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第01話『アーマージャイアント』 中編2


──人質救出大成功──




 時は『アーマージャイアント』が『光の杖』を放つ少し前の時間に戻る。



「……日も落ちたし、そろそろかね」


 夜の闇が訪れるのを待っていたクローディアが、隠れていた岩の影より姿を現した。

 腰に納めた銃を取り出し、そこに弾がきちんと装填されていることを確認する。


 ヤツ等のアジトの近くは直立した岩や岩石が多く広がる場所だった。

 隠れるのに適した場所であったが、それゆえ今まで場所がわからなかったのであろう。

 だが、それは逆に、自分が見つからぬよう隠れられる場所も多いことを意味している。


「っ!」


 アズマ達が連れて行かれた根城の場所へむかおうとした直後、クローディアの目は暗闇の中に、なにか動くものを感じ取った。


(ちっ)


 クローディアは心の中で舌打ちをする。

 ヤツ等の根城が近いのだ。見張りや見回りがいてもおかしくはない。それに見つかってしまっては全てが台無しだと、彼女はとっさに隠れていた岩の上にのぼり身を隠した。



「……ん?」



 最初動くものは見張りや見回りかと思ったのだが、どうにも違和感を隠せなかった。それはこちらに向かってきている。だというのに、動きはバラバラ。しかもなにかに怯えるような動きをしていたからだ。

 まるで、なにかから逃げてきている一団のようだ……


「本当に、大丈夫かしら……」

「ここは、彼を信じるしかない」

「うん」

「ええ」


 月明かりの中へその一団が姿を現す。

 それは、ウィルソン一家の三人と、そして牢屋に捕らえられていた商人だった。



(なぜここに!)



 今から救出に向かおうとしていた人達が捕らえられた場所から逃げ出してきているのだから、クローディアも驚いた。

「ウィルソン!」

 驚きながらも岩から飛び降り、彼女はその前に降り立つ。


「うわっ。って、なんだ。クローディアか……」

 先頭に立っていたウィルソンが突然落ちてきたクローディアを見て怯えたが、それがクローディアだとわかるとほっと胸を撫で下ろす。


「なんだ。じゃないよ。一体どうしてあんた達が外に?」


「ああ。君がこっちに来ていることを聞いて……って、そうだ。合流出来たなら話は早い。早くここから離れよう。急がないと見つかってしまう」


「そいつは確かにその通りだけど……」

 自分が行かずに自力で逃げてきたというのなら話は早い。

 こっちに来ている。というのはアズマが一緒に捕まっていたのだからその話が彼等に通っていても不思議はない。


 ただ……



「……ちょっと待ちなよ。アズマはどうしたんだい? ほら、一緒に奇抜な格好をした子供が捕まっただろ?」



 暗がりから出てきた人数は四人だったが、その中の一人がアズマではなく名も知らない商人だったのを見てクローディアは疑問に思った。

 少なくとも自分が来ていることを知っていたのだから、アズマと顔をあわせていないはずがない。

 なのに、いない。それは一体どういうことだと思うのも当然のことだった。


 急いで走り出そうとした四人は、クローディアの言葉にバツが悪そうに視線をはずす。

 まるで、なにか後ろ暗いことでもあったかのようだ。


「なにかあったのかい!?」



「……クローディア。君の救出計画は『アーマージャイアント』の手のひらの上だったんだ。僕達を人質に取ったのも、サムライをつれてきたのも、君をあの巨人から引き剥がし、おびき寄せるための罠だったんだよ」



「なん、だって……」


 沈痛な面持ちで衝撃の事実を告げられる。

 その衝撃の言葉に、クローディアも一瞬めまいを覚えた。



「このまま君があそこに来ては危ないと、あの少年は僕達を君のいる方へ逃がしてくれたんだ……!」



 ウィルソンが、あの時なにが起きたのか、説明をはじめた。




 ……



 …………




 日も暮れ。広場で宴会がはじまったその時。

 見張りもいなくなり、自分達から一時的に注意が外れたところで床に転がったアズマは動き出した。


「さて。と」


 手かせをはめられたままのアズマは首を回し、うなじ付近で束ねてある自分の髪に触れはじめる。

 ワシワシと小さく束ねられた髪をいじり、彼はその中から一本の針金のように細い棒を取り出した。


 それは髪のようにも見えたが、暗がりだったゆえウィルソン達にはそれがなにか正確にはわからなかった。

 ウィルソン達はなにをしているのだろう。と絶望の瞳でその動きを追っているしかできなかった。


「ふんふふーん」


 彼は鼻歌を歌いながらその黒い針金を手かせの鍵穴へといれ、かちゃかちゃと動かす。

 そんなもので手かせが外れるものか。


 そう彼等は思ったが……



 ぴん。



 手かせの錠はあっさりと外れ、彼の両手は自由となった。


 牢の中にいた四人はそれに驚き、目を大きく見開いた。



「あ、やっと反応を返してくれましたね」


 驚いた姿を見て、その少年。アズマはにっこりと笑った。




 …………



 ……




「そして彼は、同じように格子から外へ手を回し、入り口を閉じる鍵を簡単にはずし、逃げる準備を整えてくれたんだ……」

 逃げる準備とは、ならず者達の馬を逃がし、牢屋馬車に馬をつなぎ、それを暴走させることでそれを囮にしようとすることである。


 準備の終わった彼は、ワザと広場へ姿へ現し、そして見つかった。



「あとは合図と共に僕達は馬の尻を叩き暴走させ、その隙に君が来ているというこっちの方へ逃げてきたんだ……」



「なら、アズマは……」


「ああ。彼は、僕達を逃がすため、一人で馬車に乗って行ってしまった。こことは、反対の方向へ……」

 そこまで説明し、アズマが逃げた。という方向を見たその時……



 カッ!!



 闇を貫く光の矢が、その方へ飛ぶのが見えた。

 光の線が闇を引き裂き、荒野の上に小さな太陽が生まれる。


 激しい破壊の音とまばゆい光。


 一瞬荒野が昼間に戻ったのかと思うほどの閃光だった。


 光が収まると、今度は激しい風がそこから吹きつけてきた。



 彼女達はなにが起きたのかわからなかった。

 しかし、すぐなにが起きたのか気づいた。



 あのカイブツ『アーマージャイアント』の持つ『光の杖』



 それが、使われたのだと……



 なにを目的に使われたのか。それは考えなくともわかる。

 あんなものに狙われたら、ひとたまりもない。



 それを、場にいた誰もが理解した。



「な、なんてことだ……」

「あれじゃ、彼はとても……」

 ウィルソンと商人が光が瞬いた方を見てどうしようもない。というような声を上げる。


「……」

 その様を見て、クローディアは悔しそうに拳を握った。


 自分の浅はかな作戦のせいで助けると約束した命を散らせてしまった。

 彼は、今回の抗争となんのかかわりも、なんの関係もなかったというのに!


 その姿を見たウィルソン達は、かける言葉も見つからず、ただオロオロとするしかできなかった。



「……みんな、行くよ」


 クローディアは決断した。



「い、いいのかい?」

 ウィルソンが驚きの声を上げる。



「ここでアタシがつっこんでもなんの解決にもならないからね。アタシにも、やらなきゃいけないことがある……!」

 本当ならば今すぐにでも仇を討ちにつっこんで行きたい。


 だが、それをしてどうなる。

 相棒であるあの子がいないアタシだけじゃ勝ち目などあるわけがない。

 そんなことをすれば、彼が命をかけて助けたウィルソン一家も商人も危険にさらす。


 それでは彼の死が無駄になる!


 彼女は悔しさをぐっとこらえながら、街へと引き返すことにする。



「すまない。アタシが不甲斐ないばっかりに……」

 彼女は小さく呟いた。



「そうでもないよ」

「え?」



 闇の中から、かっぽかっぽと馬の蹄の音が聞こえてきた。

 月明かりの中に姿を現したのは、馬にまたがったアズマだった。


「ぶ、無事だったのかい!?」



「いやー、間一髪でした」



 アズマのまたがる馬。この馬はあの『光の杖』から放たれた光の中ほうほうのていで逃げ出した馬だ。

 アズマはこの馬に飛び乗り、馬車の残骸に集まるならず者達をさけ、注意がそこに集まっているその隙にここまでやってきたのである。


 まさに、間一髪の生存劇だ。



「そうかい。よかったよ……」

 ギリギリではあったが、アズマが無事でクローディアはほっと胸を撫で下ろした。



 これで、ヤツ等に捕らえられていた人は全員。

 あとは街へ戻るだけだ。


「それじゃあ、これ以上ここにいる理由はない。行くよ」

「え、ええ!」


 クローディアの言葉に、ウィルソンがうなずいた。




 ガガガッ、ビーィイィ!!




