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第05話 ゴーダタウンの死闘 中編1


──待ち伏せ──




「さて。ひとまずその空気穴から入ってみるか」

「だねー」


 ぽてぽてと、そんなことを話しながら、サムライとガンマンが歩いている。


「その後はどうする予定じゃ?」


「うん。人質の解放ってのがさ、そもそも違うと思うんだ」

 追いついてきたリゥの言葉に、アズマがけらけら笑いながら、答えを返した。


「どういうことじゃ?」



「いや、相手の目的は、その掘っているものの方じゃん? なら、なにを掘り返しているのか調べて、モノによっては吹き飛ばして、掘る価値なくしちゃえばめでたしめでたしじゃん」



「あー」

 アズマの言った無茶苦茶な理論を聞き、だがリゥは納得しながらも、なんともいえない声を上げてしまった。

 確かに、誰もが考える元凶の排除だが、通常はそんなことできない。一番の最善だが、一番愚かだと言わざるをえない突拍子もない発想だ。


 だが、この男はその気になれば、それくらいやってのける男なのだ。

 実際、この街へ来る前に立ち寄ったレイアムシティ近くにあった『遺人』の遺産を完膚なきまでに破壊し、使い物にならなくしてしまった実績がある。


 なので、掘っているその目的のモノをなくしてしまうという、一見不可能なトンでもない作戦さえ発案できる。



「ま、その目的のモノがなんなのかがわからないことには、なんとも言えないけどね」

 ただの金鉱脈であるなら、それを失わせるのは難しい。


 だが、家にも帰さず、なにを掘っているのかも秘密にしていることから、彼等が掘らされているものは、そんなものではないと推測できていた。



 むしろ……



「……」

 その予測に、アズマが言葉をつぐむ。


 アズマには一つ、心当たりがあった……



「なんにせよ、なにがあるか偵察してからじゃな」

「だねー」


 そう、簡単な会議をしながら、街の南門をくぐる。



 すると……



「よう」



 出口には、一人の男が立っていた。


 黒のレザージャケットに黒ズボン。それと対照的な銀色の髪をたなびかせた、細身の男。

 どこか軽く、ひょうひょうとした雰囲気を漂わせているが、目つきは鋭い、アズマとともに戦った、仲間。


 かつて、『マシンビースト』と呼ばれた、もう一人の伝説だった。



「待ちかねたぜ。飯でものんびり食ってたのか? アズマ」


 黒い獣は、にやりと笑う。



「待ち伏せ、か」


 リゥが忌々しそうに、つぶやいた。



 そもそも、相手は元アズマの仲間。ならば、アズマの性格を知り尽くして行動してもおかしくはないことに、いまさら思い当たる。

 そしてバァンはまだ、敵の傭兵。ならば自分達がなにをしようとしているのか、報告されている可能性もある。



「ん? ああ。安心しろよ。俺がここにいるのは独断だ。お楽しみを邪魔されても困るからな。むこうはまだ、お前達がなにをしようとしているのかは知らない。まあ、アズマが来ているってのは知っているがな」


 リゥから浮かんだ心配の種を察したバァンが、あっけらかんと言ってのけた。


 リゥからバァンまでの距離は五メートルほどだったが、このくらいの距離ならば、目を見る余裕はある。ゆえに、心の真贋を見極めるエルフの秘術を発動することができた。


 心の精霊に問いかけ、ことの真贋を探る。

 すると、その言葉は真実だった。


 つまり、まだ相手にこの行動がばれたわけではない。ならば、潜入する余裕はある!



「どうやら、飛んで火に入る夏の虫のようじゃな」



 相手でこちらに気づいているのは、目の前の男だけ。ならば、ここで彼を味方にひきこめれば、その秘密は守られ、なおかつ坑道内の道案内なども得られる!



「アズマ!」


 期待の視線が、リゥから注がれる。


「うん」


 その視線にアズマは大きく頷き。



「やっぱ無理だわ!」



 両手を腰に当て、そう、高らかにはっきりきっぱりと宣言した。


 リゥとジャックは、思わず二人で体を滑らせた。



「あっはっはっはっはっは」

「なんかよくわかんねーが、あっはっは」

 笑うアズマに、よくわからないくせに同調するバァンが続いた。



「ええいなんで笑うー! しかもやりもしないで無理とか、貴様はなにかんがえとんじゃ!」


 どすどすと、リゥがその背中を頭突きするが、アズマは全く気にはしていない。

 ジャックの方も、呆れて頭を抱えている。



「いやー、そう言われてもねー。ちょいといい? バアさん」

「おう」

「ちょっと一歩前に出て」

「おうよ」


 アズマに言われるまま、バァンは一歩前に出る。


「一歩下がって」

「お安い御用」


 ぴょんと、素直にさがった。



「あー、やっぱりかー」



 アズマはそれを見て、どこか納得したように、かぶりを振った。



 そして、雰囲気が変わる。



「っ!」

 リゥもジャックも、突然の変貌に、息を呑んだ。


 いつものへらへらとしたアズマの雰囲気ではなく、戦いのとき発する、真面目で鋭い、刃のような雰囲気に変わったのだ。



「バアさんあんた、悪魔に魂売ったね?」



 場が、一瞬にして静まり返った。

 激昂していたリゥも、呆れていたジャックも、動きを止める。


 ただ一人。黒い獣は唇のはしを吊り上げ、笑みを返した。



「さっすがアズマ。これ見ただけでわかるのかよ」



「そりゃ昔なじみだからね。二度も見れば、あんたが『マシンソルジャー』から、別の存在になったことくらいわかるよ」


 アズマの声は、どこか悲しそうだ。



「そして、あそこになにが埋まっているのかも、わかったよ……」

「あー、そりゃそーか」


 こいつはしまったと、バァンは頭をかいた。



「『これ』ができるのは、アレだけだもんな。そりゃ、正体見破られれば、一発か」


 うんうんと。腕を組み、納得したようにうなずいた。



「い、一体、お前達はなんの話をしている……アレとか、これとか、一体なんなのじゃ!」


 話についていけないリゥが、説明を求める。

 なにより、なぜ説得が無理なのか、説明をしろという意味もある。



「んー。でこりんが『これ』の名前知っているかわからないが、まあ、説明しておこうか。俺は、ちょっと前までは『マシンソルジャー』やってたわけじゃん?」


「それは知っている」

 宿屋の戦いで見せた姿が思い出される。手首をずらし、そこから刃が現れた、体内にマシンをしこんだ、バァンの姿を。



「でもよ、今の俺は、『マシンソルジャー』じゃねーんだわ。今の俺は、『ハイブリッドソルジャー』ってヤツなのさ」



「ハイ、ブリッド……?」


 リゥは、その言葉に聞き覚えはなかった。



 だが、ジャックはその名を知っていた。



「マジ、か……」



 戦慄し、顔を青ざめさせ、その名をつぶやく。


 ジャックの反応に、リゥも驚く。血以外のことならば、なんでも自信に溢れたこのガンマンが、これほど驚くとは。



「『ハイブリッドソルジャー』ってのはな……」



 一人わからぬリゥへ、バァンが説明をはじめた。




『ハイブリッドソルジャー』

 まずハイブリッドとは、『異質のものの混成物』という意味である。


 そして、この場合の混成物とは、人間と、機械。


 先の『マシンソルジャー』とは、人と機械をただくっつけただけの兵士なのに対し、この『ハイブリッドソルジャー』とは、人間と機械が混ざり合い、融合した兵士ということになる。

 つまりそれは、『マシンソルジャー』よりも上のレベルにある技術。


 そもそも『マシンソルジャー』とは、北軍が、それを目の当たりにして、模倣して生み出された、技術なのだ!


 この『ハイブリッドソルジャー』が姿を現したのは、先の南北戦争中。それは、南軍の切り札の一つだった……

 南軍の手によって甦った、遺物。『悪夢の遺産』飛行要塞、アルマガルマ。その内部で生み出される、悪夢の副産物なのだ!




「──っっ!」

 その説明を聞いた瞬間、ついにリゥの顔色も変わった。



 それは、それはつまり……!



「そうさでこりん。察しがいいね。俺の後ろにある荒野に埋まっているのは、南北戦争で、一時戦況を完全にひっくり返した『悪夢の遺産』。飛行要塞アルマガルマと同型の要塞なのさ!」



 衝撃の事実だった。



 それなら、なにを掘り返しているのか、表に出さない理由もわかる。

 なにより、噂を流してならず者を集めている理由も、はっきりした。



 健常者はおろか、傷ついた兵を、時には、死人さえ超兵士に変える悪魔のプラント! それが、今、この地で掘り返されているのだ!


