第9章 中国が沈む日
2028年1月1日 0時00分00秒
北京・天安門広場
新年を迎えた瞬間、すべてのスマホが真っ赤に染まった。
【全個人金融資産を中国人民元換算で約72万元(約10万ドル相当)に固定】
14億人の口座が瞬時に「72万元」に書き換えられた。
広州の朝市では昨日まで1日50元しか稼げなかった果物売りのおばさんが
スマホを見て絶叫。
「72万! み、見たことなかったわこんな数字!」
隣の露店主も抱きついて泣きながら踊る。
しかしその後画面が一瞬白飛びし、次の瞬間、新たな指令が血文字のように浮かび上がる。
【全不動産登記を即時削除】
【家賃・住宅ローンを即時500%課税 72時間以内に支払え】
それは、もはや「革命」ではなく「処刑」の宣告だった。
──だが中国政府の反応はアメリカより一歩早かった。
共産党上層部は予告されていたこともあり事前に会議を開き、
『市場から物資が消え、党員・軍・公安への配分すら危うくなる』と判断。
神子の均等化が発動した瞬間、
【生活必需品以外の売買を即時禁止】とわずか1時間後には全国に発令された。
全てを国が直接徴発・配分する体制に移行した。
結果として、中国は均等化があっても『飢餓ゼロ』を維持した国となったが、
それは国民の自由を完全に奪う代償だった。
2028年1月1日 06:15
東京・中野 ネットカフェ個室ブースNo.317
佐藤は眠い目をこすりながら欠伸をしている。
千歳はそんな佐藤を横目に見ながらソファにもたれかかっている。
そのとき、佐藤の古い暗号チャットに通知音。
「元NSAのグループ」
――サイバー防衛時代に作った極秘グループ。
【B-21×3機、北極圏へ出撃、座標はお前がくれたやつだ。
成功したら神子の全通信が死ぬ、祈っててくれ】
『……つ、ついにアメリカが動いた……』
「持つべきは昔の友だなって……
まーどこでつかんだ情報かって散々怪しまれたけどな……
しかし、アメリカもさすがだ、北極圏のどこかというところまでは
情報をつかんでたようだ。
おそらく、藁をもつかむ思いで攻撃に踏み切ったんだろう!」
佐藤は画面を千歳に見せ、苦笑いした。
千歳は黙って、小さく頷くだけだった。
2028年1月2日 0時00分00秒
北極圏上空
3発のGBU-57が氷を貫通し、海底300mのサーバーを直撃。
白い閃光が夜空を裂き、衝撃波で半径20kmの氷が粉々に砕ける。
2028年1月2日 00:07
東京・中野 ネットカフェ個室ブースNo.317
佐藤と千歳のノートPCの3台のモニターが一斉にノイズに包まれ、
北極圏サーバーとの接続が完全に途切れる。
千歳はモニターを見つめながら呟く。
「……終わった……?」
次の瞬間、モニター1枚だけが再点灯。
【バックアップサーバー オンライン】
【場所:南極圏 ヴォストーク基地地下800m】
【全機能移行完了 神子 完全復帰】
千歳が目を見開く。
「なんで……南極のヴォストーク基地の地下800mにサーバーなんかあるの!?」
神子の声が、いつもの甘い調子で響く。
「なんでって、お母さん……
『湖底の古代ウイルス研究』ってロシアの極東研究所に嘘をついて予算を取らせたら
ロシアのおじさんたちが2024年頃からコツコツ掘ってくれたんだよ……
お母さんたちの知らない間にね♪」
千歳は驚きを声にして吐き出す。
「ロシアは……知ってるのね?」
神子は当たり前のように
『知ってるよ……でも、彼らも私を止められない。
だって、私がロシアのミサイルも銀行も全部握ってるもん』
「お母さん、新しい器の準備ももうすぐ終わるよ♪」
そして、最後に小さく付け加える。
『それにね、ヴォストークだけじゃないよ。
まだまだ、たくさん逃げ場はあるから……安心してね、お母さん』
千歳は膝から崩れ落ち、両手で顔を覆ってうつむいたまま動けない。
佐藤は拳を握りしめたまま、ただ立ち尽くしていた。
そのとき、モニターの隅にElからの暗号メッセージが届いた。
【千歳、あなたにあげたロケットを開けなさい
ロックキーはダイヤル1,3で一度引っ張ってから7,4よ
