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第06話 カレン・リッチフィールド その3


──ケイトリンとトーマス──




「やっぱり、僕には無理だよ!」

「無理なんかじゃないわ! せっかくのチャンスなんです! やらなきゃ、いけないんです!」


 カレンとメリッサの隠れていた茂みの先。

 そちらから、二人の男女が口論する声が響いてきた。


「それは、わかっているよ。でも……」


「でも、じゃありません! さあ、かまえて!」

「う、うん……」



 撃鉄のおりた音が聞こえ、たぁん。という小さな破裂音が場に鳴り響いた瞬間。木々の間を小さな風きり音がうねり、小さな物体リゥとカレンの間を通り過ぎ、その先にあった木へ、赤いペイントが炸裂した。


 刹那。メリッサが、そのペイント弾が飛来した方向とカレンの間へ、体を滑らせる。それはまるで、彼女の盾となるようだった。



「な、なんじゃいきなり?」

 リゥが木に炸裂した赤い塗料を見て、その弾丸が飛んできた方へ、視線を向ける。


 自分を守るように立つ背中を見て、カレンはその行為に小さくため息をついた。ありがたいが、どこか迷惑がるようなため息である。


「メリッサ。あれは私達を狙ったのではありません。現に……」



「どこを撃っているんです! そんなへっぴり腰じゃお父様に認められるどころか、呆れられてしまうわ!」



 カレンの指差した先から、そう嘆く女性の言葉が聞こえてきた。

 声と先ほどの話から察するに、意図的ではない。


「……わざとではないようですから、そこまで警戒する必要はありません」

「どうやら、あちらでもペイント弾を試射している者がいるようじゃな」

「ですわね」


 二人はうなずくと、そちらの方へ歩き出した。



 どうやら茂みをこえた反対側で、射撃練習をしている人達がいるようだ。



「ですが……」

 と、制止しようとするメリッサを振り切り、好奇心に負けたリゥとカレンは、茂みをかきわけ、その声のする方へ顔を出した。



 ぱぁん。



 直後、二人の間に、一発のペイント弾が炸裂する。


 丁度、二人の間にあった茂みが、赤く染まった。



「「きゃっ」」



 その不意打ちに、驚いた二人は思わず小さく可愛い悲鳴をあげてしまった。


 流石に顔の真横では、驚きもする。



「えっ?」



 二人の出した悲鳴に、顔を出した先にいた一組の男女も、驚きの声を上げ、茂みから顔を出した二人を振り返る。


 そこにいたのは、頼りなさげな表情を浮かべる、二十歳前半の、ガンマンスタイルに身を固めた、ブラウンの髪をした青年と、シンプルだがつくりのよい身なりに身を包んだ、そばかすの残る、これまた二十歳前半の女性だった。

 銃をかまえるのは、カウボーイファッションの男だが、その服は、あまり着慣れた雰囲気はない。新品のガンマン

用のベストや、ガンベルトを身につけているといった風だ。


 顔を出したリゥ達と、そこにいた二人の目があう。



 二人の間にペイント弾が炸裂し、リゥとカレンを驚かせたことに気づいたその男女は、驚き、あわて、大急ぎで頭を下げた。


「す、すみません!」



「いえいえ。当たりもしなかったのですから、かまいませんわ」


 顔を出したすぐ横でペイント弾が炸裂したというのに、気に留めた様子もなく、カレンは茂みから姿を現した。



「あ、リッチフィールド様!」


 カレンの姿を見た女性は、驚きの声をあげる。



「知り合いか?」

 茂みからカレンの隣に出てきたリゥが、問う。


 リゥも、顔の横で炸裂した赤い汁のことなど、気にも留めていない。

 悪意が、感じられなかったからだ。



 リゥに問われ、カレンははて。と首をひねった。



 まさかこの地で、リッチフィールドの名で呼ばれると思っていなかったからだ。


 この地に自分が来ていることを知っているのは、カーヴシティの市長と、その秘書。およびその関係者だけだ。



 目の前で驚き、両手で口を押さえる女性を見て、記憶の棚を探り、それに該当する人物に、思い当たった。


「ああ、市長の」

「はい。娘の、ケイトリンです。本当に、申し訳ありませんでした」


 ケイトリンはもう一度、頭を下げる。



 カレンが思い当たったのは、市長の娘だった。市長の家での朝食の際、顔をあわせ、紹介を受けただけだったので、声を聞いたり、ちらりと見ただけでは、気づかなかったようだ。



