第8章:海を渡るハンバーガー
フランチャイズ網の再構築が一段落し、国内の経営が安定してきた頃、一人の異国風の男が「バーガーパレス」本店を訪ねてきた。
日に焼けた肌に、精悍な顔つき。豪華だが、異国情緒あふれる服装。彼は、ヴィクトールと名乗った。
「エリザベート女王にお会いしたい。私は、海の向こうの国、海洋国家アクアリアから来た商人でして」
応接室に通されたヴィクトールは、開口一番、驚くべきことを言った。
「あなたのハンバーガーを、我が国アクアリアでも売らせてはいただけませんか?」
彼は最近、仕事でこの国を訪れ、初めてハンバーガーを食べたのだという。その革新的な美味しさと、手軽に食べられるというビジネスモデルに衝撃を受け、すぐさま私に会いに来たのだ。
「我が国は、漁業が盛んでしてね。港で働く漁師たちは、いつも忙しく動き回っている。彼らにとって、あなたのハンバーガーはまさに理想の食事になるはずです!」
ヴィクトールの目は、商売人特有の鋭い輝きに満ちていた。初の海外進出。それは、私にとって非常に魅力的な提案だった。
「面白い話だわ。でも、アクアリアのことは何も知らないし……」
「でしたら、まずは私が作ったサンプル店舗で、試験的に販売してみるのはいかがでしょう? 利益は折半。それで手応えを感じたら、本格的な契約を結ぶ。これなら、あなたにリスクはありません」
彼の用意周到な提案に、私は感心した。レオンやデミトリと相談した結果、この話を受けてみることに決まった。
数週間後、私はヴィクトールと共に、船でアクアリアへと渡った。港町は活気に満ち、潮の香りと陽気な人々が溢れていた。ヴィクトールが用意してくれた店は、港の目の前という絶好のロケーション。
私たちは早速、この国の食材を使ってハンバーガーを調理し、試食会を開いた。しかし、人々の反応は、予想とは全く違うものだった。
「肉? 陸の獣の肉か……。俺たちは魚しか食わねえんだ」
「なんだか脂っこいな。毎日食うもんじゃねえ」
そうなのだ。海洋国家であるアクアリアの人々は、魚を主食とし、肉を食べる文化がほとんどなかった。食文化の壁。それは、私が想像していた以上に高く、厚かった。
「どうしましょう、レオン……。これでは、全く売れないわ」
すっかり落ち込んでしまう私に、付き添いで来ていたデミトリが呆れたように言った。
「何を落ち込んでいる。君は料理人だろう。郷に入っては郷に従え、という言葉も知らんのか」
「え?」
「ここにいる人々が、肉を食べないのなら、魚を食べさせてやればいいだけの話だろうが」
その一言が、私の頭をガツンと殴った。そうだ、どうしてそれに気づかなかったのだろう。ハンバーガーは、パンに何かを挟んだ料理の総称。挟むものは、何もパティだけとは限らない。
「デミトリさん、ありがとう! やってみるわ!」
私はすぐに市場へ向かい、アクアリアで最もポピュラーだという白身魚を大量に仕入れた。それを三枚におろし、骨を丁寧に取り除く。魚の身に、特製のハーブとスパイスで下味をつけ、小麦粉と卵、そして細かく砕いたパン粉をまぶして、カリッと黄金色に揚げた。
自家製のタルタルソースも開発した。刻んだピクルスと玉ねぎをマヨネーズベースのソースに混ぜ込み、爽やかな酸味を加える。
そして、完成したのが「フィッシュバーガー」だった。
揚げたての白身魚のフライをパンズに挟み、たっぷりのタルタルソースとチーズを乗せる。
「ヴィクトールさん、これを試食会に出してください!」
再び開かれた試食会。人々は最初、「またあの肉のやつか」と警戒していたが、魚を使っていると知ると、恐る恐る手を伸ばし始めた。
そして、一口食べた瞬間、彼らの顔がパッと輝いた。
「う、うめえええ! なんだこりゃ!」
「外はサクサクで、中はフワフワだ! この酸っぱいソースが、魚の味を最高に引き立ててる!」
フィッシュバーガーは、肉食文化のないアクアリアの人々に、熱狂的に受け入れられた。噂はあっという間に広まり、私たちの店には連日、港で働く男たちが押し寄せるようになった。
「やったわ……!」
ヴィクトールと、そしてレオンと、固い握手を交わす。デミトリは「当然の結果だ」とそっぽを向いていたが、その口元は満足げに綻んでいた。
この経験は、私に新たな視点を与えてくれた。フランチャイズとは、本店のやり方をただコピーするだけではない。その土地の文化や人々の好みに合わせ、柔軟に変化していく「ローカライゼーション」こそが、成功の鍵なのだと。
こうして、海を渡ったハンバーガーは、新たな姿に形を変え、異国の地にも幸せの輪を広げていくのだった。