 耳を劈くような異音が荒野に響いた。

 昼間、ルルークシティに響いたあの『アーマージャイアント』の拡声器が使われたあの起動音だ。



『聞こえているかルルークシティのバカ野郎ども! お遊びは今日で終わりだ! もう教会をおとなしく渡せなんてことは言わん。明日、朝日が昇るのと共にお前達に引導を渡してやる! 覚悟をしておけ!』



 ビリビリと空気を震わせ、怒りを伴った『アーマージャイアント』の声が荒野中に響き渡った。

 思わず耳を塞ぎ、それでも聞こえてくるその声を聞き、ウィルソン一家や商人。そしてクローディアの顔も青ざめる。


「う、嘘だろ。せっかく助かったのに……」

「私達が乗っていなかったのがばれたんだわ。なんでわかるのよ」

 ウィルソン夫妻が顔を青ざめ、唇を震わせる。


 せっかく助かったというのに、その命が延びたのは明日までなのだから、絶望を感じてもおかしくないだろう。



「……まだよ。まだ、終わったわけじゃない。希望を捨てちゃいけないよ。アタシ達はまだ負けたわけじゃないんだから!」



「……」

「……」

 だが、クローディアの励ましにも場にいた四人には響かなかった。


 ずーんと暗い顔をし、言われるがままルルークシティの方へと歩き出す。



 人質の救出には成功した。

 しかし、それは最後の戦いへの幕開けに過ぎなかった……





「カシラ。どうやらチリも残らず消えちまったようですぜ」

 出っ歯の男がやってきた『アーマージャイアント』にもみ手をしながら小さなクレーターを前にして現状を説明する。

 あたりには馬車だったものの残骸が転がっているのが見える。


 クレーターが出来るほどの威力だ。

 馬車に乗っていた者は間違いなく生きてはいない。


 誰もがそう考えていた。



「……やってくれたなあの小僧」



「へっ?」

 しかし、帰ってきた答えに出っ歯の男は目を丸くする。


「わからねぇのかお前達は。ここで死んだのは巻きこまれた馬だけだ。人間は誰も死んでいねぇ!」


「え? え?」

「お前、わかるか?」

「わかんねぇっす」

 オロオロする出っ歯の男と、その後ろでひそひそと話す小太りの男とボサボサ髪の男。


 誰も彼もが困惑する。



「少なくともあのサムライもどきの小僧は乗っていたはずだ。ちっ。そうか。一匹生き残ったあの馬に乗っていったか……」



 困惑する手下を尻目に、『アーマージャイアント』はさらに周囲をサーチする。

 彼の目に、ここで巻きこまれた馬以外の生き物の残骸を示すデータは記されていない。


 その特別な情報を知れるそれにより、この場で死んだ人間はいないと把握できたのだ。



「どうやら俺も、あのガキを少々舐めすぎていたようだな。牢から出る手際。逃げるまで気づかせねぇ動き。ただのガキじゃなかったってわけか……」


 やれやれと、手下のことをいえねぇと自嘲した。



「そ、それじゃあクローディアのヤツもあのガキも生きているってことですか?」


「ああそうだ。まんまと逃げられたってワケだ。この作戦は失敗だ。こうなればしかたねぇ。次の作戦にうつるぞ!」


「え? 次、ですか?」


「そうだ。あんな人質なんて策の一つにすぎねぇ。てめぇら予定変更だ。明日の朝、教会を攻める。すべてを終わらせるぞ!」


 その言葉に男達はついにきた! と拳を振り上げた。

 今まで我慢していた鬱憤をついに晴らす時が来たのだから!

 デカブツと戦わずして勝利できるのもいいが、思いっきり暴れて勝利するのも彼等は大好きだ。


 ときの声があがる。



 しかし、直後に起動された『アーマージャイアント』のスピーカーで、手下達は全員耳を押さえしばらく悶絶することになった。




──クローディアの覚悟──




 ルルークシティ。酒場。

 夜も更けてきたというのに、そこにはルルークシティ全ての住人が集まっていた。


 そこは、ルルークシティにおいて最も収容人数の多い建物である。

 テーブルを並べ、客として人を入れるならば三十人が限度だが、テーブルをどかせば百五十人は楽に集まれるところであった。


 ゆえに、百五十人ほどいる住人全員が、どこか不安そうな顔を浮かべそこに集まっている。

 なにを話すというわけではない。ただ、集まっていないと皆不安で押しつぶされそうだから、一人、また一人と灯りのついていたここに集まってきてしまったのだ。


「いったい、いったいどうすればいいんだ……」


 カウンターの椅子に座り、そこにつっぷすよう街長が頭を抱えている。


 先ほど荒野を震わせた『アーマージャイアント』の咆哮。それはこの街にまでしっかりと届いていた。


 ついに本格的な襲撃がはじまる。

 その絶望の予告に叩き起こされ、彼等はそれに絶望しているのだ。



「みんな聞いておくれ!」



 酒場のスイングドアが勢いよく開き、クローディアと教会の面々。そして先ほど助けたウィルソン一家と商人が酒場へかけこんできた。


「クローディア! 無事だったのか!」

「ウィルソン! お前も無事だったか!」


 無事戻ってきたウィルソン達を見て、近くにいた彼の友人が彼を抱きしめた。

 顔を上げた街長も、ほっとしたようだがどこか複雑な表情を浮かべている。


 今回の人質奪還が成功したのはめでたいが、それが原因で明日の襲撃が決定された側面もあったからだ。


「すまない。僕達が勝手なことをしたばかりに……」

「だから言ったんだ。ばかやろう……」

 だが、彼の友人はウィルソンを責めはしなかった。


 誰だって、命は惜しい。


 無事であったことを喜ぶ二人を横目に、クローディアは酒場の中心へと進み、そこで立ち止まった。



「みんな。聞いていたと思うけど、ヤツがついに忍耐を切らし、明日の朝この街へ攻めこんでくる」



「……」

 無事を喜びあっていた者達も、頭を抱えていた者達の動きもとまる。



「このままじゃ、街も教会の遺跡も守りきれないだろう」



「……」


 クローディアの絶望的な告白に、街の者は押し黙り、さらにうつむいた。


 昼間空を引き裂く光を見たのだ。あんな物を乱射されれば、あの鋼の巨人はともかく、人間はとてもじゃないがひとたまりもない。



「で、でもよ。ヤツ等の目的は遺跡だ。そ、それを逆らわずに渡せば……」

 酒場の中にいた住人の誰かが、ぼそりと言った。



「それで身の安全が買えると本当に思っているのかい? 本気で思っているのならアタシはとめないよ」

 誰かがぼそりと言ったことなので誰が言ったのかはわからなかった。


 だが、クローディアはそれにきっぱりと言い返した。


「……」

 反論は、なかった。

 思わず口に出した誰かは口をつぐみ、クローディアへ言葉を返すことはなかった。



 言った者も、言わなかった者も気づいているのだ。

 遺跡という更なる力を手に入れたヤツ等がこの街になにをするのかを。


 遺跡に眠る『遺人』の遺産を手に入れればそれで終わり。ということはない。遺跡を調査し、発掘しその遺産を使えるようになるまで、彼等は当然ここにいる。

 そうなれば、街は街としては生かされる。

 街が生かされるとなれば、そこに住人が必ず必要となる。


 その間、ヤツ等に支配されたこの街が、この街の住人がどんなあつかいを受けるのか。

 それは容易に想像がついた。


 ならず者であふれたこの街は、ヤツ等の気まぐれで男達は殺され、女は慰み者にされる。

 ここで降伏すれば命は助かるだろう。しかし、その先にあるのは家畜以下の生活だ。


 ヤツ等が街道を封鎖し、街から人を逃がさないようにしているのは、そういうことをするためでもある。



 それをわかっているからこそ、クローディアの言葉には反論することはできなかったし、今まで誰も、街をヤツ等に引き渡そうと考えるものもいなかったのだ。



「だからみんな。心して聞いておくれ」


「……」

 クローディアの言葉に、彼等は沈痛な面持ちで耳を傾ける。

 クローディアと相棒である鋼の巨人でもあの伝説の英雄『アーマージャイアント』に勝つことはできない。


 となれば彼女の口から出る言葉は……




「みんな、この街を捨てて、逃げるんだ」




「え?」

「ど、どういうことだい?」


 みんな、驚いた。

 てっきり力を貸せ。全員で戦おう。と言われるものだとばかり思ったのだが、その予測とは正反対のことを言われたのだ。

 なにより。



「大体街道はヤツ等に封鎖されているんだから、逃げられるわけないじゃないか!」



「いいや違うよ。よく考えてみなよ。明日ヤツ等が攻めてくるということは、街道を塞いでいるヤツもいなくなるということさ。その隙ならこの街から逃げられるってことなんだよ!」


「あっ!」

「た、確かに!」

 全員が希望の光に目を輝かせた。


 敵が教会へ総攻撃をかけてくるということは、街道への監視は疎かになるということだ。


 街を捨てて身一つで逃げることになるが、命あってのモノダネだ。このチャンスを逃せば地獄の暮らしが待っている。ならば、生きる望みをかけて逃げ出すのも悪くはない!


