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第01話『アーマージャイアント』 後編


──セント=ジューダス教会の決戦──




「みんな、樽の爆弾を投げるよ。注意しなー!」


 教会の正門に立った巨人が導火線に火のついた樽を持ち上げる。

 声を聞いたルルークシティの男達は、一斉に持ち場でしゃがみ、砦壁の凹凸の影に隠れた。


 馬を駆り迫り来るならず者達に向かい、クローディアの合図と共にそれをぶん投げた。



 ひゅるるるるるー。とそれは見事な弧を描き、迫るならず者達の眼前へと落下した。



「まっ、まじかぁ!?」

 とっさにそれを避けようとするが、間に合わない。



 ドォン。



 という激しい破裂音と共に、先頭を走っていた何人かのならず者が吹っ飛ぶのが砦壁の上から見えた。


「畜生、撃ちかえせ!」

「なめやがって!」


 迫るならず者達も銃やライフルを手に砦攻めをはじめる。


 しかし真正面の攻撃は教会の前に立ったあの鋼の巨人。ならず者達の言う『デカブツ』に阻まれ、届かない。



「左右に分かれろ! 正面以外から攻めればいい! 相手はどうせクローディア一人だ!」



 屋根のあいた幌馬車に陣取り、一番後ろでふんぞり返る『アーマージャイアント』が指示を出した。

 自身は腕を組み、動く気配はない。


 まるで、この程度自分が直接出るまでもないと言っているかのようだ。


 左右にわかれた二部隊が教会の左右門へとむかう。

 馬を走らせる男の手には火のついたダイナマイトが握られていた。

 これで木製の門を破壊して内部に入ろうというのだ。


 敵は女一人。

 教会の内部に入ってしまえば、あのデカブツも簡単には手出しできない。

 あとは数で押し切ってしまえばいい。


 これが成功すれば、それだけでチェックメイトと言ってもよかった。



「ひゃっはー! こいつで……!」


 門に投げつけようと振りかぶったその時。



「させません!」


 門の上で人影が動き、発砲音が響いた。

 壁の影に隠れていたルルークシティの男達が姿を現し、近づいた男達へ銃弾を浴びせたのだ。


 彼等はならず者のように銃のあつかいに長けている。というわけではなかったが、突然姿を現したことにより、不意をつくことはできた。

 ゆえに、どちらに来たならず者達の命までを奪うまでには至らなかったが、意気揚々と門に投げようと手にしたダイナマイトを取り落とさせることには成功したのである。


「ちょっ!?」

「バカ!」

 ならず者達が叫ぶ。


 落とした男もただ目を見開き、ソレを見ているしかできなかった。



 ドォォォン!



 左右の門へむかった部隊が吹き飛び、巨大な砂柱が二つ立ち上がった。


「ば、バカな。あいつらまで教会にいやがるだと……?」

「クローディア以外全員逃げたんじゃなかったんすか!?」


 思わぬ反撃を受けた仲間の姿を見て、正門前の部隊にいた出っ歯の男と小太りの男が驚きの声をあげる。

 それは、『アーマージャイアント』の予測にはなかった事態だ。



「まさか逃げずに歯向かうヤツがあの女以外にいるとはな」


 幌馬車に座ったままの『アーマージャイアント』も口の中その言葉を転がし、小さく感心した。

 総攻撃の意思を示せば全ての邪魔者は逃げ出すか降伏すると思っていたが、どうやら違ったらしい。


 しかし、『アーマージャイアント』の計画に変更はない。

 そもそも戦争の英雄は彼等のことを敵として数えていない。

 どれだけ小虫が増えようと『光の杖』の敵ではないからだ。


 英雄にとって唯一障害となりえるのは、『遺人』の遺産であるあの巨人だけなのだ。



「クローディア今のうちだ! ここは私達にまかせ、お前は『アーマージャイアント』を倒すんだ!」



 街長が叫んだ。


 敵のボスである『アーマージャイアント』さえ倒すことが出来れば、戦力差は一気にひっくり返る。

 古の技術によって作られた強固な壁に守られた砦はそう簡単には破れない。

 そうなれば、あとの敵はクローディアの『アーマージャイアント』を倒すすべがない。

 入り口である門さえ守りきれば、勝利の光が見えるのだ。



「わかったよ。行くんだ! そして、『ヤツ』を倒せ!」


 左腕を持ち上げ、クローディアはその通信機から自分の相棒へその命令を伝える。


 巨人の両目が光り、正面の扉を守る巨人がずん。ずんと小さな地響きをあげながら歩き出す。



 それに伴い、左右に散った二部隊は真正面の入り口へ走ろうとする。しかしそいつ等に向かい、街の男達から銃弾が飛来した。

 馬の目の前に弾丸が撃ちこまれ、とてもじゃないが仲間のもとへ駆けつけることはできそうになかった。


 門の真正面にいた部隊はそれどころではない。



 八メートルを超える巨人が自分達のところへ向かってきているのだ。このままでは潰されるかなぎ払われるかしてしまう。



「き、きやがった!」

「ど、どうするんす!」

「どうするって……」


 出っ歯の男は、ちらりと自分の後ろを見た。

 そこにいるのは我等がオカシラ『アーマージャイアント』


 あの方がいる限り、下手に逃げれば今度はそっちから殺される。


 巨人が迫ってきているのだから、座る『アーマージャイアント』様がどうにかしてくれることを期待したが、あの方はそれをじっと見るだけでなにかをしてくれる気配はなかった。


 ゆえに、ギリギリまで銃を撃ち、踏み潰されないよう逃げるというギリギリの行動をとるしかできなかった。



 銃を撃ち、ダイナマイトを投げたが、全く効果がない。

 全てが弾かれ、爆薬の爆発はその爆煙の中から無傷のソレがぬぅと姿を現す。



 巨人が腕を振り上げた。



「ダメだあぁぁぁ!」

「逃げろ!」



 ぶぉん!



 逃げ損ねた何人かのならず者が宙を舞う。

 巨人の腕が、地面をえぐり、さらに馬ごとならず者を何人かなぎ払った。


 弾丸もダイナマイトもものともしない装甲。

 そして、地面を軽々とえぐるパワー。

 それらを持つこの巨大な鋼の人型は、ただの人ではかなわぬ圧倒的な力を持つ存在であった。


 出っ歯の男と小太りの男はなんとかそれをかわすことが出来たが、ボサボサ髪の男と無口な男の姿が見えなくなった。


 鋼の巨人が歩を進め、さらに反対の腕を振り上げた。

 その狙いは、逃げて荒野に転がった出っ歯の男達。



「か、カシラアァァ!」

「も、もうだめっすうぅぅぅ!」



 逃げ場がなく、二人で抱き合って諦めの声を上げた。

 この二人をなぎ払えば、残るは幌馬車に座り余裕を見せる『アーマージャイアント』のみ。

 接近戦となれば銃の発展系に見えるあの『光の杖』も有効ではない。


 そうなれば、ルルークシティの者達に勝ち目も見えてくる……!



「やっちまいな!」


 クローディアが声を上げた。



 出っ歯の男達へ、鋼の巨人が腕をふりおろ──



「勝ったな」

 にやりと、『巨人』が笑う。



 ──さなかった。




 ずうぅぅぅん。




 それは突然のことだった。

 腕を振り上げたルルークシティの守護神が目の光を失い、突然電源が切れたかのように腕を振り上げたまま動きを止めてしまったのだ。


 勝利の幻を見ていたルルークシティの男達は目がとび出さんばかりに驚いた。

 ルルークシティの男達だけではない。彼等と戦っていたならず者達もあまりのことに動きが止まっている。


 もうダメだ! と悲鳴を上げた出っ歯の男と小太りの男達だけが、悲鳴をあげ続けそれには気づかない。



 一体なにが起きたのかわからなかった。



「くっくっく。はっはっは。はははははは!」



 笑い声が響いた。


 その声の主は、『アーマージャイアント』

 笑いながら幌馬車からゆっくりと立ち上がる。


 動きを止めたルルークシティの巨人へゆっくりと向かい、その頭をつかみ、教会の横に広がる荒野へと放り投げた。

 巨人は無抵抗のまま、荒野へと転がってゆく。


 転がる巨体が、小さく大地を揺らし、大きな土ぼこりをあげる。



「どうした! どうしたんだい! 立つんだ! 立って!!」



 どれだけクローディアが声を張り上げようと、その声は彼女の『相棒』には届いていないようだった。

 巨人はただ、無言で地面に転がっている。


 それの衝撃により、出っ歯の男と小太りの男が自分達が無事であることに気づき、横の『アーマージャイアント』を見上げた。


「か、かしらぁ!」

「おかしらぁ!」


 その光景は、彼等のことを『アーマージャイアント』が救ったようにしか見えなかった。



「くくく。ははは。はーっはっはっは!」



 だが、手下を助けたことなど気にしないかのように、『アーマージャイアント』は笑う。



「てめぇらご苦労だったな。あとは俺様に任せてさがっていろ。俺様の進軍に、まきこまれたくなかったらな……!」



 その言葉が発せられた瞬間、場に流れる空気が冷たく重苦しいものに変わった気がした。


 その言葉を聞いた瞬間、出っ歯の男と小太りの男は悲鳴にも似た声を上げ這いながらボスの後ろへさがってゆく。

 左右の門へ行こうとしていた手下達も、大急ぎでそこから離れ、『アーマージャイアント』の進軍を邪魔しない位置へと逃げていく。


 ルルークシティの男達はその言葉に恐怖を思い出し、巨大な鋼の鎧めがけ引き金を引いた。


 何度も何度も銃声が響くが、すべてがそのくすんだ銀の鎧に弾かれ、ダメージは見えない。

 当たっている弾丸のことなど全く気にも留めず、『アーマージャイアント』はゆっくりと歩き出した。



 ずぅん。



 ずぅん!



 先ほどとは逆に、巨大な鎧が教会を目指す。

 その進軍は、誰にもとめられない。



 それは、先ほどとは全く逆の構図であった!



