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第05話 ゴーダタウンの死闘 中編2


──憎悪の炎──




 ジャックは、空気穴へ突入してからなにがあったのかを話はじめた……




 目印となる木と岩はあっさりと見つかり、二人は岩の下にある空気穴から、目的の発掘現場へ侵入することに成功した。


 灯りはリゥの秘術により生み出した炎のトーチにより、心配はなかった。

 元々はこぶし大の炎を生み出し、相手にぶつける攻撃用だが、こうして応用も可能なのである。



 しばらく狭い穴を進むと、彼等は大きな空洞へと出た。

 そこは、明らかに人の手が加わった、大きな洞窟。


 彼女達が顔を出した空気穴は、洞窟内上部にある、そこ全体を見渡せるところだった。


 洞窟内は松明などを灯しているわけでもないのに、なぜか明るく、洞窟内すべてがはっきりと見える。

 リゥの秘術と同じような灯りを発するものが、壁や天井のいたるところに設置されているのが見えた。


 木の足場がいたるところに組み立てられ、天井の位置から下までが、掘れるようになっており、洞窟の奥に、それはあった。



 簡単に説明するならば、それは要塞だった。


 だがそれは、大きな船のようにも見えた。

 二つの金属の船を並べ、繋いだ要塞。



 ジャックとリゥは、それがアズマの言っていた飛行要塞、アルマガルマであると理解した。


 半分ほど掘り返されたそれを、鎖でつながれた男達と、黒い包帯で体をぐるぐる巻きにした男達が必死に掘り返している。

 鎖でつながれた男達は、怪我や疲労で動きがボロボロだが、黒い包帯の男達は、まるで一個の機械であるかのような同じ動きで、正確かつ強力な力でつるはしを振るっている。

 その動きと力から、その黒い包帯の男達は、アズマと戦うバァンと同じ、『ハイブリッドソルジャー』なのだと見てとれた。


 はっきり言って、この発掘作業は、一糸乱れぬ機械の兵達がいればこと足りるのだろう。

 悪魔のプラントへ入れる状態になったところで、街の男達は不要になったはずだ。


 だが、鎖につながれた男達は、その兵士達の動きに遅れるたび、後ろにいる黒人の男から鞭が放たれ、痛めつけられていた。

 そんな鎖につながれた男達に作業効率などあるはずがない。


 ならばそれは、ただ、街の男達を苦しめ、その顔を見て、楽しむだけの行為でしかない。


 鎖でつながれた街の男達の有様を見て、彼女達はそれをすぐ理解した。



 父を助けると走り出したあの少年達が見たのも、この光景だ。

 黙々とと作業する兵士の合間で、街の男達の苦痛の声が聞こえる。


 リゥもジャックも、今すぐ怒り、飛び出したい衝動に駆られたが、それをぐっと我慢する。


 じき、アズマとバァンの戦闘があらわになり、ここへもそれが伝わるだろう。



 そうすれば、苦しめられる街の人達を救い出すチャンスにもなる。



 そのチャンスを生かすため、二人は洞窟内部を把握するため、さらに周囲を見回す。


 洞窟の奥。その反対側には入り口が見えた。外の光がさしこんできているのがわかる。


 方角からして、あの屋敷の背にあった丘その奥に、その入り口があったのだろう。



 さらに洞窟の中央付近にエレベーターがあった。



 金属の網で作られた簡易的なものだったが、それが地上へと伸びている。位置から見て、それは屋敷の敷地へ伸びているのだろう。

 幸い。と言ってもいいのだろうか。洞窟の内部は、それだけしかなく、広大だが、非常にシンプルなつくりだった。


 ならば、この内部の見えないところに、人質となる街の男達はいないことがわかる。


 洞窟の外がどうなっているのかはここからではわからないが、洞窟内ならば、人質をまとめ、一度に脱出できる。



 あとは、機会を待つだけだ……



 空気穴に身を隠し、そのチャンスを待とうとしたその時。


 エレベーターが鈍い金属音を上げ、おりてくるのがわかった。

 エレベーターの扉が開き、そこから一人の男が姿を現す。


 ふくふくと太った、体の大きな和服の男。バァンの雇い主。ゴーダだ。


 エレベーターを降り、その男は、飛行要塞の方へと木の足場を歩き、進んでゆく。

 その背中には、大きな紋章が飾られていた。



 黒い、龍を思い起こさせる紋章が。



 街の男に鞭を打っていた黒人の男が頭を下げ、周囲にいた黒包帯の男達も、ずらりと並んで頭を下げた。

 その様を見る街の男達の目は、怯えている。


 男達の態度から、この男がこの集団のボスであることがわかった。



「どうやらあの男がボスのようだな……」

「……」

 小さくつぶやいたジャックの言葉に、リゥは反応しない。


 彼女は呆然と、身を隠すのをやめ、その男の背中を注視していた。


 まるで、なにか思いがけないものを見てしまったかのようだ。



 その額には、赤く輝く、紋章が浮かび上がっている。



 さらに、その目は、少女とは思えないほどに、怒りと、憎しみに歪んでいるように見えた……!



「……? おい」

 なんの反応も見せないリゥに疑問を感じたジャックが、リゥへ声をかけようとした瞬間。




 ひらり。




 なんとリゥが、空気穴から飛び降りてしまった。


「なっ!」

 あまりのことに、ジャックは手を伸ばすことさえできなかった。


 二階から飛び降りることを躊躇した少女とは思えぬほど、あっさりと飛び降りたからだ。



 リゥはまるで、背中に羽が生えたかのように、落下の速度を殺し、木の足場を跳び、男の背後に降り立った。


 男の正面にいた黒人の男が、驚きの表情を浮かべる。

 その表情に気づいたゴーダが、ゆっくりとリゥを振り返った。


 同時に、ジャックは潜んでいた空気穴に身を隠した。


 突然姿を現したリゥに視線が集まり、ジャックの方まではまだ気づかれていない。

 それゆえ、気配を消し、隠れたのだ。



(一体、どうしたんだいきなり……!)



