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第05話 ゴーダタウンの死闘 後編


──アルマガルマ飛翔──




「ルイも、敗れたか……」

 そこは、アルマガルマの艦橋。操舵室となる部屋。


 その部屋に、唯一存在する男。ゴーダが、正面にある巨大モニターを見ながら、つぶやいた。


 そこには、この地周辺の地図が映し出され、千あった光点が今しがたすべて消えたところだ。


 この飛行要塞アルマガルマの内部で作製された、人と機械の融合兵。『ハイブリッドソルジャー』の位置を知らせる信号を表示させた地図。その光点全てが消えたということは、一千一体いた『ハイブリッドソルジャー』すべては、あのサムライに倒されたということを意味している。


 一千一体もの『ハイブリッドソルジャー』と、三十三万三千発の弾丸を用意し、さらに人質と策まで用い、確実に殺せる物量と地利までもを準備したというのに、それでもあのサムライは、この必殺の策を見事打ち破って見せたのだ……!



「さすが、『オオカミ』殿といったところか……」


 光点が失われ、ただ周辺を映すだけとなった地図を見ながら、ゴーダは自嘲する。



「だが、残念だが、ワシの勝ちだ」



 にやりと笑い、ゴーダの表情が一変する。視線を、正面ではなく、手元に落とした。


 するとそこには、すべての計器がグリーンを示し、この飛行要塞は、いつでも飛翔できることを現していた。

 千の兵を送り出したあと、さらなる保険として、この飛行要塞アルマガルマの飛翔を準備しておいたのである。


 すでに半分は掘り返したとはいえ、土に埋もれたままの箇所の動作チェックも行わず飛びたとうなど、『遺人』の遺産といえども、どんな不具合が発生するかわかったものではない。

 このような緊急飛翔はゴーダも行いたくはなかったが、そのようなことを言っている余裕はすでにない。


 最強の仇敵を倒す手段は、もうこれしか残されていないからだ。



 レバーを、ゆっくりと最大まで引き上げてゆく。


 それとついでに、手元にあったリモコンを操作しはじめる。

 正面のモニターが切り替わり、洞窟内部を映し出した。



 そこにはまだ、人質として使われることなく、このアルマガルマの発掘作業に従事する男達がいる。

 なにも知らず、ただただ命令に従い、要塞を掘り起こそうとする、哀れな男達が。


 つるはしとシャベルを振り上げ、男達はその土や岩をトロッコに乗せ、必死に外へかきだしている。



 かしゃん。



 すると突然。男達の手足を縛る枷が、外れた。


 あまりに突然のことに、男達は自分の手元や足元を交互に見る。見張りは今一人もいない。これはまるで、逃げてくださいと言っているようなものだ。



『ふふ……』



 洞窟内に、声が響いた。


 男達は知っている。この発掘を指示した男。本物の鬼であった、ゴーダの声だと。



 その声を聞いた瞬間、男達は震え上がり、せっかく枷が外れたというのに、動くことさえできなくなった。

 本能に刻みこまれたかと思うような恐怖が、彼等の体を駆け巡ったのだ。


 それほど、先に見た鬼の姿は恐ろしかった。



『まあまあ、そう怯えなくてもよいではないか。君達には一つ、朗報が待っているのだから』



 ざわっ。



 鬼の声に、男達はざわついた。それは、期待と恐怖が混ざり合った、動揺とも言えるものだ。


 だが、次に発せられたゴーダの言葉で、それは歓声に変わる。



『諸君等、ご苦労だった。ワシの目的は達成された。ゆえにこれで君達は、この奴隷のような状況から解放される』


 男達は、枷の外れたこの状況と、その言葉を理解し、思わず諸手をあげ、喜びの声を上げてしまった。

 まさか、解放されるとは夢にも思っていなかったからだ。



 だが──



 それを見たゴーダは、にたぁ。といやらしい笑いを浮かべた。まさに、サディストの笑い。希望から絶望へ、あげて落とすための、準備。



『ああ。自由だとも。であるから、岩に潰されようが、埋もれようが、ワシには、関係ない』



 ゴーダは笑いを堪えながら、手元のレバーを一気に最大まで引き上げた。



 ──ゴーダの言葉が、洞窟内に響いた瞬間。歓声が、ぴたりとやんだ。




 ごご。



 ごごごごごご。




 洞窟が、小さく鳴動したかと思うと、さらに大きな轟音が、鳴り響きはじめた。

 ぱらぱらと、天井から土や石が落ちてくる。


「まさか……」


 男達の誰かが、その予感を口にする。



『そうだ。今からこれは、飛び立つ。その時ここがどうなるか、馬鹿でもわかろう?』



 それは、絶望の宣告だった。


 いくら自由になろうと、この洞窟がつぶれてしまってはなんの意味もない!



 混乱する男達は、一斉に出口へと走り出す。



『ふふふ。ふはは。ふはーっはっはっはっはははは』



 必死に逃げ惑う男達の絶望に染まった表情を見ながら、それがおかしくてたまらないゴーダは、笑いを堪えない。


 洞窟内に、ゴーダの笑いがこだまする。


 その笑い声は、男達をより恐怖に落としいれ、洞窟内から必死に出口へと逃げ出そうと、混乱を増幅させる。

 だが、その距離はあまりに遠く、崩落するであろうこの地下から、誰一人として逃げられるとは思えなかった……


 ただ、その混乱の中、たった一人の男が男達の流れに逆らい、奥へ奥へと歩いてきていることに、誰一人として気づいたものはいなかった。

 赤いマフラーをたなびかせたそのガンマンは、動きはじめたアルマガルマを見据え、手にしたそれを天にかざず。



「さあ、飛びたて。そして再び、世に悪夢をふりまくがいい!」



 ゴータの操作により、飛行要塞アルマガルマは、地上への飛翔をはじめる。


 洞窟の天井を崩し、大勢の人々を飲みこむ崩落を生み出すために……



「そして、お前が悪いのだよ『オオカミ』。お前のせいで、この無茶な飛翔が敢行され、発掘にかりだされた街の男達は無残に生き埋めとなり、地の底へ沈む。すべて、貴様が悪いのだ!」



 その言葉はただの責任転嫁だ。

 だが、そうせざるをえないほど追い詰められているのは、確かに事実。


 ゴーダとて、このような無茶な飛翔は、望まなかった。


 飛行要塞アルマガルマの起動により、洞窟が、いや、大地が揺れる。



「さあ、飛翔せよ。悪夢の遺産、アルマガルマよ!」



 ぐぐぅと、地下に埋もれた飛行要塞が、ゆっくりと持ち上がった。



 その刹那。




 どぉん!




