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第06話 カレン・リッチフィールド その2


──発見──




 市長の屋敷二階にある客間。


 そこは、このガンバトルの受付全てを見下ろし、一望できる場所であった。

 受付が一望できれば、当然、登録する参加者の顔全てが確認できる。



 その窓際で、一人の女性が、双眼鏡を片手に、そのレンズを覗きこんでいた。


 それはまるで、受付に群がる参加者の顔を一つ一つ確認し、誰かを探しているかのようだ。



 腰まである、少しウェーブのかかった金色の髪と双眼鏡のレンズが、南窓から差しこみはじめた太陽の光を反射させ、その青い瞳をレンズから覆い隠している。

 仕立てのよい、赤いドレスを身に纏い、上品な顔立ちと、整った美貌を備えた、美しい女性だ。

 女性。というが、彼女はジャックより一つ年下の、十七歳。大人と少女の、丁度中間と言える年齢だった。



 彼女の名はカレン・リッチフィールド。



 先に説明したリッチフィールド家ゆかりの者。


 もっと詳しく言えば、リッチフィールド商会創始者、ジョン・リッチフィールドの孫娘に当たる女性だ。



「ふふ。計算どおりに、足止めされた人達が集まってきていますわね。この中にきっと、あなたもいるはず……!」


 双眼鏡で受付を見つめながら、カレンは残った手で拳を握った。



 そして、カレンの背後には、メイドの姿をした女性が、すまし顔で立っていた。


 まるで影のようにして、カレンの背中を見つめている。


 こちらのメイドの名は、メリッサ。銀色の髪ををボブカットにした二十代前半の見目麗しい女性で、カレンおつきの、リッチフィールド家に仕えるメイドである。



「いる、はず! 違う。いる! 違う。いた、じゃない!」



 双眼鏡を左右に振り、受付に現れる参加者達を一人ひとり確認するが、目当ての人物は見つからない。

 必死に探す彼女の姿を、メイドのメリッサは微笑ましく見守っていた。


 すると。



 こんこん。



 と、客間のドアがノックされた。


 受付の方へ双眼鏡を向け、必死に誰かを探すカレンはその音に気づいてはいない。


 メイドのメリッサはドアを横目でちらりと見て、反応を見せない主人へ視線を戻した。

 主人であるカレンは変わらず、受付でエントリーしている人の中から、探し人を探している。


 どうやら人探しに集中した主人は、今の音も聞こえないほど集中しているようだ。



 メリッサは面会の予定を思い出す。

 だが、市長と取り交わした予定の中に、今の時間誰かがやってくる予定はない。


 ならば、主人が集中するのを邪魔する必要はないと考えた彼女は、そのままノックを無視することにした。



 しかし。



「失礼します」

 部屋の中から反応はなかったというのに、ドアを勝手に開け、市長の秘書が、部屋へと足を踏み入れた。


 メリッサは、無言のまま、姿を現した秘書へ、冷たい視線を向ける。



 だが、秘書はその視線に気づかなかったのか、窓から受付を見続けるカレンに向かい、もみ手をはじめた。



「いやー、非常に大盛況な祭りとなりそうです。今説明をしている市長にかわりまして、わたくしがご挨拶にまいりました」


 ぺこぺこと頭を下げながら、秘書は言葉を続ける。


「まさか、鬱憤を押さえつけるのではなく、それを利用して、このような祭りを立案なされるとは、さすがリッチフィールド家に連なるお嬢様。我々とは発想の幅が違いますな」



 もみ手をしながら、秘書はにたにたと作り笑いを浮かべる。


 このペイントガンバトルの祭りをこのカーヴシティに運んできたのは、リッチフィールド家ゆかりの者として、昨日この屋敷を訪れた、カレンであった。



 彼女のある思惑と、この街の現状が一致したことにより、彼女はリッチフィールド家の援助と共に、この大会を進言したのだ。



「いやいや、本当に素晴らしい。この祭りのおかげで、街中で喧嘩は大きく減少するでしょうし、引き起こされたとしても、実弾を用いた事件は激減する。本当に助かりました」


 逆に、素手での喧嘩が増えたり、優勝候補を狙った襲撃などが考えられるが、無秩序に鬱憤を晴らすため暴れられるよりかは、はるかに取締りが容易い。



 今日のエントリーと、明日の大会。この二日があれば、川の水量も元に戻り、街は日常を取り戻すだろう。場合によっては、大会を一日引き伸ばしても問題はない。


 今回の祭りが成功すれば、また大雨によって川が増水した際の治安維持に使うことができる。


 さらに、大雨の後この大会があると噂が広まれば、雨の間動けず溜まる鬱憤が、逆に期待へと変化し、暴れるものも少なくなるという効果も期待できる。



 場合によっては、定期的に大会を開いて街の活性化につなげてもいいくらいだ。こうして街が活性化し、収入が増えれば、ペイント弾をあつかうリッチフィールド商会の利益にもつながり、この大会の成功は、どちらにとっても損はない状況と言えた。



「さすが若干十六歳で東部随一の大学を卒業したといわれるだけあり、この街を毎回窮地に陥れる増水による足止めを、むしろ祭りの準備期間として期待を高まらせるものへと変化させたその手腕は、我々凡人にはとてもできない発想でございます」



 もみ手をしながら、秘書はぺこぺこと頭を下げる。しかしカレンは、そんな秘書の言葉は、全く耳に入っていない。だというのに、おべっかを使っている秘書は、そのことに気づいていなかった。


 一方的に話しながら、自分は相手にされていないなどと、夢にも思っていないようだ。彼の頭の中では、自分の言葉はカレンの胸に大きく届いていることになっている。


 自分の言葉で、自分だけに満足し、秘書はおべっかはこれくらいで十分。と、勝手に考えた。



 ゆえに、最後に一度大きく頭を下げ、秘書は本題を切り出すことにした。



「それでですね、もしー、もしですが、私が次期市長へ立候補するさいには……」



「んんっ!」

 メリッサの咳払いが、秘書の言葉をさえぎった。



「祭りの進行に問題がないのでしたら、あとは終了後にうかがいます。なにか、問題でも?」


 冷たいアイスブルーの瞳が、秘書を貫く。



 その圧力に、秘書は思わず後ずさり、ぶるるっと体を震わせた。


 さらにじっと冷たい瞳で見られると、そのまま後退し、部屋の外へと出てゆく。



「い、いえ。ありません。しつ、失礼しましたー!」



 そのまま大きく頭を下げ、逃げるように扉を閉め、去ってゆくのだった。

 メリッサは閉まる扉へ視線のみを投げかけ、心の中で軽蔑のため息をつく。



 ばたん。と客室の扉が閉まった直後。


 その音に気づいたカレンが、双眼鏡から目を離し、メリッサの方を振り返った。



「はて。今、誰かきました?」


「いいえ。気のせいかと思われますお嬢様」

 手を止め、首をひねったカレンに、彼女おつきのメイドは、優しく微笑んだ。



 その微笑みを見たお嬢様はうなずき、再び双眼鏡へ視線を戻す。


 再び視線が、ペイントガンバトルの受付へと向けられた、その瞬間。




「いたー!」




 カレンから、歓喜の声が上がった。



「いた、いましたわよメリッサ!」


 きゃいきゃいと喜びの声を上げ、双眼鏡で一点を凝視しながら、カレンはメリッサへ手をむけ、こっちこっちと手招きをする。

 それはまるで、無邪気な子供のようだ。


(いや、まだ十七の子供でしたね)