「どうしたんだい。動け! 動きなよ! アタシの声が聞こえないのかい!!」



 その間、クローディアは必死に『相棒』へ語りかける。

 だが、倒れた鋼の巨人はピクリとも動かない。



「無駄だ。てめぇのそのコントローラーとこいつをつなぐ命令の流れを邪魔させてもらった。これでお前がいくら声を張り上げようとあいつに言葉はとどかねぇ。命令は一切通じねぇ。命じる存在がなけりゃあいつはただのデカイ鉄くず。てめぇらに勝ち目はもうねぇんだよ!」


「なっ……!?」



「この俺様が長々と子分達とお前を小競り合いさせていたのを不思議に思わなかったのか? 俺様がその気になりゃぁこんなの一瞬でカタがつく。それをしなかった理由。それは、ここを無傷で手に入れるためなんだよ!」



 クローディアが動かすあの巨人のように、完全な動作をしている『遺人』の遺産はとてつもなく貴重だ。

 それを無傷で手に入れたいと考えるのは当然のことだろう。


 そのために『アーマージャイアント』は子分達を使い、クローディアの左手にある通信機と巨人をつなぐリンクの波長を探っていたのだ。

 それに使われたのが、彼の手下が誇りのように自慢していた手下である証。

 あの鎧のマークが入ったバッジであった。

 あれにより『アーマージャイアント』はクローディアとその相棒のつながりを解析していたのだ。


 それは昨日出っ歯の男達が戻った時点で解析が終わったため、こうして正面から遺跡を奪いに来たのである。

 あの、小太りの男のバッジから出た青いライン。あれがそうだ。


 昨日、クローディアが遺跡の巨人を人質救出につれてきていたとすれば、その時終わっていた可能性もあった。

 昨日のあれは、それさえ想定に入った作戦であったのである。


 ちなみに、ワザワザ手下達にこのことを説明しなかったのは、言っても理解できないからである。



「そ、そうだったんすか……」

「ほら、言ったとおりじゃねぇか。カシラに考えがあるっつったろ! さすがカシラだ! これであの遺跡は俺達のものだ!」



(なんてこと。これじゃあの子を自爆させることもできないじゃないか! このままじゃ……)



 うかつだった。

 クローディアは心の中でほぞをかむ。


 相手は『光の杖』という遺産にも匹敵する。いや、遺産といってもいい代物をあつかえるのだ。

 同じ遺産に対してなんらかの対策が出来ても不思議はない!


 その可能性を考慮していないなんて、これじゃ昨日の人質の件と同じく相手の手のひらの上で踊るだけではないか!



「くそっ! 動け! 動いてえぇぇぇぇ!!」



 必死に命じるが、やはりその声は届かない。

 ルルークシティの男達はゆっくりと前進を続ける『アーマージャイアント』に向かいライフルや爆弾を放つが、やはり通じない。

 その必死の叫びも、必死の抵抗も巨大な鎧を着た暴君の前には無意味だった。



「無駄だ無駄だ! てめぇらみてぇな羽虫、『光の杖』を使うまでもねぇんだよ!」



 その気ならばすでに全てが終わっているだろう。

 巨人が動かなくなった時点で、あの暴力的な光を砦に降り注がせればいいからだ。


 だが、遺跡を無傷で手に入れたいという『アーマージャイアント』の考えから、それは回避されていた。



 全ての攻撃は巨人の全身を覆うくすんだ白銀によって弾かれ、その声は遠くに倒れる味方には届かない。


 そしてそれはついに、教会の目の前にやってきた。



 約四メートルの高さのある砦壁さえ見おろす十メートルの巨人。その巨大な手が大きく開かれる。



 それは、テーブルにでもとまったハエなどの小虫を叩き潰さんとする人間の姿そのもののように見えた。

 砦壁の上から『アーマージャイアント』を見上げるルルークシティの男達は、まさにその羽虫の気持ちがよくわかった。


 誰もがその圧倒的な大きさの一撃を、止められるとは思わなかった。

 場にいるクローディアや街長の顔が絶望に染まる。


 フルプレートの兜の奥に隠された顔が、にやりと歪んだのがわかった気がした。



 暴君が『光の杖』を使わない理由はもう一つ。それは、こうして絶望する人間の顔をじっくりと見たいからだ。



「終わった……」

 保安官が諦めたようにつぶいた。



「……」

(アタシはやっぱり、誰も救えなかったか……!)


 クローディアは悔しさに拳を握る。

 なんとか相打ちに持っていきたかったが、相棒の自爆さえ封じられた今、できることはなにもない。



 それでもクローディアは諦めて目を逸らすということだけはしたくなかった。


 じっと目の前にいる英雄を睨みつけ、お前は英雄なんかじゃないと睨み、否定する。



 それだけが、彼女に出来る最後の抵抗だった。




「終わりだ……!」




 戦場を支配する最強の暴君が笑いと共に囁いた。



 その巨大な腕が、振り下ろされる。



 振り下ろされた巨大な手を前に、街長達はなにもできなかった。

 無意識に彼女を救おうと走り出した者もいたが、重力さえ利用した振り下ろしに間に合うわけもない。



 街長も手を伸ばすが、その手が届くわけがない。



(誰か。誰でもいい。あの子を助けてくれ)

(俺達は、あの子を助けに来たんだ。今まで命をかけてくれたあの子を)



 出来ることはただ、願うだけ。



(誰か)



(誰か!)




 ──助けてくれっ!!




 必死に彼女を救おうとするが、その想いはとどかない。





 ドォォン!!





 ……はずだった。





 まるでいかずちでも落ちたかのような轟音。

 誰もがクローディアがその鋼の手に押しつぶされたのだと想像した。


 すべてが終わったと、誰もが思った。



「なっ……!?」



 だが、そこには想像と違った光景があった……




「ぎりぎりセーフ」




「なっ、んだと……?」

 ありえん。と、鎧の巨人が声を上げる


「うそ……」

 ぺたんとへたりこんだクローディアも、目の前で起きたことが信じられないと呟いた。


 他の者達もそうだ。

 誰もが信じられないと、その光景に目を疑った。



 そこにあったのは、小さな少年がクローディアの前に立ち、十メートルを超える巨人の掌を右手に持った一本の棒を盾に受け止めている光景だったのだから。


 しかもその少年は左腕で小さなエルフの少女を抱えている。

 実質右腕一本でその一撃を防いでいたのだから……!



 パンッ!



 少年。アズマが手にした棒で巨人の掌を払った。

 巨人はバランスを崩し、その手が砦壁へと落ちてゆく。


 アズマは左手に少女。リゥを抱えたまま、バランスを崩した『アーマージャイアント』の腕へと飛び乗る。


 とんとん。と軽い音が響き、その身は『アーマージャイアント』の頭の高さへと移動した。

 彼は倒れる腕をつたい、その頭へと跳んだのである。



 ゴッ!!



 アズマの蹴りが、『アーマージャイアント』の顔面に炸裂した。


 まるで爆弾が爆発したかのような音が響き、鉄の巨人のバランスは後ろへと大きく流れ、そのまま後ろへと倒れていくことになった。

 ビシッ。その兜のフェイスガードに小さくヒビが走る。



「な、なんだあぁぁ!?」



 今度声を上げたのは、それを少し離れたところから見ていたならず者達だった。

 敵の親玉を倒しに行って逆に倒れてきたのだから困惑するのも当然だろう。



「ちぃ!」


 だが、アーマージャイアントは背から地に落ちることはなかった。

 くるりと体を回転させ、手をついて足を持ち上げその反動で大きく後ろへ跳んだのだ。


 十メートルもある巨体が宙を舞う。



 ずずぅん。



 大きな振動と土煙を上げ、教会から大きく離れたところに巨体が着地する。

 衝撃で近くにいた子分達が転んだり、その足の下でナムサンなことになっている者もいたが、鉄の巨人はそのようなこと気に留めていない。


 むしろ、ある一点を凝視し続けている。



 その視線の先にあるのは、一人の少年。



 その少年は、砦壁の凹凸の影へと消えていった。




 すたり。



「あ、あんた……」


 砦壁の上にすたりと着地したアズマの姿を見て、へたりこんでいたクローディアは一体どうしてとつぶやいた。

 クローディアの認識ではアズマはリゥと一緒に街から逃げているはずである。だというのにそのリゥをつれてここに飛びこんでくるなんて想定していない。


「いやー。リゥにつきあって地下の遺跡に潜りこんでいたら閉じこめられちゃって出てくるのが遅れちゃったよ」


「は?」


 かるーい言葉でとんでもないことを言われ、クローディアは目を点にしてしまった。



「地下って、まさか……」


 クローディアの頭がやっと働きはじめ、アズマの言葉に反応を返せた。

 地下に閉じこめられたというアズマの発言に、心当たりが一つあった。


 ヤツ等の侵入を防ぐため、エレベーターを上に来ないようシステムをいじくったことを。

 その時二人があの遺跡に潜入していたとすれば、当然閉じこめられたということになる。



 でも、そうなったとしたら、出てくるためには五十メートルを超える深さのエレベーターシャフトを登ってこなくてはならない……

 リゥを抱えてそんなことができるのだろうか?


 だが、肝心のリゥは今アズマに抱えられ、なぜかおとなしい。



 アズマはそう唖然としているクローディアへ、抱えていたリゥをクローディアへ差し出す。彼女はそのままリゥを受け取ってしまった。

 クローディアがリゥを見おろすと、彼女は目をくるくると回して頭を揺らしていた。

 どうやらこのせいで彼女はおとなしかったようである。


「ど、どうしたんだいリゥ!」

「……うぅ。まさ、か。地下からあの竪穴を、ワシを抱えて壁を蹴って登ってくるなんて……あんな挙動……うぷっ……」

 目が回って気持ちが悪いように口元を押さえた。


 リゥのしどろもどろとした言葉を噛み砕いて説明すると、アズマは地下に残されたエレベーターの天井を開きその上に出て、リゥを抱えてエレベーターシャフトの壁を三角とびの要領で飛び上がってきたというのだ。


 そのさまは、ピンボールが壁に跳ね返って上っていくかのようだったそうだ。



 そのあまりの挙動にリゥは気持ち悪くなり、グロッキーになっていたということなのである。



 しかし、その説明を全てクローディアにしている時間はなかった。

 グロッキーとなったリゥよりアズマの方が理路整然とした答えが聞けるだろうと、クローディアはそちらへ視線を向ける。


 アズマは腰に鞘つきの刀を戻し、視線を向けたクローディアにむかってにこりと微笑んだ。



「じゃ、リゥのことお願い。俺は、この戦いを終わらせてくるから」



 そういうと砦壁の凹凸の凸部分にぴょんと飛び乗り、、そのまま教会の外へと飛び降りた。



「落ちたー!?」



 唖然と場を見ていた男達が大急ぎで駆け寄り凹部分から顔を出す。

 壁の高さは約四メートル。なんの器具もなしに飛び降りれば大怪我をする高さだ。


 だというのに、アズマはすたり。という軽い音を立て、外の荒野へと着地していた。


 全員、信じられない。と驚きの表情を浮かべるしかできなかった。



 しかし、これでリゥが言ったことが実際に出来るかもしれないと補足された。

 それが出来るほど彼は、身軽であるという証明なのだから……!




