第16話 言わなかった後悔
あの夜から、彼女からの連絡は、また途切れがちになった。
忙しいんだろう。
結婚準備も、仕事も、全部重なっているはずだ。
そう頭では理解しているのに、胸の奥に残ったものが、なかなか消えてくれない。
――越えないでくれて、ありがとう。
あの言葉が、何度も思い返される。
正しかった。
間違っていなかった。
そう言い聞かせるたびに、別の感情が顔を出す。
……でも、本当にそれでよかったのか?
仕事中、ふとした拍子に思考が止まる。
書類の文字を追いながら、あの夜の彼女の表情が浮かぶ。
泣かなかった。
取り乱さなかった。
でも、確かに弱っていた。
あのとき、もし――。
そこまで考えて、首を振る。
意味のない仮定だ。
昼休み、屋上に出て、風に当たる。
空は高くて、雲がゆっくり流れている。
告白するつもりなんて、なかった。
最初から。
壊す気はない。
奪う資格もない。
選ばれる立場でもない。
それでも。
あの夜、何も言わなかったことを、
自分が「正解」として処理できていないことに気づいてしまった。
正しい選択と、後悔しない選択は、必ずしも同じじゃない。
夕方、スマホが震えた。
【昨日は、本当にありがとう】
【少し、落ち着いた】
胸の奥が、わずかに緩む。
【それなら、よかった】
【ねえ】
【あのときさ】
間が空く。
嫌な予感と、期待が同時に膨らむ。
【何も言わなかったの】
【後悔してない?】
画面を見つめたまま、指が止まる。
後悔していない。
そう言うのが、一番楽だった。
でも、それは嘘になる。
【……少しは】
正直に打ってしまった。
既読がつくまでの時間が、やけに長い。
【そっか】
短い返事。
それだけで、胸がざわつく。
【私ね】
【あのとき】
続く言葉を、待つ。
【何か言われたら】
【もっと、迷ってたと思う】
その一文で、すべてが腑に落ちた。
俺が言わなかったことで、
彼女は選び続けられた。
でも同時に――。
【でも】
【何も言われなかったから】
【少し、寂しかった】
息を呑む。
寂しかった。
その感情は、俺の中にも確かにあった。
【ごめん】
それしか返せなかった。
【ううん】
【謝らないで】
しばらくして、彼女が続けた。
【蓮見くんが】
【ちゃんと考えてくれてるのは、分かってる】
【だから】
【これ以上、迷わない】
その言葉は、決意だった。
画面を伏せて、深く息を吐く。
言わなかった後悔と、
言わせなかった後悔。
どちらも、消えることはない。
でも、はっきりしたことがある。
このまま、何も言わずに終わらせたら、
俺はきっと、この後悔を一生引きずる。
選ばれなくてもいい。
壊さなくてもいい。
それでも――。
自分の中で、この気持ちに、
名前をつけて終わらせる必要がある。
そのために、俺は次に進まなきゃいけない。
――言わなかった後悔が、
「言わなかったまま」終わる前に。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
あと数話で完結となります。
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