 その姿を見たメリッサは、そんなことを思いながら、主の一歩斜め後ろへと歩き、指差す方を見た。



 そこには、カレンのお目当ての人物がいた。



 金髪碧眼に、赤いマフラーに二丁拳銃と、あの取り消しとなった手配書と同じ特徴をした、ガンマン。

 メリッサも、よく知る男。ジャックの姿だ。


「ふふっ。やはりきましたね、ジャック。このような銃を前面に押し出した大会があれば、必ずあなたはやってくると思っていましたよ。まさに、計算どおり……」


 窓から見下ろし、視線の先に映るのは、ペイントガンバトルの受付。



 そこにいるジャックを映すカレンの瞳には、暗い炎の情念がともっていた。



「必ず、償わせてあげるわ……!」


 力をこめ、拳を握る。くわりと大きく目を開き、その炎を握った拳にうつし、カレンはそれを、頭の高さに持ち上げ、宣言する。




「そう、私の恋心という大変なものを盗んでいった、その償いを!」



 むふー。と、鼻息荒く、カレンは得意げな顔をメリッサに向けた。


「うまいこと言ったつもりなんでしょうが、それだとお嬢様とお付き合いするのが、罰みたいですね」


 呆れたように、メイドは小さなため息をついて、そんな感想を漏らす。


 主人に対して無礼な発言かもしれないが、このフラーンクな距離感は、カレンも望んだものなので、問題はない。



「そんな、付き合うだなんて、もう、メリッサったら」



 なにより、メリッサの答えを聞いたカレンは、両手を頬に当て、一人で勝手に照れて悶えていた。


 皮肉が全く通じていない。



「……」

 さらに、メイドのメリッサは呆れる。


(お嬢様。そこは照れるでなく、なぜ罰なのよ。とツッコミが欲しかった!)


 後悔しながら、心の中で叫ぶメイドであった。



(ああでも、はにかむお嬢様は可愛いので、全て帳消しです)


 いやんいやんと悶える主人を見て、すまし顔のままメイドもいやんいやんと心の中で悶える。



「ともかくお嬢様。ジャック様が行方不明になって三ヶ月。執念の追跡劇も、これにて終了にございますね。見つかったのですから、さっさとあの方を捕まえて、ズバッと告白と参りましょう!」