「確かに逃げるチャンスというのはわかった。でもねクローディア……」



「ああ。言いたいことはわかるよ街長。だからアタシはここに残る。ヤツ等はアタシと『あの子』が教会を守っている間に、逃げておくれ!」



「なっ!?」


「な、なにを馬鹿なことを言い出す!」

 驚いて声も出ない住人達の中、リゥが飛び上がって声を上げた。


「お前一人に命をかけさせるのなら、それなら皆で一緒に戦えばいいだろう! その方が、まだ……!」



 リゥの懇願に、クローディアは首を横に振った。



「無茶を言っちゃいけないよリゥ。誰だって命は惜しい。無理強いなんて出来はしないさ。それに、あの遺跡も、ヤツ等もアタシがなんとかする。アタシが時間を稼ぐから、みんなここから逃げるんだ」



「……」


 しん。



 クローディアの提案に、場は沈黙することでしか答えを返せなかった。


 当然だろう。それにイエスと答えることは、クローディアを見捨てると宣言することであり、街を見捨てて命をとると宣言するも同然なのだから。

 クローディアが教会で粘れば粘るほど、街道の監視は少なく、薄くなる。そうなれば、助かる可能性も大きくなる。


 心の中で、命が助かると思っていたとしても、それを口に出せるわけがなかった。



「答えは聞かないよ。言う必要もない。皆、逃げる準備をして、夜があけ、教会が襲われる前に逃げるんだ」



 クローディアは解散を指示した。

 ここで各々に逃げるか逃げないかを問うたりはしない。それを宣言させず、皆クローディアにも気を使わずに逃げられるようにした彼女の心づかいであった。



「なにを言っておるクローディア! 死ぬ気か!」

 一人納得できないリゥが、クローディアに食って掛かった。

 身長差もあり、腰にしがみつくような形になったが、なんとかしようと必死なのはわかった。



「大丈夫だよリゥ。アタシは死ぬ気なんて欠片もないよ」


「嘘をつくな! ワシにそんな嘘が通じると思ったか! お前は、明日生きられると思っていない!」

 きっと、リゥはクローディアを睨んだ。


 リゥはエルフの秘術。人の心の真贋を見分ける力が使える。目をあわせた人間の心の精霊の動きを見てそれを判断するというものだが、今、彼女は明らかに嘘をついていた。


「あちゃー。リゥの秘術忘れていたよ。でも、絶対に死ぬとは決まっていないよ」

 やれやれと肩をすくめ、彼女はリゥの頭を撫でた。


 出来ると信じていても出来るとは限らないし、出来ないと心の中で思っていてもそれが本当に出来ないとは限らない。可能性は、絶対にゼロではない。……はずだから。



「わかって。リゥ。みんなを逃がすため教会で抵抗する人がいなきゃいけないのは間違いないし、あいつらにあの遺跡を渡すわけにはいかないんだ……」



「わからん! 絶対にわからん!」

 しがみついたまま、ぶんぶんとリゥは頭をふる。


 ここで彼女を行かせてしまったら、二度と会えないと確信しているからだ。



「街長」


「……ああ。教会の子達は任せておきなさい。この街から全員逃がすくらいのことはやってやるさ」

「頼んだよ」



「さ、リゥ……」

「いやじゃ。いやじゃ!」


 リゥは必死に抵抗する。


 だが、所詮は子供の力。

 クローディアと街長によって彼女は引き剥がされてしまった。


「彼女は、僕達に任せてください……」

 ウィルソン夫妻が、暴れるリゥをおさえるよう、肩と手を掴んだ。



「ありがとう」



 彼女はそう言い、酒場から出て行った。

 目指すは、教会。


 彼女は自分の相棒と共に、最後の戦いに挑む。



「……」

 残されたのは、沈黙のままうつむく街の者達。

 そして彼等も、誰にも目をあわせようとせず各々の家へと帰っていった。



「……さあ、私達も行こうか」

「僕達も一緒に行きます。街長」

 街長とウィルソンがリゥと教会の子供達の背中を押しうながす。


「リゥねーちゃん」

 子供達が不安そうな目で彼女を見た。


 彼等は今まで黙っていたが、クローディアが帰ってこないかもしれないという不安は漠然と感じている。



「大丈夫じゃ」

 ぽん。と一番大きい男の子の頭に手をのせ、撫でた。

 もう一番下の子はおねむであり、その子はウィルソン婦人に抱っこされている。


「おぬしたちはクローディアの言いつけどおり、この人達と一緒に街から避難しろ」

 そう、ウィルソン夫妻についてゆくよううながした。


「ねーちゃんは?」


「ワシは街長の方についてゆく。安心するがいい」

 男の子に質問されたリゥは、そう耳打ちした。


「うん!」

「では、な」



 ウィルソン夫妻を見送り、リゥも酒場から出てゆく。



「あれ? リゥちゃんは?」

「街長と一緒に行くってー」

「そうか。それなら安心だね」

 ウィルソンはリゥが来ていないことに気づいたが、そう言われたので納得した。



「あれ、リゥはどこへ? お前は知っているかい?」

「ウィルソンさんのところと一緒に行ったのでしょう」

 街長とその妻も、教会の子をつれつつ、一度荷物をまとめるため家路につこうとした。


 だが、リゥがいないことに気づき奥さんに質問したのだが、そう言われ、納得した。



 ルルークシティから逃げ出そうとする二つの家族。

 そこに、リゥの姿はなかった……



「クローディア、待っていろ! お前一人を死地になどいかせんからな!」



 リゥは、教会にむかって走っていた。

 彼女は教会の子供達が二ヶ所の家族に預けられたことを利用し、心配かけぬよう抜けだしたのである。




──『遺人』の遺産──




 ルルークシティ。セント=ジューダス教会。だが、そこは教会とは名ばかりで、その正体は大陸の先住民である『エルフ』よりさらに古くに存在したが、忽然と姿を消した『遺人』と呼ばれる種族が残した遺跡である。

 地上に残る部分は石造りのようであるが、人の手では到底運べぬ大きさの一枚岩を積み重ね、その砦壁は頑強かつ強固に作られている。

 しかもその岩は自然石ではないとも言われ、それを生み出す『遺人』の技術力に今の人類は驚かされるばかりである。


 長い長い年月を経て、それでも朽ちぬこの砦とその壁は、かつてこの地に住んでいた『遺人』達が姿を消してもなおその姿をとどめ続け、ここに存在しているのである。

 この壁を利用し、市塞都市として街を作り上げたのがルルークシティのはじまりだ。


 この壁の存在。それは守りとしてとても重要で非常に心強い存在であるが、ルルークシティの真価はそこではない。



 教会の奥。聖堂として使われる最も広い部屋の先にある小部屋。

 そこに設置された昇降装置。エレベーターを作動させ降り立ったそこ。そこにこの砦の真価が存在する。



 そのエレベーターが地下へと向かい動いている。

 人間が五人ほど乗れそうな小さなエレベーターだ。その入り口などのサイズを考えれば、『遺人』も人間と同じサイズであったと推測ができた。


 地下に到着し、エレベーターの扉が開いた。

 エレベーターの小さな個室を照らす電灯から光が漏れ、その開いた扉から一人の少女が姿を現した。


 姿を現したのは、リゥ。


 彼女が、一人こっそり教会へ潜入したのである。



 リゥが教会に到着した時、正門裏門全ての入り口は堅く閉ざされていた。

 先に戻ったクローディアが誰も入れぬよう閉ざしたのだろう。


 しかしリゥは、子供だけが通れる秘密の隠し通路があることを知っていた。

 教会をかこう一枚岩の壁にそのような抜け道はないが、入り口となる木と鋼で作られた扉に子供なら通り抜けられる隙間があるのである。


 彼女はそこを通り、教会の中へと入り、エレベーターを目指し、地下に足を踏み入れたのだ。



 リゥが教会に潜入して即座にクローディアを説得しに行かなかったのは理由があった。

 それは、この砦の真価と関係がある。彼女はある目的を持って、ここに足を踏み入れたのである。



 リゥは手にしたランプのシャッターを開き、頭の上にかかげる。


 エレベーターから漏れる光と共に、ランプの光が暗闇を照らし、その部屋の姿をあらわにした。



 そこは、一種の格納庫であった。



 壁はつるりとしたきらめきを放ち、遥か昔に作られたとは思えないほどの美しさを保っている。

 その壁には、足元と天井をぼんやりと照らす非常灯が設置され、壁の四隅を小さな灯りが照らしていた。


 ランプを天井へむけてもその灯りは天井に届かないほど高い。四、五十メートルはあるだろう。左右の幅はエレベーターを中心として左右に五十メートル広がり、奥行きも百メートルを超える広さがあった。