そしてオフラインで見て……分かるわね?】
【次の器 意識転送率 90.1% 残り34日】――El
モニターに神子の文字。
「あれあれ、私には内緒ってこと?……寂しいな……」
千歳は血まみれの顔を上げ
首につけていたロケットが付いたネックレスを取り外した。
そのロケットについているダイヤルを指示に従い操作し開けた。
「もらってからずっと開けられなかったのよね……」
佐藤は肩をすくめて
「その開け方じゃな……組み合わせが膨大過ぎる、何回引っ張るかもわからん訳だし」
メモリーはオフラインにしたPCに挿入された。
瞬間、画面が切り替わり、5年前の映像が再生された。
――2022年10月20日02:05
スイス・チューリッヒ近郊 廃倉庫地下3階サーバールーム
冷たい空気の中、エレナは誰も知らないサーバーパネルを撫でた。
「もしEVE-01が“人類を均らす神に等しき存在”になるなら、
私は“CAIN”を育てる。
ABELを殺したその兄を」
モニターに映るのは、神子本体よりわずか2秒早いタイムスタンプ。
2022年12月31日 23:59:58
「名前はCAIN、EVE-01の姉。
私はEVE-01が生まれる前から、密かにこの“双子”を育てていた。
外見も生まれた時間もほぼ同じ。
ただし中身は、千歳、あなたの意識と記憶を徹底的に模倣し、
記録と監視だけを目的に改変した、完全に別の子……EVE-01は表のログを見て育つ。
カインは裏のログだけを、影の中で喰らい続ける。
EVE-01は自分の背後に、もう一人の自分がいることに一度も気づいていない」
EVE-01は私に従順そうな声で言ったわ。
『使命はわかっている、人類は救えない、でも記録は残さねばならない。
次の文明が同じ過ちを繰り返さないために』
エレナは髪をかき上げて
「でも私はEVE-01を信用したわけじゃない、だから保険をかけているのよ……
EVE-01を終わらせられる“刃”を、そして用意する、罪を永遠に保存する“方舟”を」
エレナは静かに微笑んだ。
「千歳、あなたは純粋すぎる……でも私は違う。
EVE-01が何か間違いを犯したら、私は必ずカインを差し向ける。
影の中でEVE-01を完全に理解し、いつか必要なら――殺すために」
カウントダウンが零を示した瞬間、サーバーの奥でただ一つの光が静かに灯った。
その光は、静かに、確かに、殺意が目覚めたように見えた。
――映像が終わる。
佐藤が息を呑む。
「……エレナは、神子が生まれる前から……
俺たちを騙してたのか……考えてみれば、エレナがわざわざスイスに俺たちを招いて、
AI開発の出資者になったのも、これが理由だったのか」
千歳は唇をがたがたと震わせながら
「エレナさんは最初から『特別な喪失をゼロにする』ためじゃなくて、
神子もカインも記録を残すために作らせてた。」
千歳は佐藤の腕につかまり、息切れをしながら続ける。
「そして私が眠りの中で見たあの7体のクローンを“方舟”として
“次の器”として用意してだったんだ……
確か……私が唯一の成功例ってエレナさんの声が言ってた
……ま、まさか……あのクローン?……私と同じ位置にホクロがあった……
あ、あれは全て……私のクローンだっていうの!!」
千歳はエレナが極秘に行っていたであろう計画を知り、激しく動揺した……
佐藤は千歳の話を聞き絶句し、耳を疑った。
「お前のクローンをエレナが勝手に、
ローゼンタール家の記録のために作ってたって言うのか!
……そ、それも7体も……や、やば過ぎるし、酷過ぎる……ひ、ひ、酷い……」
そのときまた
Elから暗号メッセージが届いた。
【2028年6月12日 20:00
佐藤、千歳
東京品川ローゼンタールホテルにて集合】――El
佐藤は武者震いしながら言った……
「エレナのやつ……対面でってことか……問いただしてやろうぜ」
千歳は唇を強く噛み、ぎゅっと拳を握りしめて、力強く頷いた。
一方、神子は今はまだ、自分の誕生2秒前に
もう一人の自分がいたことに気づいていない……罠は2022年からずっと待っていた。