「それと、もう一つ……」


 おずおずと、ケイトリンは顔を上げ、カレンの顔を見た。



 カレンはその視線に気づき、隣にいるガンマン風の男を見て、先ほどの口論を思い出し、どんな状況にあるのか、なんとなく察した。



「わかりましたわ。あなたのお父様に、お二人の関係は秘密ということですね」


 カレンはにこりと笑い、ウインクをしながら、唇の前に人差し指を立てる。



 二人が居たということを秘密にする。というのも、別に不思議はない。


 市長という地位にいる者の娘ならば、その結婚は自由に決められることはまずないからだ。



 いわゆる、政略結婚。権力闘争の道具として使われていても、なんら不思議はない。



 それは、リッチフィールド家という、新大陸においてその富を象徴する家に生まれた、カレンにも同じことが言えた。

 彼女達にとって、自由恋愛は、夢のまた夢であっても、おかしくはない。


 ゆえに、男と一緒に居るというこの状況を秘密にして欲しいというのは、不思議でなかった。



「はい。ありがとうございます!」


 カレンの言葉に、また、ケイトリンは頭をさげた。



「ですが、状況は説明していただきます」


 目の前の二人と、市長の関係がどうであろうと、カレンに興味はなかったが、ペイント弾の試射をしているということは、祭りに参加するということである。


 となれば、カレンの計画の妨げとなる可能性もある。


 ジャックが銃での戦いで負けるとは、カレンも思っていなかったが、彼女達の事情を把握して、下手な工作などは起こらないようにしたいのは、当然の考えであった。


「はい」

 ケイトリンも素直にうなずき、自身の事情の説明をはじめる。



「すでにお気づきかと思われますが、私とトーマスは、お父様に秘密でおつきあいをしています」



 それは、先ほどの口論と、カレンとの会話から、十分に予測された答えだった。


 ゆえに、話を聞くリゥとカレンは、素直にうなずいた。



「ただ、私の父は、そのメガネにかなう人なら、私の相手は、私の自由に選んでよいとおっしゃってくれました」


「あら、それはよいことですね」


 少し深刻さを纏っていたカレンの表情が、緩んだ。



 カレンも、今はいいが、将来突然、知りもしない男と結婚が決まっても不思議ではないから、他人事ではない。



 父親が認めるという前提があるが、ケイトリン自身が相手を選べるというのは、幸運なことだ。

 だが、それで秘密にしているということは、それは、目の前の男が、市長のメガネにかなわない男だということである……


 カレンの哀れみに近い視線を感じたケイトリンは、カレンへうなずき、話を続ける。



「そして、父の認める条件は、とてもシンプルなものなんです」

 なのに、ケイトリンの表情は、優れない。むしろ、苦虫を噛み潰したかのように、苦々しい表情だ。



「それは……?」


 カレンが、うながす。



「それは、勇敢であること……」



 非常にシンプルな条件であった。


 カーヴシティの市長は、この街の治安を守るため、悪漢を相手にみずから銃を持ち、戦うことのできる男である。

 今回のように、雨で川が増水し、船を渡せなくなり、街の治安に不安が出た場合、治安を乱すものを、みずから取り締まることもしている。



 朝、ジャックと出会ったのも、その治安を守るため見回っていたからだ。



 そんな市長が、婿として認める男の条件が、勇敢であること。なのだ。


 ちらりと、カレンとリゥの視線が、ケイトリンの隣にいる男へ向いた。



 その瞬間、男──トーマスという名なのだが──は、びくっ。と体を震わせ、二人の視線に怯えたような表情を見せる。


 その姿は、勇敢であることとは程遠い、頼りない姿だった。



 これではとても、ケイトリンの父に、勇敢であると認めてもらえるとは思えない。



 だが、見た目だけで判断するのは、よいことではない。

 ひょっとすると。実は。という可能性も、無きにしも非ずだ。


 一縷の望みに賭け、カレン達はトーマスへ向けていた視線を、さらにその背後へと向ける。



 直後。




 ぱん!




 男の真後ろで、そんな音が鳴り響いた。



「ひゃああぁぁぁ!」


 トーマスはその音に驚き飛びあがり、さらに、近くにあった木の上にのぼりあがってしまった。



 びくびく震えている男とは思えない運動能力だが、それは、嬉しい反応ではない。



「まさか、ここまで臆病とは、想定以上ですね……」


 そう呆れるようにつぶやいたのは、トーマスの背後で手を鳴らした、メリッサ。


 リゥとカレンがケイトリンの方へ向った後、今まで気配と声を潜めてトーマスの背後に回り、カレンの合図と共に、大きく手を鳴らしたのだ。



 結果が、この大逃走である。



「これでは確かに、胸を張って紹介しにはいけませんわねえ」

「じゃなあ」


 カレンとリゥが結果を見てうなずく。



 むしろ、想像以上の情けなさであった。



「ですが、今日、お父様に認められるような催しが開催されることになりました。ここで活躍ができれば、お父様に認められる。私は、そう考え、トーマスを参加させたのです!」


 彼女は大きく意気ごみながら、拳を握った。

 ペイント弾で死なないとはいえ、ガンバトルはガンバトル。そこで戦うことは、立派に勇敢さを示せる!