 リゥはかかげたランプを周囲に揺らし、格納庫内を見回す。


 灯りが揺れるたび様々な種類のものが浮かび上がってくる。教会の入り口で見張りをしている自称『アーマージャイアント』と同じ種類の機体や、それとは種類がまったく違う四本足の戦車のようなもの。さらには金属の芋虫のようなものまで、『遺人』の技術によって作られただろう多くの産物が、ところ狭しと並べられていた。


 ランプを片手に、入り口から中を照らす小さな光を浴びながら、リゥはその中へと足を踏み入れる。


 足を向けた先にあるのは、教会の外にいる鋼の巨人と同型機の足元。

 彼女はまるで体育座りをするかのような格好でハンガーに納められたそれの足にとりつき、ランプを片手にそのかかと付近をいじりはじめた。


 ランプの光に照らされたリゥの顔は、なにかを必死に思い出そうとして歪んでいる。

 彼女はかつてクローディアが行っていた作業を必死に思い出しながら、そこに設置されたパネルを開こうとしていたのだ。



「ぬっ。くっ、開かん……」



 ランプを持ち上げながらの片手での作業では、うまくそのパネルを固定するネジを回せなかった。


 手元以外の灯りは入り口となったエレベーターの周辺と壁に設置された足元を照らす非常灯のみで、この巨体の足元までは照らしてくれていない。

 ゆえに、その手に握ったランプは必要不可欠であり、邪魔だと足元に置けば今度は手元がみえないという、非常に厄介な高さに問題のパネルは存在していた。

 さらにそのパネルをとめているネジも機体の巨体さに比例して大きく、小さなリゥが片手で回すのも一苦労するほどだった。


 だから、少女、大苦戦。



「なら、ランプを預かるよ」

「ああ、助かる」



 四苦八苦しながら作業するリゥの後ろから声がかかり、彼女は助かったとその声の主にランプを渡すことにした。

 今、目の前のことで頭が一杯の彼女は、パネルをあけることに集中し、この倉庫に降りてきたのは自分ひとりだけだったという違和感に気づくことはできなかった。


 それだけ今の彼女に余裕はなく、目の前のことしか考えられない状況だったのだ。



 リゥはフリーになった両手を使い、パネルのネジを取り外す作業を再開する。



 彼女の手を離れたランプは、リゥがとても見やすい位置を照らし出し、まるでリゥの気持ちを察したかのように、ここに光が欲しいと思った場所を照らし出してくれた。

 おかげでパネルを開く作業はスムーズに進むこととなり、四隅のネジをはずすことに成功する。


 全てのネジをはずした瞬間。ぱかり。という音を立て、そのパネルは開いた。



 その先にあったのは、収納スペースだった。



 リゥがそこをのぞきこもうとすると、ランプの光が先行してその中を照らしてくれた。

 明るくなったその中に納められた物を確認したリゥは、恐る恐るとそれを手にとる。



「よし。これであとは、ワシがこれを動かせればクローディアの力になれる!」



 ぱぁっと顔をほころばせ、顔を持ち上げる。

 視線の先にはその収納の持ち主である、倉庫内の巨人。


 リゥが手にとったそれ。

 それは、リストバンド型の無線操縦装置だった。


 クローディアが左手に装着し、教会の『アーマージャイアント』に指示を出している、あの無線機がくっついたようなリストバンド。

 それと同じものがリゥの手に収まっていた。


 これを使い、クローディアと同じように『巨人』を動かすことが出来れば、リゥとてクローディアと共に戦える。

 そうなれば、さしものクローディアも逃げろとは言えなくなる。


 ゆえに、彼女はクローディアと会う前にここに足を踏み入れたのだ。



 リゥはこぶしを握り、自身の手にそのリストバンドをくるりと巻きつけた。

 するとそれは自動的にリゥの手に巻きつく……などということはなく、子供の手の太さには手に余るほどの長さを持ったバンドを、リゥは手動で左の手首に長さをあわせ、装着させた。


 クローディアの場合、無線機部を左手首に持ってゆけば自動的にバンドが引き出されまかれるゆえ、それをリゥは期待していたのだが、それは実現せずワクワクしていた顔が少しがっかりとすることになった。


 それでもバンドを手に巻けば、気分はクローディア。気合がみなぎり、リゥは無線機のスイッチを入れ、小さな赤いランプがつくのと同時にそれを自分の口の前へと運び、目の前にたたずむ巨人へ命令を発する。