──サムライと『アーマージャイアント』──




 教会外。

 そこは先ほど、『アーマージャイアント』が巨体に似合わぬ曲芸をやったおかげで、その足元にいるならず者達の視界は大量の土ぼこりで塞がれてしまっていた。

 ゆえに、砦壁の上でなにが起きていたのか、正確に知れるものは『アーマージャイアント』以外一人としていなかった。


「カ、カシラ。一体なにが!?」


 出っ歯の男が突然降ってきた『アーマージャイアント』に驚き声を上げた。



「なにが。じゃねぇ! 前を見ろ!」



「前?」

 カシラの叱責と共に、そこにいたならず者達が一斉に前。教会の方を見る。

 しかし肝心の彼等の視界は前を見ろと言ったカシラのおかげで視界ゼロの状態となっている。


 それでもなにがあるのか。と彼等が目を凝らす。

 徐々に土煙が薄くなってゆく。土煙が消え、あらわとなった視界の先。



 そこには、一人の少年がいた。



 教会の正門の前にたった一人で立つ、異貌の装束を纏った少年。

 出っ歯の男がサムライだと言ったあの少年がそこにいたのだ。


「あのガキ、カシラの言うとおり生きてやがったのか……」


 出っ歯の男達は拍子抜けした。

 一体なにが出てきたのかと思えば、なんの力もないただのガキだったからだ。


 小太りの男が大げさに言ったせいでなにやら勘違いしかけたこともあったが、目の前のアレはただのバカ。

 現実もまともに見えない頭のネジが一本外れている、お花畑で生きているイカレポンチ。



 それが自分達の目の前にいたのだ。



「なにかと思えばてめぇかガキ。まだガンマン気取って俺達の前にやってきたのか。そんなに死にてぇのならカシラが出るまでもねえ。俺達が相手になるぞ!」

「そうだそうだ!」


 こいつにならば勝てる。

 そう確信した出っ歯の男が『アーマージャイアント』の足元から一歩前に出た。


 この教会で戦いがはじまってからやられっぱなしなので、ここで一発挽回しておかないと後々の地位に影響してくると思ったからだ。

 うまい具合にあのガキを叩きのめせば、『アーマージャイアント』の覚えも良くなり、この後遺跡を手に入れた際、クローディアの相棒であるあのロボットみたいなのを預けられるかもしれないという打算と下心があった。


「はっ。お前ばかりにいい格好はさせねぇぜ!」

「そうだそうだ!」


 出っ歯の男の考えに気づいた他のならず者も我先にと『アーマージャイアント』の前に出る。


 誰も彼もがあの広場でつれてこられたアズマを見ている。



 あのガキなら俺でも簡単に殺せる。



 そう思ったからこそ、皆手柄のため我先にと前に出たのだ。


 ならず者達から見れば、アズマはあの土煙が上がった隙に正門から顔を出したようにしか見えなかった。

 正門から出たなら砦壁の上でカシラである『アーマージャイアント』になにかをしたものとは別ということになる。

 壁の高さは四メートルほどもあり、あの短い時間でそこにくるには壁を飛び降りる以外にありえなかったからだ。

 そして、あのアズマが四メートルもある壁を軽々と飛び降りられるとは誰も想像すらしていない。



「……」



 彼等のボス。『アーマージャイアント』は手下の行動を無言で見ていた。


 ここでなにか口を挟めば簡単に手下達を止められただろう。



 だが、彼はそれをしなかった。



 彼は手下を使い、目の前に現れたアズマの本質を見極めようとしたのだ。

 簡単に言えば、手下を試金石として使おうと考えた。


 これで手下に殺されるのならそれまで。



 だが、そうでなければ……



 アズマは前に出てきた出っ歯達ならず者の一団を見て、にこりと微笑んだ。



「おじさん達。警告は一回だけするよ。無駄なことはやめて、おとなしく銃を捨てて降参するんだ。じゃないと、絶対後悔するから」



 友好的な話でもするのかと思えば、違った。

 いや、ある意味友好的な話だった。


 降伏勧告をしてくれるとはなんて優しい少年だろうか。

 頭の中がお花畑ということ以外は。



「ぷっ。なにを言ってやがんだこのガキ! たとえてめぇが凄腕ガンマンだったとしても、ここに四十人以上のガンマンがいるんだ。それに勝てるわけがねぇだろうが!」

「そうだそうだ!」


 出っ歯の男が笑い、その弟分が同意する。


 当たり前の話だ。



 飛び道具である銃の数を見ても何十倍も違うのだ。それで一斉に狙われればただの人などひとたまりもない。

 教会の外に出てきて無防備に立っているただの少年など、どうぞ撃ち殺してくださいと言っているようなものである。



「確かに、ただのガンマンならこの状況をひっくり返すことはできないだろうね。でも……」



 アズマの左手が、刀の鞘にかかった。


 同時に、目釘。と呼ばれる柄の中央部にある刀の刃と柄を固定する個所が螺旋を描きせり出した。

 直後、刀身を納めている鞘の先。小尻と呼ばれる個所が小さくスライドし、なにかを押し出すようにカシャンと動く。

 鞘が小さく震え、内部でカシャカシャとなにかが動く音が響いた。まるで中でなにかが移動しているかのようだ。

 鞘の先からその根元。柄の方へと光が動き、柄の内部でなにかがかちり。とはまったような音が聞こえた。

 直後、柄頭が小さく動き、最初にせり出した目釘が再び螺旋を描きそこに打ちこまれる。



 カシャン!



 目釘が綺麗にはまった音がなり、小さく動いていた鞘や柄の内部ですべてのモノが完全に固定された。



 アズマの右手が柄へと動く。

 銃にではなく、刀の柄へと。


 すでにそえられていた左手が刀のツバを押し、鯉口が切られ、ゆっくりと刀が引き抜かれていく。



 しゃらん。



 という音を立て、刀が引き抜かれる。


 ならず者達は最初、昨日の光景を思い浮かべた。

 全員の前で引き抜いたあの時は、そこにソレはなかった。


 刃なき刀。


 誰もがその光景を思い浮かべていた。



 しかし今度は、違う。

 あの時とは違う。



 キラリッ。



 そこには、きらりと太陽の光を反射し、美しい刃紋を煌かせる刃があった。


 まるで宝石のように美しい刃が、そこにあったのだ……!



 アズマの持つ刀。

 それは、普段は鞘の中に刀に納められ、特殊な手順を踏むことによって刃がそこにはまるという、一種のカラクリ仕掛けの代物だった。


 刃は、サムライの魂はずっと、鞘の中にあったのである。



 太陽の光を反射させるその刃は、その場にいる者達が今まで見てきたどの宝石より綺麗で、美しく輝いて見えた。


 それは、惚れ惚れするほどに美しい。



 見た者全てが、そのきらめきを見て思わず息を呑む。



 それほど美しい輝きをそれは放っていた。



「……カターナ」


 小太りの男が小さく囁くように呟いた。

 それを耳にした出っ歯の男も弟分がかつて語ったサムライのことを思い出したが、それよりあのアズマという少年のダメっぷりも思い出した。


 アズマという少年を思い出したとたん、あそこに輝く刀は脅威の兵器ではなく、ただのお宝にしか見えなくなった。

 それは、出っ歯の男以外のならず者も同様だ。


 ごくり。あまりの美しさに、思わず喉を鳴らすものまでいる。



 しかもこいつはこの場に出てきて銃さえ抜かず、腰にあるそれを引き抜いた。それはつまり、そういうことなのだろう……


 こいつは、たった一人でこの一団と戦うつもりなのだ。あの、カターナで!



 それを理解した瞬間、ならず者達の視線はアズマをさらに見下す物へと変わった。



「お、お前まさか、そいつで俺達と戦おうってのか!?」

「それとも、そいつを差し出して命乞いするつもりか!?」

「そいつはいい。それなら高く売れそうだ」


 げらげらと、刀を抜いた少年を見てならず者達は笑った。


 しかし、少年は動じない。



 逆ににっと唇を釣り上げ。



「もちろん。これで勝つつもりだよ」



 そう、言い切った。


 よりにもよって少年は、それのなにが問題か? と言わんばかりの声と表情で答えを返したのだ。



「はっ。てめぇみてえな頭がお花畑のヤロウははじめてみたぜ。そのカターナ一本で本気で俺達に勝てるってか」

「おれっちの爺さんを打ち破ったのなら怖いっすが、てめぇは怖くなっすよ!」


 アズマの言葉を本気でとるものは誰一人としていなかった。


 上から見下ろしなにも出来ないルルークシティの者達も、こいつはなにを言っているんだ。と不安を飛び越して呆れてしまった。



 当然である。銃を相手に、鉄の棒一本で勝てる奴がどこにいる。



 あの伝説の英雄『アーマージャイアント』でさえ、『光の杖』という飛び道具を持っているのだから。

 銃は剣より強い。


 それは、西部では当たり前の事実だ!



