第01話『アーマージャイアント』 中編1
──ルルークシティ──
食事も終わり、アズマ、リゥ、クローディアは市壁と繋がった教会の東門をへてルルークシティまで買出しに来ていた。
「あのまま休んでいてもよかったんだよ?」
「いやー。結局子供達と遊んでいると一緒だし」
「あぁ。確かにそうかもね」
心配して声をかけたクローディアに、アズマはそう答えを返した。
いつの時代も無邪気な子供達はパワフルである。
その上アズマは彼の生まれた国独特の遊び。折り紙や独楽、メンコ、お手玉を披露したことにより、教会の子供達のハートをがっちりキャッチしてしまったのだ。
そのためごろりと横になれるような事態ではなってしまったのである。
「しかもこれ以上一緒に遊んでいると、俺のメンコが全部なくなっちゃうし……」
ぐぬぬ。とアズマは顔をしかめた。
メンコのルールを一応説明しておくと、地面に置かれたメンコと呼ばれるカードを同じメンコをもちいて地面に叩きつけ、その衝撃をもって相手のメンコをひっくり返すというものだ。
ひっくり返されたメンコは相手の物となってしまうという、シンプルだが弱肉強食のルールなのであった。
そんなルールであるがゆえ、ゲームを教えた当人であるにもかかわらず、アズマは持っていたメンコのほとんどを子供達に巻き上げられそうになっていたのである。
当人いわく、寝不足だからしかたがない。なのだそうだ。
「ふん。子供に取り入るのだけはうまいようじゃな」
「そういう君だって俺から何枚もメンコを奪っていったじゃないか」
「それはそれ。これはこれ。じゃ!」
アズマを監視するため顔を出したリゥもそのメンコに参加し、その美しい装飾のカードに心奪われていたが、それはそれ。とそっぽを向いた。
思わず熱中してしまったことを指摘され、顔を真っ赤にして頬を膨らませている。
そのやりとりを見ていたクローディアは手を口に当て、笑いをこらえて肩を震わせてしまった。
「ク、クローディア笑うな!」
「ごめんごめん」
「ふん!」
ぷくっと頬を膨らませたまま、リゥは一人ルルークシティへ向かう足を速めた。
「ほら、早く来い! 手伝うといったのだから、こきつかってやる!」
「はいはーい」
ぷんぷんと頭から湯気を出すリゥを見て、アズマは微笑ましそうに笑った。
「でも、本当にいいのかい?」
「問題ないですって。それに、俺も欲しいものがありますからちょうどいい機会ですよ」
にっと、アズマはクローディアに人懐っこい笑いを返した。
(まあ、それが手に入るかはまた別の問題だけどね)
明るく笑うアズマを見て、売買の当事者でもないのにクローディアはどこか申し訳ない気持ちになった。
こうして彼等は教会を出発し、ルルークシティへやってきた。
クローディアと共にいた、彼女を自称『アーマージャイアント』と名乗らせるあの巨人は教会に残してある。これはあの巨体で街中を歩くわけにもいかない上、教会の守護もさせているからだ。
ルルークシティに存在する建物は、他の西部の例に漏れず、むき出しの土の上に建てられた木造の建物である。
高さはあってせいぜい二階。通りに面した店は入り口の前に木の歩道を持ち、少しでも店構えを大きく見せようとしてある。
その姿は、どこにでもありそうな、まさに西部の街並みであった。
しかし、あるのはその街並みだけ。通常ならば店々が肩を並べるメインストリートなどには作物や狩りで得た獲物を売りに来た街の周囲に住む者達の姿が見かけたりするものなのだが、この街ではそのような商売人の姿はまったく見かけなかった。
通りを歩く人影もまばらで、多くの人達は家々に姿を隠し、まるでなにかから怯えて隠れているかのようだ。
「なんか雰囲気が暗いね」
メインストリートを歩きながら街の様子を見回したアズマがこともなげに言い放った。
だが、その呟きに対し前を歩く二人は店に入ってしまい、答えは返ってこなかった。
カランカラン。入り口ドアにつけられた鈴が鳴り響く。
「いらーっしゃーい……」
客の入りと同時に店の中から暗い声がかかる。
客を歓迎しているというより、ただ反射的に声を返しているというだけの声だ。
「ああ、なんだ。クローディアか……」
「なんだはないだろ。一応客だよこっちは」
店のカウンターに突っ伏すようにしている男が入ってきたクローディア達を見てため息をつきながらそんなことを言いクローディアにたしなめられる。
「客ったってなにを買うんだよ……」
「そうだねぇ……」
店主と思われる男に言われ、クローディアは店の中を見回す。
一緒に少し遅れて入ってきたアズマも店内を物色した。
「……買い物って聞いたけど、物がないね」
見回してアズマから出た率直な感想はそれだった。
棚の中に並ぶ品物らしい品物はほとんど見当たらなかったのだ。
あるのはすぐに必要とはならず長持ちする帽子かけや皿などの代物だけだった。
「そりゃそうじゃ。今この街はお前を襲ったヤツ等によって街道が封鎖されておるからな。街にはいることも出ることも自由に許されず、見つかればお前のように命さえ狙われる。これでは、街に荷を運ぶ商人もここにはこれまい。当然品物も不足する。当たり前の話じゃ」
アズマもクローディアが通りかからなければ、あの男達に連れて行かれこの街にたどりつくことはなかっただろう。
それがこの街をとりまく街道や荒野で行われているのだから、物流などあったものではない。
ルルークシティは今、そのようにして兵糧攻めを受けているのである。
ある程度、ミルクや卵などの家畜の品や野菜などの自給自足の代物はあるが、いずれジリ貧になるのは目に見えていた。
「なっ!? てことは今日発売予定の月刊隣のおねーさんは入荷していないってこと!?」
「ああ。それなら当然入荷していねぇな。俺も愛読しているから、残念でならねぇよ。いつもならもう入荷しているってのになっ……!」
「そんなっ……! 俺はそれを希望にしてがんばってがんばって歩いてきたってのに!」
店主とアズマ。二人は悔しそうにこぶしを握った。
その悔しがりようといったら、店主が物がないと言った時の何百倍も悔しそうに見えた。
「いや、なんじゃそれ……」
リゥがどこか呆れたように二人を見る。
「なにっ!? 知らなかったのかリゥ!」
「知らないのなら説明してあげよう。月刊隣のおねーさんというのはね……」
「リゥに変なこと教えたら、頭、潰すよ?」
「「すんませんしたぁ!」」
リゥに詰め寄ろうとした男子二人の頭を後ろからむんずと掴み、クローディアは凄んだ。
その凄みは、間違いなくその頭を潰すという覚悟がヒシヒシと伝わってくるほどのものだった。下手をすると、頭以外のタマが潰されてもおかしくないレベルの。
「? ? 一体なんなんじゃ」
「リゥは知らなくていいんだよ。ね?」
「はい! 俺そんなもん買いに来てませんから!」
「はい! ウチそんなのとりあつかってませんから!」
男子二人は直立不動に背筋を伸ばし、最初にいた位置へと戻っていった。
リゥは一人わけがわからないと首をひねっている。
ちなみにだが、月刊隣のおねーさんとは今でいうちょっとエッチなグラビア雑誌である。え? 補足はいらない?