「そうですわね! 今度こそ、ジャックに、す、すすす、すまきにして、お前を一生奴隷としてこき使ってやると!」



「……」

「……」


 客間に、微妙な沈黙と、冷たい風が吹きぬけた。


 メイドは微動だにせず目を瞑り、お嬢様は顔を真っ赤にして、ううう。と、頭と肩を下げた。



「毎回思うのですが、どうしてお嬢様は、そう肝心なときに自分から嫌われてしまうような発言を繰り返してしまうのですか?」

 メリッサは笑顔のままだが、その笑顔の下から伸びる、呆れた視線が、カレンを刺し貫く。



「うぐぅ……! し、しかたがないじゃない。恥ずかしくて頭が沸騰しそうになると、わけわからなくなっちゃうんだから!」


 ぷくーっと、カレンは頬を膨らませた。



 彼女は、恥ずかしさや計算外によって頭に血が上り、カーッとなると、考えていることに対して言動が、コントロールできなくなってしまうのだった。



「むしろ、こんな言動をするお嬢様と、よくギリギリまで交流が続いたもんですね。ジャック様も」

「そ、それは家の関係もあったし、ジャックはそれほど優しいってことなの! だから余計に好きになっちゃったんだから!」


「あー、だから十年も続いちゃったんですね。この無意味な片思い……」


「無意味とか言わないの! それに十年じゃないわよ。この気持ちはもっと前から! はっきり意識したのが十年前なんだから!」


 どうだ。まいったか。と言ったように、カレンは胸を張ってふふんと笑った。

 当然メリッサは、呆れた。




 ジャックとカレンは、いわゆる幼なじみである。


 二人の出会いは、二人が物心着く前からだ。


 ある事情があり、祖父同士は仲が悪かったが、その両親同士の仲は悪くなく、二人はその両親に連れられ、生まれた時から顔をあわせていた。

 ゆえに、カレンの中に、ジャックへの恋心がいつ生まれたのか、その正確な時期は、カレン自身にさえわからない。


 ジャックとカレンを取り巻く環境は、四度大きな転換期がある。


 一つ目は、カレン達が物心ついてすぐのことだ。カレンの両親が事故で命を落とし、リッチフィールド家内の家督環境が、一変してしまった時。

 これにより、伝説の商人。ジョン・リッチフィールドの跡を継ぐはずの者がいなくなり、跡目争いが、激化した。


 この時、二人の環境に、大きな変化は生まれなかった。



 二人共まだ物心ついたばかりで、事態をほぼ認識しておらず、小さな穴が穿たれただけだったからだ。



 二度目は、約十年前。カレンが、暗殺されそうになった時だ。


 その日こそ、ジャックに大きなトラウマが刻まれ、そして、カレンが、己のうちにある恋心に気づいた時である。


 ちなみに、その暗殺事件のあった次の日。ジョン・リッチフィールドの妻の妹の息子が行方不明となったが、その暗殺事件と関係があるかは、全く全然不明である。


 この日から、ジャックとカレンの関係も、少しだけ変化した。



 カレンは胸のウチにある感情に気づき、ジャックはトラウマにより、一度夢を失いかけた。



 それでもこの時期の二人は、まだ仲の良い兄妹のようであった。


 恋心を認識したといっても、暗殺事件の負い目があり、まだ積極的にはなれなかったのだ。


 夢のため、血を見ずに勝てるよう努力を再開したジャックの背中を追って走るくらいで、進歩はあっても、関係は大きく変わらなかった。



 三度目の変化は、カレンが東部の大学へ進んだときである。


 後継者を失ったリッチフィールド家のため、祖父であるジョン・リッチフィールドの命により、十二から十六歳の四年間、ジャックと離れることになったのである。


 優秀な彼女は、その四年で大学を卒業し、ジャックと再会した。



 しかし、そのあたりから、なにかが狂いはじめた。



 四年ぶりに再会したカレンは、大きく変化したジャックを見て、頭を沸騰させてしまったのだ。




 二人の関係が大きく変化してしまったのは、この時からと言ってもいいだろう。




 その日から、出る言葉は「一生こき使ってあげる」や、「永遠に忠誠を誓いなさい」など、今までどおりの関係ではいられなくなってしまったのだ。

 顔をあわせると、頭が真っ白になり、考えがまとまらず、思ったことも言えない。


 あわない間に育んだその想いが、重すぎて、カレンの中でどうしていいのかわからなくなってしまったのだ。



 なのにジャックは、昔と変わらずカレンへ話しかけ、そうなるとまた、カレンの慕情は強まり、より悪態が増えてゆく。ジャックの優しさが、逆の悪循環を生み出したのは、仕方のないことだろう。



 そしてついに、四度目の変化が訪れる。



 ジャックは己の夢をかなえるため、西部へと向った。



 己の力のみで、東部にまでその名を轟かせる。


 その目的を持って、たった二丁の銃だけを持ち、誰にも告げず、彼は家を飛び出した。



 カレンは、ジャックの夢がどんなものか、知っていた。


 血のトラウマを持ちながらも、銃の鍛錬を欠かさず、神業のような腕を見につけた彼の努力も知っていた。




 だが、西部に行ったら、もう二度とあえないかもしれない。




 自分の本心は、まだ欠片も伝えられていない。


 そう思ったカレンは、いても立ってもいられなくなり、リッチフィールド商会の一部門の責任者となり、西部への売りこみもかねて、ジャックを追ってきたのだ。




 せめて、自分の気持ちを知ってもらいたくて!




「……正直、玉砕するのが目に見えてますけどね。むしろ、これで脈ありなら、ジャック様どんだけドMなんですか」


「わ、わかってるわよ!」


 わあん。と、カレンは声をあげた。


 カレンに対し、こんな歯に衣着せぬ、厳しいことが言えるのは、メリッサとジャック以外、カレンは知らない。



 メイドと主人の関係ではあるが、メリッサとの関係は、対等に近いものがある。それは、カレンの願いでもあり、メリッサは、彼女の姉のような存在でもあるからだ。


 だが、ここまできっぱり言われると、流石のカレンも、傷ついちゃうってもんだ。



 とはいえ、あんな下僕にすると言っている自分が、ジャックに好かれているとは、欠片も思っていない。



「だから、そのためのガンバトルで、副賞でしょ!」


「でしたね」


 メリッサが優しくうなずいた。



 カーヴシティにて行われる、このペイントガンバトル。



 それは、この街の治安維持のためという名目で、カレンが市長へもちこみ、開催させた祭りである。


 ペイント弾の宣伝や、祭りに必要な資材などの売りこみなどの名目もあるが、真の目的は、ジャックの発見。そして、腕に自信のあるその探し人は、それに参加し、見事優勝を勝ち取るだろう。


 そこで登場するのが、豪華副賞の、カレン・リッチフィールドその人。



「そう。この私が、副賞! その時から、私はジャックの所有物! 素直に言えないのなら、強引に所有してもらえばいいの! さあジャック、優勝しなさい。優勝して、副賞の私を手にしなさい! あなたなら優勝できるわ! さすが私! なんて計算高いのかしら!」

 ふふふ。ぐふふ。ぐへへへへへ。


 と、よだれを拭い、女の子がしちゃいけないような笑いをはじめた。



(でもジャック様の心情は別として、この作戦は珍しく成功しそうですね。あの伝説の『クレイジーコマンダー』を尊敬し、奇策に走ると見せかけて、実は正面突破の作戦を行ってしてしまうお嬢様にしては、珍しく)


 にこにこしながら、そんな失礼なことを思うメリッサであった。



「ぐへへへへ、へ、……へぁ!?」


 奇声を上げ笑っていたカレンが、さらにおかしな奇声をあげ、動きを止めた。


「どうしました?」

 一点を見つめながら、突然動きを止めたカレンの肩越しに、メリッサが顔を出した。



 固まった視線の先を、追う。



 そこには、ジャックと親しげに話す、女子の姿があった。


 ジャックをふくめた三人の人物。誰かと言えば、当然、アズマとリゥである。

 アズマがなにか言ったのか、ジャックに頭をつかまれた後、ヘッドロックをされ、呆れたリゥが、なにかを言い、ジャックもそれに答えていた。



 その姿は、実に楽しそうで、のびのびと、リゥと言葉を交わす、ジャックの姿だった。



 三人共旅装束姿で、距離の近さから、昨日今日出会ったような関係には見えない。



 メリッサは、ふむ。と考えをめぐらせ、ぽつりとつぶやいてしまった。


「旅仲間。でしょうかね」



「ぐはぁ!」


 メリッサの言葉が放たれた瞬間。カレンは、鋭いストレートをアゴに食らったかのように、よろめいた。



 頭をくらくらと回転させ、ヒザから崩れ落ちるのをなんとか阻止したカレンは、手の甲でアゴを拭い、再び三人の姿を見る。



「うう……どう見ても見間違いじゃない……ジャックが女の子といる……こんなの、想定していませんわ。完全な計算外ですわよ!」


 きぃ。と、ハンカチを噛んで泣き出してしまいそうな勢いで、ジャックと戯れる姿を睨む。



 この西部で、旅をする女の子なんて滅多にいない。



 旅をするにしても、きちんと鉄道や馬車を使い、安全を重ねなければ、とてもじゃないが、女の子の旅なんて不可能だからだ。



 カレンも可憐な女の子だが、安全面に関しては、メリッサや、リッチフィールド家がついている。そういったものの後ろ盾もなく、ジャックという無鉄砲を絵に描いたような存在と共に旅をする女の子がいるなんて、カレンには予想外であり、想定外だった。



「なぜ、なぜなのー!」


 ぎりぎりと、嫉妬の炎を窓の上から燃やす。



(……エルフ、ですか)

 ジャックと戯れる二人のうち、女の子であるリゥの姿を確認し、その種族的身体特徴を見つけたメリッサは、心の中でつぶやいた。


 エルフは、人に使えぬ秘術を使える一族でもある上、外見以上の年齢を重ねた種族でもある。ならば、見た目以上の年齢と実力を持っていても不思議ではない。



 なにより、エルフは美しい。



 メリッサは、美しい耳長族の容姿を確認し、カレンを見た。


 容姿に関しては、カレンも負けてはいない。少しウェーブのかかった金色の髪と、ブルーの瞳は、見事なものだ。



 ただ……



(あの方に、そっちの趣味があったりすれば、カレンお嬢様に勝ち目はない。エルフは、長命種。長い間、その外見は変化せず、あの見た目のまま人間と長きに渡って付き合える……!)