「お前みたいな愚か者がどうやってこの状況をひっくり返すってんだ!」

「そうっす! バカ野郎は死んでとっとと俺達の手柄になるっす!」


「ついでにその宝石みてぇな刀は俺達がもらってやるぜ。迷惑料としてなぁ!」


「カシラの手を煩わすまでもねぇ! シネッ!」


 ならず者達が一斉にアズマへ照準をあわせ、銃の引き金を引いた。




 だががががががががぁん!!!




 弾丸がまるで雨のようにアズマへ降り注ぐ。

 相手は一人。


 全員で狙えば絶対に生きているはずがない!



 ならず者達は、アズマという少年を舐めてはいたが、彼が唯一の手柄になる。という認識は一致していた。


 教会の中にいる者は間違いなくボスの『アーマージャイアント』が始末するから、こいつを殺したのが唯一の手柄というわけだ。


 ゆえに、絶対に俺が殺すと思い、通常では考えられないほどの銃弾をアズマへ浴びせた。

 自分の弾丸がアズマを殺せば、この戦場において唯一の手柄を自分のものにできるはずだったからだ……!


 これはもう、手柄の取り合いだった。

 少しでもボスの覚えをよくしたい。それだけの取り合い。



 それは、過剰ともいえる弾丸の嵐を生んだ。




「アズマー!」


 砦壁の上からクローディアの悲鳴にも似た声が響いた。

 当然だ。


 五十丁近い銃に一斉に狙われたのだ。



 生きていられるはずがない……!




 果てがないかのような銃声が、大地に広がる。

 アズマのいる場所へ、無数の弾丸の雨が降り注ぐ。



 誰がどう見ても、これで終わりのはずだった。



 撃ちつくされた弾丸と共に、その銃口から、硝煙がゆらゆらと立ち上がる。

 精度の低い火薬を使い、多くの弾を撃つと、発射の際に出る硝煙で、前が見えなくなってしまうことがある。


 彼等のようなならず者が使う火薬は質がよくない。ゆえに、その発射に伴う煙もまた、彼等同様、品のない色と広がりを見せた。


 さらに弾丸によって穿たれ、爆ぜ、巻き上げられた土ぼこりが少年の姿を覆いつくしてしまった。


 これでは、相手の亡骸も見えない。



「はっ。終わりだよ」



 出っ歯の男がにやりと笑った。

 姿を確認するまでもない。


 過剰とも言える弾丸が降り注いだのだ。これで生きていられるはずはない。



 そこに転がっているのは、肉の塊と化したガキ……




 ……の、はずだった。




 ゆらっ。




「なっ!?」


 ざわっ。そんな動揺が、ならず者の男達に広がる。

 ゆらゆらと揺れる硝煙と土ぼこりの先に、人影が見えたからだ。



 倒れた肉の塊ではない。地面に立つ人影が見えたからだ!




 ちゃかっ。




 なにか、金属が触れ合ったような音が聞こえた。



 まるで、なにかを握りなおしたような……




 斬ッ!!




 刹那。煙が、まっぷたつに裂けた。


 大地から天にかけ、広がった煙が、まっぷたつになったのだ。


 烈風が空へ舞い、その裂け目に立つのは、一人の異邦人。

 刀を振り上げた姿で立つ、一人の、サムライ。


 アズマが、振り上げたその刀で、煙の残る個所を薙いだ。


 十の字を描き、残された煙はその一振りで霧散し、その空気の波が、ならず者達の頬を凪ぐ。


 それは、やわらかい風などではなく、肌のあわ立つような、殺気のこもった冷たい風だった。

 そう。ぞっとするほどに。



 この殺気。それは、背後にいる『アーマージャイアント』より感じる、圧迫する死の重圧とは別の、心を震わす冷徹な心の波だった。


 そこから発せられる気配は、先ほどとはまったく違っていた。

 ここで彼等はやっと気づく。



 自分達が間違っていたことに!



 目の前にいるガキは、ただのガキであるはずがない。少年の言葉を一笑にふした男達は、その考えを、改めざるを得なかった。


 少年の背後に、なにか悪魔にも似た、なにか巨大な影が見えた気がした。



 サムライの視線が、男達を射る。



「うっ、うわあああああぁ!」



 その畏怖に耐え切れなかった一人が、引き金を引く。

 パァンという軽い音と共に、その弾丸は、目の前に立つ人のようなモノへと突き進む。



 男達はまた、信じられないものを見る……



 キィン!



 少年がその身を少し動かし、刃を振るった瞬間、そんな金属同士がぶつかる音が響いたのだ。

 同時に、バスン! という音が聞こえ、なにかが地面に激突し穴を穿ったのが見えた。



 ──バカな!!



 それを目にした男達の心の声は、その言葉のみに染まる。

 これで、先ほど、あのガキが生き残った理由ははっきりした。


 だが、理解はできなかった。



 目の前のガキは、なにをした……?



 カターナと呼ばれるでかく細いナイフで、銃が発射した鉛の弾を、見て、動いて、叩き落した。


 言葉で言うのは簡単だ。

 意味を理解するのも簡単だ。


 だが、目の前でそんなことができるなんて、思い描いたこともない!




 サムライ。


 それは、遥か東方に存在する、鎖国と呼ばれる外の国との接触を断つ政策を推し進めながら存在する小さな小さな島国。その隔絶された地において存在する、最上位の戦士の名前。


 刀と呼ばれる武器を持つ彼等の一撃は、音などとびこえ、光にさえ似るという。


 サムライの戦いは、瞬き一つしている間に勝負がつき、ほんの一瞬の隙が生死をわける。


 その光にも似た一撃にさらされ、それを捌き、かわし、戦うのがサムライなのだ。


 瞬きをする一瞬に生死をかけ、意思を持って変幻自在に繰り出される刃と刃をぶつけあわせる。

 例え目に見えぬほどの一撃であろうと、彼等は小さな空間のゆがみや相手の発する殺気、そして目に見えざる世界の変化さえとらえ、背後からの攻撃さえも肌で感じ取り、身を動かし対処する。


 それが出来ずして、サムライはサムライを相手に生き残れない。


 ならば、そのまたたきを生きる彼らに対し、意思も持たず直進しか出来ない飛来物など、サムライならばかわせて当然。弾けて必然。捌けて自然!


 まだ不規則かつ高速で飛ぶ羽虫を箸で捕らえる方が苦戦するであろう!



 それが、サムライ!

 一騎当千。万夫不当。天下無敵。他に並ぶ者などいない強さがそこにあるのだ!



 ゆえに。



 ゆえに!




 ゆえに!!




 ならず者達がいくら弾丸を放とうと、その弾丸がアズマに届くことはない!



 なぜなら彼はサムライだから。




 刀という魂を手にしたサムライだからだ!




 ゆらり。




 刀を持った少年が、まるで、幽鬼のように脱力し、右手に持った刀を、地面に引きずるような格好で歩き出した。


 それは、自然体の歩み。刀など持っていないかのような、ただ、歩く。というような行為であったが、その姿は逆に、男達には不気味に映った。



 だって、銃を構える一団に向って、無防備そのままに、歩き出したんだから。



「くっ、くるなあぁぁぁぁぁ!」



 また一人、恐怖に屈した男が銃を撃つ。


 それがまた、一つの合図となり、ならず者の男達は半狂乱となり、銃を少年に向けた。



 その行為が、その恐怖を、より増幅させるなど、夢にも思わずに。



 銃。それは、力の象徴。

 いかなるものも打ち倒す。全ての暴力の頂点……


 西部において、唯一にして無二の力!




 なのに……




 銃声が響き、弾丸が飛ぶ。




 なのに……!




 少年は、歩いていた。

 雨のように降り注ぐ銃弾の中を、まるで無人の荒野を進むがごとく。


 弾丸を刃でそらし、落とし、斬り避け進む。



 男達は、夢でも見ているかのようだった。それも、とびきりの悪夢を。




 だが、これは、現実だ。現実に、銃弾をたった一本の刃でかわす人間が、目の前にいるのだ。




「こ、これが、これが、サムライ……! 本当だったのかっ……!」

「じ、爺さんの話、やっぱ本当だったんすよ……」

 震える声で、出っ歯の男と小太りの男がつぶやいた。

 小太りの男など、涙声だ。


 銃が効かないと言った爺さんの言葉に、偽りはなかった。その体験に、間違いはなかった。事実、目の前の少年に、サムライに、たった一発の弾丸も届かない……!



