


「……ふっ、怒られてしまったな。冗談はこれくらいにしようかアズマ君」

「ふっそうしましょう」

 リゥの怒号に背筋を伸ばした二人は、きりりと無駄に真面目な顔を作った。



「なので、一つ聞きたいことがあります」


「なにかね? 答えられるものなら、答えてあげよう」

 真面目な顔で、アズマが聞く。サムソンも、真面目な顔のまま、質問を待つ。



「エルフの男の人もさ、おまたの間、蹴り上げられたら、死ぬほど辛い?」



「……」

 真面目な顔のサムソンの頬に、小さな汗が、つーっと流れ落ちた。


 思わず、少年の利き足と思われる右足へ視線がいってしまう。するとその足は、まるでどこかをシュートするかのように、助走をつける準備がなされていた……


「……そ、それは勘弁願いたい、な」

 エルフは成長の速度と耳の長さと寿命以外は基本的に人間と同じ体をしている。なので当然、そこをコキーンとやられたら、下手すると再起不能になる可能性がある。

 そんなことを想像したら、サムソンのおまたの間がきゅっと引っこんだ気がしたのだ。


 エルフのオッサンだって、男の子なんだよ。


「……そっか。うん。なら、やめよう」

 絶望的に青い顔になった男の子の顔を見て、アズマも足を地面に戻した。



 どうやら、相手の表情を見て、自分でもおまたがひゅん。となったようだ。二人して、ちょっと内股になっている。



「なんじゃこの光景は……」

 二人して青ざめている光景を見て、リゥはげんなりしつつつぶやいた。



 いつの間にか、シリアスな空気がグッバイしている。



「リ、リゥ嬢ちゃんにはこの痛みはわからないから、そう言っていられるんだよ! こいつはな、男の子にしかわからない、絶望の痛みなんだよ!」

「そーだそーだ!」


 呆れたリゥに向かい、男二人は抗議の声をあげた。当然、リゥに男の子の痛みなどわかるはずなどない。



「言い出した貴様等がワシを攻めるなこのアホウ! 真面目にやれ!」

 近くに落ちていた切り取られた格子をアズマとサムソンへ投げる。



「やん。そーでしたー」

「おおう。うっかりさー」


 飛んでいった格子の欠片は、地面に当たり、男の子二人には命中しなかった。



 二人は再び気を取り直したように、内股をやめ、しっかりと大地を踏みしめる。



「結局ボケを挟まねばやってられんのか貴様等は……」

 リゥは頭のところに手を持ち上げ、ぷるぷると振るわせた。



「ともかく、だ。残念だが、君達を行かせるわけにはいかないのだよ」


 すぅっと、サムソンの雰囲気が変わった。

 強い意志を秘めた瞳が、アズマをとらえる。


 アズマ同様飄々とした雰囲気のあったサムソンではなく、その体には覇気がみち、この場からアズマを進ませまいとする意気ごみが、ひしひしと伝わってきた。



「っ!」


 雰囲気の変わったサムソンのプレッシャーに、リゥは一瞬押しつぶされたのかと錯覚した。その背から、まるで狼が姿を現し、襲い掛かってきたかのようだ。

 そのあまりの変化に、思わず息を呑む。



「な、なぜじゃ? なぜ、協力を肯定していたおぬしがここに立ちふさがる。少なくとも、おぬしだけは、味方であると思っていたのに!」

 サムソンから発せられるプレッシャーに、本気の意志を感じ取ったリゥが、悲痛の声を上げる。


 信頼していた仲間にまで裏切られるとは、思っていなかったという表情だ。


「……」

 サムソンは、そんなリゥを見て、この少女はなんと優しい少女なのだろうか。と思い、この非礼を、心の中でわびた。



(すまないな。私は確かめなければならないのだ……)

