表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/31

フィンブルの冬

ヴァルフコフは侵攻目前のイルダーナ軍迎え撃つべく南部国境に布陣した。


司令部の命令で長大な国境全域をカバーするように展開している。


イルダーナ軍がどこから侵攻してくるかわからないのでこのようなことをしている。


しかし兵力が分散してしまい、イルダーナ軍が容易に防衛ラインを突破できてしまうのは明白だ。


上層部はともかく、すくなくとも前線指揮官はそう考えている。


そして今日、339年6月1日、イルダーナ軍がホルス侵攻作戦であるフィンブルの冬作戦を発動し、ヴァルフコフの担当していない地域に攻め込んだ。


結果、ホルス軍は惨敗を喫し、国境に展開している部隊はホルス東部で首都トリグラフのあるモローズ半島の付け根に撤退した。


司令部は防衛戦略を見直し、狭い半島なら大軍を迎え撃つことが可能だと判断したのだ。


それは同時に国土の大半をイルダーナに占領されることでもある。


******

ホルス人民共和国 シズレク



作戦発動に伴いCDFも行動を起こした。


国境を突破し、西部の工業都市シズレクを攻撃した。


そこの攻撃を任されたのは第2装甲師団、第3歩兵師団だ。


「シズレクの西側から装甲師団を突入させる。歩兵師団はそれに追随しろ」


これがアーチボルドの命令だ。


「私も前線に出よう」


アーチボルドがT-6に乗り込んで出撃した。


シズレクに近づくにつれて砲火が激しくなってくる。


履帯を軋ませながら街に入った途端、右側面を激しく叩く音がした。


「対戦車ライフルか。バラネフはいい銃を作るじゃないか」


アーチボルドは豪快に笑った。


彼は笑ってはいるが、銃弾は戦車長であるアーチボルドの足元に着弾している。


機動力に重きを置いたためにこのような防御力になってしまったのだ。


そして彼の駆るT-6の前にホルス軍の戦車が現れた。


「突っ込め! 当たりなどせんよ」


「しかし、これの装甲の薄さでは被弾すれば耐えきれません」


「いいから突っ込んで撃て」


躊躇う操縦手を叱咤して車両を前進させた。


高速で突き進む戦車。


迎え撃つ敵戦車。


「右だ!」


T-6が右に動く。


直後、先ほどまでいた場所に砲弾が着弾した。


「砲塔を左に回せ、相手の側面に行け!」


全速力で敵に向って疾走した。


「撃て!」


T-6の77ミリ砲が敵の至近距離で咆哮を上げた。


敵戦車の側面に大穴が開き、直後煙がもくもくと出た。


「歩兵師団はどうなっている?」


「順調に市街地へ進んでいます」


通信手が答えた。


順調に進撃している第3CDF歩兵師団スィールのアラン・モーガン少将はCDF上層部から別命を受けていた。


「現地の共産主義者を殲滅せよ……か」


「どういたしましょうか? 誰が共産主義者か尋問でもしない限り区別がつきません」


アランの副官が頭を悩ませている。


「そんなこと簡単じゃないか。まずは銃を撃て。流れた血が赤けりゃそいつは共産主義者だ」


「了解しました」


アランの“名案”に納得した副官は嬉々として部隊中に連絡した。


命令が全軍に伝わると、各地で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。


主義者もそうでないと否定する者も等しく銃殺されて倒れていく。


撃つ者は言う。


「平等な共産主義国家のホルスらしく何事も平等にしているんだ。郷に入らば郷に従えというだろ? だから平等に前線の兵士と同じように民間のホルス人を殺すのだ」