 そして、ジャックが驚くのも無理はない。南北戦争を人の社会できちんと経験していれば、当然耳にした兵器の名前だからだ。



「な、ならば、街の者は、平気なのか!?」

 当然の心配が生まれる。


 街の男達も、その『ハイブリッドソルジャー』に改造されてしまったのではないか。という心配だ。



「ああ。そこは安心しろよ。あのサディストのおっさんが言うには、この街の男達の改造は、最後にしてやるってさ。なんせ、生きていなくちゃ、人質としての価値はないからな」


 けたけたと、バァンは笑う。



 全身改造によって生まれる『ハイブリッドソルジャー』は、『マシンソルジャー』以上に改造後の死亡率が高い。

 それは、死人さえも機械の兵士に蘇らせることができるゆえの特徴だった。むしろ、意志なき人形の方が、使いやすい……!



「なによりあのオッサン、人を苦しめるのが大好きときたもんだ。発掘で苦しむ街の男達と、心配で苦しむ残った女達を見て、酒の肴にしているのさ。胸糞の悪い男だよ」


 そこだけはバァンも、はき捨てる。


 さらに言えば、街の男達を始末してしまうと、この街そのものがなくなってしまい、今後の人材補充が滞るからである。少なくとも発掘が完了するまで、街の男達は生かされる運命にあった。



「ちっ。結局そいつもクズなのかよ」

 ジャックも、嫌悪感をあらわにする。



「いや、待て。そいつが嫌な男ならば、ワシ等に協力は……」



「だが、それとこれとは、別問題だ」


 一縷の望みを賭けた、リゥの交渉だったが、一刀両断に切り捨てられた。



「そいつは嫌なヤツだが、やりたいことは俺の目的と合致しているんでな」

 にやりと笑いながら、バァンはアズマを見据えた。



「その目的とは、なんじゃ……?」



 核心を問う。



 男の唇が、さらに釣りあがる。

 歯が見え、それはまるで、獣が笑ったかのように見えた。



「簡単なことだよ。アズマ。お前と本気で戦うことだ」



「なん、じゃと……?」


 信じられないと、声が出た。



「ずっとずっと、待ち望んでいたんだぜ。お前と殺し合いできるのを。命を賭けた、精神の削りあいができるのを……!」


 その表情は、歓喜に歪んでいる。

 今から訪れる、最上の時間を前に、わくわくと、胸を高鳴らせていた。



「なぜ、なぜじゃ! お前達が、なぜ!」


 思わず嫉妬してしまうほど、二人は仲が良かったではないか。


「なのに、なぜ!」


 リゥが、信じられないと叫ぶ。



 だが、バァンはそれさえ楽しそうに笑い飛ばした。



「はっはー。でこりん。だからこそ、ぶっ殺してやりたくなる人間もいるんだよ」


 その笑顔は、明るいが、その瞳の内側に、強い殺意を秘めているのがわかった。

 そしてなにより、その心のうちに、嘘はない。


 アズマを殺そうと言う意志に、嘘も偽りも、迷いさえなかった!



 リゥは思わず、めまいを覚えた。



「ちなみに、こうして『ハイブリッドソルジャー』が稼動しているのを見ればわかると思うが、要塞はもう半分近く掘り返されて、ソルジャー生産プラントも動いている。その気になれば、洞窟を崩して強引に飛び立てるそうだぜ」


 にぃぃ。と、笑った。


 当然、土に埋まった状態から飛翔するのは、無茶な方法ではある。が、不可能というわけではないらしい。



「っ!!」

 リゥは戦慄し、顔を青ざめさせた。


 そんなものが再び飛び立てば……!



「そうさ。また、戦争再開だ。楽しい楽しい戦争の、はじまりだよ」



(ああ、ダメだ、この男……)


 リゥは、悟ってしまった。

 この男とは、決して相容れないと。


 彼が望むのは、平穏や平和ではない。望むのは、闘争と戦闘だけだ……



 そして今、この男が最も望むもの。それが、アズマ。最強の英雄、『アーマージャイアント』と戦うこと!



「さ、やろうぜ。当然逃げたら、お前の後ろの街を襲う」


 にやりと、獣は笑った。



 その笑顔は、とても無邪気な笑顔。とてもこれから、人を殺すと考えているとは思えない。だが、だからこそ、恐ろしい笑顔だった。


 倒さねば進めぬし、逃げれば街の者が犠牲になる。



「で、では、あれだ。この騒動が終わってから、改めて戦うというのはどうだ!」

「ふふ。残念だがでこりん。その手は南北戦争の時使われたよ。だからこうして、逃げ場のない状況と、進まねばならない状況で縛ったんじゃないか!」


 逃げ場のない状況とは、背にある街への襲撃。進まねばならない状況とは、前にある、アルマガルマ。


 今は、バァンを本気で排除しなくては、前にも後ろにも進めない状況なのだ!



「お前はさ、自分ならどうなってもかまわないヤツだ。だが、逃げ場のない他人は絶対見捨てられないからな!」



 ダメだ。説得はそもそも、不可能である。

 リゥは確信する。


 この男は、ここでアズマと戦うために、全ての状況を組み立てたのだから……!



 アズマは、目の前で立ち上がり、抵抗できる事象ならば、その者達に立ち上がれと檄をおくる。


 だが、本当に抵抗できぬ、逃げ場さえない事象へは、その体の全てを使い、その人達への被害を全力で食い止めようとする男なのだ。


 誰にも知られず、もっとも危険で、厳しい場所に立つ。

 そんな男だから、なんの罪もない、街の人達を狙うバァンを無視することはできない!



「わかった。やろうか」

「そうこなくっちゃな」


 アズマの答えに、バァンが無邪気に笑う。



「ア、アズマ……」

 心配そうなリゥの声。それは、仲の良い者と殺し合いをするアズマの心を案じての言葉だった。


 本当に、うっとおしいくらいおせっかいな少女だ。



 だが……



「リゥ。今、俺達がなにをしようとしているのか、忘れちゃいけないよ」


「っ!」



 アズマの言葉に、リゥは目を見開いた。


 不安のまま目をそらそうとした視線を、再びアズマへと戻す。



「だから、作戦変更。君達は先に行って、潜入しておいておくれ。バアさんと戦えば間違いなく騒ぎになる。そのあとはさらに、向こうと正面きっての戦いになるだろうね。そうなったら……」



「手薄になった坑道から、街の人達を逃がせばいいんだな」


 ジャックがすかさず、続きを口にした。



 今の状況を逆手に取り、アズマを囮として、一気に人質を解放する。

 ぶっつけ本番で計画もなにもない話だが、敵はアズマがこの場にいるとわかっているのだから、仕方のないことだった。


 逆に、リゥとジャックの存在は、その敵には知られていない。これは、リゥがバァンの言葉の真贋を確かめたのだから、間違いない話だった。



「わかった」

 リゥも、うなずいた。



「それと、相手は多分、いや、間違いなく、俺の敵だ。だから、絶対相手しちゃダメだよ。人質の救出が最優先。それがいなければ、あとは俺がやるから」


「ああ」


 人質や奮い立つべき人がいなければ、あとはアズマは全てを片付ける。


 リゥは知っている。アズマが、それだけのことをやってのける一騎当千のサムライであることを。



 リゥとジャックは、そのままバァンの横を通り、宿で聞いた空気穴へと走った。



「お願いだから、無理無茶無策無謀はやめておくれよー」



 走り去るリゥとジャックの背中に、アズマは心配そうな声を投げかけた。

 バァンがそれを見て聞いて、首をひねる。


「ずいぶん心配性だな」


 アズマをよく知るバァンでさえ、彼が心配を表に出すのはほとんど見たことはない。たいていの場合、無駄に自信満々で、「あの人ならやってくれる」とか、「あの人ならできるよ」なんて言い切る男なのだ。

 どれほど無謀でも、可能性があるのならその低い成功の可能性に笑顔でベットする。そんな狂人の鏡だというのに。



「実はさー、あの子、あいつ等に自分の生まれ故郷、襲われた可能性があるんだー」



 アズマはミィズというエルフの里によったさい、リゥの故郷。リシアの里がいつどこで襲われたのかを聞いている。その様子から、一つの可能性に思い当たっていた。


 それが、その最悪の可能性である……



「マジかー」

 言われ、バァンも納得した。


 それなら、先行偵察。人質救出だけにすまない可能性も大いにある。こればっかりは、感情によるものだから、彼も予測はつかないのだろう。



「ちなみに俺は、そんなとこ襲った覚えはない。それは俺が加わる前の話か、お前の思いすごしかだ」


「思いすごしだといいねー」



「だが、お前の勘は、たいてい当たる。ならよー」


 犬歯をむき出しにし、バァンは笑う。



「本気、ださねーとなー」



 いやらしく、更なる挑発を加えた。


 バァンは、この親友の魂胆を一つ見抜いていた。それは、自分を瞬殺し、彼等が本拠地に到達する前にその本拠地へ乗りこみ、その彼の『敵』とであわないようにするというものだ。


 それは、自分を本気で排除しなければ、実現しない。

 バァンにとってみて、それは願ったりだった。



 アズマと本気で戦いたい。それが、かなうのだから。



 だから彼は、あの二人を見逃した。


 すべては、目の前の親友にして、宿敵。最強の英雄、『アーマージャイアント』を殺すため!