 サムソンは、先ほどあった長老の言葉を思い出す。




 アズマが牢に入れられ、エルフの若者達が火山へ向い、サムソンが長老へ挨拶したその時に、時間は戻る。


 長老のテントの入り口を乱暴に開き、サムソンはその中へと踏みこんだ。



「長老! 本気なのですか? なぜ、若者だけにまかせているのです! 今回はただの精霊異常ではないと言い、私まで呼び戻したのは長老ではありませんか!」


 若者達の前では出さなかった大きな声と焦りの声をあげ、サムソンはテントの奥に座る長老へ詰め寄る。


 ミィズの里の長老は、すでに千二百年を生きた、大エルフである。ミイラのようなしわくちゃの体をしているが、その力はミィズ一とも言われ、精霊のあつかいにおいては未だ右に出るものはいないとさえ言われる、エルフ界では伝説として語られる人物でさえある。


 なのに、今回の異常に、彼は参加せず、若者のみで解決を図ろうとさえしているのだ。



 呼び出されたサムソンにしてみれば、不可解極まりない。



「……うむ。ワシももう年じゃ。じゃから、若いものに任せ、次代を担ってもらう。というのが一つの目的じゃった」

「それは、理解できます」


 長老はすでに千二百歳。人間で例えても、百二十を超える高齢である。いつ精霊のお迎え(寿命)が来てもおかしくはない年齢だ。

 ゆえに、若い年代に次を任せるというのも納得はいく。だが、彼等にすべてを任せているというのは、腑に落ちなかった。


 なにより……



「なぜ、牢の使用を認めたのですか? なぜ、私の同行を命じていないのです!」


 不可解なのは、特にこの二つ。



 いくらエルフィンが人間嫌いだからといっても、独断で牢は使用できない。あそこは、里の掟を破った、いわゆる犯罪者を閉じこめておくところだ。その使用は、長老の許可がなければ鍵さえ開かない。

 外との交流は、当然里の最高権力者、長老の許可を得ての交流だ。長老は、人との関わりの重要性を理解している。サムソンはそれを知っているがゆえ、外から来た人間を閉じこめることに許可を出したことに、疑問を感じていた。


 そして、先も言った今回はただの精霊異常ではないというのに、若者のみに任せたという不可解。万全を期するなら、召喚師の称号を持つサムソンを同行させて当然なのだ……


 この大きな二つの解消するため、サムソンはテントの中央にある囲炉裏の前に座り、胡坐をかいて座る長老へとつめよった。



 長老が、ゆっくりとした動きで顔を動かし、サムソンを見る。


 長い髪はすでに退色し、銀色よりも白になっている。さらに、なぜか年と共に長くなり、その瞳を覆い隠した眉毛がとても印象的な老人であった。



「……夢を、見たのだ」

 サムソンを見据えた長老が、静かに口を開いた。



「夢、ですか……? まさか、精霊の導きですか!」


 夢といわれ、サムソンはすぐそれに思い当たった。

 それは、精霊の導きとも言われる、予知夢のことだった。


 精霊には様々な種類がおり、まれに、その力で奇跡のようなことを引き起こす存在も少なからずいる。その気まぐれのような奇跡の中で、最もよく引き起こされるのが、断片的な未来の予知や、警告。いわゆる、お告げである。


「うむ。その夢には、ぬしが、この里を救う者をつれてきておった」

 それゆえ、遠くにいたサムソンを長老は呼び戻したのだ。


「私が、ですか……それとは、つまり……」



 ──あの頼りない少年と、リゥ嬢ちゃんが、この里を救うということか……?



「ですが、お世辞にもあの二人は……」


 双方とも子供であるし、いくらなんでも、里を救う者というのは言いすぎだろう。確かに、協力すれば成功への足しにはなるだろうが、それ以上は、どう贔屓目に見ても期待はできそうにない。