 衝撃に、要塞が揺れた。


 突然ゴーダの目の前に赤いアラートが飛びこみ、警告音が鳴り響く。



「な、何事だ!」



 アラートとともに画面が動き、索敵システムが、それを映し出した。

 本来ならば、この巨大要塞は、たった一人で操縦するようなものではない。指揮、操舵、索敵、砲撃。様々な事柄を分担して操縦する。


 ゆえに、そこにそれが現れるまで、ゴーダは気づけなかった。


 いや、正確に言えば、最大の敵はあのサムライであり、この洞窟内に敵がいるなど、ゴーダは想像もしていなかったのだ。



 それは、洞窟内の広間に突然姿を現した。


 漆黒のサークルの中に生まれた影から這い出るようにして、世に顕現したのだ。



 ゴーダは、それを知っている。



 その漆黒の巨人を、知っている……!


 それは、自分がある男に与えた、白き巨人に対抗するための機鎧だからだ!



 だが、一つだけゴーダの記憶と違うところがあった。



 アレの武器は、短い刀一本。

 なのに目の前にいる巨人は、二丁の拳銃をかまえている。


 そして、その二丁拳銃のことも、ゴーダは知っていた。



 それの名は、射撃兵装『青龍』

 かの『オオカミ』が駆る機神に搭載された、兵装だからだ!



『ま、さか……』



「ああそうさ」

 衝撃によりスピーカーのスイッチが入ったのか、ゴーダのつぶやきに、巨人が答えを返した。



 破損した胸の装甲の奥に、一人のガンマンが乗っているのが見えた。

 コックピットに座り、視界を共有するゴーグルを装着している。



「乗ってるのは、この俺、ジャック・サンダーボルトだよ!」



 二丁拳銃を構えた漆黒の巨人が、そう叫んだ。

 漆黒の機鎧に握られた二丁の銃から、次々と光の弾丸が放たれ、アルマガルマを揺らす。



「悪いが、街の奴等が逃げ切るまで、ここにいてもらうぜ!」




 引き金を絶え間なく引きながら、ジャックはアズマの指示を思い出す……


 ジャックがメッセンジャーとしてアズマのもとを訪れ、情報を共有したのち、短く思考したアズマが決断した答えを。



『俺はこのまま、そのメッセージに従い、採石場へ向おうと思うんだ。そして、俺が無事生き残ったらさ、その鬼は、アルマガルマを強制飛翔させて、街の人達を生き埋めにしようとするだろうから、その時、飛ぼうとするのを邪魔して、街の人達を逃がして欲しいんだよ』



 最初は、言っている意味がわからなかった。

 両腕を怪我した自分に、なにができるのだと思ったくらいだ。



 だが、目の前で膝を突く漆黒の機鎧を指差し、これを使えと言われたのには、驚いた。



『相手もまさか、こいつが五体満足でまだ動く状態で残っているとは想像もしていないし、両腕を潰されたじゃっくんが戦力になるとも考えていない。そこを、利用するんだ』


 そして、あの処刑の場にジャックが現れなかった理由が、これである。


 足手まといだったからではなく、胸の装甲以外、実質無傷で鹵獲され、新しい武装の二丁拳銃をセットされたあれを手に、手薄となったこの洞窟へと戻ってきたのだ。

 人型の利点の一つ。それは、同じ人型の武器ならば、こうしてそのまま使いまわせるということだろう。


 結果は、アズマの予想したとおりだった。



(……まさか、マジで生き残って、実現させちまうなんてな。なら俺も、俺のやれることをやるしかねーだろ!)



 ジャックが今できること。それは、洞窟を崩して飛翔しようとするこの要塞を、街の人達が逃げるまでこの地の底に足止めし続けること!


 腕が使い物にならなくとも、人機一体となるこれならば問題ない。必要なのは、機鎧を自在に動かす感覚と、元の体の銃の勘だけ。



 元の体を動かすのと同じ感覚で漆黒の機鎧は動き、その光の弾丸はジャックの狙った場所へ寸分たがわず飛んでゆく!



 ジャックは両手に構えたハンドガンを、やたらめったらに撃ちまくる。

 その巨大な要塞は、この程度では破壊出来ないが、飛ぼうとするのを邪魔するのには、十分な力だった。



「おっさん達、ここは俺が抑える! だから、早く逃げろ! 俺はあんた達を助けて欲しいって頼まれて、きたんだからよ!」



 洞窟の振動が小さくなり、街の男達は、漆黒の機鎧へ感謝の言葉を送りながら、必死に外へと走ってゆく。



「おのれ、ヤツはこうなることさえ見越して、戦っていたというのか!」


 ゴーダは戦慄する。



 まさか、こちらの掌の上で踊っていたと思っていたあのサムライの行動が実は、すべてこちらの行動も予測した上での行動だったのだから。

 それでいて、その策を自身の力で打ち破り、さらにこの対策までしている。



 なんと恐ろしい男なのだ。



 だが、追い詰められているのは相手も同じ。この切り札であるアルマガルマが外にさえ出れば、機鎧の使えないあの男など、おそるるに足らず!



「だから、邪魔をするなー!」



 操舵室のパネルを操作し、目の前で銃を放つ巨人へ目標を定める。


 二つ連結された船に似た先端が動き、そこから三門ずつの大砲が左右に一つずつ。合計六門姿を現した。

 狭い坑内でこれを放てば、たとえ目の前の巨人がかわしたとしても、洞窟は崩れる。



 六門の大砲が、火を噴いた。


 それにあわせ、ジャックの銃も六度火を噴いた。



 六度の轟音が響く。



「なっ……!?」



 ゴーダは、一つ目の信じられぬものを見た。


 要塞の放った六発の砲弾。それが、機鎧から撃ちだされた六発の弾丸とぶつかり、空中で消滅した。



 まさか。と思い、もう一度その砲撃を指示する。



 再び六門の大砲が火を噴くが、結果は同じだった。



「ば、ばかな……!」


 それは、信じられないことだった。目の前の機鎧が、放たれた砲弾すべてを自身の放つ弾丸で相殺するなんて。


 いくら人機一体となり、射撃精度が機械のそれに上がったとしても、放たれた砲弾へ射撃する決断をするなど、早々簡単にできるはずもない。


 少なくとも、同じことが生身でできる自信がなければ、実行など不可能だ。



 ならば、この操者の銃の腕もまた、あのサムライと同じ、神業の領域に踏み入れているということになる!