「ともかく、今日は毛布と皿を買いにきたんだよ。見ての通り、一人居候が増えそうだからね。これならあるだろ?」
「ああ、それならあるね。毛布は奥から持ってくるからちょっと待っていてくれ」
レジに戻った店主が入ってきた時と同じようにけだるげな雰囲気をかもしだしながら答えを返した。
まるで、さっきの月刊隣のおねーさんなんて話題はなかったかのようだ。
「それってつまり、俺の?」
「当然じゃろう」
「あー、ならさ」
そう言うと、アズマは右手で腰にあるベルトポーチをあさった。
「これ使ってー」
ぽん。とそこから取り出したのは一つの巾着袋。
それを、クローディア達に向かって放り投げた。
「なんじゃ?」
手に取ったリゥが、それを広げる。
店主もクローディアも、好奇心にかられのぞきこむ。
「うぅえ!」
目が飛び出すほど驚いたのは、店主。
中に入っていたのは、金貨と紙幣。それも、けっこうな量だ。
これだけあれば、通常の街でなら一ヶ月は遊んで暮らせるだろう。
「これ、支払いに使ってー」
アズマはにへっと笑った。
しかし、そんなアズマを三人は唖然とした顔で見返す。
「あれ? どしたの?」
クローディアとリゥの顔を見て、アズマは首をひねった。
アズマは、簡単に言えば行き倒れである。
普通は、その行き倒れが金を持っているとは思わない。前の街で食い物を買えるだけ買って、それでも倒れたのだろうと思うから。
「い、行き倒れの癖に、金をもっているとか、よくよく計画性がないんだのう、お前……」
リゥは呆れ、情けない者を見る目でアズマを見ていた。
「いやー。遺跡の中でお金はあるけどなにも買えないってのは中々に面白い状況だったね。パンを買うだけのお金はあるのに物はない。あれほどマネーの無力を思い知った時はなかったよ」
はっはっはと気楽に笑った。
アズマを見るこの場の人達の目は、とても残念な生き物を見る目だった……
「ともかく使っておくれ!」
どこか誤魔化すように、アズマは胸を張った。
「い、いや、気持ちはありがたいんだけどね……」
「はぁ……」
アズマがえっへんとふんぞり返る中、クローディアがどこか申し訳ない顔をして、リゥがため息をついた。
それを見てアズマも、あれ? という顔を浮かべる。
「さっきリゥが言ったように、今この街はヤツ等に街道を封鎖されていて物流が死んでいるわけなんだよ」
「はい」
「だから、物が入ってこないから、この街じゃ今、金に意味がないんだよ。生きるために必要なものを物々交換が基本なのさね」
「マジですか?」
「クローディアがお前を騙してどうする。この街では金などあっても紙切れ同然じゃ」
呆気にとられるアズマにリゥが説明を補足する。
「なんてこった。ここでも同じ弊害があるなんて! せっかくお金持っているのにー!」
がくり。と、アズマは膝をついた。
「まあ、その気持ちだけは受け取っておくよ。こいつは街が元に戻った時使いな」
クローディアはそう言い、巾着袋をアズマに返し、物々交換用に持ってきた教会で飼育している鶏の卵とミルクを雑貨屋の店主に渡し、毛布と食器を受け取った。
──サムライ引渡し要請──
「……はぁ」
ルルークシティ中央にあるサルーン(酒場)入り口に続く短い階段。
そこに座って酒瓶を片手にため息をつく男が一人いた。
ちょっと小太りで、仕立てはいいがだいぶくたびれたシャツに、吊り上げズボンと蝶ネクタイで決めた、オールバックのおじさんである。
もっとも、せっかく決めた服もオールバックも今はだいぶ乱れているが。
この人こそ、この街の首長。いわゆる街長である。
「……はぁ」
また、ため息が漏れた。
ちらりと、視線を酒瓶を持たぬ手へと向ける。
街長の酒瓶を持たぬ右手には、一枚の手配書が握られていた。
それは、『アーマージャイアント』と呼ばれる元英雄の手配書だった。
いわゆる、賞金首の手配書である。
その賞金はなんと五百万ドル。
もちろんデットオアアライブ。生死は問わずだ。
一攫千金。夢の賞金と言わざるを得ないほどの額である。
ちなみにだが、この時代の一ドルの価値は、『今』に換算した値の約十倍あると考えればわかりやすいだろう。
「はぁ」
それを見て、街長はまたため息をついた。
この手配書。いや、この手配書にうつる賞金首こそが、街長がため息をつき頭を悩ませる原因である。
このルルークシティへ続く街道やその周囲を封鎖し、物流を止め、教会の下に眠る遺跡を要求している一団のボスだ。
そんな戦争の英雄に狙われているのだから、彼は気が気ではない。
しかも、頭を悩ませるのはそれだけではない。
自分ではどうしようもないことなのだが、それでも街の首長として考えざるをえないことがあり、それによって頭を悩ませる。
そうなるとどうしても酒の量が増え、現実から目を逸らそうと昼間だというのにその力に頼ってしまっていた。
ちなみにだが、その酒もすでに総量はそうはない。酒場にもだ。
「はぁ」
「街長じゃないか。どうしたんだい?」
買い物の帰り道、酒場への階段に座っている街長の姿にクローディアが気づいた。
「ん? あぁ。クローディアかい。今日もまた、街の外で旅人を襲っていたヤツ等を撃退してきたんだって?」
顔を上げた街長が、クローディアに気づいてそう言葉を返した。
どうしようもない状況の中、唯一の希望が彼女だ。
彼女の持つ『遺人』の遺産。彼女が自称する『アーマージャイアント』としての根拠の巨人。それはあの伝説の英雄に抵抗できるかもしれない力だからだ。
遺産のある街を狙ってきた手下の軍勢を、あの遺跡の巨人は何度も撃退している。
彼女の力があるから、いまだこの街は無事であり、彼女の頑張りがあるから、この街が存在できている。
あの巨人がここにあるから、ヤツ等もうかつに手は出せない。というわけだ。
だからこの街は、兵糧攻めを受けている。
「ええ。その時拾ったのがここにいるアズマよ」
彼女は定期的に外を見回り、狩りをするついでにヤツ等を追い払っているのだ。
「拾われました!」
顔を上げた街長の言葉に、荷物持ちをまかされているアズマは元気よく片手を上げ答えた。
「そうかい。はぁ……」
しかし、そんなアズマを見ても大きな反応も見せず、大きなため息だけをついた。
「どうしたんだい? いつもなら食い扶持が増えるとか街の維持が大変だとか愚痴をこぼすってのに」
街長の態度を見て、クローディアが首をひねった。
流通がほぼないこの街で人が増えるということは死活問題だ。
街の首長としては、人が増えることは困るのである。が、今の彼は別のことに頭を抱えているように見えた。
「今日、見つけたのはその子だけかい?」
「そうだけど?」
「そうか。実はな。ウィルソンのヤツがもう耐えられないと嫁さんと子供をつれて朝早く街から逃げ出していたようなんだよ」
「なんだって!?」
街長の言葉を聞き、クローディアは飛び上がらんばかりに驚いた。
直後身をひるがえし、街の出口へと走り出そうとする。
「とまれクローディア。冷静になれ」
走ろうとするクローディアの前にリゥがとび出し、小さな両手を広げその歩みを止めた。
「今朝出て行ったというのじゃから、今更追っても追いつけん」
「ぐっ……そうだね……」
リゥにとめられ、冷静さを取り戻したクローディアは残念そうに肩を落とした。
時間はすでに昼もまわってしまっている。朝いなくなったというのなら探すにはもう時間がたちすぎていた。
「そうさ。クローディア。わたし達にできることはこうして無事逃げられるよう祈るだけさ……」
街長も、また頭をたれ、ため息をついた。
先ほどアズマに説明したように、今この街は『アーマージャイアント』を名乗る男を首領とする一団に狙われている。
そいつらによって街道は閉鎖され、街の外へ逃げようとするものに目を光らせている状態なのだ。
万一逃がせば、外から援軍を連れてこられるゆえ、ならず者達も必死。見逃せば今度はならず者達の命が危なくなるからだ。
そうして目を光らせるヤツ等から逃げ出すのはまさに至難。
逃げ切れるかどうかはまさに神頼みに近かった。
街道が封鎖されていることは知っているのだから、逃げるとすれば荒野を行くしかない。それでもアズマのように見つかってしまえばあの荒くれ者の餌食となる。
どこをどう逃げたのかもわからないだから、探しようもないのが現状だった……
ゆえに、そのウィルソン一家に対してできることは、無事を祈るしかない。
「……ヤツ等の根城さえわかれば!」
悔しそうにクローディアがこぶしを握った。
敵は馬を使う騎兵隊。
それゆえ神出鬼没。移動範囲も膨大。であるがゆえ、あの鋼の巨人を有するクローディアとでは機動力が違いすぎ、撃退はできてもその逃げた先までは追えないのが現状だった。
あの遺産の巨人は強大であるがゆえ、敵も街道を閉鎖し、兵糧攻めという手段に出ているという理由もある。
「ヤツ等め。クローディアを恐れておるから真正面から戦おうともせん。本当に汚いヤツ等じゃ!」
クローディアの姿を見たリゥも、同じように拳を握り憤った。
「……」
それを聞いていたアズマは、なにか考えごとをするようにアゴに手を当て考えをめぐらせた。
(『アーマージャイアント』の名を出しているというのに様子見をしている。これはなにか思うことがあるんじゃないか? ひょっとして……)
そこでなにか引っかかることにでも気づいたのか、なにかを口にしようとしたその時だった。
ガガガ、ピー!
