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第01話『アーマージャイアント』 前編


──プロローグ──




「おい、知っているか? 『アーマージャイアント』の噂」

 サルーン(酒場)のカウンターで酒をあおるカウボーイが、隣にいた友人に尋ねた。


「ああ? あー、アレか。南北戦争時代のバケモノがルルークシティに姿を現したっていう?」

 男の言葉に反応した友人がそんなのもあったな。というような声を上げた。



「そうそう。それがあの『アーマージャイアント』だ。その姿は鎧の巨人であり、見たもの全てをその『光の杖』で消し飛ばすって」


 男は酒をあおりながら、懐を探り出す。どうやらタバコ入れを探しているようだが、肝心のそれはガンベルトとズボンの間に挟まっている。しかもその中身は見事にカラだ。

 友人はそれを見て、仕方ねぇと思い、自分のベストから紙タバコを一本取り出し、くれてやった。



「知ってるよ。戦争の英雄にして、正体不明の巨人てヤツだろ。俺も新聞でその姿見たことあんよ。アレは人間じゃねぇな。デカすぎる。噂じゃ伝説の巨人族の生き残りだとか、テスラ博士のギガマトンだとか、『遺人(いじん)』の兵器だとかな。つーか、実際にいたんだな。おらぁてっきり軍の広告塔かと思ってたぜ」


 友人の言葉に満足そうに頷きながら、男は取り出したマッチをカウンターにこすりつけ、タバコをふかす。

 肺一杯にその煙を吸い込み、吐き出すのと同時に、しゃべりだした。



「いたんだよ。派手に暴れているらしいぜ。戦争の英雄様だかなんだかしらねぇが、戦が終われば力をもてあますバケモノだったってこったろうかね」


 紫煙をくゆらせながら、男は残った酒を一気にあおった。相手が乗ってきたと思ったのか、口のすべりもよくなったのだろう。ぺろりと唇を舐める。


「荷馬車を襲う、鉄道を襲うどころか街を相手にまるで戦でも仕掛けるみたいにして、なんもかんも壊して奪って殺していっちまう……噂じゃあ、正面からのみじゃなく、策まで弄するって話だぜ……戦っても無敵の癖に」

 まるで見てきたかのような口調とオーバーアクションで男は話し、その光景を自分で想像して、思わず震える。見たことも襲われたこともないのに、器用な男だ。


 しかし、効果は十分にあった。男の話を聞いた友人も、思わず身を震わせてしまったからだ。



「マジかよ。あの北軍の英雄がねぇ。ぱったり話を聞かなくなったと思ったら、こんなところで鞍替えか」

「戦がなけりゃ、ああいうのは生きていけねえみたいだからな」


「だからこそ、西部はああいう奴等の聖地なんだろうよ。力こそが全て。それが、西部の掟だ」



 ちらりと、壁を見る。



「しかし、すげぇ賞金だな」


「なんだ? 賞金狙うってか? 賞金稼ぎになるってか?」

 男が空のグラスをかかげ、くひひと笑った。さっきまで震えていたというのに、酒の力は偉大である。


「バカ言え、んなバケモンと付き合ったら命が幾つあってもたんねえよ。大体騎兵隊の大砲でも殺せねえっていうぜ。噂じゃ戦車も粉みじんだ」


「近づく前に、『光の杖』で、ずどん。か」


「ちげぇねえ」

 けたけたと、男達はどことも知れぬ街の危機の噂話で盛り上がる。


 その視線の先には、生死不問と書かれた賞金首の手配書があった。




『アーマージャイアント』生死不問。賞金五百万ドル。




 風がふき、その手配書はピンがはずれ、宙に舞った。

 風に舞うその手配書のことなど、誰も気にも留めはしない。



「んだてめぇ! イカサマじゃねぇか! 表に出やがれ!」



 なぜなら、近くでポーカーをしていたアウトロー気取りのガンマンがテーブルをひっくり返し、そのまま表で決闘をはじめてしまったからだ。

 酒場に緊迫した空気が流れ、男達は流れ弾を食らわぬよう、身を隠し、見物することとなる。


 遠い街の危機などより、目の前の安全の方が大事だ。


 酒場の目の前にある広場で、二人の男がガンベルトに手をかざし、決闘がはじまる。

 ひらりひらりと宙を舞っていた手配書は、開いた窓をすり抜け、そのまま対峙するガンマンの間に滑りこむ。



 それが合図となったかのように、一発の銃声が鳴り響いた。




──少年と『アーマージャイアント』──




 カッ!



 そんな擬音が聞こえてくるかのように荒野を太陽が照らし、それにより乾いた空気が動くたび砂塵が舞う。

 その風に乗ってタンブルウィードと呼ばれる西部の荒野を象徴する丸くまとまった草がころころと荒野を転がってゆく。


 そんな砂漠にも近い砂の荒野を、一人の少年が砂に足をとられながら歩いていた。

 ふらりふらりと不安定に体を揺らし、今にも膝から崩れ落ちそうな歩行だ。頭の上にはその末路を狙い、獲物を狙うハゲタカの姿さえ見える。


 荒野を歩く少年の姿は、カウボーイやガンマンがあふれる西部という荒れた野に似つかわしくない格好であった。

 とはいえ、きらびやかな装飾に身を固め、上流階級のお坊ちゃんの格好だとか、きっちりスーツをまとった営業マン。という格好でもない。


 格好そのものは、旅姿と言って正しい物だろう。


 一番上に羽織っているものこそは一般的な皮の外套ではあるが、その内に纏う上着は西部によくある皮のベストや綿のシャツというものではなく、いわゆる着物と呼んで差し支えないものだからだ。

 ズボンもジーンズやズボン保護用のチャップスなどではなく、袴と呼ばれる装束を身に着けている。

 足元は外套と同じく西部でよく見るブーツで覆われ、腰にはガンベルト。そのベルトの右側に銃を下げ、背側にはベルトポーチ。極めつけは左の腰に帯びた、長く、しなったナイフ。別の地では、刀と呼ばれるサムライウェポン。


 この地にあるものとないもののハイブリッド。



 それらはこの西部では異質の格好であり、異貌の組み合わせであった。



 さらには金の髪、青い目が多いこの大陸ではほとんど見ない黒髪に黒目であり、さらに、肌の質も違う。

 髪は肩まであるであろうその長さのものを後ろで小さく束ね、小さな尻尾のようなものが首筋付近に作ってあった。


 年齢は十五、六くらいであろうか? しかしそれは、彼の生まれた土地の感覚でのもの。この西部の者が見たら、この少年はさらに歳若い、十二、三くらいの小僧と判断されるだろう。

 身長も百六十センチほどと平均すれば百七十を超えてくるこの地において小柄も小柄であり、この少年はこの地で生まれたのではない。いわば、異邦人。顔立ちがまるで違ったからだ。


 そんな西部という荒野に似つかわしくない少年が、カンカン照りの太陽のもと、すでに汗すら流れていないアゴを手の甲で拭いながら歩いている。

 刀という杖にも使えそうな棒を杖のかわりにしていない、唯一の誇りがなせることであろうか?

 フラフラと頭も肩も揺らしながら、少年──名をアズマというが──は、この西部の荒野をあてもなくさまようように歩いていた……



「……」


 そのさまよう少年の姿を、荒野に盛られた小高い砂と岩の丘から見つめる一団があった。

 馬に乗り、よれよれのシャツの上にベストを纏い、ズボンとともに保護用のカバー。チャップスを履き、皮製のブーツを履いたカウボーイ達。


 照りつける太陽から頭を守るテンガロンハットをかぶる、さまよう異邦人アズマとは違う、この西部にならどこにでもいそうなガンマンの姿をした男達だ。


 ただし、彼等の服装はどれもボロボロ。髪もボサボサ。髭も整えてあったりはしない。いかにも荒くれ者のアウトロー集団という一団であった。

 その腰には西部における力の象徴。銃がぶらさげられている。


 大小あわせ、その数は四人。



「……なんでこんなところにガキが?」



 口を開いたのは、最初にアズマを見つけたこの一団の中でリーダー格と言える出っ歯の男だった。

 延々と荒野に刻まれた少年の足跡を見て疑問の声を上げる。


「どっからきたんすかね?」

 出っ歯の男の隣の馬に乗っていた小太りで「っす」が口癖の男がその視線の先を追いながら首をひねった。


「方角からして東にある遺跡からじゃねぇか?」

 それに、二人の後ろにいたボサボサ髪で体格のよい男が答えを返す。この男だけ、服装はなぜかタンクトップだ。

「東の遺跡っすか? なんであんな枯れた場所に……」

「知るかよ」

 小太りの男に、ボサボサ髪の男はぶっきらぼうに返した。適当な推測なのだから、理由なんて知るわけがない。


「……」

 ちなみに、四人目に無口で陰気な男がいるが、無言で陰気なので彼等の会話からは蚊帳の外だった。


「はっ。なんだっていい。俺達に見つかったのが運のツキってヤツだ」

「そうっすね。せっかくの見回りなんすから、手柄があった方がいいっす」

「だなぁ」

「……」

 出っ歯の男がよい獲物を見つけた。と舌なめずりをし、小太りの男の肯定とともに拍車で馬の腹を蹴り丘から駆け下りる。

 同時に他の三人もその出っ歯の男を応用にして馬を走らせた。



 一方少年は、とうとう砂に足をとられ、前のめりに倒れこんだ。

 ぽてりこ。なんて可愛らしい音を立て、砂に転び、ぐぐーっと腹を鳴らす。


「もー、むり。お腹すいたー……」


 誰に聞かせるわけでもなく、諦めともとれる声が漏れる。その小さな呟きは、この地に住まう者達とまったく同じ、流暢な発音だった。

 少年はそのまま、ゆっくりと目を閉じようとするが、その耳と、倒れて地に触れる頬に馬の蹄と地面に降り立ち、自分に近づいてくる足音が響くのを感じ取った。


「……」

 目をつむるのをやめ、視線を動かそうとするアズマの頭に影がかかる。



「おい。生きてるか?」


 アズマにむかい声をかけたのは、駆け寄ってきた四人組のリーダー格。出っ歯の男だった。



「お、おおお。まさか、こんなところで天の助けが来るなんて……」

 アズマは力を振り絞るように、顔を上げる。


 顔を上げたアズマの目に飛びこんできたのは、汚い格好をした四人のアウトロー。



「……」



「おい! なんでそこで露骨に嫌な顔をしやがる!」


 アズマが四人の男達に向けた顔は、そりゃもう酷いしかめっ面だった。口にはなにか苦い物でも放りこまれたようであり、眉を中央に寄せ、目は失望に沈んでいる。



「可愛い女の子にチェンジでお願いします」


 ぷいっと顔を横に背け、彼はぷくーっと頬を膨らませた。



「ぶっ倒れていかにも死にかけってかっこうしてるくせに余裕か!」

 出っ歯の男が肩を怒らせツッコミを入れた。


 最初から助ける気など欠片もなく、金目のモノを奪って、抵抗するなら殺してしまおうとさえ考えていた男達だったが、余裕もないくせにチェンジなんて言われれば、そりゃツッコミも入れたくはなる。


