第1章:瓦礫の中の記憶
【登場人物紹介】
◆エリザベート・クロフォード
本作の主人公。クロフォード伯爵家の一人娘だったが、父の事業失敗による莫大な借金で貴族の地位を剥奪され、スラム暮らしに。プライドは高いが根は真面目で努力家。絶望のどん底で、前世が飲食チェーン店の経営者だった記憶を思い出し、ハンバーガーで再起を図る。「ハンバーガー女王」への道を駆け上がる。
◆レオン・ハーウッド
王国の治安維持と美食の探求を任務とする「美食騎士団」の若き団長。真面目で堅物だが、食への情熱は誰よりも熱い。エリザベートの作るハンバーガーの最初の理解者となり、やがて公私にわたる最大のパートナーとなる。
◆デミトリ・アスター
王都一の高級レストラン「銀の皿」のオーナーシェフ。伝統と格式を重んじ、庶民的なハンバーガーを「下品」と見下す。エリザベートの前に立ちはだかる最初の大きな壁。敗北後、改心し意外な形で彼女の力となる。
◆ヴィクトール
豊かな海産物で知られる海洋国家からやってきた商人。好奇心旺盛で商才に長けており、エリザベートのハンバーガーにいち早く目をつけ、海外展開を持ちかける。
◆国王陛下
食を愛する陽気な国王。身分や格式にとらわれず、美味しいものを素直に評価する度量の持ち主。エリザベートの才能を見抜き、彼女の大きな後ろ盾となる。
「ここが、今日からお前の家だ」
無慈悲に指さされた先は、酸っぱい匂いと埃が渦巻く、今にも崩れそうなスラムのあばら家だった。私、エリザベート・クロフォードは、昨日まで伯爵令嬢として、薔薇の香りに包まれて暮らしていたというのに。
父の事業が失敗し、莫大な借金を抱えたクロフォード家は、一夜にして全てを失った。爵位も、屋敷も、ドレスも。そして、私を「婚約者」と呼んでいた王子殿下の寵愛も、まるで蜃気楼のように消え去った。
「悪役令嬢の末路としては、お似合いではないか」
最後に王子殿下が吐き捨てた言葉が、耳の奥でこびりついて離れない。たしかに私は、王子殿下に付きまとう平民の娘に、少しばかり意地悪をした。けれど、それだけだったのに。
スラムでの生活は地獄そのものだった。硬いパンと薄いスープ。それすら、働かなければ手に入らない。令嬢としてのプライドが、泥仕事や安酒場の給仕をすることを許さなかった。
「何か、私にもできる仕事は……」
そう思って仕事を探しても、ろくに読み書きもできず、力仕事の経験もない元・貴族の娘を雇ってくれる場所など、どこにもなかった。数日で所持金は底をつき、空腹が思考を鈍らせる。雨漏りする天井を見上げながら、私はただ静かに終わりを待っていた。
「ああ、お腹がすいた……」
飢えが限界に達したその時、私の頭に、雷が落ちたような衝撃が走った。
――違う。私は、こんなところで終わる人間じゃない!
突然、脳内に溢れ出したのは、見たこともない風景。ガラス張りの高層ビル、鉄の箱が高速で走る道路、そして、雑多な人いきれに満ちた賑やかな店。
『いらっしゃいませー! スマイルセットおひとつですね!』
明るい制服を着た「私」が、テキパキと客をさばいている。客の手には、丸いパンにこんがり焼かれた肉が挟まった、奇妙で、しかし猛烈に食欲をそそる食べ物が。
そうだ、思い出した。私はエリザベート・クロフォードであると同時に、違う世界の、違う時代の人間だった。日本では「店長」と呼ばれ、ハンバーガーという食べ物を売る飲食チェーン店を切り盛りしていたのだ。
「ハンバーガー……」
口の中でその名前を呟いた瞬間、唾液がじゅわっと湧き出る。香ばしいパン、肉汁溢れるパティ、シャキシャキの野菜、そして甘酸っぱいソースの味。全ての記憶が、鮮明に蘇る。
貴族としての知識は何の役にも立たなかった。でも、飲食店経営者としての知識と経験は?
この世界には、ジャガイモも、小麦も、牛も豚もある。トマトもレタスもある。調味料だって、基本的なものは揃っている。
作れる。あの、人を笑顔にする魔法の食べ物を。
私は、瓦礫の中からゆっくりと立ち上がった。埃まみれのドレスの裾を破り捨て、ぐっと拳を握りしめる。目に宿るのは、もはや絶望の色ではなかった。
「見てなさい……。私はハンバーガーで、この世界を制してやるわ!」
没落令嬢エリザベートの、前代未聞の逆転劇が、今、幕を開けたのだ。




