番外編1:デミトリの転身
デミトリ・アスターは、バーガーパレスのキッチンで、山のように積まれたレタスを千切っていた。かつて王都一のシェフと謳われたその繊細な指先が、今や単純作業に黙々と従事している。
「フン、まだ慣れんな……」
最初は屈辱でしかなかった。しかし、エリザベートの下で働くうちに、彼の心境には大きな変化が生まれていた。客の「美味しい!」という直接的な声。子供たちの屈託のない笑顔。高級レストラン「銀の皿」では決して味わえなかった、温かく、活気に満ちた空気が、彼の凝り固まったプライドを少しずつ溶かしていったのだ。
彼は、エリザベートの「全ての食材に敬意を払う」という姿勢に、深く感銘を受けていた。たとえそれが、一片のレタスであっても、最高の状態で客に提供するために、彼女は決して妥協しない。
「料理の原点は、ここにあったのかもしれんな……」
ある日、デミトリは賄い作りの当番になった。彼は、腕によりをかけてスタッフたちのための料理を作ることにした。しかし、何を作ればいいか、少し悩んだ。彼の得意なフランス料理は、若いスタッフたちの口に合うだろうか。
その時、ふと、キッチンの隅に余っていた大量の野菜が目に入った。トマト、キュウリ、アボカド……。そして、新しく開発された、少し酸味のあるヨーグルトソース。
閃きが、雷のように彼を貫いた。
「……これだ」
デミトリは、肉のパティの代わりに、たっぷりの新鮮な野菜と、特製のヨーグルトソースを使った、全く新しいハンバーガーを試作してみることにした。
「肉を使わないハンバーガーなど、邪道だと思われるか……? いや、エリザベートなら、この挑戦を笑いはしないはずだ」
彼は、長年の経験で培った技術を全て注ぎ込んだ。野菜の切り方一つ、ソースの配合一つにも、完璧を期す。完成した「サラダバーガー」は、彩りも鮮やかで、食欲をそそる爽やかな香りを放っていた。
賄いの時間、スタッフたちはその見慣れないハンバーガーに興味津々だった。
「デミトリさん、これ何ですか?」
「黙って食え」
ぶっきらぼうに答えるデミトリ。スタッフたちが一口食べると、その顔が驚きに変わった。
「美味しい!」「さっぱりしてて、いくらでも食べられる!」「このヨーグルトソースが絶妙!」
絶賛の嵐に、デミトリは気恥ずかしさを隠すように、そっぽを向いた。
その様子を、エリザベートとレオンが見ていた。
「デミトリさん、素晴らしいわ! これ、新メニューにしましょう!」
エリザベートの提案に、デミトリは目を見開いた。
「本気か? 肉を使っていないんだぞ?」
「ええ! 美味しいものに、ルールなんてない。それが、バーガーパレスの信条でしょう?」
後日、「元・天才シェフ デミトリ考案! 究極のサラダバーガー」として売り出されたそのメニューは、健康志向の女性客を中心に、爆発的なヒット商品となった。
デミトリは、自分のやり方で、再び人々に「美味しい」を届ける喜びを見出した。彼の料理人としての第二の人生は、ハンバーガーという意外な舞台で、華やかに再スタートを切ったのだった。




