勇者回収のために樹海で匍匐前進する話
サンバイザーは紫外線から目を保護するモノ
中学校の時に書いた卒業文集を見直す大人って何割くらいいるのだろう、と思う。
俺が好きな漫画の中で(それは宇宙飛行士を目指す青年を主人公とした話なのだが)、主人公の友人が宇宙に行けることになり、親が文集を送ってくれた、というエピソードがある。
それを読んだ時、俺はなんだか動揺した。
一つには、「母親に文集を読まれている」という(正確には読んでいて送ってくれたかの確約はない、が、少なくとも文集の置き場を母親に把握されているのは間違いない)状況。
そして、それを夢を実現させることによって「文集が恥ずかしくない状況にした」青年。
そして…考えたくもないが、自分が中学校の卒業文集に何を書いたか思い出した、ということだ。
忘れた、と言いたいが、自分に嘘はつけない。いまさら自分の夢がどうとかが恥ずかしいわけじゃない。
ただ、あの時の『世界の中心に自分がいた』自分が嫌なのだ。
夜中にふっと思い出されて「違う、そうじゃないんだ」と誰かに言い訳をしたくなる状況を、ことさら覗き込みたいとは思えない。
だが、たぶん今でも押入れの段ボールの中に、中学時代の理科の教科書と眠っているであろう爆弾を、どうすることもできない。
正解は「もらった次の日に焼き捨てる」だったかもしれないし、「65歳過ぎてから読み返す」が正解なのかもしれない。
「だが少なくとも、あのころの俺は異世界で俺TUEEEEをすることは夢想しても、芋虫状態で山にこもるとかは考えていなかったはずだ」
現在、異世界登山中。
訂正する。
現在、異世界樹海匍匐前進中、だ。
「お望みとあらば、一字一句たがえずに再生することが可能ですが、マスター。私にはマスターの脳内シナプス検索機能も付属しております。ちなみにマスターの湯ヶ島第三小学校卒業文集、6年1組、出席番号4番、白井竜也 僕の将来の夢は」
「頼むから、ヤメロ」
一瞬、完全に脳内再生された画面にはわら半紙にかすれたインクと、印刷時に飛んだ黒い粒まで再現されていた。
食事(?)を終えて、ひたすら尺取虫歩行で進んでいるうちに、どうやら俺はせっかく侵入した町から出て、山に入っていったらしい。
らしいというのも、視界がまったく利かないため、山に入ったというのもやたらと衣服にこすれる音に違和感を感じ、ジーヴスに聞いて発覚したことなのだが。
「なんで、山に登る必要があるんだよ」
と聞いたら、当然のように「そこに山があるからでございます、マスター」という様式を通り過ぎて得た回答によると。
現在、俺は魔法が使えない。(今後も使う気もない)
しかし高瀬は勇者として召喚された時点で魔法が使えるようになっているらしい。
神様によって派遣された俺(魔王)よりもヒトによって召喚された高瀬(勇者)の方が高性能なのはまったくもって納得いかなかったが、ジーヴスによれば「必要とするものの意思が反映されている」らしい。
で、現在は高瀬が「俺TUEEEE」なチート願望を叶えさせまくった結果、この世界で必要な神の力を引き出す希望の泉は枯れた。
正確にいうならば「危機感を感じた神によって閉鎖された」のだが、文明を築いているヒトにとってはそこまで深刻ではなくとも、野山に生活する魔物にとっては死活問題だ。
さらに、高瀬(勇者)によって殲滅される魔物は日々イエローからレッドリストに移行している。
緊急に魔物たちを絶滅から救わなくてはならない。
高瀬を回収するため追いかけつつも、山中にある希望の泉を限定解除して回らなければならないらしい。
「異世界で世界を救うっていう体勢が陸上自衛隊第五匍匐前進によってなされるっていうのはすこぶる非効率的だろうがよ…っていうか、魔物の生息地にヒトの目なんかないじゃねーか!この移動方法は意味ないだろう!!」
「ご明察です、マスター」
「て…てめえ、この野郎…」
「しかしながらここは道なきやぶの中、例えるならば、自然薯掘りに最適な山中です。当然、マスターの眼球に刺さるように現れる小枝、葉先などが密集しております。それらを払いのけたとしても、その先の小枝を衝突時からの時間を計算し、跳ね返り係数から換算して、さらにマスターに当たらぬよう避けてゆくのは私には少々荷が重いことでございます。こちらの世界にはマスターの目を保護するためのサンバイザーは存在しません」
「目をつぶっていたって、お前、進ませているじゃねえかよ。俺が立っていようと変わらないだろうが」
「ワームから逃げる際、私は申し上げたはずです。決して目を閉じませんように、と。このように低速移動ならば、私の管理する四感で対応可能ですが、時速5.6キロを超えるようになりますと、道にあいた穴を回避するなどという安全行動を確実に取れるとは思えません。ご不便をおかけいたしまして、まことに申し訳ございませんが、あと5分ほどでこの状況は終わります。それまでご辛抱を」
「5分たつと泉につくのか?」
希望の泉を開いたら、とにかく匍匐前進をしなくてはいけない状況を変えてやる、と思いながら俺はジーヴスに問いかける。
「いいえ、魔物道に出ます。マスターの体型とよく似た魔物の生息地ですから、おそらく視界は良好になるかと」
「へえ…なんていう魔物なわけ?」
「ファンタジー小説の中でも一、二を争う登場回数、ゴブリンでございますよ」
次回は、ゴブリン退治…とかいうなら勇者モノだが、あいにくこれは魔王モノ。
どうやらゴブリン生息地を慰安訪問に行かねばならないらしい。
次回、ゴブリンの村に行きます。が、ヒャッハーっていうようなゴブリンじゃないです。むしろ鬱気味ゴブさん。