 言われたアズマも、背けた顔を再び男達に向け、口を尖らせながら、口を開いた。



「三日三晩荒野をさまよってやっと現れる天の助けといえば、やっぱり可愛い女の子か子供がセオリーだってのに、どうして明らかに一難さってまた一難な難ありおじさんに助けられなきゃいけないのさ!」



「俺等だって拾うならうら若い乙女のがいいわ!」

「あー。それは俺も思うなー」

「だろう?」

 アズマと出っ歯の男はなにか通じ合ったのか、同時にうなずいた。


「ってアホかー!」


「やーん」

 出っ歯の男、地面の砂掴んでアズマにぶっかけ怒鳴るのだった。

 アズマはその砂を頭を抱えながらもなすすべもなく被る。


 しかしその声に、欠片も悲壮感は感じられない。



「なんなんだこいつは。本当に三日三晩もこの荒野をさまよったのか? 本当は余裕あるだろお前」



 まったくもって当然のツッコミだった。


 普通三日も荒野をさまよったというのなら声を出すことすらままならないほど消耗しているはずだ。なのにこのガキは軽口冗談まで叩いている始末。余裕がないなど信じられない行為であった。



「ないないっすー。お水欲しいー」



 砂の上でプルプル震える少年を見て、出っ歯の男の頭に小さな怒りマークが浮かんだ。

 唇をひくつかせながら、みずからの腰にある銃へと手をかける。


 汚い格好をしている荒くれ者にしか見えない男達は、格好の通りアウトローであった。


 気の短い出っ歯の男は、舐めた口を聞けばその腰に下げた銃を遠慮なく相手に撃ちこむような男なのだ。



「いやでもアニキ、こいつこのへんじゃ見ない肌の色や格好してるっすよ。ひょっとすると高値で買う物好きがいるかもしれないっす」



「むっ……」

 小太りの子分の一言に、頭に血が上りかけた出っ歯の男の動きもとまる。



 ある戦争が終わり、奴隷制は廃止された。だが、彼等のような悪党はそんな宣言など守らず、人さえ商品にして金を得る。

 そんな基本的なルールさえ守らず、人々を脅かす者達は、法の外側にいる者。アウトローと呼ばれ、力こそ全ての西部を、我が物顔で走り回っている。

 彼等にとって、真面目にルールを守るということはむしろ愚か者のすることとさえ考えていた。


 彼等の住まう西部とは、そんなヤツ等も平然と闊歩する無法の荒野なのだ。



 ぐったりと倒れたままのアズマをまじまじと見て、小さくうなずき、唇を大きく吊り上げた。


「確かに、小奇麗にすりゃいい値がつくかもしれねえな」

「そうっすよね」


 にやにやと、倒れた異邦人の少年を見て、他の男達も笑う。



「あの、一つ大切なことを確認し忘れていたのですが」

 そんな男達を見て、アズマがおずおずと手を前に出し、地面からあげた。



「なんだよ?」

「ひょっとして、親切心から俺に声をかけてくださったわけではない?」


「あったりめーだろ。俺達の目的はお前を好事家に売っぱらうか、お前の身ぐるみをはいていくか、その両方かだよ」


「あー。やっぱりー」

 あちゃー。とアズマはおずおずとかかげていた右手を力なく地面に落とした。



「顔同様、悪いおじさんだったかー」



「今さらかよ。俺達が素直にお前を助ける親切なお兄さんに見えたってのか?」



「いーえ。ひょっとしたら、中身は違うといいなー。と思ったんですけど。ほら、よく言うじゃないですか。人を外見で判断してはいけません。て」


「はっ。ああいうのは頭がお花畑のヤツが言い出す妄言だよ。外見がうすぎたねぇのは、中身だってうすぎたねぇ。大体中身がしっかりしてりゃ、こんなかっこうするわけねぇってな」

「そのとおりっす」

「まったくだぜ」

「……」

 げはは。と男達は自分達の格好を指差し笑いあった。


 彼等は自分達がなにをしているのか理解している。理解したうえで、罪悪感など感じることなく行っているのだ。


 法などあってなきがごとし。力ある者こそが法。これも西部の掟の一つであった。



「そっかー。ならば俺に、いい考えがありますよ。どうです? 俺を用心棒として雇うというのは! そうすれば俺はご飯にありつけてハッピー。そちらは俺が手に入ってハッピー。どちらも幸せ!」

 倒れたままの少年が、再び男達へむけ、最上級の笑顔を作って見せた。


「どうかな!」

 その声は、声だけは、自信満々である。



 男達は互いに顔を見合わせ、ぷっとアズマの言葉をせせら笑った。


「おぉ。そいつはすげぇいい案だな。だが、さっき俺は言ったよな。外見てぇのは中身を見る鏡だってな。今のお前を見て、売り飛ばさずに用心棒に抱えたいなんて考えると思うか?」

 出っ歯の男が、やれやれ。と肩をすくめた。地面に倒れふしている少年の言葉など完全に取り合ってはいない。


 当然だろう。いくら余裕が見えるとはいえ、倒れているのは変な服装をしたただのガキ。それを用心棒にしろだなんて鼻で笑うに決まっている。



「お前がするのは俺達に命乞いをしてどっかの物好きに売り飛ばされるか、それとも俺達の機嫌を損ねてブツだけを奪われ、上を飛ぶハゲタカの餌になるか。この二択しかねーんだよ!」


 出っ歯の男の雰囲気が変わった。


 さっきまでどこか流れていたおふざけの態度は欠片もなく、殺気を纏った完全なアウトローの表情へと変わる。

 ガキとのおしゃべりはこれまでだと、本気でアズマの心を潰しにかかったのだ。



(さ、さすがアニキ。なんて迫力っすか。こんな眼力で睨まれちゃ、命乞いをするしかねえっすね)



 隣にいた小太りの男が、目の前で雰囲気を変えた自分がアニキと崇める男の眼力に戦慄を覚え、背筋に冷や汗を流した。

 こうなってしまっては遊びはもう終わり。


 死ぬか奪われるか。このガキに残された運命はそれしかない。



 だが、小太りの男の予測は外れた。



「そーですか。かなりお買い得で素敵な考えだと思ったのにもったいない……」


 そう言いながら、アズマはふらふらと体を揺らしながら立ち上がる。

 その姿は膝ががくがくと笑い、腕をあげることさえ難しいと思えるほどに体は震えていた。

 水分不足からくる脱水症状と空腹による栄養の不足。さらに疲労の限界が見てとれる。


 しかしそれでも、アズマは男達を見てにっと笑う。



(よくもまあ、こんな状況であんな態度がとれるっすね……)



 小太りの男は出っ歯の男の殺気をそよ風のように受け流した少年の態度を見て驚きを隠せなかった。


 それは、出っ歯の男やボサボサ頭の男達も同じだった。


 こんな状態のガキ、銃を抜くまでもない。素手で軽く小突いただけで倒せるだろう。

 そんな状態とアウトロー四人組に囲まれたこの状況でまるで立ち上がり、あまつさえ余裕を見せて笑うとは誰も想像していなかった。


 頭がおかしいのだろうか? それとも……



(ひょっとすると、この小僧は外見に反して、とんでもなく強いってのか!?)



 人を外見で判断してはいけません。さっきアズマの言った言葉が脳裏によぎり、出っ歯の男も思わずそんなことを思った。

 このガキは、下手をすれば少女かと見まごう姿をしている。それでもこんな態度ができるということは、それだけ自分に自信があるのではないか?


 そう思うほど、この余裕な態度は不気味に見えたのだ。



「っ! こ、こいつ、サムライっす……!」



 ゆらりと立ち上がった、アズマの全身を確認した小太りの男が驚きの声をあげた。


「うぉっ、い、いきなりなんだ!?」


 一瞬不安を胸に浮かばせた出っ歯の男が驚きで体を跳ね上げ、声を上げた弟分へ視線をまわした。

 残りの二人も、同じように声を上げた小太りの男へ視線をむける。



「あの格好。腰の、長いナイフ。ま、間違いないっす。あれはおれっちの爺さんが言っていたサムライってヤツっすよアニキ!」



「あぁん? なんだよそのサムライってのは」



「サ、サムライってのはっすね。遥か東の地にあるっていわれる島国にいる戦闘集団らしいんすよ! その国では、銃が一切流通してねえって話なんす!」


「はぁ? 銃がなくてどうやって戦うってんだよその戦闘集団」

 出っ歯の男は弟分の説明を聞いて呆れた。


 銃を持って戦う。それはこの危険極まりない西部で生きるうえで最も大切なことだ。

 最も信頼でき、最も強力な武器を手放して戦うなど、銃があって当然であるこの地では考えられないことだった。


 この西部という地において、その銃こそがみずからの命を守り、敵を倒せる唯一にして最強の力なのだから……



 それが一切流通していない。売買を禁止されているから手に入らないとでもいうのだろうか。銃は非常に強力だ。小さな国なら所持さえ禁止に出来るかもしれない。それならまだ納得は出来る。

 それでも、違法に銃を手にする者はいて、それを使うのは間違いない。それとも、そこでは特別にその集団だけが銃を使うことを許可されるのだろうか? それはそれで納得である。