「ですけど……」


 その拳が、へにょっと下がる。



 先ほどの体たらくを見ていたら、とてもじゃないが、そこで勝ち残るのは、夢のまた夢に思えた。



「うう、どうせ、僕なんか……」


 木にしがみついたまま、トーマスが自分の情けなさに、声をあげた。



「なにを言うのトーマス! いいの。いざとなったら、この街からはなれて、東部で生活すればいいわ! あなたの力は、むしろそっちの方が生かせるもの!」


 木下に駆け寄り、木にしがみつきめそめそするトーマスに向け、ケイトリンは慰めの言葉を投げる。



「そっち?」

 カレンの疑問が、口に出た。



「トーマスは数字の計算が得意で、経理の資格も持っているんです。ですが、彼の母親の具合が悪くなり、こっちへ戻ってきたものの、西部ではそれもうまくいかず……」


「でも、僕は後悔していないよ。僕が戻ったおかげで、母は笑顔で逝くことができたし、なにより、君に出会うことができた!」

「そうねトーマス! 私、嬉しい!」


「でも、だからこそ、君のお父さんに認められたいんだ。だから、逃げ出すなんて言わないでおくれ!」


「ありがとう。トーマス! 大好きよ!」


 そこにはいつの間にか、二人の世界が展開されていた。



「……盛り上がっているところ悪いが、そろそろ木からおりてこないか?」


 木の上で蝉のように声だけ張り上げるトーマスと、下から応援して盛り上がるケイトリンに呆れる、リゥであった。

 さすがのケイトリンも、リゥに言われ、言葉を閉じ、トーマスがおりやすいよう、その場から離れた。


 だが、肝心の男は、木にしがみついたまま、ピクリとも動かない。



「……」

「……」


 見上げたリゥとカレンが、嫌な予感を感じ取る。



「あ、あの……」



 おずおずと、トーマスが、口を開いた。




「……大変申し上げにくいのですが、誰か、おりるのに手を貸してはもらえませんか?」




 予想通りの答えに、全員。盛大に、ため息をつくのであった……




──新たな秘術──




「ともかく、事情はわかりました」

「うむ」


 リゥとカレンが二人でうなずいた。


「でしたら、この件、是非とも力にならせてください!」

「その大願、是非力にならせて欲しい!」



 二人同時に、ドンと胸を叩いた。



 同時に、同じ行動を取った二人が、互いの方を見て、顔を見詰め合う。



「あなたには、なんの関係もないお話ですけど、よろしいのですか?」

「それを言ったら、おぬしとも関係はないじゃろう?」


「私は主催者側ですから、きっちり力になれます」


「ワシとて、人には使えぬエルフの秘術がある。それはなにか役に立つはずじゃ。それに、袖すりあうも他生の縁と言うじゃろう?」


 リゥの言葉に、カレンは、やれやれと肩をすくめた。


「あなた、とんでもないお人よしですわね。おせっかいにもほどがあります」

 縁もゆかりもない、他人の恋路に足をつっこむなんて。


「ふん。お前に言われたくないな」

 下手をすれば、自分の恋路である、計画が頓挫するかもしれないというのに。


「ふふ」

「ふふふ」


 見詰め合う二人は、なぜか笑いあった。



「い、いいんですか?」

 二人の答えを見て、呆然としたケイトリンは、震える瞳で、二人を見る。



「ええ」

「もちろんじゃ!」

 二人は、力強くうなずいた。



「ありがとうとざいます。こんな私達のために……」

 ケイトリンは、思わず涙ぐんでしまった。



「気にするな。お前達には是非幸せになって欲しいのじゃ」

「その通りですわ!」



 二人にとって、目の前のカップルは、他人事ではなかった。


 リゥには異種族という壁が立ちはだかり、カレンは自分の性格が大きな障壁として立ちはだかっている。なのにケイトリンとトーマスはすでに相思相愛であり、家のしがらみも、種族の壁もない。