 気づけば、その少年は、その刃が男達の首に届くところまで来ていた。



 出っ歯の男を前に、アズマが立つ。


 出っ歯の男はこの時はじめて、アズマに恐怖を覚えた。

 目の前に現れたサムライを前に、そのままずばり、死を覚悟する。


 アズマを目の前にした出っ歯の男は、ひいぃと小さな悲鳴をあげながら、無意味な抵抗──アズマに向け、銃を撃つ──をした。



 パァン。



 と破裂音が鳴り、アズマの脳天めがけ弾丸は進む。


 しかし彼は、そこに弾丸が来るのが最初からわかっていたかのように刀を動かし、その至近距離の一撃さえ難なく刀を振り上げ弾丸を上に弾き飛ばした。


 きらり。と天に掲げられた刃が光を反射する。



 振り上げられた刃。アズマはその返す刀を出っ歯の男へ──



 ぴがっ。



 ──振り下ろす直前。アズマはその身を翻し、大きくトンボを切っていた。



「え?」


 なんと、その男の胸からアズマにむけ、こぶし大の光の熱が吹き出たからだ。

 それを、アズマは間一髪でかわした。


 斜めにつきぬけたその光は地面を小さく焦がす。



 続けて二本の光がサムライを襲う。彼は同じようにその二発をかわし、さらに一団から距離をとることとなった。



 一方で、レーザーが胸から出た、出っ歯の男。


 彼は、自分の胸を見て、そこにこぶし大の穴があいているのに気づいた。手で触れ、さらに覗きこんでみると、その反対側が見えるのが確認できた。


 出っ歯の男は一瞬、この事態が理解できないように首をひねり、その穴の先にいる存在へ、なぜ? という視線をなげかけた。



「かわした。か」



 視線を投げかけられた男から声が聞こえるのと同時に、男の体は、大地へバランスを崩した。


 どう。と仰向けに倒れ行く出っ歯の男など一切気にも留めず、光の矢を放った存在。右腕を振り上げていた『アーマージャイアント』はにやりと笑った。



「か、かしらぁ!?」


 思わず小太りの男が声を上げた。



「どうやら、いくらてめぇでもこいつははじけねーようだな」



「……」


 鋼の巨人の指摘に、アズマは無言のまま大地に立つ。

 だがその沈黙は、肯定としかうつらなかった。


 それを見て、小さなヒビの入ったフェイスガードがにやりと歪んだように見えた。

 巨大な白銀の鋼が、勝利を確信したように笑みを浮かべている。



「てめぇらどいてろ。今から俺様が、そいつと後ろの教会を丸焦げにしてやる!」



「へ、へい!」


 こちらに迫る恐怖の象徴から命令に、ならず者達は一斉にその場から逃げた。


 ここに残れば、間違いなく目の前のサムライと一緒に消滅させられるのが目に見えていたからだ。

 彼等の主は、昨日デモンストレーションで放ったフルパワーの『光の杖』を放つつもりだとわかったからだ。



「まんまと騙されたぞ小僧。こんな芸当が出来るってのに、昨日あんな醜態をさらしたのは人質に近づくためだったんだな。自分の魂さえ投げ出して道化を演じるとはよ……」



 アズマの進軍を見た上で、『アーマージャイアント』はそう断言した。

 昨日、アズマがアジトへ連れてきた時、その気になれば今と同じことはできたはずだ。


 だが、それをしなかった。


 それはあの時、サムライの目的が人質奪還であり、すぐ近くにそれがいたからに他ならない。


 だからサムライは、あの時あえて道化を演じた。


 あの戦士はあの時、自分の魂たる刀を侮辱されることより、他の者達の命を優先した。

 馬鹿にされるのを耐え、機を待った!


 それは、遠い先を見て、己を律することの出来る、最も怖いタイプの戦士の証。


 勝利を手にする機を見て牙をむく、恐ろしき戦士。



 それが、サムライ。



「だがよ……!」



 フルフェイスの底に沈む顔が、にやりと笑った。


 教会の前に陣取るアズマを睨み、『アーマージャイアント』はその右腕をむける。

 背後には教会。

 フルパワーのその光は、教会の壁さえ貫き、飲みこむだろう。


 遺跡を傷つけるのは痛いが、壁の内側にいるヤツ等も丸こげだ。


 ゆえにアズマは逃げるわけにはいかない。

 勝機を逃す矛盾の選択。それを行う愚者であることを、『アーマージャイアント』は知っている。


 それもまた、サムライ!


 おのが魂まで他者に捧げられるお優しいサムライ様は、背後の足手まといを見捨てることなど絶対に出来ない!



 ならば、刀ではじけぬこの光から逃れるすべはない!



「……こいつは絶対防げねえ! 街のヤツ等ごと死ぬがいいぜサムライ様よぉ!」



 英雄は勝利を確信する。



「確かに、どこに来るかわかっていても、物理的に防げなかったり、圧倒的な物量は厳しいものがあるね。だから……」


 少年は、そう、こともなげに言いながら刀を天に掲げた。


 刀の刃が、陽光を受け、煌く。



「はは、そうだろそうだろ。この『アーマージャイアント』様の『光の杖』にかなうものは……」


 男の言葉に被せ、さえぎるよう、アズマは言葉を続ける。




「だから、俺も使うよ。アンタの言う、『光の杖』を」




「なっ……!」

 それは、その場に居た全員を動揺させるのに、十分な言葉だった。



 その意味を考えれば、当然の動揺である。


 それを持つということは……『光の杖』を、使うということは、すなわち……



「別に、名前がどうとか、そういうのはどうでもよかったんだ。名を汚されようが、利用されようが。そんなモノのために、あそこで戦ったわけじゃないんだから……。でも、それで悲しむ人がいるのなら、返してもわらないといけない」


 アズマの目が、鋭さを増した。



 それに睨まれた『アーマージャイアント』の体に、寒気が走る。



「な、なにをだ……?」


 すでに予測はついているが、どうしても、口に出してしまった。



「なにって、その名前。『アーマージャイアント』を、だよ」



 刹那。天よりまばゆい光が舞い降りた。



(そ、そんなはずはない……)


 鎧は考える。



(俺の見たアイツは、『アーマージャイアント』は、こんな、こんな小僧じゃなかった!)



 光の柱が生まれ、あたり一面に白が焼きつく。


 一瞬のホワイトアウトが過ぎ去り、視界の戻ったならず者達の前に……




 ……三度目の衝撃が、待ち受けていた。




「そんな。バカな……」

 それを見た自称『アーマージャイアント』が、喉から搾り出すように、呟いた。



 その場に、いたのだ。

 そう。現れたのだ。



 もう一人の、巨人が。


 ならず者達の背後にいる、白くくすんだ巨人ではなく、美しい白銀の鎧を纏った、巨人が。



 巨大な刀を携えた、白銀の巨人。


 その光沢は、磨き上げられた珠のように輝き、見上げた全ての者を虜とするかのような美しさだった。

 その姿は、フルプレートの鎧を纏った騎士を思わせる。だが、それとはまた、違う印象が感じられた。


 誰も見たことのない装飾を身に纏い、異質ではあるが、神々しささえ兼ね備えているゆえ、それは、巨人族の生き残りという伝説さえ生まれたのだろう。


 複雑かつ生物を思わせるような曲線で仕上げられた装甲。雄雄しく、全ての者を威圧する頭部の立物。それらは、芸術品のような美しさと、力強さがあった。

 知る者が見れば、それは鎧武者を思わせ、畏怖さえ覚える神秘性を感じさせる。


 それは、遥か東方の地にて神代(かみよ)の時代より受け継がれ、最強の戦術兵器として存在する、一騎当千のカラクリ機動兵器。



 その姿を見た誰もが、こう思っただろう。



 こいつこそが、本物だと……

 これが、英雄。『アーマージャイアント』だと……!



「うそ、だろ……」


 驚いたのは、クローディアも同じだ。



「同じだ……アタシがあの日見たのと、同じ背中だ……」



 暗闇の中見たあの背中。

 そこにいる白銀の巨人は、間違いなくあの日見た英雄の背中だった……!


 自分が見た、自分を助けてくれたその背中だった!


「そうか……いた……英雄は、やっぱり、いたんだ……」

 その背中を見て、彼女は自分の信じた憧れが本当にいたことに、うっすら涙を浮かべた。



「そうか。そうじゃったのか……」

 やっと平静を取り戻し、出現した巨大な白銀の鎧を見て、リゥはあることに納得した。


 なぜ彼があれほど古代の遺跡に詳しかったのか。

 なぜ遺跡の代物が戦闘用ではないと断言できたのか。


 それは、彼も同じようなものを持っていたからだ……!



「て、てめぇ……てめえっ!」


 偽物と暴かれた、虚名の化身が、笑いを堪えるように、口を開く。

 目の前の存在が、記憶にある存在と重なったからだ。恐怖よりも先に、歓喜がわいてきたからだ。



「くはっ、くはは! どおりで幻の存在なんて言われるわけだ! その正体がまさか、伝説の巨人族ですらなく、異国のガキだなんて誰も思うわけねぇ。こんなの見つかるわけがねぇ! わかるはずがねぇ!」


 そうだ。わかるわけがない。


 伝説の英雄がまさかこんな子供だなんて、誰も思わない。想像もしない。

 その正体を知っていたとしても、まさか英雄が子供だったなんて発表が出来るわけもない!

 しかも、その正体がどこででも出し入れが可能である巨大な鎧であるというならば、誰もその正体を知らず、幻だといわれた理由も納得がいく。

 巨人と言われるほどの巨体であったにもかかわらず、戦場以外での目撃情報がないのも当然だ。


 英雄『アーマージャイアント』が、その名声に反して伝説にして幻と言われるゆえんが偽物にははっきりとわかった。理解した!


 まさに幻。

 存在したというのに存在を認められない、幻の英雄。伝説の巨人!



「くはっ、くはは! おもしれえ! おもしれえぞ! こんだけおもしれのは、この力を手にして人間をほっとんどやめちまった時以来だ!」



 偽りの暴君が笑うたび、その薄汚く汚れた白銀の姿が目に入る。

 その姿は、美しく輝く白銀の鎧に対し、歪でゆがんだ鋼を身に纏っているように見えた。


 改めてその姿を見れば、確かにそれは無敵の英雄に良く似ている。

 しかし、どこも似ていないくらい気配を纏い、その細部は凶悪なカリカチュアをしているのがわかった。


 笑いと共に、そのフルフェイスに入ったヒビが広がり、ついにその仮面が砕けた。



 その顔面は、コードやパイプが繋ぎ合わされた、醜く歪む、機械であった。



 人の顔をしているが、右の目も左の目も大きさもあわず、歯さえむき出しに作られた、異形の姿。それを、鋼の鎧で覆い隠した、怪物であった。


「……その顔。やはり、か」


 醜き巨人の姿を正面にとらえたアズマは、なにかを納得するよう、小さくそう哀れんだ。


 巨人は、そんな哀れみの視線など、気づかない。



「いいぜ! いい! テスラ式のギガマトンを『遺人』の遺産で強化し、エディソン式オートマータを組みこんで発展させたこの鋼の体に自我を移して無敵の存在となってみたのはいいが、いい加減てめぇの名を騙るのにも飽きてきたころあいだ!」



 右腕を振り上げ、その拳を握る。



「てめぇをぶっ潰し、その名前は、俺のモンにさせてもらうぜ!」



 右腕の篭手より伸びた銃身が、長さを増す。

 右腕の奥から吼えるようにエネルギーを生み出すチャージャーがその音を増大させ、熱を発する。


 虚構の白銀が、その熱に耐え切れず剥がれ落ち、その巨人の姿を、どす黒く変色させはじめた。


 熱を発したその体は、陽炎にゆれ、その巨体をさらに大きく見せた。

 左腕でその右腕を押さえ、目の前に立つ巨人へ、その標準を定めた。



「最初から加減なんざナシだ! 俺様自作の『光の杖』、受けてみやがれ!」



 巨大な光が、その銃口へと集まるのがわかる。

 その光は、あまりに巨大。


 銃身に集まる力が、どんな結果を引き起こすのか、その射線上にいるならず者達は、嫌な予感が背筋に走るのを感じた。



「かわせば教会は消し飛ぶ! いくらてめぇでもこいつは耐えられめぇ!」



 鋼鉄の顔が、ぐにゃりと笑顔に歪んだ。



「テメエみたいなガキが英雄たあなあ! 笑いグサもいいところだ! 英雄の名は力だ! 力は、自由を得るための、他人の自由を支配するための手段! てめえみたいなボケガキにゃあ、過ぎたシロモンだ! 死ねぇぇぇぇ!!」




 カッ!!!