「うん。そーゆーわけだから、いっくよー」

 その言動は、まるで今から散歩にいくかのような、軽い言動だった。



 ゆったりと、散歩に行くかのごとく、一歩アズマが、踏み出したその瞬間から──




──英雄VS英雄──




 ──英雄同士の戦いが、はじまった。




「ちょっ!」

 バァンの悲鳴が小さく上がる。



 きん。


 綺麗な刃紋が光を煌かせ、一筋の光芒を描いた。



 一気に間合いをつめたアズマが、居合いとともに刀を抜き、横に薙いだのだ。


 バァンはそれを、小さな悲鳴とともに間一髪のところで身をかがめてかわす。

 髪が数房舞い散っているが、なんとか紙一重だ。


 だが、アズマは流れるような動きで返す刃を振りかぶる。

 かがんだその身を、縦真っ二つにする勢いだ。


 刃がうねる音が響き。



 ぎぃん!



 と、金属同士のぶつかる音が鳴り、火花が散った。


「っ!」

「あ、あっぶねー。マジすぎだろお前!」


 アズマの振り下ろした刃は、バァンがとっさに引き抜いた、同じような刃によって受け止められていた。


 アズマの一撃は、戦車の装甲さえ切り裂く腕前。

 アズマの刀は、戦車の装甲さえ切り裂く一品。



 その刃を受け止められる刃とは、それはつまり……



「いやはや、すっげーな。このワキザシってカタナは!」


 バァンがにやりと笑う。



 そう。バァンの手に握られているのは、刀身が三十センチほどの、短い刀。

 脇差と呼ばれるモノだが、長さが短いだけでその性能は刀となんら遜色のないものだ。


 むしろ、その短さはナイフを得意とするバァンにとっては丁度いい長さであった!



 そんな刀が、左の太ももが割れ、その中から姿を現し、バァンの左手に握られていたのだ!



 にやりと笑ったバァンは、踏ん張った右ヒザをアズマのほうへと向ける。



 刃と刃がぶつかり合ったまま、つばぜり合いのような形になったそのアズマの体へ向け、その右ヒザから一発のロケットが発射された!



 ヒザのレザーを突き破り、弾頭が飛び出す。


 ほぼ接射であるにもかかわらず、アズマは体をひねり、それを左脇の下を通す形でかわす。

 回避に動くアズマにあわせ、バァンもアズマの刀をはじき、脇差を振るう。


 脇差を左の逆手に持ち替え、そのまま、突き出すようにして、アズマの喉を狙った。



 ぎぃん!



 しかしその一撃は、アズマの刀に受け流される。

 返す刃でもう一度狙うが、結果は同じ。


 なのに今度は、バァンの体のバランスが崩された。


 同じように受けたように見えたが、同じではなかった。


 はじくのではなく、動きにあわせ、刃を引かれたのだ。

 予測した衝撃がこなかったため、バランスが崩れたのだ。


 体が、前につんのめる。



 アズマはその崩れた背中に、刃を振り下ろす。



 だが、バァンはその崩れた流れに逆らわず、逆に自分から倒れこみ、その一撃を前転とともにかわし、間合いをとった。

 立ち上がり、振り返るのにあわせ、右手をアズマへ向ける。



 手首がスライドし、そこからナイフの刃が飛び出し、アズマの体めがけて飛翔する。



 サムライはそれを難なく体を横にしてかわし、間合いをつめようとするが、それより速く、バァンは突き出した右手を引いた。

 くん。と手ごたえを感じる。



 きらり。


 バァンの右手から伸びるなにかが、光を反射させた。



 刹那、発射された刃が、アズマの背後から再び飛来する。

 前進しようとした彼は、飛来したそれを、再びかわす。


 だが、その刃はまるで意思でもあるかのようにアズマの前を飛び、ぐるぐるとその周りを回転しはじめた。



 一周、二周、三周四五六七八九。



 もう一度バァンは、右手を引いた。


 今度は大きく、力いっぱいに。



 ぎゅっ!



 アズマの周りに張り巡らされた細い糸のようなワイヤーが、一気にアズマの体めがけ襲い掛かる。


 発射されたナイフの刃の尻につけられたブレードワイヤーを操作し、まるで意志を持っていたかのように、刃を操っていたのだ。


 そして本命は、丸太さえも容易く両断するこの金属のワイヤーでアズマを包囲すること!



 白い光を反射させ、ワイヤーがアズマの体へ絡みつく。




 ざん!




 まるで束ねられた藁でも斬ったかのような鈍い音が鳴り響く。

 アズマの振り上げた刀が、体を切り刻もうとしたワイヤーブレードを逆に切断した音だ。


 絡み付こうとしたそれを易々と断ち切り、斬られたワイヤーは力を失い、地面へと落下しはじめる。



 次の瞬間。


 ヒザから上空へ飛んでいったロケットが、大きな音を立て爆発した。



(相変わらず、いい腕している)


 バァンは手ごたえのなくなった右手のワイヤーを切り離し、ほんの少しでも身を軽くしながら、脇差を逆手に持ち身を低くして構えをとった。



 太陽の光を反射し、脇差の刃がざらりと肌をあわだたせる不気味な光を煌かせる。



 アズマの持つ、畏怖さえ感じる刀の輝きとは対照的に、それは、ただ恐怖しか感じない、武器としての輝きだった。

 アズマも足をとめ、刀をいつも通りのだらりと右手にぶら下げる構えに戻した。



 対峙した二人は、ゆっくりと、その間合いをつめる。



 バァンはすり足。アズマは、戦うとは思えぬほど無防備な歩行。

 万物流転の構えと呼ばれる、常に変化し続けるいかなる状況にも対応できる構えであって構えでない構えをとっていた。



 バァンは脇差を持った左手を、アズマに向け狙いをつける。左の前腕部には、隠し四連銃が仕こんであるのだ。

 前腕部が開き、そこから銃が姿を現す。


 近づくアズマへ、その四発の弾丸を撃ちはなった。



 狙いは、心臓。



 アズマの体が、柳のように揺れた。

 ゆらりゆらりと揺れるその体に、弾丸は当たらない。バァンもそんなことはわかっている。アズマにあてたいのならば、もっと速く、もっと多く用意しなければならない。


 これはあくまで、牽制だ。


 弾丸の発射と共に地を蹴り、柳のように揺れるアズマの足を狙う。



 どれほど幻のように体を揺らそうと、足は地面と接しているからだ!



 しかしそれは、アズマも承知のこと。

 身を低くして飛びこみ振るわれた脇差の足払いは、アズマの刀によって受け止められた。


 再び、刃と刃のぶつかりあう音が響き渡る。



 ぞっ。


 バァンの背筋に、冷たく走るものがあった。

 それに伴い、頭の中にえも知れぬ快感も走り抜けた。



(こいつだ。この感覚だ! このひりつくような緊張感こそ、俺の望んでやまなかったものだ!)



 死ぬかもしれないと感じる、生きるか死ぬか、紙一重の緊張感。


 対等の相手でなければ感じられない、戦いの快感。そが、バァンの体を包みこんでいる。バァンはこの最高の快楽を満喫していた。



 逆手にもたれた脇差が、アズマの足元から脳天までを狙い、幾度も変幻自在に振り回される。さらに攻撃はそれだけではなく、右の抜き手や、左ヒザ、さらには足首から飛び出す刃など、ありとあらゆる場所から、武器が飛び出す。


 アズマはそれらを、右手の刃で防ぎ、かわし、捌いてゆく。


 刃と刃の旋風がまきおこり、火花が散り、二人の間合いは、ゼロとなった。



 鍔迫り合いが起こる。



 そこで、バァンは一気に息を吸いこんだ。まるで、力をためるかのように。力でアズマを押さえつけるようにして、刀を押す。

 アズマもそれに負けじと、押し返そうとする。


 その瞬間。バァンは一気に肺へ吸いこんだその息を、アズマめがけて吹きかけた。



 ゴゥッ!



 バァンの口から、巨大な炎が噴出した。


 霧状にした可燃物を口から吹き出し、歯で着火したのだ。

 いくらサムライといえども、広範囲に広がる炎をかわせるはずが……



「やべぇっ!」



 広がる炎を見て、バァンはとっさに、追撃への前進を、バックステップに切り替えた。



 刹那、炎がまっぷたつに割れる。



 左の下から右の上。バァンから見ると、右の下から左の上に、炎が綺麗に真っ二つとなり、散ったのだ。

 一瞬の判断でバックステップしていなければ、炎ごとバァンの首も落ちていただろう。


 割れた炎の中から、一人のサムライが飛び出す。


 炎を切り裂きながら、さらに前へと突き進んできたのだ。



 バックステップし距離をとったバァンとの距離が、一気に失われた。


 体勢を立て直しきれないバァンへ、アズマの白刀が迫る。



 確実にその体が袈裟に断たれる!



 そのタイミングで、刃が振り下ろされた。




 スカッ!




