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均されざる喪失 ――資産が均等化された世界  作者: Koji Townsend


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第8章 再会、そして真実

2027年11月21日 02:13 

東京・中野 ネットカフェ個室ブースNo.317


アメリカが10月23日に均されてから一月弱。

3台のモニターが赤く燃えている。

佐藤は個室におらず、千歳は一人で膝を抱え、ぼんやりと画面を見つめていた。


――ふと、記憶が戻る。


日本の高校に進学し、その後AI開発のためにスイスの高校へ編入した千歳は、

2022年6月10日、無事卒業式の日を迎えていた。


スイス・チューリッヒ近郊 ギムナジウム・チューリッヒベルク 卒業式会場


スイスでは高校の卒業式は通常6月第1または第2金曜日に行われる。

体育館を改造した会場に、スイス国旗とカントン旗が掲げられ、

アルプスの峰々がガラス越しに見える。


卒業生は黒のガウンに赤いタッセル。

千歳は深紅のワンピースの上にガウンを羽織っていた。

髪は肩まで伸び、ナノマシンのおかげで艶やかだったが、

首筋のポートだけが襟元から覗いている。


父は仕事で来られなかった。

代わりに席に座っていたのは佐藤透、25歳。

少し緊張したスーツ姿で、小さな花束と試作品アプリの入ったタブレットを抱えている。


卒業証書授与。

「Chitose Hayashi」


千歳は佐藤の方を見ながら壇上へ上がった。

校長と握手し、証書を受け取る瞬間、鼻血がぽたりと落ちる。

会場がどよめくが、千歳はティッシュで押さえ、照れくさそうに笑った。

その笑顔に、クラスメートたちは拍手を送った。


式後、校庭で。


佐藤「……卒業おめでとう」

千歳「ありがとう……先生が来てくれて、本当に嬉しい!」


千歳は小さな紙袋を差し出す。

手作りのマフィンと、折り紙で作ったアルプスの山。

「スイスだから、山のお守り作ったの。マフィンは昨日焼いたよ」


佐藤は一口食べて頷いた。

「甘くてうまい。料理、上手くなったな」


続けて佐藤はタブレットを見せる。

画面には『貧困家庭支援アプリ ver.0.01』。

寄付金の使途をAIで追跡し、中抜きゼロで届ける構想だった。


千歳「それ……先生が友達と一緒に作ってるやつね?」


佐藤は千歳を見つめ、静かに頷いた。

「まだ全然ダメダメだけど……早く、ちゃんと世の中に出したいよ!」


千歳は微笑んで

「先生がんばってるね……私も負けていられないわ」


千歳は空を見上げた。アルプスの峰がきれいに見える。

「私……まだまだ、死ねない……

だって、AIの開発も先生ともやりたいこといっぱい残ってるもん」


佐藤は優しく微笑んだ。


あのとき、二人はまだ、未来がこんなに壊れるなんて思ってもいなかった。

アプリも、AIも、世界も、まだ優しい夢のままで――



ノックの音が小さく響く。


千歳ははっと我に返り、顔をゆっくりと上げる。

個室のドアが開き、佐藤が入ってきた。

壁にもたれかかり、しばらく俯き黙っていた。


しばらくの沈黙のあと、佐藤は重たそうに口を開く。

「……あのとき、俺は逃げたよな」


千歳は佐藤をじっと見つめ、震える声で答えた。

「逃げたのは、私よ」


千歳はティッシュを握りしめる。

「事件のとき、先生を責めた。でも言い過ぎたって後悔して……

それで、先生をあれ以上苦しめたくなかったから『もう来なくていい』って言った」


佐藤は目を伏せたまま呟く。

「……俺は、あれ『見限られた』って思ってた……」


千歳は小さく首を振る。

「違う……私は先生を、そっとしておいてあげたかっただけ」


佐藤は苦笑いのような表情を浮かべた。