 自分達とは違い、愛と努力で乗り越えられる壁なのだから、是非乗り越えてほしいと、どちらも、自分の願望を伴った気持ちからの加勢であった。



 とはいえ……



「私達がいくら応援しようとも、本人がこれでは……」



 今だ、蝉のように気にしがみついたトーマスを見て、カレンは頭を抱えた。



 女性しか居ないこの状況で、成人男子を道具なしに木の上からおろす方法がなかったからだ。



 背後で鳴り響いた大きな手叩きでここまで怯え、さらに銃にいたっては、自分で引き金を引いた轟音に驚き、しっかりと握ることさえできず、狙いを大きく外すというのだ。


 最初に飛んできた二発の弾丸は、そうしてマトを大きく外し、飛んできたモノだという。



 これでは、勇敢とか、勝負以前の問題である。



 かといって、祭りは明日だ。


 勇敢さを認めてもらえるかっこうの舞台ではあるが、これでは、到底無理である。

 心構えを変えるための特訓など、いきなりやって出来るようなものではなかった。



 うむむむ。と、伝説の司令官を尊敬する少女も、頭を抱える。


 ケイトリンも、同じように、頭を悩ませる。



 すると……



「……その場しのぎとなるが、手はないことはないぞ」

 トーマスのへたれっぷりに頭を抱えていたカレン達に、リゥが、小さな希望を与えた。



「なにかあるんですか!?」


 つかみかからん勢いで、カレンがリゥへつめ寄った。



「うむ。あくまでその場しのぎで、明日の祭りで怯えず戦えるようになるだけじゃが」

「いや、それで十分じゃありませんか!」


 勇敢に戦う勇気があると認められればよいのだから、むしろそれができるのなら、願ったりであった。

 一体どんな希望なのか、カレンは鼻息荒く、リゥへとつめ寄る。



「それは、一体どんな方法なんですの!」


 答えを急ぐカレンは、リゥの肩をつかみ、がくがくと、彼女の肩ごと、頭を揺らす。



 こうされては、いくらリゥでも答えようがないのだが、興奮した彼女は、全く気づいていない。


 もう、当人達より感情移入してしまっている。



「ええい落ち着けー!」

 リゥのチョップが、脳天に決まり、カレンは痛みで冷静さを少し取り戻した。



「あうぅ……」


 脳天を押さえ、うずくまってリゥを恨めしそうに見る。



「話を聞いてからにしろ」

 腕を組み、威圧するリゥに、カレンだけでなく、ケイトリンも、こくこくと大人しくうなずくしかなかった。



「まず、ワシ等エルフが、エルフのみに伝わる秘術を使えることは、知っているな?」

 組んだ腕から、右腕のみを解き、リゥは人差し指を立てた。


 こくこくと、カレンは続けてうなずく。



「その秘術を持ってすれば、この臆病を緩和することができる。さすれば、逃げ出さずに戦えるじゃろう」



 リゥの言葉に、カレンもケイトリンも、ぱぁっと表情を明るくした。



「そんな都合のよい秘術があるなんて! 天はあなた達を見逃していませんでしたね!」

「はい!」

 お嬢様二人が、圧倒的な天の采配に、手を握り合って喜ぶ。



「是非お願いします! 僕も、変われるのなら、変わりたいですから!」


 木の上からも、そんな言葉が舞い降りた。



「ですが、なにかデメリットはないのですか?」

 一人冷静なメリッサが、小さく挙手をし、リゥへ質問した。



「うむ。それは今から説明する」

 メリッサの言葉に、リゥは静かにうなずいた。彼女が言わなくとも、リゥはそのあたりもきちんと説明してから、どうするか問うつもりであった。



「まず、一つ勘違いするな。これは、勇気を与えるわけではなく、恐怖を一時的に忘れさせるだけの、まやかしのようなものじゃ。強くなったとか、勇気が出たとか、そんなことはない」



「ですから、一時しのぎなわけですね?」


「うむ。明日を乗り切るだけの、取り繕った姿じゃ。後々、しっかりと勇気を出せねば、無意味となるじゃろう。それは、肝に銘じておけ」



「はい!」


 両手を握ったケイトリンは、大きくうなずく。




 前置きも終わり、リゥはその秘術についての説明をはじめた。




 かつてのリゥは、心の真贋を見抜ける秘術、たった一つしか使えなかったが、幾度の戦いや経験を経て、火の精霊を操る、新しい秘術が使えるようになっていた。


 それは、心に宿る火の精霊を活性化させ、火をともし、精神を高ぶらせるというものだった。



 火の精霊が活性化するということは、心が刺激され、興奮状態に置かれるという意味である。そうすることによって、頭に血が上ったのと同じような状態となり、恐れを感じる余裕を失わせ、恐怖を取り払うというのだ。


 一種のハイになるというヤツで、興奮によって恐怖心を感じなくなるのはよいが、冷静さも欠け、命の危険に対して無頓着になるというデメリットも抱えていた。場合によっては、ヒャッハーと無謀な突撃をする可能性を孕む、諸刃の秘術なのである。



「つまり、気持ちを高ぶらせて、恐怖を感じる余裕をなくしているだけで、勇気を生んでいるわけでもないし、冷静さも少し失われる。実戦で使うのは、大変危険なものじゃ」


 リゥは、そう、この秘術の危険性を説く。



「でも、明日の祭りに使う分には、丁度よいものではありませんか!」

「それは否定せん。それを、勇気が出たと勘違いさえしなければな。あと、少々喧嘩っ早くなる可能性もある」


「それは大丈夫。そんな勘違いをするような人なら、あんな臆病な性格なわけありませんから!」


「それもそうじゃな!」


 真っ先に喜んだのは、カレン。そして、もう一度リゥが釘を指し、ケイトリンが、嬉しそうに笑った。失礼な言葉だったが、あまりに納得できる一言だったので、思わずリゥも肯定してしまった。


