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新米提督の出陣

第1章 第1次大陸戦争

アルフレート・フォン・バスラー少将はブリッジの指揮官席で命令を待っている。


アルフレートは10日前にトゥオネラ皇国軍第9艦隊司令官の職に任命されたばかりだ。


それは決してうれしいものではない。


アルフレートは今年で21歳。


艦隊司令官を務めるにはあまりに若すぎて、周りから疎まれ、幕僚は指揮官を軽んじて指示に従わないこともありうる。


上層部にとっては恩を着せているつもりでいるだろう。


実はアルフレートは隣国であり、敵国でもある大国のニブルヘイム帝国からの亡命者で、亡命する以前は皇位継承権第2位の皇族だった。


そういう身分ということもあり、帝国を降伏させた後に傀儡皇帝として即位させるつもりで、今のうちに手なずけるためにこのようなことをしているに違いない。


未来の皇帝かもしれないバスラーが皇国に亡命することになったのは、アルフレートの伯父であるニブルヘイム帝国皇帝アドルフが崩御した時点で後継者を皇太子が不在だったことが原因だ。


アルフレートは周りの重臣に担がれて、現皇帝のエアハルト・フォン・バスラーと対立することとなり、その結果アルフレート派の重臣たちがクーデターを決行した。


しかしクーデターは失敗に終わり、アルフレートは叔父と妹のイレーネとわずかな従者と共に、北の隣国であるトゥオネラ皇国に身を寄せることになった。


その後、叔父の意向で皇国の士官学校に入学、そして首席で卒業後は国境地帯で地上部隊の一員として帝国軍との小競り合いを経験した。


少佐になってからは艦隊勤務となって今に至る。


******


「提督、司令部より電報が届きました」


アルフレートの横には女性が立っている。


彼女はバスラーの副官のアイラ・アロネン中尉だ。


黒髪ストレートは長く、前髪は切り揃えられている。


性格は穏やかだ。


「平文に直してあるか?」


「はい」と言って、電報を手渡した。


それを受け取り、文に目を通した。


「ようやくご命令か。アロネン中尉、艦隊と地上部隊に進軍命令を出してくれ。目標は帝国首都エーリューズニル」


「了解しました」


アイラは通信手に伝えた。


2分後、アルフレートの乗っている空中戦艦イルマタルが浮遊し始めた。


空中戦艦とは、ユグドラシル大陸では一般的な燃料である魔力水を燃料に用いて100メートル程度の高さで浮遊し、移動する戦艦のことだ。


武装は正面に対艦用の艦砲と艦の底部に対地機関砲がある。


ただ、空中戦艦は巨大なため大規模な設備が必要で、そのための莫大な設備投資が必要となり、小国では配備されていないか、1個艦隊が存在する程度だ。


アルフレートは緊張した面持ちで外を映し出すスクリーンを見つめる。


スクリーンは先ほどまで待機していた湖を眼下に映し出している。


このあたりはもともと帝国領だが、開戦2年目の現在では帝国北部を占領して首都に迫りつつある。


アルフレートがスクリーンを見つめていると、足音が近づいてきた。


「提督、我々の針路上にはグニパヘリル渓谷があります。おそらく敵が待ち構えているでしょう。迂回して進みますか?」


足音の主はラッシ・アハティラ大佐。


この艦隊の参謀長をしている。


肌は女性のように白く、縁の細いメガネをかけていて、見る人に切れ者のエリートという印象を抱かせる。


「いや、燃料を消費しすぎるからダメだ。渓谷で交戦する。敵を発見したら規模がわかり次第報告してくれ」


「わかりました」


ラッシはブリッジから退出した。


アルフレートはラッシに話しかけられる前と同じように、スクリーンを見つめた。


そこにはもう湖の姿はなく、街の上を約30ノットで進んでいる。


この速度なら渓谷まで3時間で到着するだろう。


アルフレートはそう思った。


そう、3時間後だ。


3時間後に自分の艦隊司令官としての力量が問われる。


なんとしても勝利しなければならない。


そう思うと、アルフレートの手の平に汗が滲んだ。


******

ニブルヘイム帝国首都エーリューズニル



「陛下、グニパヘリル渓谷に皇国艦隊が接近しているという情報がありますが、いかがいたしますか?」


報告を受けている人物は金髪碧眼で、つやのある肌を持った若者だ。


彼の名はエアハルト・フォン・バスラー。


ニブルヘイム帝国の現皇帝だ。


皇帝だからといって、王宮に籠るようなタイプではない。


彼は現在首都にはいるものの、王宮ではなく空中戦艦のブリッジにいる。


「予が現場に行きたいところだが、皇国の主力と思われる艦隊がすぐそこまで迫っている以上、動くことができない。現地の守備部隊に任せる」


「御意」


それだけ言うと、報告者は下がった。


エアハルトは手元のモニターを見た。


そこには帝国軍と首都近辺に展開している皇国軍を表示している。