 だが、そこに、バァンの姿はなかった。

 アズマの刀が、空を切る。


 まるで、その場から掻き消えたように、失われていたのだ。



 アズマが構えを戻し、気配を探り、視線を左へ移す。



 そこには、地面に小さく足を滑らせた跡を残し、立つ、バァンの姿があった。


 はらりと散った前髪を見て、冷や汗を流すバァン。



 それでもその顔は歓喜と愉悦に沸き、犬歯をむき出しにした笑みに染まっていた。



「やっぱりお前は最高だよアズマ! 最高に愛おしくて、最高に憎たらしい! 絶対にぶっ殺して、お前の絶望する顔を、見たい!」

「相変わらず、変態さんなんだからー」


 喜びのバァンに対し、アズマの軽口は、少々うんざりしているようだった。



(だが、こいつを見て、その余裕面していられるかな?)

 バァンはぺろりと、唇を舐めた。



 アズマも知らない、『ハイブリッドソルジャー』となり手に入れた、新たな力。



 屋敷の前で待ち伏せしていたあのならず者達を排除した、新たなマシンの力を!

 先ほどの攻撃をかわした、アズマに追いついた、この力を!



「だから、見せてやる。お前に追いついた、俺の力を!」

 言いながら、バァンはそのスイッチを入れた。意識のスイッチとともに、『それ』が、発動する。



『加速』!



 バァンの世界が、加速した!

 いや、世界が加速したと言うのはおかしい。


 加速したのはバァンであり、世界はむしろ、大きく減速したのだから。


 バァンの視界にうつるすべてのものが、まるでとまっているかのようなスローモーションで動き、自身の体は恐ろしく軽い。

 それは、機械と融合したことにより、人知を超えた速度を出す、バァンの手に入れた、新たな力。


 まるで風のごとく動き、人の目にもとまることなく、すべてを抹殺する速さ!

 その名の通り、自身を『加速』させる力!


 実時間にしてたった十秒までしか維持できないが、その十秒は、神の十秒と言えた。



「っ!」



 ギィン!



 最初の一撃は、構えから振り上げたアズマの刀にあたった。

 ほぼ偶然であろう。たまたま本能的にあげたそれが、突撃したバァンの脇差とぶつかったのだ。


 むしろスローモーションの中でさえ、最初の一撃までに刀を振り上げていたアズマの刃の速さが驚嘆に値する。



(さすがだ!)



 加速した世界の中、一度間合いをとり、アズマの背後へ回る。

 アズマは完全にバァンの姿を見失っている。


 振り上げた右腕はなにもいない正面へ、袈裟に振り下ろすよう動いているからだ。


 真正面でぼーっとしていたなら、左肩からばっさりと斬られていたかもしれない。



(だが、見え見えなんだよ!)



 背中は隙だらけだ。

 バァンは一気に間合いをつめ、刀とは完全に反対側。左背後ろ斜め下脇から、心臓を一突きにするため、動き出した。

 体重を乗せ、さらに加速する。一瞬にしてアズマの背中が迫る。



(とった!)



 そう、勝利を確信した瞬間。




 ──ぞくぅ!




 本能が、死の予感を告げた。


 機械でありながら、まるで獣のような動きと本能を持つと言われ、『マシンビースト』と呼ばれるきっかけとなった獣の本能。それが、バァンの身の危険を察知し、訴えかけてきたのだ。

 バァンはとっさに、その予感に従い、攻撃を捨て、さらに左へ跳んだ。



 低空で一回転し、両足で地面を削り、視線をアズマへ戻したその時。




 彼は、戦慄する。




 アズマの刀が、今飛びこもうとした左の脇下から突き出されていたのだ。


 アズマの振り下ろした刃が、その振り切った反動そのままに、脇の下を通って、バァンが飛びこもうとした頭の位置に置かれていたからだ。



 あのままとびこんでいれば、背中側へ突き出された刀の切っ先へ、自分から突き刺さりに行ったことになる。

 振り下ろした刀の行方は、バァンからは背中がブラインドとなり、見えなかった。



 それは、刹那の差だった。



 飛びこむまでの刹那の間に、狙ったかのように刃がそこに置かれ、本能のまま飛ばなければ、死んでいたのは自分だった。

 自分から、刀に突き刺さりに行くところだった!



 それを、機械の体に、獣の本能を備えた彼だから、かわすことができたのだ。




 ──マジ、か……!




 偶然。などという楽観は即座に投げ捨てた。

 あの男ならば、それくらいやってのける!



 なぜならヤツは、アズマだから!



 偶然と信じたい心に喝をいれ、再び地を蹴った。


 加速していられる時間は十秒。無駄に思考をしている暇はない。



 アズマは相変わらず、バァンの姿を見失ったように、刀を振るっている。

 左脇へ突き出した刃を、思いっきり前に振り上げ、さらに左から右へ薙ぐ。


 その二ステップの間に、バァンは十二のフェイントを入れた。


 自身が疾風のような速度で移動する加速中にフェイントを入れるなど、全くもって意味のない行動のはずだが、相手がこの速度を認識しているとすれば、無意味などではないはずだった……!


 刃に注意を払い、再び背中を取る。



 横に薙いでいる刀は、アズマの体の前を大きく進んでいる。今度は絶対に背中へはこない!



(ならば必ず!)



 脇差を両手で持ち、柄頭をへその部分に当て、固定し、体ごと体当たりする形をとる。

 これで、確実に心臓を!



 ごっ!



 のけぞったのは、バァンの方だった。

 顔面に、肘が突き刺さったのだ。


 刀に注意がゆきすぎて、今度は突き出して置かれた左肘に気づかなかったのである。



 明確ではない死の気配に、獣の本能も働かなかった。




 もし、はたからこの光景を見ることができる者がいたら、不思議な場面を目にしただろう。



 アズマが刀を振るったモーション中の肘へ、複雑な動きをした男がみずから突っこんでゆくさまが見れたのだから。



 バァンにしてみれば、まるで来る位置が最初からわかっていたようなタイミングで、スローモーションの肘がそこに現れたように感じられた。


 まるで、自分がそこを通るのがわかっていたかのように。



 軌道は見えていたはずなのに、バァンはそれを、かわすことさえできなかった……!



 衝撃により、バァンは吹き飛ばされた。




 この瞬間、バァンは確信する。




 アズマは、気づいている。

 アズマを倒すためには、バァンが必ず接近しなければならないということを!


 バァンは自身を弾丸のごとき速度に加速させる。

 だが、そのバァンが飛び道具を用いることに意味はない。


 手で投げるならともかく、火薬をもちいて発射するモノに加速の恩恵は与えられない。

 むしろバァンの体から離れたその瞬間から、それは加速の世界を離れ、減速するほどなのだ。


 となれば、銃弾さえ軽々とかわし、捌くアズマに対してけん制以上の意味はない。


 飛び道具では、決してアズマを倒せないのだ



 そんなアズマへ致命傷を与えたいのなら、武器を持ち白兵戦をする以外ない。その体にしっかりと刃物を突き刺さなければならないのだ!


 ゆえに、バァンがどれだけ速く動けようと、アズマを殺すためには近づかなければならない。



 アズマはそれを、初見であるにもかかわらず、完全に理解していた。



 だからアズマは、その最後の通り道に攻撃を置いている。

 どれだけバァンが速かろうと、どれだけアズマが遅かろうと、相手が自分からそこへつっこんでくるのなら、自動的にそれは当たる!


 ならば、どこに攻撃を仕掛けてくるのかを予測できれば、そこに刀や肘を置いておくだけで、相手は自分からそこにぶつかりにくるのだ!



 一見無駄に見えるあの動きも、到達点に達してみれば、最短最速最適解の動きであったと理解できる。



 アズマの攻撃は、バァンにとって隙だらけに見えるが、その動きは攻撃の選択を狭め、その場へ行くしかないように誘導しているのだ。

 バァンが最も的確であり、必殺だと思えるその位置こそ、アズマによって誘いこまれた、攻撃のポジションなのだ!


 それはつまり、全ての行動が、読まれているということ!


 速さでは勝っているというのに、アズマの一撃がバァンに当たるというのは、そういう理由からだ……!



 足りない速度を、的確な読みと無駄に見えるが無駄のない動きで補っているからだ!



(バケモノめ!)



 自身もバケモノと罵られることが多いが、それ以上のバケモノが目の前にいるのだと痛感する。

 共に戦い、その恐ろしさは十二分に認識しているつもりでいたが、その認識などたった三度の攻撃で大きく覆された。その読みの高さ、動きの意図など、バァンの認識をはるかに上回り、その実力の深遠には程遠いものだったと思い知らされる。


 これほどのことを生身で成す修練は、一体何千、何万、何億の経験を積み重ねれば成せるというのだ!



 バァンの疑問に答えを返すとすれば、それはたった一言しかない。



 それはアズマが、サムライだから!