 あっはっはと、少女達の笑いが、場にこだまする。



「あ、念のため聞きますが、その効果のほどはいつごろまで続くのです?」


 また、一人冷静なメリッサが、生まれた疑問をつつく。



「これは、かけられた人によって効果の長さが違うので、いつまでと断言はできないのも難点じゃな」


 この秘術は、かけられた者の持つ火の精霊力の大きさによって決まる。


 ただしこれは、容量が大きければ大きいと言うわけでもなく、より燃える心を持っている者ならば、早く火の精霊力を使いきり、元に戻り、自分を律する強い心を持っていれば、長く燃え続けることにもなる。


 よって、いつこの効果が切れるのか、それは効果が切れるまでに個人差があるため、断言できなかった。



「ただ、ワシの知る限りなら、短くとも二日。長くても五日から一週間と言ったところじゃな。あと、効果が切れれば、元に戻る。副作用はないな。強いてあげるなら、効果が切れてしばらくは、普段より怒らなくなることか」


 火の精霊力が一時的に燃え尽きるため、しばらくそれに強く影響を受ける怒りや興奮が鈍くなるのがデメリットと言えばデメリットなのかもしれない。



「ならば、聞く限りデメリットはありませんわね! リゥさん。ばーんとやってくださいまし!」

「はい。私からもお願いします!」


「是非僕にお願いします!」

 デメリットを聞いて、今回の件には無意味と判断した彼女達が、口々にゴーサインを出す。



「わかった」


 カレン達の言葉を聞き、リゥはうなずいた。

 未だ木に残るトーマスを見て、リゥは新たに手に入れた秘術を、発動させる。



 リゥの体を中心に、なにか赤い光が煌いたような気がした。

 リゥの額に、漢字の『火』にも似た、火の紋様が輝き、リゥの指先に、赤い、小さな火種のような光がともる。


 リゥはそれを、自身の口元へと運び、ふっ。と、トーマスに向け、吹きかけた。



 赤い火種が、音もなくトーマスの元へと飛ぶ。



 みずからへ飛ぶその赤い光を見たトーマスは、思わずかわそうと、身をそらしてしまった。

 トーマスとしては、ロウソクの火が自分に飛んできたようにも見えたからだ。


「うわわっ」


 身をかわした拍子に木をホールドしていた手は外れ、上半身が思いっきりのけぞる格好になってしまった。



 リゥの吹きかけた赤い光は、そのままのけぞった上半身の上を通り抜けるかと思われた。



 だがそれは、くるりと物理法則などを無視し上から下へ方向転換をして、トーマスの胸へと吸いこまれていった。



 のけぞったトーマスの自重により、しがみついていた木が大きくしなる。


 その反動を持って、トーマスは再び木にしがみつき直し、元の態勢へと戻った。



 ぎしぎしと、木が揺れる。



 光がトーマスの胸に吸いこまれて生まれた変化は、それだけだった。


「……」

「……」


 それ以外に変化のないトーマスを見上げ、カレンとケイトリンは、無言で見つめる。

 が、全然かわりもしないので、二人はリゥへ振り返った。



「おかしいのう。成功はしたんじゃが……」



 肝心のリゥも、不安そうに答えを返した。



 どくん。



「お待ちください」

 リゥに視線が集まった直後、メリッサが上。トーマスのところを指差した。


 メリッサにうながされ、視線を、戻した三人は、見た。



 どくん。



 トーマスの体がびくんと小さく跳ねたかと思った瞬間。




「ふおぉぉぉぉぅ!」




 男は木を大きくしならせ、体を宙に舞わせた。


 高く高く飛んだ体は、太陽の光を受けながら空中で二回転し、すたりと着地した後、ヒザ、さらに手をつき、衝撃を大地へ逃す。

 それは、木の上から降りられないとべそをかいていたと思えない着地だった。



「おおっ!?」



 女の子が驚きの声をあげるのにあわせ、男はケイトリンへ笑顔を送りながら、立ち上がる。


 その立ち上がる姿も、すらりという音が聞こえたかと錯覚するほど、華麗であり、立ち上がるのと共に、腰に収められた銃を、流れるように引き抜いた。



 だだだぁん!


 三度の銃声が響き、男の正面にあったマトが赤く染まり、三度小さく揺れた。



「おおー!」


 女の子の歓声が、あがる。



 華麗に三発の銃弾をマトに当てたトーマスは、銃をくるくると回し、ホルスターへと戻しながら、ケイトリンを振り向いた。


「僕は、目が覚めた。明日、必ず、君のお父さんに認められると誓うよ。ハニー」


 振り返り、そう言ったトーマスは、自信に溢れた顔を見せ、にかりと微笑む。


 きらーん。と、白い歯が太陽の光を反射し、光ったような気がした。



 それほど、その顔には自信が満ち溢れ、心が燃え上がるような気迫に満ちていた。

 とても、銃の音にさえ怯え、狙いを外していた男とは思えない。



「きゃー!」


 流し目を受けたケイトリンが、頬を赤く染め、悲鳴をあげる。



「さあハニー! 特訓を続けよう!」


「はい! ダーリン!」



 トーマスの言葉に、ケイトリンが抱きついた。いつもならば臆病な彼は、そんな堂々と胸に抱きしめるなどしなかったが、今回の彼は違う。がっしりと彼女を抱きしめ、ワイルドに笑いながら、腰の銃を撃つ芸当まで見せる。