 視線を、リゥのほうへと向ける。



「貴様、リシアの里を知っているか?」



「リシア?」


 突如として現れたエルフの少女。その少女の質問に、ゴーダは目を見開き、少女の姿を頭の先からつま先まで、観察した。


 そして、なにかに心当たりを見つけ、納得するかのようにうなずいた。



「ああ、あのエルフの里か。我等が救いを与えたが、それがなにか?」



 リゥの目が、大きく見開かれた。



「なにか、だと……?」

 その言いようは、気にも留めていないといった言い方だった。


 心の中に、暗い炎がともる。



「救い、だと……?」



 その言葉は、まるで恩着せがましくも聞こえた。



 リゥの脳裏に、あの日の悪夢が甦る。


 リシアの里が火に包まれ、真っ黒い人影が暴れまわるあの記憶を。

 フラッシュバックするその黒い影と、最後に思い出されるのは、巨大な黒い龍の紋章……!



 男の背負う、その龍が!



 見忘れなどしない。

 リシアの里を滅ぼした一団が残した、あの黒い龍をかたどった紋章を……!



 背から巨大な憎しみの炎が噴出し、焔の翼を産む。



 火の精霊が存在するのは、なにも物理的に燃えている場所だけではない。


 恋、嫉妬、羞恥、怒り、憎しみ。そして、命。


 かようにして燃えるものの中にも、精霊は生まれる。



 逆に、精霊にあてられ、その感情が暴走する場合もある。


 ミィズの里、火山へ向う途中に出会った、怒りのバッファロー達がそうであったように。



 火の精霊もまた、どこにでも生まれる。



 そして、感情の中で、最も激しく、強大な炎を産むもの。



 それが、怒りと、憎しみだ。




 ──ぶつん。




 リゥの中で、なにかが切れた。



 男の背にあった黒い竜の紋章。

 そして、先の言葉。


 それにより、リゥの中に封じられていたそれが、今、解放された……!



「あっ、あ。ああああああああー!」


 怒りに身を任せ、その炎を心の中で燃やす。



 憎しみをたぎらせ、その感情を爆発させる。



 ふわりと少女の体が浮かび上がり、あたりに焔の羽が舞う。

 背から噴出した炎の翼が、リゥの体を包みこむ。


 それは、不死鳥の卵。



 顕現と同時に、リゥを守り、あたりを焼きつくす、復讐の炎!



 炎の卵が浮かび上がり、炎の首をもたげ、焔の翼がひるがえる。


 戦車の砲撃を防いだそれより、さらに一回り大きな火の鳥が、そこに現れた。



 少女の憎しみと、少女そのものを糧とした不死鳥が、この世に顕現した!




「許さない。許さない!」




 不死鳥の中にいる少女が、呪詛のように言葉をつぶやく。

 目の焦点さえ憎しみで定まらず、あるのはただ、その紋章を纏う者への怒りだけだ。



「あああああああー!」



 リゥの叫びとともに、炎の弾丸と化した少女は、憎しみの源へと突撃した。


 途中、その男の盾となろうと飛び出した黒人の男を翼の熱風で風で吹き飛ばし、不死鳥は飛ぶ。



 不死鳥の矢は、無防備に立つ男の腹へと突き刺さった!



 突撃の衝撃と熱風が、洞窟の中へと響き渡る。



 男はそのまま、火の鳥とともに、奥にあった要塞の壁へと吹き飛ばされてゆく。


 金属へとぶつかる音と、衝撃が、洞窟を大きく揺らす。




 ぱらぱらと土の欠片が落ち、洞窟内に吹き荒れた熱風に、意識を持つ者達は、顔を歪ませた。




 その一撃は、戦車の大砲の一撃などより激しい衝撃と、強大な熱量を持っているに違いない。


 生身でそれを食らったのであれば、たとえどんな存在でも、生き残ることなどできないだろう……!



 火の鳥が消える。


 リゥが火の大精霊。火の鳥である『フェニックス』を召喚し、顕現させることができるのは、ほんの一瞬のことである。



 消えた焔の中から、リゥが姿を現し、木の床へ降り立った。


 疲労が見え、体をふらつかせているが、気力で立ち、もうもうと立ち上がる蒸気と土煙の先を睨みつけている。




 ゆらり。




「っ!」


 疲労の浮かんだリゥの表情が、さらに歪んだ。


 蒸気と陽炎が生まれた熱の渦の中を、男は平然と歩いていた。



 着ていた服は燃えてなくなっているが、男のふくふくとしたその素肌に、傷は一つもない。

 いや、無傷というのは正しくないのかもしれない。


 ぱりぱりと、まるで殻がわれるように、男の皮膚が破れているのだ。


 その内側から、赤銅色をした、真っ赤な筋肉を持つ、たくましい体が現れたのだ。

 頭も同じように割れ、その下から牛のような角をもち、鋭い牙を生やした怪物が姿を現した。


 その体は、いつの間にかふたまわり以上膨れ上がり、身長二メートルを超えるサイズになっていた。



 それは、はるか東方。アズマの生まれた国において、鬼と呼ばれる存在の名である!

 ちなみに鬼とは、世界で五番目に認定された、人に似て、人とは異なる異種族の一つである!



 鬼が、ぱっぱと肩に残った自身の外皮を払う。



「いやはや。この姿を見せることになるとは、いささか君を甘く見ていたかもしれないな。まさか、火の大精霊を操るとは。君が未熟でなければ、ワシはここで消滅していたかもしれん。さすが、あの男の妹と言ったところか。これは、末恐ろしいのう」


 顎に手を当て、うむうむと、感心したようにうなずく。


 だがそれは、圧倒的な余裕から見せる態度だ。

 それで、自身を傷つけることなどできないと理解しているゆえの態度だ!



「お、のれ……!」


 リゥのヒザが、がくがくと震えはじめた。


 やはり、一瞬の召喚といえども、火の大精霊を顕現するのは、リゥの体に負担が大きすぎた。体に、力が入らない。

 リゥの体が、ゆっくりと崩れ落ちる。


 それにあわせるかのように、鬼はリゥとの間合いを一気につめた。



 真っ赤な拳を強く握り、振りかぶる。



「……だが、ワシへ攻撃したことに、おしおきせねばならぬな」


 真っ赤な拳が、強く握られた。



 前へと倒れこむリゥは、それに反応することはできない。




 ゴッ!




