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帰魂譚【終わりでよかったはずなのに】

作者: Wataru
掲載日:2026/02/05

終電後の駅のホームには、人の気配がなかった。


蛍光灯の白い光と、遠くで響く機械音だけが、静かに空間を満たしている。


制服の男は、ベンチに腰を下ろし、缶コーヒーを開けた。


その隣に、男が立っている。


線路側へ体を向けたまま、動かない。


普通の人間なら、こんな時間にこんな場所へ立ち続けてはいない。


そもそも――立っていられない。


「別に困る奴もいねぇし」


幽霊の男は、線路を見たまま言う。


「悲しむ奴もいねぇし」


肩をすくめる。


「終わりでよかったんだよ」


少し間。


「なのにさ」


苦笑する。


「ここから動けねぇんだよ」


制服の男は一口飲む。


「ダセぇな」


幽霊が睨む。


「は?」


「死んだのに」

「まだここにいるとか」


「未練タラタラじゃねぇか」


沈黙。


「ねぇよ」


幽霊が吐き捨てる。


「家族とも疎遠」

「友達もいねぇ」

「恋人もいねぇ」


「職場でも空気だったし」


笑う。


「消えても誰も困らねぇよ」


制服の男は言う。


「じゃあ聞くけどよ」


少し間を置く。


「なんで、終わらせたかった?」


幽霊は言葉に詰まる。


「……疲れたんだよ」


しばらく沈黙。


「誰かに」


小さく続ける。


「誰かに、大丈夫って言ってほしかっただけだよ」


夜風が吹く。


制服の男は、ベンチに腰を下ろしたまま言う。


「それ、死ぬ理由じゃねぇだろ」


幽霊が顔を上げる。


「……は?」


「楽になりたかっただけじゃねぇか」


少し間。


「終わりたかったんじゃねぇだろ」


沈黙。


幽霊の顔が歪む。


「……じゃあ、どうすりゃよかったんだよ」


制服の男は肩をすくめる。


「甘えてんじゃねー」


「でも」


少しだけ真面目な声になる。


「もう一回やりゃいいだろ」


夜の音が流れる。


「今度は、適当に生きろよ」


幽霊の体が、少しずつ薄くなる。


「……適当、か」


苦笑する。


「そんくらいで、いいのかもな」


声が消える。


ホームに残ったのは、夜風と遠くの線路の軋む音だけだった。


制服の男は、しばらくその場所を見ていた。


誰もいない線路。


誰も立っていない、同じ位置。


やがて、小さく息を吐く。


「次は、死ぬなよ」


もちろん、返事はない。


制服の男はポケットに手を突っ込み、そのまま階段へ向かう。


始発前の静かな駅に、足音だけが響く。


ホームには、もう何も残っていなかった。


ただ夜だけが、静かにそこにあった。

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