 最初はどれほど凄いのかと勘違いもしたが、話せば話すほど、少年は、ただのお馬鹿でしかなかったからだ。



「ふっ、ぬしの言うとおりじゃ。ワシとて、あのサムライの底は、まるで見えぬからな……」


 長老の前には囲炉裏があり、そこには、水がめが水をたたえ、置いてあった。その水面が、なにもないのにゆらりと波紋を生じさせる。

 するとそこに、牢屋で転がる少年と、彼と会話するエルフの少女の姿が見えた。



「サムライ? 長老は、そのサムライというものをご存知なのですね?」



「うむ。といっても、ぬしが生まれる前の時代のサムライじゃがな。それでも、彼はその時代以上の進化をとげているやもしれん」

 サムソンは五百歳近い年齢である。長老が見たそのサムライというのは、今のサムライよりさらに前。モノノフとも呼ばれていた時代の戦士であった。


 それゆえ、進化しているのか、はたまた退化しているのか、その実力は、長老にさえわからなかった。


「じゃから……」

 長老の眉毛がぴくりと動き、その下にある瞳が、サムソンを見た。



「……ぬしに、彼の実力を見極めてもらいたい。あの、サムライの力をな」



「っ……! 私が、ですか?」

 そのために、若者に自由にさせ、自分をこの地に残したというのか……


「ですが、今彼はあの牢に入っております。まず出ることなどかなわぬでしょう」


 ちらりと、水面に映る少年達を見る。

 少年の入っている牢は、特別製である。硬い樫の木を用いただけでなく、木の精霊の力を最大まで引き出し、その硬度は鉄をも超える硬さとなっているのだ。


 例え刃物を持っていたとしても、その格子を斬ることは不可能。

 そのような場所から鍵もなく出られるはずはない。


「出られぬならば出られぬで、その時は我等が滅ぶ運命じゃったのだろうて」

「……」



 天井を見上げ、遠くを見る長老の姿がそこにあった。それはまるで、『今』だけではなく、はるか『未来』までを見通しているかのような姿であった。



「……その未来とは、彼等だけでは防げぬものなのでしょうか?」


 長老の言葉に、サムソンが疑問を投げる。



 彼等、とは、火山へ向った若者達のことである。未来とは、元々不確定なものである。その予言が、絶対にあたるわけではない。


 サムソンの弟子である彼等は、言うだけあって、その実力は確かなものだ。



 一人ひとりは、サムソンにかなわぬだろうが、人の侵略を防ごうと努力した結果、集団としての力は、小さな軍隊にも負けぬほどの実力がある。


 それは、先生であるサムソンが見ても、贔屓目なしで強い。と言えるものだった。



 なんだかんだ言っても、弟子達は可愛いものであり、信じてやりたい師の心でもある。



「ワシとて、信じてやりたい。じゃが、今回の精霊異常は、通常の異常とはどこか異なるなにかがある。ゆえに、ぬしまで呼び戻したのじゃ。そして、彼がこの地に現れた。その導きも、信じなくてはなるまい……」