 崩れ行くリゥの腹に、鬼の重たい拳が突き刺さった。


「がはっ!」


 口の周りを血で濡らし、少女の小さな体が吹き飛ぶ。

 なんとリゥの小さな体は、洞窟の天井近くまでたたきあげられ、ゆっくりと落下を開始した……



 このまま落下すれば、リゥは頭から地面へ叩きつけられるだろう。



「くっ……!」


 隠れていた空気穴の影から、ジャックが飛び出した。


 殴り飛ばされたリゥを追い、ジャックは身を隠していた空気穴から飛び出し、木の足場を蹴り、リゥを受けとめるため走る。

 あのまま隠れていなければいけないのはわかっていたが、そう考える前に、体が動いてしまっていた。



 小さな少女を、このまま見捨てることは、できなかったのだ。



 落下する小さな体をなんとか抱きとめ、その両足でしっかりと大地を踏みしめる。


 一撃を食らったリゥはぐったりとし、青い顔をしてピクリとも動かない。あるのは、小さな呼吸のみだ……



 ヒザをつき、抱きかかえた体を片手と立てたヒザで支え、残った左手でぺちぺち頬を叩く。



 その時、彼は見てしまった。




 鬼の一撃で傷ついた体内から口へしみだした、少女の血を!




 その血を認識した瞬間。ぐらりと意識が傾いだ。


(くっ、そ。こんなときに……)



「ほう。もう一人隠れていたか。だが、安心するがいい。死なぬよう、加減をしたからな。ふふ。次の作戦に丁度いい囮だからな。彼女は」


 そうしゃべりながら、鬼はジャックとリゥの元へと歩を進める。


 一歩歩くごとに、再びその体は人の皮で覆われ、服も再び纏われる。



 鬼であるゴーダが本気で殴れば、リゥのか細い体など一撃で霧散してしまっただろう。そうならず、アバラの一本や二本と内臓ですんだのは、そうなるよう加減したからに他ならない。


 だが、このまま処置をしなければ、先の精霊召喚での消費とこの怪我で、命が失われてもおかしくはない。



「だからおとなし……ん?」


 鬼の頭に疑問符が浮かんだのも、当然であった。

 まだなにもしていないというのに、ジャックが、勝手に苦しんでいたのだから。


 リゥへ覆いかぶさるよう、体を動かしているが、いつ意識を失ってもおかしくないような状態だった。



「ふっ、なにかの発作か。面白い。どんな理由があるのかは知らぬが、動けぬのなら好都合。聞こえるかな?」



 ジャックの様子を見て、ゴーダはすぐにその状態を察した。

 ニヤニヤと笑いながら、その足でジャックの脇腹を蹴り押した。


 ゴーダに蹴飛ばされ、ジャックはひっくり返り、床に転がされる。


 それでもなんとか、リゥの体は離さない。しっかりと両手で掴み、ともに転がることになった。



 だが、すぐリゥの体が、誰かに取り上げられたのを感じ、霞む視界の中、必死に手を伸ばす。



「くく。その根性は認めよう。だが、ここでお前は殺してやらぬ。この少女は預かったと、『オオカミ』に伝えよ。お前は、メッセンジャーだ。ゆえに、生かしてやる。返して欲しくば、採石場跡までこいと、あのサムライに伝えるのだ」


 リゥを持ち上げたゴーダが、ジャックの耳元に口を近づけ、そうささやく。

 ジャックの手がまだ動き、自分を掴もうとしているのを見て、ゴーダはにやりと、いやらしく笑った。


 ちゃんと伝わったことを確認したゴーダは、ジャックの手を蹴倒し、さらに、踏みつけた。



 右も、左も!

 どちらも、念入りに踏みにじる。


 腰に下げた銃を見て、ガンマンだと悟ったゆえの行動だ。



 それでもジャックは、抵抗さえできない。痛みは感じるが、体も意識も、闇に沈んでゆくのを阻止できないのだ。


(くっそ……!)