 だが、その弟分である小太りの男は、信じられない言葉を発した。



「ちがうんす。その島国じゃ、銃は最強じゃないって言うんす。銃より、カターナと呼ばれる刃物が最強なんすよ! そのカターナを持つそいつらには、銃なんてものが必要ないんす。弾丸なんて屁でもないんすよアニキ!」


「「「なっ、なにぃ!?」」」

 小太りの男の言葉に、その場にいた三人が同じ言葉で驚いた。

 無口の男でさえ思わず声を上げてしまっている。



 それほど、銃とはこの地において『力』を象徴する武器なのである。



「そのカターナを持って使う戦闘集団ってのがサムライってヤツなんす! 昔おれっちの爺さんが欧州でブイブイいわせていた時、爺さん達のいた砦に、その近くで雇われた一人のサムライがせめこんできたことがあるんす。その時爺さんはたった一人のサムライに一味を壊滅させられ、爺さんは命からがらこの新大陸に逃げてきたって話っす!」


「お、お前がいつも自慢しているあの爺さんが!?」



「爺さんの口癖は、サムライに銃は効かない。カターナ怖い。サムライには決して手を出すな。サムライ怖い。サムライは決して相手にするな。たったんすよ……!」


 彼の中の爺さんは、とても恐ろしい悪党で、彼の憧れでもあった。

 その祖父がそれほど恐れ、口すっぱくして言うのだから、そのサムライというのはバケモノであることは間違いない。


 小太りの男が自分の記憶にある祖父が怯える姿を思い出し、体を震わせる。



 カンカン照りの太陽の下だというのに、彼は額から汗が引き、その顔は青ざめていた。



 銃が効かない。銃が必要ない。というのがどういうことをさすのかわからないが、とにかくサムライは強い。というのだけは伝わってきた。


 たった一人で銃を持つ悪党の一団を壊滅させる。そんなことが出来るのはバケモノだけだ。

 出っ歯の男と残りの男達の視線が体を体をゆらゆらと揺らしながらもにやりと笑うアズマの腰へ集まった。



 その腰にあるのは、黒い曲線を描いた棒。




 それこそが、弟分が言う、カターナ……!




「そ、それがこいつだって言うのか……?」

 出っ歯の男が思わず息をのんだ。


「ひ、一人で一味を壊滅させるなんて、カ、カシラより強ええのか?」

「んなわけあるか! あの人が負けるわけねーだろ。最強の英雄だぞ。だが、ここに頭はいねぇ……」

 ボサボサ頭の男の弱気を、一団のリーダー格である出っ歯の男が叱責する。しかし、その言葉にはどこか怯えの色が混じっているようにも感じられた。


「な、なら……」


 ボサボサ頭の男がアズマの姿を見て背筋を震わせた。

 弟分の言葉が本当ならば、死にかけのような状態で四人を目の前にする状況にあれほど余裕なのも納得がいく……!


 ならば、たった四人で勝てるはずもない!


 彼等の怯えた姿を見て、アズマは再び口元をつりあげた。



 少年はゆっくりと腰を落とす。



 それはなにか、構えをとるかのような動きだった。


「ふふっ。後悔してももう遅い。そう。こう見えて俺は……!」


 その動きはとてもゆっくりとした動きだった。

 だが、疲れを欠片も見せない、何度も何度も繰り返したかのような流れる動作。男達は、それをただ見ていることしかできない。


 アズマの右手が動き、その手は左腰にさげてある、長く、しなったナイフ。刀へ……



 ごくり。

 誰かの喉が、緊張でなる。



 ……むかわず、そこを素通りし、右腰にあるガンホルスターへ伸ばされた。


 異貌の服装を纏う少年に存在する、ほぼ唯一と言ってもいい西部の衣装に。




「……ガンマンなのさ!」




 それは、早撃ちの構えだった。




「「「「サムライじゃねーのかよ!」」」」




 男達の総ツッコミが青空へ響いた。



 声をあげた男達を見て、アズマはキョトンとした表情をうかべた。


 そして、ああ。こいつはうっかり。というようななにか得心したようにうなずき、改めて腰を落とし、もう一度早撃ちの構えをとる。



「俺はこう見えて、凄腕のガンマンなのさ!」



 笑顔で歯をきらーんと光らせ、なぜかとても得意げな顔でくいくいと腰さえふっている。



「そーいうことじゃねぇー!」

 出っ歯の男の絶叫が再び響いた。



「しかも全然構えなってねえし! どこが凄腕だ!」



 アズマの構えは、素人がカッコいいと思っている早撃ちのポーズをとっているだけで、銃を抜くという構えにはまるでなっていないものだった。

 その姿は、とても銃になれている者のする構えではない。


 そこからどう考えても、凄腕。という言葉は当てはまらなかった。


「えへへー」

 だが、少年は嬉しそうにはにかんで照れた。


「全然褒めてねぇよ!? 大体お前のどこがガンマンなんだよ! 格好もおかしいし構えもなってねえ! そんなんで凄腕を名のろうなんて百年早えぇ!」

「えっ!? じゃああと九十九年と三百六十二日待たなきゃいけないの!?」

「ってガンマン暦三日ぁ!?」


 アズマの驚きに、出っ歯の男も驚いた。



「だから、用心棒、いかがかな?」



「なにがだからでどこがいかがだ! ……おい」

 笑顔で自己主張するアズマの相手を途中でやめ、出っ歯の男は弟分である小太りの男に向き直った。



 その顔は、なぜか笑顔である。ホント、とっても迫力のあるいい笑顔であった。



「す、すんません。どうやらおれっちの勘違いだったみたったぁっす!」

 最後に乱れた「たぁ」は頭を殴られて出た悲鳴だ。


 小太りの男は涙目で、殴られて脳天に出来たコブを一人で撫でるしかできなかった。

 彼の発言のおかげで余計な緊張をさせられたのだから、当然といえば当然だろう。


「ちっ。結局はただ頭のネジがぶっ飛んだだけのただのガキだったってわけかよ」

 小太りの男をぶん殴った手をふって赤みをとりながら、出っ歯の男はなんだこのアホは。とため息交じりの言葉を漏らした。



「ネジなんてとんでませんよー。自信はありますから! ご飯がもらえればだけど!」



「やっかましい! もうどうでもいいからおとなしくしていろ! お前と話していると頭が痛くなる! このまま撃ち殺されてぇのか!」


 これでも撃ち殺さないのは、アズマという少年が、このあたりでは珍しい人種で、人身売買すれば高値がつく可能性があったからだ。

 たとえアホでも、外見がレアならば、きちんと値はつく。それくらい最低限回収しなければ、色々マイナス収支になる気がするからでもある。



 出っ歯の男が銃を抜き、アズマの額にその銃口を突きつけた。


 彼の言葉が引き金となり、その子分である小太りの男も続いてアズマへ銃を向け、残りの二人も同じようにアズマへ照準を定める。


「そもそもてめぇは俺達が何者かわかってんのか?」

「?」


 にこっと微笑みながら、アズマは首をひねった。

 完全にわかってないが、それを笑顔で誤魔化しているかのような態度だ。



「そうかいしらねぇのか。なら、こいつを見ろ!」

「とくと見るっす!」

「おうよ!」

「……っ!」


 ならず者達は一列に並び自分達の胸元を指差した。



 そこには、バッジがあった。


 なにやら鎧のマークが入り、時折その目の部分がチカチカと光っているバッジだった。



「聞いておどろけや。俺達はなぁ、天下の大英雄。あの『アーマージャイアント』様をカシラとする一団よぉ。俺に逆らうってことは、あの無敵の『アーマージャイアント』様を敵に回すってことになるんだぞ! このバッジが、その証だぁ!」

