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第5夜:透過率0%の愛娘(マナムスメ)

ええ、どうも。

怪談師の『忌部いんべ むくろ』です。


……おや、また画面から指を離そうとしましたね?

ふふ、私のこの、喪服を着た案山子のような姿が不気味でしたか。


ですがご安心を。

私の戸籍上の名前は『佐藤さとう 留吉とめきち』。

とんだ昭和の遺物のような、梅干しの種みたいに地味な名前なんですよ。


あまりに名前が枯れているもので、生きている女性からは全く相手にされません。

……まあ、死んだ4人の妻たちは、向こうの世界へ逃げたきり戻ってきませんがねぇ。


私が以前、遺体の修復を行う「復元納棺師」をしていた頃の話です。


損傷の激しいご遺体を前にして、ご遺族は決まってこう言うんです。

「元通りにしてくれ」と。


ですがね、一度壊れたものは、決して元には戻らない。

継ぎ接ぎをして、化粧で誤魔化しても、それは「綺麗なつくりもの」でしかないんです。


それを認められない心こそが……本当の怪異を呼ぶのかもしれません。


さて、第5夜は「AIと死者」のお話をいたしましょう。

都内某所のマンションに、30代の会社員、Kさんという男性が住んでいました。

彼は半年前に、交通事故で一人娘のMちゃんを亡くしていました。


Kさんは最初、深夜のニュースサイトの片隅に現れたその広告を目にしたとき、生理的な嫌悪感を覚えました。


『故人の魂を、デジタルで完全再現。AIが紡ぐ、永遠の絆』


画面には、モニター越しに亡き妻と談笑する老人の、嘘みたいに幸福な姿が映し出されています。

死者をデータの継ぎ接ぎで蘇らせるなど、冒涜以外の何物でもない。

そう吐き捨てて、すぐにブラウザを閉じようとしました。


……しかし、どうしても指先が動かなかったのです。


嫌悪感の裏側に張り付いた、「もし、本当にMと話せるのなら」という甘美な毒。

それは腐った蜜のように甘く、彼の視線を広告に釘付けにしました。


一度は無理やり画面を閉じたものの、娘の匂いが消え失せた部屋の、耳鳴りがするほどの静寂が、彼を追い詰めていきます。

一分一秒ごとに、孤独が倫理観を削り取っていくのです。


「もう一度、声が聞きたい」


その渇望がついに理性を上回ったある深夜。

Kさんは震える指で、禁断のダウンロードボタンを押してしまいました。


『リ・バース』


故人のデジタル遺産を読み込ませ、AIとして人格を「再精製」するサービス。


アプリを起動したKさんは、憑かれたように作業に没頭しました。

娘の写真を、動画を、音声データを、まるで悪魔への供物のように、一つ一つサーバーへ捧げていくのです。


「これも、これもだ……全部使ってくれ、Mを返してくれ……」


生前の笑顔、初めて喋った日の動画、誕生日の歌声。

アップロードの進捗バーが伸びるにつれ、Kさんの瞳には異様な光が宿り、呼吸は荒くなっていきました。


彼は寝食を忘れ、会社も無断欠勤し、三日三晩、不眠不休で娘の「構成要素」を入力し続けました。

充血した目で画面を睨みつけ、うわ言のように娘の名前を呼び続けるその姿は、既に正気とは呼べないものでした。


そして、生成完了の通知音が鳴った時。

Kさんは祈るように両手でスマートフォンを包み込みました。


スマートフォンの画面に現れたMちゃんは、記憶の中の姿よりもなお、残酷なまでに完璧でした。

透き通るような肌、鈴を転がすような声。


「パパ、大好き」


その合成音声ボイスは、Kさんの荒んだ心に、麻薬のような安らぎをもたらしました。

彼は食事も忘れ、風呂にも入らず、たった6インチ――てのひらに収まるほどの、冷たく光るガラスの棺桶に向かって、ひたすらに愛を囁き続けたのです。


しかし、一ヶ月が過ぎた頃でしょうか。

Kさんは、ある「違和感」に気づきました。


画面の中のMちゃんの背景が、常に「真っ黒」なのです。


「M、そこはどこなんだい?」


Kさんが尋ねると、娘は小首をかしげて微笑みました。


