第13話 選ばれなかった理由
高瀬と別れたあと、俺はしばらく自席に戻れなかった。
トイレの個室に入り、ドアを閉めて、ようやく深く息を吐く。
鏡に映る自分の顔は、思っていたよりも落ち着いていた。
取り乱していない。
怒ってもいない。
ただ、静かに納得してしまっている。
それが、一番きつかった。
――いい人だった。
その一言で、すべてが片づいてしまう。
嫉妬も、悔しさも、感情としては確かにあるのに、
ぶつける先がどこにもない。
仕事に戻ると、淡々と時間が過ぎていった。
書類を処理し、電話を取り、質問に答える。
夕方、窓口が落ち着いた頃、スマホが震えた。
【今日は、打ち合わせお疲れさま】
【高瀬くん、来てたんだって?】
もう、隠す意味はない。
【来てたよ】
【いい人だな】
少しだけ間を置いて、返信が来る。
【……うん】
【でしょ】
その二文字に、いろんな感情が詰まっている気がした。
【ちゃんと、彼女のこと考えてる】
【ありがとう】
【そう言ってもらえると、嬉しい】
彼女が「嬉しい」と言う相手は、俺じゃない。
それが、はっきり分かるやり取りだった。
しばらく沈黙が続いてから、彼女がぽつりと送ってきた。
【ねえ】
【蓮見くんは、どう思った?】
どう思ったか。
羨ましい。
敵わない。
正しい。
全部、本音だ。
でも、そのまま送るわけにはいかなかった。
【大事にされてるなって】
【それだけ】
嘘じゃない。
でも、全部じゃない。
【……そっか】
その「そっか」が、やけに軽く見えた。
もしかしたら、期待していた答えがあったのかもしれない。
俺は、スマホを伏せて、しばらく考えた。
選ばれなかった理由は、何だったんだろう。
告白しなかったから?
積極的じゃなかったから?
それとも、単にタイミングが違っただけか。
でも、今日会って分かった。
理由なんて、そんな単純なものじゃない。
彼女は、高瀬を「選んだ」。
それは、条件でも妥協でもなく、
ちゃんと未来を見た選択だった。
俺は、その未来の外側にいる。
それだけの話だ。
夜、家に帰ってシャワーを浴びる。
湯気の中で、胸の奥に残っていた感情が、少しずつほどけていく。
悔しい。
でも、否定はできない。
もし立場が逆だったら、
俺も彼女に「いい人」を選んでほしいと思っただろう。
スマホを手に取る。
通知は、ない。
それでいい、と自分に言い聞かせる。
選ばれなかった理由を探すのは、
もう、やめにしよう。
理由を知ったところで、
選ばれなかった事実は、変わらない。
そう分かってしまったことが、
この日いちばんの、大人の実感だった。
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