「カシラから直接いただいたこのバッジ、とくと見るっすよぉ!」


 四人は、どこか誇らしげにその『カシラ』からもらったバッジをアズマへ見せ付けた。



「わお。こんなところでその名前を耳にするとは思わなかったなー」


 出っ歯の男の言葉に、アズマも驚きの声を上げた。



「ははっ。さすがにこれだけトンチキなクソガキでもこの名は知っているか」

「さすがっすね。異国の人間にまでその名を知られているとは、さすがボスっす!」


「だから、下手なことを考えるんじゃねぇ。黙って俺達に従えば、命くらいは助けてやるぜぇ?」


 四方から向けられた銃口。

 アズマはすでに早撃ちの構えすらとっていない。ただ、立っているだけの状態だ。

 それは、疲労で立っているだけがやっとともとれるし、ただ余裕であるようにも見える。

 状況は絶体絶命。様々なものの危機だというのに、ならず者達を前にして平然としているようにも見えた。

 状況が理解できないほど頭に栄養が回っていないのか、それとも状況を理解した上で、それでも余裕を見せているのか。それは銃をつきつけた男達からはわからない。


 しかし、さすがのアホも観念したのか、両手を広げ、ゆっくりと上にあげはじめた。



「確かに、その『アーマージャイアント』さんには興味がある。でも、その前に一つ質問いいですか?」



「なんだ? あまりに頭のわりぃことだったら鉛玉ぶちこむがな」


「いや、大したことじゃないよ。あんたらの後ろから迫ってきてるアレ、なに?」

 アズマの視線が出っ歯の男達の一団より、さらに後ろに向いているのに彼等が気づいたのは、その時だった。


「へっ?」



 それは、突然の出来事だった。



 ぬぅ。

 突然、空がかげったのだ。


 まるで、なにか巨大ななにかが太陽の光をさえぎったように……


 太陽はならず者達が背を向けたほうにある。

 つまりそれは、ならず者達の背後になにか巨大なものがいることを示していた。



 小山のようななにかが、そこにいることを……



 男達は、焦ったように背後を振り向く。


 アズマの見る視線の先に、それは、いた。


 男達の真後ろ。そこに、体長10メートルもありそうな人型があった。

 巨大な鎧を着たように見えるなにか。

 ぬおーんと表現してもいいくらいにでっかいなにかが、そこに、いた。


「なにいぃぃぃ!?」

 ならず者達、思わず叫んだ。


 そこにいたのは、無骨な曲面とゴツゴツした直線を持ち、人を何倍にも大きくした、小山のように大きい、鉄の巨人だった。

 筒と球を組み合わせて作られたような手足と体。頭には帽子のような屋根がついており、その下には目と思われる小さな穴が見え、関節にはいくつもの機械が露出している。

 そして、まるで挨拶でもするかのように、その鉄の塊は、右腕を上げていた。


 大きく振り上げられた巨人の手が、ゆっくりとならず者達のいる場所へと振り下ろされる。



 ずずぅん。



 大地を揺るがしたのかと思うほどの轟音と共に、大きな土煙が上がった。

 上空を旋回していたハゲタカが、驚き、逃げ去ってゆく。


 大きな土煙が上がり、その中から四名のアウトロー達が煙を引き裂き、姿を現した。



「ちくしょー! また出やがったー!」

「畜生。クソシスター!」

 口々に愚痴を言いながら、その鉄の巨人へ銃を向ける。


 銃声が何度か響き、鎧の巨人の体に弾丸が当たるが、リボルバーの弾はすべてその装甲にはじかれ、明後日の方へと弾き飛ばされるだけだった。


「くそっ、ダメだ。相変わらず弾が効かねえ!」

「くっそ、バケモノめ!」


 男達の言葉を証明するかのごとく、その巨大な鋼の鎧は、散り散りに散った男達に向け、一歩一歩と歩を進めてくる。



「なにあれなにあれー!」

 巨人に追われる男達の横に、いつの間にか併走していたアズマが、目をキラキラさせながら聞く。



「あれは俺達と敵対するルルークシティってとこのシスターの手下みてーなもんだよ! 俺等のボスの名前を騙りやがる、邪魔モンだ!」


 追ってくる鉄の巨人から必死に逃げながら、出っ歯の男がひいひい息を切らせながら、答えを返す。



「はっ! つまり、俺の味方!?」



「って、そのとおりだよ。そうだよお前を人質にして!」

「あ、もうだめー」

 出っ歯の男が、とても重要なことに気づいた瞬間、アズマは荒野にすっ転んだ。

 まるで、地面に足から体がぺたんと吸いつけられているかのような、流れるような倒れこみであった。


「あ、てめぇ! つーか平気で走ってやがって、ホントは余裕なんだろてめぇ!」


「お、俺のことは気にせず、先に行ってくださいアニキー!」


「あったりめえだボケエェェェェェェ! お前なんか踏み潰されちまえー!」

 倒れたアズマの、ここは俺に任せて先に行けという無責任な言葉に、出っ歯の男が、怒りのツッコミを入れ、鉄の巨人から逃げてゆく。


 鉄の巨人はひょいっとアズマを跳びこえ、男達を追う。



 出っ歯の男の願いは、見事に砕かれた。



「ばいばーい」


「くっそ、あの野郎! さっさと撃ち殺しておけばよかった!」

「アニキ、そんなこと言ってる場合じゃないっすよ! さっさと逃げないと!」

「わーってるよ!」

 アウトロー達は、必死に自分達の馬へと走り、次々とその背に飛び乗ってゆく。

 銃が効かないのだ。マトモに正面からこの鎧のバケモノを相手にしてはいられない。


 馬がいななき、全員が走り出した。


「クソシスター、覚えてやがれ!」

「てめぇは『アーマージャイアント』様が必ずぶち殺すからなー! 首とか色々洗って待ってろやー!」

 いかにもな捨て台詞をはき、男達は馬の腹をけり、猛スピードで逃げていった。



 激しい轟音を上げ、鉄の巨人は馬を追う。その一歩一歩は大きく、その気になれば馬も追えるようにも見えたが、ある程度追ったところで、追うのをやめ、鉄の巨人は歩を進めるのをやめた。


 どうやら奴等を追い払うことが目的だったようだ。



「あらー。追わないのかー。となると、今度はこっちに……?」


 ころりと転がったままのアズマが、鉄の巨人の姿を見て、小さくつぶやいた。



「そうさ。そのとおりだよ。しっかし、襲われているのかと思って助けてみれば、意外に余裕そうだねぇ。アンタ」



 くるりとこちらへ振り向いた鉄の巨人から、金属質に変調した声が響いた。

 まるで、質が悪いか、壊れかけのスピーカーを通したような声だ。


 さらに、アズマの足側。鉄の巨人が走ってきた方からも、同じ言葉が聞こえる。

 そちらは、金属質をふくまない、柔らかい女性の声。



 はて? と思い、アズマはころんと仰向けになり、首を少し上げ、声の聞こえた方へと視線を向けた。



 アズマの視界に入ってきたのは、シスターだった。……いや、シスター? だった。


 年のころは二十台前半から中盤ほどか。心持ワイルドな視線を持つが、女性的な優しさと包容力を感じさせる、綺麗な顔立ちをしていた。

 髪の色は銅色がかった金色で、背まであるだろう長い髪を、邪魔にならないようざっとポニーテールにまとめている。

 顔立ちだけを見れば、美人である。



 だが、その格好は、アズマと同じく、奇天烈な格好であった。



 一応。一応なのだが、尼修道服を着ている。だが、それはすでに、ほとんど原型をとどめていない。

 まず、頭のベール。白布があるべき額のところに、ハチガネと同じように、鉄板がくくりつけてあった。まさに、防具である。

 頭巾の後ろの布地は途中で切り開かれており、ポニーテールはそこから顔を出している有様だ。

 さらに、本来ならば野暮ったいはずの修道服のスカートなど、動きやすくするためだろうか、腰元まで大きくスリットがもうけられている。


 デザインとしてわかりやすく言ってしまえば、チャイナドレスのそれに近い。


 そして、露出した足を保護するためだろうか、足にはしっかりロングブーツが履かれ、指先には手甲のついたグローブが装備されている。

 スタイルそのものは、立っているだけでも男が寄ってくる、出る! しまる! 出るの三拍子そろったスタイル。

 なにより、胸元。一応十字架らしきものがかけてあるのだが、服の前面にある谷間の真上。そこにワザワザ通気目的と見られるスリットがもうけられていた。

 右手には銃を持ち、左手にはなにか大きな通信機と呼べるようなものを、手首に巻いていた。


 これがシスターならば、アズマも立派に牧師ができそうな格好であった。



 そして、それを見たアズマは……



「それ、素敵ですねー」

 へろへろと親指を立て、できる限り精一杯の笑顔をそのシスターへ向けた。


「ありがとよ。で、あいつらにとっ捕まっていたのを見ると、旅人のようだけど、なんなんだい?」

 腰に手をあて、シスターはアズマを見下ろす。

 さらに、そのシスターと同じように腰に両手をあて、先ほどの鉄の巨人も、アズマを見下ろし、日をさえぎった。


「んー。俺の名前はアズマ……と、自己紹介したいところなんだけど……」


「いや、自己紹介してるよ。ちゃんとしてるよ?」

 シスターが呆れたようにつっこみを入れる。


「……けどー、もう、無理……ちょー、眠い、の……」


 にっこり笑って、持ち上げていた首と手が、ぱたりこと地面に落ちた。


「ぐふっ」

 そしてそのまま、がくりと、目を閉じた。


 次の瞬間には、くー。すーと寝息が感じられる。

 三日三晩歩いたというアズマの体力が、ついに限界を迎えたのだろう。



「やれやれ、自由な子だね。聞こえているかはわからないけど、一応アタシも自己紹介しておくよ。アタシは、ルルークシティのシスターにして、今巷を騒がす、『アーマージャイアント』、その人さ。覚えておきな」



 消え行く意識の中で、アズマはそんな言葉が聞こえた気がした。




 ……



 …………



 ………………




 かつて、戦争があった。

 新大陸と呼ばれるこの地を北と南に隔て、その国全土を巻きこんだ戦争があった。


 原因は様々だ。貧富の差や差別。奴隷制の否定、肯定。貿易の主義主張。様々な意見が重なり合い、対立しあった結果、その衝突は引き返せない争いへと変わった。


 蒸気機関などの最新技術を利用し、その時代における最新兵器をそろえた北軍。

 技術は劣るが人的物量に優り、士気や練度の高い南軍。


 戦闘に勝利した回数は南軍が優ったが、北軍の最新兵器は時に圧倒的な損害を南軍に与え勝利することが多かった。

 全体を見れば両軍の戦力はほぼ拮抗しており、互いに決定的な打撃を与えられず、ただただ消耗戦を繰り返していた。



 泥沼のような4年の悪夢。


 その年月が2年を超えたとき、南軍はついに一つの革新に成功する。



 それは南部に多く存在していた、『遺人(いじん)』と呼ばれる者達の遺跡。



 この新大陸にやってきた人類より遥かに高い技術を持っていた人類とは似て非なる者達の遺産を起動することに成功したのだ。




 これにより、戦況が一変する。




 技術的に劣っていた南軍がそれさえ北軍を上回ったのだ。

 北軍も戦車などの新兵器を多く開発するが、今の人類には再現不可能な技術である『遺人』達のオーバーテクノロジーには追いつかない。


 古の遺産が戦場を荒らしはじめたその時、新大陸に住まう誰もが、この戦争は南軍の勝利で終わったと確信した。



 だがしかし。



 しかしだ。




 戦争は、北軍の勝利で終わる。




 誰もが確信した南軍ではなく、北軍の勝利で。



 なぜならそこに、英雄が現れたからだ。




 戦場の英雄。無敵の英雄。最強の英雄。伝説の英雄。



 多くのあざなと共に、多くの敵を屠り、多くの悲劇を打ち払い、最大の悪夢である『遺人』の遺産さえ打ち砕き、その英雄は北軍を勝利に導いた。



 こうして、多くの犠牲を生みながらも、多くの悪夢は打ち倒され、この戦争。のちの世で『南北戦争』と呼ばれる争いは北軍の勝利に終わったのだ。



 戦争の終結により一つの時代が終わり、新たな時代が産声を上げた。


 新時代が幕をあける。

 復興と開拓。世はまさにフロンティア。



 のちに、大開拓時代と呼ばれる時代の幕開けである。



 そこは、新しい時代に取り残された力の狼達。金を求める貪欲な若者達。夢に人生を捧げる開拓者達。名誉を求める冒険者達の、希望にして絶望の新天地だった。




 西部。




 そこは無限に広がる大荒野。


 弱肉強食。力が全て。強いものが正しい。その掟と共に、全ての欲望を飲みこむ、人類最後のフロンティア。



 そしてそこに、かつての英雄もいた。


 時は流れ、名声は埋もれ、それでもその強さだけは、力の象徴であった。




 ゆえに、平和の世に必要とされなくなった戦争の英雄は今、そこに、いる……





──ルルークシティ──




 ルルークシティ。


 そこは三代前から開拓が行われている、西部の中でも比較的新しい開拓地だった。

 地域としてはまだまだ東部にも近い土地であるというのにまだ開拓が行われているというのは、それだけここの荒野が彼等の住まう土地として適していないことを意味している。


 ゆえに、街としての規模はそれほど大きくはなく、荒野の中外壁に囲まれた土地に、百五十人ほどの住人が身を寄せ合い、細々と暮らしているだけで特色らしい特色は存在していないところである。


 しかし、その中で異彩を放つ存在が一つ。



 ずしん。



 ずしん……!