 あれほどあっさりと気絶した男が、まさかこれほどの腕を持っているとは、鬼のゴーダといえども、見抜けはしなかった。



「おのれ、おのれ!」


 それでも、ゴーダは砲弾を放つのをやめない。



 例え相殺されるとしても、今度はその隙に、アルマガルマを浮上させることができるからだ。


 優先すべきは、この地下からの脱出。ゴーダは機関のパワーを最大まで上げ、飛翔を優先させた。



 結果、幾度かの衝撃を経て、飛行要塞アルマガルマは、ついに地中から空中への脱出を成功させる。




 悪夢の遺産が再び、世に姿を現した瞬間であった……!




 洞窟がゆっくりと崩れ、漆黒の機鎧も、その瓦礫の下へと姿を消す。


 この程度の崩落であの機鎧が葬れるとは到底思えなかったが、そんなことはゴーダにとってもう、どうでもよかった。


 ゴーダが期待した、逃げ惑い、絶望の中押しつぶされる街の者も、一人も生み出すことはできなかったが、それももう、どうでもよかった。



 なぜなら……



「こうしてこのアルマガルマが外へと出てしまえば、助かろうがなかろうが、関係ないのだからな!」



 そう。全てを焼き払う力を持つ、この飛行要塞が飛んだのだ。



 あとは、この圧倒的な力で、全てを薙ぎ払えばいいだけなのだ!


 空へと浮かんでしまえば、南北戦争のおり一度だけ使われ、あまりの威力に南軍でさえ二度と使わぬと封印した大量破壊兵器が使用できる。


 埋まったままでは、自爆でしかないそれを、地上に向けて発射することができる。



 すべては、このアルマガルマ砲さえあれば、ことたりるのだ!



 空に出たという事実で、ゴーダはもう、笑いがとまらなかった。



「くく。くはは。さあ、見るがいい。ワシが、皆に救いを与えてやる!」



 だが、次の瞬間。


 ゴーダは二度目の信じられぬものを見る。




「残念だけど、そうはいかないんだ」


 空から、声が響いた。




「なっ!?」

 アルマガルマのモニターに、映ってはいけないものがうつる。



 それは、背に炎の翼を携えた、白銀の巨人。




 バァンによって起動不能にされたはずの、『アーマージャイアント』が、そこにいたのだ……!




「ば、馬鹿な……」

 二度目のありえぬことに、口から、そんな言葉が漏れた。




 ジャックの稼いだ時間は、街の男達を逃がすということだけではなかったのだ……!




──再生の炎──




 時は、アズマがルイを倒し、処刑台のリゥのもとへ戻った時に戻る。



 処刑台に寝かされたリゥを、アズマは膝をつき、優しく抱き上げる。



「リゥ、大丈夫か? リゥ?」

 ぺちぺちと、頬を優しく叩く。


 反応はない。


 耳を引っ張る。



 やっぱり反応はない。



「……これは、まずいな」


 リゥの顔色は真っ青を通り越し死人のようであり、息は荒く、衰弱も激しかった。



 それは、鬼に殴られた怪我が原因だけのものではない。



 幼い身体での無理な不死鳥の召還。その反動による魂の消耗。


 前回の召喚は、その魂が反動についていけず、体のセーフティーが働いたことにより、力尽きたままに気を失ったが、今回は違う。



 リゥの怒りと憎しみが、肉体を凌駕し、限界を超えた力を発揮させてしまった。


 その限界を超えた召喚の反動で、リゥは自身の気力はおろか、その魂さえ失われようとしているのだ。



 先ほどの召喚は、命の炎さえ削って行われたものだった。



 このままでは、肉体の前にリゥの魂が消えてしまう……



 そうなっては、さしものアズマも、お手上げである。



「しかたがない」

 ぐったりとしたリゥの身体を持ち上げ、手で頭を支える。


 悩んでいる時間は、アズマにもリゥにもない。



「これは、緊急救急処置だから、怒らないでおくれよ」


 一言ことわりを入れる。



 すぅ。


 アズマが息を吸いこむのと同時に、周囲に光が生まれ、彼の体へ収束してゆく。



 それはまるで、命の光。

 すべてを慈しむ、母のような暖かさを持つ、陽光のような光だった。



 万物に宿る、命の源が、アズマの体へ集まり、それが、光を放っているのだ。



 そしてゆっくりと、その小さな唇へ、口づけをし、息をふきこんだ。



 すると、命の光が、アズマの体を通してリゥへと流れこんでゆく。



 リゥの体の中で、その光は渦を巻き、見る見るうちに顔色を回復させ、弱っていた心臓の鼓動を、大きく、強くさせる。


 それはまるで、命の息吹。



 少女の身体が小さく震え、ゆっくりと、その目を開いた。



「……」

 そして少女は、今の状況に、気づく。



 目を覚まし、状況に気づいたリゥは、目を大きく見開き、真っ赤になって小さな悲鳴をあげた。



「な、なにしとんじゃ貴様はー!」


「のわー!」



 どーんと炎が爆発し、アズマはこんがり焼けましたとさ。




「えー、説明させていただきます」

「ふん」


 こんがり焼けたアズマは、処刑台に正座をしながら、腕を組み、顔を真っ赤にして頭から湯気を出すリゥへ、事情を説明する。



 先ほどのアズマは、火の大精霊の召喚により消滅しかけていたリゥの魂を救うため、周囲に存在する『気』をみずからの体を通して増幅させ、リゥの体内へ直接送りこみ、代償として消え行く命の炎を補ったのだ。

 これは、万物の根源たる『気』を操るアズマだからでき、火の精霊もまた、その『気』と同質のエネルギーを基にした存在だからできた芸当である。

 エルフとしてわかりやすく説明すれば、リゥの命の精霊がつきかけていたから、アズマがそれを分け与えた。ということである。



 当然それは、口づけをしなくても可能ではあった。


 だが、口づけを行ったのにも、理由がある。

 口の中の空間とは、なにもないようで、そこは、その人の中にあたる部分だ。


 そこはいわば、肉体の中の空白であり、肉体にある魂にもっとも近く、もっとも簡単に接触できる位置でもある。


 すなわち、口づけをすることにより、その部分は肉体的接触だけではなく、魂と魂も接触しているのだ。



 しかも、口から息を吹きかけることによって、その魂へ直接、より多くの『気』を流しこむことができる。



 これは、たとえ『気』や魔法を使えぬものでも、相手の魂を活性化させることのできる、唯一の方法。

 他者に自分の活力をふきこみ、魂に力を与えることができ、誰にでもできる上なにより即効性もある活力付与なのだ。


 ゆえに、王子様やお姫様。乙女のキスによって呪いが解けたり、死にかけた者を甦らせる奇跡が起きるという疑問の解でもある。

 口づけによって魂同士を結び、命を分け与える。いわば、命の人工呼吸。


 キスには、そんな意味もあるのだ!