 自身の体を恨めしく思いながら……


 それでも、意識が消えてゆくのを、とめることはできなかった……



「さあ、伝えたまえ。そして、呼び寄せたまえ。千の兵の待つ、死の処刑場へ!」



「ゴーダ様!」

 ジャックの意識が完全に闇に消えたところで、突撃の余波に吹き飛ばされ、転がっていたルイが駆け寄ってきた。


 炎にまかれたせいで、赤い貴族服は、消し炭になり、上半身は裸だ。



「案ずるな。そんなことより、次の作戦にうつる」

「ハ、ハイ! では、こちらに来たのは……」


「そうだ。あの男と、『オオカミ』の戦いがはじまった。ゆえに、次の作戦の準備に入る」



 ゴーダタウンの郊外ではじまった、巨人同士の対決。

 それを屋敷で発見したゴーダは、その戦いの後にやることを実行するため、ここへやってきたのだ。



「では、早速、このモノドモを……」

 ルイは、洞窟内で作業する男達を見回す。


「いや」


 ゴーダは、ルイを手で制した。



「男達の作業は続けさせてかまわん。かわりの人質が、手に入ったからな」

「かわり……? ああ」

 言われ、首を傾げたルイが、ぽんと手をたたきつつ、頭の上に電球を浮かべた。


 見た先にいるのは、ゴーダが抱える、リゥの姿。



「男達は、このまま作業を続けさせればいい」

「わかりましタ」


 ルイは、うやうやしく頭をたれた。



「では、お前に千の兵全てを授ける」



 ゴーダが手を上げると、作業をしていた黒い包帯を巻いている男達が作業をやめ、洞窟内に並びはじめる。

 さらに、アルマガルマの先端が開き、その中からも、待機していた兵士達が姿を現した。


 待機していた兵士が用意した軍服を包帯の男達も纏い、すべてが、一枚の布で顔を隠した、一つの軍団と化した。



「それでは、こちらの警備が……」

 新しい赤い貴族服へ着替えていたルイが、ずらりと並んだ兵士達を見て、心配の声を上げる。



「かまわん。むしろ、それほど警戒して余りある存在だ。全兵力と、この策を用いて、全力を持って始末しろ」



「ハッ!」


 鬼の本性がギラリと睨むと、ルイはむしろ感涙し、身を正して敬礼を返した。


 赤い貴族服を着装したルイは、ジャックとリゥを拾い、千の軍勢を伴って、次の作戦にて使われる採石場へ、兵士達とともに歩き出した。



 一糸乱れぬ兵士達の足音が、洞窟内に響き渡る。



 こうして、バァンが負けたさいにおける、次の作戦が発動された。


 あとは例え敗北したとしても、バァンが、あのカラクリ鎧を使用不能にすれば、予定通りとなる。


 そしてそれは、きっと実現するであろうと、ゴーダは確信していた。



 なぜなら、最悪自爆するよう、セットしてあるからだ。それは、バァンも理解し、戦っている……



 千の兵士を見送ったゴーダは、一人うなずき、さらに洞窟の奥。そこにあるアルマガルマへ足を向けた。


 男は、『オオカミ』を抹殺する万全の策をとったつもりだが、それでもなお、保険をかけるつもりでいた。



「欠点は、成功した場合、処刑の光景が見れないことかね」



 などと、宿敵の最後が見れないことを、少々嘆きながら。

 それは、ゴーダの趣味嗜好さえ脇によせさせるほどに、手ごわい存在であることを示していた。




 …………



 ……




 どれだけの時間がたったのだろう?


 ジャックは目を開き、飛び上がるように体を跳ねさせた。



 場所は、外だった。いつの間にか荒野に放り出され、転がっていたのだ。



 両腕がずきんと痛んだ。


 見れば、自身の大切な両腕が、何者かに踏みつけられ、指などが紫色に変色していた。


 これでは拳も握れないし、銃の引き金もひけない。

 軽く動かしても痛みが走る。指も拳も、骨は折れていないようだが、しばらくは使い物にならないのは確実だった……


 できてもせいぜい、痛みを我慢して、軽いものを持つくらいだ。


 この痛みに、さっきのことは夢ではないとはっきり理解する。



 天をあおぎ、太陽の位置を確認する。


 一日以上寝ていたのでなければ、時間はさほどたってはいなかった。



 周囲に人の気配はない。



「くそっ!」


 自分の情けなさに怒りを通り越して愚かさすら感じる。



 完全に見逃された上、戦力外になってしまった。



 痛む腕をかばいながら、なんとか立ち上がる。


「確か、採石場だったな……」


 言われた、メッセージを思い出す。



 視線を山のほうに向ければ、切り取られ、山が半分になった場所が見えた。そこがアズマを呼んだ採石場なのだろう。


 さらに視線を街の方へとうつす。



 ジャックが捨てられたのは、その採石場と街との中間の地点だった。


 きっとあの男達が向う時、適当な場所で捨てて行ったのだろう。



 街の方では、二体の巨人が激しい戦闘を繰り広げている姿が見えた。



 戦いは、クライマックスをむかえようとしている。



 ジャックはキョロキョロと、採石場と戦う巨人達を見て、舌打ちをした。


「メッセンジャーなんて絶対にお断り願いたかったが、そうも言ってられねえな」


 情けない自分の立場を、ジャックは理解している。この両腕では、一人でリゥを助けに行ったところでなんの意味もなさないと。



 悔しいが、あいつらの策に乗って、アズマへこのことを知らせに走らなければならない。


 情けない自分の恥を、あのサムライに話さなければならなくなるが、それでも、あの男ならきっと彼女を助けられると感じたからだ。



 なにせあいつは、伝説の英雄『アーマージャイアント』なのだから……



(絶対あいつ等を後悔させてやる!)

 歯を食いしばり、ジャックはクライマックスの戦いが起きている巨人側へと走り出した。




 こうしてジャックは、アズマと合流したのである。


「つーわけだ。笑うなら笑え。怒るなら怒れ。全部俺があいつを止められなかったのが悪い」


「それは仕方ないさ。感情のある人だもの。仇を前にして、とまっていろとは言えないし、じゃっくんそのこと知らなかったし」


 この慰めは、逆に自分を惨めにさせるものだった。


 わかっていなくとも、あの瞬間に気づけたはずだ。穴から飛び出す彼女を、止められたはずだ。

 そう、自分を責める。



「だからさ、じゃっくん……」

 短く考えをまとめ、アズマは次にやるべきことを決断した。




 ……



 …………




「……マジ、か?」

「マジだよ。だから、俺は行くから」



 ジャックへ告げることだけ告げ、アズマは立ち上がり、その場から走り出した。


 明らかな罠だとわかっている、処刑場。



 採石場へと!




