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エーリューズニルの戦い

ユグドラシル大陸中央にはミッドガルド共和国とアルフヘイム国という小国が存在している。


両国の国境には魔力水の水脈があり、それを巡って揉めていて、緊張が高まっていた。


そんなとき、ミッドガルド共和国のアルフヘイム大使館が爆破されるという事件が発生した。


アルフヘイム側はミッドガルド政府の仕業と決めつけて、賠償として水脈のある地域が共和国領であることを認めるよう迫った。


しかしミッドガルド側はアルフヘイムの自作自演ではないかと疑い、要求を拒否した。


それを受けてアルフヘイム政府は軍を派遣して武力で水脈地帯を制圧した。


ミッドガルド政府はアルフヘイム政府の軍事行動を非難し、宣戦布告を突きつけた。


こうして矢は放たれた。


最初は単なる地方の紛争にすぎなかった。


しかし燎原の火は瞬く間に大陸に燃え広がった。


開戦前にミッドガルド共和国とそれに利害関係のある国家であるイルダーナ帝国、ムスペルヘイム=エゲリア(二重)帝国で構成された同盟軍と、アルフヘイム国と相互防衛条約を締結しているニブルヘイム帝国とアルフヘイム支持を表明したホルス共和国の連合軍の戦争に発展してしまった。


同盟はトゥオネラ皇国に、ニブルヘイムとの水脈問題に関して、皇国を支持することを表明し、もし同盟に加わるなら戦勝後の講和会議でニブルヘイムに対する要求を全面的に認めることを告げた。