「というわけなんです。緊急だったんです! 許してください!」


 ぺこぺこと、土下座と呼ばれる彼の者の生まれた国における最上級の謝罪を行うアズマ。

 人工呼吸と同じ救命活動だが、やったことは人工呼吸とはちと違い、他人から見れば唇を奪ったのと同意なわけである。



「ただ、一応、あれです。俺ははじめてだから。ね!」


 へへー。と、頭を地面にこすりつけるようにして、アズマは許しを請うた。



「……!」

 その瞬間。リゥの怒りの波動が途絶えたように、アズマは感じた。



 頭を地面にこすりつけているので、リゥがどんな表情をしているのかはわからない。



「そ、それなら、しかたがない、な……」

 ぼそぼそと、なぜかいつもと違い歯切れ悪いリゥの言葉だったが、アズマは許されたようだ。


 ちなみにだが、その時のリゥの顔は、真っ赤だったそうな。



「やったー。ゆるされ……たぁ!?」


 喜びのあまり顔をあげようとするが、なぜかリゥの両手で後頭部を押さえつけ、全体重をかけられ、あげることを阻止された。


 この時、全力で力をこめたリゥは、自身の殴られた腹の傷が全く痛まないことに、動揺していて気づかなかった。


 アズマによって、『気』を体内にふきこまれたことで、肉体も活性化し、痛みが和らいでいたのである。



「なして、なしてぇ?」

「う、うるさい。もう少し待て。もう少し待てー!」


 ちなみにだが、この時のリゥの顔も、真っ赤だったそうな!


「? ? へーい」

「ち、ちなみにだがな……」


「はい?」

 リゥがぼそぼそと、恥ずかしそうになにかを説明しようとする。



 だが、それをさえぎるように、ずずぅん。と、大地が揺れた。



「な、なんじゃ!?」

「っと、出てきたか」



 振動に驚いたリゥは、押さえつけていた手をはなし、アズマも顔を上げる。



 浮ついた感情も、その不気味な振動とともに吹き飛ばされ、リゥの顔色も真っ赤ではなく、血色のよいいつもの元気少女の状態に戻った。


 振動の根源となるその方向へ視線を向けると、地の底より、なにかが蠢動し、浮上してくるのが見えた。




 ジャックの攻撃を振り切り、地上へ姿を現す、飛行要塞アルマガルマである。




「丁度いいタイミングだ。リゥ、力を貸してくれ!」


 ぺろりと唇を舐めたアズマが、リゥへ手を伸ばす。



 だが、リゥは事態が飲みこめない。



 アルマガルマが浮上して、今地上の危機だというのはわかる。


 わからないのは、アズマが自分の力を必要としていることだ。



 そういえば、処刑直前にも、アズマはこのあと力が必要だと言っていたことを思い出した。



「一体、なにを言っている。ワシの力など、お前に必要などないだろう……!」

「いいやある。火の大精霊を、呼んでほしい」



「っ!」


 その瞬間。アズマがなにを求めているのか理解した。



「じゃが……!」


「大丈夫だ。お前がいて、俺がいれば、すべてを補える。だから、力を貸してくれ!」



 まっすぐ、リゥの目を見つめる。



 自分を信じろと、その瞳はリゥへ訴えかけていた。そして、リゥにはわかった。秘術などを使わなくともわかる。その言葉に、嘘はないと……!


 リゥはうなずき、アズマの差し出した手へ、自分の手を伸ばした。



 掴んだその手が、暖かい。



「行くぞ」

「ああ!」


 再びリゥは、心の炎を燃やす。不死鳥をこの世に顕現させるため、火の大精霊の座へ、アクセスを行う!


 アズマはそれにあわせ、自身の刀を、天高くかかげた。




 そして、光と炎の柱が立ち上がり、ゴーダの目の前に、滅びたはずの白銀の巨人が、焔の翼を背負い、姿を現したのだ!




 目の前に現れたそれを見て、ゴーダは愕然とする。


「なぜ、ここに、それがある……!」



 バァンと相打ちになり、機能が停止し、反応の消えた鎧武者がなぜ、目の前にある!


 ありえない巨人の出現に、ゴーダは動揺する。



 破壊されたはずの傷もなく空に浮かび、自身の搭乗するアルマガルマを捕えている。



 背の紅の翼を凝視し、そこで気づくことがあった。

 背の翼が、二対あることに……!



 一つは、飛行兵装『朱雀』に違いない。ならば、もう一つは……?



 ゴーダの脳裏に、一体の火の鳥が浮かび上がった。



 その瞬間。全てのピースがかっちりとはまる。


 なにが起きて、『アーマージャイアント』が復活したのか、推測がついたのだ。




「火の大精霊、『不死鳥』か!」



 火の大精霊。『不死鳥』フェニックス。それは、破壊と再生を司る炎の主。



 不死の鳥である伝説の火の鳥、フェニックスは、炎の中から蘇るという性質を持つ。


 その炎を兵装にとりこみ、その特性を発現させたのならば、この短時間での復活も可能となる!



 つまり、その再生の炎を持ってして、この鋼のサムライは、蘇ったのだ!



 だが、ありえない。精霊をとりこみ、兵装ユニットを融合させ、それを制御するなど、秘術も持たぬ人間一人では……



「……一人では、ないのか!」



 ゴーダが叫んだ瞬間。アズマとともに、飛行兵装『朱雀』のコックピットに収まったリゥが、にやりと笑った。


 そのオデコには、主の証といえる、真っ赤に輝く火の大精霊の紋章が光り輝いている。



 かつて火口で起きた二体の融合は、双頭の火の鳥と化す、異形への暴走を引き起こしたが、その制御者たる二名の主が力をあわせることにより、二体の融合は、完璧な制御と調和を実現していた。



 そして、火の大精霊を顕現させているというのに、リゥには余裕があった。


 なぜなら、火を司る『不死鳥』と、飛行兵装の『朱雀』が融合したことにより、リゥの足りない体力や精魂などは、同じ力を元とするアズマの『ヤオヨロズリアクター』によって補われているからだ。

 さらにその再生の炎の余波は、人機一体となったリゥの怪我も、アズマの傷も跡形もなく癒し、万全の状態に戻していた。


 アズマとリゥ。二人の力がどちらもを補い合い、この奇跡のような復活が可能となったのである!



 ゴーダは気づいた。


 地下でジャックが街の男達を逃がすことだけに集中していた、もう一つの理由に。


 あの男は、リゥの回復と、機鎧の復活の時間も稼いでいたのだ!