 なんという強敵が、現れてしまったのだろう。メリッサは、勝手にジャックの性癖を決めつけ、戦慄した。



「まあ、旅に出れば新しい出会いもある。当然そこには、ジャック様のお眼鏡にかなう人がいても不思議ではありませんからね」


 慰めにならない言葉を、メリッサはカレンにかけた。



「い、いいえ。まだよ。まだ、希望が消えたわけじゃありませんわ。まだあの方達が共に旅をして、しかもいい仲だと決まったわけではありません!」


 倒れそうになったカレンは、再びファイティングポーズをとり、拳を天にかかげた。


「そうです。まだ、終わっていません。私の尊敬する『クレイジーコマンダー』様も、希望を捨てなければ、必ず道は開けるとおっしゃっていました! 敵を知り、己を知れば百戦危うからずとも言います! メリッサ。まずは敵を知ることからはじめますわよ!」



 カレンの瞳の中に、炎が生まれたように、メリッサには見えた。



(お嬢様。これほど絶望的な戦いだというのに、諦めないなんて。やはり、一度旅に出て、正解でしたね。この旅で、お嬢様は、一回りも二回りも大きくなられます)


 諦めず、足掻くことを決めたカレンを見て、メリッサは少し目尻が湿っぽくなったのを自覚した。



「わかりました。このメリッサ。例え行く先が絶望の荒野だとしても、どこまでもお供いたします!」

「では、追いますわよー! って、絶望的とか言わないの!」


「はて、なんのことでしょう」


「もー!」

 しれっと、笑顔で主人のお怒りをかわすメイドであった。




──射撃訓練──




 受付の登録も終わり、ジャックとアズマとリゥは、宿の近くにある荒野へとやってきた。

 そこにマトを立て、ペイント弾の弾道などをチェックする、射撃訓練を行うためだ。


 流石のジャックといえども、試射なしで、使ったこともない弾を自在に操れる自信はなかった。


 地面に打ちつけた木の杭に、マトをくくりつけ、同じモノを三つ並べる。

 ひとまず試射するだけなら、それで十分だ。



「さて、試し撃ちといくか」


 ジャックがわくわくとした面持ちで、受付で貰った箱を地面に広げ、開ける。

 試射用にただでもらえたペイント弾を箱から一つ取り出し、指で弾いてキャッチし、空へとかざした。


 弾の部分が赤く染まっており、それ以外の部分は、普通の弾丸のように見えた。



「色以外普通の弾とかわらんな」


 ジャックのとりだした弾丸を、リゥもジャックの肩口から覗きこみ、見たそのままの感想を口にする。



 普通の弾も、先端を赤く染めれば、正直リゥには区別つかないだろう。



「いや、そうでもないな。やっぱ、普通の弾丸より、こっちのが軽い」


 ぴん。と指で弾き、手にした弾丸を、リゥへ投げた。


 おっととと、お手玉をして、リゥはその弾丸を手に取る。



 さらに、ジャックのガンベルトから取り出された普通の弾丸も、リゥの方へわたった。



 両方を手にしたリゥは、右手にペイント弾。左手に普通の弾を持ち、重さを比べる。



「いや、正直重さの違いなぞわからん」



 比べても、その違いがわからず、リゥは首をひねった。



「何発も撃ってると、わかるもんさ」

「そういうものか」


 どこか感心するように、リゥはうなずいた。


「そういうもんさ。さて、そろそろ撃つから、念のためさがっておいてくれ。暴発する可能性も、無きにしも非ずだからな」


「うむ」


 弾をこめ終わり、立ち上がったジャックから、リゥが後ろ歩きで離れてゆく。


 リボルバーのシリンダーを回し、回転を止め、さらに撃鉄を起こして、ジャックの銃が発射可能となる。



 そこで、リゥははたと気づいた。



「そういえば、ペイント弾の赤い染料は平気なのか?」


「苦手なのは血であって、赤い染料じゃねーからな。あくまでダメなのは、血だけだ」


「ほー。不思議じゃのう」

「まったくだよ」


 やれやれと、ジャックは不便な体に肩をすくめた。



 ジャックが血を見て気絶するのは、体に問題があるのではなく、心因性のトラウマからだ。ゆえに、オイルやただの赤い液体などが人間の体から滴っていても、なんの問題もない。



「で、だ」

「うむ」


「はーい、いつでもどうぞー」


 呆れたように声を出したのは、ジャック。で、うなずいたのは、リゥ。そして、のんきな声を返したのは、なぜかマトの前に立ち、野球のバッターのように木の棒を持ってバッティング準備をしているアズマであった。



