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バルジを討て 後編

南部からはムスペルヘイム、東部からはニブルヘイム、ムスペルヘイム、ホルス、北部からはニブルヘイムが迫っているのがイルダーナの現状である。


北部と南部から迫る軍はニブルヘイムはアルフレート率いる艦隊はルーン帝国、マックス率いる艦隊はアルフヘイムを、ムスペルヘイムはミッドガルドの占領を目指して進撃している。


「北部のニブルヘイムにはアトキンソン艦隊を、東部にはボイエットの東方総軍を、南部はエイブラムに任せる」


「南方総軍の司令官はベックフォード大将ですが……」


ブルーノの命令に参謀のひとりが疑問を投げかけた。


「あの男は予の死守命令に背いた。よって南方総軍司令官をエイブラムに変更する。ベックフォードはネヴァン要塞線を含むイルダーナ南部の防衛を任せる。B軍集団のうちの3個艦隊を南部防衛に差し向ける。残りはC軍集団に編入する」


こうなるとB軍集団の戦力が半減するが、南部防衛の為に駐留している3個艦隊が存在しているので、実際は所属が変わるだけで戦力は変わらないのである。


「このような処置をとってはいるが、彼の能力については否定していない。命に背いたことを罰しているにすぎない」


******


かつての義勇軍の旗艦であった旧式戦艦ゲルズのブリーフィングルームに、南方総軍に所属する軍集団の司令官が集まっている。


ゲルズは今ではC軍集団の旗艦となり、所属軍集団の司令官も2人である。


アルバートは今回の人事に不満である。


アンブローズは戦略的に正しい決断を下したのだ。


そんな彼が最前線から外されて国内に更迭である。


別にエイブラムに不満があるわけではない。


彼は作戦行動中に一度も過失を犯していない。


いつだってアンブローズの作戦意図に従い、遺漏なく任務を遂行している。


戦いで負けることもあったが、それは最高司令官であるアンブローズと戦争指導者のブルーノの責任である。


エイブラムは指導的立場になかった為に非難の対象となりえないのだ。


何もともあれ、これから彼の口から今後の戦略が発表されるのである。


アルバートは発表される作戦を聞いてから非難をしようと考えた。


「では反攻に転じたムスペルヘイム軍に対する戦略を発表します。何重にも防衛線を敷き、敵の侵攻を遅らせることを目的とした縦深防御策を実行します」


現実的な戦略である。


正面から決戦を挑んでも、圧倒的な生産力の前には、大きな戦果を挙げたところで無意味であることはヴェルザンディの戦いで証明されている。


「持久戦略によって敵の攻勢限界点を待つということか」


エイブラムは頷いた。


「それしか打つ手がないことはわかる。こちらに増援がない限り、物量で全防衛線を突破されてしまうことはわかりきっている。何か策はあるのか?」


「ありません。今回の縦深防御策は大陸中央に展開している全帝国軍を撤退する時間を稼ぐ為の作戦でしかありません」


「そのことは陛下に?」


首を振るエイブラム。


「この後に撤退を具申するつもりです」


「それならいいんだ」


と言ってアルバートは退出して自分の艦に戻った。


エイブラムはブリッジに行った。


指揮官席の手元にあるモニターで会話するためだ。


モニターの電源を付けて、ブルーノとのコンタクトを試みる。


「どうしたエイブラム、何の用だ?」


「今後の戦略のことです。はっきりと申しますと、このままでは南方総軍が崩壊します」


「増援を送ろう」


「敵はそれ以上の戦力を動員してきます」


「ではどうしろと?」


若干不機嫌になるブルーノ。


それに構わずエイブラムは言う。


「本国への撤退です」


「そのようなことをせずともよいだろ。北部のニブルヘイム軍を撃退すれば、アトキンソン艦隊と予の直属艦隊をそちらに回すことができる」


「こちらが崩壊する前に撃退できる保証はあるのですか? それに東方総軍がどうなるかわかりません」


ブルーノは眉間にしわを寄せて考える。


「撤退し、敵が一か所に集結したところで、戦争の帰趨を決定づける決戦を挑む。これなら問題ないだろう」


エイブラムはそれに答えない。


「南方、東方総軍がミッドガルドに撤退が完了するまで耐えるとしよう。エイブラム、会える日を楽しみにしているよ」


「私もです、ブルーノ様」


灰色になったモニター。


反射して映る自分の顔だけが見える。


「果たして勝てるのだろうか……」


******


「この戦いによって、突出部の北部を守る艦隊を撃破し、南方より北上するムスペルヘイム艦隊と突出部の後方で合流することで、大陸中央にイルダーナ軍の孤立化を図る。ということでよろしいですか?」