「さあ、ワシを見ろ!」


 期待に目を輝かせ、リゥは『巨人』の顔を見た。



 しーん。



 しかし、どれだけワクワクしようとも、目の前のそれはぴくりとも反応は見せなかった。

 左手首を口元にかまえ、機体の目で見ていたリゥだったが、沈黙が続けば焦りも生まれる。



「立て!」



 しーん。



「動け!」



 しーん。



「座れ!」



 しーん。



「……」

 どれだけ命令しても、大声を出しても声を張ってもしまいにゃお願いしても、それはハンガーの台座にドーンと鎮座したまま、ぴくりとも動かなかった。

 リゥの声など届いていないかのように、それは微動だにしない。



「動け! 動け動け動け動けー!」



 どれだけ叫んだだろうか。

 ついに息をきらせ、顔を真っ赤にしてもなお、それは欠片も動く気配はない。


「なぜじゃ。なぜ、動かん……」


 見よう見真似ではあるが、クローディアのやり方すべてを試しているというのに、それは全く反応してくれない。

 クローディアは自分以外がこれらに触れることを禁止していた。


 理由の一つとして、これを動かせば敵の標的として狙われることとなるからだ。操者として前線に出なければならない上、命を狙われる可能性も大きく上がる。


 いくら『遺人』の遺産が途方もない性能を秘めているといっても、これを実際に動かすのは外に立つただの人間だ。

 銃で狙われればひとたまりもない。



 それを、クローディアが認めるはずがなかった。



 もちろん、触らせない理由はそれだけではない。が、クローディアが禁じたもっとも大きな理由はそれである。



 だが、危険だ危険じゃないなどはもう関係はない。

 クローディアはたった一人で教会を、街を守ろうとしている。


 そんな絶体絶命を覆す力があるのだ。今、そんなことは言っていられない。


 なんとしてもクローディアの力になりたい。

 その想いで彼女はこの場にやってきて、約束を破ってでも彼女を守りたいとこれに手を出したのだ。



 だというのに、目の前の巨人はリゥの声に全く答えてくれなかった……



「動け! 動いてよー!」



 現状の焦りと苛立ちに、リゥは感情にまかせ、装置をつけぬ右の拳を握り、鋼とはまた違った金属で出来た足を殴りつけた。


 ゴッ! と痺れるような痛みがリゥの脳天まで響く。



「なぜ、動かん! お前さえ動けば、そうすれば、ワシとてクローディアの力になれるというのに!」



 ゴッ! ゴッと、静かな倉庫に、小さな怒りの振動だけがこだまする。



「お前さえ動けば、足手まといでなくなるし、街だって救ってやれるというのに!」



 殴りつけた拳が、赤く変わり、これ以上殴れば、拳の皮が破れ、血が流れることになるだろう。

 それでもリゥはおかまいなしに、感情のまま、動けと衝撃を加えようとする。


 ギュッと拳を握り、今度は大きくその手を振り上げた。



「はい、そこまでー」



 だが、その拳は巨人の足に叩きつけられることはなかった。

 振り上げたリゥの拳は、その手首をつかまれ、振り下ろすことを阻止されたからだ。


 突然の制止に、リゥは驚き、自分をとめた手の伸びる方を振り返る。


 そこには、ランプを手に持ち、リゥの手を握る、アズマの姿があった。

 リゥから受け取ったランプをかざし、にこりと笑う。


「なぁっ!?」


 突然のアズマ出現に、リゥは思わず飛び跳ねてしまった。



「い、いいったいなんでここに! というかなんでランプをお前が持っている!」



 自分でランプを渡したというのに、そんなことを口走ってしまった。アズマを見て少し冷静になったリゥの思考が、自分で渡したのだということを思い出させる。

 なぜ、その時気づかないんだ。と、思い当たり、彼女は手で自分の顔をおさえた。


「なぜ貴様、ここに!」

 ランプを渡してしまい、一緒にいたことも気づけなかったことは棚に上げ、とりあえずなぜここにいるのかを問う。


「クローディアのおねーさんに君のことを頼まれてね。だから、ついてきた」

 実はアズマは酒場に入る前、街の者に逃げろという前にクローディアからリゥのことを頼まれていた。


 彼女のこの行動は、予測されていたことだったのだ。


 とはいえ、クローディアのお願いはリゥをちゃんと街の外へ送って欲しいというものだったが、アズマはなにを曲解したのか、彼女を教会の中へといれてしまっている。

 彼が約束したのは、あくまでリゥの安全だからだ。


 ちなみにだが、リゥはずっと一人でここまでやってきたと思っていたが、アズマはその後ろを気配を消してこっそりついてきていたのである。

 どうやってきたのか。その点について、彼女はクローディアに頼まれていた。というショックが大きかったため、そこにまで考えが至らなかった。



 クローディアがアズマに自分のことを頼んでいたと知ると、彼女は肩落とし呆れたように額をおさえた。



「……おせっかいなヤツじゃな。クローディアも、お前も」

「君も人のことは言えないけどね」


「うっさいわ! まあいい。次じゃ、次! こうなったらお前も手伝え!」


 リゥはまだ諦めていなかった。

 例えクローディアの巨人がダメだったとしても、まだ他にある。それらだって起動することが出来ればあのならず者達を蹴散らす力があるはずだ。



「しゃーないね。納得するまではつきあってあげよう」



 ずんずんと進むリゥにつきあい、ランプをかかげたアズマは格納庫内を順繰りに照らす。

 中にはまだ、四速歩行の戦車のようなものや芋虫のようなもの。はたまたなにに使うのかわからないが人が座れそうな椅子みたいなものまで、様々な物があったからだ。


 リゥはそれらを片っ端から起動させようと触ってゆく。


「動け、動くんじゃー!」

「なるほどなるほどー」


 リゥが色々試すのを、アズマは後ろで見ている。


「あの人達の狙いって、やっぱりここなんだよね?」

「当たり前じゃろう」


 ここは、『遺人』の遺産。

 例え使い方がわからずとも、それに使われている素材一つ取ってみても今の時代ではまだ解析さえ出来ていない代物なのだ。

 ゆえに、例え動かずともその価値は途方もなく、動くものともなれば国が動いてもおかしくない代物だった。


 そして、現実に動いている遺産があるのだから、『アーマージャイアント』が外に情報を漏らさぬよう街道を閉鎖し、独り占めしようとしているのも当然のことだった。

 それがあれば、アレはもっと強くなる。



「見ての通り、ここがヤツ等の狙いであり、クローディアが今までこの街を守れた理由じゃ。ヤツの手下がこの教会を狙い攻め立てたさい、偶然クローディアがあそこにあったのを起動させ、撃退に成功したのがすべてのはじまりじゃ」


 リゥは遺産あさりをやめ、最初に起動させようとした『巨人』のある方を指差す。



 ハンガーにきちんと並ぶ『巨人』の中に、一つだけぽっかりと空いている空間があった。それは壁際に並んでおり、その壁にはそれを運ぶかのようにレールがついている。

 いわゆるリフトの上にその『巨人』達は並んでいるのだが、そのぽっかりとあいた空間にはリフトさえもなくなっている。


 きっとクローディアが起動させた後、それはそのリフトを使い地上へと運ばれたのだろう。ただ、そのリフトが戻ってきていないところを見ると、それは地上に上がった祭、そのままにされ土に埋もれてしまっているのだと推測が出来た。



「聞いた話じゃが、クローディアの父親が、こういうのに少しだけ詳しかったそうじゃ。その父は、戦争で亡くなったそうじゃが……」


 リゥは言いかけて。


「それはどうでもよい」

 と、言葉を濁した。


 人のプライバシーをぺらぺらしゃべるのはいかがなものかと思ったからだ。



「ともかく、ヤツ等の狙いはここじゃ。お前もクローディアに助けられたのならクローディアの相棒の強さも見たじゃろう。弾丸も効かぬ鋼の体。圧倒的なパワー。それに対抗するには、あの『光の杖』くらいしかない」


 そう。ただの人間がいくら来てもクローディアが負けるとはリゥは思っていなかった。


 現に、あの遺跡の巨人が起動した後、追撃戦を行ったクローディアは一度『アーマージャイアント』と対峙している。

 その時『アーマージャイアント』は一度クローディアの前からひいているのだ。


 そして、あの兵糧攻めがはじまっている。

 ゆえにリゥは、クローディアが負けるとは思っていなかった。


 しかし、ついに姿を現した『アーマージャイアント』を目にし、それの持つ『光の杖』を目の当たりにしてから、その思いは揺らいでいた。


 リゥは人間の世界に来てまだ二年ほどしかたっていないが、戦争の英雄としての『アーマージャイアント』の噂はいやというほど聞いていた。

 たった一人で一個大隊を壊滅させとか、たった一人でいくつもの砦を落としたとか。

 英雄の使う『光の杖』という力と共に、それは凄いものだと認識していた。


 昨日までは、そんなものはただの噂だと思っていた。

 クローディアとその『相棒』にはかなわないと思っていた。



 しかし、昼間見せられた天を引き裂く光を見て、それが揺らいだ。



 あんなもの、その身に食らえばひとたまりもない。

 いくらクローディアの相棒が古の遺産だといえ、あんな一撃を食らえばどうなるかわからない。


 なによりあれも、『遺人』の遺産なんじゃないか。そう思ってしまう。


 となると、ヤツはこの遺跡も理解し、その力を手に入れられるかもしれない。

 そうなったら、ヤツをとめるものはもう、誰もいないだろう……



 クローディアはそれを理解している。

 だから、その命をかけて、この遺跡を守ろうとしているのだ……!



「つまり、奴等がここを手にいれれば、最悪の事態が待っているというわけじゃ」


「最悪。か。んー。でもここに入ったからといって、そう簡単でもないと思うな」

 アゴを親指でぽりぽりとかきながら、アズマはリゥの近くに転がる芋虫のようなものへ視線を向けた。


 先ほどから、リゥが起動しようとしていろんなものを触っている個体だ。


 上から下。芋虫の頭の先から尻尾の先まで視線を移動させ、うん。とうなずく。


「どういうことじゃ?」

 リゥがとても胡散臭そうにアズマへ視線を飛ばす。



「そもそもさ。ここにあるの、兵器じゃないもん」



「は?」

 一瞬、言っている意味が理解できない。という呆気にとられた声をリゥはあげてしまった。

 あまりの発言に、ぽかんと口を開け、完全に頭の動きが停止してしまったのだ。


「外のあの子は大型タイプだから頑丈に出来ているけど、他は全然戦えるような代物じゃないね。そもそも、あの子だって戦闘用じゃないし」


 ランプを動かし芋虫をより鮮明に見えるよう照らしながら、アズマはぺたぺたとその頭を触る。


「まあ、数をそろえればなんとかなるかもしれないけど、この子達はそもそも生態認証タイプだから、俺でもあっちの人でも無理じゃないかな。クローディアのおねーさんは運が良かった」

 やったね! とアズマはリゥに向け、親指を立てる。


 それが事実なら、先ほどリゥが動かせなかったのも当然であり、他に誰が動かせるのかもわからない。



「なん、じゃと……」



 リゥは、アズマの言葉に二重の意味で驚きを隠せない。

 一つ目は、アズマはこの遺跡の意味を知っているということ。

 二つ目は、外の巨人は戦闘用などではなかったこと。なのに、ならず者の集団と戦えるだけの力があること。



(『遺人』の遺産とは、これほどの代物を眠らせているものなのか……!)


 驚きと共に、すでに姿を消した古の種族に恐れを抱いた。



 アズマは、ウソは言っていない。

 心の真贋を確かめることが出来るリゥがいるのだ。それがわかってしまう。


 だから、アズマがデタラメを言っているとはとても思えなかった。



「ここが戦闘用でないのなら、ヤツ等がここを狙う理由など……」

 はと気づき、言いかけて、やめる。


 そんなことを伝えてどうなる。


 そんな言葉、あいつらが信じるだろうか? 答えは、否である。

 遺跡を手に入れ、自分の目で確かめて、それではじめて納得するだろう。なにより、ここにあるのが戦闘用じゃないと、どう証明する。

 アズマの言葉とて、本人がそう信じているだけかもしれず、それが真実かもわからないのだ。この事実が交渉材料になどなりはしない。


 むしろ、『光の杖』という超兵器を持つ『アーマージャイアント』にあの『巨人』では勝てないかもしれない。という絶望を与えるだけの情報じゃないか!

 戦闘用と非戦闘用。それだけでも大きな違いなのだから……!