 そこにあったのは、八メートルほどの大きさがある鋼の巨人だった。

 それは、この特色も少ない街において、とんでもない特色を持たせる存在であった。


 大地を小さく揺らしながら歩く巨人の向かう先は、街の北に存在する教会である。


 教会というが、そこにつけられた十字架は屋根の上に無理矢理くくりつけられたもので、それを取り除いてみるとそこはまるで砦のようにも見えた。

 自称教会の周囲をとりまく壁は、敵の侵入を断固として拒否するかのように高く、巨大であり、矢を避けるための凹凸がつけられていた。

 その内部にある教会の壁も、同じ素材で非常に頑強に出来ている。


 なにより、その砦壁は、巨大な一枚岩で出来ていた。


 岩やレンガを積み重ねたものではなく、非常に巨大な岩のみで壁を形成するなど、それは今の技術で出来るものではない。



 そこは、現在新大陸に住まう人々が作り上げた建物ではなかった。



 一枚の巨大な岩を切り裂き、並べる。

 それを実際に可能にするほどの技術。


 それは、『遺人』と呼ばれる人類の前に存在した人に似るが、人とは異なる者達が残した、解析不能の超技術。


 その遺物。それこそが……



 ずしん。



 ずしん……!



 足音を響かせ、鋼の巨人は歩く。


 その肩に、二つの人影を乗せて。



 この特色が今、街に未曾有の危機を呼びこみ、そして、この街をなんとか存続させていた。



 ここは、ルルークシティ。



 日々、『アーマージャイアント』と呼ばれる英雄に悩まされる、孤立無援の見捨てられた街……




 砦。もとい教会を守る外壁となる壁。古の技術によって作られた一枚壁の上に突き出た凹凸。その凸部から足を投げ出し、座る少女がいた。

 少女は足を投げ出し、プラプラと揺らしながら鼻歌を歌っている。


「……」


 その少女の耳が、ピクリと動く。



「……戻ったか。クローディア」



 少女は顔を上げ立ちあがり、そちらの方へと視線を移した。


 少女の年のころは十二、三くらいだろうか。長い金色の髪と碧の瞳。そして長い髪をおでこが見えるように真ん中から左右に流している。

 目鼻立ちも綺麗に整い、数年もすれば目も見張るほどの美人になることが簡単に予測がついた。


 しかし、一点だけ少女は普通の人間とは違っていた。



 その少女の耳は、人とは異なり、長く伸び、ぴんと尖ったような形をしているのだ。



 それは、この地を新大陸と呼ぶ、もう一つの大陸にある欧州とも呼ばれる場所において、幻の存在と呼ばれていた、人とは違う種族の証だった。

 新大陸の発見と共に、その存在が確認された、『遺人』と同じ、人に似て、人とは異なる、人類が七番目にあった七種目の異種族。


 それは、『エルフ』と呼ばれる、この大陸の先住民族の証だった。


 エルフは、人によく似ている。

 だが、人とは異なる点が三つほどあった。



 一つが、ぴんと尖った長い耳。



 金の髪に青い目に白い肌と、新大陸に移り住んできた多くの人々と同じ外見的特長を持つ中、はっきりとわかる違いがそれである。



 もう一つが、寿命。



 エルフの寿命は、人の百年とは違い、千年を超える。ただ、その生きる長さに比例し、成長の速度も緩やかであり、木々と同じように、ゆっくりと成長してゆく。

 エルフが人間一年分の成長をするには、十年の年月を有すると言われている。


 外見年齢が十二、三だということは、エルフの場合その実年齢は百二十から百三十ということになるのだ。


 先のこの地では若く見えるアズマとは逆に、エルフはその外見からは想像もできぬほど長い時間を生きているのだ。

 とはいえ、これはあくまで成長するために必要な時間であり、成長したその姿は人間のそれとほぼかわらない。少女の見た目が十二、三であれば、その身体能力もその年齢の子供と同じということだ。


 エルフは、成長に有する時間と長い耳を除けば、人間と変わらない種とも言えた。なんと両種の間には子さえなせる。

 それほど人とエルフの種は近いのである。


 ちなみに、長寿であるエルフは一部の人々にかつて存在した『遺人』と同一視されることもあるが、『遺人』はエルフよりさらに旧い存在であり、エルフが新大陸に歴史を刻みはじめたその時すでに、『遺人』の姿はなかったことが証明されている。



 そして、最後の違い。



 エルフとは、人には使えぬ秘術を使える一族なのだ。


 人の世に言う魔術。魔法に似ているが、精霊と呼ばれる存在と契約し、その力を行使するという点で、それともまた逃げ非なる存在だと言われている。

 が、そもそもそのような秘術を人に話すことは滅多にないので詳しいことはまったくわかっていないと言ってもおかしくなかった。

 この秘術の秘密を知れるとすれば、よほどエルフと親しいくならねばならないだろう……



 以上の三点が、人間とエルフの、簡単な違いである。



 そして、エルフの多くは森に住まい、人里に降りることは滅多にない。

 だが、エルフの住まう土地は金鉱脈の上であったり、『遺人』の遺跡の上であったり、なにより荒野には少ない、生きるために絶対必要な『水』がある場所であったりすることが多い。


 そのため、新大陸へ現れた人間と彼等が対立することも少なくないのが現状だった。


 それを踏まえれば、なぜ、このような幼い少女がここにいるのか。その理由も察せるだろう……


「皆の者! クローディアが戻ったぞ! 南門を開ける準備じゃ!」

 立ち上がったエルフの少女は、砦壁の内側にいる者達に向け、一人のシスターの帰還を伝える。


「わかったー。リゥねーちゃーん」

「わかったよぉー」

 いくつかの子供の声が返ってきた。


 この教会は身寄りのない子供を保護する小さなシェルターでもあった。


 先ほどリゥと呼ばれたエルフの少女もその一員なのである。



「今戻ったよー」



 壁の上に立つリゥに向かい、倒れたアズマにむかい『アーマージャイアント』と名乗った女性。クローディアが声をかける。

 さらに彼女を肩に乗せた鋼の巨人は、ゆっくりとその巨体を教会の近くへおろしはじめた。

 教会の壁の高さは約四メートル。鋼の巨人が腰を下ろし、それでやっとその肩と教会の壁が同じ高さに並ぶ。


 リゥがその下がった肩へと近寄る。

 そこで、クローディアと呼ばれたシスターもどきの格好をしたシスターの膝で眠る少年を見つけた。


「……」


 それを見たリゥは沈黙し、クローディアを半眼で見てため息をついた。



「また、か?」

「うん。また」



 てへっ。と可愛くウインクをする金髪の美女。


 こんな可愛いしぐさをされたら、並の男ならばこの一撃でメロメロとなるだろう。

 しかし、その相手は顔なじみの少女。そんなものは通用しなかった。



「ったく。しょうのないやつじゃ。見たところ気を失っているようじゃし、はやく入れろ」


 寝ているアズマを見て、リゥはため息をつきながらもそう返した。



「わーい。リゥ大好きー」

「いい年した大人がわざとらしい甘えた声を出すな。恥ずかしい」

「えー」


 とクローディアは不満そうに頬を膨らませたが、視線を合わせた二人はその後ぷっと吹き出し笑い出した。

 この二人、歳は離れているが、とても仲の良い友人であった。



 クローディアは巨人が差し出した右手の上に乗り、いまだ眠るアズマはその左手へと優しく包まれた。



 こうして二人は、教会の入り口へと降りてゆく。

 開いた教会の入り口で待つ、家族のもとへ……




──少年と少女──




 ぱちくり。


 教会。

 その中は外壁に使われている古代の壁とは違い、内部を区切る部屋の壁は木を組み合わせて作られたこの時代において平凡な板敷き板張りのつくりだった。

 そうして部屋を区切られ、裏口にも続く扉のある一室。


 その部屋にあるソファーの上で、アズマは目を覚ました。


「……」

 ボーっとした表情のまま、体にかけられた毛布を押しのけ、彼は体を持ち上げる。


 同時に部屋のドアが開いた。


「なんじゃ、もう目を覚ましたのか」

 入ってきたのは、先ほど壁の上にいたエルフの少女、リゥ。

 その手には水の入った桶に、見た目はあまりよろしくないが、清潔そうなタオルが浸してある。どうやら頭を拭いたりしたタオルの水をかえ、ちょうど戻ってきたところのようだ。


「……」

 アズマはまだ頭が働かないのか、体を起こしたというのに寝ぼけ眼をしぱしぱとさせながら、部屋の中に視線をさまよわせている。

 部屋の中にはソファーの他にテーブルと棚。さらに裏口へと続く扉があった。

 テーブルの上には、アズマが纏っていた外套がたたんで置かれている。



「しかし、ずいぶん砂を被ってボロボロのように見えたが、怪我は一つもないとは。あそこに来るまで一体なにがあったんじゃ?」



 彼を拾ったクローディアも、アズマが東の遺跡から三日三晩かけてこちらへ歩いてきたことは知らない。さらにリゥは荒野で倒れていたことも知らないのだから、そんな疑問が口から出たのである。

