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初恋の人と再会したけど、彼女はもう婚約していた  作者: はねださら


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第15話 それでも、頼ってしまった夜

 彼女と距離を取ると決めてから、一週間が過ぎた。


 連絡は、ほとんど来なくなった。

 来ても、用件だけ。

 感情の入らない、短いやり取り。


 それが正しい形だと、頭では理解していた。

 だからこそ、夜になると、余計なことを考えてしまう。


 このまま、自然に終わっていくんだろうか。

 それとも――。


 その日は、残業で帰りが遅くなった。

 役所の照明が一部落とされ、廊下がやけに静かだ。


 裏口を出たところで、スマホが震えた。


【今、大丈夫?】


 彼女からだった。


 胸の奥が、嫌な音を立てる。

 大丈夫じゃない。

 でも、そう言える立場でもない。


【どうした】


 短く返す。

 数秒後、すぐに既読がついた。


【ごめん】

【急に】


 続くメッセージが、なかなか来ない。

 打っては消しているのが、分かってしまう。


【今日】

【ちょっと、しんどくて】


 その一文だけで、状況が想像できた。


 結婚準備。

 家族との話。

 決めなきゃいけないことの山。


 頼る相手は、本来、俺じゃない。


 分かっているのに、指が勝手に動いた。


【今、どこ】


【家】

【一人】


 胸が、きゅっと縮む。


【電話、できる?】


 すぐに着信が鳴った。


「……もしもし」


『ごめんね』

『こんな時間に』


「いいよ」


 声を聞いた瞬間、彼女が相当追い詰められているのが分かった。

 明るく振る舞おうとしているけど、息が浅い。


『今日ね』

『向こうの家と、いろいろあって』


「……うん」


『悪いわけじゃないの』

『みんな、正しいこと言ってるだけで』


 それが、一番つらいやつだ。


『私が』

『ちゃんとしなきゃいけないって』


 ちゃんと。

 その言葉に、苦さを覚える。


「ちゃんと、って」

「十分やってると思うけど」


『そう言ってもらえると、助かる』


 沈黙。

 電話越しに、彼女が息を整えているのが分かる。


『ねえ』

『少しだけ、会えないかな』


 心臓が、大きく跳ねた。


「……今から?」


『うん』

『ほんの少しでいいから』


 断る理由は、いくらでもあった。

 遅い時間。

 距離を取ると決めたばかり。

 何より、これは越えてはいけない線に近い。


 それでも――。


「……駅前のカフェ」

「まだ、開いてるところある」


『ありがとう』


 その一言が、胸に刺さった。


 夜の街は、人が少なかった。

 カフェの照明は落ち着いていて、時間が止まったみたいだった。


 彼女は、すでに来ていた。

 コートを着たまま、カップを両手で包んでいる。


「ごめん」


「いい」


 それだけで、席に着く。


 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 沈黙が重い。


「……私ね」


 彼女が、ぽつりと口を開いた。


「ちゃんと、選んだつもりだったの」

「迷いもあったけど、それでも」


 視線は、テーブルの上。


「でも、全部決まっていく中で」

「急に、怖くなって」


 声が、少し震えた。


「戻れないって分かってるのに」

「戻れないことを、実感するのが怖くて」


 俺は、何も言わずに聞いていた。

 慰める言葉も、正解も、持っていない。


 彼女は、顔を上げた。


「蓮見くんが」

「ここにいてくれて、よかった」


 その言葉に、胸が締め付けられる。


 手を伸ばせば、触れられる距離。

 抱き寄せれば、きっと泣くだろう。


 でも、それは――違う。


 俺は、ゆっくり息を吸って、言った。


「……今日は、話すだけにしよう」

「それ以上は、できない」


 一瞬、彼女の目が揺れた。

 でも、すぐに小さく頷く。


「……うん」

「それで、いい」


 しばらく、ただ話した。

 愚痴とも言えない愚痴。

 整理できない不安。


 時計を見ると、かなり遅くなっていた。


「そろそろ、帰ろうか」


「うん」


 店を出て、夜風に当たる。

 駅までの道を、並んで歩く。


 別れ際、彼女が立ち止まった。


「……ありがとう」

「越えないでくれて」


 その言葉が、胸に刺さる。


「俺も」

「助かった」


 嘘じゃなかった。


 手を振って、別れる。

 背中を向けて歩き出したあと、足が少しだけ震えた。


 越えなかった。

 越えなかったからこそ、残るものがある。


 家に帰って、ベッドに腰を下ろす。


 もし、あのとき一歩踏み出していたら。

 その想像を、無理やり打ち消した。


 それでも、はっきり分かった。


 彼女は、弱っているときに俺を選んだ。

 それが、どんな意味を持つのか。


 ――それを無視できるほど、

 俺はもう、他人じゃなかった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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