第7話 大人になって分かったこと
次に彼女から連絡が来たのは、それから三日後だった。
【今週の土曜、時間ある?】
短い一文。
それだけで、心臓の奥がきゅっと縮む。
予定は、なかった。
正確に言えば、入れようと思えばいくらでも入れられた。
でも、何も入れていなかった。
【午後なら】
自分でも驚くくらい、返信は早かった。
【よかった】
【再開発の件で、ちょっと聞きたいことがあって】
理由がある。
それは、安全な理由だ。
友達として。
用事があって。
仕事に関係する話。
そうやって条件を重ねていけば、会うこと自体は正当化できる。
大人になって身につけた、ずるい理屈だ。
土曜の午後、待ち合わせは駅前のカフェだった。
学生の頃なら選ばなかったような、落ち着いた店。
先に着いて、コーヒーを頼む。
窓際の席に座って、外を眺めていると、彼女が現れた。
「待たせた?」
「いや、今来たところ」
このやり取りも、どこか懐かしい。
向かい合って座ると、自然と会話が始まった。
再開発の説明。
書類の話。
今後のスケジュール。
ちゃんと、用事は用事として終わった。
なのに、彼女はカップを置いてから、少しだけ表情を緩めた。
「ねえ、こうして話してるとさ」
「うん?」
「中学の頃より、楽かも」
思わず、笑ってしまった。
「それ、どういう意味?」
「変に気を遣わなくていいっていうか……」
「あの頃は、なんか緊張してた」
それは、俺のせいだ。
勝手に特別視して、勝手に距離を測っていた。
「今は、大人だからな」
「うん。大人になった」
彼女はそう言いながら、少しだけ寂しそうに笑った。
大人になると、分かることが増える。
同時に、分からなくなることも増える。
例えば――。
「結婚って、決めるの大変?」
聞いてしまってから、しまったと思った。
でも、もう遅い。
彼女は驚いたように目を瞬かせてから、少し考える素振りを見せた。
「……簡単じゃないね」
「好きだから、だけじゃ決められない」
その答えは、重かった。
「条件とか、タイミングとか」
「家族のこととか……」
現実的な言葉。
それが、今の彼女の立っている場所だ。
俺は、ただ頷いた。
「昔はさ」
「好きなら一緒にいればいいって、思ってた」
「俺も」
「でも今は……」
「好きだからこそ、選ばないってこともあるんだなって」
その言葉は、まるで自分に向けているみたいだった。
俺は、少し間を置いてから言った。
「それ、ちゃんと大人の考えだと思う」
嘘じゃなかった。
少なくとも、俺にはできなかった選択だ。
彼女は安心したように息を吐いて、微笑んだ。
「ありがとう」
「蓮見くんにそう言われると、なんか救われる」
まただ。
救われる、という言葉。
俺は、彼女を救える立場じゃない。
それでも、彼女の中で俺がそういう存在になっていることが、少し怖かった。
カフェを出て、駅前を並んで歩く。
「今日は、ありがとう」
「話せてよかった」
「俺も」
本音だった。
別れ際、彼女は一瞬だけ立ち止まった。
「……ねえ」
「なに?」
「私たちさ」
「ちゃんと、大人になれたのかな」
答えは、出なかった。
でも、黙ったままじゃいられなかった。
「なろうとしてる、とは思う」
彼女は小さく笑って、頷いた。
「そっか」
手を振って、背中を向ける。
その後ろ姿を見送りながら、俺は思った。
大人になって分かったことがある。
好きという気持ちは、
若い頃よりもずっと複雑で、
ずっと、残酷だということだ。
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