「おのれ……こんな出鱈目を! だが、ワシとてまだ負けたわけではない! 貴様がワシの予測の一段上を行こうとも、こちらには、アルマガルマがある! 数万人の仲間とともに、多くの犠牲を出しながらでなければ破壊できなかった、この悪夢の遺産がな!」


 ゴーダは大きく笑い、コントロールパネルへ、自慢の巨大な指をたたきつけた。



「全門開け! 目標は、目の前の『オオカミ』よ! ワシは世を救うためならば、このアルマガルマ砲を使うことさえいとわん! すべての砲撃を受け、滅びよ我等が宿敵よ!」


 地下では使えなかった、大砲以外の無数の砲門が口を開く。さらに二つの船が繋がったような場所が開き、そこから巨大な砲身が姿を現す。



 アルマガルマ砲。一撃で一つの山と三つの街を破壊し、十数万の被害を生み出した、悪夢の遺産と呼ばれるきっかけを産んだ大量破壊兵器。



 その一撃は、まさに悪魔の咆哮!



 巨大な悪魔の光が、その砲身へと集まってゆく。



「標的は目の前の機鎧! さあ、くだけち……」



 その瞬間。




 ドォン!



 アルマガルマを、衝撃が襲った。




 せりだしたアルマガルマ砲の砲身が、穿たれたのだ。

 地から天へと伸びた一本の光の柱により、それは、一瞬の栄華を終わらせた。


 発射するために収束したエネルギーが暴走、爆発を起こしたのだ。



 砲の先から根元まで、連鎖して爆発がおき、その悪魔の兵器は、曲がりくねったオブジェへと変形した。



「な、に……?」


 あまりのことに、驚きの反応さえでてこない。



 ゴーダは、信じられない。

 目の前の『アーマージャイアント』は、空に浮いたまま、身動き一つしていない。


 なのに、地面から攻撃を受けたのだ。



「っ……! まさ、か!」



 モニターの視界の一部を、地面へ下ろす。


 そこには、二丁拳銃を縦に連結し、一本のライフルへと変形させ、瓦礫の下からアルマガルマ砲を攻撃した、漆黒の機鎧があった。

 瓦礫の下から、砲身だけを出し、機をうかがっていたのだ。



 そのライフルはまるで、一匹の龍のようであり、それこそが、射撃兵装『青龍』の真の姿である。




「お前が地下じゃ全力を出せなかったように、こっちも地下じゃ撃てないのがあったんだよ!」


 崩壊した洞窟の瓦礫をどかし、アルマガルマのモニターに映ったジャックが、にやりと笑った。



 目の前に復活した機鎧にばかり気をとられ、地に沈んだもう一体への注意がおろそかになっていた。

 なにより、まさかあれほどの登場をしたモノが囮だなんて、考えもしないではないか!



「残念」


 目の前に浮かぶ鎧武者から、声が響く。



「どちらも囮じゃなく、どちらも本命なんだよ」



 その言葉はまるで、ゴーダの心境を見透かしたかのような言葉だ。


 二対の炎の翼を纏った機鎧が、両手を広げる。

 それにあわせ、二対の翼がはためき、無数の焔の羽が舞った。


 それは羽から炎の光へと姿を変え、赤いラインを描き衝撃にゆれるアルマガルマに襲い掛かる。



 物理的な法則など無視し、赤い光線は直角に曲がり、さらに円を描き、次々と開いた砲門へと命中してゆく。



 数え切れないほど出現したその砲門は、同じく数え切れないほど放出されたその炎の弾に、次々と潰されてゆく。

 弾幕を張るため、砲門も火を噴くが、それ以上の物量により、その砲弾は撃ち落され、さらにその砲門へと炎の弾がせまる。


 飛行要塞であるアルマガルマの巨体は、その圧倒的な物量と速度に対し、身動きすることさえできなかった。



「バ、バカな……!」


 報告では、あれほど苦戦していたアルマガルマが、なす術もなくやられている。

 障壁さえ効かず、一方的にダメージを受けている。



「こ、これが、火の大精霊を得た……──の力……!」



 驚愕の声が爆発の音にかき消される。

 世の理のひとつと言われる火の大精霊の力を得たその力は、ゴーダの想像をはるかに超えていた。


 まさか、これほど一方的に防御をつきぬけ、攻撃を受けるとは想定も予想も想像もしていなかった!



 この要塞は、人類にとっての悪夢。なのに、それなのに……!



「リゥ!」

「ああ!」



 まるで、目の前に存在する白銀の巨人。朱に染まるその鎧こそ、悪夢のようではないか……!



 白銀巨人が、腰の刀を抜いた。


 光を反射させ、光り輝く剣を天にかかげる。



 きぃぃぃぃん。



 刃が、小さな駆動音を発した。


 それは、刃の側面に、極小の爪のような刃が並び、それが高速で移動することにより切れ味を増す刀。

 だが、今回のその移動は、切れ味のためではない。


 高速で移動する爪は、周囲に生まれた赤い光を反射させ、まるで光を集めるかのように刀身を光らせる。


 すると今度は、背にたなびく炎がその光の刀へ吸い寄せられる。


 まるで、その刀が、炎を吸い寄せているかのように。



 朱雀の座で、リゥは自身の力を、さらに強く念じる。



 背に生まれた炎は勢いを増し、剣に集まる炎もより強大なものへと成長してゆく。

 いつのまにか、その炎は、刃だけではなく、腕を、肩を、胸を、身体を、覆いつくしていた。



 そこに生まれるのは、巨大な炎の球。

 全長二十メートルを超えた、巨大な火球。



 どくん。



 炎が、鼓動を開始する。



 どくん。



 炎が、脈動する。



 ゆっくりと火球が動き、それはいつしか、翼を広げ、首をもたげた。




 そこには、巨大な『不死鳥』がいた。




 地下で顕現した火の鳥よりも、さらに巨大な、まさに伝説と呼ぶに相応しいサイズの『不死鳥』が。



 これこそが、真の大精霊。



 子供であるリゥでは発揮されなかった、火の精霊の真価。火を統べる者。


 そこには、かつて火口で姿を現した、巨大なる火の鳥そのままの姿があった。




『ぴいぃぃぃぃぃぃぃ!』


 巨大な火の鳥が、空を舞う。




 翼を優雅にはためかせ、目標への突撃を開始した。



 それは、全てを飲みこむ、破壊の炎。



 伝説の火の鳥、もう一つの性質。全ての火を司り、全てを焼きつくす、破壊の炎……!


