第6話 中学時代の、勘違い
翌朝、少しだけ寝不足のまま出勤した。
役所の自動ドアをくぐると、いつもと同じ蛍光灯の光と、事務的な空気が迎えてくれる。
昨日までと何も変わらないはずなのに、足取りだけが微妙に重い。
期待しない。
友達として。
頭の中で何度も繰り返す。
それは自制の言葉であり、戒めだった。
午前中の業務をこなしていると、ふとした拍子に彼女の言葉が蘇る。
「昔から、あんまり変わらないね」
それは本当に、良いことだったんだろうか。
昼休み。
コーヒーを片手に、窓際の席に腰を下ろす。
中学時代のことを、改めて思い返してみる。
思い出すたびに、どうしても都合のいい場面ばかりが浮かぶ。
でも、よく考えれば――。
相沢美咲は、誰にでも優しかった。
俺にだけ特別な言葉をかけてくれたわけじゃない。
放課後に二人きりになったことだって、たまたまだ。
あのとき感じた「特別」は、全部、俺の内側で勝手に作られたものだった可能性が高い。
勘違い。
そう言ってしまえば、それまでだ。
なのに、その勘違いに、十数年も縛られてきた。
――もし、あのとき告白していたら。
そう考えたことは、一度や二度じゃない。
でも今なら、少し冷静に分かる。
告白していたとしても、うまくいった保証なんてない。
むしろ、あっさり断られて、気まずくなって終わっていたかもしれない。
それでも、告白しなかった俺は、
「何も起こらなかった」という安全な記憶だけを抱えて生きてきた。
失敗していない代わりに、前にも進んでいない。
スマホが震えた。
彼女からかと思って、反射的に画面を見る。
違った。
同僚からの、業務連絡。
少しだけ、ほっとした自分に気づいて、苦笑する。
期待しないって決めたばかりだろ。
その日の帰り道、ふと思い立って、遠回りをした。
中学の通学路だった道。
コンビニができて、家が建て替わって、景色はだいぶ変わっている。
それでも、角を曲がる位置や、坂の傾斜は覚えている。
あの頃の自分は、この道を歩きながら、何を考えていたんだろう。
告白したら、関係が壊れるかもしれない。
でも、何もしなければ、何も始まらない。
分かっていたはずなのに、選ばなかった。
それを、ずっと「美しい初恋」として保存してきた。
家に着いて、鍵を開ける。
玄関の静けさが、やけに現実的だった。
初恋は、美化される。
そして、美化されたままじゃないと、保てない。
今、彼女と向き合っているのは、
その幻想が剥がれ落ちる瞬間なのかもしれない。
スマホをテーブルに置きながら、俺は小さく息を吐いた。
勘違いだったとしても。
それでも、あの頃の気持ちまで、嘘だったとは思いたくなかった。
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