これを受け、皇国は同盟側として参戦した。


参戦のきっかけになった条約は、交渉が行われた皇国首都の名前をとってポポヨラの密約と後に言われるようになる。


中立を宣言したルーン帝国は、開戦後すぐに同盟軍に占領された。


こうして全国家が関係する第1次大陸戦争が始まった。


******

ニブルヘイム帝国首都エーリューズニル



「跳躍魔導砲はいつでも撃てるか?」


皇帝エアハルトは帝国軍総参謀長ヒルデブラント・ブルーメンタール大将に尋ねた。


ヒルデブラントは今年で39歳を迎える男で、数多の戦いに参加して負けたことがなく、そのためこの歳で軍部の実力者となった。


「はい。どこに向けてうちますか?」


「1時方向だ。あそこからくる圧力を軽くしたい」


「了解しました」


ヒルデブラントは通信手に指示を首都の砲台に伝えるよう命じた。


「そういえば防衛第4,5艦隊はどうなった?」


「両艦隊の指揮官は戦死した模様。残存戦力はこちらに向かっています」


「残存戦力はこちらの旗下に置く」


「そう伝えておきます」


「それと目前の戦況の話だ。わが軍の右翼が危険だ。後ろに下げろ。中央と左翼は前進して敵の陣形を乱れさせる」


手元の戦術コンピューターの画面に一部だけ後退し、他は前進する青い凸と、たくさんの赤い凸が青の動きに対応している。


「もうひとつ報告です。今日の日没後に第3、4、7、12艦隊がグニパヘリル渓谷に、第8、9、10、11艦隊がヘルグリンド平原に展開する皇国軍を攻撃できるとのこと」


アルフレートたちのいる渓谷とヘルグリンド平原はエーリューズニルを攻撃する皇国軍の主力の両サイドを守るために皇国軍が展開している。


そこを帝国軍の主力で叩いてしまおうというのだ(エーリューズニルには第1、2艦隊、首都防衛第1、2、3艦隊、皇帝直属艦隊だけしかいない)。


「この戦い、日没まで戦線を維持できれば我らの勝ちだな。そのためには跳躍魔導砲が火を噴いてもらわないと困るのだが、照準を合わせたか?」


「たった今合わせたようです」


その頃、首都を守る外壁に設置された跳躍魔導砲の砲口から巨大な砲弾が発射された。


しかし目標へ至る弾道を塞ぐように穴が突如出現した。


砲弾は穴へ吸い込まれ、どこかへ失せてしまった。


それは突然に、何の前触れもなく起きた。


皇帝直属艦隊と交戦している艦隊の直上に先ほどと同じ大きさの穴が姿を見せた。


そして穴から吐き出されるように落ちてきたのは、先ほど吸い込まれた砲弾。


それが空中戦艦に触れると、空気の入った風船を針で刺したかのように破裂した。


破裂して形を失った砲弾からものすごい爆風が溢れ出した。


爆風はどのような暴風よりも猛り狂い、いかなる悪人よりも暴虐に破壊を撒き散らした。


爆風に呑み込まれた戦艦はズタズタに引き裂かれて形をあっという間に奪われた。


やがて爆風は爆心地へと収束し、艦の残骸も風にさらわれる。


残骸は一点に収束して、巨大な塊を構成した。


それは煙をもくもくと上げながらどんどん小さくなっていき、爆発した。


残骸は当たりへ四散した。


しかしそれは極端に小さくなった上、何の残骸なのかもわからない代物となっていた。


「こ、これはすごい威力だ。直撃した艦隊の損害率は3割以上なのは確実だな」


「そうですね。装填速度が遅いのと制作コストが高すぎることが難点ですが、威力と敵に対する心理的効果は抜群のようですね。敵が後退しています」


「このあいだにこちらも戦列を立て直す」


この後の戦闘は皇国軍が大部隊を短時間エーリューズニル攻撃に投入し、すぐに引き上げるという戦術で帝国軍の消耗を図るというものだった。


こうして日没を迎えてエーリューズニルでのこの日の戦闘は終了した。


******

グニパヘリル渓谷



グニパヘリル渓谷には3個艦隊が展開しているが、その内実は不安要素の塊ではないかと人々に思わせるものがある。


第9、10、11艦隊が展開中の艦隊の内容だが、帝国侵攻後に急遽編成された艦隊ばかりで、実戦経験があるのはアルフレート率いる第9艦隊のみ、他の2艦隊は実戦を知らない上に通常の半分の艦船数で、随伴の地上部隊がいないのだ。