──三十三万対壱──




 採石場。


 そこはかつて、ゴーダタウンと呼ばれる前。ロックタウンと呼ばれていたこの地で唯一の産業であった、石切り場のことである。

 ゴーダ達が現れ、飛行要塞アルマガルマを発掘することになってからは、石の切り出しなどは行われず、放置されてきた場所だ。


 山を半分に切ったような形の岩山であり、その切り取られ、平らとなった山の前に、板をはりめぐらせた処刑台が作られ、気絶したリゥが、そこに寝かされていた。


 ぐったりと倒れるリゥの体にはダイナマイトが乱雑に巻かれ、導火線と火種が伸びていた。



 そこへ、一人のサムライが駆け上がってくる。


 もう一人の戦士、金髪のガンマン。ジャックの姿はない。そもそも、両手を怪我して足手まといとなった彼をつれてくる理由も存在しないから、当然ではあるが……



 処刑台の正面には、一千人の男達が規律よく並んでいる。

 全員軍服のようなものに身を固め、帽子と、さらに顔は布一枚に覆われ、その顔は見えない。


 唯一、その先頭に立つ黒人の男だけは、帽子も布もかぶらず、赤い貴族服を身に纏い、そのサムライ。アズマが到着するのを鼻歌を歌いながら待っていた。



「ようこそデース。さあ。お早く助けにお行きなサーイ。早くしないと彼女の身に巻かれた爆弾がボムしまスよ。なぁに、それまでは手出しいたしまセーン」

「あ、それはご丁寧にどうも」


 拡声器かなにかで大きく響いてきた声に、アズマはぺこりと頭を下げ、処刑台へと向う。



 平らになるよう四角く板張りになった台の上に、リゥは転がされていた。



 乱雑に巻かれたダイナマイトと、それを繋ぐ導火線の炎が小さく揺れている。

 当然その線を切ってしまえば、そのダイナマイトは爆発しない。あっさりと、その導火線は切断され、爆発は防がれた。


 しかし、導火線を斬られたことにより、今度は別のスイッチが入る。


 別の起爆装置が作動し、即座に爆破させる装置も組みこんであったのだ。

 だが、もう一閃光った刀により、その装置さえも断ち切られ、今度こそ爆破は完全に防がれた。


 これをしかけた者達も、この爆弾で彼等を吹き飛ばせるとは思っていなかった。


 その目的は、採石場へやってきたアズマを、一千人の兵士の方ではなく、このリゥという人質のいる場所へ誘導するためだ。

 そのために、一刻も早く処理しなければならない爆弾を、リゥに巻きつけたのだ。



 そして、アズマもそれを理解していて、その誘導に乗った。



 リゥの体からダイナマイトを外した時、気絶していたリゥが、意識を取り戻した。


 まだ朦朧としていたが、目の前に誰がいるのか理解し、申し訳なさそうに瞳をそらす。



「すま、ない。アズマ……お前の、足手まといになって……」



 あそこでゴーダの前に姿を現すのは、リゥとて愚かな行動だとはわかっていた。



 だが、堪え切れなかった。



 堪えきることなど、できなかった……!



「ああ、気にしない気にしない。誰でもそうなるのは否定できないさ。特に、憎しみはね。むしろ、この状況で使われるのは、街の人達だった可能性が高いから、お前だけになった方がこっちとしても気兼ねしなくていいし、気が楽さ」


 アズマは、街の男達が生かされて理由の一つに、自分への人質。このような手段に使うために生かされていたのではないかとも予測していた。

 今回はリゥが飛びこみ、こうなったが、飛びこまなければ、この場にいたのは、彼等だった可能性も高い。


「……お前は」


 気づかいなどまったくないようだが、気づかわれた言葉に、リゥは少しだけ安堵する。

 こんな状況だというのに、目の前の少年は、いつもとまったくかわりがなかった。


「ならば、今回もお前ならどうにかなるのか……?」



「んにゃ。今回は、ちと厳しい」



 最終兵器であるカラクリ鎧は、バァンとの戦いでコックピットをやられ、機能停止で修復中。その上、こうして敵の用意した場所へとやってきてしまった。


「……」


 少しの驚きはあったが、リゥに、落胆はなかった。



「つまり、絶望的ではない。と」


 アズマが厳しいというのだから、本当に厳しいのだろう。だが、それでも彼は、不可能だとは言っていない。



「そーゆーこと。安心しろ。俺がなんとかするから、お前はもうしばらく寝ていなさい。これが終わったら、お前の力も必要になるから」


 リゥからダイナマイトを取り除き、アズマは立ち上がった。



 リゥのぼんやりとした視界に、アズマの背中がうつる。なぜかそれは、とても安心できる、頼もしい背中だった……



「……そう、……する……」

 そう言うとリゥは、再び処刑台の上で、目を瞑った。アズマの耳に、小さな寝息が聞こえてくる。




「さぁて、お別れの挨拶は終わりましたカー?」


 いつの間にか、五十メートルほどの位置へ間合いをつめた一千人の兵士と、その前に立つ、ルイと呼ばれた黒人の声が響いてきた。ルイの足元には拡声器。手には、拡声器のマイクが握られている。


 切り開かれた広場はその兵士達に占拠され、アズマの後ろには、切り取られた山が壁のように立ちふさがり、逃げ場はない。



「ん? ああ、そーだね。バイバイ、おっちゃん」

 ひらひらと、左手をあげ、ふる。



「ミーにお別れの言葉とは、これは面白い」


「だって俺、この程度の逆境に負けるつもりはないから」


 相変わらず、いつも通りの軽口だ。

 だが、当然アズマは、本気で言っている。



「くはは。それは面白い。デースが、今の状況をはっきりと認識すれば、そんな軽口も言えなくなりマース!」

 ルイがマイクを握らぬ左手を上げると、背後に控えた兵士達が一斉に動き出す。



「ここにいる一千の兵士はすべて、『ハイブリッドソルジャー』デス! さらに、手に持つのは、最新式のライフル! 当然それも千丁!」


 扇状に広がった兵士達が、一糸乱れぬ動きでブーツを鳴らし、一斉に肩にかけたライフルを構える。

 最前列の者が肩膝をつき、後ろにもう一人が構える。


 狙いは当然、リゥを背に隠し、処刑台の上に立つアズマだ。


 それはいわば、銃殺のような形である。



「今からボーイを、我等の正確無比な射撃が襲いマース!」


 この声が響いた直後、一発の銃声が響く。



 尖ったライフル弾が空気を貫き、アズマを襲う。だが、一瞬にして刀を抜いたアズマにより、それは易々とはじかれた。



「スバラシーイ。ブラボー」

 ルイの拍手が、アズマへ降り注ぐ。



「この弾丸は、あのバァンガーイとほぼ同じ速度だというのに、見事はじいて見せマースか。さすがバァンガイを破って見せただけアリマース」


 拍手をしながらも、ルイの顔は、笑みで歪む。大きく唇を吊り上げ、次の言葉はもっと楽しいのだと主張している。



「デ、ス、ガ、そのバァンガイを、一度に一千体お相手するとなれば、どうでショウ! さらに、一分間に六十発も撃てたらなら、ドウでショウ!!」


 パチパチと拍手を送りながら、ルイはにたりと笑う。



 秒間一千発! 一分で六万発! しかもその弾速は、バァンと同等!



 一瞬、アズマの顔色が変わった。

 ほんの一瞬だけ、青ざめたように見えたのだ。


 ルイはにやりと笑いながら、次々とライフルを撃たせ、アズマにはじかせ、そこに足止めをする。


 数は増やすが、まだ死んでもらっては困るから、一斉射撃ではない。



 なぜなら、この自慢話が終わっていないからだ!



