第4夜:電源のない自販機
ええ、どうも。怪談師の『忌部 骸』です。
……おや、また少し身構えられましたか?
ふふ、大丈夫ですよ。
私の芸名があまりに禍々しいからといって、私自身まで呪われているわけではありません。
これでも本名は『佐藤 留吉』。
どうです?
まるで昭和の時代、ステテコ姿で縁台将棋を指していそうな、気の抜けた名前でしょう?
昔の知人なんかは私のことを「留さん」なんて気安く呼んだものですが……不思議と、そう呼んでくれた友人たちは皆、早死にしてしまいましてねぇ。
まあ、私が特殊清掃の現場で、彼らの「その後」を片付ける羽目になったのは、皮肉な巡り合わせというやつでしょうか。
さて。第4夜ですね。
今宵は「自動販売機」にまつわるお話をひとつ……。
日本の治安の良さの象徴とも言われますが、深夜の住宅街、あの白い光に蛾のように引き寄せられた経験、あなたにもあるでしょう?
これは、都内某所のIT企業に勤める、仮にTさんとお呼びしましょうか。彼から聞いたお話です。
連日の残業で終電こそ逃しませんでしたが、最寄駅に着いたのは午前一時を回った頃。
Tさんの住むアパートは、駅から歩けばたっぷり二十分、いや三十分はかかる距離にありました。
普段なら迷わずタクシーを拾うところですが、深夜割増のメーターが上がるのを眺めるのも癪に障る。
「まあ、いい運動だ」
そう自分に言い聞かせ、彼は重い足を引きずって歩いて帰ることにしたのです。
しかし、疲労というのは判断を誤らせる。
Tさんは少しでも距離を縮めようと、普段は避けている路地裏へと足を踏み入れてしまいました。
そこは古くから「出る」と噂され、地元の人間なら夜には決して近寄らない、街灯もまばらな狭い道だったのですが……魔が差した、としか言いようがありませんねぇ。
暗く、静まり返った道。
そこで彼は、不意に強烈な光を目にしました。
一台の自動販売機です。
真っ白に発光するディスプレイ。
喉が張り付くように渇いていたTさんは、吸い寄せられるようにその前に立ちました。
ラインナップは見たこともないメーカーの飲み物ばかり。
毒々しい色の炭酸飲料や、ラベルの剥がれたお茶。
水で喉を潤したかったのですが、あいにくとミネラルウォーターやお茶は全て『売切』のランプが点灯しています。
彼は仕方なく、消去法で一番まともそうな「微糖コーヒー」に狙いを定めました。
チャリン、と百円玉を入れる。
……反応がない。
もう一枚、十円玉を入れる。
……やはり、音がしない。
(故障か?)
そう思って、返却レバーをガチャガチャと動かした時です。
──ガコン。
重たい音と共に、取り出し口に缶が落ちてきました。
ボタンも押していないのに、です。
Tさんは首をかしげながらも、取り出し口に手を突っ込みました。
指先に触れたのは、缶の金属的な冷たさではありません。
生暖かかったんです。
まるで、高熱を出した病人の額のような、じっとりとした温度。
Tさんは思わず「ひっ」と声を漏らし、一度は手を引っ込めました。
当然でしょう。冷たい缶が出てくるはずの取り出し口から、熱を帯びた何かが転がり出てきたのですから。
しかし、喉の渇きが理性を上回ったのか、それとも魔が差したのか。
彼は数十秒ほど暗闇で躊躇した後、恐る恐る、再びその暗がりへと手を伸ばしました。
指先が震えるのを抑えながら、鷲掴みにするのではなく、汚いものを摘むようにして引きずり出したのです。
取り出したのは、錆びついた無地の赤い缶。
そして何より奇妙だったのは、その「重さ」でした。
液体がチャプチャプと揺れる音ではなく、何かこう……ドロリとした固形物が詰まっているような、鈍い振動が手に伝わってくる。
その時、ふと足元に違和感を覚えて視線を落としたTさんは、見てしまったんですよ。
自販機の裏側から伸びているはずの、黒い電源コード。
その先が、ぷっつりと断線しており、コンセントに繋がっていないことを。
じゃあ、この眩しい光はどこから?
この缶を温めていた熱源は、一体何なのか?
背筋が凍りついた彼は、缶をその場に放り投げ、逃げ出そうとしました。
しかし、足が動かない。
いつの間にか、釣り銭口から伸びた「何か」が、彼のコートの裾を掴んでいたそうです。
それは、子供の指のような、白くて細い……。
「……あ、りが、とぉ」
機械音声ではない、掠れた人の声が、箱の中から聞こえたといいます。
Tさんがどうやって逃げ帰ったのか、記憶は曖昧だそうですが、
翌朝、彼のコートの裾には、べっとりと黒い油のような手形が残っていたとか。
いえ、油ならよかったんでしょうけどねぇ。
クリーニングに出しても、その「シミ」は結局、落ちなかったそうですよ。
……ふふ。
さて、あなたがいつも使っている自販機。
商品を取り出すとき、指先が何かに触れませんか?
あるいは、あなたが小銭を入れるその「投入口」。
それは本当に、お金を入れるための穴なのでしょうか。
もしかすると、誰かの「口」に、餌を与えているだけなのかもしれませんよ……。
それでは、良い夢を。
では、また金曜日の20時にお会いしましょう....。