「すごい。凄いわトーマス!」

「HAHAHAHAHA」


 きゃっきゃと、二人がいちゃつく。



「……正直、よいか?」

「なんですか?」


 きゃっきゃする二人を見て、リゥが隣にいるカレンにつぶやいた。



「想像以上に、男のスペックが高い」

「ですわねえ」


 恐怖心を失っただけで、木から軽々と飛び降りたり、銃を正確に命中させるのは難しい。


 興奮状態になったことで、恐怖心がなくなり、体のリミッターも少し外れ、限界以上の力が発揮されているとはいえ、リゥもカレンも、想像していた以上の動きを見せていた。



 臆病な男だからこそ、今までその真価を、誰にも悟られることなく生きてきたのだろう。



 それを見定めた、ケイトリンもある意味凄いとも言える。



「HAHAHAHAHAHA」

「きゃー。素敵よトーマス! これで、お父様もあなたの勇敢さを認めてくれるに違いないわ!」


 先ほどまでとはうってかわって、銃声にさえ怯えず、それどころか笑いながら銃を撃つ男を見て、ケイトリンは諸手をあげて喜んだ。

 撃ち出される弾丸は、全てがマトの中心とはいかないものの、きちんとマトに当たる正確性を持っていた。


 今までは恐怖心という鎖によって、全く生かされなかったそのスペックが、正しく生かされているのは確かである。



「ですがこれならむしろ、彼女の目的は達成できるはずです! これなら、堂々と戦って敗北することもかのうなのですから!」


 カレンが、力強く拳を握り、ガッツポーズをした。



 二人の目的は、あくまでケイトリンの父である市長に勇敢さを認められることで、優勝ではない。


 想像していたより、ちょっとばかしお強いが、それでもジャックにはかなわないだろうとカレンは考えていた。

 なので、お祭りでジャックと戦ったとしても、ジャックは負けることはなく、その目的は達成できるだろうと考える。


 つまり、この自信に溢れた姿は、カレンにとっても願ってもない状況だった。



「まあ、万が一優勝できなくとも、ベスト8あたりまで勝ち抜いていただければ、副賞はつけられますからね」

「ジャックなら負けないから大丈夫です!」


 メリッサの冷静なツッコミに、カレンは鼻息荒く反論した。


 とはいえ、万が一の時を考え、優勝以外にも副賞はちゃんとつくこととなっている。

 前にアズマとリゥが不安に思ったように、カレンもジャックの実力は認めていても、それ以外の可能性があることを、十分に承知していた。


(まあ、アズマが本気でやりだしたら、ジャックでも勝てるかわからんから、なかなか妥当な判断じゃな……)