 サムライとは、人が棒状の武器を持った時からはじまった積み重ねである。


 時には獣と、時には人と、時に怪物、または悪魔、妖怪、幻獣、妖怪、魔物、魔神、巨人、神々。ありとあらゆる存在と戦った先人達によって記された戦いの記憶。

 戦に戦を重ね、親から子へ、子から孫へ。師から弟子へ、弟子から弟子へ。何代も、何十世代にもわたり、刀と共に脈々と伝えられてきた戦いの導。


 そうして重ね、伝え、進化してきた業と技を受け継いできた者。それがサムライなのだ。



 ゆえに、すべてはここに収束される。彼は強い。なぜなら彼は、サムライだから!



(このままじゃ、勝てない。ならばっ!)


 バァン考え方を、攻め方を、変える。


 当然、動かないという選択肢はない。すでにタイムリミットの十秒も近づいてきた。一度この『加速』が終われば、次に使えるのにもまた同じ時間のインターバルを有することになる。


 十秒使えば、十秒の時を待たねばならない。


 その短い時間はきっと、致命的。



 ゆえに……!



(この速度でさえ予測されるのならば、お前の読みに乗ってやる!)



 逆に、すでに置いてある一撃へ、飛びこむのだ!


 バァンは、アズマの真正面へ、飛びこんだ。

 その刀を攻撃し、導かれるはずの位置からずらし、こちらの攻撃を先に当てる。



 生身のアズマに対し、『ハイブリッドソルジャー』のバァンは、速度もパワーも上のはずだからだ!



 アズマの一撃は、突きだった。

 刀を両手に持ち、正眼の構えより放たれた、突き。



 となれば、彼はそこに自分が突き刺さるのだと予測している。



 ならばっ……!



 バァンはそれにあわせ、自身の脇差を振るった。



 渾身の一撃が、アズマの刀を襲う。

 武器を吹き飛ばし、そのまま返す刃でアズマへ斬りかかる。


 純粋なパワーの勝負!


 速度の世界の中で、パワーを生かす。



 これならば……!




 ギィイン!




 次の瞬間。


 アズマの刀は宙を舞ったが、バァンの体は、地面に転がっていた……



 確かに、バァンの一撃は大きな音を響かせ、アズマの刀を宙へ舞わせた。


 それと同時に、バァンは返す刀で脇差を順手に握り替え、アズマの体へとその刃を振り下ろした。

 だが、その刀がアズマに届く前に、アズマの右拳がバァンの体に突き刺さっていたのだ。


 柄に軽くそえられていた右手が刀を弾き飛ばした影から伸びて、バァンはその拳へみずから激突しにいってしまったのである。


 アズマの攻撃の本命は刀ではなく、この伸ばした右拳だったのだ……!




 ──そっちか!




 爆ぜるような衝撃を与えたその拳を見ながら、バァンはごろごろと地面を転がった。


 無造作に突き出された拳だというのに、バァンが激突したそこから、まるで爆発でも生まれたかと思うほどの衝撃があった。


 左手にあった脇差はその手から離れ、攻撃を受けた鋼鉄の鎖骨が砕けたのを感じながらも、体を回転させ両足を地面につけ滑らせる。

 無事である右手を地面につけ、指の形に地面をえぐりながらも、吹き飛ばされる距離を少しでも短くする。


 なんとか倒れるのを食い止め、顔を持ち上げた。



 すると、バァンが必死に弾き飛ばしたはずの刀が、くるくると回転しながらアズマの真上へと落下する。

 彼はそれを軽々とキャッチし、またいつもの自然体の構え。万物流転の構えへ戻った。


 それはつまり、バァンが刀を跳ね上げることもアズマの読みの範囲であったということを示していた。


 しょせんは苦し紛れの発想。やはり読みあい、化かしあいではアズマの方が一日の長がある。



 それを目の当たりにしたバァンの顔は……




 にぃぃ。




 ……恍惚に、歪んでいた。



(すげえ。すげえすげえすげえすげえすげえ! こんなバケモノが、本当にいるのか。こんなバケモノと、まだまだ楽しめるのか!)



 目が輝き、歓喜の渦が増す。



 同じ隊にいたときは感じなかった、圧倒的な絶望。圧倒的な強さ。圧倒的な恐怖! 機械と融合し、感じられることも少なくなった、生きているという快感が、バァンの体の中を駆け巡る。



(さすがだアズマ。憎たらしいほどに強い。愛おしいくらいに恐ろしい! 俺は、やっぱり、お前と戦うのが一番楽しい!)


 バァンは脇差をひろい、立ち上がる。



「バアさん。あんたはもう戦えないよ。だから、ここはひいておくれ」


 肩が砕け、その衝撃はバァンの体の内部へも浸透している。あの爆発したかのような衝撃は、アズマの体内で練られた『気』が炸裂した結果だからだ。それは、命中した位置だけでなく、体内を駆け巡り、鎖骨だけでなく体の様々な場所へダメージを与えている。


 ゆえに、アズマはそう声をかけたのである。


 そんなことはバァンにもわかっている。この身では、すでに戦えないことを。


 それでもバァンは、笑っていたのだ。



「……と、言いたいところだけど、持ってるんでしょ? 機鎧(きがい)を」



 アズマは、小さくため息をついた。



 機鎧(きがい)。それは、アズマの持つ『アーマージャイアント』をふくめた、あの巨大カラクリヨロイをさす言葉だ。



 それはつまり……



 バァンは、にやりと犬歯を見せ、笑いを返す。


 脇差を左の太ももへ戻し、



「あんまりそうやって先読みばっかりしてると、嫌われんぞ」


 あの状態でバァンが笑っていたということは、まだまだ戦えるということを意味していた。

 強がりだけでなく、まだまだ楽しめるという時彼は笑うとアズマは知っているのだ。


 ならば、どうするのか。それを推測すれば、答えはそれしかない。



 バァンも嫌われるぞと言うが、むしろ話が早いと笑う。



 笑いながら、左手を天にかかげる。

 まだまだ続く、この快楽の宴を思い浮かべながら。



 するとバァンの周囲に、黒い闇の円が現れた。



 闇の円は、内と外を一時隔絶する。こうなっては、いくらアズマといえども、手は出せない。


 掌がわれ、そこから、輝石のはまった一本の棒が姿を現した。

 それは、いわゆる棒手裏剣などと呼ばれるモノの形に似ている。


 天にかかげられると、輝石が黒い光を放った。



「あんまり使いたくなかったが、こうでもしなきゃ続きができねーからな!」



 闇の円の中、バァンの影が、怪しくうごめいた。


 影が伸び、その下から、十メートルほどの大きさがある、一体の、漆黒の巨人がはい現れる。

 手足は細く、装甲らしい装甲は装着されていない。あるのは、身の軽さを追求したような姿だ。


 影より這いずり現れたその巨人の胸が押し開かれ、そこから無数のコードが飛び出す。


 そのコードは、バァンの体を絡めとり、その巨人の中へと引きずりこんだ。

 胸の奥。そこには座席があり、いわゆるコックピットとなっている。そこへコードはバァンを固定する。


 バァンの頭にコントローラーとなるヘッドセットが装着され、胸のハッチが閉まったのと同時に、巨人の目に、赤い光がともる。


 さらに影がうごめき、その左手に、一本の短い刀が握られた。



 闇のサークルが消え、黒い巨人がゆっくりと動き出す。



 そのしぐさはまるで、中に飲みこまれたバァンその人のようだ。

 アズマの持つカラクリヨロイと同じく、操者とそれは、人機一体。乗ったものと一体化し、自分の体と同じように動かせる。


 たとえ怪我をしていたとしても、その鋼の体が動くのならば、なんの問題もない!

 そして、元の体と同じく動くのならば、搭乗者と同じ武器を持つのも、また道理!


 それは、その者のもう一つの体であり、その体をおおう鎧でもあるからだ!



 黒い巨人は、左腕に持った脇差をもてあそぶ。



「さあ、第二ラウンドといこうか! 言っておくけどな。本気で俺を殺しにこないと、大変だぜ。負けを認めるくらいなら俺、自爆して街ごと全部更地にしてやるからよ!」

 黒い巨人がそう宣言し、武器を持たぬ右腕を、アズマめがけて振り下ろした。



 どごん!



