雪降る夜に、君の吐息だけが溶かした
冬の午後。窓の外は、灰色の空だった。
晴れてるはずなのに、部屋まで冷えて見える。
ガラスに息を吐く。白く広がって、すぐに消える。
指でなぞったら、ひやっとして、爪の先まで冷たさが走った。思わず肩がすくむ。
コートのポケットに両手を突っ込んだまま、駅前のロータリーを横切った。
足元のアスファルトは湿ってて、靴底がきゅっと鳴った。
雪は、まだ本降りじゃないけど、ときどき舞い落ちる小さな粒が頬に当たってちくっとする。
痛いってほどじゃないのに、なんか寂しい。冷たさだけ残って、そこだけしばらく消えなかった。
「綾」
後ろから声がした。
振り向く前に、もう分かっていた。
柔らかいのに、少し掠れていた。
冬の空気の中でも、余計に甘く響く声。
もしかしたら私だけそう感じるのかもしれないと思った。
リサだった。
紺のダッフルコートに、白いマフラーをぐるぐる巻きにした姿。
いつもより少し頬が赤くて、鼻の頭が冷たそうに赤くなっている。
目が合うと、彼女は小さく息を吐いて笑った。
「待たせちゃった?」
「ううん。まだ五分も経ってないよ」
嘘だった。
私はもう二十五分近く、ここで立ち尽くしていた。
でもリサの前では、こういう小さな嘘が自然に出てしまう。
待たされたくないとか、寒くて死にそうだったとか、そんな弱い言葉を全部隠したくなる。
「手、冷たいね」
リサが私の右手をそっと掴んだ。
ポケットから無理やり引っ張り出されて、彼女の両手で包まれる。
マフラーの端が私の指に触れて、ふわっとウールの匂いがした。
シャンプーの匂いと混ざって、頭の奥がふわふわになる。
「ほら、もっとぎゅってして」
彼女が私の手を自分のコートのポケットに押し込んだ。
そのまま、自分の手を重ねてくる。
狭いポケットの中で、四つの指が絡み合って、熱がじわじわ移動していく。
「あったかい……」
私が呟くと、リサはくすっと笑って、
「綾の方が熱いよ。今」と言った。
そう言われると自分でも顔が熱くなっていることに気づいた。
きっと耳まで真っ赤になっているんだろう。
雪がまた一粒、まつ毛に落ちて溶けた。視界が一瞬だけ滲む。
駅前のイルミネーションが点灯し始めた。
青と白と淡いピンクの光が、雪の粒に反射してきらきら揺れる。
まるで私たちの周りだけ、別の季節が訪れたみたいだった。
「ねえ、綾」
リサが少し声を落として、私の耳元に顔を寄せてきた。
「今日、うち来る?」
「……うん」
即答だった。
考える間もなかった。
リサの吐息が耳たぶに当たって、ぞくっと背筋が震える。
「じゃあ、コンビニ寄ってカイロ買おう」
彼女はそう言って、私の手を握ったまま歩き出した。
雪が少し強くなってきた。
肩に積もる白を、リサが指で払ってくれる。
その指が、私の頬に触れたとき。
「綾のここ、冷たい」
「……リサのせいだよ」
「え、なんで?」
「近くにいるから。心臓がうるさくて、熱が全部そっちに持ってかれちゃう」
リサが一瞬、目を丸くした。
それから、ふっと息を吐いて、笑った。
「ずるい。そういうこと言うの」
「ずるいのはどっちかなって、いつも思うけど」
私は彼女のマフラーの端を指で摘んで、軽く引っ張った。
「リサの方が、ずっとずるい」
雪が降りしきる中、私たちはゆっくり歩き続けた。
駅前の喧騒も、車のクラクションも、全部遠くに聞こえる。
ポケットの中で繋がった手だけが、この世界でいちばん確かなものだった。
まだ、始まったばかりだ
そう思った瞬間、リサが私の肩にそっと頭を預けてきた。
「ねえ、綾」
「ん?」
「大好きだよ」
「……私も」
声が震えた。
雪のせいか、リサのせいか、自分でも分からなかった。
ただ、この冬はきっと、忘れられないものになる。
そんな予感だけが、胸の奥で静かに、熱く、広がっていった。
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