 長老とて、我が子同然の若者達を信じたい。だが、今起きている事態は、そのような気持ちのみでは解決できないような事態だと、長老は考えていた。

 お告げがあったからだけではない。なにかが、いつもとは違う。今回の精霊異常は、なにかが違う。そう感じていたのだ。


「人の協力を得るのならば、ぬしが一番の適任じゃと思ったのだ。やってくれるか?」

 長老が、視線をサムソンに戻し、告げる。


 サムソンも、長老の考えを、想いを理解し、うなずいた。今、私心を持って動いている場合ではないと判断したのだ。



「……わかりました。ならば私が、彼の力を見極める試金石となりましょう。当然、牢屋から出れたのなら。ですが」



「うむ。やり方はぬしにまかせよう」


「わかりました」

 サムソンは、そう答えると、きびすを返し、長老のテントから早足に出て行った。


 ばさりと、テントの入り口が閉まる。



 長老は、去ったサムソンの背中を見て、視線を水がめに落とした。




 時は、戻る。


「……」

 ゆえに、サムソンは、アズマの力を見極めなければならない。この里を救う力が、本当にあるのかを……



「さあ、なにかをなしたいのであれば、私を倒さねば、進めぬぞ!」

「……わかりました」


 今まで黙っていたアズマが、静かに言葉を発した。



 その視線は、どこか虚空を見ている。そのなにもない先。そこは……



「こういう時は、基本はぐらかすんだけど、今回は、そうもいかないみたいだから……」


 視線を、サムソンへ戻す。


「だから、おしてまいります」

 アズマの気配もまた、姿を変えた。



 今までどおり、タダ立っているだけだというのに、その背から、なにか得体の知れない巨大なプレッシャーが発せられたのだ。


 彼の背から見える背景が、歪んでさえ見える。



 ざわざわと、里の外にある木々が、ざわめいているように揺れだした。


 まるで、木々がアズマを恐れているかのようだ。



 アズマはゆっくりと一歩を踏み出そうとした。



「っ!」



 その瞬間。サムソンの背筋をなにかが駆け抜けた。

 歴戦の戦士である彼の本能が、危険を訴えたのだ。


 即座に一歩飛びのきながら、手にした水筒の栓を抜き、エルフに伝わる最大の秘術を発動させる。


 水筒の中の水を触媒とし、万物に宿る精霊が彼の声に答え、収束し、その姿を現す。



 小さな光が瞬き、アズマとサムソンの間に、一匹の獣が姿を現した。



「あ、あれは……」

 その獣を見て、思わず声を上げたのはリゥ。


 アズマも、一歩足を踏み出したところで、足を止めている。



(まさか、これを出さねばいけないと感じるとは……)


 そこにいたのは、水でできた狼だった。

 ゆらゆらと、狼の表面を、水がたゆたっている。だが、その水は、まるで狼のように頭を下げ、アズマへ向って唸り声を上げている。


 これこそが、エルフに伝わる最大の秘術。



 精霊召喚である!



水狼(すいろう)の召喚まで使えるとは……」



 リゥは驚きを隠せない。


 召喚師の称号を持っているがゆえ、なにか精霊を使えるとは予測していたが、呼び出された精霊はリゥの想像を超える存在だった。


 ミィズ族は、先に説明したとおり、水の精霊とのかかわりが強い。ゆえに、水系の精霊を使役することに長けている。


 アズマの目の前に現れた水の狼は、その水の精霊達の中で中位に位置する精霊であり、エルフが一人であつかえる水の精霊の中では、最高位に属する精霊である。


 この村で、これ以上の精霊を呼び出せるのは長老以外には存在しないほど強力な精霊なのだ。

 狼のすばやさと力強さを持ち、さらには水の特性まで備えた、攻守のバランスがとれた戦闘精霊。


 名を、『ウォー・ウー・ウォー』という。



「エルフの中でも契約できるものは一握りしかいない強力な水の精霊じゃ! アズマ、この男、お前と同じでその底を中々見せぬ曲者じゃぞ! 気をつけろ!」



(いやいやお嬢ちゃん。私の底は、こいつで終わりなんだよ……)

 リゥの声を聞き、目の前にいる未だ底さえ見えない少年と自分を比べ、サムソンは思った。



「解説ありがとう。確かに、凄そうだ」


 サムソンの目の前にいる少年は、現れた精霊を目の前にして、なんの動揺も見せない。

 通常の人間ならば、精霊の姿を見れば、その存在の違いからくる畏怖と畏敬の念で無意識的にどこか萎縮し、屈服してしまうものなのだが……


 本来ならば存在しえぬエネルギーの存在。それを目にすれば人は本能的に恐ろしいと感じて当然なのだ。



 だが、アズマにそれはない。

 目の前にそのような存在が現れても、いつもと変わらず隙だらけで平然と立っているだけだ。


 それだけでも、驚嘆に値する精神力である。



(精霊を前にしての精神は合格と言えよう。ならば、残りの実力はどうかな!)


 サムソンは、続き試金石としての自分を役目を続ける。みずからの分身ともいえる精霊へ、指示を飛ばす。



「ここを通りたくば、私の精霊を倒してからにするのだな! 行け! 『ウォー・ウー・ウォー』!」



『ウオォォォォン!』

 水の狼が、吼える。


 その声は、まるで本物の狼のようであった。びりびりと、音の振動があたりへ響く。


 さらに、その口の中から、水がほとばしり、弾丸のように飛び出した。

 アズマを狙ったその水の弾丸は、寸分違わず彼の足と腹をめがけ飛んでゆく。一応、致命傷にはならぬ場所を狙っているようだ。


 しかしアズマも、その弾丸を身をそらし、体の軸をずらし、すいすいとかわしてゆく。


 かわされた弾丸は、そのままアズマの背後にあった樫の木の牢屋へと命中し、その格子を大きく破壊した。



 砕けた樫の木が、宙を舞う。



 あんなものが命中すれば、たとえ致命傷にならない場所だとしても、大怪我は免れない。

 骨は折れ、肉もえぐられてしまうだろう。


「なんて、威力じゃ……」

 軽々と格子を破壊するその様を見て、リゥが声をあげる。



(それを平然とかわした彼も彼だがな)