アズマの思考は、突然の異音によりかき消されることとなった。
突然、耳を覆いたくなるようなハウリング音がルルークシティを襲ったのだ。
皆驚き、家の中にいた者は外へ顔を出し、外にいた者は耳をおさえ空を見上げる。
「い、いきなりなんだい!?」
「なんじゃ!?」
いきなりのことにクローディアもリゥも耳を押さえ、空を見た。
『俺様の声が聞こえるか?』
「っ!」
耳を覆いたくなるような音量の声が聞こえてきた。
それは、言うなら質の悪いスピーカーで声を出力しているかのような声だった。
ところどころ激しい雑音も混じっているが、その声だけははっきりと聞こえる。
「この声は……!」
クローディアに、この声は聞き覚えがあった。
一度、自分の『相棒』と相対したことのある声だったからだ。
「街長! 街長!」
見張り台にいる保安官バッジをつけた男が唖然として空を見上げる街長を呼ぶ。
そちらを見ると、見張り台の上にバッジをつけたやせこけた男がいた。
彼はこの街で唯一残る保安官だった。
クローディア達が保安官を見ると、保安官は手招きをし、さらに街の外を指差した。
街長をふくめたクローディア達は一斉にそこへと走り出す。
足の長いクローディアを先頭に、次いでアズマ、リゥと続く。お腹がぽんと出た街長はひいひい言いながら街外れにある壁に併設された見張り台へと走る。
はしごを上り、見張り台の上に顔を出す。
「クローディアか。あっちを見てくれ!」
保安官が指差す方をクローディアは見た。
「やはり、『アーマージャイアント』!」
その視線の先には、一つの軍団があった。
馬に乗ったカウボーイ崩れのならず者達がずらりと並び、その後ろに小山と見間違えるほどのサイズの幌馬車があった。
十六頭もの馬によってひかれるド級の馬車。
クローディアの視線の先は、その馬車にむけられている。
クローディア以外にも足の速い街の者が近くの見張り台や市壁の上へと顔を出した。
それを感じ取ったのか、巨大な幌馬車の屋根がぐらりと動く。
屋根が、変形をはじめたのだ。
幌馬車の幌が、まるでオープンカーの屋根が収まるかのようにたたまれてゆく。
幌の中にあったそれが、姿を現した。
灼熱の太陽が鈍い白銀の光を反射させる。
そこから現れたのは、まさに巨人だった。
くすんだ白銀の全身鎧に身を包んだ巨人。それが巨大な幌馬車の中からゆっくりと立ち上がった。
太陽の光を反射し、その鎧が鈍く光る。
頭部のフルフェイスの兜には相手を威嚇するまがまがしい角がつけられ、その手足は信じられないほど大きい。
顔は、そのフルフェイスの兜によりうかがい知ることはできない。ただ、真っ赤に光る瞳だけがらんらんと輝いているように見えた。
その姿は、前時代の騎士のようにも見えた。
全長は十メートルはあるだろうか。
人とは思えぬ巨大な姿に、それを見た街の者達は目を剥いた。
「な、なんだあれは……」
姿を現した鋼の巨人を見て、保安官が声を震わせ怯えの色を見せた。
「あれが、ヤツ等の首領。『アーマージャイアント』だよ」
「あ、あれが……」
かつての戦争で敵軍に無敵、最強と恐れられた英雄の姿を目の当たりにし、保安官のおびえがさらに強くなった。
「へー。あれが……」
「ついに姿を現しおったか……」
クローディアに遅れて見張り台の上にきたアズマとリゥがその巨人を見た感想を述べた。
リゥはどこか怒りをふくんだ視線を向け、アズマはどこか物珍しいものを見るかのような目だ。
ちなみに先ほどの荷物は、見張り台の根元に置いてきた。
「ひい、はあ……い、一体、なにが起きてるんだい……」
最後に息を切らせながら街長が見張り台のはしごをあがる。
保安官とクローディア。そしてアズマとリゥがいる見張り台の上は少々手狭だったが、なんとか全員そこにのることが出来た。
街長以外の足が遅い者達も、同じように他の見張り台の上や市壁の上に顔を出す。
「で、でかい……」
「ほ、本当に巨人じゃないか……」
顔を出した街の男が、その姿を見て怯えたような声を上げた。
街の者達も、伝説の英雄である『アーマージャイアント』の姿を見るのは今回がはじめてだった。
それでも、伝説そのままの巨体を見て、あれがそうなのだということはすぐに理解できた。
人知を超えるようなその巨体。それこそがまさに伝説通りだったからだ。
それはまさに、伝説の『アーマージャイアント』の名に相応しい姿だった。
多くの街民の視線を浴びた『アーマージャイアント』が合図を出すかのように左腕をあげる。
すると、巨人の前にいたならず者達が動き、二本の丸太を立ち上げた。
『た、たすけてくれえぇぇぇ!』
『お願い。お願いだから息子だけはあぁ!』
拡声された、雑音混じりの悲鳴がその二本の丸太からあがった。
丸太が悲鳴を上げた。のではない。
丸太には、男女一人ずつの人間が荒縄で縛りつけられていたのである。
「あ、あれはウィルソン! ウィルソン夫妻じゃないか!」
街長が驚きの声を上げた。
ウィルソン夫妻と言えば、先ほど話題にあがった今朝ルルークシティを逃げ出した夫婦の名である。
「やっぱり……」
だから言ったんだ。と、保安官は助けを求める二人から視線をはずした。
『さあて。てめぇら。ルルークシティのバカ野郎ども。こいつらは無謀にも街から逃げ出そうとして捕まった哀れなご一家だ』
再び最初に響いた声。『アーマージャイアント』の声が街に響く。
最初の声から待ちの時間があったのは、これを見せるため人が集まるのを待っていたからなのだ。
『お前達はこの二人の無事を存分に確認できただろう。ここにゃいねぇが、こいつ等の息子も俺様達が丁重にお預かりしているところだ』
「っ!」
その忠告を聞いた瞬間なにかを考えていたクローディアの動きがとまった。
目に見えない場所に別の人質がいる。
それはつまり、下手な手出しをさせないようとする忠告と気づいたからだ。
『いつもなら見つけ次第ぶっ殺して見せしめにさらしてやるところだが、今日は少々趣が違う。今日の俺は、少々の慈悲がある。だから、お前達に選択肢をくれてやることにした!』
ざわり。と見ていた者達に動揺が走った。
ヤツ等の目的は教会の地下にある『遺人』の遺産。
人質をとってなにかを要求するということは、つまりはそういうことなのだろう。
誰もがそう思った。
しかし……
『この二人とガキの命を助けたければ、サムライを俺様に差し出せ!』
要求された選択肢は、彼等にとって謎のものだった。
「さむ、らい……?」
「な、なんだいそりゃ……?」
街長と保安官が呆気にとられた声をあげた。
「カ、カシラ?」
驚いたのはルルークシティの住民だけではなかった。
同じような予測をしていたのは住民だけでなくその手下も同じだったからだ。
まさか人質をとって要求するのが遺跡やあのデカブツではなく、あの自称ガンマンのサムライ小僧なのだから驚きもするだろう。
「なんだ?」
「な、なんでもありません!」
ぎろりと睨まれた手下は即座に折れた。
なにかを言い出せば、間違いなくこの頭が果実を叩き割ったかのような惨状になるのが目に見えたからだ。
きっとこの英雄には凡人には欠片もおよばない考えがあるのだろう。
その知略を欠片も理解できずにそれを聞こうとした自分の愚かさを男は後悔した。
決して、その巨大な足で踏み潰されると思ったからではない。決して。
『十分だけ待つ。それまでにサムライを差し出せ! そうすればこいつらを解放し、さらに子供も返してやろう! 十分だ。十分だけだ! いいな!』
街や手下の困惑など気にも留めず、『アーマージャイアント』はそういい切った。
鋼の巨人は、それだけ言うと腕を組み、オープンになった幌馬車の椅子にどっかりと座りこむ。
以後、じりじりとした不快なスピーカーの音も消える。
スイッチが切られたのだ。
すべての質問は受け付けないように。
街の外からの言葉が止まり、要求がそれだけだとわかった瞬間、ルルークシティの中ではざわめきが大きくなっていった。
要求に従わなければ間違いなくウィルソン夫妻とその息子は殺されてしまうだろう。
しかし……
「さ、さむらいって一体なんなんだよ……」
「聞いたことあるか?」
「いや、ない……」
街の者ほぼすべてが、サムライという単語すら知らない状態だった。
一体なにを要求されたのかわからない状態だった!