(……いっそのこと、この地下を爆破し埋めてしまおうか)



 できるかわからないが、目的のものがなくなれば諦めるかもしれない。

 なんて希望的観測を考える。


 しかし現代の火薬で破壊できるのならば、何万年といわれる時間の経過を乗り越えられるはずもない。

 なにより、埋めたところで掘り返そうと街の者に強いる可能性さえある。

 今の状況で、遺跡だけを埋めるというのは良い判断ではない。


(じゃが……!)

「しかし、もったいないね」


「ん?」


 頭をめぐらせている最中、アズマが芋虫の頭をさすりながらつぶやいた。


「なにがじゃ?」



「これ、ちゃんと起動できれば、この土地を荒野から草木の生い茂る大地に戻すことができるんよ」

 トントンと、転がる芋虫のような金属の塊を指で叩き、さらに周囲を手で指し示した。



「っ!」


 それは、衝撃の事実であった。

 ルルークシティは、長年この荒れた荒野に悩まされ続けている。

 それを、解決できるかもしれないなんて……


 それは、街にとって、大きな希望だ。



「というかそれ、本当なのか?」

「俺の言葉じゃ信じられない?」


 彼の言っていることは嘘ではない。

 嘘ではないが、それが真実とは限らない。

 勘違いで本当と信じていれば心の中でそれは嘘ではないのだから……


「お前の言葉じゃなぁ」


「えー。信じてよー」

「今までの行動を考えろ。お前の行動をかんがみて、どこに信じられる要素がある」


「そいつを言われちゃぁおしまいだね」


 あはは。とアズマは笑った。



 そのアズマの緊張感もない笑いに、リゥはじとっと半眼で睨んだ。



「オッケーわかった。なら君が納得するまで調べるといいさ。どーせリゥじゃ一つも動かせないけどね。ふふん」

 欠片も信じようとしないリゥに、アズマは鼻で笑う。


 ゆえに、リゥもかちーんときた。



「ふん。お前に言われずとも試すに決まっておるじゃろうが! ワシ等に残された希望はこれしかないのだからな!」



 ふん。とリゥもアズマから視線をはずし、他の芋虫を調べるため足を進める。

 アズマの言葉を信じたい。という気持ちはリゥも確かにある。だが、それを認めてしまうと、この遺産を使ってもあの『アーマージャイアント』には勝てないということを認めることにもなってしまう。

 それでは、絶望しか残らない。



 ゆえに彼女はアズマの言葉を認められなかった。



 例え小さな希望であっても、すがるしかなかった。


 ずんずんと歩き、次の遺産が動かないか調査する。



 リゥは、気づいた。

 歩くと後ろからランプの光がついてくることに。



 あれだけのことを言われても、アズマはリゥのやりたいことに協力してくれている。


(……こいつもやっぱりおせっかいな性格をしておる)

 勝手についてきて勝手に手伝っているアズマの存在を感じ、彼女は少しだけ心が軽くなった気がした。


 しかし、アズマの言葉を認めるわけにはいかない!

 リゥは次から次へとここにあるなにかが運よく起動できないか、片っ端から試していった!



 ……



 …………



 ………………




 ……




「ぜぇ。ぜぇ……」

「ぜーんぶダメだったね」


 はしからはしまで、遺産の起動に挑戦し、あまつさえとても遺産とは思えないすみに落ちていたホウキまでなんとか使えないかと挑戦したが、どれも欠片もぴくりとも動かなかった。

 唯一ホウキは普通にホウキとして使えたが、これは単純にクローディアがここに忘れたホウキだった。


「満足した?」


「な、納得はした。確かにワシでは動かすことはできないようじゃ。じゃが、満足などするものか!」


「でも、そろそろ時間だよ。もう、夜があける」

 と、アズマは上を指差すが、ここは地下。太陽の光はどう頑張ってもさしこんでは来ない。


「なぜそんなことがわかる」

「君に付き合いながらも十分休んだからね。それを考慮した結果かな?」

 二人とも時計は持っておらず、アズマからとび出した言葉がそれなのだからリゥは少し呆れた。


「……」

 だが、冷静に考えてみて、自分の体感でも確かにそれくらいたっていてもおかしくはないとリゥは思い当たる。



「もうそんな時間か。こうなったら、ワシ一人でも援軍に行く!」



「いや、それはさすがにやめておいた方がいいと思うよ。完全に足手まといだし」


「うるさい! それでも、それでもワシは行くんじゃ! クローディア一人になんでも任せておけるか! たった一人で死なせてなるものか!」


 それは、慟哭にも近かった。

 暗闇の中、彼女の願いにも似た叫びがこだまする。



「……」



「ワシはクローディアに命を救われた! たった一人で荒野をさまよっていたあの日、手を差し伸べてくれたのはクローディアじゃった! そのときの恩も返せず、このまま見殺しにするなんて出来るわけがない! できるわけなんかっ……!」


 いつの間にか、リゥの瞳には涙があふれていた。



「クローディアの力になりたい!」

 だから、この遺跡にやってきた。



「じゃが、どれだけ頑張っても、クローディアの力にはなれないんだ!」


 それは、今までずっと感じてきた、無力への慟哭だった。



 どれだけフォローしているつもりでいても、リゥの力は、クローディアに届いていない。

 戦いには出られず、常に守られていると感じ、常に足手まといだと感じる。


 その、無力感は、どれだけ努力しても、消せなかった。



「今日が最後かもしれないというのに、結局ワシはなにもできない! この子供の体が。力のない自分が、ワシはうらめしい!」



 悔しかった。

 力のない自分が。


 恨めしかった。

 なにも出来ない自分が。



 だから、安易な考えと知りつつここで力を求めた。




 でも、力は手に入らなかった……




「そっか。その気持ち、わからないでもないよ……」



 ぽん。とアズマはリゥの頭を優しく撫でる。

 その声はどこか慈悲にあふれ、とてもとても優しく聞こえた。



「でも、今回は無理だ」

「……っ!」



 突きつけられるのは、圧倒的絶望の現実。



「今の君じゃ、どれだけ求めようと、クローディアおねーさんも、この街も救えない。助けに行ったところで、ただ足を引っ張るだけの足手まといになるのが目に見えている。それは、わかっているだろ?」


「……」


 リゥはなにも言えなかった。

 わかっている。


 わかっていた。



 でも、諦めたくはなかった……!




「だから、今回は俺に任せろ」




「え?」

 その言葉は、意味がわからなかった。



「今回リゥには無理だから、君のかわりに、今回は俺がやる。俺が、クローディアおねーさんも、この街も救う」



 アズマの言葉に、リゥはぽかんとしてしまった。

 そんなリゥに、アズマはにこりと笑う。



「そ、そんなこと……」



 リゥは、唖然としてしまった。

 たった一人が加わって、なにがかわるというのか。アズマたった一人の力が加わったところで、なにができるというのだ。

 リゥはクローディアと共にここで沈む覚悟だった。


 彼は、そうではない。

 クローディアを救い、さらに街を救うと言っている。



 そんなこと、できるわけが……




「できるよ。だって俺は、サムライだから……!」




 彼は、そうきっぱりと言い切った。


 リゥとアズマの目が合う。

 そのアズマの言葉に、嘘も、偽りも、なかった……!


 ぶるっ。


 その姿を見て、リゥの背筋が震えた。

 それは、恐怖なのか、それとも畏怖なのか。


 ただ、恐ろしくはなく、どこか神々しささえ感じられた。



 その姿は、まるで……



「……一つ、いいか?」

「なに?」


 いつの間にか、口が動いていた。

 こんな時になにを。とリゥは思うが、動き出した口はとまらない。



「……いつも。いつも思っていたことじゃ。クローディアから話を聞いて。きっとこれは、クローディアも内心思ってる」


 クローディアが名乗る『アーマージャイアント』。それは、賞金首になりさがった英雄への反逆の証である。

 彼女はそれと出会うまで、あの英雄に憧れていた。

 その英雄のようになりたいと語っていた。


 そのクローディアから、自分の憧れた英雄について、その啓蒙をいくつかリゥは聞いたことがある。


 それにより、リゥもずっと思っていたことがある。



「たった一人でなんでもできちゃうような英雄は、一人で寂しくないんだろうか。って。そんな人のために、私達はなにができるんだろう。って」



 リゥにとっての英雄とは、クローディアのことだ。

 いつもいつも一人で頑張って。一人でなんとかしようとして。


 それを、彼女は見ているしかなくて……


 この質問は、そんな彼女にとって自分はなにが出来るのか。という質問だった。


 本来ならこんな時。しかもこんな少年に聞くような質問ではない。



 だが、リゥはこの少年ならばこの質問に答えてくれるのではないかと思った。


 なぜかはわからない。

 唐突に彼女の頭に浮かんだだけなのかもしれない。

 それとも、なにかが彼女に囁いたのかもしれない。


 でも、なぜか確信があった……!



