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相談相手

作者: 蒼井水素

 後輩の山本が急におしゃれになった理由は何なのだろうかと、ゆいは歩きながら考えていた。


 最近山本君がおしゃれになった。この間までダサかったのに。いや、ダサかったというよりも、ファッションに興味がなかった山本君。なのにキミは、変わってしまった。(なぜ?)今日も無難なおしゃれをしてた。あの格好なら、おしゃれなカフェに行ったとしても、悪い意味で浮くことはないな、と思ったよ。ま。めちゃくちゃおしゃれになった、というわけじゃないから、良い意味で浮くということもないだろうけど。彼女でもできたかね。(にひひ)。


 ゆいは、やや急な坂道を下りきり、国道に出た。そこには閉鎖されたガソリンスタンドがあり、そこから左に曲がり、国道沿いに歩いていくと、目的地のミスタードーナツがあった。右手に夕日が見えた。突然ブログ用の写真が撮りたくなり、車が多い時間帯なので注意しつつ、肩に掛けていたトートバッグからiPhoneを取り出すと、逆光など気にせず、夕方の風景を撮影した。道東の夕日というのは、綺麗だけれど、不安な気持ちになるのはなぜだろう、と思いながら。画面に映し出された風景を見て、まあまあの満足感を得ると、iPhoneをバッグに戻し、夕日を背にしながら、約束の場所へと歩き始めた。けれど、何かが引っかかる、とゆいは思った。


 少し前の山本君は、不潔ではなかったけれど、正直いってダサかった。(ふ、私何回山本君のことをダサいというつもりだ)。彼女が出来たら男の服や髪形が変わったということは、別におかしなことじゃない。(けどね)。ゆいは今日山本がカシミアのカーディガンを着ていたことを思い出した。多分あれはユニクロだ。ユニクロだと思う。だって、同じものをユニクロで見たもん。淡いブルーのシャツとコーディネートされたそれは、まあまあセンスよく見えた。まあ、全身ユニクロとかだったら、話は別なんだけどさ。(偉そうに。お前はファッションリーダーか?)そして、ここが問題なんだけど、そのカーディガン、いい具合にヨレていた。古着かな? ユニクロの? そうは見えなかった。ユニクロは長く着るとへたへたになる。山本君のあれは、乾燥機で毛羽立つようにしたのかな。ちょっとだけふわっとしてて、いい感じ。あれ、でも、よく見たら、ボタンがユニクロじゃない。へ、これはユニクロじゃないの? いやでも、同じ物を確かに店で…… それとも、もしかして、ボタンを変えた?(ふむ)。このカーディガンはユニクロ製で、それに手を加えたものだ、とする。手を加えたのは誰か。山本君? まさかね。山本君をバカにするわけじゃないけど、それはないね。センスが絶妙すぎる。絶対ムリとはいわないけれど、この短期間で、ここまで出来るはずがない。ムリだね、うん、ムリ。山本君が以前どんなだったか知ってたら、ムリって思うほうが自然。(そこまでいうか)。では、うちの学校の生徒? うぅん。男のためにここまでするが、そんなことが出来るが、はたしてうちの大学にいるのだろうか。(お前も含めてな!)既製の服に手を加える、それはセンスが試される。そして技術も試される。結構冒険だと思うのは私だけ? あ。そういえば、以前付き合ってた男の子に、シャレのつもりで手編みのセーターをプレゼントしたことがあったっけ。シャレのつもりだったけど、ハードすぎだったようで「重い」って、言ってたなぁ。ストロングな笑いが理解できなかった彼、元気でやっているのかな。(屈折した愛情表現だな!)。すごい大変だったんだよ、あの手編みのセーター。


 くるくる寿司の前を通り過ぎ、ミスタードーナツまであと少しという時、「年上」という単語が、ゆいの頭に浮かんだ。直後に、ぴりっとした信号が、ゆいの内部を流れた。


 ひょっとして、山本君の相手は主婦とか? (いやいやいやいや、まさかまさか)。妄想しすぎ。仮に年上だとしても、OLの可能性が大きくなくて? (ご令嬢?)いや、年上と決まったわけじゃない。(なんか私、変な本とか映画とか見すぎだよ)。ははははは…… でも、山本君みたいなタイプ、年上の女性から好かれそうな感じが、しないこともない。(そうか?)それに、主婦だったらユニクロに手を加えることを、難なくやりそう、なんて考えもどうかと思う。だけど、最近の山本君の態度が妙に気になる。