 言っても信じてもらえないので、それは口に出さないリゥであった。




──お昼──




「おーい。昼を買ってきたぞー」

 試射を続けるアズマとジャックのもとへ、サンドイッチの入ったバスケットを持って、リゥが戻ってきた。


 三つ並んだマトは、その真ん中のヤツが一番汚れ、左右のマトも、不規則な命中の結果と思われる、塗料の汚れがついていた。

 ジャックのペイントはほぼ中央を汚しているので、それ以外、地面にまでついているのは、アズマが撃ったペイント弾なのだろう。


 リゥが戻ってきた時も、丁度アズマが射撃しており、真正面にある一番汚れたマトを狙いながら左のマトを見事に汚していた。

 アズマはおかしいなぁと言うように首をひねっていたが、リゥの声を聞きジャックと共に振り返った。


「やっときたか」

「わーい。ごはーん」


 試射の結果など速攻頭から吹き飛んだように、アズマは諸手をあげ、喜んだ。


 二人は射撃をやめ、その近くにあった草むらへ、シートがわりの外套を広げ、リゥをうながし、腰を下ろした。



 リゥもそこへ持ってきたバスケットを広げ、座る。



 広げたバスケットの中には、色とりどりの材料を挟んだ、サンドイッチが入っていた。野菜や肉、卵をふんだんに使った、なにげに豪勢な一品である。


「おお、こりゃすげえな」

「手作り?」


「いや、宿の方で、明日の祭りのため手軽に食べられるモノを売り出すらしくてな。その試作をついでに貰ってきた。選手であるお前達にはあまり関係のない話か」


 カレン達と一度別れたリゥは、宿泊中の宿へ行き、厨房を借りようかと考えた。


 だが、そこで丁度祭りのための食事を考えていた宿の主人と出会い、提案と試作を手伝ったついでに、この品物を手に入れてきたのだ。

 明日、観客席に行けば、スポーツ観戦時の販売員ヨロシク、宿の弁当が買えるだろうが、バトルで戦う二人には、無縁な話であった。



「いやいや、早々に負けて観客席へ引っこめば、俺等も明日お世話になる可能性あるよ!」



「あるのかよ」

「あるなら最初から参加するなこのすかたん」


 アズマの笑顔に、ジャックとリゥが、呆れ顔でツッコミを入れた。



「酷いなー。勝負事なんだから、絶対はないってのに。もう。そんなに言うなら、ヤケ食いしちゃうよ! 早々敗北してお弁当買って大勝利しちゃうよ!」



「相変わらず意味わかんねえなお前は。まあ、優勝は俺だけどな!」

「ワシとしてはどちらでもかまわんがな」


 ナハハと笑うアズマと、自信を見せるジャックに、はあ。とため息をつきつつも、その内ではカレンの計画通りかと、安堵するリゥであった。

 カレン達とは一度別れたが、明日の観戦は、一緒にすることになっている。


 トーマスのことも心配だったが、ジャックとカレンの行く末も、彼女は応援していた。ゆえに、計画通り進むというのは、嬉しいことである。



「あれ? リゥ、なんかいいことあった?」


 バスケットに手を伸ばし、トマトとチーズのサンドを手に取ったアズマが、リゥを見ておやっと声をあげた。

 視線を向けたアズマへ、リゥも視線を返し、ふふ。と上機嫌に笑いを返した。



「ああ。ちょっとな」



 否定することなく笑い返し、サンドイッチと一緒にバスケットへ入れていた温かい飲み物のはいった入れ物を出し、カップへと注ぐ。



「そっかー。ついにリゥにも……」

「ああ、今回ボケはそのまま流すから、空にでも向って言っておくがいいぞ」

「……ぶー」


 あっさりリゥにスルーされたアズマは、ぷくーっと頬を膨らまし、口の中へサンドイッチを放りこんだ。

 味は、朝も食した宿の味である。



「さ。たんと食い、明日に備えるんじゃぞ。目標は、当然優勝じゃ!」


 トーマスの目的は、市長に勇敢さを認めてもらうことで、優勝ではない。

 だから、ジャックのことも、素直に応援できる。



「なんだかよくわからねえが、当然だ!」



 裏の策略など知りもしないジャックは、素直にその反応を受け取り、サンドイッチを口に運んだ。



「俺は俺はー?」

 応援されていないと気づいたアズマが、ちょいちょいと、自分を指差した。



「お前は初戦敗退してもいいじゃろ。金にもなにも困っておらんし」



「ひどーい」

「もしくは本気でやれ。全員にアズマここにあり。と示すのであれば、応援してやるぞ」


「ひどーい」

「その酷いはどういう意味じゃ!」


 リゥを責めての酷いだろうか? それとも、対戦相手に無情であるの酷いだろうか?

 どちらにとっても、本気でやるということはなさそうであった。



「ま、俺は適当にがんばるからー」

「やはり、応援するだけ無駄じゃな」

「ひどーい」


 相変わらず、ケラケラと笑いながら、アズマはサンドイッチを口へ放りこむ。


 やる気が見えないのは、少しだけリゥにとって不満だった。



(……少しくらいは実力を表に出しても、誰も文句は言わんと思うんじゃがな)



 とはいえ、本気でやられたら、カレンとケイトリンの計画が大幅に狂う可能性があるので、やれとは言えないジレンマがあった。

 想い人がまわりの人に認められて欲しいと願うのは、リゥも感じてしまう感情である。



(ま、今回ばかりは、他の者に譲るしかないな。アズマが祭りで実力を出すとは思えんから、適当な場所で負けるじゃろうし)



 下手に計画を伝えると、どんな行動を起こすかわからないので、なにも言わず、空気を読んでもらうのが一番だと、リゥは判断した。


 こういった計画の中、アズマはイレギュラーすぎるからだ。



「さて。食い終わったし、もうちょっと撃ってなじませとくか」

「よーし。じゃあ俺は、明日のために素振りしちゃうぞー」


 ジャックが立ち上がるのと同時に、アズマも立ち上がって、なぜか銃を抜いてまた戻すという行動をはじめた。



「素振りってそっち!?」


 てっきり刀を振り回すボケかと想像していたリゥだったが、予想外の素振りで驚かされた。



「意味がない。とは言わないけどな。それがスムーズになれば、速度も、安定性もあがるから」

「ならやめゆー」


「やめんのかよ!」


 ぷいっとふてくされたアズマに、ジャックのツッコミも重なった。



 こうして、ペイント弾の試射も進み、祭りの時間が、刻一刻と迫ってくる。




──夜──




 その夜。

 カーヴシティ市長の執務室。


 そこには相変わらず、ライフルやショットガンなどの銃が壁にかけられ、窓際に立てられた帽子かけには、リボルバーを収めたガンベルトと、テンガロンハット。さらに、目の周りだけを覆うマスクらしきものもかけてあった。