「一体、なにを要求しているんでしょう……?」
「さあ。アタシにもわからないね」
見張り台の上に立つ街長の疑問にクローディアが答える。
「ひょっとして、さむらいというのが遺跡の名前なのでは?」
「いや、そんなわけはないはずだよ」
保安官の言葉を、これまたクローディアが否定する。
サムライという言葉は、あの遺跡の巨人を持つクローディアですら初めて耳にする名前だったのだから。
遺跡を渡せと言われれば間髪いれずにノーと答えただろう。
だが、それがただのモノであれば交渉が可能となるわけで、それゆえ、彼等はサムライとはなにかを考える。
「あ、それ、俺のことだ」
街長と保安官。そしてクローディアがサムライとはなんぞやと話をしていると、アズマがぽん。と手を上げ自分を指差した。
「「「「は?」」」
三人が同時になにを言っているんだと、アズマを振り返った。
「ほら、俺の格好を見て。これは、俺の国の装束で、特にこの刀と呼ばれる者を持つ人のことをサムライって呼ぶんだ。だからあの人達は、俺のことを差し出せって言っているんだろうね」
「……」
クローディアはアズマが『アーマージャイアント』の手下ともめていたのを思い出した。
その際、彼をサムライだと知っている者がいてもおかしくはないと思い当たる。
となると、別の人にその格好をさせて送り出す。というのはできないということも意味していた。
「そ、そうか。なら、君が行けば……」
「馬鹿を言うな! アズマをヤツ等に差し出せというのか!」
市長の言葉にリゥが噛みついた。
結局のところ、サムライは遺産や物ではなく人だった。
その人を簡単にわたせば一体どうなるのか。それは簡単に予測のつくことだった。
「だ、だが……」
「そもそもサムライを、アズマを渡したからといって、ヤツ等が素直にあの二人を返す保障もあるまい!」
「……」
街長はリゥの言葉に言い返すこともできず、黙ってしまった。
「そ、そうですよ街長。彼等は街を見捨てて逃げた。なら……」
「保安官。街を守るあんたがそれ以上言っちゃいけないよ」
「……」
はっと気づいた保安官の考えを、クローディアの言葉がさえぎる。
クローディアの言葉にはっとし、保安官はそのままうつむいて黙ってしまった。
「だが、どうするんだ! この子も見捨てない。ウィルソン一家も見捨てないなんて言っても、どちらも無事に済ますなんてそんな良策あるものですか!」
「……」
「……」
街長にそれを言われ、リゥもクローディアも即座になにかを返すことはできなかった。
こんないきなりの事態に、良い案などは、ない。
この場合で一番の良策はやはり、サムライを名乗るアズマに行ってもらうのが一番だと思えた。
ゆえに、街長と保安官の視線は自然とアズマへ集まった。
「ちょ、ちょっと待て。そもそもアズマ、お前自分がサムライだと言ったが、お前はさっき自分をガンマンだと名乗っておったじゃろう!」
良案を模索していたリゥがふと思い出した。
教会で自己紹介をしていた時、アズマは確かに自分をガンマンだと言っていたのだということを思い出したのだ。
「言ったねぇ」
「な、なら彼は本当は違うのに自分はサムライだと言い出したのか!?」
自分がサムライだと言い、あのウィルソン夫妻を助けるためみずから行こうと言い出したのなら、それはその身を犠牲にするといっているという意味でもあり、驚くべきことだった。
「確かに、俺はガンマンだけど、サムライであることも事実だよ」
「なら、そのサムライであるという証拠を見せろ! でなければ、そう、ダメだ!」
リゥの言葉は必死であった。
それは、自分より頼りないアズマを行かせてどうするというおせっかいな気持ちがあったからだ。
しかし、そんなリゥの気持ちにアズマは気づかないのか、アズマはやれやれと肩をすくめ、その証明に着手した。
腰に納めた刀に手をかける。
その左手で、ぽんぽん。と、その刀を撫でた。
皆の視線が、そこに集まる。
「この刀という代物。それは、サムライの魂そのものであり、これこそがサムライをサムライと言わしめている一品であるんだ……」
しんっ。
アズマのその説明に、見張り台の空気に緊張が走った。
アズマの語りは静かで、ゆっくりとしたものだというのに、どこか邪魔してはいけない雰囲気と緊迫感をかもし出しているからだ。
少年の手にあるその反り返ったナイフのようなもの。
よく見れば、漆黒の漆塗りによって艶めいた鞘は美しい輝きを放ち、鞘に巻かれた紅色の下緒はその鞘の艶を一層引き立てている。
柄も同様に黒であり、ツバにも地味ながら美しい装飾が施されているのがわかった。
まじまじと見れば、それはとても美しいナニカをおさめた一品のように見えた。
この中におさめられた刃も、きっと美しいに違いない。そう確信してしまうほどだったのだ。
それこそが、サムライの、ひいては目の前にいる少年の魂……
「刀を持ったサムライとは、それはまさに武の化身。たった一人で無類の強さを持つ、一騎当千のモノノフという意味を持つ。それを知るあっちの人は、俺を恐れ、人質をとってまでその強さを封じようとしているんだろうね……!」
アズマの言葉を耳にする全員が、どこか畏怖を持って聞いていた。思わず、その腰にある魂に敬意を払ってしまいそうになるほど、なにか不思議な感覚に襲われたのだ。
それは、その刀と呼ばれる代物が、サムライの魂と言われるだけの神秘性があると感じさせるなにかがあるという意味でもあった。
つまり、その刀というモノを見れば、誰もが彼をサムライだと納得するということでもある!
アズマは刀を持ち上げ、右手に柄。左手に鞘を持ち、左の親指で、ツバと呼ばれる個所を押した。
すると、ちゃっ。と、固定された個所が抜ける。
これで、刃が簡単に引き抜けるようになる。銃で言えば、安全装置を外したような状態。
この安全装置を外す所作を、『鯉口を切る』という。
安全装置の外れた刀を、アズマはゆっくりと引き抜く。
すると……
きゅっぽん。
なんて空気が抜ける音と共に、鞘から刀が抜けた。
アズマはそれを、天にかかげる。
皆の注目が集まる。
そのサムライの魂とさえ呼ばれる刀が一体どんなものかと期待していたからだ。
だが……
だが、その視線の先に、刃はなかった。
柄とツバ。そして、唯一鞘と刀身を鞘から容易に抜けないよう固定するためのハバキと呼ばれる箇所のみが、アズマの右手にはあった。
だというのに、ハバキから先にあるべき刀の刃。それは、どこにもなかったのである!
「……なぜ、刃がない?」
ふふん。と目をつむって刀をかかげるアズマを見て、リゥが口を開いた。
他の人達は唖然として反応が遅れたからである。
「……ん?」
目を開き、アズマは自分の刀の先を見た。
「あ、こいつはうっかり。東の遺跡でなくしてそのままだった」
リゥに指摘されたアズマは、こいつはいけねぇ。といそいそとそれを鞘に戻した。
そして、誤魔化すかのようにてへっと笑う。
「アホかー!」
「きゃいん!」
背中からリゥのツッコミ頭突きを食らうのだった。
その瞬間、周囲を漂っていたどこか畏怖さえ感じた緊張感も霧散する。
(こいつはダメだー!)
みんなはそう感じたそうな。
「お前がガンマンを名乗っていたのはつまり、その魂をなくしたからか! そりゃ納得じゃ! ってアホか! お前は本当にスカタンじゃ!」
「てへへ。その通りなんだけどさ」
「本当なのかせめて言い訳くらいしろ!」
照れるアズマにリゥの叱責がさらに飛ぶ。
「だってガンマンカッコいいじゃん!」
目をキラキラさせ両拳を握り、アズマは言い訳を話した。
「よーし、そこになおれ。とりあえず見張り台から叩き落してその性根叩きなおしてやる!」
笑顔で額に怒りマークを浮かべたリゥは、アズマをこの見張り台から叩き落そうと腕をまくる。
落ちて頭を打てば性格とか記憶とかいろいろ変わるかもしれないからだ。ショック療法というヤツである。
「うそうそ。ガンマンカッコいいは嘘じゃないけどサムライのたま……」
アズマがさらに言い訳を続けようとしたその時。
カッ!!
ルルークシティの上空を、巨大な光の奔流が駆け抜けた。
巨大な光のライン。
それが、街の外にいる『アーマージャイアント』のいるところから描かれたのである。
誰もがその光に驚き、空を見上げる。
空気が焦げたのか、パリパリと空が小さくスパークしているのが見て取れた。
それは、昼に流れた流れ星。いや、それは、光の川が流れたようである。
ルルークシティの上を突き抜けたそれは、街の反対側にある荒野に突き出した岩山に命中した。
ゴゥッ!!
岩山に命中したそれは、まるで小さな太陽が生まれたかのような光を生み出した。
その岩は一瞬にして赤熱し、直後爆発する。
そこにあった岩山が、瞬きと共に消えてしまった。
その威力。それはまさに、伝え聞いた伝説の『光の杖』そのままだった。
空を見上げた保安官が、ぺたんと尻餅をつく。
『残り、五分だ』
光の尾が消えるのと同時に、再び質の悪いスピーカーから『アーマージャイアント』の声が響いた。
つまり、あの一撃は威嚇射撃ということになる。
「あ、あれ、が。伝説の『光の杖』……」
空を見上げる街長が、唖然としたように呟く。
戦場において無敵を誇った『アーマージャイアント』の伝説。
その伝説を彩る『光の杖』
全てを破壊する、伝説の力。
その伝説の力をこうして目の当たりにしたのは、彼らも初めてだった。
それは、逆らうという気さえ起きなくなるほどの一撃であった……
「すっげぇ。こんなことができるのにわざわざ俺を指名する。それってつまり、俺がそれだけ恐れられてるってこと!?」
俺、すげぇ! とアズマは拳を握った。
「んなわけあるか! これはクローディアの『アーマージャイアント』をヤツが恐れているからじゃ。じゃからヤツも近づいてこない。お前が指名されたのはそのサムライの事情をヤツ等が知っていて勘違いしているせいじゃ。クローディアと手を組まれると厄介じゃとな。そうに違いない! でなければ、貴様を間近で見た瞬間間違いなく間違えたと納得するのが目に見えておる!」
「うんうん」
なぜか街長と保安官もうなずいた。
唯一クローディアだけは苦笑いを浮かべていただけだが、勘違いするという点に関しては否定はしなかった。
「あれー?」
おかしいなー。とアズマは首をひねった。
そりゃあサムライの魂をどこかでなくしてくるようなスカタンと、伝説の英雄も欲しがり警戒される太古の遺産とが同等の存在であると見てもらえるはずもなかった。
誰もが英雄の勘違いだと思うのは、目の前のアズマを見れば当然だろう。
「と、ともかく、ここで話している時間がない。どうすればいいんだい!」
「そ、そうだ。このままじゃウィルソンだけでなくこの街まで焼き払われてしまうよ!」
街長と保安官が慌てふためく。
アズマの相手をしていただけで時間が半分になってしまった。ウィルソン夫妻の命どころか自分達の命までかかっているような状態なのだから、二人が焦るのも無理はなかった。
「そうそう。時間もないし、ご指名は俺なんだから、ここは俺が行ってくるよ」
一方、自分の命がかかっているかもしれないというのに、この少年には余裕があった。
まるで、自分ならばなんとかできる。という自信があるかのようだ。
「子供だってまだ捕まっているみたいだし、ついでにそっちも助けてくるし!」
アズマは全員に向け、親指を立てつつウインクを飛ばした!