 ちっ。とサムソンは心の中で舌打ちをした。



 広場では破壊してはいけないものが多く、あまり飛び道具は使用できないゆえ、この攻撃は威嚇でしかない。だが、それだけで、相手の実力が精霊のそれに迫るというのは、十分に把握できた。


 彼は、強い。


 となれば、この広場で戦うのは、少々分が悪いように感じられる。

 そう考えたサムソンだが、アズマは、その考えの斜め上を行くような行動をとった。


 なんと、その水の弾丸をするするとかわしたアズマは、無手のまま、ゆっくりまっすぐと、水の狼へと近づいてきたのだ。


 位置を大きく変えたわけではない。彼は、その背に唯一広場を気にせず弾丸を撃てる、樫の木の牢屋を背負って歩いてきたのだ……


「くっ……」


 どんな意図があるのか、サムソンにはさっぱり読めなかった。

 だが、最も安全で有効な力を使わせてくれるというのなら、遠慮はしない。



 そのままもう一度、水の狼は口を開き、その口から、水の弾丸を発射する。



 今度は、単発ではない。水をはじき、散弾として放ったのだ。



 これならば、かわせまい!



「……なっ!」

 だが、それが甘かった。



 たんっ。


 散弾の放出。

 それが起きるのと同時に、アズマは身をかがめ、水狼との間合いを詰めたのだ。


 今までゆっくりと歩いていたとは思えない疾風のような速度。


 瞬きをする間の一瞬で、アズマと水狼の間合いは縮まってしまっていた。



「馬鹿、な……!」

 サムソンは、その光景に、目を疑う。



 水の散弾は、銃の散弾と同じく、集まった水が、徐々に広がるという形をとっていた。

 アズマは、その散弾が広がりきる前に、間合いを一気につめ、水の狼へ接近したのだ。これでは、散弾の意味がない……!


 銃の弾丸さえ刀で叩き落すアズマにしてみれば、弾丸と同じ軌道を描くそれをかわし、近づくことなど、わけのないことだった。



 間合いをつめられ、進退窮まったサムソンは、そのまま白兵戦へと移行するよう、『ウォー・ウー・ウォー』へ指示を出す。


 そもそも、水の狼の真骨頂は、この白兵戦にある。


 狼の俊敏性と、水の特性による殴打や斬撃の無効。この二つにおいて、水の狼にかなうものはいない!

 爪と牙を振り上げ、狼がアズマへと襲い掛かる。



 アズマはその攻撃にあわせ、一瞬自身の進行を止めた。



 両足を肩幅に開き、両手をだらりと下げ、小さく息を吐く。




「……ほう」

 その姿に、精霊の目を通じてみていた長老の眉が、ピクリと動いた。

 なにか感心するように。納得したかのように。



 同時に、リゥも気づいた。その、力の流れに……




 人の体には、丹田と呼ばれる場所がある。へその少し下。そこだ。

 アズマのそこに、力が集まり、体中へと広がった。


 呼吸にあわせ、アズマは左の足を前に半歩出す。


 すると、それにあわせ、体がひねられ、螺旋が生まれる。

 足の先から生まれたその螺旋は、太ももを駆け上がり、腰を経て、さらに胸、肩へと駆け抜けた。


 螺旋の移動と共に、ゆっくりとその拳も移動する、腰のひねりにあわせ、肩、腕、肘、拳は、水の狼めがけ、動いてゆく。


 肩へ駆け抜けた螺旋は、肩から拳への動きにあわせ、最終的に、拳へと至る。


 足先から生まれたそれは、拳へ進むたび加速し、威力をあげ、水の狼の顔面へと吸いこまれていった。



 狼の俊敏性に比べ、アズマの動きは、とてもゆっくりとした動きに見えた。



 まるでスローモーションのように、アズマは拳を突き出す。

 この速度ならば、間違いなく狼が振り上げた爪がアズマの体へ届く。


 誰もがそう確信する光景であったというのに、その攻撃が先に命中したのは、狼の爪ではなくアズマの一撃だったのだ!