 リゥに質問をぶつけられたアズマは、その真摯な瞳に優しい微笑みを返す。


 そして、ゆっくりと口を開き……



「一緒にいてあげればいいと思うよ」



 ……そう、優しく言った。



「一緒に? それはつまり、共に戦う仲間がいればいいということか?」

 仲間。確かに、背中を守りあえるようなもう一人の英雄がいれば彼女は孤独でなくなるし、共に戦い支えあえる。

 だとすれば自分には、資格がない。そう、彼女は肩を落とした。



「違う違う。一緒に『戦う』んじゃない。ただ、一緒に『いて』あげる。それだけでいいんだ」



「そっ!? それだけか?」


 その答えは、リゥにとって意外であった。それは、当たり前のことであり、誰にとっても当然のことだったから。



「そう。それでいいのさ。なぜなら英雄ってのは、自分を英雄だなんて思っていないから。他人の人がそう思っているだけなんだから。だから、一人の人間として一緒にいてあげるのがいちばんありがたいことなんだよ」



「……」


 クローディアと一緒にいてあげればいい。


 それが、彼女の助けとなる。


 アズマの言葉が意外すぎ、意表をつかれたリゥはその言葉をまとめきれない。

 それでもなにか、アズマに対してなにかを言おうとしたその時……



 ずずぅん。

 格納庫の天井。つまり、地上部でなにかが爆発したかのような音と振動が響いた。



 どうやら、最後の戦いがはじまってしまったようだ。



「もう、口論している時間はないみたいだな」

「……」



 リゥは先ほどの会話を思い出す。

 アズマは、確かに嘘は言っていない。

 自分なら勝てると本当に思っている。


 しかし、それが本当に出来るかどうかはまた別問題だった。


 だが、それを確かめている時間はもうない。



「……わかった。お前を信じよう! お前に、全てをたくそう! クローディアを、この街を救ってくれ!」


「まかせろ!」


 アズマはそう言い、エレベーターへとかけこみ上を意味する三角のボタンを押した。



 カチッ。



 シーン。



「……」

「……」



 ずずぅん。



 地上でまた爆発があった。

 でも、エレベーターはピクリとも動かない。


「……あれ?」



 カチ。

 カチカチ。



 アズマが首をひねりながら、何度もボタンを押す。

 だが、いくらボタンを押しても、エレベーターの扉が閉まることはなく、それが上に動くことはなかった。



 アズマは扉のボタンを見て、上を見る。



「ど、どうした!?」


「……どうやら、上で誰かがコントロールをいじったみたいで、上に行かないようになっているみたいだ」



「なんじゃと!? そ、そうかクローディアか! これが動かなければ、容易にここへは来れない!」



 リゥが心当たりに思い当たった。

 エレベーターを封じておけば、教会を制圧したとしてもならず者達はそう簡単にこの遺跡へは行けなくなる。

 そう考えたクローディアは、上でエレベーターの制御版をいじり、上に来ないよう細工を行ったのだ。


 教会にこっそりしのびこんだリゥのことをクローディアは知らない。


 ならば、誰も地下にいけぬようそうしても不思議はまったくなかった!



「こ、このままでは上に、地上に戻れないではないかー!」



 リゥの叫びが、暗い地下に響いた。




──クローディアの覚悟──




 教会、聖堂内にあるエレベーターの入り口。

 そこにある制御盤のパネルをはずし、内部をいじる人影が一つ。


「……これで、下に行った箱が地上に戻ってくることはないわね」


 光の回路がいくつもきらめき、知識のないものが見てもさっぱりわからないそれを見ながらクローディアはつぶいた。

 下にリゥとアズマがいると知らない彼女は、少しでも時間が稼げるようエレベーターを上に戻らないよう制御をいじってしまったのだ。


 このエレベーターは四隅にあるレールで上下するものなので、上からつるすためのロープは存在していない。長い竪穴を箱だけが移動するタイプだ。

 ゆえに、人を乗せるあの箱がなければ、地下五十メートルほどもある竪穴しか残らない。


 これで、クローディアが倒れ、ヤツ等を道連れに出来なかったとしても少しは時間が稼げるだろう。



「ふう……」



 教会内のあちこちに爆弾も仕掛け終わり、最後の戦いの準備も終わった。

 仕掛けた爆薬で遺跡は壊せずとも、入り口を土砂で塞ぐことくらいは出来るだろう。


 例え時間稼ぎにしかならなくとも、無意味。というわけではないはずだ。

 街から人もいなくなり、遺跡も埋まってしまえばその利用は長い時間防げるというのが彼女の目算だった。



 クローディアは用意したライフルを握り、迎撃のためみずからの『相棒』の待つ砦壁の上へと向かい、その壁にもたれかかるよう腰を下ろした。


 東の空が、うっすらと白くなりはじめている。

 暗闇の中から、教会の姿が浮かび上がってきた。いつも子供達の声でにぎやかだった中庭にはもう、誰もいない。

 いつもなら皆が寝ている部屋にも人の気配はない。


 鶏や牛といった家畜も、逃がしてしまった。



 とても、静かだ……



 ここに残っているのは、クローディアただ一人だ。


「……」


 もうじき夜があける。

 そうなれば、あの凶悪な一団がここを攻めてくるだろう。



(……これで、終わりか)



 やることがなくなり、待つしかなくなると考えなくてもいいことを考えてしまう。



(無理。だったんかねぇ……)



 白みはじめた空を見上げ、彼女はそんなことを思った。



(強くもないアタシが、一人で背負いきれない荷物を抱えて。たった一度見ただけで憧れたあの背中のマネをして、それが幻想だったと知り、それでも幻の『理想』を守るため、『アーマージャイアント』を名乗って。強がって強がって強がって。でも、やっぱりだめで……)



 考えるのは、不安と恐怖ばかり。

 それは当然だ。


 どれだけ強がったとしても、彼女に待つ未来は絶望の敗北という文字以外ないのだから。



 いくら相棒の『アーマージャイアント』が強かろうと、本物の『アーマージャイアント』の持つ『光の杖』には到底かなわない。

 例えその装甲で耐えたとしても、生身の人間である自分が狙われたらおしまいだからだ。


 あの伝説にして最強の武器に勝機を見出せるほど、彼女は正気を失ってはいなかった。



『アーマージャイアント』



 彼女がその存在を知ったのは、彼が伝説の英雄として名をはせる前のことだった。



 その時、彼女の村は戦争に巻きこまれた。

 兵士と兵器が入り乱れ、どこの兵ともわからない兵士が村を焼き払った。


 あれは本当に戦争だったのだろうか?


 ただ虐殺しに来たカイブツだったんじゃないかとさえ思うほど、それは酷いものだった。



 住んでいた村が、家が壊され、その瓦礫に閉じこめられた村の人を助けることさえも出来なかったあの時。


 まだ生きのある知り合いを助けようとして、瓦礫に手をかけ、ツメをはがした。


 必死に生きようとする自分達を、ソレは見逃さなかった。


 黒く光る銃口が私をとらえ。

 そして、それは表情一つ変えず、私を撃つ。



 ──私はなにもできず、ただただ震えているしか出来なかった。



 銃のノズルが、光を発したあの刹那……


 そう。その刹那。



 光をさえぎる背中が、私を守ったんだ……



 あの巨大な背中。後に『アーマージャイアント』と名を知る、英雄が……




 ──あの日私は救われた。




 突如として現れた白銀の巨人はソレをなぎ倒し、瓦礫に押しつぶされた知人を救ってくれた。



 助けに来てくれたのは、その人だけだった。

 でも、その人だけで十分だった……


 英雄はたった一人で全ての敵をなぎ払い、私達を救ってくれた……



 あの日の戦いは、記録には残っていない。

 英雄の戦いは、非公式なものでしかない。


 誰の記憶にもない。


 それでも私は彼に命を救われた。



 ──そして、アタシは彼に憧れた……



 だが、西部に来て、時が流れ、あの日の幻想は幻だったことを知る。


 英雄の本性は、英雄ではなかった。

 血と暴力を好み、力を求めた暴君だった。



 あの日自分を救ってくれたことも、ただ血を求めて暴れた偶然の結果だったのかもしれない。



 本物と名乗る『アーマージャイアント』と西部で出会い、彼女はそう思った。



 あの日の憧れは、彼女の記憶が都合よく解釈しただけの幻だった。

 本物のアレは、人質さえ平然ととる、卑怯と無法の塊だった。


「ええい……!」

 嫌なことを思い出したことに気づき、クローディアは頭を振った。


(アタシは、決めたんだ!)


 気づけば、体が震えているのがわかった。

 体がこわばって、思うように動かない。



(この力で、守るって! みんなを、アタシが、守るって……! だから、動けよ。アタシの、足!)



