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現代怪談:通知

ええ、どうも。初めまして。

怪談師の『忌部インベ ムクロ』と申します。


……おや、そんなに身構えないでください。この名前、そしてこの黒ずくめのナリ。いかにも怪しげでしょう? ですが、ご安心ください。これでも戸籍上の名前は『佐藤サトウ 留吉トメキチ』なんていう、とんだ昭和の隠居老人のような、無害極まりない名前なんですよ。


私は以前、特殊清掃員として、あるいは復元納棺師として、多くの「死」と、その背後に渦巻く「執着」を見て参りました。ここは物語を愛する方々が集う場所だと聞きましてね。ならば、私が拾い集めてきた、少しばかり副作用の強い「現代の闇」を、ここに処方しておこうかと思った次第です。


救いもハッピーエンドもございませんが、今夜、あなたの枕元が少しだけ冷えるような、そんなお話を一つ……。

ええ、改めまして。 怪談師の『忌部インベ ムクロ』です。


……なんと申しましょうか、初めてのお話にもってこいの、胃の腑が冷たくなるような、現代怪談を一つ。

みなさん、スマートフォンはお持ちですよね?


最近は便利になったもので、外出先からでも自宅の様子が見られる「スマート家電」なんてものが普及しています。

ペットの見守りカメラだとか、来訪者をスマホに通知してくれるインターホンだとか。

これは、そんな便利な機能に翻弄された、ある男の話です。


彼は、都内の少し古い、けれどリノベーションされた綺麗なアパートに住んでいました。


ガジェット好きの彼は、自分で最新の「スマートドアベル」を取り付けたんです。

誰かが玄関の前に立つと、センサーが感知してスマホに通知が来る。さらに、その映像がクラウドに保存されるという優れものです。


最初は面白がって使っていたんですが、ある時期から、妙なことが起き始めました。

仕事中、スマホが震えるんです。


『玄関前で動作を検知しました』

通知を開くと、画面には、誰もいないアパートの廊下が映っているだけ。

風でゴミでも舞ったのかな、誤作動かな。最初はそう思っていました。

けれど、それが毎日続くんです。決まって、夕暮れ時。午後五時四十五分。


『動作を検知しました』

確認しても、誰もいない。

ただ、薄暗くなりかけた廊下が映っているだけ。気味が悪いけれど、害はない。

彼は通知をオフにしようかとも考えましたが、防犯の意味もあるのでそのままにしていました。


ある日、彼は朝からどうも調子が悪かったんですが、無理をして出社しました。

でも、昼過ぎになって急に悪寒が走りましてね。

熱を測ったら結構な高熱で、結局早退することになったんです。

ふらつく足で帰宅し、ベッドに倒れ込んだのが午後三時頃。

薬を飲んで、泥のように眠りにつきました。


ふと、目が覚めたんです。

部屋は真っ暗。汗びっしょりで、喉がカラカラに渇いていました。


まだ頭がズキズキするな……と思いながら、彼は時間を確かめようと、枕元のスマホを手に取りました。画面を点灯させると、午後七時二十三分。

暗闇の中でバックライトが目に刺さります。


時刻を確認して画面下に目をやると、そこに表示されていたのは、いつもの通知でした。


『午後五時四十五分 動作を検知しました』

十秒間の動画が添付されているので、いつもの癖で再生してみると、夕暮れの廊下。

やはり、誰もいない。……いえ、この日は、違いました。


画面の端、カメラの死角になるような壁際から、ぬっと「何か」が出てきたんです。

それは、なんと彼自身でした。スーツを着て、鞄を持った彼が、うつむき加減で玄関の前に立っています。


「え?」

彼は混乱しました。五時四十五分?

その時間は、自分はもう部屋の中で寝ていたはずだ。お....れ?おれなの?!


画面の中の「彼」は、ゆっくりと顔を上げました。その顔は、間違いなく自分です。ですが、表情が……なんて言うんでしょう、抜け落ちているんです。怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもない。ただの「無」です。

そして、画面の中の「彼」は、鞄から鍵を取り出しました。鍵穴に鍵を差し込み、回します。


ガチャリ。


ドアが開く音が、スマホのスピーカーから聞こえました。

そして、「彼」は、ゆっくりと部屋の中へと入って行き、静かにドアを閉めたんです。そこで映像は終わりました。


彼は、ベッドの上で凍りつきました。熱が一気に引いていきます。

五時四十五分に、自分が帰ってきた?

いや、自分は三時に帰宅して、鍵を閉めて、チェーンもかけて寝ていたんだ。

じゃあ……映像の「彼」はどこへ行ったというのか……。

入ってきたのか。この部屋に。


彼は恐る恐る、寝室のドアを見ました。その向こうは短い廊下、そして玄関です。玄関のドアには、チェーンがかかっているはずだ。

彼は勇気を振り絞ってベッドから降り、そっと寝室のドアを開け、玄関を見ました。

チェーンは、外れていました。鍵も、開いていました。


そして、玄関のたたきに視線を落とした瞬間、彼は息を呑みました。

そこには、自分の革靴が置いてある。……いえ、一足だけじゃないんです。

二足、綺麗に並べて揃えてある。


デザインが同じだけじゃない。

つま先の小さな擦り傷も、甲に入った深い履き皺も、踵のすり減り方まで。まるでコピー機を通したかのように、全く同じ状態の革靴が、二足並んでいたんです。


その時、背後で気配がしました。

今まで自分が寝ていた、ベッドの方から。いや、もっと正確に言うなら、クローゼットの中から。


カサッ……。

衣擦れの音が聞こえたんです。狭いクローゼットの中で、誰かが身じろぎをしたような音が。


彼は気づいてしまった。五時四十五分に入ってきた「彼」は、出て行っていない。

ずっと、この部屋の中にいた。自分が眠っている間、ずっと。そして今も、すぐ後ろのクローゼットの中で、息を潜めて彼を見ている。


……彼はそのまま裸足で外へ飛び出し、今は実家に戻っているそうです。

アパートは解約しましたが、荷物はまだ取りに行けていないとか。

不思議なことですが、彼が飛び出した後のスマートドアベルの記録には、何も映っていなかったそうです。


彼が飛び出していく姿すらも、ね。


あの映像は何だったのか。五時四十五分に来る「通知」は、予知だったのか、それとも過去の残像か。あるいは……別の場所からの「帰宅」を知らせるものだったのか。

ただ、彼が一つだけ言っていたことがあります。


「あの映像の自分、鍵を開ける前に、一度だけカメラを見たんです。そして、ニタリと笑って、こう口を動かしたように見えた」と。


『交代だね』

……と。


さて、あなたのスマホ。

見知らぬ通知は来ていませんか?

もし来ていても、再生しない方がいいかもしれませんよ。


「見てしまう」ことで、確定してしまうこともありますから……。

いかがでしたか?


「交代だね」。

実に合理的な言葉だと思いませんか?

もし私が彼だったなら、今の『忌部 骸』としての重たい役目を、クローゼットの中に潜んでいる「もう一人の留吉」にそっくり預けて、そのままどこか遠くへ逃げ出してしまいたいものです。……ふふ。


さて、これを読み終えたあなたのスマートフォン。

見知らぬ通知は来ていませんか?

もし来ていても、再生しない方がいいかもしれませんよ。

「見てしまう」ことで、その運命が確定してしまうこともありますから……。


それから。……おや。

あなたの背後のクローゼット、先ほどから一センチだけ、隙間が開いていませんか?

気にすることはありません。向こう側の「あなた」が、少しだけこちらを伺っているだけですから。


それでは、また次の金曜夜22時にお会いしましょう。

忌部 骸でした。

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