 それはまるで、水の狼が、みずからその拳へと、突撃してゆくようにさえ、見えた……



 それは、一見するとゆっくりとしたような動きであったが、その拳は相手との最短距離を無駄なく進み、相手の攻撃より先に当たるという、速度ではなく間合いとタイミングを完全に読んだ回避不能の拳であった!



 一瞬の、沈黙。



 命中したはずの拳は、確かに当たっているはずなのに、水の狼になんの変化ももたらさなかった。



(まあ、当然の結果か)

 サムソンは、期待が外れたと思った。


 拳を逆に当てたというのは確かに素晴らしい。


 だが、相手は水であり、精霊なのだ。いくら狼の形をしているからといって、ただ殴るだけでは意味がない。威力がどれほど高かろうと、水は飛び散るだけだし、再集結すればその水は再び闘うことが出来る。

 そこにダメージは一切ない。精霊にダメージを与えたくば、水にではなく精霊に直接ダメージを与えねばならない。それは、同じく精霊を使わねば意味がないのだ。


 今回のようにただ当てるだけで威力が低ければ、今回のように水の表面で防がれ、波紋さえ起きない。


 人の打撃程度では、自由に姿を変える液体にさえダメージを与えられるはずもない。



 それは、炎が相手でも同じ……これでは、この先に存在する火の精霊を相手にすることなど、到底できない……



 サムソンは、心の中でため息をついた。




 しかし、その落胆は裏切られることとなる。




 そもそも、この思考は、ほんの一瞬の思考だった。


 サムソンは気づかぬうちに、精神が高ぶり、死ぬ間際に近い精神力を発揮し、刹那の時間を長い沈黙だと勘違いしてしまったのだ。

 現に、彼はまだ気づいていないが、水の弾丸で砕かれ、弾けとんだ樫の木の破片が宙に舞ったまま静止している。


 それは、彼の視界にはっきりと入っているのだが、その集中力の高まりからくる視野の狭窄により、彼自身は気づいていなかった。



 ぼこり……



「?」

 突然、変な音が、サムソンの耳へ届いた。


 それは、目の前にいる自身の精霊から響いた音だった。


 次の瞬間、落胆の思考は間違いであったことを思い知らされた。



 突然、水の狼の体が内側から膨れる。



 通常水面に生まれる波紋が、その体内に生まれたのだ。


 それは、内から外へと広がり、次々と体内を進みながら、波紋を体内に広げてゆく。

 体内に広がった波紋は波打ち、水の狼の体をぐねぐねと変形させてゆく。


 波紋は液体の体を広げ、のばし、その体をたゆませながら体内を突き進み、狼の背後へと突き抜ける。



 遅れて生まれたのが、衝撃。



 まるで、発生するのが忘れていたかのように、殴られた場所が爆ぜる。


 この時やっと、水の狼はうちつけられた拳を離れ、衝撃のまま、その拳のうち出された方向へと吹き飛んでゆく。



 広場の端にある一本の大樹へ精霊が叩きつけられた音が響いた。



 それが合図であったかのように、サムソンの感覚も通常のものへと戻る。

 宙に舞っていた破片がくるくると回転し、広場へと落ちるのが見えた。


 サムソンは、なにが起きたのか理解できなかった。


 通常ならば、その腕が水に飲まれるか、水がはじけるだけだというのに、あの少年の一撃は、水狼を綺麗に吹き飛ばした。



 しかも──



 大樹に叩きつけられ、大地に倒れた狼は、まるで本物のように四肢を必死に踏ん張り立とうとするが、かなわず、そのまま崩れ落ちた。

 そのまま、狼の形は失われ、ただの水へと帰ってゆく……



 ──その一撃は、精霊にダメージを与え、倒してしまったのだから……!



(な、なんと……!)