 その右腕から、巨大な光が放たれた。



 その光は、地面さええぐり、なにもかもを焼き尽くす光の濁流であった。




 すっ。




 もう一人の巨人が、身をかがめ、居合いの構えで刀を構える。


 鯉口を切り、せまる光に向かい、その刃を引き抜いた。



 鞘と刃の隙間から、光が漏れる。



 なんと、鞘より引き抜かれたその刀身は、キラキラと光を放っていた。


 刃がきらめき、光が弧を描く。



 美しく輝くその刃は、まるで、光の刃。その刀は、まさに、光の剣!


 その光は、空に輝く流星のようにも見えた。



 引き抜かれた光と、せまりきた光がぶつかりあう。




 キィン!




 光がはじける不思議な音が響き。


 鎧を襲った光は、そのまま真っ二つになった。



 巨大な光の奔流が、二本に裂けたのだ。



 二本に裂けたそれは、新たな二本の支流を作り、刃を振るった鎧武者の脇へと流れてゆく。

 一方は街の壁をさけ空に。もう一方は教会の壁をさけ地面に突き刺さった。



 大きな土ぼこりを上げ、爆発が広がる。

 空はパリパリと帯電するような音を立て、地面はえぐれ、長い水路のような跡が出来た。



 それでも、その巨大な刀を振るった鎧武者も、その後ろにある教会も、無傷だった。


 かすり傷一つもない。

 巨大な白銀の鎧は平然とそこに立ち、キラキラと光る刀を振り切っている。



 しん。と誰も声はあげられない。



 なんと。



 なんとサムライは、光さえ斬ってみせたのだ……!



「なっ、なん、だ、と……?」



 巨大なエネルギー波を放った偽りの英雄が、驚愕の声を上げる。


 キラキラと光る刃を振り、真の英雄が、抜き身の刃を右の手にだらりとさげた。

 生身のアズマが、歩む時とった構えとまったく同じである。


 構えではあるが、その姿は自然体であり、まるで刀の存在など感じさせないほど悠然としている。これは、常に変化し続けるいかなる状況にも対応できる、構えであって構えでない構えなのである。



 名を、万物流転の構えという。



 その鎧は、搭乗者の動きをそのままトレースする。

 操者の技術を一分のロスなく再現し、それでいてその威力と精度は元の何倍にも引き上げる。


 つまりこれは、サムライの力を更なる上の段階。上の存在へと引き上げるための装置なのだ!



 この鎧があれば、サムライに不可能はなくなる。

 そう言って過言ではないほどの存在なのである!



 光の熱によってゆがめられた真の『アーマージャイアント』の像がゆらりと揺れた。

 それは陽炎が動いたわけではない。


 ゆっくりと、まるで散歩でもするように巨大な鎧が歩きはじめただけだ。




 ぞくぅ。




 その姿を見た偽りの巨人は、その身に怖気が走った。


 この時やっと、目の前でなにが起きたのか彼は理解できた。



 ありえない。あってはいけない。信じられないことが、今、目の前で起こった。



「そ、そんなわけがあるか。こいつを、光を斬れるなんて、いくら英雄だからって、『アーマージャイアント』だからって、できていいことと悪いことがあるだろうが!」



 右腕のモードを変える。


 大きなエネルギーを集めた一撃ではなく、小さなエネルギーを連続で発射する。

 手数で押すモードへと切り替えたのだ。

 小さなエネルギーといっても、侮ってはいけない。その一つ一つは銃の比などではなく、その一撃は戦車の一撃にさえ匹敵する。

 それをマシンガンのように撃ち続けるのだ。たった一本の刃で、対処できるはずはない!


 銃口より、無数の光が吐き出された。



 きぃぃぃぃん。



 巨人の刀から、小さな振動音が響く。

 それにあわせ、刃の光が強くなる。


 真の『アーマージャイアント』の持つ刀。


 それは、刃のふちにそって存在する、極小の刃の列。それが超高速で移動することにより、切れ味が大幅に増すというカラクリ仕掛けの刀である。

 その極小の爪のような刃が移動する際、駆動のためその機部が光を放つ。


 それにより、この巨人の刃は光り輝いているように見えるのである。



 それゆえ、その刃の軌跡は、光の軌道を残し、美しい光の尾を描く。



 押し迫る光の雨は、その強くなった光の刃に飲まれ、次々と消滅してゆく。

 それはまるで、その刃に光が逆に食われているかのようだ。



 しかし、この刀の特性は、流れる光で切れ味を増すということだけだ。実際に光を食らう力はない。


 そこにあるのは、アズマというサムライの圧倒的な業のみ。

 生身では不可能であることを実現できるよう補助するためのものでしかない。


 すべては、アズマというサムライがいてこそ。アズマという存在がなければ、この巨大な鎧といえどもただの置物でしかない!


 すべてはアズマというサムライがいなければなせないものなのだ!



 光と光がぶつかりあい、はじけ、キラキラと輝く地上の花火のような光景が広がる。



「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう!」



 その幻想的な光景を前に、黒ずみを増した巨人は、悲鳴のような声をあげる。


 銃弾よりも速いはずの光なのに、全てを破壊する、光の銃だというのに、それすら、本物の『アーマージャイアント』には、通じないというのか!



「こ、こいつが、『光の杖』の正体だってのか!」



 光の弾丸を食らうその光の刃を見て、偽『アーマージャイアント』は悲鳴のような声を上げた。



 撃ちながらじりじりと後ずさる。


 男は焦りながらも、目の前で起きていることを分析する。


 光の刃。万一。あれが『光の杖』と名づけられたものだとすれば、このままこのモードで足止めを続けられれば、逃走するチャンスを得られるかもしれない!



(なにが、『光の杖』だ。ただの光る刃じゃないか!)



 偽の『アーマージャイアント』の予想通り、この刀が世に言う、大部隊を一撃で壊滅させる『光の杖』なのだろうか?



(いや、違う……!)



 偽の英雄は、自身の考えを、自身で否定する。

 光り輝く刃。これだけで、光を飛ばすなどと誤解はされない!



(俺が見た、あの日見たアレは、あの『光の杖』は……!)




 ──記憶が蘇る。



 南北戦争の最中。南軍の遺産が暴れまわる戦場から逃げ出し、そこを、遠くから震えて見ていたその時のことを……



 伝説の『光の杖』とは、それを戦場の外から見ていた第三者がつけた名である。



 戦場に光が走り、全てを薙ぎ払うさまからつけられた、光を射出しているかのような一撃。


 確かにそれは、一見すると大出力のレーザーでも放っているようにも見えたのだろう。

 すべてをなぎ払う人知を超えた力のように見えただろう。


 だが、真実は、違う。



 光の雨を飲みこみながら、重心を落とした鎧武者が、刃を構えた。




 刹那。




 カッ!!




 光が、大地を走った。


 ゆっくりと後ずさり、逃げる隙を探る、漆黒と化した巨人の元へと。

 さらにその光は、偽の巨人をつきぬけ、その先へと、駆け抜けた。



 それは、大地を駆け抜けた、雷の軌跡のようであった。



 偽『アーマージャイアント』をつきぬけ、駆け抜けたその先。


 雷ならば、落雷した、その位置。



 そこに、白銀の巨人が、移動していた。



 刃を振りきった、残心の構えで。


 光と共に大地を走りぬけ、彼はまたたいた次の瞬間には、そこに、いた。




 真の『光の杖』




 それは、『アーマージャイアント』そのもの。


 弾丸よりも速く。光と見まごうほどの速さで移動し、その機動と光の刃をもって、全てを切り裂くこと。



 たった一本の刃で全てを切り裂く。



 それこそが、真の『光の杖』



 輝く刃が光の尾を残し、まるで光のみが走ったかのように見えるからこそ、起点から終点まで、魔法でも使ったかのような光が伸びる。


 それゆえ、それを見た第三者は、その一撃を『光の杖』と名づけてしまった。

 光が走る、そのさまを。


 その光が通った後に残るのは、圧倒的破壊。



 すべてを切り裂き、すべてを壊す、破壊の暴君。




 これが、単機で戦場を征した、『アーマージャイアント』の力。




 しかし、誰も、夢にも思わないだろう。

 その光の正体が、『アーマージャイアント』そのものであるなんて……



 残心した鎧が、まるで刃についた血糊を落とすかのごとく、刀を振り、そのままゆっくりと、それを鞘に収めた。




 ぱちん。


 刃が鞘に納まる音が、大地に響き渡る。




「え?」

 光を撃ち続けていた偽の『アーマージャイアント』は、その時初めて、自分の目の前にそれがおらず、自分の背後に移動していたことに気づいた。



「え?」

「え?」

 二つの巨人の戦いを見守っていたルルークシティの者達も、同じく見ているしか出来なかったならず者達も同じように気づき、声を上げた。



 光が瞬いたかと思った刹那。目の前にはなにもなく、偽の巨人の背後より刃の収まる音が聞こえてきたのだ。

 誰もが一瞬、なにが起きたのか全く理解できなかった。


 偽の『アーマージャイアント』が背後に気配があることに気づき、体をそちらへ動かそうとする。



 だが、なにかがおかしい。



 視線が、斜めにずれていく気がする。音が消え、とても静かだ。もう、なにも聞こえない……




 ぼとっ。




 体から、なにかが落ちた音が聞こえた。

 それは、光を放つ銃身がついた、自身の右腕……


「……バカ、な」


 体のいたるところに、光のラインが走る。その時やっと、男はこの体になにが起きたのかを理解した。


 ぐらりと、その身がかしぐ。



「……これ、が、ほんも……の……」



 圧倒的強さ。

 これこそが、真の英雄。伝説の『アーマージャイアント』の力。



 それを目の当たりにし、黒く変色しきったその巨人は、仰向けに倒れていく。



 その巨体が大地へと倒れた瞬間……




 カッ!!