「なにがしたいんだお前は!」

「なにがしたいんじゃお前は!」


 ジャックとリゥの言葉が、同時に荒野へ響いた。



「せっかくマトを作ったのに、その間誰も相手してくれなかったから、邪魔してやろうかと思って!」

「アホかお前は!」


 すこーんと。リゥの投げた石がアズマの頭に当たった。


「弾撃ってもくれないなんて、酷い!」


「やかましい。むしろ訓練が必要なのは貴様の方じゃろうに。なぜ邪魔をする!」



「そりゃもう、ノリさ!」

 スパーンと、ハリセンがいい音を空に響かせた。


 二、三度アズマの頭をぺしぱし叩き、その後背中のベルトをつかみ、リゥはアズマを引きずってジャックの後ろへ連れて行った。



「ったく。では、ワシは昼飯の用意をしてくるから、真面目にやるんじゃぞ!」


「へいへい」

 ぺしぺしと、ハリセンで再びアズマの頭を叩き、リゥはお昼のために、一度この場を離れることにした。


 アズマはぽりぽりと頭をかき、生返事を返し、ジャックの隣に立つのだった。



「明日賞金貰ったら、今日の昼飯代もふくめて、まとめて返すからなー」


 歩き出したリゥへ、ジャックが声をかける。



「期待せずに待っているぞ」

「いや、期待しろよ!」


 ひらひらと手を振り、この場を去るリゥへ、ジャックが思わず声をあげた。



 ケラケラと笑うアズマをひと睨みし、ジャックは絶対優勝してやる! と心に誓うのだった。



 アズマの妨害がなくなったマトの前に立ち、手にしたペイント弾入りの銃で、狙いをつける。


 ひとまずは、早撃ちではなく、ペイント弾がどのように飛ぶのか、弾道を見極めるため、肩の高さに上げ、狙いをつけて、撃つ。



 ぱん。ぱん。ぱんと、小さくなにかが破裂したような音が、響き渡る。



 最初の一発目こそ、マトの中心からほんの少しずれたが、次からはぶれることなく、マトの中心を撃ちぬき、真っ赤な塗料が、マトを染めた。


「うん。こんなもんか」


 ジャックはそれを見て、納得し、今度は銃をホルスターに収め、早撃ちで残りを試す。



 たんたんたん! と、音が鳴り、三つ並んだマトの中心が、それぞれ赤く色づいた。



 ジャックはあっという間に、ペイント弾の弾道を見極め、普通の弾丸と同じ精度で、マトを狙えるようになったのだ。


 ペイント弾を撃ちつくした銃をくるくると回し、ガンホルスターへとしまう。



 それを隣で見ていたアズマは、ぷくーっと、不満そうに頬を膨らませた。



「なんだよ。なにか、不満か?」



「ええ不満です。面白くありません。こういう場合、腕のいいガンマンはむしろ、弾との相性が悪くて照準が滅茶苦茶になるものだよ! そんなことなくて、お兄さんは大層不満です!」


 ぷんすかと、腰に手をあて、ふてくされるように頬をぷくぷく膨らます。



「いや、意味わからん。銃そのものが変わったわけじゃねーんだから、照準が大きく変わるわけねーだろ。大体お前だって、どんな棒もっても剣の腕はかわんねーだろ?」



 やれやれと、コメカミのあたりを指でかく。弾が変わったところで、ジャックにある銃の基礎は変わらないのだ。ならば、それだけで照準が大きく乱れることはない。


 当然弾によって、多少のずれは生まれるが、それさえすぐ調整できなければ、あんな神業じみたことはできない。



 それは、アズマの剣の業においても、同じと言えた。



「ぐぬぬ。じゃっくんに正論言われて論破された。くやしい!」


「お前の中の俺の評価を一度一時間ほどつかって問い詰めたいところだな」



「一見なにも考えていないように直感で動くけど、空間把握、現状把握、勘なんかはその直感を正しく支えられるほどに優れていて、さらにガンマンに最も必要な目と体幹をふくめた身体バランスが非常に優れた、凄腕のガンマンだね」


 ジャックに言われたアズマは、あっさりつらつらと、ジャックの評価を並べ立てた。

 それは、非常によい評価と言いえる。べた褒めである。


「以上です!」


 銃を持たない左手を頭の高さに上げ、笑顔で発言終わりを宣言する。


 評価、一分かからなかった。



「……」

 あっさり非常に高い評価を言われたので、思わず面食らうジャックであった。


 赤面するよりも、なにか戸惑い、オロオロしてしまうほどだ。褒められるとは思っていなかったからである。



「いっひっひ」

「くっそ、ふざけやがって」


 いたずら小僧のように笑うアズマに、ジャックは首元をかいて照れるだけしかできなかった。



 そしてジャックに次いで、アズマがマトの前に立つ。


「今度は俺の腕前をじゃっくんの前で披露する時がきたようだね! さあ、見るがいい! この無敵のガンマン、サンダラーアズマの美技を!」


 腰に添えられた銃へ手を伸ばし、アズマは一瞬にしてそれを引き抜き、マトへと向けた。



「速い!」



 その速度は、神速の早撃ちをむねとするジャックにさえ、速いとつぶやかせる速さだった!


 引き抜かれた銃は、見事に杭にそえつけられたマトに、ぶち当たった。

 ばいん。ぼいん。ぽてん。こてん。マトの下に、アズマの銃が、転がる。



 ……ペイント弾がではなく、その銃そのものが。



「……」

「……おかしい。この弾照準がずれてるよ!」


 無言で呆れるジャックに、アズマは慌ててマトを指差した。



「それは真面目に言ってんのか? ボケてんのか?」



「……」

「……」


「じゃっくん。その言い方は、ちょっぴり寂しいわ」

「意味わからん!」



「もうちょっと愛のあるツッコミが欲しいな! カムバーック、リゥー!」


 リゥの去った方へ、アズマは期待の叫びをあげる。



 だが、とっても遠くから石が飛んできたり、炎の弾が飛んできて、アズマに遠距離ツッコミを入れてくれるようなことはなかった。



 結果。



「てへっ」


 自称可愛く、ウインクして手をほっぺたに当てて舌を出したとさ。



「とりあえず、実弾と実弾。どっちを撃ちこめばいいと思う?」


「それどっちも実弾です! ペイント弾か優しいツッコミにしてください!」



「やかましいわこのアホ! もっと真面目にやれ!」

 アズマの脳天に、ジャックの平手打ちが振り下ろされましたとさ。


 結局素手でパーとは、優しいジャックである。



「とりあえず、早撃ちはダメだ。ちゃんと構えて撃ってみろ」


「あ、その前にさ」


「今度はなんだよ」



「弾、こめるからちょっと待って」



「最初から放り投げる気満々だったんじゃねーかー!」



 ねーかー。ねーかー。



 荒野にジャックの絶叫が、こだました。




 ちなみに、きちんと銃を構えて真ん中のマトを狙って撃ったところ、その隣のマトに当たるという芸当をかましたとさ。


「……俺に照準ずれろとか言ったお前のが相性悪いとか、どういう了見だよ」


「てへっ」

 アズマ、可愛く笑ってごまかすのであった。




──邂逅──




 わいわいきゃいきゃいと楽しそうに射撃試射をする二人を尻目に、リゥは昼飯を手に入れるため、宿の方に向け、荒野を歩いていた。

 荒野といっても、川の近くに並んだ宿の方は、緑も多く、木や茂みも多い。


 リゥが宿へと向う道にも、多くの茂みがあり、小さな林と化したそこからは、ジャック達を視認することができるが、リゥの姿は茂みに隠れ、すでに、ジャック達から見えなくなっているだろう。