「サラぁに!」


 ルイが、指を鳴らす。するとその右足元から、一台の大型ガトリングガンがせり出してきた。



 十二本の銃身が連なり、回転して次々と弾丸を発射する多銃身の機関砲。


 その黒光りする金属の塊を地面に固定しつつも、照準のため自在に動くアームが、その巨大な銃身を支えている。

 それは、先日の戦車(第四話参照)に積まれていた最新型を、さらに大型化した、砲身のバケモノだった。



「こちらにとりだした最新式ガトリングは、さらに凄い! 同じ弾丸を、なんと一分間に三千発も撃てるのデス!」


「っ!」


 アズマの反応に、男のにやけは止まらない。



「それが、なんと、サラに一台!」


 なんと、ルイの左足元から、もう一台のガトリングが姿を現した。



 一千丁のライフルと、左右二台のガトリングガン。


 一分で六万と六千発。



 全弾発射で三十三万発の弾丸が、アズマを襲う!



 さらに絶望の宣告は続く。



「君の背中にはガールがいマース! ガールをかばって逃げ場は欠片もあーりません! つまりかわせまセン! このまま弾丸の嵐にのまれ、死ぬしかありまセン! たった一本のカターナで、絶対絶対助かりまセーン!」



「……」

 反論は、ない。


 アズマは無言で足止め牽制のライフル弾をはじくだけだ。



 その態度はむしろ、肯定しているのも同然と言えた。



「くくっ。必死でスね! ササット諦めるのをオススメしまスよ! 諦めてもおやめになってあげませんガ!」


 ルイは高らかに勝ち誇り、笑う。



 放たれる弾丸が、徐々に増えてゆく。



 一丁だったのが二丁に。二丁だったのが四丁に。四丁が八丁に。どんどんと、じっくり恐怖を演出するかのように、数を増やす。



「ホウ」


 その行動を見て、ルイは感心した声を上げた。


 アズマが平然と弾丸を刀で叩き落すことに驚いたわけではない。



 そのはじく方法に感心したのだ。



 どれだけ同時にライフル弾を発射しようと、全ての弾丸が同じタイミングでアズマの元へと到着するわけではない。


 弾丸と弾丸が到達するのに、ほんの少しの間がある。


 アズマは、自身へ到達した弾丸をはじき、さらにそのはじいた弾丸が、到達しようとする他の弾丸をはじいていた。


 たとえこちらに向けて跳ね返しても、バァンと同じ性能を持つ『ハイブリッドソルジャー』には通用しない。しかし、放たれた弾丸は違う。アズマという到達点にめがけてとんでくるのだから、そこからほんの少しでも角度をずらしてやれば、その目標にはあたらない。


 軌道をそらすだけなのだから、『ハイブリッドソルジャー』に命中させるようなパワーや速度は必要ない。


 ほんの少し、弾丸の角度をそらせればいいのだ。そして、そうして角度をずらされた弾丸が、また別の弾丸の角度を変える。

 ピンボールでもするかのように、一発の弾丸をはじくだけで、数発の弾丸がはじかれてゆく。


「なんと、恐ろしい……デスガァ」



 だが、数が圧倒的に違いすぎた。



 そうして数を減らそうとも、圧倒的な物量を前に、すべてを叩き落せるわけではない。

 捌ききれない弾丸が、アズマへと到達する。


 それでもアズマは、たった一本の刀で、それを捌いてゆく。



 しかし……




 ぶしゅっ。



 弾丸の嵐はアズマの頬をかすめ、一筋の血を流し、さらに太もも、二の腕もかすめ、傷をつけてゆく。


 それは、紙一重の見切りにおいて、その紙一枚すらかわす余裕のなさを現していた。


 それほどまでに余裕がなく、ぎりぎりのところで弾丸を捌き続けている証。



 むしろ、マトモに回避もできぬ場所で、よく粘っているといえた。



 後ろに人質を抱え、身をマトモに動かすことさえできない。そんな中、倍々ゲームですでに、五百丁近い弾丸の雨を受け、生きている。



 それだけで、十分に驚嘆する価値はある。


 だが、一瞬でも動きが鈍れば、あとは弾丸の激流に飲まれ、その肉体は、チリさえ残らないありさまとなろう。



 刀を持ちこむことを黙認したのも、かすかな希望にすがり、無駄な足掻きをさせるためだ。



 あがいて、あがいて、あがいて、それでもこの物量に押しつぶされ、人質も守れず、惨めに絶望して死んでゆく。


 主であるゴーダに逆らうサムライを、絶望の底に叩き落して殺す。それこそが、主の願い。ルイにとって、それをかなえることが、至上の喜びだ。



「ふほほほほ。どうやら、このままでは押し負けるのも時間の問題のようデース!」



 そしてついに、一斉発射の数は、千丁へ到達する。


「当然これだけではありません。これからが、本番なのデス!」



 まるで、オーケストラの指揮でもするかのように、ルイが両手を水平に広げる。



 すると、ルイの横にある二台のガトリングの砲身が、勢いよく回りはじめた。


 これからなにが起きるのか。少し考えずとも、よくわかった。


 ここからが、本番。分間六万六千発。全弾発射のカーニバルが、はじまろうとしているのだ。



「ここからはわたしも全力でいかせていただくデスヨ! 全力ハートで、わたしも、歌わせていただク! レッツ、ミュージック!」



 広げた両腕の右。その右手の指を鳴らすと、どこからともなく音楽のイントロが流れはじめた。

 いや、正確に言えば、足元の拡声器からだ。


「そして、レッツ、パーティターイム! スッタート!」


 さらに、残った左手の指を鳴らしたのが合図となり、回転したガトリングが、一斉に火を噴いた。



 ガトリング二台をプラスして、一千丁二台にして一分六万六千発の弾丸と、ルイの歌声が、アズマを襲う!