しかもヘルグリンド平原の皇国艦隊も同じような内容となっている。


援軍がそのような艦隊だと知った第9艦隊の幕僚たちは思わず軍帽をリノリウムの床に叩きつけて八つ当たりしてしまった。


そのようなことをするぐらいなので、ブリッジの空気は重く淀んでいる。


その空気に耐えられなくなったアルフレートは傍らに控えているラッシに話しかけた。


「初めて艦隊を指揮したわけだが、今回の私の指揮をどう思う?」


ラッシは顎に指をあてながら考えてこう言った。


「小官ごときが言うのもあれですが、上出来です。何せ2個艦隊を葬ったのですから、非難される謂れなどございません」


「そう言ってくれると励みになるよ。それはそうと、将兵たちを休ませないとな。治癒魔法室に1時間行くように通達してくれ」


治癒魔法室とは怪我の治療だけでなく、疲労の回復にも用いられる戦艦には必須の設備のことだ。


「了解しま――」


ラッシが言い切る前に艦全体に警告アラームが鳴り響いた。


「何事だ!」


「敵襲です! 敵の規模も不明です!」


探索魔法を使って調べたいところだが、探索魔法は視力などを強化することで遠くの敵を見つけるものなので、夜のように暗い状況だと使い物にならないのだ。


「横列陣を敷く。こちらは中央、第10艦隊が右翼、第11艦隊は左翼だ」


アルフレートが他の艦隊に命令しているのは原則として艦隊番号が小さい艦隊が指揮を執ることが決められているからだ(他の国も同様)。


「防衛に専念しろ。何がなんでも戦列を維持し続けろ!」


飛び交う赤い光線。


その数はどうみても帝国艦隊の方が多い。


じりじりと後退する皇国艦隊。


地上でも機甲師団がかろうじてふみとどまっている程度だ。


そんな状況に師団長ヒルヴィはいらだちを隠せないでいる。


「ええい、何をやっている! これでは負けてしまうではないか! 何とか前進できんのか」


「無茶ですよ。空が動いてくれないと無理ですよ。こちらだけが動いてしまえば敵艦の機関砲に叩かれてしまいます」


装填手が冷静に切り返す。


「耐えるしかないのか……」


ヒルヴィは唇をかみしめた。


「イルマリネン部隊に命令だ。5輌で1隻を攻撃しろ。1隻ずつ確実に仕留めろ。ペイヤイネン部隊はイルマリネン部隊を守れ」


荒れ地なのでキャタピラがいつも以上に軋み、苛烈な砲撃の音で咽喉マイクをつけていても雑音がひどいので、通信手はいつもより大きな声で命令を伝えた。


すると密度の濃い対空砲の弾幕が形作られた。


弾幕は艦を守るシールドを容赦なく粉砕した。


それでも絶え間なく襲い続ける弾幕。


耐えかねた艦は弾丸の貫通を許した。


その時、貫通した箇所の通路を歩いていた帝国軍兵士に無数の弾丸が直撃した。


撃たれた衝撃で倒れる兵士。


まるで鋭利な刃に裂かれたような腹部から流れ出る鮮血。


ただ、出たものは血だけではなかった。


臓物が飛び出してしまった。


飛び出た臓物を戻そうとする兵士。


臓物は戻れど流れた血は戻らない。


血は流れ続ける。


接合部を失った臓物もまた外に顔を出す。


みるみる青くなっていく兵士。


そして操り人形(マリオネット)の糸が切れたように五体が弛緩した。


艦も後を追うように炎に包まれ、形を失った。


艦は沈んだ。


しかし戦況は何一つ変わらない。


帝国軍第3艦隊司令官コンラート・バルテル中将は余裕の表情を浮かべている。


「敵中央が後退しているな。攻撃を中央に集中させろ」


コンラートの命令で攻撃が中央に集約される。


それに合わせるように中央も後退を加速させる。


「敵の後退速度に合わせて中央を追撃しろ」


追う帝国艦隊、逃げる皇国艦隊。


前者が赤い光の矢が束となって皇国艦隊に襲いかかる。


それに立ち向かう皇国艦隊。


しかし物量の差は埋められない。


矢が体を貫き、悲鳴の代わりに爆発音を上げた。


蟻を踏みつぶすかのように容易く皇国艦隊を駆逐していく帝国艦隊。


あまりにもうまくいきすぎている。


コンラートはそう感じた。


皇国艦隊の指揮官は1個艦隊で2個艦隊を壊滅させるほどの人物だ。


なのにいざ対戦してみるとどうだろうか。


あまりにもあっけなく崩れているではないか。


罠がある。


そういう考えに達したコンラートは手元の戦術コンピューターのモニターを見た。


中央が突出した青い凸と中央がへこんだ赤い凸。


コンラートは気づいた。


こちらは敵の中央に誘い込まれたのだ。


このままでは皇国艦隊の左翼と右翼に側面を突かれて半包囲されてしまう。


「退け! これは罠だ、このまま進み続けてしまうとこちらが壊滅してしまう。円形陣に陣形を変更しろ! 円の内部にいる戦艦から後退だ」


皇国艦隊は反撃に転じた。


漆黒の夜に映える赤い光線は、深淵に引きずり込もうとする魔手のように帝国艦隊を捉えようとする。


帝国艦隊は頑強に抵抗して魔手を払いのける。


皇国艦隊は攻撃の限界点に達したのか、攻勢を緩めた。


その隙を衝いて戦域を離脱した。