 そんな道の途中にある茂みに隠れ、ヒソヒソと声を潜め、話す二人組が居た。



「ふふっ。まさか単独行動をはじめるとは、なんと都合のよいことでしょう!」


「え? お嬢様、まさか直接たずねるのですか?」


 こちらへ向ってくるリゥを見て、ぐっと拳を握ったのは、動きやすい服に着替えたカレンと、なぜかメイド服のまま、彼女の発言に驚きを見せたメリッサである。

 メリッサが伸ばす、静止の手も無視し、カレンは茂みの中から飛び出し、リゥの真正面へと立ちふさがった。



「むっ?」



 突然茂みから飛び出してきた、頭に葉っぱを乗せたカレンを見て、リゥが身構える。


 祭りのおかげでいきなり襲われるなんてことは考えていないが、いきなりなにかが飛び出してくれば、当然の反応といえた。

 カレンはリゥの前に立ち、背筋をピンと伸ばして、満面の笑顔を作り、リゥを正面からはっきりと見据え、口を開く。



「突然のご無礼、失礼いたしますわ! そこのエルフのお嬢さん。ちょっとお尋ねいたしますが、よろしいですか!」



「い、いきなりなんじゃ……?」

 身構えたリゥが、いぶかしんだ表情を見せる。



(あ、相変わらず、奇策を弄するのでなく、正面突破になってしまうとは……確かにこれに関して下手な策を弄するより、正面突破の方がいいかもしれませんが、いきなり本丸に突撃するのは、いかがかと思いますよお嬢様!)

 茂みの中で、メリッサが頭を抱える。


 直接関係をはっきりさせるというのは、最もシンプルで確実な手段だが、答え如何によっては、最もダメージを受ける可能性のある方法だ。



(流石の私も、これは予想外でした。ですがそこまで、負けられないと思っているのですね!)


 カレンの心意気を受け取ったメリッサは、茂みの中で、カレンの勝利を祈った。



 だが、カレンはメリッサの予測を、軽々ととびこえる言葉を、口にする。



「私の名はカレン! お尋ねしますが、ジャックの隣にいるオリエンタルガールは、何者ですか!?」



 腰に手をあて、もう一方の手で、力強く、ある一点を指差した。


 その指の先にいるのは、またなにか変なことを言ったのか、ジャックにアイアンクローをされる、アズマ。



 カレンが指差したのは、リゥではなく、アズマだった!




 リゥは首を傾げ、メリッサの動きは、止まった。




 ひゅうーっと、西部の風が吹きぬける。


 リゥもメリッサも、カレンの指の先を見て、固まっている。

 リゥは、オリエンタル『ガール』とは誰のことだ? と、言っている意味が理解できず、メリッサはあまりの予想外に、思考がとまってしまったのだ。



「?」


 唯一事態の飲みこめないカレンは首をひねり。



「私の名はカレン! お尋ねしますが、ジャックの隣にいるオリエンタルガールは、何者ですか!?」



 もう一度、言った。


 とちらず言えたので、むふーっと、カレンは満足そうに息を吐く。



「あ、あの、お嬢様。私からも、一つよろしいですか?」


 メリッサがおずおずと、茂みの中から手を出し、カレンへ声をかける。



「なにかしら? メリッサ」

 カレンがちらりと茂みへ視線を向けると、メリッサは姿を現し、リゥへ小さく頭を下げ、浮かんだ疑問を口にした。



「なぜ、こちらのエルフではなく、あちらを?」



「なぜって、当然じゃありませんか。年の離れたちびっ子よりも、より年の近い、ジャックの好みと思われるエキセントリックな娘を警戒するのは当然でしょう?」


 なにをおっしゃっているの? という口ぶりで、カレンは首をひねった。



「ほら、見なさい。あんなにも仲良いのですよ!」



 カレンの言葉を聞き、反射的に視線をジャックとアズマの方へと向けると、そこには変わらずアイアンクローされるアズマの図があった。まあ、一見すると、頭を撫でるようにぐりぐりしている二人の図に、見えなくもない。


 確かに、男女であんなことをするのは、よほど仲が深くなければ、無理だろう……



「あんなに楽しそうに、くっついて……!」


 ぐぬぬ。と、カレンが唇をかみしめ、服の裾をきゅっと握る。



「……」

 メリッサはコメカミをおさえ、自分の記憶領域を探った。


 そういえば、一番最初あの三人組を見たときも、今と同じように、ジャックがアズマをヘッドロックをして、頭に拳骨をおしつけていた。


 それを見て、カレンはその二人の距離が、とんでもなく近いと感じたのだろう。


 確かに、肩まである髪を後ろに束ね、華奢な体躯と、可愛らしいともとれる、まだ成長しきらない柔らかな輪郭と顔立ちをしている。



 が、あの胸のつくりと、下半身にある、ある反応からして、あの異邦人は、性別、男である。



 記憶の中のデータと、今見えるデータを照合し、自分の認識は間違っていないと、メリッサは確信する。



 つまり、カレンお嬢様は、あそこにいるアズマのことを、女と勘違いして、その二人の距離感に、嫉妬を覚えたのだ!



「ぶふっ」


 それに気づいたメリッサは、ついに耐え切れなくなり、小さく噴き出した。



(ま、まさか、そんな発想が出るなんて……私の想像のはるか斜め上をゆくなんて、さすが、さすがカレンお嬢様!)