ヒルデブラントがアルフレートに作戦の流れを確認する。


「その通りだ」


アルフレートが頷く。


「他の戦線に異状はないか?」


「東部戦線はバルテル艦隊がホルス南部に展開するムスペルヘイム艦隊とホルス艦隊と合流して西上作戦を実施中です。南方戦線はニブルヘイム軍主力が大規模攻勢を行っています。双方現段階において非常のことはありません」


「それならいいんだ」


アルフレートは目の前の戦場に想いを巡らす。


ニブルヘイム艦隊の陣形は左翼に主力を重点的に配置した斜線陣である。


この布陣によって敵を完膚なきまでに叩きのめさなければならない。


この戦いで勝ったとしても敵に継戦能力が残っていれば、突出部を遮断したつもりが自軍が進出してできた突出部の背後に回り込まれて敵中孤立することもありうるのだ。


「間もなく射程に捉えます」


「砲撃準備を」


アルフレートは右手を掲げる。


それを勢いよく振り下ろした。


最初に砲火を交えたのはニブルヘイム軍の主力である左翼とイルダーナ軍の右翼である。


放たれる光線。


跳ね返すシールド。


赤い光が死に満ちた戦場を彩る。


ニブルヘイム艦隊左翼が優勢になりつつある。


「右翼が危ういな。左翼、中央から戦力を抽出して右翼に回せ」


この命令が各艦隊に伝わったとき、右翼艦隊を指揮しているアトキンソンから通信がきた。


「なりません。敵の狙いは手薄になった中央、左翼のどちらかに総攻撃を仕掛けるものと思われます。ここは右翼に戦線を最低限維持できる戦力だけ残して、中央、左翼の戦力をもって敵の中央を撃破して一気に勝負をつけましょう」


「なるほど……貴公の意見を採用しよう」


アトキンソン艦隊は極端な縦深陣を敷いて消耗戦に持ち込む態勢をとった。


「アトキンソン艦隊を除く全艦隊に告ぐ。我に続け!」


ブルーノ率いる皇帝直属艦隊を先頭に、イルダーナ艦隊がニブルヘイム中央艦隊に突撃を敢行した。


それに動じるニブルヘイム軍。


「左翼は目の前の敵を叩き潰せ! それまで他は持ちこたえろ!」


アルフレートが怒号を飛ばす。


しかし左翼はアトキンソンの布陣を破ることができず、それどころか損害を増やす一方である。


そしてアルフレートのいる中央の懐深くまで銃火の音が迫る。


「陛下、ここはいったん引きましょう。作戦を立て直すのです。万が一ここを突破できなくとも、敵を引きつけてさえいればいいのです。その間にムスペルヘイム軍が北上してくれればこの戦いは勝てるのです」