帝国軍よりも皇国軍の方が数で勝っている。


ただし、これはわざとこのようにしている。


すべては皇国軍を殲滅するために。


******

グニパヘリル渓谷近郊



「帝国艦隊及び地上部隊が探索魔法の網に引っ掛かりました。敵の現在地は渓谷の向かい側、規模は首都防衛4,5艦隊の2個艦隊と、その指揮下の4個師団です」


グニパヘリル渓谷から数キロ離れた地点でラッシからそのようなことを聞いた。


「なお、21時間後にはこちらに増援部隊が派遣されるので、敵を発見した場合は増援到着まで現地で待機してもいいとのことです」


「そうか……敵の戦力は2倍である以上、こちらから手出しはできないな。こちらの指示があるまで待機するよう通達してくれ」


「わかりました」


ラッシが命令を伝えに行っている頃、渓谷に布陣している帝国軍は迫る皇国軍をどう対処するか話していた。


首都防衛軍第4艦隊司令官ベーア中将は同じく首都防衛軍第5艦隊司令官のカペル中将に無線を通じてこう言った。


「援軍の存在が確認されている以上、こちらの半分でしかない敵を今のうちに叩いておいた方がよいのではないだろうか?」


「提案には賛成だが、どうやって撃滅する?」


「2手に分かれて渓谷の外縁部に沿って挟み撃ちにすればいい」


「敵に守りを固める時間を与えないために、行軍速度は速い方が良いと思うが、どうだろうか?」


「そうだな。採るべき手が決まれば早速行動だ。貴官は右から回ってくれ」


「承知した。貴官の健闘を祈る」


******


「提督、帝国軍が動きました。敵は2手に分かれて、高速で移動しています。おそらく我が軍を挟撃するつもりでしょう」


そう報告したラッシの目は好奇に満ちている。


ラッシはアルフレートの実力を測ろうとしている。


「第4艦隊を叩く! 渓谷を左回りで進むぞ!」


アルフレートの号令で艦隊が動き出した。


艦隊を敵陣突破に有利な紡錘陣という陣形に編成した。


その陣形の先頭にはハスティ少将率いる分艦隊が陣取っている。


少将は超突猛進型の指揮官で、敵を見れば攻撃せずにはいられないアグレッシブな性格をしている。


「おや、もう接敵か。ずいぶんとお急ぎのようだな。急ぎすぎて陣形に綻びが多いじゃないか。これはチャンスだ! 敵艦隊中央に主砲斉射!」


戦艦正面の主砲が咆えた。


砲口から禍々しいまでに赤い光線が空間を裂いた。


狙われた戦艦は正面にシールドを展開する。


そこに多数の光線が殺到した。


無数の光線はシールドをあっという間に破壊した。


シールドを突破した光線は戦艦の外装を突き抜け、そして内部に侵食、そして猛り狂う猛獣のように暴れまわった。


獣に食われた戦艦は前部から爆発して、一瞬で全体が炎に包まれた。


燃える戦艦は隣の戦艦に衝突し、被害と混乱が拡大再生産されていく。


「正面が崩れたぞ。一気に中央突破して後背展開だ」


分艦隊が作った穴に侵入し、後続の艦隊が後ろに続いて傷口を広げる。


「撃て、撃て、撃て! 照準など定める必要はない。ひたすら撃ち続けろ!」


ハスティ少将は席から立ち上がって叫んだ。


咆える少将に驚いたかのように帝国の艦艇は皇国艦隊の攻撃を避けようとする。


穿った穴が第4艦隊の陣形を貫通した。


そして艦隊は反転して敵を包み込むような形に陣形を広げた。


半包囲された防衛第4艦隊は砲火の中で死の舞踏を踊り狂った。


攻撃を避けようとして隣の戦艦と衝突を繰り返す。


混乱が広がり、秩序は遠いどこかに失われた。


******


皇国軍第9艦隊が防衛第4艦隊に向けて進軍を始めると同時に、地上の機甲部隊も行動を始めた。


「傾向を左回りに進軍する。空の若造に戦車の戦いを見せてやるぞ」


皇国軍第9艦隊付機甲師団の師団長ヒルヴィが指揮下にある機甲師団に前進を命じた。


皇国軍の主力戦車ペイヤイネン中戦車が固い地面を踏みしめながら進み始めた。


「この先に窪地があるそうだ。それを利用させてもらおう。戦列を伸ばしつつ窪地まで進め」


命令が下ると、隣の戦車との車間が広がり、戦列が伸びたことが確認できる。


「もう少しで窪地だな。全軍、稜線の手前で待機だ」


そして敵が窪地に入ったときに、こちらに連絡するように、通信手を通じて頼んだ。


「後は待つだけだ」


ヒルヴィは軍帽を脱いで、髪を整えて時間を潰した。


「空から連絡です。敵戦車部隊が窪地に侵入しました」


それを特に驚きも喜びもせず聞き終えて、軍帽を被りなおした。


「ようやくお出ましか。全機甲師団に命じる、前進せよ(パンツァー・フォー)!」


ペイヤイネンが動き出した。


急斜面の荒れ地を、転輪を軋ませ、車体を揺らしながら登っていく。


稜線にたどり着くと、皇国の全車両が停車して攻撃命令を待った。


「こういうことは焦っちゃいけない。3つ数えたら一斉射撃だ」


そう言うと、ヒルヴィは咳払いをした。


(ドライ)