 アズマにもリゥの言葉は届いたのか、寝ぼけ眼をこすりながら、口を開いた。



「んー。東の遺跡ってとこにたいじしなきゃ……」



 そこまで言ったところで、リゥを視線に納めたアズマは突然目を大きく見開いた。


「いっ……!?」


 そして、頭をおさえ、苦しみの声を上げる。

 それはまるで、突然襲ってきた頭痛に耐えているかのようだ。



 目の前に信じられないものが現れ、ありえないものを見てしまったかのようにも見える。



 彼はリゥを見たままその瞳を左右に震わせ、体までふるわせはじめた。


「ど、どうした! 頭痛か!? なにか思い出したくないものでも……」



「なんてこった。眠る直前に見たばいんばいんな素敵シスターが、気づけばこんなちんちくりんになってる! これは、悪夢か!」



「現実じゃぼけえぇぇぇぇ!」



 じーざす! と天を仰いだアズマに向け、リゥは桶に入っていた濡れたタオルを投げつけた。



 べしゃり。とそれは見事アズマの顔面に激突し、そのはしがくるりとアズマの頭に巻きつく。


「ふん! 心配して損した!」

 どん。と水しか入っていない桶をテーブルに置き、オデコがチャーミングな長耳少女は鼻息荒く大またでその部屋の出口へ歩いてゆくのであった。


 一方顔面にタオルが巻きついたアズマは、突然失った視界にオロオロと、まるでメガネでも探すかのような動きで体を左右に動かしていた。



「……どうやら、いきなりやらかしたみたいだね」


 次いで部屋に顔を出したのは件のシスター。



「おー。ばいんばいんなおねーさん!」

 頭からタオルをはずしたアズマが喜びの声を上げる。


 彼女こそ、アズマが意識を失う前に顔をあわせた素敵シスター。クローディアだ。



「ったく。なんなんじゃこいつは……」

 そのシスタークローディアの背後から先ほどのエルフの少女。リゥが顔を出した。


 さらにその背後には年端もいかぬ少年少女の姿がちらほらと見える。



「さて。自己紹介の続きといこうか。アタシの名はクローディア・マッギーヴァーン。このルルークシティにあるセント=ジューダス教会を不法占拠。というか勝手に教会にして住んでるもんさ。後ろの子達はこの教会で預かっている迷子の子達。そんなところだね」


「はーい。俺はアズマ。みんなよろしくー」


 視界を取り戻したアズマは、自分を見つめる全員に向け手を振る。頭に飛びついたタオルはたたまれた外套の横に置かれた桶にぽいっとシュートだ。

 そのアズマに、クローディアの影にいた数名の少年少女は手をふりかえしてきた。どうやらアズマの纏う異貌の装束に、皆興味津々のようだ。


「とりあえず、動けるようになっ……」

「待て。クローディア」


 なにかを言おうとしたクローディアを制し、リゥが再び前に出た。

 アズマとクローディアの間に入り、両手をぴんと広げて入り口から何者も出入りできぬようその場に仁王立ちをする。


「どしたのさリゥ?」



「何度も言っておろう。人を助けるのはよいが、お前は無防備すぎる。こいつがやつらの手先である可能性、考えたのか?」



「あー」

 疑問符をあげたクローディアに向け、肩越しに振り返ったリゥが非難の視線を向ける。

 その視線を受けたクローディアはどこかバツが悪そうにあははと乾いた笑いを浮かべた。


 言われ、そんな可能性もあったわね。なんて初めて心当たった表情だ。


「おー。確かに」

 ついでになぜか、疑われたアズマの方も声を上げ得心したかのように手を叩いている。



「なんでお前まで納得するような声をあげる!」

 アズマが納得したのを見て、リゥが思わず声をあげた。



「いやだって、雰囲気的に? なんか、ほら。あれじゃん? ね?」


「絶対雰囲気でうなずいたじゃろうお前」

「そ、ソンナコトナイヨ」

 リゥに睨まれたアズマは、キョロキョロと目を泳がせた。



 ふん。と鼻を鳴らしたリゥは、スタスタとアズマに近づき、じっとその瞳を見つめる。



「? どしたの?」

 疑問符をあげるアズマに向かい、それでも視線を外さぬよう、目を向ける。


 アズマも、視線をそらすようなことはなく、にこにこと、リゥの目を見つめ返した。



「では、一つ質問するぞ。貴様は、貴様を襲っていた奴等の仲間か?」



「襲っていたってーと、さっきのおじさん達の?」

「そういうことだね」


 アズマの疑問に、入り口に立っているクローディアが答えを返した。

 それを聞き、アズマはうん。と一つ納得したようにうなずいて。



「違うよ?」



 と、リゥの瞳を見つめたまま、にへへっと気の抜けた笑いと共に、答えを返した。

 アズマの答えを聞くと、リゥはすっと、アズマから視線を外し、クローディアへと振り向いた。


「どうだい?」


「うむ。どうやら白のようじゃ」


 残念。というように、リゥがため息をついた。

 だが、リゥの言葉で、場に安心した雰囲気が流れたのを、誰もが感じた。


「どゆこと?」


 アズマは、リゥを指差し、グローディアヘ疑問を向ける。



「リゥを見ればわかると思うけど、この子はエルフだろ? そのエルフには、人には使えない力があるんだ」

「あー、聞いたことありますね」


「そのうちの一つさ。リゥは、その人の目を見て、嘘を見抜ける。だから、この子の前では嘘はつけないのさ」


「おおー。そいつは凄い!」

 パチパチと、アズマは手を叩いた。



「……珍しい男じゃの。普通こういうことを聞けば、恐れるのが大半じゃというのに」



 ジトッと、クローディアの後ろに戻ったリゥが、怪しむ視線をアズマへ向けた。


 エルフの秘術などという怪しい力を目の当たりにすれば、たいていの人間はどこか恐れの視線を向ける。これは信用の置けないヤツに対しての脅しのようなものだったのだが、アズマはそんなそぶりを欠片も見せず、逆に凄いと誉められるとはリゥも思ってもみなかった。