 口を両手で押さえて視線を外し、肩をプルプルと震わせる。


 幸いにもカレンは、わいわいといちゃつく(ように見える)ジャックとアズマを見て、ぐぬぬとしていて、肩を震わせるメリッサに気づいてはいない。



「あの娘とは、ひょっとして、アズマのことか?」

 件のオリエンタルガールが誰のことなのか気づいたリゥが、ため息交じりで声をあげた。


「そう。アズマというのですか。変わった名前ですね」


 リゥの返答に、カレンが大きくうなずいた。



「そりゃそうじゃろう。あいつは東方からやってきたサムライで、ついでに、男じゃ」

「……は?」


 呆れたリゥの声に、カレンは目を点にして、唖然とした声を返した。



 ぎぎぎぎぎぎっと、壊れたロボットのように、首をメリッサの方へと向ける。



 視線を向けられたメリッサは、きっちりとした、いつもの背筋を正した姿に戻っていた。


 カレンに視線で尋ねられたメリッサはこくりとうなずき。



「はい。お嬢様。気を強く持ってお聞きください。あの方と一緒にいる、もう一方(ひとかた)は、男です」



 メリッサの言葉に、カレンの顔が、さあぁぁ。っと青くなった。



「で、でもでもだって、髪は長いし、華奢だし、このあたりでは見ない、珍しい不思議な格好だし……」



 確かに、アズマを遠くから見ると、髪の長い、ポニーテールのオリエンタルガールに見えるのかもしれない。


 確かに袴は、足首にむけてふんわりと広がり、その構造を知らないものが見ればロングスカートに見えなくもない。



 だが……



「あの胸元を見て、どうして女と思える」


 リゥが、呆れたようにつぶやいた。

 アズマの上半身の胸元は、いくら外套があるといっても、ぺたーんとしていて、女には見えない。



「……あっ」



 リゥに指摘され、気づいたようだ。



 カレンの顔が、かあぁぁぁっと、赤く染まる。



「あ、あ、あああ……」


 そのまま、両手で頭を抱え。



「にゃー!」



 意味不明な言葉を、叫んだ。


 そのまま頭を茂みに突っこみ、にゃーにゃーと、叫びを上げている。



「……なんじゃこれは」

「落ち着くまで、しばらくお待ちください」



 呆れるリゥに対し、メリッサは申し訳ありませんと、頭を下げるのだった。




──仕切りなおしの自己紹介──




「えー、こほん。気を取り直しまして!」

 落ち着いたカレンは、仕切りなおしたように一つ咳払いをして、リゥの前に立った。


「あ、ああ。そう、じゃな」

 リゥの方も、律儀に先ほどのことにはツッコミを入れず、大人しく従う。



「私の名前は、カレン・リッチフィールド! この地に、ジャックを追いかけてやってきた者です!」



 先ほども名乗ったが、どうやら自己紹介から仕切りなおすことにしたようだ。


 胸を張り、堂々と自己紹介を行う。


「追いかけてきた、とは?」

「そ、それは、えへへ……」



((そこは照れてぼかすのか!!))



 リゥが目的を問うと、えへへと笑い、両手で頬を押さえ、体をくねらせた。


 とはいえ、先ほどの質問と、追いかけてきたという答えから、どういう感情のモノなのかは、呆れるリゥにも推測はできた。

 さすがにこれで、借金をとりかえしに来たなんてことはないだろう。


「ところで、リッチフィールドとは、あの?」

「ええ。あなたの想像しているリッチフィールドだと思いますわ。ですので、あまり大きく喧伝はしないでください」


 リゥの疑問に、ぐねぐねしていたカレンは胸を張り、答えを返す。



 人間の世に出てきてあまり長くないリゥでも、大開拓時代の伝説の存在は、耳にしたことがあった。


 そんな者が、危険な西部へホイホイやってきているなど、あまり公にはできない事実だ。知れば、即刻かどわかされてもおかしくない。

 なら、素直に言わなければよいのに。なんてリゥも考えたが、正直にそこまで身分を明かした彼女に、リゥは好感を覚えた。


(しかし、リッチフィールドとは、またとんでもないところと知り合いじゃのう)



「ということは、ジャックのトラウマとなった暗殺事件。そこに、関わりのある者か?」


 リッチフィールド家とジャックが関わりがあると聞き、ある可能性が思い浮かんだ。

 ジャックが血を見て気絶するというトラウマを追ったのは、なにかの暗殺事件に巻きこまれたからだとリゥは聞いている。


 リッチフィールド家という大陸全土に影響力を持つ大金持ちと知り合いであるなら、暗殺事件と係わり合いがあっても不思議はなかったからだ。



「な、なぜそれを!?」

 リゥの言葉に、一歩大げさに下がるというオーバーアクションで、カレンが、驚愕という答えを返す。



「聞いたからな」


「そ、そんな……」


 あっさりと返って来たリゥの答えに、カレンの体が震える。


 ふらり、ふらりと体が震え、ヒザが力を失い、がくりと地面にヒザから崩れ落ちた。



「ジャックが、そんなことまで話すなんて……まさか、ジャックの趣味は……! それは、想定外! 計算外ですわっ!」



 カレンの頭の中では、ちゅんちゅんとスズメの踊る朝の中、ベッドのところでリゥとジャックが過去を話しているシーンが映写機で映し流れている。


「こんなの、ありえてなりませんわあぁぁぁん!」


 NOOOOO! と、地面に手をつけ、頭をたれた。



「んなわけあるかー!」

 カレンの絶叫に、リゥも負けじと、大声を出してツッコミを入れた。



「アホかお前は! なんでいきなりそんなぶっ飛んだ答えになる!」


 手までついて絶望したカレンの後頭部をぺしぺしと叩き、リゥは絶叫する。




「大体ジャックとそんな関係になるか! ワシが好きなのは……はっ!」




 ここまで絶叫して、リゥの言葉がとまった。


 同時に、カレンの絶叫もとまる。



「ほほう。好きなのは……?」

「好きなのは!?」


 メリッサがすまし顔のまま、にやりと笑い、カレンはぱぁっと明るい笑顔で、顔をあげた。



「うぐっ……」

 リゥが言葉に窮した。



 メリッサは、指を一本たて、一度、天を指差し、ゆっくりと、腕を下ろし、リゥを指差した。


 それはまるで、犯人を追い詰める、名探偵のような動きだ。



「その思い人とはずばり、あのオリエンタルボーイですね!」


 マジで!? と言うかのように、メリッサの言葉に、カレンがそちらを振り向く。



 直後……



 かぁぁ。


 リゥの透き通るような白い頬が、真っ赤に染まる。



 それは、無言の肯定としか取れない反応だった。

 そのまま、リゥは、両手で頭を抱え。



「にゃー!」



 奇声を上げたリゥは、木の影に隠れ、しゃがみこんで体を縮こまらせ、真っ赤になった顔を、両の手で覆う。


「違う。これは違うんじゃー!」


 にゃーにゃーと、木の下で、叫びを上げる。



(当たっちゃった)

 実は適当言ったメリッサであったが、それは口には出さなかった。


(ま、まあ、ジャック様でなければ、消去法で彼しかいないわけですし……)


 だから、しょうがないよね。と、撃沈させてしまったリゥの隠れる木の方を見て、自己弁護を重ねる。



「ふっ、ふふふ。ならばしかたありませんわね。もちろん気づいておりましたわ。ええ。気づいてました。これであなたと私はイーブン。計算どおりですわ!」


(……なにがイーブンなのでしょう?)