 巨大な爆発と、巨大な閃光が、全ての終わりを告げる鐘として、鳴り響いた。




──後始末──




「カ、カシラが、やられた……」

「あのカシラを倒すなんて……」

「しかも、ほん、本物って……」

 ならず者達の声が震えている。


 一部のものなどすでに腰を抜かし、カタカタと震えながらそこに立つ美しき巨人を見上げていた。



「に、にげっ、にげろ」

「こんなの勝てるか……!」



 なんとか気力のある者は馬を蹴り、はたまた自分の足を使い逃げ出そうとする。


 だが……



「おっと。逃げ場はないよ」



 ずぅぅん。



 その行く手を、巨大な腕がふさいだ。

 その退路を塞いだのは、荒野に倒れていたクローディアの『アーマージャイアント』だった。


 彼女の声が、その巨人のスピーカーから響く。



 偽の『アーマージャイアント』が倒れたことにより、彼女とその『相棒』を引き裂いていた妨害が失われたためだ。



 逃げ出そうとした男達が上を見上げると、すぐ前に二体の巨人がいて、挟まれていた……



「降伏するってんなら、命だけは助けてやるよ」



「は、はは……」

「降伏します」



 ならず者達は二体の巨人を前に、完全に腰を抜かし、おとなしく降伏した……



 同時に、教会の男達の歓声があがる。



 こうして、ルルークシティにおけるセント=ジューダス教会の決戦は終わりを告げた……




──エピローグ──




 戦いは、終わった。



 偽の『アーマージャイアント』達の手下達はすでに東部にある彼等に相応しい末路を迎える場所へと送られた。

 生き残った三十人余りは鋼と機械の体を持っていた元カシラが使っていた幌馬車を改造した檻に放りこまれ、運ばれたのだ。

 あの巨体を納めていた馬車なのだから、それだけの人数を逃げられぬように閉じこめるのもまた楽勝であった。


 これにより、ルルークシティの危機は完全に去った。



 民衆は喜び、その祝いの祭りがはじまる。



 しかし、そこに街を救った一人の英雄の姿は、ない……



 ……


 …………



 ……



「本当に行くのかい?」

「ええ」


 祭りの前日。教会前。

 そこにはその正門に立つアズマと、その彼を見送るクローディアと教会の子供達がいた。


「にーちゃん、いっちゃうのー?」

「残ってよー」

 正門の前にいる子供達が残念そうに口を開いた。


「アタシだって、かまわないんだよ? 街のみんなだってアンタのことを歓迎するだろうし、子供達だって喜ぶ」



「それはとても素敵な提案だけど、そうもいかないんです。俺にも行かなきゃいけないところがあるんで」



「それは、西の果てかい?」

「はい」


 クローディアの質問に、アズマはあっさりと答えを返した。

 教会での食事の時アズマが語った宣言。最初は冗談かと思って追求もしなかったが、それは、嘘ではなかった。


「あの時はジョークとして聞き流しちゃったけど、そこに、なにがあるんだい?」



「そりゃもう、この星を滅ぼすわるーいヤツ等がいるんですよ。そいつ等を倒しに、ね」



 アズマはクローディアに、にかっと笑った。

 それは、アズマの正体を知らなければ間違いなくまたアホなことを言っていると思うほど、かるーい発言だった。


 子供のたわごと。そうとしか思えないだろう。

 アズマの正体を知るクローディアでさえ、思わずこめかみを押さえて苦笑する。


 知っている自分でさえこうなのだから、知らない子供達はとてもじゃないが信じられないだろう。

 これならまだ、西に日が沈むから。の方がロマン感がありマシに思えた。



「にーちゃんマジでタイムノベルのヒーローみてー」

「そーだぞー。こう見えて俺、ヒーローなんだぞー」


 子供達にスゲー。という視線を送られ胸を張るアズマを見て、クローディアは少しだけ笑った。


 やはり子供達はこの言葉を信じてはいない。

 なにをやってもダメなにーちゃんがまたテキトーなことを言っている。そのくらいの認識だ。


 でも、クローディアだけは違う。



 だって彼は、本当にヒーローなのだから。


 彼は、本物の英雄だったのだから……



「そうかい。なら仕方ないね」


「ええ。仕方ありません。東の遺跡に行ったのだって、その眷属を倒しに行ったからなんですよ?」

 実はね。とウインクをしながら人差し指を立てた。


「だから色々と失って行き倒れたわけかい。あんたにそこまでの打撃を与えるなんて……」


「ええ。恐ろしい相手でした。まさか月刊隣のおねーさんを買うため食料を買いこむのケチったら途中でなくなるなんて……! なんて強いんだ。空腹っ!」

 くうっ! と拳を握った。



「……」

「……」


 クローディアが、冷めた目でアズマを見た。


 アズマは直接的なツッコミがもらえないので冷や汗をたらしている。



「ねーねークローディアねーちゃん。となりのってな……」

「なんでもないよ! まだ知らなくていいの! アズマァ?」


「ごめんなさーい!」


 ぎろりと睨まれたアズマは、即効で頭を下げた。

 その声は、地獄から響くようなとてつもなく迫力のある声であった。



「ったく。あんた、敵じゃなくて自分のテキトーさに殺されるよ」

 ダメだこりゃ。とクローディアは呆れてしまった。



 あれほど強いのに、これほどテキトーな男は見たことがない。



 アズマの言葉の真意も真贋もクローディアにはわからない。

 心配をかけないよう嘘をついたのか、それとも本当にただのアホなのか。


 だが、これが本当でも嘘でも、どちらでも死に掛けていたのは事実なのだから……



「気をつけます」

 また、なはは。と情けなく笑った。


 同時にそれを見ていた子供達も笑う。

 教会に、笑顔があふれた。



「……でも、ありがとね」



 それを見て、クローディアは改めて礼を言った。

 彼がいなければ人質をとられた時も、教会が襲われた時も誰も助からなかった。


 間違いなく、彼のおかげでこの街は救われた。


 この言葉は、彼女の万感の想いがこもった感謝の言葉だった。



「いいえ。こっちこそ。ここでありがとう言われたら、俺も改めて感謝の言葉を言っておかないと不公平ですね」



「……? なに言ってんだい?」

 このありがとうは、この街を救ってくれてありがとうだ。これと改めて言われる感謝などないはずだ。

 なにを言っているんだここ子は。とクローディアは首をひねる。



「なにって、おねーさんは死にそうになってた俺にご飯をわけてくれたじゃないか。日々の食事もままならない状況だってのに、自分の分を俺にわけてくれた。そのお礼です。さっきその分言われちゃったから、もう一回分返さないと」


「な……んだ、って……?」

 クローディアは、驚きでよろめきそうになった。



「だから、ありがとうございました」



 アズマは、そう言いにかっと笑った。



 クローディアは、信じられなかった。


 たった一度の施しをうけただけ。

 それだけが理由で、街を救ってもらえていたとは思わなかったからだ。


 なにより、あの時気づかれていたとは思わなかった。クローディアは気づかれないようさりげなく皿を動かしていたつもりだったのだが、どうやらこの少年には気づかれていたようだ。



「まさか、たった一度飯をおごったくらいでそんなことをしてもらえるなんてね……」


「いいえ。それだけじゃありませんよ」


「へ?」



「さっきのは、ご飯をもらったお礼です。俺がクローディアおねーさんを助けた理由はそれだけじゃありません」


「なんだって……?」



「だってクローディアおねーさんは、俺を助けてくれたじゃないですか」



「助け、た……?」

 一瞬なんのことかさっぱりわからなかった。

 だが、確かに最初に出会った時、あの出っ歯の男達から助けたような形になっていたのを思い出す。


「いや、でもあれは……」

 今思い返してみれば、あの時のアズマには余裕があった。


 その気になればあの四人組など簡単にはたき倒して荒野を歩くことを再開することができただろう。



 あとあと考えてみれば、あれは間違いなく余計なお世話だったに違いない。



「確かに、あの時その気になればどうにでもできた。ふざけていたと言ってもいい。でも、クローディアさんは俺を助けてくれた。『義を見てせざるは勇なきなり』。あんな状態の俺を見ても見捨てなかった。だから俺も、クローディアおねーさんを助けた。おねーさんが頑張ってきたから、今回の勝利はあったんだ」


 アズマが微笑む。


 彼の言う『義を見てせざるは勇なきなり』とは『人として当然行うべきことを知りながらそれを実行しないのは勇気がないからである』という意味だ。

 困っている人がいれば手を差し伸べる。それはまさにこの言葉を体現した行動である。



「だから俺は、クローディアおねーさんを気にいって、がんばるリゥを気にいって。おねーさんを守りたいと思う街の人達も気にいって、そんなみんなを助けるために参上したんだ」



「アタシが、行動したから……?」


 それを聞き、クローディアは少しだけ苦笑した。



 だってそれは元々、ある英雄に憧れてはじめたことだったからだ。

 その英雄は、襲われた村をなんの得もないのに救い、そして名も言わず去っていった。


 彼女はその背中に憧れ、その背中を追いかけ生きてきた。



(それは、アンタの背中から教わったことだよ。アズマ……)