「……」
そんなアズマの姿を見て、場にいる全員が不安の表情を浮かべた。
こんな子供の発言に説得力など欠片もなかったからだ。
これは明らかな蛮勇。いや。なにも考えていないただの阿呆の考えなし以外ありえない。
だが、こんな子供を、相手は望んでいるのも事実だ。
例え、なんらかの勘違いや手違いだったとしても。
保安官も街長も、先ほどのリゥの発言に心の中では納得していた。
「決まった……!」
アズマは一人、感動をかみ締めている。
「いや、そこでなぜ感動する。しかも口に出す。ついでに皆呆れてものがいえんだけじゃぞ……」
皆唖然としているのを見て、自分の自己犠牲発言で皆感動していると勘違いしたアズマは喜びと共にこぶしを握っていた。
しかしリゥが即座にそれを否定する。
「……違うの?」
「どうしてお前のあの有様でお前に出来ると考える……」
リゥは、ため息をついた。
「そうかなー。俺、嘘を言ってはいないんだけどなー」
「確かにお前はウソを言ってはいない。出来ると信じておる。じゃが、それは自分の力を過信して出来ないことを出来ると信じている愚か者の発した言葉でも同じことじゃ」
リゥはエルフの秘術を使い、人の心の真贋を見分けることが出来る。
その力をもちい、アズマの言動に嘘はないと把握していた。しかし、出来ると信じているからといって、それが本当に出来るかはまた別問題だ。出来ると信じていても、それが実現できないことは確実にある。
いくらアズマが出来ると言っても、今回のそれは間違いなく後者でしかない。
ここでアズマがのこのことむかえば、間違いなくヤツ等に捕まり、どんな目にあわされることか……
「じゃから……」
「ストップ」
行かせるわけにはいかない。
リゥがそう言おうとしたところで、その言葉をアズマが手でさえぎった。
「俺を行かせられないって意見だけなら言っても意味がないよ。俺を行かせず、かつあの人達の命、そしてその子を救う策があるというのなら口を開くべきだ」
「っ……!」
アズマの言葉に、リゥも言葉を詰まらせた。
アズマを行かせず、かつあの人質にとられた夫婦を救い、しかも他に捕らえられたその夫妻の子を救う手立てなどリゥにはなかった。
彼女はエルフ。人間に使えぬ秘術も使えるが、今彼女の使える秘術は心の真贋を読む力のみ。これではあの夫妻を救うことは不可能だ。
この状態において最善の手段は、ウィルソン夫妻の息子を救い、その安全を確保してから夫妻を救出すること。だが、残り時間も少なく、息子の居場所もわからない現状でそれは不可能だ。
なら、この場で取れる最善の手段は、この街とはなんの関係もないアズマを差し出し、あの夫妻を解放してもらうしかない……
だがそれは、アズマの命を捨てろと言っているのと同意義。
リゥにはそんな選択をすることはできなかった。
「……そうだね。わかったわ」
クローディアが口を開いた。
「アズマ。あんた、ちょっと行ってもらえるかい?」
「なっ!?」
「えぇっ!?」
リゥと街長が驚きの声を上げる。
「自分で行くって言い出したんだから、ちょっとくらい痛い目にあう覚悟はあるんだろ? なら、アタシに考えがある。アンタも、ウィルソンの息子も救ってみせるよ!」
クローディアは力強く拳を握った。
迷っている時間はない。
クローディアの考えに乗り、彼女達は動き出す。
──邂逅──
「……てめぇがサムライか」
ここは、『アーマージャイアント』のアジト。
ぽっかりと開いた空虚な目玉のような洞窟の前に、大きくとられた広場がある。
そこはその手下達が中心に焚き火を置いて宴会などを行ったり、『アーマージャイアント』によってなんらかの指示があった際手下達が整列する場所でもある。
その広場の周囲には手下達が寝泊りするテントや馬止め、さらに馬車などがあった。
その広場の中心に手かせをつけられたアズマがぽつんと立ち、その周囲をならず者の男達がニヤニヤとした笑みを浮かべとりかこんでいる。
唯一男達のいない場所。洞窟の前には幌馬車の屋根がたたまれ、椅子と化した馬車に『アーマージャイアント』が座っていた。
真っ赤な瞳がアズマを見おろし、先ほどの台詞がゆっくりととび出したのだ。
「おい。カシラが聞いているんだ。答えろ小僧!」
アズマを囲む手下のならず者から野次にも似た声が飛ぶ。
飛ばしたのは一番最初にアズマとであった出っ歯の男だった。
「もう一度聞く。てめぇがサムライか?」
もう一度。地獄から響いてくるかのような低い低い声が場に響く。
「いいえ。今の俺は、凄腕のガンマン。サンダラーアズマです!」
アズマは笑顔で答えを返した。
その答えを聞いた瞬間、野次を飛ばした出っ歯の男と隣にいた小太りの男の顔が青ざめた。
カシラである『アーマージャイアント』にそんな口を聞くなんて、自殺願望でもあるんじゃないかと思ったからだ。
彼等のボスは彼等ほど甘くはない。下手なことを言って機嫌を損なわせれば一瞬にしてその頭を潰されてしまうからだ。
それは、いくらどんなアホな人間だとしても『アーマージャイアント』の姿と威圧感を見れば簡単に想像がつくはずだ。
「アニキ、やっぱアレ、ただのアホっすよ」
「言うな。カシラに聞こえたら俺等にまでとばっちりが来るぞ」
サムライについて報告してしまったおかげでボスはサムライにご執心となったというのに、それが期待はずれだったら今度は自分達にまで類がおよぶ可能性がある。
それを恐れて出っ歯の男は我関せずを決めこんでいるのだった。
「……ガンマン? あぁ、確かに生意気にも銃を帯びてやがるじゃねーか。おい」
「へ、へい!」
アズマの腰にまだ銃と刀が残っているのを見た『アーマージャイアント』は近くにいた部下にそれを取り上げるよう指示した。
カシラに視線をむけられた出っ歯の男と小太りのが、背筋にばねでもしこまれたかのようにはねあがり背筋を伸ばす。
大慌てでアズマに駆け寄り、その命令のままアズマの腰にある銃をホルスターから引き抜く。同時に、その弟分である小太りの男はアズマの腰からその刀を引き抜いた。
「ああ、俺のサンダラー」
サンダラーとは銃の種類のことである。
サンダラーアズマと名乗るサンダラーとはこの銃のことをさしているのだ。もっともこの銃は、サンダラーという名の銃ではないのだが……
それを出っ歯の男にもっていかれ、アズマはしょんぼりと悲しそうな表情を浮かべた。
「おい。それはこっちだ」
小太りの男が取り上げたアズマの刀。『アーマージャイアント』はそれを自分のもとに持ってくるよう指示を出した。
「へ、へいっす」
小太りの男がアズマの刀を『アーマージャイアント』へと運んでゆく。
「サムライの、カターナっす」
うやうやしく、小太りの男は刀を『アーマージャイアント』へ渡した。
「うう、せっかく拾ったのに……」
「……」
出っ歯の男に銃を持っていかれ悲しむアズマを横目に見ながら、『アーマージャイアント』はまるで爪楊枝のような対比サイズとなってしまった刀を引き抜くことにした。
「わくわく……」
それを、小太りの男は少しだけ胸を高鳴らせながら見る。
彼はその祖父からサムライの噂を聞いている。尊敬する祖父があれほど恐れたサムライの刀。その現物が見れるというのだから興味がないわけがなかった。
刀をつまみ、『アーマージャイアント』が力をこめる。
きゅっぽん。