 まるで、なにかが破裂したような音が、西部の荒野に響き渡った。

 もうもうと、拳がたたきつけられた場所から、土煙が上がる。


 その一撃で、その場には巨大なクレーターが生まれていた。



「ひゃー。すげえ。こりゃ巨人と戦うために作られたっていうのも、マジかもな」



 地面をうちぬいた本人であるバァンですら、そのあまりの威力に、感嘆の声をもらす。

 自分の体同等。いや、それ以上の正確さ、それ以上の力強さで体が動いているのがわかる。



 こんなものが人間めがけて当たったのなら、欠片も残らないだろう……



「っと、そんなことより、いくらなんでもこの程度じゃ倒せないだろうからな」



 キョロキョロと、黒い巨人は辺りを見回した。


 バァンの視界と機鎧の視界がシンクロし、さらにそこには様々な情報が映し出される。

 それは、バァンにとってなじみもない文字だったりするが、見て、直感的になにを意味しているのか理解できた。


 それは、距離や角度。さらに、様々な視界の条件を表している。


 クレーターのヘリにある一角に、生体反応つきの人影を見つけた。



 街を背にして立つ、何者かが、そこにいる。


 もうもうと土煙が上がっているが、隠れ切れていない。黒い巨人の目は、そんなものを無視して、そこに人影があるのがわかった。



 ──見つけた。



 バァンの意識が、その人影へ向いた刹那。


 土煙がわれ、刀を天にかざしたアズマが姿を現した。



「きたきたきたきたきたー!」


 バァンは待ってましたと言わんばかりに声を上げる。




 彼の期待にあわせ、そこに、光の柱が立ち上がった。




──空気穴へ──




 リゥとジャックの二人は、子供達が出入りしたという空気穴を目指し、走る。


 並んで走るジャックが、心に浮かんだ疑問をリゥへぶつけた。


「そういやよ」

「なんじゃ?」


「アズマとあの男の関係って、一体なんなんだ?」


 ジャックはあの二人が昔の知り合いだと知っている。

 アズマがサムライで、あのバァンという男が『マシンソルジャー』だったことも。



 だがそれで、殺し合いにいたるとはどういうことか、ジャックにはわからなかった。



 かといって、あの場で疑問を口にするのも、空気が読めなさすぎる。


 というわけで、今になっての質問というわけである。



「そういえば、お前は知らなかったのだな」


 走りながら、リゥは答えた。


 アズマやジャックには劣るが、リゥとてそこそこの運動神経はある。走るだけならば、ジャックにあわせて走り、喋ることくらいは可能だった。



「聞いて足を止めるなよ。まずアズマの正体はあの伝説の英雄『アーマージャイアント』で、あっちのバァンはその同僚、『マシンビースト』じゃ」

「へー。それならなっと……って、え?」


 言っている意味が、理解できなかった。



 意味がわからず、走る速度も遅くなる。



「え? ちょっ? マジ?」

「こんな状況で冗談を言うか! 証拠を出せといわれても、この場では出せんが、事実じゃ!」



 直後、二人の背中で、光が瞬いた。



 闇の円と、光の柱が立ち上がり、二体の巨人が荒野に姿を現したのだ。


 ジャックはその光を感じ、肩越しに振り返る。



 それが視界にはいると、驚きのあまり体を反転させ、足を止めてしまった。



「……マジか」

 振り返って見たモノを、ジャックは確かに知っていた。


 白い巨人。それは確かに、新聞で見た覚えがあった。

 南北戦争において、幻とさえ言われた伝説の英雄。鎧の巨人。『アーマージャイアント』


 その姿が、確かにあったのだ……



「マジだ……」



 だが、納得するものがあった。


 あの出鱈目な強さも、ガキの癖に妙に落ち着いた態度なのも、『マシンソルジャー』と知り合いなのも、その正体が『アーマージャイアント』なら、納得がいく。

 中身がガキだろうと、あの鎧を纏っていれば誰も本当の年齢なんてわからない。


 手品のようにあの巨大な鎧を出し入れできるのならば、その姿が幻なのも当然だ。



 色々なピースが組み合わさり、ジャックの中でアズマの違和感が、吹き飛んだ。



 目を大きく見開いて驚いた直後。


 ぐいっと首が派手な衝撃を受け、ジャックのマフラーが引っ張られた。



「だから止まるなと言ったじゃろうが!」


 驚いたジャックは、驚くのを予測していたリゥに、マフラーを引っ張られたのだ。



「ちょっ、まっ、首が……」


 首のマフラーを引っ張られるまま、ジャックは後ろ向きに走り出した。




──白い巨人と黒い巨人──




 光の柱が立ち上がり、そこには白銀の鎧をまとう巨人がいた。


 立物までふくめた全高は、十メートルほどであろうか。

 巨大な刀を携え、珠のように磨き上げられた光沢を放つ鎧は、見るもの全てを魅了するかのような美しさだ。

 その姿は鎧武者を思い起こさせ、複雑かつ芸術を思わせる意匠の施された装甲と、雄々しく全ての者を威圧する、頭部の立物は、畏怖さえ感じられる。


 それは、はるか東方の地において、サムライという究極の戦士が駆る、最強の戦術兵器として存在する、万夫不当のカラクリ兵器。



 そして、この地においては、伝説の英雄。『アーマージャイアント』と呼ばれる存在だった。



 バァンは、その巨人をよく知っている。



 かつてはともに戦い、ともに苦しんだ、もう一人の仲間だからだ……!



 コントローラーともなる、視覚共有装置となるヘッドセットのゴーグルにその姿をとらえ、コックピットに座ったバァンは再び犬歯をむき出しにして笑った。



 黒く、装甲を捨て、各部がむき出しになったような巨人と、立派な鎧を身に纏った、白銀の巨人が対峙する。

 一方は、黒く、暗い、光を吸収するような、真っ黒い、短い刀を持ち、もう一方は、きらきらと光り輝く、長い太刀を持っている。



 まるで、正反対の光と闇の合わせ鏡のような二体の対峙が続いたのは、そう長い時間ではなかった。



 二体同時に地を蹴り、一気にその間合いがつめられる。


 手にした刀達が唸り声をあげ、ぶつかりあった。



 巨大な金属同士のぶつかる音と、火花。

 二体の頭がぶつかるほど接近し、刀同士が根元でせりあう。カチカチとツバ同士もぶつかり合い、二体の気合がぶつかりあった。


 せりあいに勝ったのは白い巨人だった。


 両腕で黒い巨人の腕を跳ね上げ、がら空きになったその胴へ、刀を振るう。



 だが、黒い巨人。バァンはそれを背後に飛びのきかわし、刃を振るい、無防備となった白い巨人。アズマの元へ、斬りかかる。



 どぉんと足元が爆ぜ、バァンの体が加速する。



 人機一体。この黒い巨人は今や、巨大な機械でありながら、バァンの体の一部であった。

 それはバァンの思うように動き、それでいて生身のバァンより何倍も力強く、さらに速く動く。


 さらにその鎧は、バァンの力を正確にトレースする。

 それは、操者の技術を、身体能力を一分の隙もなく再現し、それでいてその能力をそのサイズにあわせて引き上げる。

 その力は、バァンが授かった力。『加速』にさえおよんだ。


 人の身であったバァンの『加速』はたった十秒しか続かない。



 だが、この鎧。『機鎧』を纏ったバァンの『加速』に制限は存在しない!!



 状態で言えば、常に『加速』していると言ってもよかった!

 目にもとまらぬ速度で、黒い巨人は黒い刀を振るう!




 ぎぃん!




 輝く刃と、漆黒の刃がぶつかり合った。


 だが、それは相手も同じ。


 対する白い巨人のアズマも、バァンの速度に対応していた。

 そもそも、『アーマージャイアント』の真価はその速度にある。


 かつて戦場を蹂躙し、光を放つなどと言われた『光の杖』も、その実は、光る刀を持ち、雷のような速さで動いて敵を切り裂いてゆくというのが真実だ。


 そう見えるほどに、速いのだ。


 むしろ、それに対抗するために、バァンは『加速』を手に入れたと言ってもいい!



 白い巨人と黒い巨人。二体の動きは、互角といえた。



 斬りつけ駆け抜けたバァンの刃は、アズマの刀によって防がれた。



(あんなに重そうな鎧を着けているってのに、『加速』状態のこっちと同じ速度で動けるんだから、いやんなるぜ!)