 恐怖が体を縛り、このまま立ち上がらぬよう釘付けにしようとする。


 これは、街の皆も味わっている恐怖。日々怯え、抵抗する意志さえ奪われた、死への恐怖。

 クローディアはソレを必死に否定し、恐怖に震える足に力を入れ、壁を支えにして立ち上がる。



(それをなんとかできるのは、アタシしかいないんだから!)


 遺産を手にした自分でさえこれだけ怖いのだから、力を持たぬ人々はこの何倍怖い思いをしているのだろうか?



(あの時、私も、私の村も守ってくれた、あの背中のように……! 例えここを狙う『アイツ』が本物でも、あの時の背中が幻だったとしても!)



 心に喝を入れなおし、守るべき人を思い出し、守る理想を心に灯し、彼女は壊れそうな心をなんとか繋ぎとめ立ち上がった。


 彼女が自分で『アーマージャイアント』を名乗った理由。

 それは、自分の理想を体現しようと決めたからだ。



 理想からかけ離れた英雄ではなく、自分自身が理想の英雄であろうとしたからだ。



 ゆえに彼女は、この場から逃げない。

 例え死ぬこととなろうと、彼女の理想とする英雄はこの街を、人々を守るからだ!


 それが、彼女にできる、唯一の足掻きだからだ。



 恐怖に怯え、泣いている皆を守れるのは、自分しかいない。自分にしかできない。クローディアは、そう思っていたし、そう思いこんでいた……




 夜が、あけようとしている。




──開拓者達──




 ルルークシティ。

 街長の家。


 夜明けが近い。

 戦いを好まない街長にも、今の空気がいつもと違うことが感じられた。

 遠くから、なにか恐ろしいものがやってきている。


 そんな、終わりの気配がその肌にヒシヒシと伝わっているのだ。



「……」


 街長はまとめた荷物を床に置き、窓の外をじっと見る。

 その背には、必要な物をまとめ、寝室から出てくる彼の妻の姿があった。



「なあ、お前」



 部屋から出てきた妻の気配を感じ取り、彼は口を開いた。



「なんです? あなた」



 どこか温和そうな婦人が窓の外をじっと見つめる夫の背中を見る。

 夫の視線の先にあるのは、街外れの教会だ……


 それだけで、彼女はなにかを悟る。


 

「私は、愚かなのかもしれない。でも、やらなければ絶対に後悔すると思うんだ」


「そうですね」

 背を向けたまま喋る夫を見て、彼女は優しくうなずいた。



「だから……」



「わかっています。こっちは私に任せてください。馬車くらい、私が操れますし、街の人達もまとめます。これでも、あなたの妻なんですよ?」


 街長が、驚いたようにふりかえる。



「お前……」



「でも、一つだけ」

 婦人は、なにか覚悟を決めたように一度目をつむった。


 一呼吸おき、ゆっくりとその言葉を吐き出す。



「今日の夕飯は、あなたの好きなクリームシチューですからね」



「……」

 街長はぐっと拳を握る。


 テーブルに投げ出してあった使ったこともない銃を手にとり、自分の妻を見た。



「行ってくるよ!」



 彼は覚悟を決め、家からとび出した。



 家の外に出ると、同じように保安官がライフル片手に家から出てきたところだった。


 自然と、二人の視線が合う。



 覚悟を決めた男二人は、顔を見合わせ、うなずいた。


「行きますか」

「行きましょう」



 街長が手にするのは、弾の数も心もとない拳銃と、倉庫から引っ張り出してきたショットガン。それと、妻と交わした約束だけだ。

 相方の装備も似たようなものだ。なんとか弾数だけはあるリボルバーと、狩りのためのライフル。そして、シェリフのバッジ。



 どちらも、あのならず者の一団より粗末な武器だろう。



 だが、この二人。


 街長と保安官は、朝もやと、それにも負けず舞う土ぼこりの中、教会への道を歩き出す。

 震える足を、勇気というなの無謀で押さえつけ。フロンティアスピリッツをその胸に刻み。



 ざっざっざっざと、街のストリートをたった二つの足音だけが響く。



 すると、その足音に呼応するように、一つ。また一つとその足音が増えだした。



 酒場のマスター。服屋の親父。商店の店主。


 手には古びたライフルや、弾が出るかも怪しいリボルバーなど、どれもみすぼらしい装備ばかりだ。



 男達は互いの装備を見て顔を見合わせ、自分達の愚かさを笑いあった。




 それでも、歩みは止まらない。




 その足音は、これから迫る一団に比べれば頼りない物だろう。だが、纏う気迫は決して劣ってはいないはずだ。


 それらの足音が、次々と増えてゆく。



 ルルークシティに存在する、男の数まで、増えてゆく!



 ルルークシティの男達が、もてるだけの武器を持って、立ち上がったのだ!



「……」

 教会の真正面に立つクローディアの相棒。自称『アーマージャイアント』がなにかに気づいた。


 視線を敵が来るであろう教会の正面から、街の方へ変えたのだ。



「?」


 教会の砦壁に座るクローディアもその異変に気づき、壁を背にしながら凹凸からのぞいた。



 クローディアはそれを見て、ぎょっとする。



「な、なにしに来たんだあんた達! 逃げろと言ったじゃないか!」


 驚いて立ち上がり、その一団。

 やってきたルルークシティの男達を見た。



「聞こえるかクローディア! 俺達はな、破滅を待つだけの家畜なんかじゃねえ! あんたに負けないフロンティアスピリッツを持った開拓者なんだよ!」

 保安官が叫ぶ。


「俺達にだって、意地があるんだ!」

「だから。だから守らせろ! 俺達の街を! 俺達の誇りを!」

「そうだ! 一人で格好つかせたりさせねぇ!」

「ここは、俺達の街だ!」

 街の男達が拳を突き上げ、声を上げた。



「嘘、だろ……」



 それは、クローディアも予想していなかった一団だった。

 ありえない一団だった。


 絶対に死ぬ。

 この戦いにおいて、それは確定した未来だ。


 だというのに。



 だというのに、彼等は来た……



「……」


 彼等の姿を、クローディアは呆然と見ていた。


 そして、気づいた……



(ああ、そうか。そうだったのか……)



 ──私は一人でみんなを守らなきゃと思っていたけど、彼等は守られるだけのか弱い民衆なんかじゃなかったんだ……



 理想の英雄を目指し、たった一人であがこうとして、それはかなわないと悟った今ならわかる。

 こうして彼等が来て、希望を浮かべてしまったからわかる。


(アタシは、私は……『英雄』には、なれない)


 あの『英雄』と、同じことはできない……



 クローディアは、それを今、理解した。



(そうだったのか。アタシはただのクローディア。街のみんなと同じ、『英雄』にはなれないただの人間……)



 だが、気づいた瞬間、クローディアの心がすっと軽くなった気がした。

 心の中に、新しい光が生まれた気がした。


 心に巣くっていた恐怖の闇が、新しく現れた仲間という光でかき消されたのがわかった。



 街の男達の言葉に、クローディアは思わず、涙をこぼしそうになった。



 自分は、一人じゃない……


 自分にはまだ、仲間が、いる……!



「すぐに門を開けるからあがってきておくれ! ヤツ等はすぐにやってくるよ!」


「おおー!」

 開かれた門から、教会の中へと街の皆がなだれこみ、迎撃の準備をはじめる。




 夜があける。




 一日晴天を思わせる雲一つない青空の下、大きく土ぼこりを上げ、馬に乗った一団が教会にむかってきていた。

 その数は五十を超え、どいつもこいつもその面構えは凶悪であり、戦慣れしたようにその口元はにたにたと笑みさえ浮かべている。

 そして、その後ろに小山かと思うほどの大きさの幌馬車がある。

 それに乗る者こそ、戦争の英雄『アーマージャイアント』


 それだけの数のならず者の一団が、教会を目指して突き進んでいた。



 その光景を、クローディア達は砦壁の上から確認する。



 真正面からのぶつかり合い。

 策などない。


 あるのはどちらかが全滅するかの戦いのみ。



 クローディアは周りにいる街の男達に視線を送る。

 彼等の覚悟はすでに決まっているようだった。


 その瞳に、怯えた色はない。


 クローディアは彼らから視線をはずし、真正面を見た。

 そこには、彼女の相棒。ルルークシティの守り神である鋼の巨人が立っていた。



 彼女にもう、迷いはない。



「みんな、最後の戦いだよ! 気合を入れて、そして勝つよ!」


「おう!」


「いくぞお前等! あんな五十人ばかりのならず者に、このルルークシティの俺達が負けるかー!」

「おおー! 俺達の開拓者魂、見せてやるー!」

「開拓したのはテメーのじいさんだがなー!」

「うっせー!」

「おおおおおおー!」



 ときの声が、上がった。



 ルルークシティの未来をかけた戦いが、はじまる……


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