 彼女が憧れた英雄の名は、『アーマージャイアント』

 彼女の村を救った後、もっと大勢の人を救い、また本当の名を語らず去った伝説の英雄……


 その背中を追い、ずっとずっと信じてやってきた。

 その結果が、今なのだ……


 憧れた英雄にそう言われ、彼女は苦笑し、そして、一筋の涙を流した。



「ふふっ。『義を見てせざるは勇なきなり』か。いい言葉を知ったよ……」



 彼の言葉で、彼女は今まで自分が信じてきたものが間違ってはいなかったことを知った。

 偽の英雄が現れたことにより、一度揺らぎかけた自分の信念が間違っていなかったことを確信した。


 彼女にとってそれは、誰からの感謝の言葉より嬉しい言葉だった。



「ねえ。アズマ」

「はい?」


 そろそろ旅立とうとしたアズマにクローディアが声をかける。



「『アーマージャイアント』の名前なんだけど……」



「ああ、俺は基本的に誰があの名前を使おうと気にしないよ。むしろクローディアおねーさんになら簡単に使用許可出しちゃうよ!」


「バカ言うんじゃないよ。アタシが名乗るのはもう終わりさ。もう名乗らないってのを言いたかっただけだよ」


「あらまあ」


「ったく……」

 呆れたようにクローディアは笑った。


 だって彼女がこの名を名乗る必要は、もうない。

 だって、名乗るべき英雄は、ちゃんと存在していたのだから……



「そいつを名乗っていいのは、一人だけだよ。もっと胸を張りな」



「わかりました」


 微笑んだクローディアに、アズマは笑みを返した。




「それじゃ、俺はもう行くね」




「ああ。元気でね」

「にーちゃんまたなー」

「またね」


 教会の人達がアズマに向かい手を振り送り出した。

 アズマは手を振り、再び荒野へと足を踏み出す。



「あとはまかせたよ!」



 教会が遠ざかり、その形もほとんど見えなくなったところでアズマの耳にクローディアの声が聞こえてきた。

 それは、元『アーマージャイアント』。教会の巨人によって拡声された彼女の声だった。


 なにをまかせたなのか、主語がないのでわからない。


 だが、その言葉の意味は、すぐに理解できた。



 ざっ。



 荒野に突き立つ巨大な岩。

 そこから小さな人影がアズマの前に出てきたのだ。



 それは──



「ねーねー。クローディアねーちゃん。リゥねーちゃんは?」

「リゥかい? あの子はね、ちょっとした用事があってね。そう。ちょっとしたね」

 アズマを送り出した子供達が、その場にもう一人のおねーちゃんがいないことに気づいた。


 首をひねる子供達にむかい、クローディアは少しだけ意地の悪い笑顔を浮かべたのだった。



 ──腕を組み、アズマの前に立ちふさがった旅装束姿のリゥだった。



「や」


 だがアズマも動じない。まるで普通に道で知り合いに出会ったかのようなレベルで手を上げ挨拶する。



「西に行くのか。アズマ」


 その言葉に、アズマはぴたりと足をとめた。

 アズマの顔を真正面にとらえ、リゥはにやりと笑みを浮かべる。


 その顔は、アズマが西へ行く理由も知っているという顔だった。



「少しは興味がわいたようじゃな。聞いておったぞ。この前の行き倒れ、本当だったようじゃな」



「おぉう。そこまで」


 西に行く。というのはリゥがいる前で口にしたことだが、マジで行き倒れたというのはさっきクローディアと話したことでその場にリゥはいなかった。

 それを知っているということは、西に行く本当の意味も知っているということになる。



「あ、ぴーんときた。クローディアおねーさん声、他のとこから出せたね」



「正解じゃ。クローディアのあの音声を飛ばすのをちょっと借りて聞いておった」

 遺跡の巨人はクローディアのコントローラーを通じて音声を巨人から出すことができる。


 その応用で、彼女達が会話していた言葉を通信してもらっていたのだ。



 ゆえに、彼女は教会前で話していた内容も把握しているし、どっちにむかったのかも知っていて先回りができたというわけだ。



「しかし、お前が本物の『アーマージャイアント』だったとはな」


「別に秘密にしていたつもりはないよ。言っても信じてもらえないだけだよ!」


「なにふんぞり返って力説する。そんなの当たり前じゃろうが」

 なぜかふんぞり返ったアズマにじとっとした目をむけ、ため息をついた。

 ルルークシティでうろついたアズマを見て、その彼があの伝説の英雄だと思える者は誰一人としていないだろう。


 目の当たりにしていた街の男達だっていまだ半信半疑なのだから。


 終わったあと奥さんに『アーマージャイアント』が助けてくれたと言って、教会の『巨人』がどうにかしてくれたんでしょ。と言われてそうだったかもと思っちゃってるくらいだ。


 このテキトーを絵に描いたような少年が英雄であるという事実は、それくらいの信用性のなさなのである。



「えへへー」

「なぜ照れる」


「てへへー」


「ったく。これでわかったじゃろう。じゃからワシも、同道する!」



「お断りします!」



 腕を組み、堂々と言い放ったリゥに、アズマも間髪入れず笑顔できっぱりと断りを入れた。

 だが、少女は負けじと笑う。


 断られることなど予測していたかのように。



「ふん。お前が選択することではないわ。『我が行く』のだ。『お前に頼んでいる』わけではない!」

 ふん。と鼻を鳴らし、腕を組んだまま高らかに宣言した。


「あらら。そうきたか。君も頑固だねぇ」



「ふっ。頑固じゃと? そちらこそなにが戦争の英雄か! 敵を倒すだけ倒してあとは残った者に任せて去ろうとは無責任にもほどがあるじゃろう!」



「うん。そうだよ。俺は英雄なんかじゃないからね」

 あっさりと、その点を笑顔で認める。


 その笑顔は、いつも通りどこか気の抜けたアズマの顔であった。


 街に残れば街を救った英雄として讃えられる。しかし彼はそんなことは望んでいなかった。

 そもそも、栄光や名誉、そして喝采を浴びたいというのなら伝説の英雄は幻などではなかったはずだ。


 ゆえに彼は、英雄という言葉になんのこだわりもないよう笑顔で告げられる。



「ふむ。謙虚よの。だが未熟! ワシが指導してやらねば、危なっかしくて野に放てぬわ! わかるな!」



「すみません先生わかりません!」


 リゥの言葉に挙手をして、即座に降参の白旗をかかげるアズマ。



「わかれ! あと先生言うな! ワシが頑固とかそういう問題じゃないんじゃよぽんぽこぴーな! お前は英雄でもなんでもないのなら、一人旅は危ないからワシが面倒を見てやると言うとるのだよ!」


 腕組を崩し、ずびしっ! とアズマのオデコにむけ、指をさす。



「先生! それは無謀だと思います! 足手まといです!」


 今度は反対側の手もあげ、お手上げのポーズで対抗する。



「先生言うな! 確かに、貴様のサムライアーマーは強かろう。戦闘では足手まといというのも認めよう。じゃがな、精神的知性的問題ではまた別! 貴様は基本、テキトーすぎる!」



「がーん。な、なんと的確な、指摘……」

 わざとらしいショックを受け、わざとらしく一歩あとずさる。



「ふん。相変わらずテキトーなリアクションしおって。そんなんじゃから一人では行かせられんのだ」



 ぎろりと、綺麗に整った碧の瞳がアズマを睨みつける。睨まれたアズマも、「おぉう」とその迫力に本気でたじろいてしまった。

 一見するとバカな行動しかしないし、なにも考えていないような振る舞いをするし、ふらふらと軸もなにもないように誤解されるテキトーな男。


 なのに実は周囲をちゃんと見ていて、他者のことも考え、それでいて名誉も栄誉も求めずその身をひいてたった一人で世界を救おうとする愚か者。



 そんなスカタンを、一人で野に放てるものか。




 なにより──




「だいたい、『一緒に居てやればいい』と言ったのは、お前自身であろう?」

 にやり。と、アズマを見据え、リゥは意地悪そうに笑った。



「まー、言ったけどねー」



 やれやれと、一度肩をすくめた後、アズマは両手を頭の後ろに回した。




 ──英雄が、思わず漏らしたこの言葉。これは、彼の本心のようにリゥは思えた。




 ならば、たった一人でも、彼の本心を聞いた者が、それをかなえてやってもいいじゃないか。

 たった一人で世界を救おうとするばか者が、たった一人でいいだなんて悲しすぎるじゃないか。



「わかったか! じゃからワシも、貴様と同じ道を進む!」



 腰に手を当て、再び堂々と、リゥは宣言する。

 中天に達した太陽の光に照らされたそのオデコと金の髪は、光を得て美しく輝き、その言葉の熱は、リゥの小さな姿を、ほんの少しだけ、大きく見せた。



「まったく。おせっかいだなぁ」


 それを見たアズマは、諦めたように、ため息をついた。しかし、口元は小さく笑みに緩んでいる。



「ふん。貴様もな。無茶苦茶を貫くのも、大概おせっかいじゃよ」


 ため息をついたアズマを見て、リゥはにっと笑った。



 そもそも、このおせっかいのはじまりは、ある英雄がクローディアを救ったことに端を発している。

 そのクローディアが英雄に憧れ、リゥをおせっかいで助け、そのリゥがまたおせっかいを働いているのだ。

 全ての原因は、その英雄にあり、その英雄のおせっかいが、多くの人を通じて生きていることを意味していた。


 自分の前に仁王立ちするリゥを見て、アズマはめぐりめぐって現れた、そのおせっかいの結果に、思わず笑みを浮かべてしまった。



「ホント、おせっかいだ」



 小さく漏れた一言。これには、彼の万感の想いが詰めこまれていた。

 隠し切れない笑みを悟られぬよう、両手を頭で組んだまま、アズマはぽてぽてと歩き出した。



「帰りたくなったり、へこたれたらすぐに街へ帰るんだよ。この街は、君の帰る街なんだから。これ以上西に行っても、ろくなことはないだろうしね」


 出た言葉も、素直じゃない遠まわしの帰れコール。この少年。結局のところ、素直ではない。


 それを聞いて、リゥもまた、朗らかに笑う。



「冗談ポイじゃ! お前がいてくれてよかったと思うようにしてくれるわい!」



 ずんずんと、歩き出したアズマの隣を、彼女も歩き出す。それは、この少女も同じ。



「ホント、物好きだねぇ。君も」

「貴様がそれを言うか。それを」



「俺に言われるんだから、相当ってことだよ」


 あははっ。と気楽に笑う。


「ワシから見てまずお前が相当じゃ。アズマ」

 負けじと、リゥも言い返し、二人は歩いてゆく。



 ……西へ。




 おしまい

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