 むしろ、斬りつけたバァンの脇差の方が少し削られている。



 アズマの持つ白兵兵装『白虎』は、その刃のふちに、さらに小さな刃の爪を持ち、それが動き続けることで常に切れ味が保たれる構造になっている。

 常に刃が動いているため、刀と刀がぶつかり合ったりするだけで、相手を斬ることができるというシロモノだった。


 それでもバァンはとまらない。


 駆け抜けた足そのままに、刃を切り返し、アズマを狙う。



 刃同士がぶつかり合い、再びつばぜり合いとなった。



 バァンはさらに右腕をふるい、アズマの体をうちすえようとする。今度はアズマが、後ろへ飛びのく。

 それをバァンは追い撃つが、アズマの構えた刀により、その一撃はそらされる結果となった。


 相手の体を崩したアズマは、袈裟に刀を振り下ろす。バァンはその刀を、左の逆手で握った刀で受け、受け流しながら、身を回転させ、回し蹴りを放つ。


 アズマはその回し蹴りを身をかがめかわし、地に残った軸足を刈ろうと、刀で薙ぐ。


 迫る刃をジャンプでかわし、白い巨体の上をとびこえ、両者の体は場所を入れ替えた。



 再び、二体の巨人が対峙する。



 腰を低くし、左の逆手に構えた黒い脇差を相手に向けるバァン。

 右手に刀を持ち、そのままだらりと下げ、自然体のバランスのまま立つ、アズマ。



 光と闇の二体が動き、刃と刃が再びぶつかり合った。



 巨大な鋼同士がぶつかりあうたび、周囲にその衝撃が鳴り響く。

 光り輝く刃と、漆黒の刃。


 光がぶつかるたび闇の刃は削られるが、削れた闇は、即座に元の姿へと復元する。


 それは、液体と固体の中間のような金属であり、好きな時に斬れて、好きなように形を変える刀であった。

 ゆえに、全てを切り裂く『アーマージャイアント』の持つ刀を受けても、一撃で断たれることはなく、斬りあいを続けることができた。



 バァンが刀を振り上げる。


 すると、その漆黒の刃はまるで鞭のように細くしなり、うねりを上げ、振り下ろされた。

 そう。液体と固体を自由に行き来できる刃であるから、このような使い方もできた。


 鞭のようにうねる刃が、アズマを襲う。地面が爆ぜ、アズマはそれを、側宙してかわす。


 二度、三度、鞭となった刃を振るうが、一歩身を引いて回避に専念したアズマは、不規則に動くその先端さえ見切り、紙一重でかわして見せた。

 三度目に地面が爆ぜたところで、バァンはそれを、再び脇差へと戻す。


 鞭を振るおうとして、脇差でアズマを指す形となったバァンだが、実のところアズマは、その動きの先に向け、刃を振るおうとしていた。


 あのまま鞭を振るっていたのならば、細くなった鞭の刃は見事に両断されていただろう。



 それを予測し、形態を戻したバァンと、たった三度の攻撃で、その軌道を見切ったアズマの攻防だった。



 コックピット内で、バァンは再び笑う。


 楽しくて楽しくてしかたがない。

 そういう顔だ。


 人機一体となった黒い巨人といえども、その頭部に感情を表現する貌はなく、その機鎧の表情は変わらない。

 だが、そのかもし出す雰囲気は、歓喜に沸いているのがありありとわかった。


 バァンは獣のように唇を吊り上げ、再び相手との間合いをつめた。



 三度、白と黒の巨人がぶつかりあう。



 刹那。火花と金属音が響き、二体の姿が掻き消えた。


 空気だけが振動し、金属同士のぶつかりあう音だけが、不気味に響き渡る。


 あまりの速さに、人の目ではとらえることができず、遅れて聞こえる衝突音と、ぶつかりあう火花と衝撃波だけが、彼等の戦いの存在を伝えていた。



 その音に、ゴーダタウンの住民は、耳を押さえ、家の中で震え、時には窓に顔を近づけ、その震える窓を見て、恐怖におののいた。


 宿に残った二人の子供と女主人も、身を寄せあいながら、街の外へと向った三人と、家族の無事を祈る。



 一進一退の攻防が続く。

 どちらも相手をよく知るもの同士だからこそ、同じ条件となった今、その勝負は、なかなかつきそうになかった。



(さすがだ。隙がない。ならば、隙を作るしかないな!)



 アズマが横に振るった刃を身をかがめてかわし、片手で地を跳ね上げ、間合いを取ったバァンは、即座にそれを実行した。

 左手に握る黒い刃を、空中で一度振ったのだ。



 その方向に、アズマはいない。



 一見すると、無意味な行動のようにも見えた。

 だが、振るわれた刃の一部が、黒い雫となり、まるで水滴を飛ばすかのように、切っ先から飛び出した。



「っ!」

 アズマがバァンの意図に気づき、視線をそちらへ向ける。



 黒い雫の飛んだ先。



 そこには、ゴーダタウンがあった。


 黒い雫は、飛びながら、まるで風船のようにその体積を膨らます。

 その大きさは、直径で三メートルほど。


 風船のようだが、風船のように軽い物体ではない。それは、球体の刃。まきこまれたものは、押しつぶされながら、その表面に削られ、切り刻まれる。

 木製の家屋など、巻きこまれたならば、中の人間などひとたまりもない!



(さあ、アズマ。お前は絶対、街の奴等を見捨てることはできない! だから、早く助けに行け!)



 即座に飛び出し、その黒い球体となった刃を排除すれば、街に被害は出ない。

 だが、そうすることで、自分に背を向けなければならないし、そうして刀を振るうことで、大きな隙ができる。


 そうなれば、いくらあのアズマといえども、バァンの攻撃を回避することは不可能だ!



(卑怯? 外道? 残念だが俺は、お前に勝つためならば、悪魔にだって魂を売った、クズなんだ。知っているだろう!)




 しかし……




「なっ!?」

 バァンは驚愕する。


 アズマは逆に、街を狙って刃を振るったバァンの方へと間合いをつめてきたからだ。



 確かに、今、この攻撃は、バァンにとっても小さな隙を作る行為だった。



 だが、それでは、街の者に大きな被害が出る。

 力なき者を見捨てる。そんな行動をとるなんて、バァンの知るアズマでは、なかった!


「くっ、そっ!」


 迫るアズマの一撃を、なんとか脇差を使い、そらす。

 しかし、一度崩れた流れは、止められない。


 アズマの一気呵成の攻めは、激流となってバァンへ襲い掛かってきた。



 そして、バァンは見た。

 攻撃を受ける視界の隅で、街へはなった黒い雫が、見えない壁に当たり、はじき返されている光景を。




 ──しまった……!




 バァンは、自分が逆にそう誘導されたことに、気づいた。



 街にはすでに、防御兵装『玄武』がはりめぐらされていたのだ。


 亀の甲羅を模した六角形の板によってバリアを生み出す、防御用の盾。それを!

 設置はきっと、『アーマージャイアント』となる直前。あの、拳で土煙をまきあげたときに違いない。



(相変わらず、抜け目のないやつだ!)



 バァンも、自身を亀のように、防御に徹する。


 このまま焦って攻撃をすれば、先ほどの二の舞になりかねないからだ。

 読みあいという点において、バァンとアズマでは、アズマに軍配が上がるからだ。



 ゆえに、相手の攻撃に神経を集中し、相手の隙をうかがう。



 しかし、この息もつかさぬ怒涛の攻めは、神経をすり減らす。一撃一撃が必殺ともいえる鋭さを持っており、防御に徹しているというのに、いつまでそれをしのげるか、わからなかった。



 そんな中にあって、唯一の朗報。


 それは、今、アズマに防御兵装がないということだ。街を守るため『玄武』を展開しているのだから、その盾を、自身に回す余裕はない。


 ゆえに、最悪のシナリオであった、斬りつけたと思ったら、あの盾で防がれました。という展開はすでにないということになる。



 ヤツ本体に刃が届けば、その一撃は確実にダメージが入るのだ!




 ただ、問題は……



(その攻撃が、届かないってことだ……!)




 上下左右。変幻自在に繰り出される刃の激流から、逃げ出すことができない。

 速度は互角。


 だが、読みは相手の方が上。


 ゆえに、相手のペースにはまってしまった今、それを覆すのは非常に難しい。



(足りないのがなにかは、わかっている)




 足りないもの。それは、速さだ。




 相手を超える速度。

 それが、足りない。


 圧倒的な速度。相手が対応できないほどの速さ! それがあれば、いくら予測されていようと、あの鉄壁の読みを突き破れる!

 例えわかっていても、対応できない攻撃。


 それが今、バァンには必要なのだ!



 しかし、すでに今は、『加速』と同じ状態にある。これ以上の『加速』は……



 否!



(誰が、この速度が限界だと決めた?)


 誰がもう一段、『加速』できないと、決めた?

 機械の体と融合し、獣の本能を持つ自分は、その機械の限界を超えた生物の勘で、何度も生き残ってきたではないか。


 ならば、その本能を信じ、機械の限界を超え、さらなる速度を産むのも可能なはずだ。


 機械に限界があろうと、その内に融合した、人間ならば、その限界を超えられるはずだ!

 意志の強さで限界を超えられることは、意志を持つ人間だから、よく知っている。


 そしてこの機械の鎧は、人を超えるために作られた代物だと聞いている!



 ならば……!



 ならばっ……!!




 ほんの一瞬だ。




 ほんの一瞬。一瞬だけでいい!




 アズマより、刹那の時間だけ、速く動ければいい!