 不死鳥以外にとって、再生などない、全てを滅ぼす、破滅の火。



「おのれ」


 ゴーダは必死に手元のパネルを叩き、迫る炎へ砲撃を仕掛ける。



「おのれ!」


 だが、その砲弾は舞い散る焔の羽により次々と撃ち落されてゆく。


 それどころか、圧倒的な羽数によりアルマガルマが揺れる。逆に身動きが取れぬよう、砲門以外にも焔の光がその巨体を空中に釘付けにしてゆく。




「おのれ!!」




 ゆえに、その炎の突撃。『フェニックスダイブ』を、かわすことは、できなかった……



 アルマガルマは、その炎に飲まれ、崩壊してゆく。

 避けることさえかなわぬその力に飲まれ、悪夢の遺産は、他者へ絶望の夢を見せる前に、チリへとかえる。




「おおおおぉぉぉぉのれえぇぇぇぇぇ!」




 崩壊する炎の中、ゴーダは死力を振り絞り、アルマガルマを脱出する。


 自身の駆る機鎧『シュテン』は火の嵐により破壊され、空中で爆散した。



 それさえも捨て、なんとか生身でだが、地面にたたきつけられる。

 しかし、着地した瞬間。足がぼろりと、まるで炭が崩れ去るようにして崩壊した……


 すべてを焼きつくす炎の中から、ゴーダは脱出し切れなかったのだ。



 ごろりと倒れたその場所へ、燃え残った赤いアルマガルマの火の粉とともに、白銀の鎧武者が、大地に降り立った。



「おの、れ……」

 鬼の姿で崩れ落ち、それでもヒザを使い、立ち上がろうとする。


 爪を伸ばし、牙をむき出しにして、相手を威嚇する。



「貴様等の、貴様等の行動こそが、世界を滅ぼすものだと、なぜわからん!」

「その問答は、一つ前にあった人と散々交わして、平行線だったよ」



 結論は一緒。つまり、するだけ無駄という答えを、降り立った鎧の巨人は返した。



 鎧武者が光の柱に消え、その場に、リゥをお姫様抱っこしたアズマが舞い降りる。



「なっ!?」

 光の柱より現れたアズマの姿を見た鬼のゴーダは、大きく目を見開き、この予期せぬ事態に、驚きを隠せない。


 三度目の、ありえないものを見たかのような顔だ。



「?」

「なんじゃ?」


 アズマが疑問符を上げ、リゥが首をひねる。



「『オオカミ』では、ない? 誰だ、お前は……!」


 そこにいたのは、ゴーダの知る最強のサムライではなかった。


 大神刀幻(おおがみとうげん)

 かのヨロイの所有者であり、天の理さえ斬るという天剣無心流の使い手にして、最強のサムライ。



 なのに。



 そこにいたのは、その男の面影もまったくない、少年だった。

 報告にあったサムライだというのに、現れたのは、ゴーダの知る宿敵ではなかったのだ!



 だが、あの猛き鋼のサムライから降りてきたのは、あの少年だ。


 ゆえにあの少年は、彼等の宿敵である鎧の所有者であり、今の狩人であるのは間違いない!



「ワシは、『オオカミ』ではなく、成人もしておらぬ子供に、負けたというのか……!」



 アズマの姿を愕然と注視し、声に力が入った瞬間、ゴーダのヒザが粉々に崩れ、再び腹ばいに倒れた。


 肘を用い顔を上げ、もう一度アズマの顔を、まじまじと見る。



「んー。ひょっとして、バアさんから俺のこと、聞いてないのかな」


 少年は、あれー? と、首をひねった。



 それは、明確な名前を出さず、抽象的な愛称で会話をしていた彼等に起きた、認識の齟齬だった。

 明確な名前を出さずとも、『アーマージャイアント』というカラクリ鎧があったため、それの中身も同じという認識があったというのも、誤解を増長させた。


 そもそも、アズマと出会った彼等は、基本的に帰ってこない。ゆえに、その正体の情報がなくとも、おかしくはなかった。



「『オオカミ』とはなんじゃ?」

「ああ。それは多分、俺の剣のお師匠様。大神刀幻じいちゃんのことじゃないかな。俺の先代。元々この人達と戦ってきた、サムライなのさー」

「ほぉー」


「ちなみに今、欧州の田舎で隠居してるよ!」

 アズマは親指を勢いよく立てた。



「隠居、だと……? まさか君は、あの鬼神を超えてきたというのか……?」


「とーぜん。じゃなきゃ、あの鎧受け継げないし、師匠ができないと諦めていたこともやれないしね」



 今回のこの策も、その男。『オオカミ』を想定して練られた作戦だった。



 あの三十三万三千発の弾丸も、その男を想定して用意された弾丸である。それを打ち破るということはすなわち、目の前の少年は、その男よりも強いという証なのである……!