装填手が弾を詰める。


(ツヴァイ)


砲撃手がペリスコープで照準を合わせる。


(アイン)


そして引き金に指をかける。


撃て(ファイエル)!」


ペイヤイネンが咆哮を上げた。


砲弾は空気を震わせ、目標へ小さな放物線を描いて突き進む。


そこには何の躊躇いもなく、ただ目標を破壊するという絶対的な義務だけがある。


義務に従い、砲弾は敵戦車の装甲を貫いた。


それは車内で爆裂し、爆風と高熱と砲弾の破片が手を取り合い、死神となって乗員の命を摘み取っていく。


「もう一撃喰らわせてやれ、撃て!」


帝国軍に砲弾の嵐が再び吹き荒れた。


猛烈な嵐の前に、陣形が乱れた帝国戦車部隊は紙屑のように吹き飛ばされる。


「敵は崩れた! 対空戦車部隊は稜線で敵艦に攻撃し、他は窪地に突っ込め!


それに対し、帝国戦車部隊は散発的な反撃か逃げることしかできない。


対空戦車イルマリネン部隊は空に向けて砲弾を連射する。


第4艦隊も対地機関砲で迎え撃つ。


地上と空の間を無数の銃弾で埋められる。


地上から空に向かう銃弾のうちの1発が第4艦隊のある艦の機関部に直撃した。


弾が当たった戦艦は爆散して形を失った。


戦艦があった場所には不自然な空間が存在した。


******


「首都防衛軍第4艦隊旗艦エイトリの撃沈を確認しました」


「混乱した状況でよくわかったな。第4艦隊の残存戦力を無視して第5艦隊を討つ。再び反転して前進し、第5艦隊の背後から攻撃する」


第9艦隊は再び渓谷を左回りに進み始めた。


その数分後、首都防衛軍第5艦隊は第9艦隊が待機していた場所に到着した。


「どういうことだ! 敵の姿がどこにもないではないか!」


カペルは狼狽した。


いるはずのものがいないのだから当然の反応だろう。


「敵はどこにいる!」


「ただいま探索魔法で探していますが、ここは渓谷なので死角が多いのでなかなか見つからないのです。なお、第4艦隊とも連絡がとれません」


参謀長が気まずそうな顔をして言った。


「密集隊形を解いて、円形陣に再編した上で索敵範囲を拡大するのはどうでしょうか?」


恐る恐る参謀長が進言した。


「戦力を分散させてしまうことになるが、第4艦隊をあてにできない以上はこちらでなんとかするしかないのか……貴官の進言に従おう」


艦同士が互いに距離をとり、探索の網が広がっていく。


そして網に魚が引っ掛かった。


しかし、その位置がカペルやその幕僚の予想と異なったいた。


「提督、敵は後ろにいます!」


参謀長は驚きを隠せない


「後ろだと! 第4艦隊は何をやっている!」


カペルも指揮官である以上いつまでも慌てていられない。


「陣形を密集携帯に戻しつつ、反転迎撃せよ!」


しかしその命令が破滅を招いた。


戦力が分散して攻撃力不足の状態で、迫りくる皇国艦隊を迎撃しつつ、密集隊形に戻ることなど無茶苦茶な命令だ。


戦艦1隻に対し、皇国艦隊は3隻以上で攻撃を仕掛けてくる。


勝ち目などどこにもない。


次々に各個撃破されて数を急速に減らしていく。


具現化された絶望の前に帝国軍の将兵はなすすべもなく踏みにじられる。


指揮官であるカペルも圧倒的な絶望に呑み込まれてしまった。


最早どのような指示を出したとしても戦況は覆ることはない。


カペルがいる戦艦ブロックを赤い光の死神が容赦なく引き裂いた。


残された帝国軍の艦艇は運よく追撃を振り切って退却に成功するものと、追い詰められて降伏を迫られるものの両者に分かれた。


残存艦艇を処理中に、皇国軍の増援が予定よりも早く到着した。


渓谷で戦闘が始まったことを受けて行軍速度を速めたのだろう。


戦艦イルマタルでは司令部からの命令が書かれた電報が届いた。


内容は渓谷で待機して、エーリューズニルを攻撃している主力軍の右翼を固めるようにとのことだ。


エーリューズニルは激戦の渦中にある。


この第1次大陸戦争北部戦線の趨勢はかの地で決まろうとしている。


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