帰郷
ニブルヘイム帝国軍戦艦ヴァーリ
「第9艦隊司令官アルフレート・フォン・バスラー少将は皇帝直属艦隊旗艦ヴァーリまでくるように」
これは停戦と降伏を帝国軍に通達した直後にニブルヘイム皇帝から下された命令だ。
それを受けて、現在ヴァーリの応接間にいる。
部屋にはきらびやかなシャンデリアがぶら下がっている。
テーブルを挟んでアルフレートと向かい合う形でエアハルトが足を組んで座っている。
「率直に言おう。予の部下となれ」
「わざわざ殺されに来いとおっしゃるのですか?」
エアハルトは鼻で笑った。
「予が卿を恨んでいると思うのか? くだらんな。恨んでいるというのなら部下になるように言わん、その上このような恨みは非建設的憎悪だ。何ら生み出すものはない」
「建設的な憎悪というものがあるのですか」
「もちろんだ。怒り、恨みは情勢に変革をもたらす。既得権益を諸侯から奪おうとした結果、独立戦争が勃発して現在の群雄割拠の時代が現出した」
シャンデリアが煌煌と輝いている。
エアハルトの考えが正しく、確固たるものであることを証明するように。
「改めて問おう。わが部下にならないか? もし断ったら……」
いったん間を置いた。
「卿の部下が死ぬことになる」
シャンデリアが振り子のように揺れた。
アルフレートは天井を衝くのではないかというぐらいの勢いで立ち上がった。
「卑怯者め! そのような下劣なやり方を用いるとは、それでも万民の上に君臨する皇帝か!」
瞳は怒りで燃え上がり、艦ごと焼き払いそうな勢いを秘めている。
「予は国の利益になるのならなんだってする人間だ。玉座は怨嗟の渦巻く血の海に浮かんでいるのだよ。だからこのようなことをしても何とも感じないのさ」
アルフレートは唇をかんだ。
目の前にいる男は傲然としている。
自分の行いが絶対的に正しいと思っている。
そんな態度だ。
「わかりました。貴方の部下になりましょう」
「卿の決断に感謝する」
アルフレートは帝国軍人としての道を歩み出した。
******
トゥオネラ皇国は解体され、ニブルヘイム帝国領となった。
そこにはかつての皇国よりも面積は大幅に小さくなったものの、行政と帝国憲法に基づく立法、旧皇国第15艦隊を警備隊として運用することが認められたトゥオネラ人による自治政府が誕生した。
皇国の軍属には退役、警備隊へ入隊希望、帝国軍に編入の3択が用意された。
大半が警備隊に志願したが、小規模で運用するために殆ど採用されなかったために、止む無く帝国軍に編入されることになった。
彼らは飯のために鞍替えをしたが、ラッシら第9艦隊幹部は違う。
旧第9艦隊が帝国軍仕様に改装して帝国軍第15艦隊とした上で引き続きアルフレートが指揮を執ることと、第9艦隊構成員は帝国軍へ編入する際に希望するなら第15艦隊に勤務を認めることが決定した。
それを受けて構成員の大半が帝国軍第15艦隊での勤務を希望した。
アルフレートはそのことを不思議に思い、傍らに控えるラッシに問うた。
「生きて帰ってこれる指揮官のもとで働きたいと思うのは普通です」
今さらなにを、と言わんばかりの顔で言った。
何もともあれ、新たな帝国軍人にはエーリューズニルの一角に階級毎に官舎を与えられた。
アルフレートも自分に割り当てられた帝国将官用の自宅に赴いた。
皇国の官舎に置いていた家財一式は業者が新しい自宅に届けているという。
解錠して扉を開けると、そこにはコンパクトに折りたたまれた段ボールと長くてさらさらした金髪と青い目の少女がアルフレートを出迎えた。
「おかえりなさい、兄様」
出迎えた少女の名はイレーネ・フォン・バスラー。
叔父が亡命後すぐに病死した現在、アルフレートにとって唯一の家族だ。
「なぜここにいる?」
「家だからに決まっているじゃないですか」
「いや、それはわかる。でも帝国から亡命した身なんだからしばらく身柄を拘束されているかと思ってたよ」
「帝国軍に捕まったけど、なぜかすぐに解放されました」
もしかすると、アルフレートが帝国軍人になることが決定したことが関係しているのかもしれない。
彼はそう考えた。
「そんなことはどうでもいいじゃありませんか。夕食は召し上がりましたか?」
アルフレートは首を横に振る。
「それはよかった。実は夕食をすでに用意しているんです」
「ホント! おなかが減っていて早くごはんを食べたかったんだ」
2人はリビングへと消えていった。