 サムソンは、その光景を信じられないという表情で、目を見開き、水の失われてゆく地面を見ているしかなかった。


 彼には未だ、なにが目の前で起きたのか、理解ができない。

 目の前で自身の精霊が敗れたという事実すら、理解するのにもう少しの時間を必要とするのだった。


 それほど信じられないことが、彼の目の前で起こったということである……



「ふむ。そこまでじゃ」


 三人がいるところとは別の方向から、声がかかった。

 サムソンは知っているが、長老の声である。


 突然の声に、リゥが、キョロキョロと辺りを見回す。


 一方アズマは、広場の方を向き、なにもないところへ向い、声をかけた。



「いらっしゃーい。長老さんあたりかな?」



「ほっほっほ。やはり気づいておったか」

 すぅっと、霧はがれるように姿を現すのは、杖をついたしわくちゃな老人。ミィズ族の長老エルフであった。


 突然姿を現した長老に、リゥは少し飛び上がって驚いてしまった。



「長老!? いつの間にこちらにいらっしゃっていたのですか」

 驚いたのはサムソンも同じだ。てっきり自身のテントからあの水がめを使い見ているのだと思ったのに、まさか水の精霊の秘術を使い、姿を消して直々に見ていたなんて……



「うむ。サムソン。おぬしになにがおきたのか、教えてやらねばならぬと思ってな」


 杖をかつんかつんと突き、サムソンの精霊が作った水溜りへと移動する。



 今まで水の精霊のいた場所を、こつこつとつついた。



「まず、精霊とは通常、同じ精霊の力を用いねば真にダメージを与えることはできぬ。というのは知っておるな?」

「当然です」


 サムソンは長老の言葉にうなずいた。

 精霊とは世の法則そのもの。それを相手にするには、同じく世の法則そのものをもちいなければならない。


 ゆえに、精霊を相手に出来るのは精霊使いだけなのである。


 しかしその法則を破り、目の前のアズマは精霊にダメージを与え、送還することに成功した。



「うむ。では答えは簡単じゃ。彼は体内で命の精霊を増幅させ、それを拳から『ウォー・ウー・ウォー』の体に直接流しこみ、ダメージを与えたということじゃ」



「に、人間が精霊をもちいたというのですか!?」

 サムソンは長老の言葉を聞き、さらに驚いた。


 エルフにしか出来ないはずの秘術を、まさか人間が行っていたとは!

 これが、サムライというものなのか! サムソンは驚きを隠せない。



「あー、それはちょっと正確じゃないかもしれませんね。正確に言うと、俺は精霊をどうこうしたつもりはありません。これは、俺のところでは『気』と呼ばれ、それを体内で増幅させて相手にぶつけただけなんです。だから、そちらの技術とは別物になります。似てるようだけど」


 アズマが長老の説明を補足した。


 彼の言う『気』とは、先に語った万物すべてに命が宿るという考えに基づいた、人にも宿る、命の根源となる力のことを指す。

 精霊と『気』は、その万物に宿るという根源においてはほぼ同じであり、その『気』を練り、増幅させるということは、体内の精霊も増幅することを意味し、エルフから見ればそれは、精霊を操っているようにも見えたのだ。