(確かに、一本じゃこれ以上は無理だ……)


 アズマは、先の戦いでバァンより預かった脇差へ、左手をかけた。



(だから──)



 ルイは大きく口を開き、弾丸の奏でる爆音と金属音。さらに拡声器から流れるミュージックにあわせ、歌を歌いはじめた。


 地獄のカマが、開いたのである。




 アナタに捧げるこの気持ちの歌

 作詞作曲。ルイ・レングルス



 WAR WAR WAR WAR WAR WAR



 両手を広げ、はじめよう。

 空へ祈りを捧げよう。



 アナタにあえてよかった。本当によかった。



 不器用なワタシに語ってくれたね。過去は振り返る必要はないと。

 羽ばたく未来を夢見て、アナタの言葉を胸に刻む♪



 本当の気持ちをさらけ出せ。

 瞼の奥に、あなたしかいない。


 どれほど孤独があろうとも、その旅路は終わらない♪



 季節がめぐり、手を伸ばす。それでもアナタを忘れない♪

 かけがえのないこの気持ち。会えない切ないもういない。



 瞳を閉じれば思い出す。あの素晴らしき日々。

 頭を空っぽにして、みんなで歩こうエブリデイ。



 足音鳴らして♪

 だだだだーん(銃声付)


 腕を振り上げ♪

 ががががーん(銃声付)



 どれほど離れていたとしても、この約束は永遠の記憶。

 それはすべてのエターナル。



 果てしない想いをこめて、今こそ伸ばそうその手を伸ばそう♪



 アナタにあえてよかった。

 本当によかった。



 エブリバディノーズ、ゴーダ様

 みんな知ってる偉大な主。



 さあ杯を捧げよう。

 素晴らしき主のために。


 すばらしきは我が主。



 角ある!(角ある!)

 牙ある!(牙ある!)

 力ある!



 GO! GO! ゴーダ様♪



 とまらないこの気持ち。

 諦めないで、その願い。


 果てない想いを体に秘めて、僕等は行くよ。未来へと♪



 WAR WAR WAR WAR WAR WAR




 熱唱である。



 刀によってはじかれた弾丸や、アズマに当たらぬ弾丸が大地にあたり、土煙を発生させる。


 弾丸の数が数だけに、その煙の量も、途方もなく膨大だった。


 それは、双方の視界を奪う結果になるが、身動きの取れないアズマが不利になるばかりで、ゆらゆらと動く人影めがけ、撃ちこむだけのルイ側にはなんの弊害もない事象だった。


 ゆえに、『ハイブリッドソルジャー』達は、なにも気にすることなく、相手が動かなくなるまで、引き金を引き続ける。

 もっとも、土煙が晴れぬ限り、ゆらゆらと動くその人影が、撃たれることによって体が跳ねているのか、まだ生きて動いているのか、確かめる術はない。


 よって、念のため、弾丸全てを叩きこむ手はずである。



 弾丸の嵐は、まだまだ続く。



 その効果音にあわせ、ノリノリで歌い続けるルイ。


 だが、ミュージックが終わりに近づくに連れて、違和感に気づいた。



「……ン?」


 思わず、目をこする。



 だが、それは、土煙の影から見えたそれは、見間違いではなかった。



「あ、ありえまセン」


 今度は、自身の頭を疑うが、それは、現実だった。


 絶対にありえないはずなのに、それは、実際に起こっていた。



 これほどの弾丸を撃ちこんでいるというのに、ヤツはまだ、平然と弾丸の嵐を捌き続けていた。



 それより、なにより。その動きが、全く衰えない!


 いや、それどころか、さばく速度が増している!



 その時、一瞬だけ、土煙が晴れ、そのサムライの姿がルイにはっきりと見えた。

 ルイは、なぜあの男がまだ生きているのか、その理由をはっきりと理解する。



 なんと、そのサムライの左手に、もう一本の刀が握られていた。


 かの戦友、バァンの形見といえる、短い刀。脇差。

 ヤツは、その脇差も引き抜き、二本の刀で弾丸を捌いていたのだ!



「あれは、ニトウリュウ!」



 ルイは、驚きの声を上げる。

 確かに、一本より二本あれば、一本の倍の数の弾丸を処理することができる!



 ならば、一本では捌ききれぬ弾丸の嵐も、二本あれば……!



「ってそんなバカな!」



 言って自分でツッコミを入れた。

 そう。バカな話だ。一本だった刀が、二本になったところで、分間六万六千発もの弾丸の嵐を生き残れるはずがない!


 いくらサムライといえども、この物量に勝てるはずなどない。



 そう。ありえない……! はずが、ない!



「ありえま、セーン!」



 動揺を押し殺すよう、さらに背中側の地中に潜ませていた第三のガトリングも呼び出し、奥の手残りの三千発もプラスし、撃ち続ける。



 これで、全弾合計、三十三万三千発!



 銃弾の嵐は続く。続く。続く……!




 なのに……!




「なぜ、まだ、動いているのデス……!」


 すでに、歌は終わり、第三のガトリングさえ撃ちこんでいるというのに、処刑台にいるサムライはまだ、ライフル弾を捌き続けていた!


 二刀の刃が、左右別々の生き物のように動き、迫る弾丸を打ち払い、叩き落し、はじき、ぶつけ、そらしている。



 たった、二本の刀だけで……!




 から。



 からからからからからー。




「……っ!」


 信じられない音が、ルイの隣から響いてきた。



 あまりのことに、そこを見る。



 そこには、弾倉が空になり、ただ回転するしかないガトリングがあった。

 一分間に三千発放ち、用意した一台一万五千発の弾丸全てを撃ったのにもかかわらず、あのサムライはまだ、まだ、立って刀を振るい続けている!




 かちっ、かちっ、かち。



 からからからー。




 さらにルイは周囲を見回す。

 次々と弾切れを起こし、引き金に手ごたえをなくしてゆく兵士達の姿が目に入る。



 信じられないことが、起こっていた。




 からからからからからー。


 最後の、第三のガトリングの砲身が空回る。




 弾は、出ない。


 弾は、もうない。




 なのに──




 土煙が、晴れてゆく。


 その処刑台には、大小二本の刀を携え、立つサムライの姿があった。

 短い刀を、二度小さく振り、刀と元の持ち主に小さく礼を言いながら、鞘に戻す。




 ──動いている……




 三十三万三千発の弾丸を撃ちつくしたというのに、それでもなお、処刑台に立つサムライは、生きていた!


 背後の山には、ライフル弾によって穿たれたあとが、爆発の影のように広がっている。



 だが、そこに立つ者の背後は、全くの無傷だった。



 頬や足、太ももに小さな擦り傷があるものの、たった二本の刀で、全ての弾丸を捌ききり、その背後に眠る人質は、かすり傷一つ、存在しない!