そんな、空気が抜けたかのような音を立て、刀のない柄とツバ。そしてハバキだけしかない刀が鞘から抜けた。
「……」
「……」
その光景を見て、場が微妙な沈黙に包まれる。
誰もがその鞘の中いっぱいになにかが納められていると想像した。ナイフのようであるから、きっと刃物であると誰もが思っていた。
しかし、引き抜いてみると、そこにはなにもなかった。
鞘に納められたそれに、刃がついていなかったのである。
誰もが想像していた光景と、まるで違う光景がそこにあった。
「……」
「……」
ひじょーにビミョーな空気が場に流れている。
ちなみにアズマは、広場の外に捨てられ飛んでゆく自分の銃を名残惜しそうに目で追っていた。自分の魂である刀の行く末など、興味もなにもないかのように。
「はぁ……」
刃のない刀を見た『アーマージャイアント』がため息をついた。
その吐息は、まさに落胆。というため息であった。
あきれたように、『アーマージャイアント』はその手につまんだ鞘と刃なし刀を適当な場所へぽいっと投げ捨てる。
「あー。俺の魂ー」
投げ捨てられ、砂に突き刺さった刀を見て、アズマがやっと、少し悲しそうに嘆いた。
しかし、その反応を見て『アーマージャイアント』はさらに落胆する。
その魂という言葉は、いかにもとってつけたような言葉だったからだ。アズマの興味はむしろ、投げ捨てられた銃に注がれているように見えた。
「どうやら違ったみてぇだな」
知識として『アーマージャイアント』が知る本物のサムライならば、自分の魂である刀があれだけ雑にあつかわれれば激昂して当然だろうと考えていた。
刀とは魂。刀とはサムライの誇り。サムライそのもの。
だが、ここにいる自称ガンマンのサムライ小僧の反応はどうだ。とてもじゃないが、それを魂と思っている反応ではない。むしろ銃をとられた時の方が寂しそうでだったではないか。
(聞くと見るとじゃ大違いだな。噂は単なる噂か。なら、俺の計画の障害にはなりえねぇ)
こんなヤツが本物のサムライであるとは到底思えない。
どうやら、ただの杞憂だったようだ……
リゥが考えたとおり、アズマを目の前にした『アーマージャイアント』はこいつは違う。とあっさり判断した。
「もういい。どうやら障害にもならねぇただのガキだったようだ。おい。こいつも牢屋に放りこんでおけ。はした金にはなるだろう」
「へいっ!」
「……っ!」
視線をむけられたボサボサ頭の男と無口の男がアズマを両脇から抱え、広場の隅にある堅牢なつくりの馬車へと運んだ。
床板から天井まで堅い木の板で作られ、片側には格子がはまった牢屋型の馬車だった。
これは、商品として捕まえた人間を捕まえるのと同時に、それを見せるため作られた牢屋兼移動用の代物である。
「くすん。くすん……」
「ううっ……」
「どうして、どうして私達を……」
「……」
馬車の中では、膝を抱え泣いている少年を左右から抱きしめる男女。ウィルソン夫妻が身を寄せ合って慰めあっていた。
サムライのアズマを引き渡された『アーマージャイアント』達は、アズマを捕らえてもウィルソン夫妻を開放せず、そのままここにつれてきてしまったのだ。
あの場で開放されたのは、夫妻をくくりつけていた丸太だけだったのである。
約束どおり、こいつら(丸太)を開放してやった。というわけだ……
そして馬車の中にはもう一人。
ルルークシティへ商品を運ぼうとしていた商人も捕らえられていた。
その商人の男も、夢も希望もなくしたようにただ入り口を無言で見つめているだけだ。
「おら、入れ!」
「手かせ。せめて手かせをはずしてー」
「うるせぇ!」
牢の中にいる四人は手かせもついていないのだから手かせくらいははずしてと抵抗するアズマだったが、ボサボサ頭の男はそんなこと聞き入れず、牢屋の扉を開けてアズマを放りこんだ。
二、三度牢屋の床を転がり、アズマはその真ん中へと転がりこむ。
格子の扉が、勢いよく閉められ、外からガチャリと鍵がかけられる音が響いた。
牢屋の中央に転がったアズマが顔をあげる。
さすがにあんな勢いで入室してくれば、ウィルソン一家も商人もアズマの方へと視線を向けていた。
その視線に気づいたアズマは、にっと笑顔を作り。
「ふふっ。四人とも安心するといい。助けに来たよ!」
顔をあげたアズマは、決め顔でそう言った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「くすんくすん」
「もう、ダメだ。僕達はヤツ等に殺されてしまうんだぁ」
「ああ、あなた……」
「はあ……」
「せめてなにか反論とか欲しいなぁ……」
アズマはなにかツッコミを期待していたようだが、そんな余裕のある者はこの場に一人としていなかった。
……
…………
「どうやら、この先にヤツ等の根城があるようだね」
たくさんの馬車、馬が通った跡を確認し、クローディアが呟いた。
アズマを捕まえ、さらに人質を解放しないのならばヤツ等は間違いなく自分達の根城に戻ると彼女は予測していた。
姿を見せた『アーマージャイアント』。その上あれだけ巨大な幌馬車。さらに五十近い男達が一斉に移動すれば、その痕跡を消すのは容易ではない。
ゆえに、今回ならば追えると考えてアズマを一度差し出したのである。
さすがに相棒である遺産の巨人を連れてくるわけにはいかなかったが、根城を確認し、人質を解放できれば今後の戦いを少しは有利に進めるというものだ。
「待ってなよ。必ず助けてやるからね……!」
馬車のわだちの残る荒野を見て、クローディアは拳を握り締めた。
──謀略──
日も傾き、オレンジ色が大地を染め上がる。
そろそろ夜のお楽しみ。夕飯の時間が迫ってきていた。
「あ、そういやアニキ。おれっちちょっと疑問があるんす」
「なんだ?」
弟分である小太りの男の雰囲気が、いつもと違っていた。
ない頭で必死に考えたのか、なぜか真剣な顔をしている。
その表情を見て、出っ歯の男も表情を引き締めた。
「カシラは、なんでこんなめんどくせえことするんすかね? もっと手っ取り早く、街のヤツ等ごと皆殺しにしちまえば手っ取り早いのに……」
小太りの男は、少し声を潜めながら聞いた。
声を潜めたのは、これが『アーマージャイアント』に聞かれれば非難していると思われ潰されかねないからだ。
耳にした出っ歯の男もどこか複雑な表情を浮かべる。
それは、自分でも感じていた疑問だったからだ。
そう。最もな疑問。最強の英雄『アーマージャイアント』が、その力を持って、完膚なきまでに叩き潰してしまえばいいのに、なぜやらないのか? ということ。
その右手にある『光の杖』を使えばいくらあの遺跡の巨人といえども簡単に倒せるはずだ。
それを、なぜやらないのだろう……
疑問に思うのはもっともなことだった。
だが、出っ歯の男はため息をつく。
「カシラが考えていることなんぞ俺達がわかるわけねーだろ。そもそも俺達とあの人は頭も体の出来もちがうんだから」
「そ、そうっすね。そうっすよね」
「だが、一個だけわかる。カシラはあの遺跡をマジで手に入れようとしているってことだ。俺達はただしたがっているだけでいい。カシラはな、あの『アーマージャイアント』なんだぞ」
そこまで言われ、小太りの男も確かに! と目を輝かせた。
あの地獄のような戦争で英雄と呼ばれた人が上についているのだ。なにか考えがあるに違いない!