 完全復活して立ち上がったカレンが、胸を張ってうふふふふと笑い、そんな意味不明な発言を聞いたメリッサは、一番謎な部分を、疑問に思った。


 が、口には出さなかった。




 それはさておき。




「……ともかく、気を取り直してじゃ!」


 しばらく頭を抱えていたリゥだったが、もそもそと木の影から姿を現し、仕切りなおしたように咳払いをした。


「そうですわね。これでイーブンですもの!」

 カレンの方も、これ以上のことはつっこまず、イーブンということで、大げさにうなずいた。


「ワシの名はリゥ・リシア。念のため言っておくが、ジャックとは仲間意識はあれど、特別な感情はない。ワシとアズマは、西へ向う旅をしている途中で、何度かヤツと腐れ縁となり、そこで金のないヤツへ金を貸し、共に旅することになっただけじゃ」



「ああ、借金で。納得です」


 メリッサが、リゥの説明を聞き、納得した。



「そして、その腐れ縁となった時、ジャックが血を見て倒れることもあって、その時理由を聞いただけで、やましいことは一切ない。わかったか?」


「ええ。それはよかった」

 それを聞き、カレンはほっと胸を撫で下ろした。



(……リシアの一族ですか。確か、二、三年ほど前に何者かに全滅させられた、エルフの氏族だったはず。生き残りがいたとは、驚きですね)


 メリッサが、記憶領域に浮かんだその情報に、小さな驚きを隠せない。



「で、どうする?」

「どうする。とは?」


 自己紹介も終わり、リゥの発した言葉に、カレンが首をひねった。



「お前はジャックを追いかけてきたのだろう? なら、今すぐジャックを捕まえて、告白でもして東部に連れ戻すのか? それとも、仲間として合流して、共に西へ向うのか。そういったビジョンのことじゃ」


 先ほどのやりとりで、カレンがジャックにある感情を持って追ってきたというのは、確信している。

 アズマが男ということで、リゥへの問いは終わった形だったが、おせっかいなリゥは、ジャックにあう機会をセッティングするなどの協力をしてやろうと考えていたのだ。


 リゥの言葉を聞いたカレンは、上機嫌で胸を張る。



「ふふっ。今はなにもしませんわ。私の計画は順調に進んでおります! 今は、あのオリエンタルガールがボーイだったと確認できただけで、十分なのです!」



「……」

 どういうことじゃ? と言いたげな顔で、リゥはカレンを指差し、メリッサへ視線を送った。


「はい。説明すれば長くなりますが、お嬢様はアズマ様を女と勘違いし、ジャック様との関係をリゥ様に問いただしにきました。それは、先ほどの問答でクリアされましたので、気にする必要からは消えました。ただ、今、お嬢様自身が、ジャック様に声をかけることや、本人に見つかることなどは、できないのです」


「? 計画とやらに、関係があるのか?」



「はい。ついでに言えば、今直接告白などをしても、玉砕するのが目に見えていますから」



「はぁ?」

 意味がわからん。と、メリッサからカレンへ、視線を戻す。すると、そのままカレンは、リゥから視線をそらし、ひゅー、ひゅー。と、口から空気の漏れる音しかしない口笛まで噴き出した。



「お嬢様とジャック様は幼なじみなのですが、お嬢様は、あの方を前にすると緊張と興奮で頭が回らなくなり、口を開けば『下僕にしてあげる』とか、『一生こき使ってあげる』など、反感を買うような言動になってしまうのです」



「ジャックにだけか?」

「はい」


 ちょっとふんぞり返るような態度をリゥにも見せたが、どこか間抜けが漂う彼女の言動は、むしろ好感が持てると感じていたリゥは、懐疑の目を、カレンへ向ける。



「緊張すると出ちゃうんだからしかたないじゃない!」



 もう! と、言い訳するように、リゥへ言い放ったカレンの目を見て、リゥはその言葉が事実であると、確信する。

 もう毎度の話なので、そろそろ説明も必要ないかもしれないが、リゥはエルフのみの使える秘術を使い、目を見た者の心の真贋を確認できるからだ。



「それはまた、難儀な……」

「まったくです」



「うるさいですそこ! 私だって、好きでジャックに嫌われようとしているわけじゃありません!」


 同情から息をはき、それに同意するリゥとメリッサに向って、カレンが怒鳴る。



「まあ、育ての親となる、祖父であるだんな様が、将来をみこして、いわゆる帝王学を学ばせたのですが、その結果、なぜか大変緊張すると、態度が高慢になるという、非常におも……困った癖が身についてしまったのです」


「今おもしろいとか言わんかったか?」


「気のせいです」

 メイドは表情一つ変えず、眉一つ動かさず変わらぬ笑顔のままそう言い切った。



「こいつ……」

 リゥは少々呆れたが、まあ、そのくらい神経が太くなければ、つきあっていられないのかもしれない。と、自分を納得させた。



「それを言うのでしたら、リゥ様もなかなか素直になれない性格のようにお見受けしましたが?」

「ワ、ワシは関係なかろう!」


 図星をつかれ、リゥも頬を赤く染めながら、反論にならない反論をした。



「そうでしたね。ともかく、こんな癖を持っていますので、素直に気持ちを訴えたところで、撃沈どころか轟沈するのが関の山です。ですのでお嬢様は、この地である策略をジャック様に仕掛けました……」



 メリッサは、リゥへ、このガンバトルを真に考えたのは誰かを、説明した。



 カレンはジャックの行き先を予測し、この地の市長の性格を考え、この地でペイントガンバトルを提案すれば、開催され、ジャックは必ず参加してくるだろうと。

 そして、ジャックの腕前ならば、優勝は確実だと!



「そして、その優勝の副賞としてついてくるのが、この私なのです!」

「そう! これが、告白すれば確実に玉砕するカレンお嬢様の考えた、無理矢理他人のモノとしてついてゆく作戦! そうなったらジャック様の受け取りは拒絶できないことを予測した、まことにエゲツナイ作戦となっております」


「えへへー」


(……メイド絶対褒めてない)


 照れるカレンを前に、リゥはそんなことを思うのだった。



「あ、となると、リゥ様とは後々、共に旅をすることになるかもしれませんね」

「そうかもしれませんわね。なにせ私は、ジャックの所有物となりますから!」


「……」

 ぽんと手を叩いたメリッサと、上機嫌に笑うカレンを見て、リゥは、それでいいのか? と考える。



(じゃが、苦肉の策なんじゃろうなあ)



 感情が高ぶると高慢になるのは、嘘ではない。そこまでしなければいけないのなら、それ相応に酷いのだろう。そう、予測がつき、リゥはその悲哀に、カレンのことをちょっと哀れむのであった。



「ふふっ。明日になれば、ついに私がジャックのモノに。そうなれば、きっとあんなことやこんなことを。ああ、ジャックいけないわ! そんなに私を束縛したいなんて! ぐふ、ぐふふふふふふ」


 勝利の見えたカレンは、再び女の子がしちゃいけないような笑いを浮かべながら、体をぐねぐねさせる。



「……」

(あ、こいつは確かに、ジャックと幼なじみじゃな)

 笑うカレンを見て、リゥは確信した。この、とらぬ狸の皮算用。そんなところは、そっくりだ。



 リゥはため息つきつつ、ちらりとメリッサへ視線を向けた。



 するとメリッサは、涼しい笑顔をリゥへ返した。だが、その視線は、こんなお嬢様も可愛いでしょう! と言わんばかりであったそうな。


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