 少年はゴーダの質問に答え、にっかりと笑った。



「……っ!」

 その瞬間。ゴーダの身体を、なにかが吹き抜けたように感じた。

 なにか、清々しい風がふき、心が軽くなった気がする。


 先ほどまで感じていたゴーダの傲慢な気配は消えうせ、鬼だというのに、どこか優しげな雰囲気が漂いはじめていた。



「……そうか。ならば、そうなのだろうな」



 ゴーダの顔は、なぜか晴れやかだった。なにかの憑き物が落ちたかのように。



「だからあんたも、もう一度お眠り」


 優しい声が、ゴーダへと降り注いだ。

 ゴーダはその言葉に、目を瞑り、優しく笑みを返した。



 するとそのまま、ゴーダの身体はチリへとかえり、そして、光の粒子となって消えていった……



 ただ、消えゆく光は、アズマの刀へ吸いこまれていったようにも見える。


 こうして、人々を苦しめた鬼の化身は、一人のサムライによって、退治された……



「……」


 光に消えた鬼のさまを、リゥはじっと見つめる。



「どした?」



「……復讐は、むなしいな」



 消えたゴーダのいた場所を見ながら、リゥは小さくつぶやいた。

 里の仇をとったというのに、リゥの胸に到来したのは、ただ、空虚な虚しさだけだった。



「ま、それでいいんじゃないかね」



 抱き上げていたリゥの体を下ろし、そのままぽんぽんと、頭を撫でた。



「ええい、子供あつかいする……」

「だから、もう、いいんだと思うよ」


 憤慨しながら手を払いのけようとするが、その前に、アズマの言葉が、リゥへ降り注ぐ。


「っ!」

「一度は、声を出しても。そうすれば、きっと全部燃えつきて、今度こそ、新しいお前になるからさ……」



 それは、優しい優しい、声だった。



 アズマは撫でた手をずらし、リゥの目をじっと見つめ、慈しむように、柔らかい笑みを見せた。


 じっと見つめられたリゥは、なにかを我慢するように歯を食いしばる。なのに眉は八の字になり、なぜか、心は暖かくなり、そしてついに、それは決壊した……



「うっ……うあ。うわああああああぁぁぁぁぁ」



 今までずっと我慢してきた涙が、あふれ出した瞬間だった。


 少女はしばし、新しく生まれ変わるため、少年の胸を借りて涙を流す。




──エピローグ──




 洞窟崩壊の轟音を耳にして、恐る恐る家から顔を出した街の住人達が見たのは、倒壊した洞窟と、喜び勇んで街へと戻ってくる男達の一団だった。

 洞窟はおろか、屋敷まで崩壊した今、ゴーダ達の壊滅を疑うものはいない。


 男達の解放を喜び、皆が皆、再会を喜びあうため、かけよった。



「パパ!」

「とおちゃん!」

「あんた!」



 宿で待っていた子供二人と、宿の女主人が最愛の人達を見つけ、その身を抱き合い、喜びをかみ締めあう。

 ゴーダ達の壊滅と、解放を喜び、皆が皆、再会に、涙を流した。



 その光景を、アズマとリゥは、離れた場所から眺めていた。


「一つ、問うぞ」

「なにー?」


 街の人達の姿を見ながら、リゥは、アズマに問う。



「これで、奴等が終わりというわけではないな?」



 奴等とは、ゴーダ達の一団のことだ。アズマや、ゴーダの言葉の端々から、リゥは感じていた。



 この一味だけで、全てが終わりではないと……



「……」

 アズマは答えない。


 だが、それが答えだった。



「ならば、決まりだ。ワシがついていく正当な理由もできたしな」


「えー」


 腕を組み、ふん。と鼻息を荒くするリゥに、アズマは肩を落とし、嫌そうな顔をする。



「ふん。勘違いするな。ワシは復讐をしに行くのではない。ワシの里のような悲劇をこれ以上行わせないため。お前の言う、星を滅ぼすという行為を止めさせるために行くのだ」

「わかってるわかってる」


 先ほどの涙を見ているアズマは、復讐心を燃やしつくし、新しく生まれ変わったリゥを見て知っている。


 いや、だからこそ……



「正直お帰り。と言いたいけどね」



 新しい故郷ともいえる、ルルークシティで幸せに暮らして欲しいとも、願う。



「ジョーダンポイじゃ!」

「だろーね」


 アズマは小さくため息をついた。


 あまり乗り気ではないのは確かだが、帰れとは言わないアズマだった。



 ちなみにだが、あの一団が一体何者であり、なにを目的としているのか。その答えは、奴等が再び姿を現したその時に詳しく説明するとしよう。


 今は、この街に平和が戻ることを、静かに祝おうではないか。



「おーい」

 そこへ、街の人達を案内して戻ってきたジャックがよってきた。


 アズマもリゥも、ジャックの姿を確認すると、手を振った。

 ジャックの方は、両腕を怪我しているため、手を上げるだけで、振り返したりはしなかった。


「さてと」

 ジャックが二人のもとへ到着するや否や、アズマはそんな声を上げ、隣で見ていたリゥを小脇に抱えた。

 かつてミィズの森近くを走りぬけ、火口も走った時のような、腹に手を回した抱え方だ。



 突然のことに、リゥも反応しきれない。

「む?」


 そんな声だけを上げ、なすがままだ。



「出発しようか!」

「「ええぇぇえ!?」」


 あっけらかんと言い放ったアズマに、リゥとジャックが、同時に声を上げた。



「いきなりなに言ってんだ。これから街を救った報酬やらなにやらを貰う段階だろ? ここでいなくなったら街の奴等の笑顔見ただけで終わりじゃねーか」

「うん。そうだよ」


 つめ寄ったジャックへ、アズマはにっこりと、笑顔で答えを返した。


 リゥは満面の笑みで答えた雰囲気を感じ取り、またか。と頭を抱えた。

 リゥは知っている。アズマは、この、街の人達の笑顔だけが報酬でいいと、本気で考えていることを。



 金や名誉が必要ないというのも当然だ。どちらも必要ならば、戦争の英雄である『アーマージャイアント』が正体不明で幻の存在だなんて言われるようになっていないからだ。


 この男は本当に、人の笑顔のためだけに動く、スカタンなのだ。



「あ、そーだ」

 リゥを抱えたまま、アズマは頭に電球の幻を点灯させた。なにか思いついたのだろう。



「今回の手柄、じゃっくんが独り占めにしちゃってよ。街の人達助けたの、じゃっくんだし。街の人が感謝する対象もできるし。うん。それがいい。やったねヒーロー」


 ぽむぽむと肩を叩いた。



「意味わからん!」

 肩に乗った手を体をねじって払う。


「え? だって報酬欲しいんでしょ?」



 首を横に傾げるアズマに、ジャックは舌打ちを返し、気に入らなさそうに口を開いた。



「アホなこと言うな。大体今回の一件の九割以上がお前の活躍だろう。俺はむしろ足を引っ張ったくらいだ。そんな俺が、手柄を主張するなんてできるか!」


「えー」


 腕が痛いのも忘れ、人差し指をアズマへ突きつける。



 それは、プライドの問題だった。こんなおこぼれを貰うような行為は、ジャックにはできない。それだけだ。



「貴様本当にアウトロー志望なのか? アウトローならそのくらい喜んで受け取ってしまえばいいじゃろうに」



 アズマに抱えられたままのリゥが、ジャックをジト目で疑いを向けている。

 本来ならば、アズマの行動を叱責するところだが、ジャックの言動にも呆れてしまっているからだ。


 つまるところ、アズマもジャックも、どっちもオカシイ。ということである。



「うっせえ。プライドの問題だ!」

「子供達に助けると約束したり、手柄もいらないと言ったり、君も大概だね」


「うるせぇよ……」


 けっ。と、ジャックはそのまま明後日の方へ顔を背けた。



「ま、いいや。じゃっくんの好きにすればいいよ。俺はもう、出発させてもらうから」

