第5話 期待してはいけない理由
家に帰ってからも、彼女の言葉が頭から離れなかった。
「私たち、ちゃんと“友達”でいられるかな」
問いかけというより、確認だったのかもしれない。
それとも、線を引くための言葉だったのか。
シャワーを浴びて、夕飯を簡単に済ませて、ソファに腰を下ろす。
テレビをつけても、音だけが流れて内容は入ってこない。
期待してはいけない。
分かっている。
彼女は結婚する。
それは事実で、予定で、もう動かない未来だ。
なのに、再会してからの数日で、心のどこかが勝手に浮ついている。
「もしも」という言葉が、何度も頭をよぎる。
スマホが震えた。
【今日はありがとう】
【説明会、助かりました】
業務上、問題のない内容。
でも、その一文だけで胸が反応する自分が情けない。
【こちらこそ】
【役に立てたならよかった】
すぐに返事をすると、間が空かずに次が来た。
【ねえ】
【変なこと言っていい?】
この前置きが、危険だと分かるようになってきている。
【内容による】
少し間があって、三点リーダーが表示される。
打っては消してを繰り返しているのが、分かってしまう。
【蓮見くんって】
【昔から、あんまり変わらないね】
それは褒め言葉なのか、そうじゃないのか。
【そうかな】
【自分では、結構変わったと思ってた】
【ううん】
【優しいところとか】
【無理しない距離の取り方とか】
無理しない距離。
それは、臆病とも言い換えられる。
俺は少し考えてから、正直に打った。
【壊したくないものがあると】
【慎重になるだけだよ】
送信してから、しまったと思った。
含みがありすぎる。
既読がつく。
しばらく返信は来ない。
その沈黙の間に、俺は思い出していた。
中学の頃、告白できなかった理由。
勇気がなかった、というより――壊れるのが怖かった。
今も同じだ。
違うのは、壊したら取り返しがつかないものが増えたこと。
スマホが、もう一度震えた。
【私も】
【壊したくない】
短い文だった。
でも、その中身は重い。
何を?
今の関係を?
結婚の予定を?
それとも、自分自身を?
聞けるはずがない。
【だから】
【期待しないでいようね】
画面を見つめたまま、俺は動けなくなった。
期待しない。
それは、俺に向けた言葉であり、彼女自身への言い聞かせでもある。
【分かってる】
【友達として、だろ】
【うん】
【それで十分】
十分。
その言葉が、胸に小さな痛みを残す。
スマホを伏せて、天井を見上げた。
期待してはいけない理由は、はっきりしている。
彼女は誰かの未来を選んでいて、俺はその外側にいる。
それでも――。
友達という言葉の中に、期待が混ざってしまうのは、止められなかった。
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