 なので逆に、どこか怪しげなモノを見る目で見てしまったのである。


「ノンノンノン」


 ちっちっち。と、アズマは片目をつぶり、指を振った。



「だって、ここの子達は君のことをまったく恐れても怯えてもいないじゃん。なら、俺が君を恐れる理由もないってもんだよ。ここは、とってもいいところなんだろうね」


 ソファーに座ったまま、胡坐をかき、アズマはにっと笑った。



 微笑まれたクローディアの後ろにいた少年少女が、わっと肯定の笑いをあげる。


「そうだよにーちゃん! リゥねーちゃんは全然怖くないんだぜ!」

「怒ると怖いけど、そういう怖いとは違うってことだよね!」


 それを見たクローディアが、小さく口笛を吹き、そんなことを言われたリゥは、ぼっっと顔を赤くし、クローディアの影に隠れた。



「ほら、全然怖くない」



「バ、バカなことを言うな、この、すかたん!」


 リゥは笑うアズマにそんな悪口を叩き、そのまま部屋から出て行ってしまった。

 後ろでやんややんやと笑う子供達をつれて。


「あらら。逃げられちゃった」

「ま、ちょうどいいさね。アタシ達は今からお昼なんだけど、食べられるかい?」


「もちろんですとも!」


 クローディアのご飯という言葉に反応したアズマは、ソファーからぴょんととびあがった。




──九人分の食事──




 クローディアと共にアズマは食堂にあるテーブルについた。

 大きな四角いテーブル。そこにリゥをふくめた八人の子供とクローディアとアズマが座り、皆で一斉に祈りを捧げ、食事がはじまった。


 メニューはキャベツとひき肉を煮たようなものと、不自然に白身と黄身が分離しているスクランブルエッグ。そして具の少ないスープと素人が手作りで作ったパンだった。

 見た目はあまりよろしくない。となれば味の方もお察し。である。


 実際、味の方はあまりよろしくない。



「おおおー」

 それでもアズマは、それを見て目をキラキラと輝かせ、口からよだれを流した。


 一口食べるたび、「うまうま」と口にし、まるでリスのように頬張って食べる。



「うまい! このパンとか最高!」


「ホントねー。リゥのパンは美味しいわよね」


 そう、まるで自分のことのように喜びながら、クローディアはミルクの入ったカップを傾ける。



「そんなたいしたものでもないだろうに」

 とはいえ、褒められて悪い気はしない。少し照れながら、リゥは言う。



「こ、これは! 肉! お肉じゃないですか! こいつはなんて豪勢な!」


 キャベツとひき肉の煮物を口に入れ、大喜びするアズマ。

 この肉はクローディアがアズマを助ける前に狩ったウサギの肉である。この人数になるととても少ない量となったが、アズマはそれでもその肉をありがたがった。


「これで大喜びとは、今までなにを食べてきたんじゃ」



「まあ、喜んでくれたのならなによりさ」

 それを聞き、呆れるリゥとにこにこするクローディア。



「クローディア姉ちゃんの料理、おいしいだろ。見てくれは悪いけど。その煮物、それ、クローディアねーちゃんに言わせればロールキャベツなんだぜ?」

 年長の少年が、けらけらと笑いながら言った。


 ひき肉とキャベツの煮物=途中でほどけちゃったロールキャベツである。



「まぁ、お腹に入っちゃえば一緒だしね。どんなに形が悪くても」

 アズマはそんなの気にもせず、元ロールキャベツを口に運ぶ。うまうま。


「だよねえ。姉ちゃん、強いのに目玉焼きも作れねえもんなあ。」

 ちなみにこのスクランブルエッグも、元は目玉焼きらしい。



「……これ目玉焼きだったんだ。スクランブルエッグじゃなくて」



「最初はそのつもりだったんだけどね。黄身がやぶれちまって、オムレツに修正しようとしたが、無理だった」


 ふん。と明後日の方向をむいて、ミルクの入ったカップに口をつけるクローディア。

 卵とミルクは教会内で飼っている家畜の牛と鶏からとれている代物である。



「でも、いい姉ちゃんだろ」

 スプーンを不器用に使いながら、年長の少年は、にぱーっと笑うのであった。


「まったくだね」

 アズマも笑い返し、元目玉焼きだったスクランブルエッグに口をつける。うまうまうまー。と、とろけるような表情を浮かべた。



「あー、しみるー」


 ほおばった頬を両手でおさえ、ひさしぶりの食べ物を堪能している。


 おいしそうに食べるその姿は、見ているものも作った人も心地よい気持ちにさせる姿だった。

 例えどんなものでも、やっぱり美味しいと言ってもらえるのはうれしいものである。



「ま、それはいいさ。食って楽になってたところで、ついでに身元も白状しな。アンタ、どうしてこんなにバカで世間知らずなのに、一人旅しているんだい?」


「そういう言い方は酷いなー。そりゃたしかに、人とあうのは三日ぶりだし、マトモなご飯食べるのも三日ぶりさ」


 えっへんと胸をはる。



「いや、それ胸を張ったらダメじゃろう」

「そーかな。でもなんとかなったし」


 呆れたようにつぶやいたリゥに、たははっ。とアズマは明るく笑った。

 その笑顔は、底抜けに明るい。


 だが、声とは裏腹に、その状況が事実ならば、この子はよく生きてここに来たものだ。とクローディアは思った。

 今の時期は乾期が近く、雨が少ない。特にこの数日は雨もなく晴天続きであった。そんな荒野は昼は天然のオーブンであり、夜は天然の冷蔵庫と化す。

 そんな中を、三日間飲まず食わずで生きて歩いてきたとは……


 その生命力と、この楽観的な精神力には感心せざるをえないものがあった。



 そんな地獄のような行軍を笑って流せるのだから、あの一団に襲われてあの対応とは納得がいくというものである。


 もっとも、普通の頭をしていればそもそも食べ物もない状態で荒野は歩かないが……



 一方。その地獄をまだよく知らない子供達は。


「寂しかったねおにーちゃん」

 と優しく慰める、リゥと共にパンを作ったという少女。


「ん!」

 と胸元に抱えた人形を渡そうとする最年少の坊やが居た。


「あはは。ありがと。もう大丈夫だから」

 アズマは笑顔で、その二人の頭を撫でた。


「んっ!」

 坊やも少女も喜んだ。



「おい、クローディア。こいつ、相当のバカだぞ」

 先ほどの話を聞いたリゥが、より呆れたように、つぶやいた。


「そういうことは思っていても、口に出すものじゃないよ」

 クローディアも思わずため息をついた。


 口には出さないが、彼女だって同じようなことは思っている。



「というか、なんでこんな時期に荒野へ……」



 最もな疑問が、クローディアから出る。



 ぴくっ。



 子供達に囲まれていたアズマの耳がピクリと動いた。


「ふっ。それを問われたのならば、答えねばなりませんね!」

 アズマはがたんと、椅子を勢いよく引いて立ち上がる。


 どうやら耳ざとくクローディアの言葉を聞いていたようだ。



「なんじゃっ!?」

「うわ、なににーちゃん?」

 その勢いに、食堂全員の視線が集まった。



 そして、アズマは食堂の周囲をキョロキョロと見回す。

 すると、彼は部屋のすみにある柱をじっと注視した。


 そこにあるのは、ダーツのマトが一つ。


「?」


 皆の注目が、アズマとその柱に集まる。



「いきますよ! この右手に輝くは赤い扉より手に入れた、紅蓮の銃! その神速の抜き手は、見えるものなし!」


 食堂へ来る途中返してもらった腰のホルスターへ手を伸ばし、銃を引き抜く!



「はっ、速い!」

 思わず、ガンマンでもあるクローディアから、そんな声が漏れた。



 その速度、確かに言うだけはある!



「西へ向って驀進する驚異のガンマン! 旅する赤い稲妻。サンダラーアズマとは、俺のことさ!」


 引き抜かれた銃は、見事その柱にあるダーツの的に、ぶち当たった。



 ぼてん、こてん。こてん。柱の下に、アズマの銃が転がる。




 ……弾丸がではなく、その銃そのものが。




「……すっぽ抜けた」


 誰かの言葉が、食堂内に響いた。



「……」

「……」


 食堂に、沈黙の帳が舞い降りた。

 外だったら間違いなく風が吹いて枯れ草のタンブルウィードが転がったほどの状況である。



「……お、おかしい。俺のサンダラー、『紅蓮』がいっこうにいうことを聞いてくれない……」


 なぜなのだろう。と首をひねりながらそっと自分の手を見るアズマであった。



「つーか、一ついいかい?」

 クローディアが少々呆れつつ、さっきアズマが放り投げた銃を見て、気づいたことを口にした。



「なんです!? この凄腕ガンマン、サンダラーアズマになにか御用ですか!?」

 気を取り直し、アズマはかっこつけつつ親指で自分をさした。



「いや、あんたの持つその銃。サンダラーじゃないよね?」

「……え?」

 クローディアが、さっき放り投げた銃を指差し、その銃の種類の違いを指摘した。


 アズマが放り投げた銃はクローディアが使っているのと同じ銃だった。


 その銃は、『サンダラー』という種類の名前の銃ではない。

 同じ会社が作っている銃ではあるが、別の種類の銃なのである。



「……マジでですか?」

 汗をダラダラと流しながら、アズマはクローディアを見た。


「マジよ」

 ミルクを飲みながら、クローディアは力強くうなずいた。



「というか、普通買う時とかそれがどういうものか聞くか、知るかするじゃろうに」


 そして、リゥが呆れたように、ため息をつく。



「ふふっ、甘いね。これは東の遺跡で拾ったアイテムだから、素性もなにもさっぱりわからないのさ! だから、実はすっごいアイテムだと勘違いしても全く不思議はないよ!」


 えっへん。とアズマは胸を張りふんぞり返った。



「いや、東の遺跡はすでに探索しつくされた場所じゃ。ならどう考えてもそれは遺跡とはなんの関係もないただの落し物じゃろ。どう見ても普通の銃じゃし、どうすればそういう考えにいたる。なぜそう思った」


 アホを見る目で、アズマを見て言った。


 リゥも東の遺跡がすでに探索しつくされているのを知っている。それゆえの指摘だ。


 それに、アズマの放り投げた銃は誰がどう見ても市販品のどこでも買える銃の一つだ。間違っても『遺人』の遺産とかそういうことはない。

 むしろそれを見てなぜそう期待できるのか。そちらの方がリゥにとっては不思議だった。



「ふっ。あれを見てその凄さに気づかないのなら教えてあげよう。なんとあの『紅蓮』! 釘打ちだってこなす一挙四得の高性能ガンなんだぞ! これさえあれば雨漏りの修理だろうが窓の補強だろうが、壊れた壁の修繕だろうが簡単楽々にできちゃうんだぞ! 凄いだろ!」



「んなことしたら弾が暴発するだろうがドあほー!」


 我慢の限界に達したリゥが、手元にあったスプーンをアズマに投げつけた。


「あいったー」

 すこーんと中身が軽そうな音が食堂に響いた。

 ナイフとフォークがあったのにスプーンで済ますとは、なんと心優しい少女なのだろう。


「大丈夫。そもそも弾入ってないって思い出したから!」



 フォークがすこっと脳天に命中した。



 そのタイミングで、宙を舞っていたスプーンが、華麗にリゥのミルクが入っていたカップへシュートインする。

 それはまるで、計算されたコントのようだった。



「こんの、アホすかたん!」



「いやー、照れるなー」


「なんで照れるんじゃ! 褒めとらん!」

「えへへー」

「だから褒めとらん!」

 バンバンと、リゥはテーブルを叩いて怒りを見せる。



「……クローディア。メシ代払わせて追い出そう。こいつ、真性のバカだ」


 リゥは思いっきり。もう突き抜けるほどあきれ果てていた。



「そう冷たいこと言うなよリゥ。アンタだって、アタシに拾われたんじゃないか」



「な、なにを言う! ワシはここまでバカではないし、ここの手伝いだってしておる。お前のどんぶり勘定の帳簿に修正の赤ペン入れてるのだってワシではないか! コレと一緒にするな!」