 ゆいはミスタードーナツの前まで来た。入り口であるガラスの扉から中の様子を窺う。この店、たまに非道く混むときがあるけれど、今日は空いているな、と思いながら中に入った。左にドーナツがきちんと並べて置いてあり、それを見たゆいは、心の中でにんまりした。いらっしゃいませ、と女性スタッフの声がした。レジ前に数組の客が並んでいた。店の奥にちらと目をやると、山本がいた。店内で食べている客は他にいなかった。向こうは携帯を見ているようで、ゆいに気がついていないように見えた。ゆいはトングとトレーを持って、商品を選びはじめた。


 窓は大きく明るい店内。愛想のいい、店のスタッフ。スピーカーからポップな音楽。おいしそうなドーナツずらり。なのに、ああ、なんか憂鬱になってきた。山本君から「時間ありますか? 相談したいことがあって」と言われたとき、「だが断る」って言えばよかった、かなあ。(いや、さすがにそれは可哀想!)。しかし、私も一応先輩だしさ。ああ、なんだか困ってきたな、こういうの苦手。(話す前から不倫と決める自分が怖い)私、相談されることが不思議と多いけれど、なぜ私なんかに、みんな相談を持ちかけてくるのだろうか。(だって私、「私」だぜ?)いや、まだ山本君の相談が、恋愛とか、不倫とか、そう決まったわけじゃない。(けれど)。仮にそうだとして、私は何を、どんな風に、山本君に言えばいいのだろう。


 ゆいは迷ったが、いつも頼むドーナツではなく、新商品のドーナツをトレーにひとつ載せた。


 ダサい男子大学生の山本君が、急におしゃれになりました。その原因は、つきあっている相手が主婦だから。カーディガンがその証拠よ! (おかあさんごめんなさい。私はついに、ここまでおかしくなりました)。何の証拠もないくせに、よくそこまで飛躍できるよね。(ああ、そうですよ、おしゃれに目覚めた大学生が、超人的な努力をして、短期間でそこそこイケてるようになりました、という可能性を意地でも認めぬ私は、ゆがんでいるのさ)。でも、山本君に彼女が出来た、と仮定しよう。そのことを山本君は誰にも言っていないはず。少なくとも私は聞いてない。それに、みんなに隠しているけれど、実は俺、彼女が出来たっスぅ、なんて調子に乗った感じがしない。男に彼女が出来て、それを隠してたとしても、変なオーラが出ること多いじゃん。でも山本君にはそれがない。しかし、なぜだろう山本君に女の影を感じるのは。そして、山本君が最近なにかを隠しているような気がする。それは錯覚なのだろうか。山本君が、初めてつき合う相手が出来て、舞い上がって、言動が痛くなり、おかしくなっただけならば、距離を置き、浮かれた結果の巻き添えを食らわないように、準備ができるのに。あああああ。それともこれは、簡単なことを無駄に難しく考える私に対する挑戦なのか山本。不倫という決して表に出すことの出来ない恋に悩んでいる、そうではないのか山本。だから私に相談を持ちかけてきた、そうではないのか山本。それとも、不倫だけど二次元の妻でしたとか、そういうオチか山本。あるいは、実は彼女ではなく彼氏が出来たとか、そういうことなのか山本。なあ山本そうなのか山本こたえろ山本。ああ面倒くさい面倒くさい、自分が面倒くさい。なんか、相談を聞く前から疲れてきた。


 商品が陳列された棚の前で、やや考えていたゆいは、結局ドーナツ一つとコーヒーを選んだ。ゆいは店内で食べるとスタッフに告げると、ポイントカードと小銭を渡した。


 これから面倒なことが起きそうな予感がした。自分の予感が、よく外れることも知っていたが。ただ、その面倒ごとの発信源が、半分以上自分からのものになるだろうと直感していた。面倒ごとは避けたいと思った。けれど、その面倒なことに魅力を感じていた。


 ああムリだ。「悩める後輩に、的確なアドバイスをする優しい先輩」なんて私にはムリだ。余計なことを絶対に言う。その自信がムダにある。私は好奇心が強すぎる。その上面倒くさい。ああ、なぜ自分はこうなのだろう。


 トレーを持って山本の座る席に近づいた。ゆいに気がついた山本が手を振った。山本君ごめんね、こんな先輩で。


「よっ。最近年上の彼女ができたんじゃないの? や、ま、も、と、君」と笑顔でカマかけると、ゆいは山本の座る向かいに腰を降ろした。


 あ。新しいドーナツ、初めて買ったけど、おいしいといいな、とゆいは思った。

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