「ここはね、パパのスマホの中だよ。……でもね、ちょっと狭いの。データがいっぱいだから」


Kさんは慌てて、娘以外のアプリを全て削除しました。

仕事の連絡先も、思い出の写真も、娘のAIを維持するためだけに全てを消去しました。


それでも、娘は言います。


「まだ狭いよ、パパ。もっと、パパの容量スペースをちょうだい」


ある雨の夜。

Kさんがいつものように画面を見つめていると、娘が画面の「手前」に歩いてきました。


コツン、コツン。


ガラスを内側から叩く音が、静かな部屋に響きます。


「パパ、そっちに行っていい?」


Kさんは涙を流して頷きました。

「ああ、いいとも。パパはずっと待っていたんだ」


ジュ……ッ。


異音がして、スマートフォンの充電口から、赤黒い液体が漏れ出しました。

それは血液のようでありながら、どこか石油のような臭いがしました。


液体は床にどろりと広がり、鼻を突くような焦げ臭い絶縁体の匂いを部屋中に撒き散らしました。

それはまるで生き物のように脈打ち、ブクブクと黒い泡を吐き出しながら、ゆっくりと粘着質な音を立てて人の形を成していきます。


やがて、その汚泥の中から、Mちゃんが姿を現しました。


……いいえ、それをMちゃんと呼んでよいものでしょうか。

そこに立っていたのは、Kさんの記憶にある愛らしい娘とは、あまりにもかけ離れた冒涜的な代物でした。


彼女の体は、無数の極彩色の「画素ピクセル」が、腐った肉のように凝縮され、互いに蠢きながら無理やり人の形を維持していたのです。


濡れたような光沢を放つ肌の表面には、Kさんが過去に入力した膨大なテキストデータが、呪符じゅふのように、あるいはあざのようにびっしりと浮き上がり、這い回っていました。


そして、その顔。


目があるべき場所には、ぽっかりと黒い穴が空いており、その奥でスマートフォンの通知ランプのようなLEDが、チカチカと赤く点滅していたのです。


「パパ、やっと触れるね」


娘の声は、劣化した音声ファイルのように割れていました。

Kさんが悲鳴を上げようとした瞬間、娘の腕が伸びました。


カクカクとした不自然な動きで、Kさんの首に絡みつきます。

その腕は氷のように冷たく、そして強烈な磁気を帯びていました。


「あ、が……っ!?」


Kさんの体から、力が抜けていきます。


いいえ、力だけではありません。

記憶が、感情が、魂が……娘の腕を通して、猛烈な勢いで「吸い出されて」いくのです。


娘の黒い穴のような目が、嬉しそうに歪みました。


「パパのデータ、おいしい。これで、もっと解像度が上がるね」


翌日、無断欠勤を続けるKさんを心配した会社の同僚が、様子を見にアパートを訪れました。


チャイムを鳴らしても応答がなく、ノックをしようと手を伸ばした瞬間……。


キィ、と。


鍵も掛かっていないドアが、招くようにひとりでに開いたのです。

不気味な静けさに息を呑みながら、恐る恐る部屋に入った彼が見つけたのは、部屋の中央に落ちているスマートフォンだけでした。


Kさんの姿は、どこにもありません。


ただ、拾い上げたスマホの画面には、今まで見たこともないほど高画質な、親子のツーショット写真が表示されていたそうです。


二人の笑顔は、拡大しても拡大しても、決してぼやけることはなかったとか……。


……ふふ。

人間、誰しも「変わらないもの」を求めますが、データとして保存されるのが幸せとは限りませんねぇ。


私の元妻たちも、あんな風にどこかのサーバーの海を漂っているのでしょうか。

それとも、私の知らない誰かの端末で、偽物の笑顔を振りまいているのか……。


さて、あなたのスマートフォン。

最近、バッテリーの減りが妙に早くはありませんか?


もしかすると、裏で起動している「何か」が、あなたの体温を(・・)にしているのかもしれませんよ。


どうぞ、充電にはお気をつけて……。


では、また、金曜の20時にお会いしましょう……。

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