なんとか後退には成功したものの、帝国軍の損害は小さくない。


「艦隊再編を急げ! なんとしても目の前の敵を撃破しなくては」


焦りを隠せないコンラート。


彼は皇国軍主力の片翼を固めている艦隊を撃破した後、進軍してヘルグリンド平原の皇国軍を撃破した別働隊と皇国軍主力の背後で合流するという役目がある。


「提督、ヘルグリンド平原に展開していた皇国軍2個艦隊は壊滅したそうです。撃破した第8,9、10,11艦隊は合流予定地点に到達目前とのことです」


参謀から報告を受けて、コンラートは両手の拳をギュッと握りしめた。


「このままでは陛下の期待に背くことになってしまう。再編はまだか?」


「今少しお待ちください。夜明け頃には再び攻勢に出られます」


「そうか。しかし既に合流予定時間よりも遅れている。エーリューズニルと第8艦隊には合流できない旨を伝えてくれ」


「了解しました」


このことが伝えられた第8艦隊司令官マックス・ベーレント中将は表情ひとつ変えなかった。


「バルテルを抑える程の指揮官いるとはな。彼が来ないのは残念だが、任務を遂行する。全軍前進せよ」


4個艦隊とその指揮下の8個師団が足並みを揃えて動き始めた。


30キロ先には皇国軍の7個艦隊が展開している。


その前には皇帝エアハルト率いる艦隊が皇国軍と対峙している。


皇国軍にもはや勝機はない。


「前方より艦影複数! 皇国軍です!」


オペレーターが言った。


「挟撃を恐れて退却を図るか。ならばこちらは縦深陣を敷け。陛下の艦隊が到着するまで時間稼ぎをする」


マックスの指示で敵と真っ先に交戦することになる第1陣が構築され、その後ろに第2陣、第3陣と次々に後衛が構築された。


「予想接敵時間まであと1分を切りました」


「さて、皇国軍のお手並みを拝見するとしよう」


縦深陣を敷いて待ち構える帝国艦隊第1陣の前に皇国艦隊が姿を現した。


そして両者は砲火を交えた。


しかし皇国艦隊と第1陣の戦力差はかなり開いている。


砲撃を局所に集中させることで出血を強いたが、戦力差を埋められず陣の突破を許した。


突破した皇国艦隊の前に現れたのは第2陣だ。


第2陣は第1陣よりも戦力が多い。


それでも皇国艦隊の戦力を上回ることはできない。


多少手こずるが、結局は陣を突破した。


そして皇国艦隊の前にまた現れる戦力の増えた新たな陣。


この陣も皇国艦隊は苦戦しつつも突破した。


この調子で第10陣まで突破したが、第11陣で遂に進撃が止まった。


そして皇国艦隊の背後にエアハルト率いる艦隊が到着した。


「チェックメイト」


マックスは呟いた。


その言葉通り、皇国軍は詰んでいた。


前と後ろからやってくる赤い光線に踊らされる皇国艦隊。


皇国軍の戦艦、戦車は光線、銃弾に姿を変えた死神と手を取り合って踊りながら深淵に転がり落ちていく。


そんな状況でも皇国軍第4、7、8艦隊は挟撃態勢から脱出することができた。


マックスが指揮を執っている4個艦隊に対し、これまで通り直進して正面突破を図るのではなく、斜めに進んで縦深陣を突破したのだ。


しかしそのとき艦砲のない反撃不可能な側面を見せたので、有効な反撃ができないままシールドをあっという間に破られる程の飽和攻撃を受けて甚大な損害を出してしまった。


ボロボロの3個艦隊はなんとか秩序だけは維持して戦場から離れていった。


エーリューズニル攻略部隊が大敗した頃、グニパヘリル渓谷の戦線も崩壊の足音がすぐそこまできていた。


バルテルが攻撃を再開したのだが、今度はより確実に皇国軍の消耗を狙ったものだ。


「皇国艦隊は左右両翼が極端に薄いぞ! 左翼に攻撃を集中しろ。敵が左翼の守りを固めれば右翼に攻撃の重点を移せ。そうすれば翼をもがれて鳥は地面に真っ逆さまだ!」


バルテルは勝利を確信した。


そしてアルフレートは敗北を悟った。


練度の低い両翼の艦隊は大軍の前に蹂躙されるだけで、最早戦闘能力を喪失している。


それに残存戦力が両翼を合わせて1個艦隊の半分という状態にある。


「指令部からご命令です。首都攻略部隊は前進拠点のイザヴェルまで後退するそうです。渓谷の部隊もイザヴェルまで後退せよとのこと」


ラッシが言った。


「では命令に従うとしよう。集中攻撃を受けている右翼を退かせろ」


命令が伝わり、帝国艦隊に押されながらも後退を始めた。


右翼の後退を罠だと感じたのか、帝国艦隊は追撃しなかった。


攻撃の手が緩んだところで、皇国軍は撤退を始めた。


こうしてエーリューズニルの戦いは幕を閉じた。


皇国軍のニブルヘイム帝国侵攻作戦に投入した戦力は兵士70万人、戦車5000両、航空艦隊12個艦隊。


これは皇国軍の全戦力と言っていいほどの戦力だ。


イザヴェルに集結した戦力は兵士、戦車は戦前の3割以下、航空艦隊は5個艦隊が生き残ったが、大半の艦隊は1個艦隊の体を成しておらず、実態は3個艦隊程度の戦力しかない。


トゥオネラ皇国は坂を下り始めた。


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