そう確信すると、小太りの男の腹がぐー。っとなった。
出っ歯の男も、その音を聞きやれやれと呆れる。
「現金なヤロウだ」
「でへへ。そろそろ飯っすから」
笑いながら、彼等はアジトの広場へとむかう。
夕日がさしこみ、アジトを囲う岩が長い影を生み出している。
アジトに残るならず者達も、この時間帯はどこかそわそわした態度を見せていた。
食事が近く、どこかいい匂いが漂ってきていたからだ。
誰だって食事は嬉しい。美味しい食事は誰だって楽しみだ。
夕飯は毎日当番が変わり、食事係がいるわけではない。
その日の当番が誰かが狩ってきた獲物や商人から奪った材料を使って料理を作る。
大体が男の料理であったが、それでも食事というものは楽しみであるのは同じであった。
「お、今日はなんだ? 妙に豪勢じゃねぇか?」
「そうっすね。酒樽まで用意してあるっす」
食事当番が用意する夕飯を見て、出っ歯の男と小太りの男が舌なめずりをした。
今日はいつもと違い街のヤツ等を挑発じみたことはしたが、それ以外大したことのない日だったはずだ。だというのに宴会のような感じになっているとは、予想外に嬉しいことだった。
「それに関して、てめぇらに一つ伝えておくことがある」
洞窟の中から『アーマージャイアント』の声が響いた。
突然の声かけに、食事をつまみぐいしようとした小太りの男が体を跳ねさせた。
それ。とは食事のことを指していたのだが、小太りの男にとってはあの会話が耳に入ったのかと思ったからだ。
今日の当番の男も手をとめ、周囲で好き勝手していたならず者達もボスが潜む闇の穴へ注目を集める。
「今日、こいつが成功すりゃぁ暴れるのを必死に我慢してきた時間も終わる。あのデカブツとも戦わずにあの遺跡が手に入るだろう」
「えっ?」
「マジですかカシラぁ!」
ならず者達が『アーマージャイアント』の言葉に驚き、喜びの声を上げる。
ならず者もしょせんは人間。いくら強がろうと、自分の何倍もある鉄の塊と戦うのには恐ろしさもあった。
それを避けられるというのだ。喜ぶのも無理はないだろう。
「この豪勢な食事はその前祝いみてぇなもんだ。いいかてめぇら。今夜、あの女は間違いなくここに飛びこんでくる」
「ど、どういうことですかカシラ?」
誰も『アーマージャイアント』の言っていることが理解できず、顔を見合わせ首をひねった。
ここであの女。というのは十中八九クローディアのことだ。だが、あのエセシスターが敵である自分達(ならず者達)のたまるこの場へノコノコやってくるわけがあるはずなかった。
その中で出っ歯の男が代表し、詳しい説明を求めたのである。一応この男、『アーマージャイアント』を除くとこの一味を代表するくらいには偉い男なのである。
洞窟の中で、手下の男達に対して大きな落胆のため息が漏れたのが聞こえた。
そんなこともわからねぇのか。と『アーマージャイアント』が落胆したのだろう。
「簡単な話だ。今日さらったヤツ等を助けるために来るんだよ。俺が、そう仕向けた」
この言葉が伝わった瞬間、ならず者達に大きな動揺が走った。
彼等がイメージしたのは、あのクローディアが遺跡の巨人を伴ってここを襲撃するイメージだったからだ。ボスである『アーマージャイアント』ならば『光の杖』で楽勝だろうが、自分達があのデカブツに襲われたらひとたまりもない。
ねぐらを襲われるなんてまっぴらごめんの状態だからだ。
手下どもが震え上がったのを見て、洞窟の中でまた『アーマージャイアント』が落胆したのが感じられた。
「だからてめぇらはその程度なんだよ。ヤツの目的は人質の救出。なら、目立つあのデカブツなんざつれてこられるわけがねぇだろうが」
「あっ!」
カシラの言葉に彼等ははっとした。
だから『アーマージャイアント』はわざわざ街から逃げたヤツを生かしてつれてきたのかと理解する。
あんな売っても官憲に目をつけられるだけで危険な大人をなぜ生かしておくのか、それが理由だとわかったからだ。
ひょっとするとそのためにあのサムライ小僧を要求したのかもしれない。
彼等の中で、今日つれまわされた謎の理由がいろいろつながり、やっと納得のいくつながりとなった。
あのデカブツなしのクローディアとおまけでやってくる可能性の街の男達ならば、彼等は負ける気などしなかった!
「そして、あの女をとっ捕まえることができれば、あのデカブツはただの置物になりさがる」
あの鋼の巨人はクローディアの命令で動いていることを彼等は知っている。
ならず者達はクローディアの左手につけられた通信機によって命じられているとは知らないが、巨人がクローディアの言うことのみを聞いているということだけは知っていた。
ゆえにここでクローディアがいなくなれば、あの街を守る守護神に命令を出す者が存在しなくなるということになる。
「まさかカシラ。こいつが今回の?」
「そうだ。だからワザワザ俺様まで出向いてこの場所を教えてやったんだ。いいかてめぇら。お前等は今日酒を飲んで宴会をしていりゃいい。策の成功で宴会していると思わせ、人質のところへ誘い出す。それが、てめぇらの仕事だ!」
「つまり、俺達は酒を飲んで騒いでいりゃいいってことですね!」
「そういうことだ。だが、間抜けにも酒に飲まれて見逃すなんてことにはなるんじゃねぇぞ」
「は、はいぃ!」
地の底から響くような言葉に、ならず者達は背筋をぴんとただし、返事を返した。
宴会をするのはいい。だが、油断しての失敗は許されない。
もし失敗すれば……
無残な結果が想像できた。
だが……
「あ、あのカシラ……」
「あぁ。捕まえたあの女はてめぇらの好きにしろ。遺跡を手に入れた後の街のヤツ等もな」
「いやっほぉい! さすがカシラ。話がわかるぜ!」
出っ歯の男の疑問にあっさりと答え、手下達は飛び上がって喜んだ。
欲望に忠実な彼等だ。当然綺麗な女が手に入るとなれば大喜びする。
となれば、命の危険の失敗も恐れず宴会にいそしめるというものだった。
それを洞窟の中から見た『アーマージャイアント』は大きなアゴを動かしにやりと笑った。
彼等のボス、『アーマージャイアント』は生身のクローディアに興味はなかった。今あるのは『遺人』の遺跡とその遺産のみ。
ゆえに、捕らえた女など手下にくれてやり好きにさせても痛くもかゆくもない。
「さあ、きやがれ。ノコノコここにやってきた時。てめぇは終わり、あの遺跡もてめぇのデカブツも全部無傷で俺様のものになる。すべて、俺様の掌の上だ!」
洞窟の中に、『アーマージャイアント』の笑いがこだました。
「そういうことか。だからてめぇら命があったんだとよ。そっちのガキもどこか余裕があったのはそういうわけだったんだな! だが、ウチのカシラの方が一枚上手だったようだぜ!」
少しはなれたところにある牢屋。
その見張り当番だったボサボサ髪の男が牢の中にいるアズマを見てにやりと笑った。
「あらら。見破られとりますがな……」
「助けというのはそういうことだったのか……」
「そんなっ。見破られていたとなったらもう終わりじゃない……」
「くすん。くすん」
「……」
牢の中にいたアズマを除く人質が全員絶望の顔を浮かべる。
唯一、能天気なアズマだけはのほほーんとしたままだった。
「こりゃまずいね。このままだとおねーさんもいっかんの終わりだ」
「そんな悠長なことを言っている場合か! 助けも来ないんじゃ僕達はもう絶望するしかない!」
「あ、あなたが街から逃げ出そうなんていうから!」
「お前だって反対しなかったじゃないか!」
「うわあぁぁぁん」
ついに限界の訪れたウィルソン夫妻は喧嘩をはじめ、その子供は泣き出してしまった。
「うるせえ。黙ってろ!」
牢屋の格子を殴られ、夫妻はびくっと体を震わせ黙り、その息子もまた声を潜めて泣き出した。
「相手の方が一枚上手だったか。こりゃ俺が一肌脱がないとダメか……」
床に転がったままのアズマが、小さく呟いた。
「おじさん。おじさん」
「あぁん?」
ボサボサ髪の男にアズマが話しかける。
「宴会するみたいだけどさ。ご飯て俺達ももらえるのかな?」
「……」
「かな?」
「……それだけ元気があるんならもう二、三日飲まず食わずでいて大丈夫だな」
「そんなっ!」
ボサボサ髪の男が呆れたように牢屋から視線をはずした。
むしろ牢番の役目など無視し、はじまろうとする宴会に参加しようとしている。
今夜は牢番はいらないのだ。なぜならここを手薄にして、クローディアに救出のチャンスだと思わせなければいけないから。
自分を無視し行ってしまったボサボサ頭を見て、アズマは首をひねる。
「おかしい。これでも俺、かなり弱っているってのに……」
床に転がりながら、ご飯がもらえないのはおかしい。おかしいと首と体をひねった。
一般的に言って、捕まって救出が来ないかもしれない絶体絶命の状態でこれほど軽口を叩いて笑っているような奴がそんなことを言っても説得力の欠片もない。
牢の中で膝を抱え震える商人は思った。
(絶望で頭がおかしくなったのか、それとも現実が見えていないのか。どちらにしても、状況が好転することなんてない……)
アズマの余裕の源がなんなのかは誰にもわからなかったが、一つわかるのは、こいつは普通のヤツじゃない。ということだけだった……