「じゃからー!」


 んじゃ。とジャックにお別れの手を上げるアズマに、必死に抵抗するリゥ。

 だが、どれだけじたばた暴れようとそのホールドは緩まず、リゥ一人での脱出は不可能だった。



「ええい。なんなんだお前は! あれだけのことをして、他人からの感謝もなにも要求せずにさろうとか、意味わからねぇ!」

「そうじゃ。何度も言うが、感謝くらいは素直に受けろ!」


 ジャックの疑問に、リゥが追従する。



「あっはっは。めんどいから、いーやーなのー」


 けらけらと笑いながら、アズマはスキップしながら、歩きはじめてしまった。



「あっ、くそっ……!」


 手を伸ばすが、怪我をした今の状態で、あのサムライをとめられるはずもない。

 去るアズマと、喜びに沸く街の人達を交互に見つめ、頭をかきむしろうとして腕の痛みを思い出し、「いてぇ!」と飛び上がった。



「あ、ちなみに今なら、サービスでその手、無料で治療してさしあげますよー」


 上半身だけ振り返り、わきわきと、手を動かした。


 薬草などを塗って包帯を巻くのはもちろん、リゥにしたように、『気』をもちいて肉体の治癒力を高め、早い回復をうながすことも可能である。



「ああもう! 金も名誉も必要ない理由もわかるよ。英雄だもんな。つーか、そうだよお前、マジでなんなんだ!」


 金と名誉を望むならば、そもそもこんなところで名を隠して旅などしていない。それ以外にも、疑問がたくさんあったのをジャックは思い出す。

 正直多すぎて、なにを聞いたらいいかわからないくらいだ。



「あっはっは。知りたきゃついてきなー」



「……ちっ。わかったよ! どうせ俺も西に行くしな!」



 街を救ったことによる報酬にも後ろ髪を引かれながら、ジャックはアズマのあとを追いかけた。

 隣に並ぶと、まだじたばた往生際の悪いリゥがいたが、ジャックが追いつくと、説得も無意味かと、しぶしぶ諦め、だらりと手足を垂れ下がらせた。


 不機嫌そうに、ぷくーっと頬を膨らませている。


 このおせっかいな少女は、きちんと街の者達に感謝の言葉を言わせてやりたいと思って、ふてくされている。



「……ま、感謝の念なんて、どこからでも送ることはできるんだから、いいんじゃねえか?」



 追いついて、痛むその手でぽりぽりと頬をかきながら、なんとかフォローじみたことを言ってみるジャックであった。

 これは、自分の行動の正当化でもある。



「ふん。真正面からきちんとありがとうと言えた方が、言った方もすっきりするとは考えられんのか……」

「ならじゃっくんが受ければいいのさー」


 けらけらと笑いながら、アズマは気にもしないように、歩いている。



「バカ言うなよ。俺だけ感謝受けられるわけねーだろ。そもそも俺は、東部にまで名をとどろかすアウトローになるんだからよ」



「……最近その夢は、ジョークなんじゃないかと、ワシは思う」

「……のーこめんとで」


「おい。それコメントしてるのと一緒だぞ」


 呆れるように言い放ったリゥと、苦笑いのアズマに、少しお冠のジャックという異色の三人組が、荒野を歩いてゆく。



 喜びを終え、一息ついた街の人達が気づいた時にはすでに、彼等の姿はどこにもなかった。


 一体彼等は何者だったのだろう。と首を傾げたが、答えは出ない。



 ただ、感謝だけが、彼等の胸には残った。



 彼等が去ったと思われる、西の方へと向き、帽子を脱ぎ、胸に手を当て、皆それぞれ、彼等へ感謝の念を送る。

 風のように現れて、風のように去っていった、英雄達に向けて……



 こうして、ゴーダタウン。いや、ロックタウンは救われた。



 男達を奴隷としてあつかったゴーダは倒れ、街にはまた、質素でつつましいが、平和な毎日が戻るだろう。




 そして、彼等は進む。




 西へと……





──それは、きっかけ──




「そーいやさ」

「なんじゃ?」


 とてとて歩きながら、まだ小脇に抱えたままのリゥへ、アズマが問う。



「あの時、なにか言おうとしてたけど、重要なこと?」

「あの時……?」


「ほら、アルマガルマが地上に出てくる前。ちなみにって」



「……」

 リゥは、記憶を探る。



 あの時は確か……



 次の瞬間。まるで頭から湯気でも出すかのような勢いで、リゥの顔が真っ赤にそまった。


 周辺の温度も、一瞬にして一、二度上がったようにも感じほどの勢いだ。



「な、なんでもない! こ、こんなところで言えるか!」



 なにかをごまかすよう、じたばたと手足を振りまわす。

 隣では、一体何事かと怪訝な顔をするジャックがいる。きっと、彼のことや、場所が荒野であること。さらに小脇に抱えられたままでは言えないという意味だろう。


 あまりの熱量にアズマの手も緩み、その手から逃れたリゥは、真っ赤になった頬を両手で押さえ、ぴゅーっと音を立て、進む先へと走って行ってしまった。



「一体、なんなの……?」

「俺が知るかよ」


 男衆は、二人で呆然と、その逃げるリゥを見ているしかなかった。



(しまったしまったしまったしまったしまったー! いきなりあんなことを言われ、思い出して意識しすぎて、あんな行動をとってしまったー!)


 走って行った先にあった木の下にうずくまり、両手で頬を押さえ、うずくまる。



(あれは医療行為であり、別に深い意味などはない! あくまで、あくまで緊急事態だったから。だから、そういうのとは違う!)



 必死に言い聞かせるが、その鼓動は止まらない。



 頬の熱さもさめず、むしろ意識するなと思うほど、そこへ意識が向いてしまう。


 無意識のうちに手が動き、熱くなった指先で、リゥは自分のみずみずしい唇を触れた……



 この唇に……



(ぬおお、じゃからぁぁぁぁ!)

 頭を抱え、ぶんぶんと頭を振り回す。



「あ、リゥ、こんなとこ……」

「ぴゃあぁぁぁぁぁ!」



 後ろから響いたアズマの声に飛びあがり、リゥはまた、駆け足で逃げて行った。



「なんか、傷つく……」

「なにやったんだお前……」


 しょぼんと肩を落としたアズマへ、ジャックの冷たい視線が突き刺さった。


「心当たりがありすぎて、ワカリマセン」

「ああ。正直、今まで見捨てられなかったのが不思議なくらいだもんな……」


 荒野をジグザグに逃げてゆくリゥを見て、ジャックは呆れる。

 あれほどアホバカスカタンと言われるようなことをしているのだから、心当たりは片手両手の指では数え切れないだろう。



「違う。違う! 絶対に、違うんじゃー!」

 駆けながら、リゥは叫んだ。



 芽生えはじめたこの感情を、リゥは必死に否定しようとした。

 だが、否定しきることは、できなかった。


 新しく胸に生まれた、その、感情の炎を……



 アズマは、まだ知らない。



 エルフの言い伝えでは、一番最初に唇を許した異性は、精霊に導かれた、運命の人であるということを。

 それはつまり、アズマにとって、リゥは、運命の人ということになる……



 アズマは、まだ、知らない。



 それはリゥにとっても、アズマは、運命の人である意味を……



 エルフの社会でも、それはすでに、形骸化した言い伝えでしかない。

 人の世でいう、恋のおまじない程度の認識だ。


 だが、それを知るリゥに、意識するなというのは、無茶な相談だ。


 彼女だって、女の子なのだから……



 たぶんこれは、運命など関係ない、ただの、きっかけ。


 だが、無視することのできない、大きなきっかけだった……




 おしまい

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