 傷そのものも、紙一重をさらに突き詰めてかわした結果で生まれた、皮膚一枚を切っただけの擦り傷でしかなく、その動きに対し、実質的なダメージは、見えない!



「そんな、バカ、ナ……」


 ルイが、愕然と、つぶやく。



 圧倒的物量と、圧倒的地利の上で、それでもあのサムライをしとめることができないなんて、信じられなかった。



 たった一本の刀では絶対に捌ききれないはずだった。

 だというのに、一本から二本になっただけなのに、完璧に、捌ききってしまった!



 ルイは愕然としながら思い知った。



 これが、サムライ……!!




 ゆらり。




 処刑台から、サムライが動いた。


 刀を右手にぶら下げたまま、無防備と思える歩行で、一千体の『ハイブリッドソルジャー』の元へ、歩を進めはじめる。


 撃てる弾丸は全て撃ちつくした。

 であるからもう、頼れるのは己の肉体のみ。



 ぎりっ!


 ルイは、奥歯をかみ締めた。



「残念デスが、我等は恐怖などというものとは無縁の存在! すべてをゴーダ様に捧げた、完璧なソルジャー! ゆえに、ゆえにユエニゆえに! 絶対に負けない! 負けませんノダ! 総員、白兵用意!」


 ルイの号令に反応し、一千体の『ハイブリッドソルジャー』は、その体に隠したサーベルを、一斉抜き放った。


 酒場でバァンが使用した、あの右腕の刃のサーベル版である。



 同時に、ルイも体中に、力をこめる。


 その瞬間、ルイの筋肉が一気に膨れ上がった。

 服が破れ、黒光りする筋骨隆々の肉体が、膨れ上がる。


 それはまるで、生きた鋼だった。



 それは、バァンとは違った『ハイブリッドソルジャー』


 バァンの速度を重視した改造ではなく、パワーを重視したマシン融合体。


 その筋肉は、鋼よりも堅く、強力であり、つるはしで殴られたところでびくともしない。



 その姿は、大好きで尊敬してやまない主の姿に少しでも近づけたらと願い、手に入れたものである。



「この、究極までに改造、リミッターを解除されたわたしの肉体は……」



 サイドバックポーズと呼ばれる、両腕をL字に曲げ、腰をひねる、バックダブルハイセップスでやや腰をひねったポーズをキメながら語る。


 だが、アズマは筋肉のお化けの言葉など聞かず、地を蹴り、一瞬にしてその間合いをつめていた。

 話など、聞いてやるつもりなどないようだ。



「……無敵なのデェス!」



 しかし、それもルイの読みのうちだ。せまるサムライの体にあわせ、きつく握った拳をたたきつける。


 腰をひねり、腕をL字に曲げ、こぶしを固めたポーズにより、パワーは十分にたまっていた。

 あのポーズは実は、この一撃のためのポーズなのである。


 発射された拳の速度、エネルギーも申し分ない。


 さらにサムライが自分で加速してつっこんできた分のエネルギーも、加わってくるだろう。



 この一撃が当たれば……



「終わりなのディス!」


 クロガネの拳が、アズマの体へ吸いこまれる!




 すかっ!




 肉がひしゃげ、骨が砕ける音と感触を予測したルイは、おのが拳になんの感触も伝わってこないことに驚愕した。


 タイミングは、完璧だったはずだ。



 そう飛びこむよう、隙を見せたのだから。



 それなのに、この拳は、空を切った……!


「ま、さか……」



 空を切った己の拳が、信じられない。




 ──わたしの行動さえ読み、さらには、更なるスピードを隠していたというのですか!?




 崩しかけたバランスを保ち、たたらを踏みながらもなんとか両足で大地を踏みしめ、振りかえる。



 奴は、いた。



 はるか、隊の後方。


 最後尾を抜けた先に、そのサムライは、いた。



 アズマを視界に納めたルイは、さらなる驚愕で、目を見開いた。



 サムライのとった行動は、まるで全てが終わり、血を払うような所作で、刀を二度、振ったのだ。


 そして、ゆっくりと刀を鞘に戻してゆく。



「う、うそダ……」


 その行為を見て、ルイは顔を歪ませ、やめてくれと懇願するように手を伸ばそうとした。

 そんなことあるわけない。という、自身の常識に照らし合わせた、否定の行為でもある。


 だが、遅かった。



 ぱちん。と刀が、綺麗に鞘へと収められる音が響いた瞬間。




 一千一輪にわたる紅い花が、採石場に咲いた。




 ルイは信じられないものを見たという表情を浮かべ、崩れ落ちてゆく。


 三十三万三千発の弾丸を、背に人質を抱えたまま、たった二本の刀で捌ききった挙句、一千人の『ハイブリッドソルジャー』を、刹那の時間で切り倒した……




 ──こんな、バケモノに、誰が、かてると、いうの……だ……?




 ルイの意識は、そこで闇に消えた。



 残心も終わり、小さな祈りが捧げられたあと、流石のアズマの体も、小さく揺れた。バランスを少しだけ崩し、よろめいたのだ。

 思わず膝をつきかけるが、膝に活を入れ、大地を踏みしめる。



「はー、さすがに生身で『光の杖』やるのはきっついわー」



 彼の言う『光の杖』とは、英雄『アーマージャイアント』が持つと言われる武器のことで、まるでビームでも放ったかのような光とともに、敵を壊滅させる一撃のことである。


 まるで大地に光を放つかのような攻撃のため、いつしか『光の杖』と呼ばれるようになったものだ。


 その実は、雷のごとき速さで駆け抜け、ただ斬るだけという攻撃であり、名などはなかったが、いつの間にかついたその名をアズマも気に入り、そのまま使っている。



 小さく頭を振り、意識をはっきりさせ、アズマは歩き出す。



 処刑場となった採石場では、小さな光が溢れ、倒れたソルジャー達が光へとなり、消えてゆく。


 その光はまるで、アズマに集まる、蛍のようだ。



 その中をアズマは歩き、彼は処刑台の上で眠る、リゥの元へ向った。


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