 彼が操ったのは、あくまで自身の『気』であり、精霊が増幅したように見えたのは、その結果にすぎない。



「うむ。そうなるようじゃな。ちなみに言うが、こんな芸当はワシにもできん。さすが、サムライと言ったところじゃな」



「えへへー」

 言われたアズマは、頭に手を当てて、テレテレした。



「そして、その応用で、先ほど格子を斬ったような芸当もできるというわけじゃな?」

 脱出した際渡された手ぬぐいを広げながら、リゥも会話に加わる。



「あ、わかっちゃった?」

「さすがにな」

 外から観戦している状態であったがゆえ、リゥにもその精霊の力。すなわち『気』の集まるさまが、はっきりとみてとれた。


 であるから、なにをしたのかも、理解できたのだ。



 先ほど彼は、手ぬぐいに『気』を流し、それをもって木の精霊ごと、樫の木を断ち切ったのだろう。



「そして、この技術があれば、精霊とも戦えるということじゃな」


 牢屋を脱出する時、準備運動と言った意味がわかった。この技術を使い、火の精霊を相手にすることを考慮した準備運動だったのだ。



 武器に『気』を纏わせるための……



 ちなみに、この『気』の技術とは、彼の故郷における、八百万の神々。それが世に顕現した姿、いわゆる妖怪などにダメージを与え、屠るための技術でもある。

 そのため、八百万の神の一種でもある精霊にも、同じようにダメージが通るというわけだ。



「さてと、というわけですから、お認めいただけました?」


 アズマが、ひと段落ついたと言わんばかりに、長老へ声をかけた。



「……気づいておったか」



「そりゃまあねぇ」

 ぽりぽりと、頭をかくアズマ。ちらりとリゥを見れば、それに気づかずサムソンに怒ってしまったリゥは、その視線から逃げるように顔を背けた。


「き、気づいておったぞ。勘違いするな!」

 と、頬を赤らめながら言っているが、説得力はまるでない。



 だが、あの時怒るまっすぐさが、彼女のよいところだ。



「試すようなマネをしてしまい、すまんな」

 髭をなでていた長老が、もうしわけないと、頭を下げた。



「いえいえ。信用されないのはいつものことですから」


 いつも通り、気の抜けたような顔で、あははと笑った。本来なら怒ってもよいことだが、色々意図に気づき、その上自分から牢に入ってしまうような男が、これで怒るわけもなかった。



「長老」

 サムソンが長老に声をかける。やっと事態が飲みこめ、冷静に戻ったようだ。


「ぬしにも迷惑をかけたな。しばらくは精霊も出せまいて。ごくろうじゃった」

「いえ。これで私も納得がいきました。逆に、安心しています」

 その実力の一端を見たサムソンも、これなら弟子達をまかせられると判断し、胸を撫で下ろしていた。



「正直言うが、こいつがもっと貫禄たっぷりであれば、こんな確認必要ないんじゃがな」



 リゥが、じとっとアズマを見て、皮肉たっぷりに言ってのけた。

 それは長老もサムソンもこっそり思っていたことで、リゥだから言える言葉である。


 アズマがあんなおふざけ小僧ではなく、実力に見合った威厳と態度をもっていれば、こんなところで拘束も因縁もつけられたりはしない。



「はいはい。こんなところで話している暇ないから! 誰か急いで案内してたもれ!」


 パンパンと手を叩き、話をそらすアズマ。



「……一応自覚はあったのか」

 だが、その行動に、その心のうちが表れていることを察するリゥであった。



「ふんだ。俺だってちょっとくらい気にすることあるもん」


 ちょっとすねたアズマである。



「まあ、確かに長々と話をしとる時間もないしな。では、案内するのでついてきてくれるかの?」

「わかりました」

 すると、長老はすぅっと、地面から数センチ浮かび上がった。


 正確に言うと、長老の下に長老が呼び出した水蛇の精霊がいる。


 長老は、そのまますいすいーっと、滑るように火山の方へと進んでゆく。

 アズマも、その長老を追う。


 その速度は、とんでもない速さで、まるで風のようだった。


 あっという間に、長老も少年も、広場からその気配が遠ざかってゆく。



 精霊を使い、波に乗るよう移動する長老に平然と走ってついてゆくとは、サムライとはなんと驚異の存在なのだ。

 残されたサムソンは、そんな感想を持った。



「……」

 そして、取り残されたもう一人の少女。リゥ。


 彼女はぐっと、唇をかみ締める。



(こういう時、ワシは彼についてはいけない。この、力のない自分が、とても悔しい……!)

 ぐっと拳を握り、悔しさを顔に出さぬよう、彼女はぐっと我慢する。


 その姿を、サムソンも気づいているが、気づかないふりをしてあげていた。



「さてと。あっちの動向くらいは見ることができるが、見るかね?」

 彼女の気持ちを察したサムソンが、そんな提案をする。


 せめて、彼がなにをするのかを共有できれば、この先に必要なものなども見えてくるだろうと考えたからだ。

 なにより、自分も彼の行く末を、見てみたかった。


「まあ、長老の精霊が見ている光景だがね」


 なので、場合によっては、アズマの行動は見れない可能性も十分あるが。


「そう、じゃな。見られるのならば、是非お願いしよう」

 悔しいさなどはすでに微塵も感じさせなくなったリゥが、それは良い考えだと、サムソンに同調する。


 なのでサムソンとリゥは、長老のテントへ向い、長老が使用していた水がめを使い、同じように、この先で起きることを見はじめるのであった……



 場面は、火山へとうつる。


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