そう言って彼らは躊躇いなく自己のイデオロギーに忠実に動いている。


******

アルフレート宅



イルダーナ軍がわずか1か月でホルス領の北部、中部、西部を占領したことは大陸全土に衝撃を与えた。


追い込まれたホルスは現在、モローズ半島の付け根の両端にあたる都市、ベロボーグとヴェレスにほぼ全戦力を集結させている。


ムスペルヘイムはこのままでは危険と感じ、ホルスに物資を有償提供し、ニブルヘイムも国境に兵を集め始めた。


そして7月2日、アルフレートにも召集がかかり、軍服に着替えて迎えを待っている。


「この国も戦争になるのですか?」


イレーネが憂いを帯びた声で言う。


「わからない。今回の出撃は万が一に備えてだから本当に戦うかは怪しいところだよ」


アルフレートはそう説明した。


「また兄様と離れ離れになるのは嫌です」


イレーネはアルフレートに抱きついた。


「もう……嫌なんです。私はただ兄様と一緒にいたいだけなのに、それすらも駄目なのですか?」


イレーネはアルフレートの胸で泣いている。


アルフレートにはただ抱きしめることしかできない。


彼には彼女の問いに答えられない。


誰も答えられない。


「ごめん……」


インターホンが鳴った。


「お迎えに上がりました」


アイラだ。


「イレーネ、元気にしてろよ」


アルフレートはイレーネを離して扉を開けた。


そこにはアイラが髪を風になびかせながら立っている。


アルフレートは外に出て、扉は閉まった。


イレーネは1人取り残された。


イレーネは思う。


アイラが憎い。


兄様を目の前で奪っていたのだ。


イレーネはアルフレートとは物心ついたときから一緒にいた。


共に遊び、共に食べ、共に眠った。


国を追われることになっても一緒にいたのだからこれからも一緒にいられる。


一緒にいるだけでいい。


彼女はそう思っている。


しかしあの女はなんだ。


イレーネの手からいとも簡単にアルフレートを横取りしたのだ。


絶対に許さない。


イレーネとアルフレートは永久に一緒なのだ。


******

339年6月末 ニブルヘイム帝国某所



国境に軍が集結しつつある頃、エアハルトと一部の閣僚だけで密談を行っていた。


「外相レベルでの会談では十分な成果を挙げました。後は首脳レベルの会談で条約締結に同意していただければ相互防衛同盟は成立します」


エアハルトは外相の報告を聞いて静かに頷いた。


彼らは秘密裡にムスペルヘイムと交渉を行い、ムスペルヘイム、ニブルヘイムのいずれかがイルダーナと戦争に突入したときにもう一方がイルダーナに宣戦するという条約を結ぼうとしている。


「これはホルスを助けることになります。本当によろしいのですか?」


皇族にして反共主義者の軍需産業省大臣アルブレヒト・フォン・バスラーが言った。


彼には色々と黒い噂がつきまとっている。


例えば彼が軍人だった頃アルフレート派のクーデターの際、事が起きた段階で指揮下の部隊が集結していて、クーデターが起きることを事前に知っていて混乱に乗じて政権を奪い取ろうと画策していたとか、トゥオネラ皇国と水脈地帯の割譲と引き換えに自分を皇位につけるよう軍事的支援を要請したといった類だ。


「イルダーナの勢いを止めるためだ、仕方がない」


彼はすぐさまムスペルヘイムに出立することを告げた。


そしてホルスに領空を通過することを連絡するよう外相に命じた。


意を受けた外相はまずムスペルヘイムにエアハルトが訪れることを伝え、訪問が認められるとその次にホルスのニブルヘイム大使館に連絡をとり、そこを通して領空通過を承諾してもらった。