夜の帳が落ちる。
唯一の対抗策を持つ女性を罠にはめる為作られた、宴会がはじまった
──人質逃走大作戦──
パチパチと火花が弾け、焚き火の炎が舞う。
広場の中心に作られた焚き火を囲み、男達は酒をあおり、今日の食事係が狩ってきたバッファローの丸焼き肉を口に運ぶ。
「ははっ。さすがカシラだぜ。酒を飲んで騒いでいるだけでいいなんてよ」
「ダメっすよアニキ。一応外に注意をむけとかないと」
「おいおい。なに言ってんだよおまえは」
小太りの男の言葉にボサボサ髪の男が笑いながら、酒をあおる。
注意を向けるというが、結局人質のいる牢屋馬車はここを通ってゆくしかなく、誰にも見つからずにあの場へゆくのは至難の業であった。
だが、あえてそれを可能にさせなければならない。
宴会に興じてワザと隙を作り、あのクソ女。クローディアを誘い出さなければならないのだから。
「だから、こうして飲んで騒ぐのは作戦なんだ。カシラがそういったんだからしゃーねーだろ」
「そうそう。その通りよ!」
「そう、っすかねぇ?」
「……」
首をひねる小太りの男に対し、無口な男はそのままうなずいて肉を頬張った。
今夜の牢番も、宴会に参加してしまっている。
人質のいるところが手薄だと思わせ、相手を誘いこませる策でもあるからだ。
ゆえに、誰も注意を払っていない牢屋の扉がゆっくり静かに開いたことに、誰も気づかなかった。
そこから出た少年が宴会の外周を歩き、ほうり捨てられた自分の銃を回収し、砂場に突き刺さったままになっていた柄と鞘をひろい、再び腰に戻したのも、誰も気づかない……
「つーわけだ。油断を演じなきゃならねぇからな。おら、ドンドン酒もってこい。肉もってこい!」
「そうっすね! 飲んで歌うっす!」
「ああ、つらい。酔いつぶれたフリとか、マジでつらいな」
「まったくだぜ!」
ボサボサ髪の男と出っ歯の男が同時に笑う。
「そうですよねー。油断を誘うって、ホント大変です。あ、この肉美味しい」
出っ歯の男の隣に座った少年が切り分けられた肉を口にし舌鼓を打った。
「ああ。今日のはうまい具合に焼けてるもんだぜ。今日のはあたりだな」
「そうっすね!」
丸焼きという男の料理であったが、今日の料理当番の火の加減は絶妙であった。
「これでミルクがあったら最高なんですがねー」
皿に盛られた肉を口にし、少年は残念。と息を吐いた。
「ミルクたぁなに言ってんだお前。今日は酒だろ。酒!」
少年の言葉に、出っ歯の男はなに馬鹿なことをと笑う。
この酒は、今牢屋に捕まっている商人が運んでいたもので、今日まさに飲み放題の一品なのだ。
「えー。ないんですか。残念だ」
「ったりめーだろ。ミルクなんてすぐダメになるもの、こんなとこにあるわけねーだろ。ガキかてめー……ん?」
「はい?」
ここで、出っ歯の男はなにか違和感に気づいた。
真横でバッファローの肉を頬張っている少年。そう。少年なのだ。これは、おかしい。
出っ歯の男は酒を飲む手をとめ、改めて横を見る。
違和感は、やっぱり正しかった。
そこにいて肉を美味しくいただいていたのは、牢屋に入っているはずのサムライもどきの小僧。アズマだったからだ。
「てっ、ててててててめぇ!?」
「ふいー。美味しかった。こんだけ食べればもうエネルギーは十分。ご馳走様でした」
慌てる出っ歯の男を尻目に、アズマは両手をあわせご馳走様の念をとなえる。
それと同時に、小太りの男やボサボサ髪の男もアズマがいることに気づき、その場で立ち上がった。
「な、なんでお前がここにいるんすかー!」
「お前、手かせはどうした!」
アズマは牢番であったボサボサ髪の男が面倒くさがり、手かせをつけたまま牢屋に放りこんでいた。だというのに、今はその手は完全にフリーである。
アズマはそちらへふりかえり。
「すぽっと引き抜きました!」
空中で見えない手かせを手で作り、その輪から手を引き抜いてみせるジェスチャーを見せた。
「普通ぬけねぇだろアレ!」
ありえないとボサ髪の男が吼える。
「つーか牢屋はどうやって出たんだ!」
「普通にあけました!」
「どうやって!?」
出っ歯の男も驚きに声を上げる。
「ともかくっ!」
困惑する男達を尻目にアズマは手を大きく上に上げた。
パチン!
とアズマは指を鳴らす。
直後……
ひひーん!
突然馬がいななき、宴会会場となっている広場へ一台の馬車が飛びこんできた。
それは、牢屋として使われていた、先ほどまでアズマが入っていたはずの牢屋馬車だった。
「なっ、なんだぁ!?」
「いつの間に馬が繋がれていやがった!?」
アレは今動かす予定はない。ゆえに、馬ははずされただの牢屋として使われていた。
だというのにいつの間にか馬が二頭繋がれ、完全に暴走している。
それが、今まで宴会で楽しみの声を上げていた出っ歯の男達のところへとつっこんできている。
あれは牢屋だけあって頑丈だ。
そんなものにひかれれば大の大人といえどもひとたまりもない。
「に、にげろぉぉぉ!」
男達が悲鳴を上げた。
樽を蹴倒し、宴会会場へ乱入するそれを、進行方向にいるならず者達は必死に逃げる。
「とう!」
その暴れ馬車へ、アズマはひらりと飛び乗った。
御者台へ座り、手綱をあやつりムチをいれ、さらにその足を加速させる。
突然のことに混乱した宴会会場の真ん中をつっきり、牢屋馬車は荒野の荒地へと走り出してゆく。
ならず者達は誰もその馬車を止められなかった。
まさか人質のいる側からこんなことをされるなんて想像もしていなかったからだ。
「くそっ。まさかもうあのアマ助けにきていやがったのか!?」
「そんなバカな。広場を通ってあそこに近寄ったヤツは誰もいなかったぞ!」
「ええい、今はそんなことどうでもいい。追え。追うんだ!」
出っ歯の男とボサボサ髪の男が交互に言い合う。
「ダメっすアニキ! 他の馬車も柵からはずされて馬がいねえ!」
「なにぃ!?」
「は、早く捕まえろ! このままじゃ人質すべてが逃げられちまう!」
ボサ髪の男がうろたえる。
このままヤツ等にまんまと逃げられれば……
ちょっと前にカシラが言った言葉が頭をよぎった。
「カシラに俺達が解体されちまう!」
ぞぞぞっと場にいた全員が恐怖におののいた。
「……使えねぇヤツ等だ」
落胆の舌打ちと共に、洞窟の奥から地響きが聞こえてきた。
ならず者達の背中がぞぞーっと震えたのがわかった。
クローディアを誘い出すためあえて洞窟の奥にひっこんでいた『アーマージャイアント』が姿を現す。
広場の混乱をいちべつし、手下が頼りにならないことを即座に判断した『アーマージャイアント』は大股で牢屋馬車が逃げた方へとむかう。
土ぼこりをあげ走るそれを『アーマージャイアント』が視界に捕らえた時にはすでに豆粒のような姿になっていた。
それは、暗闇でも見通せる特殊な目を持つ『アーマージャイアント』でなければ見失っているほどの距離だった。
その距離は、いかに『アーマージャイアント』が巨人とはいえ、追いつくのは用意ではない距離だ。
「なかなか手際がいいじゃねぇか。俺様が相手でなけえれば、ひょっとすると逃げ切れたかもしれねぇな」
どこか感心したような声を上げ、その鎧の巨人は右腕を水平にあげた。
カシャン。
その右腕にマウントされた銃身が伸び、『アーマージャイアント』の視界に照準が映し出される。
ぴぴぴ。と狙いを馬車に定め、頭の中で引き金を引いた。
「死ね」
そう口にした瞬間、銃口に光がともった。
カッ!!
夜の闇を、光が切り裂いた。
まばゆい光があたりを照らすのと共に、地の先に小さな太陽が生まれる。
ならず者達も、その光景をただ呆然と見ているしかできなかった。
どこかキレイささえ感じる小さな太陽。
しかしその先では、その太陽に飲みこまれる馬車の姿があった。
牢屋として使われる堅牢な素材の木が一瞬にして砕け、破裂してゆく。
御者台も荷台もすべて光に飲みこまれ、唯一馬車を引いていた馬だけはその光からほうほうのていで逃げ出すのが見えた。
生まれた太陽のような球体は地をえぐり、大きな破裂を生み出している。
その破裂し、飛び散った岩が一体の馬を襲い、その馬はそれに飲みこまれ消えていった……
肝心の馬車も、間違いなく粉々になり、そこに乗っていた者達も、チリへと消えただろう。
「やりましたねカシラ! 手篭めに出来なかったのは残念ですが、これであのいせ……」
おべっかにやってきた出っ歯の男に対し、『アーマージャイアント』はその手を上げ、馬車を破壊した方向を指示した。
それは、残骸を確かめてこいというジェスチャーであり、万一生存者がいたら始末してこい。という命令でもあった。
出っ歯の男達はその動きにびくりと震え、小さな返事と共に逃げた馬を必死にかき集め、その場へと一生懸命走ってゆく。
あれほどの一撃なのだから、生存者など間違いなくいないだろう。
だというのに、それでも相手を舐めず油断をしていないのが彼等のボスの恐ろしいところなのだ。
しかもそれは、部下だけに任せず本人も確認にむかう。
万一、歩いてゆくボスより到着が遅れたりすれば、その無能な手下はその足に潰されてしまうかもしれない。
彼等はそうなってはたまらないと必死に現場へとむかうのだった。