「ふんふんふふふーん」


 そんな執務室に、鼻歌が鳴り響く。


 もう日も落ちたというのに、市長は自分の執務室で、上機嫌に鼻歌を歌いながら、書類仕事をしていた。

 机に詰まれた書類に目を通し、認証、承認のサインを書いてゆく。



「市長? 市長!」

 秘書が扉をいささか乱暴に開け、市長のいる執務室へと入ってきた。



「ん? どうしたのかね?」

「ああ、やっぱり。し、市長。なぜこんな時、市長がわざわざ予算の計算をしなくとも……」


 市長の処理する書類の束を見て、秘書はオロオロとしながら、心配そうに口を開いた。

 祭りの当日だというのに、夜遅くまで仕事をしていて、どうするのです。と、非難するような口調だ。


「はっはっは。いつも予算関係は君にまかせっきりだが、次回のガンバトル開催までを見据えれば、新しい予算が必要になるからね。こうしてなにを切り詰められるかなど、私も考えようと思ってね。私だって、銃を撃てればいいと考えているわけじゃないんだよ?」


 はっはっは。とまた笑うが、秘書は知っている。


 このガンバトルは、銃の好きな市長の趣味に、がっちりマッチしたイベントだと。

 その上、カーヴシティの治安を守るという名目まであり、それを大いに推し進めても、不思議はないと。



 とはいえ、市長がこの催しの次を考えるのは、趣味だけではないと、秘書は知っていた。



 今日、まだ受付しかしていないが、それだけで、普段雨による増水の足止めで発生する犯罪は大幅に減少している。特に、ならず者達の喧嘩や銃の撃ちあいなどが、目に見えて減った。


 ペイント弾によって、壁が汚れたりだとか、それで赤い塗料まみれになったという事件は起きたが、怪我人の出る事件よりは、何倍もマシだ。



 これだけ見ても、この祭りは大成功と言える。



 さらに、市長はガンバトルが見られてご満悦。街の者は、大雨のあと治安の不安がなくなり安心出来ると、まさにいいこと尽くめ。ならば、次回の開催を視野に入れるのは、当然のことだった。


 今回は、まるっとリッチフィールド商会からのバックアップがあるが、次を行うとすれば、これに頼りきることはできない。



 つまり、次回の開催こそが、この街の治安維持祭りの行く末を占うものともなりえる。



 そのためには、しっかりとした予算と、予定を組んでおく必要があると市長は考え、こうして予算の書類をひっくり返し、目を通しているというわけだ。

 普段は銃を磨き、狩りなどをたしなむ市長であるが、本気になると頼りになる。それゆえ彼は、この街を任される市長なのだ。



「あ、君はもう休みたまえ。明日も忙しいからね!」


 きりりと、ちょっと出たお腹からは想像できない真面目な顔を秘書へ向け、市長は再び書類へ目を落とした。



 ハッスルする市長を尻目に、秘書は執務室を出てゆく。



「……」


 パタンと扉を閉めたところで、秘書はその場で立ち尽くし、顔から酷い脂汗を流しはじめた。


 しばらく思考するかのように立ち尽くし、まるで油の切れたロボットのように、頭を抱えた。



(まずうううぅぅぅい! このまま予算関係を洗われていったら、私がこっそり公金を横領しているのがばれてしまう! せっかく秘書にまで上り詰め、次期市長の椅子も見えてきたというのに……!)



 脂汗をだらだらと流し、秘書は自分の足元が、ガラガラと崩れてゆくのを感じた。


「このままでは……」



(……身の破滅!)



「まずいまずいまずいまずいまずい!」


 自分に割り当てられた屋敷の部屋へ、早足で向う。


 この祭りが終われば、本格的な次回計画がはじまる。そうなれば、横領が発覚するのは時間の問題だ。

 つまり、秘書としての自分は失われ、次期市長どころか、ただの犯罪者のできあがりである。



「どうにかして、どうにかしてそれだけは阻止しなくては……!」



 秘書は、部屋の中を落ち着きなくうろつきまわる。


 ストレスで飼育小屋の中をうろつく肉食動物のようだ。

 どうにかして、自分の犯した横領がばれないものかと必死に頭を働かせる。



 最も簡単なのは、この祭りの中、市長が不慮の事故で死んでさえくれれば、横領は闇の中のまま。さらには、自分が市長になれる可能性さえ生まれる。



(いやいや、そんな都合のイイこと……)


 ぴたりと、足がとまった。

 秘書は、執務室のある光景を思い出した。



 帽子かけに準備されていた、ガンベルトと、あのマスク。



 彼はさらに、市長がどんな性格をしていたのかも、思い出す。



(いや、あるぞ)

 全てのピースがはまり、その計画が形をおびる。



「ふっ。ふふ。ふはは。天は私に味方している! やれる。やれるぞ! 不慮の事故で、市長を殺せる! 私は、安泰だ!」


 秘書は自室の中で、高笑いを続けた。



 夜が明ける。


 一部不穏な空気をふくみながら、ペイントガンバトルは、開幕するのだった。


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