 だが──




 アズマの振り下ろしを防ぎ、バァンの黒い巨人の体がバランスを崩す。


 白い巨人ははそこに向け、右片手突きを放った。




 ──その前に、胸に突き刺さる、必殺の一撃が、放たれていた……




 迫る刃に、バァンは死を覚悟する。


 その刹那。彼の脳裏に走馬灯が走った。



 ガキの頃から、スリルが大好きだった。


 感覚が、常人と違うのだろう。生きるか死ぬかのぎりぎりの中でしか、生を感じられなかった。

 ゆえに、常に危険を求め、生を実感しようとした。


 戦争は、バァンにとって、最高の娯楽だった。



 はじめてアズマと出会ったのは、戦時中。最前線で最悪の撤退戦をしていた時だ。



 あの悪夢の遺産が浮上し、戦場を荒らしまわり、形勢が逆転。北軍は撤退を余儀なくされ、バァンのいた部隊は、しんがりを務めることとなった。

 簡単に言えば、全滅するまでその場に残り、撤退する味方を少しでも多く逃がすことが役目だった。


 バァンはそんな絶望的な状況に歓喜し、命を満喫するために戦った。



 次々と仲間は倒れ、彼自身も傷つき、満足して死ねる。と思ったその時、あの巨人が現れた。



 迫る敵をたった一人でなぎ倒し、押しとどめ、死ぬはずだった多くの者達を救った。

 バァンも、その時命を救われたものの、一人だ。


 そしてその巨人は、名も告げず、去っていった。


 その時からだ。彼の中で、『そいつ』が、特別な存在になったのは。

 狂犬は、憧れた。そして、屈辱も感じていた。あそこで満足して死ねると思ったのに、生きて、さらにより凄いモノを見せられてしまったのだから。


 いつしか彼は、それと戦い、命と命を削る戦いがしたいと思った。



 力を得るために、『マシンソルジャー』計画にも志願した。



 軍の秘密部隊に行けば、あの巨人を探せると思ったからだ。



 そして、見つけた。



 同じ部隊で戦い、ともに、あの地獄を戦い抜いた。

 あの巨人の正体が、あんな小僧であったのは驚いた。


 だが、それを知って、余計に戦いたくなった。


 戦争の終結後に逃げられたが、こうして戦う機会を得た。


 最高の戦いの中、こうして生を感じ、そして…… 



 ……そして?




 ここで、死ぬ?





 これで、終わり……?





(いや──)





「いや──」




 ──まだだ。だだだろう! 俺はまだ、満足していない! 自分の限界も、突破していない! なによりまだ俺は、あいつに一矢報いていない!




 だから……!




(限界を、超えろ! 俺えぇぇぇぇ!)




 カチリッ。



 バァンの中で、なにか新しいスイッチが入った気がした。

 その時バァンは、限界を、超えた。




 二段目の、『加速』!




 走馬灯を見る世界の中。

 胸へ迫る、時さえ止まったかのように思える、刹那の時間。


 極限まで高まった精神の中に見える、祈りの時間。


 その時間の中、バァンの体が動く。

 その刹那の中に、限界を突破したバァンは入りこんだのだ。


 本来ならば、決してかわせない、見ているしかないはずの、必殺の一撃。



 終わりへとむかう、永劫の時間。



 その中で、なぜか自分の体は動く。



 その一撃を、上半身をひねり、左半身を後ろに流して、かわす。

 まるで水の中で動いているかのような速度だったが、それでもバァンの体は動いた。



 鋼の武者の刃が胸の胸部装甲へ触れる。


 ゴリッ。と嫌な感触が体に伝わるが、それは致命傷にはならないとはっきりとわかった。



 胸の装甲をかすめ、その表面だけを切り裂いていく。



 装甲の一部が砕け、入り口となる胸の部分に穴が開き、コックピットに光がさしこんだ。



 被害は、それだけだった。

 バァンの眼前を、刃が駆け抜けてゆく。



 アズマの放った絶対の一撃を、バァンは紙一重の隙間で回避したのだ……!



 バァンの視界に、突きを放ったまま、隙だらけのアズマの姿が、目に入った。



 脇差を順手に持ち替え、右手を柄頭にそえ、無防備となった相手の胸へ、突き出す。

 渾身の力をこめて。



 刃が、アズマの白い鎧へ、吸いこまれてゆく……!



 それは、今までありえないことだった。

 隙だらけの鎧が、なんの反応も見せない。

 今までならば、それは必ず自分の攻撃をかわしてきたというのに……!



 鎧の装甲を貫き、さらに、その刃が背中まで突き抜ける手ごたえを感じた。



(勝った……!!)



 そこはコックピット。そこを貫かれ、生きていられるものなど……!



 バァンは勝利を確信した。



 しかし……




 しかし!




 この瞬間。彼に最大の隙が生まれた!




 勝利を確信したバァンの目に、信じられないものが飛びこんでくる。

 白い巨人につきたてられた漆黒の刃と、そのコックピットの隙間から、なにかが弾丸のように飛び出してきたのだ。




 それは……



「バカ、な……」



 ……それは、居合いの構えでこちらへ跳ぶ、アズマであった。




 勝ちを確信し、一瞬気を抜いたバァンは、反応できない。


 バァンが勝ちを確信したのも、当然である。

 彼等は今、その鋼の体と心を繋いだ、人機一体となった存在。


 ゆえに、その中で回避をしようとすれば、おのずと鋼の体の回避に繋がる。中の者が回避するなど、そもそも発生してはいけない状況だからだ。



 バァンが刃をつきたてたその時は、その回避のかの字も見せなかった。


 だからこそ、バァンは勝利を確信した。



 だが、機鎧を動かしながら、コックピット内で回避するという、人と機、二つの思考を切り離し、さらに同時に動かすという芸当をやっていたら、どうなる?


 バァンと同じように、相手もこの限界を超えた、刹那の時間に足を踏み入れることができるならば、どうなる?



 この二つを同時にこなせるならば、その道理を外れた芸当も不可能ではない!


 そしてアズマはサムライだ。サムライならば、そもそもそんな道理、通用しない!



 ゆえにアズマは、あの刹那の瞬間、バァンの芸当のさらにもう一つ先をやってのけていたのだ!



 気づけば、アズマはバァンの目の前にいた。

 居合いの構えで、先の突きが空けた穴から、コックピットへ飛びこんで来た、アズマが。



 必殺の一撃こそが、最大の隙を産むこの瞬間。

 絶体絶命が、最大のチャンスに変わるその時。


 コードにつながれ、機鎧と完全に一体化した彼に、その一撃を回避するすべはなかった。



 回避しようとしても、身体は動かない……



 バァンにアズマと同じことを、なすことは……



「ごふっ……」



 胸を貫かれ、口から血が溢れた。


 見事なものだ。寸分たがわず、『ハイブリッドソルジャー』の急所となるコアを貫いている。



「ちっ……自爆する隙すら、ねーのかよ……」


 さらに、その一撃は、自爆への回路も、切断していた。


 これではもう、助からないし、この機械の体は、自爆さえできない。



「まけ、たか……」


 だが、どこか清々しかった。



 全力を持って戦い、死力をつくして戦った。



 限界さえも超えて、それでも勝てなかった。


 なのに不思議と、腹は立たなかった。



 むしろ、安らかでさえあった。



 限界を超えて、命を燃やしつくして戦ったのだ。

 バァンの望んだ、命と命を削る戦い。


 まさに、燃えつきるまで戦いつくせたのだ。



 確かにアズマは、バァンの一枚上手をいった。



 だが、機鎧を犠牲にするという、薄氷の上を歩く、紙一重の勝利であることは間違いなかった……



 不満など、あるはずがなかった。



「悪かったな。俺の、わがままにつきあわせちまって」



 回路の停止とともに、コントローラーとなるゴーグルが外れ、バァンはアズマの姿を見る。

 黒い巨人は機能を停止し、膝を突いた。


 それは、コアとなるバァンの体から、命が失われることを意味していた。



 アズマは、死にゆくバァンに向け、優しい微笑を浮かべていた。



 責めるわけでもなく、わびるわけでもない。ただ、彼の旅立ちを、見送るために。

 バァンには、そんなアズマの優しい顔が、なぜか、泣いているようにも見えた。


「そんなに悲しそうな顔、すんなよ。俺は、超満足して、逝くんだからよ」



「そうだね。それでも、友達を見送ることになるのは悲しいよ」



「はっ。殺し合いをした相手を友達呼ばわりとは、いつまでもかわらないな、お前は」


「バアさんだって変わらない」


「はは。だから、この結果なんだろ。俺は、満足だぜ。限界まで超えて、悔いのない戦いをして、そのまま燃えつきるんだ。最高じゃねーか」



 バァンのまぶたが、重たくなってゆく。



「ああ、そう、だ。あのワキザシ、お前に、やる……よ。お前の、刀にゃ、劣るだろう、が、俺の、かわり、に……なにか、に役立つだろ……」



 バァンはアズマへ微笑み、そして、笑いながら、逝った。




 戦いを望み続けた男の、悔いのない、最後だった……




 彼の死とともに、コックピット内から、光が、消える。



「バイバイ。バァン。また、ね」

 アズマは、小さくつぶやいた。


 その表情は、コックピットに開いた穴から入る光で逆光となり、誰に見えることもなかった。




 戦いも終わり、白い巨人と黒い巨人が膝を突くこととなった戦場。


 アズマはコックピットを飛び降り、地上へと降り立った。



 自身の愛機である、白い巨人を見上げる。



 胸の装甲だけをやられた黒い巨人とは違い、コックピットのある胸を貫かれたため、しばらくは使い物にならない。いずれ、『ヤオヨロズリアクター』の力で自動修復されるだろうが、それも、長い時間がかかるだろう……



「アズ、マ……」


 そこへ、ジャックがふらふらと、姿を現した。


 両腕を怪我したガンマンが、ふらつく足取りで、かけてきたのだ。



「じゃっくん!」



「悪い。リゥのヤツが、人質に、とられた……!」


 かけよったアズマへ、ジャックは悔やむよう、そう告げた……


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