通過ルートはホルス側が指定した。


そのルートはベロボーグ近辺を経由して南部の山岳地帯を通過するものだ。


ニブルヘイム側はイルダーナ、ホルス双方を刺激しないために皇帝直属艦隊旗艦ヴァーリのみで移動することにした。


7月3日、ヴァーリは帝国首都エーリュズニルを離れた。


******

339年7月2日 ルーン帝国首都アウストリ クラウス宅



「ほお、おもしろい情報だ。ムスペルヘイムとニブルヘイムが手を結べば厄介だ」


自室で安楽椅子にもたれてクラウスはニブルヘイムの内通者からの報告書に目を通している。


「ほほう、移動ルートもわかっているのか。ならば――」


クラウスはエフセイを部屋に呼んだ。


3分ほど経つとエフセイが入室した。


「何か御用ですか?」


「潜入は得意か?」


「もちろんです。テロや隠密行動は得意です」


「それはよかった。ニブルヘイムに潜入して空中戦艦を強奪して、その足で皇帝エアハルトを始末してくれ」


潜入先であるウルズ基地の平面図とエアハルトの移動ルート、任務後の着水場所が記された地図とニブルヘイム軍の戦艦の艦名一覧表をエフセイに渡された。


「ずいぶんと簡単に言ってくれますね」


「できるのか、できないのか?」


「できます」


「いい返事だ。ブリッジ要員として20人のルーン人を連れて行ってもらう。そいつらはアカだ。任務後の着水ポイントで戦艦と一緒に置いてこい」


20人は戦艦を動かす最低限度の人数だ。


「了解しました。準備ができ次第直ちに出発します」


そう言ってエフセイは退出した。


そして翌日の夜、エフセイら21人の潜入部隊は警備をすり抜けてウルズ基地に潜入した。


彼らは潜入する直前にエフセイの魔術にかかっていた。


「エフセイさん、本当に私たちはニブルヘイム兵に見えているのですか?」


ひとりの隊員が言う。


「大丈夫だ。俺のかけた魔法“幻視”は魔術師以外には通用するのだからな。だからこそ格納庫まで来れたわけだ」


幻視とは術者が望んだ魔法にかかった者の容姿服装を他者に見せる高等魔術だ。


しかしこれは高位の魔術師相手になるとまるで通じない。


国家元首暗殺の際に用いることができそうだが、彼らのそばには護衛として魔術師が控えているために幻視は見破られてしまうのだ。


「どうせ奪うならおもしろいものがいい。あれなんてどうだ」


水を引いた巨大な格納庫でエフセイは言った。


彼が変わっていると言った戦艦はニブルヘイム軍第15艦隊旗艦イルマタルだ。


トゥオネラ皇国製のため、帝国の戦艦とは少しだけ差異がある。


「では奪おうではないか」


エフセイは艦名一覧表を見て奪おうとしている戦艦が何か調べた。


「戦艦イルマタルか」


エフセイは術をかけ直してイルマタルの艦長に姿を変えた。


そして全員でタラップを設置してイルマタルに乗艦した。


「格納庫の扉を開けてもらおう。管制塔に回線をつないでくれ」


通信手担当のルーン人が回線をつないだ。


「陛下のもとへ行く。理由は軍機に触れるゆえ答えられない。重要な外交に関することとだけ言っておく」


エフセイは言った。


「……承知しました。直ちに格納庫のゲートを開けます」


いかにも渋々承知したことが伝わってくるような言い方をした。


「感謝する」


イルマタルは格納庫を出て、離水した。


精霊は暗い夜の空へと舞い上がった。


ニブルヘイムからホルスへと国境を跨いだときにエフセイはイルマタルに幻視を行使した。


彼はホルス軍に敵と誤認されないために、艦の側面に鎌と槌をマーキングしているように見せかけた。


「そういえばお前らはなぜホルスに行きたいんだ?」


エフセイが尋ねた。


「そこに自由と平等があるからです。私のような貧乏な労働者階級でも豊かになれると聞いています」


「そうか」


エフセイはホルスがそれほどいい国とはどうしても思えないでいる。


彼の耳にはホルスの悪評しか届かないからだ。


かれこれ7時間ほどかけてエアハルトの通過するポイントのひとつであるホルス南部の山岳地帯に到着した。


後はエアハルトの乗るヴァーリを撃沈するだけだ。


イルマタルは狭い峡谷をすり抜けて目標地点にたどり着いた。


イルマタルは山の斜面に隠れて、ヴァーリがやってくるのを息を潜めて待つ。


この地点は標高が極めて高く、夏場でも雪が積もっている。


待つこと2時間、ヴァーリをイルマタルの射程に捉えた。


エフセイは腕を上げた。


ブリッジが緊張のベールに包まれる。


ヴァーリがイルマタルの前に無防備な側面を見せた。


「撃て!」


腕は下ろされた。


赤い光線がヴァーリのブリッジを一撃で撃ちぬいた。


バランスを崩したヴァーリは斜面に衝突して爆発した。


ヴァーリの残骸は炎に包まれて消えていく。


ヴァーリの撃沈を確認すると、イルマタルは近辺の湖に着水した。


エフセイは艦を降りて跳躍魔法<リープ>を繰り返すことでルーンに帰還した。


そしてクラウスに任務成功の旨を伝えた。


「よくやった。これでまた大陸統一を阻む者は消えた訳だ」


エフセイは心の中で歓喜した。


自分は大陸を平和にするために役立っていることを実感したからだ。


あのままホルスにいては決してできなかったことだろう。


エフセイはクラウスに感謝している。


クラウスは彼を与えられた目の前の敵を殺す道具から大陸を平和へと導く尖兵に生まれ変わらせてくれたのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