「確かにその通りだ。しかし……」


アルフレートはなんとしても勝ちたい理由がある。


彼はヒルデブラントに操られているような気がしてならないのだ。


皇帝に即位した経緯がそれを物語っている。


即位はアルフレートの意思ではなく、軍部の利害を代表したヒルデブラントの意思によるものだ。


今回の戦争への参戦を決めたのは他でもないアルフレートだ。


しかしそれすらもヒルデブラントの手の内で踊らされているだけではないのかと思えてしまうのだ。


彼としては、現状の傀儡皇帝としての立場を脱却したい。


そうしないと軍部、ヒルデブラントの都合で消されることありうるのだ。


ヒルデブラントの影響かから脱する為には力が必要だ。


力なきものに誰が従うだろうか。


その力を見せつけるのに手っ取り早いのが戦場だ。


戦場での指揮官としての器を示し、軍部、特に前線指揮官レベルの者たちを味方に引き入れる。


武装闘争するような事態に陥ったとしても、実戦部隊を味方につけているから、戦闘になればアルフレート側が有利なのは必至である。


そのよのような事態に備えて、目の前の敵を撃破しておかなければならないのだ。


しかし、ヒルデブラントの判断は正しい。


「やむを得ん、ここは一度退こう」


アルフレートは撤退命令を出した。


ヒルデブラントの意見を丸呑みしたわけではない。


彼はまだ目の前の敵を撃破することを諦めたわけではない。


******


「左翼の敵は後退したが、中央、右翼の敵が前進しているぞ」


アルバートが南方総軍司令官エイブラムに言って指示を仰いだ。


「左翼は態勢を立て直すのに時間を使うはずです。なので後退しつつ敵中央の迎撃をお願いします」


「了解した」


エイブラムが行っていることは遅延戦術。


後退しているものの、敵には着実にダメージを与えている。


しかしムスペルヘイム軍の戦力はエイブラムの想定以上に多く、エイブラムが南方総軍司令官を引き継いだ段階の戦線から、300キロ近く後退している。


これ以上の後退は厳しい。


ここを引けば東部戦線から撤退しているダスティン率いる東方総軍の退路が断たれてしまうのだ。


東方総軍はルーン帝国に入ったばかりである。


あと少し持ちこたえれば勝機のない消耗戦から解放されて、本国へと撤退できるのだ。


エイブラムにとって、目の前の敵はしばらくは対処することができるので問題ないと見ている。


本当に厄介な敵は内部に潜在しているのではいないかと思っている。


フェンサリル陥落の頃から、軍部に反ブルーノ勢力が存在しているという噂が流れているのだ。


所詮は噂に過ぎないと思いたいところだが、火のない所に煙は立たぬという以上、ブルーノに注意を促しておく必要を感じた。


その頃左翼側ではイルダーナ軍機甲師団が展開している都市、フォールクヴァングに向けてムスペルヘイム軍の機甲師団が進軍していた。


フォールクヴァングは辺境の田舎町でありながら、南方戦線に補給物資を送っている路線が通っており、交通の要所であるのだ。


要所である以上、奪取を目論むニブルヘイム軍機甲師団が投入した戦車は約600輌。


それに対し、イルダーナ軍は正規軍、CDFを含めた約400輌の戦車と、即興の防衛陣地と対戦車砲を配置している。


この地の守備隊指揮官は第1CDF装甲師団プイスの師団長であるアシュリー・ブラッドバーンCDF少将が担当している。


本来はCDFより正規軍の指揮系統が上位になるが、この場にいる正規軍の将校の最高階級が准将であること、そして正規軍よりCDFの方が戦力が多い為、例外的にアシュリーが指揮をとっている。


