番外編2:レオンの悩み
レオン・ハーウッドは、執務室で積み上げられた書類の山と格闘していた。営業部長として、彼の仕事は多岐にわたる。しかし、彼の頭を悩ませているのは、複雑な契約書や売上報告書ではなかった。
(……どうすれば、エリザベートとの距離を、あと一歩縮められるだろうか)
それが、彼の最大の悩みだった。
ビジネスパートナーとしては、最高の関係を築けている自信がある。しかし、一人の男としては、全く進展がない。彼女は、自分を「頼れる相棒」としか見ていないのではないか。そう思うと、胸が苦しくなった。
きっかけは、些細なことだった。
「レオン、ありがとう! あなたがいてくれて、本当に助かるわ!」
新店舗のトラブルを無事に解決した夜、エリザベートが満面の笑みでそう言って、彼の腕を軽く叩いた。その瞬間、彼の心臓は大きく跳ね上がった。彼女の笑顔は、どんな報酬よりも彼の心を揺さぶった。
その日から、彼はエリザベートを強く意識するようになった。
しかし、どうアプローチすればいいのか、全く分からない。美食騎士団で剣の腕を磨き、戦術を練ることには長けていたが、恋愛の駆け引きなど、経験したこともなかった。
(花でも贈るか? いや、ビジネスパートナーから突然花を贈られても、困惑させるだけだろう)
(食事に誘う? ……毎日一緒にハンバーガーを食べているじゃないか)
考えれば考えるほど、泥沼にはまっていく。
ある日、彼は思い切って、意外な人物に相談してみることにした。
「……デミトリ。少し、相談があるんだが」
厨房で野菜を切っていたデミトリは、訝しげな顔でレオンを見た。
「俺にか? 珍しいな」
レオンは、意を決して、自分の悩みを打ち明けた。エリザベートへの恋心と、どうすればいいか分からないという苦悩を。
話を聞き終えたデミトリは、包丁を置くと、深々とため息をついた。
「……貴様、朴念仁にもほどがあるな」
「なっ!?」
「いいか、よく聞け。女というものは、言葉や贈り物だけで動くわけじゃない。行動で、態度で示すんだ」
「行動……?」
「そうだ。彼女が困っている時に、誰よりも早く駆けつける。彼女が疲れている時に、そっと温かい飲み物を差し出す。彼女が成し遂げたことを、心から褒め称える。そういう、日々の積み重ねが、彼女の心を動かすんだ。特別なことなど、何一ついらん」
デミトリの言葉は、レオンにとってまさに目から鱗だった。
「それに……」と、デミトリは付け加えた。「エリザベートは、貴様が思っているほど、鈍感じゃないぞ。彼女はとっくに、貴様の気持ちに気づいている。その上で、今の関係を続けているんだ。つまり、どういうことか……少しは頭を働かせろ、元・騎士団長殿」
そう言って、デミトリは再び野菜切りに戻った。
レオンは、しばらくその場で呆然としていたが、やがて、デミトリの言葉の意味を理解し、顔がカッと熱くなった。
(エリザベートは、気づいて……? それで、今の関係を……?)
つまり、彼女も……?
その日から、レオンの行動は変わった。彼は、特別なことをするのではなく、ただ、これまで以上にエリザベートを支え、気遣うようになった。そして、彼女が時折見せる、自分への優しい眼差しに、確かな手応えを感じるようになっていった。
プロポーズをするのは、まだ先の話。しかし、彼の悩みは、もう悩みではなく、甘い期待へと変わっていた。