 にやにや笑うクローディアと、ぷんすかと憤慨するリゥがいた。特にアズマと一緒にされるのはリゥも心外である。



 周りの子供達もアズマも、リゥとクローディアのやり取りを見てあははと笑う。

 二人の姉のやりとりは、とてもやさしいものに見えた。



「そういえば、遺跡で拾ったってことは、東の遺跡に潜ったのかい? 荒野ででも半殺しになるアンタが。まったく、無茶なんだか器用なんだか」


 ミルクをすすったクローディアがそれに気づき、口にした。


 遺跡は荒野とは別の危険がある。侵入者を拒むためのトラップや、遺跡の防御システム。さらにはそこに住み着いた獣など。荒野とはまた別の危険がうようよとしているのだ。

 東の遺跡はすでに探索や盗掘などはしつくされ、枯れた遺跡などと呼ばれているが、後半の危険はまったく排除されていない。むしろ、増している。


 流石のクローディアも、無謀すぎて呆れ顔になる。



「ふふ。だが、そこで手に入れたのが、この銃。『紅蓮』なのさ! その時から俺は、無敵のガンマンサンダラーアズマとなったのだ!」


 腰に手を当て、胸をはり、わはははは。と笑う。



「それで、その無敵のサンダラーアズマは、東の遺跡を通過して、なんで西を目指すんだい?」


 アズマの言葉に少し呆れながらも、せっかくなのでクローディアはその疑問も質問してみた。そう。西に向うというのなら、ここはあくまで通過点なのである。



「ふっ、そこに、日が沈むからさ!」



 西を指差し、もうこれが笑顔の見本か。と言わんばかりに歯をきらーんと光らせた。

 さらに、背には夕日が沈む荒野がみえた気がする。そっちに見えたらダメだろ。というツッコミは野暮ではない。



「日が沈むから、か……夢いっぱいなことを言うねえ、ほんと」



 山があるから登る。荒野があるから進む。それはある意味、この西部を開拓するフロンティアスピリッツそのものとも言えた。

 クローディアは少し面白そうに微笑み、ため息をついた。


 今、この街から西へ向かうことは不可能だ。なぜならこの街からは、誰も外へは出られない……



 それを知っていての、ため息だった……



 しかし、ここへきたばかりのアズマは、それを知らない。



 いつか伝えなければならないが、今のこの盛り上がりでそれに水をさすのは野暮だろう。


「うわー、タイムノベルのヒーローみてーなセリフー」

「にーちゃんやっぱおもしれー」

「くすくす」

 食卓に、子供達の笑いの華が咲いていた。



 これほど明るい食事は、彼女にしても、ひさしぶりなのだから……




──『アーマージャイアント』──




 荒野の中にそびえ立つ、垂直に切り立ったかのような台地。西部の荒野独特の地形。

 その根元には、切り取られたような洞窟があった。


 それは、大きく見開いた目のようにも見えた。眼球を失い、それでも見開いた目。ぽっかりと開いた、暗い暗い虚空の穴のようだ。


 高さは十メートルをこえ、その奥行きも十分。幅も広いと、ねぐらとするには丁度よい場所である。



 唯一の欠点といえば──



「カシラ! おかしらぁ!」

 馬を走らせ、自分達のボスを呼びながら、先ほどクローディアに撃退されたならず者達が、その洞窟へとかけこんできた。


「かしらぁ! オラァもう我慢できねぇ! 頭の名を騙る、あのクソシスターどもをぶっ殺して奪っちまいましょうぜ!」

 出っ歯の男が鼻息荒く、馬をおり、薄暗い洞窟の中へと声をかける。


「カシラ! カシラぁ?」


 きょろきょろと、あたりを見回すが、暗くてほんの少し先さえ見えない。



 ──この洞窟唯一の欠点は、日の光が届かないこと。



 昼間だというのに、明かりを灯さなければ夜中のような暗さなのだ。


「かしらぁ!」

 だが、彼等の主は、ここで光を灯さない。まるで、この闇を好むように。光を、拒むように。



 そしてなにより……



「……うるせぇな。聞こえてるよ」


 洞窟の奥で、真っ赤に燃えるような光が二つ、動いた気がした。


 ゆらりゆらりと、その光が揺れているように見える。



 ずぅん。

 小さな地響きを響かせ、洞窟の奥から、なにかがうごめいてくるのがわかる。



 ずぅん。



 それは、暗闇の中だというのに、まるで光の下を歩いているかのように、動いていた……



 ずぅん!



「ひっ」

 出っ歯の近くに居た、小太りで「っす」が口癖の男が、近づいてくるそれに、思わず小さな悲鳴をあげた。


 他のならず者達も、じんわりと脂汗をかいている。


 それほど、目の前の闇の中でうごめくそれは、恐ろしいものだった。



 ぬぅ。と闇の中から、異様な腕が一本現れた。



 鎧を纏った、右の腕である。


 元は白銀であったであろうそれは、ところどころ薄汚れ、場所によってはどす黒く変色している。その汚れが元なんだったのかは、容易に想像がつく。

 鎧の篭手部には、伸縮する銃身のようなものがあり、その銃口の奥では、なにか獣が小さな唸りを上げているような音が、響いている。


 だが、異様なのは、そんなところではない。



 その腕の大きさ。それは、あまりにおかしかった。



 その掌の大きさは、人の頭よりも大きい。大の大人一人を簡単に鷲づかみにできるほどのサイズであった。

 出っ歯の男の目の前に現れた、その巨大な手。


 それを見て、出っ歯の男も、思わず身をすくませてしまう。


 この手にかかれば、自分の頭など作りたてのドロ団子を潰すのと同じくらい簡単に握り潰されてしまうだろう。

 目の前に現れた、自分達ならず者の頭。英雄『アーマージャイアント』の機嫌を少しでも損ねてしまったならば。



「だ、だからですね。『アーマージャイアント』様……」



 なので思わず、帽子を脱いで身を正し、敬語になっても仕方のないことだろう。




「その前に、報告すべきことがあるだろう?」




 その手が、さらに出っ歯の男に近づいてくる。その圧迫感たるや、天井が落ちてくるかと思うほどである。


「ひいぃ! す、すぐに出します!」

 背を伸ばし、姿勢を正し、帰ってきた四人組は一本の棒になりながらその胸につけたバッジをとりはずしカシラ。『アーマージャイアント』の手の方へむけた。


 バッジのピンの部分を押すと、四人から闇の中にいるだろう腕の根元。『アーマージャイアント』にむけて細い光のラインが飛ぶ。

 小太りの男を除いた三人のラインは赤。これは、いつもと同じ光であった。


 しかし、小太りの男だけなぜか青。これは、いつもと違う光りだ。


 いつもと違う光が出たことに、小太りの男の額からだらりと冷や汗が出た。

 普段と違うということは、なにか悪いことでもしてしまったのかと思ったからだ。



「よくやった。ご苦労だったな」



「へ?」

 誉められると思っていなかった小太りの男は、一瞬呆気に取られてしまった。


 呆気にとられたのは、隣にいた出っ歯の男達も同じである。

 まさかこのドンくさい小太りの男が誉められるとは誰も思わなかったからだ。



「それで、あのシスターはどうした?」



「は、はい!」

 弟分の小太りの男を見ていた出っ歯の男は顔を一瞬にして暗闇へ向け、背筋をぴんと伸ばした。


「ま、街から逃げ出すヤツ等はいませんでした! 街へむかっているクソガキがいましたが、あのクソシスターが俺等からぶん捕り、街へと連れて行きました!」


 出っ歯の男は、あったことを素直に答える。

 心の中で、なぜあのシスターに出会ったことを知っているんだろう。と思いながらも。


「ガキ?」


「物資を運んだようなのじゃなく、ただの迷子です!」

「へい。サムライみてぇなカッコしてましたが、ただの勘違い小僧だったっす!」

 さっき誉められてしまったから、小太りの男は少し調子に乗り、口が軽くなっていた。



「サムライだと?」


 小太りの男の報告に、『アーマージャイアント』の声色が変わった。

 ぎろり。と真っ赤に輝く瞳が出っ歯の男達を睨む。



「バカ。余計なこと報告してるんじゃねぇ!」

「あ、気にしないでくだせぇ。こいつが……」

 ボサボサ髪の男が小太りの男を叱り、出っ歯の男が本筋とは関係ないんです。とへこへこしようとする。

 バカな戯言を『アーマージャイアント』に伝えてしまい、怒られるのを恐れたからだ。


 先ほどの一人誉めへのやっかみも入っているが、秘密である。



 それを見た『アーマージャイアント』の右腕が天をむいた。



 拳が握られるのと同時に、篭手にマウントされた銃身が、伸びる。

 根元にある唸り声の聞こえる場所から、その音が大きく、激しくなった。


 その銃口の先に、光が集まった刹那。



 カッ!



 一本の光が、空へと伸びた。

 激しい轟音が、あたりの空気を蹂躙する。

 その巨大な光のラインは、まるで、空を切り裂いたかのようだ。


 それこそが、この『アーマージャイアント』が持つ、伝説とも言える力。全てをなぎ払う、『光の杖』である。



「ひっ」

「ひいぃぃ」


 それを見たならず者達が、その光景を見て思わず悲鳴を上げた。

 それはまさに、畏怖の象徴であり、恐怖の証であった。



「判断は俺がする。てめぇ等はあったことをきちんと話せ」



「は、はぃいぃ!」

 出っ歯の男達は一斉に背筋を伸ばした。


 彼等は、アズマとの出会いとクローディアとの邂逅を必死に説明する。



「……確かに、格好を聞く限りじゃサムライだな」



「し、知ってるんですかカシラ!?」

 説明をした出っ歯の男達は驚いた。


「あぁ。もし本物なら、厄介だ」


「いやいやー。アレはただのアホガキですよ。絶対に」


「それは俺が見て判断する」


「そ、そうですね!」

 絶対ありませんよー。と否定しようとしたが、カシラにひと睨みされ、出っ歯の男は一瞬にして反論という行為をやめた。


「どうやら最後の仕上げの前にやることができたようだな。お前達、今朝捕らえたヤツ等を連れて来い!」


「へい!」

 カシラ。『アーマージャイアント』の命令に、牢屋何人かの男達が走り出した。

 ルルークシティの周囲を見回っていたのは出っ歯の男達だけではない。他にも部隊が走り、街から逃げ出す者達を見張っている。

 今朝、その部隊がルルークシティから逃げ出そうとする一家を見つけたのだ。


 普段ならば街から逃げたヤツ等は見つけ次第殺し、見せしめとするのだが、『アーマージャイアント』はなにか考えがあって生かしておいたのだ。


「今回は俺も行く。ついて来い」

 そう言い、鋼の右腕は洞窟の闇へと消えていった。



「カシラ、ついに出るんですか!」

「カシラがついにでるぞ!」



 最強の英雄、『アーマージャイアント』が出るということで、彼等のテンションは一気にマックスまで上り詰めた。



 ごどごどごど。



 洞窟の中から、大きな振動と共に、八頭立ての巨大な幌馬車が姿を現した。

 圧倒的巨大。幌の高さが十メートルほどもある。まさに、巨人のための馬車であった。


 日の光の下へと姿を現した幌馬車。


 その幌の中から。姿を現したのは、先ほどと同じく右腕のみ。

 しかし、ゆらゆらと揺れるその隙間から、くすんだ白銀の巨体が見えた。


 ぎらり。と光る、赤い瞳も見える。そこを覗きこんだ瞬間、潰されるような、暗く、赤い、光だ。



「最後の仕上げだてめぇら! 今日で、俺の仕込みはすべて終わる! そうすりゃあの遺跡も、あのデカブツも全て手に入る! 俺の作戦に従えば、必ず勝てる! 俺に、従え!」


「おおー!」

 外に集まったならず者達が、拳を突き上げる。



「俺は、何者だ!」



「『アーマージャイアント』だ!」

 手下が一斉に拳を突き上げる。


「戦争の英雄! 『アーマージャイアント』だ!」

 突き上げる。


「最強の英雄!」

 突き上げる。


「無敵の英雄!」

 上げる!



「我等がカシラ、伝説の『アーマージャイアント』だ!」



「なら、俺に、ついて来い!」



 拳を突き上げた『アーマージャイアント』の掛け声と共に、銃やライフルを手にかかげ、五十人近いならず者の集団は、一路ルルークシティへ向け、走り出した。


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