アシュリーは対戦車砲による防衛陣地より前に戦車隊を配した。


そして戦車隊にムスペルヘイム軍の装甲師団が襲いかかった。


「撃て!」


T-7の90ミリ砲が吠える。


射程外からの攻撃に為すすべなくムスペルヘイム軍の戦車であるMT-7は装甲を撃ち抜かれた。


撃ち抜かれた戦車に乗っている歩兵も負傷し、戦車から放り出されて地面を這いずり回っている。


このように、ニブルヘイム軍の戦車の外側には一般の歩兵数人が乗っている。


これはタンクデサントと呼ばれる戦術で、戦車で戦線を突破すると同時に、歩兵も展開できるのだ。


しかし敵の砲撃下に直接さらされるので被害も大きい。


戦車が撃ち抜かれて炎上するとき、乗っている歩兵まで巻き添えを食らうのだ。


犠牲を多数出しながらも前進をやめない。


圧倒的な物量を背景に、損害を度外視した行動をとれるのだ。


多大な出血を強いられながらもイルダーナ軍の陣地に迫る。


「中央の部隊は左右に散開しろ!」


アシュリーが指示を飛ばす。


中央を駆け抜けるニブルヘイム機甲師団。


中央突破したニブルヘイム機甲師団を待ち受けているのは対戦車砲が配された陣地である。


「撃て!」


一斉に火を噴く対戦車砲。


砲弾は正面装甲を貫き、乗組員は何が起きたのかわからないまま戦車の炎上に巻き込まれ、冥府に旅立っていく。


ニブルヘイム軍の左右からはイルダーナの機甲師団が迫りくる。


しかしそれでも前進を止めない。


砲弾を装填している間に距離を詰めて、対戦車陣地を強行突破を行ったのだ。


圧倒的な物量の波に飲まれて崩れ去る陣地。


市街地に辿り着くと、戦車に乗っていた歩兵が降りて街の制圧にとりかかる。


フォールクヴァング市街地にはほとんど守備隊が配されていない。


勝負は決したのだ。


アシュリーは撤退命令を出し、フォールクヴァングを後にした。


補給路を寸断された以上、南方総軍は退かざるをえない。


エイブラムは東方総軍、ブルーノの部隊が撤退できる時間を少しでも稼ぐ為に、極力ゆっくりとした速度で交戦しつつ撤退を開始した。


******


ブルーノはアルフレートの新たな軍事行動への対処を迫られていた。


「ニブルヘイムはこちらを迂回して、本国の方面へと進軍しているのか。敵の意図は補給路の遮断か……」


ブルーノの思考は敵の殲滅しかない。


ここで敵を討ち、他の戦線の救援へと向かう。


あわよくばアルフレートの首をとる。


イルダーナにとっての活路はこれしかないのだ。


ここでブルーノがしかけてくることはアルフレートだってわかっているはず。


しかし彼は勝負に出た。


「アトキンソンはニブルヘイム軍の予想進路を先回りして迎撃しろ。予は迂回したニブルヘイム艦隊の背後を衝き、先行したアトキンソン艦隊と挟撃する」


「全軍で敵軍の背後を衝くべきかと思われます」


ブルーノの作戦は敵に読まれている可能性があることをアトキンソンの副官が補足した。


副官のような者が皇帝の許可なく発言することは、本来であればあってはならないことだが、アトキンソンはあまり多くをしゃべらない為、ブルーノや、その周りの者たちは目をつむっている。


「確かにその作戦でも敵を撃退可能だ。しかし殲滅はできない。今、我らがすべきことは敵を一兵たりとも逃さず叩き潰すことだ。そのことを忘れないでもらいたい」


作戦は確定した。


決まったとなれば速やかに行動に移らなければならない。


アトキンソン艦隊は国境方面へと転進し、背後をとるべくブルーノは前進した。


しかしアトキンソン艦隊の動きは遅いものだ。


「このような前進速度でよろしいのですか?」


副官が問う。


アトキンソンはそれに頷いただけであった。


一方アルフレートは一連の動きを察知していた。


「敵はこちらの予想した通りに動いている。全軍、こちらの背後をうかがっている敵艦隊を討て!」


反転するニブルヘイム軍。


そんなことを知らないイルダーナ軍は前進を続ける。


1時間もしないうちに互いの存在を認識した。


「なぜだ! なぜ敵はこちらに向かって前進している! 奴らはこちらに背を向けているのではないのか!」


ブルーノは現状を受け入れられないでいる。


たとえそれがアトキンソンに指摘されていたことだとしてもだ。


「やむを得ん、迎え撃て!」


しかしブルーノの艦隊よりもニブルヘイム艦隊の方が圧倒的に戦力が多い。


戦闘の帰趨は見えている。


膨大な光線がイルダーナの艦艇に突き刺さる。


血が噴き出るように爆炎が巻き上がる。


陣形が崩れ、イルダーナ軍から秩序が完全に失われようとしていたとき、ニブルヘイム軍の動きに変化が起きた。


「なに! 背後に敵が接近しているだと!」


状況の急転に困惑するアルフレート。


「このままでは挟撃されてしまいます。速やかに撤退を!」


ヒルデブラントがアルフレートに即時撤退を促す。


アルフレートだって撤退しなければいけないことはわかってはいる。


しかし自己の立場などが邪魔をするのだ。


ここで勝利して自身の権威向上を……。


そのような思考が頭の中をぐるぐるとまわる。


「アルフヘイム方面より敵の大軍が接近しています! さらに南方からも敵が来ているという情報があります!」


「ホルス方面の部隊か!」


副官からの連絡に、アルフレートは決心せざるをえなかった。


「全軍撤退せよ!」


ニブルヘイム軍は戦場を急いで引き上げ、挟撃の危機を免れた。


アルフレートは唇を噛みしめて戦場を後にした。


イルダーナ軍は東方、南方総軍と合流して国境の要塞線まで撤退した。


こうして広大なバルジを巡る攻防戦は幕を降ろした。


ニブルヘイム、ムスペルヘイム、ホルス連合軍は大陸東部南部、そして中央からイルダーナを駆逐した。


しかしイルダーナ軍の主力は健在である。


争いの女神はまだ流血を求めているのだ。

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