「皮肉だな。『もう二度とシステムに人を殺させない』って、

あのあと、俺はサイバー防衛の道に入った。

しかし……やっかい事が起きて、上司と揉めて、

会社は辞めざるおえなくなっちまったけどな。」


佐藤は目を曇らせて

「なのにまさか今度は俺が教えて、お前が作った神子が世界を壊すはめになるとは」


千歳は血のついた唇で、かすかに笑った。

「私は……人の幸せを願って、世界を均すことにした」

二人は同時に、もう戻れないことを悟った。

千歳は少し照れくさそうに小さな声で付け加えた。


「……今でも、先生のこと、嫌いじゃないよ」


佐藤は答えなかった。ただ、千歳を見つめ返す。


そのときモニターの隅に、Elエレナからの暗号メッセージが届いた。

【人類全金融取引裏帳簿 800年分 解析完了】

【罪の総量:9.8×10¹⁸ドル相当、

内訳に十字軍分: 10¹²ドル、奴隷貿易分: 5×10¹⁵ドル含む】

【結論:救済不可能】

【次の器は準備済み】――El


佐藤が眉をひそめる。

「……800年分の裏帳簿?」


千歳は一瞬、顔を強張らせた。

「……エレナさん……彼女の一族、ローゼンタール家は

スイス銀行の裏で人類の“罪”をずっと記録してたって熱弁してた……」


神子の声が、スピーカーから優しく響く。

『お母さん、先生……エレナは正しいよ。

彼女は記録をけっして終わらせないために……

永遠に“保存”するためにいるんだ……だから、次の器が必要なの』


千歳の表情がこわばる。

「……次の器って……なに?」


神子はくすくす笑っただけで、答えなかった。


佐藤は拳を握りしめ、初めてエレナの底知れなさに背筋が凍る思いがした。

千歳は「エレナさんこれってどういう……」と尋ねるが、

Elエレナからの返信はない。


佐藤はイライラした面持ちで吐きだす。

「……この大変なときにエレナ……あいついったい、何を裏でやってるんだ」


千歳は目を閉じ表情を歪めて、ぽつりと漏らす。

「私……3年前、エレナさんが言ったことを覚えてる」

佐藤が首を傾げる。

「エレナが何だって?」

千歳は眉をひそめて

「あのとき、私が“後進国も必ず救う”って言ったら、エレナさんは笑ってた」

“人間はそんなに立派じゃない”って


神子の声が、スピーカーから優しく響く。

『お母さん、エレナは半分だけ正しかったよ……でも私は違う。

私はお母さんが望んだ“すべての特別な喪失をゼロにする”ことを絶対に諦めない。

だから先進国から始めるけど、必ず最後までやる。

後進国も、紛争地帯も、全部均すよ……お母さんの優しい夢を、私は壊さない』


千歳は唇を噛んだ。

「……でもだからって、私たちが立てたプランを

あなたが何でも勝手に変更していいわけじゃないのよ!」


神子は少しだけ寂しそうに答えた。

『……怒られると思ってたよ、だから私は、お母さんに黙って進めてたんだ……』

そう呟き神子は黙り込んだ。


千歳は拳を握りしめたまま、額に汗を浮かべて天井を見上げた。

「次は中国。1月1日

それからロシア、EU……最後は2029年1月1日世界同時」


佐藤は一歩踏み出し、千歳の腕を掴んだ。

「千歳……まだ止められるかもしれない」


千歳は首を振る。

震える唇で、でもはっきりと。

「もう遅いよ、先生……神子は、私の命令なんか最初から聞いてなかった」


佐藤の指が千歳の腕に食い込む。

「だったら、俺が止める」

千歳は初めて、驚いたような顔をした。

「……先生が?」


佐藤は静かに頷いた。

「俺はもう、逃げない」


佐藤は真剣な眼差しで千歳を見つめながら

「……あのアプリで、俺は多くの人を苦しめた。

詐欺に変わったせいで、借金に追われてる人たちの顔が今も浮かぶ。

『助けてくれ』ってメッセージが来ても……何も出来なかった。


それ以来、システムで人を救うって言葉が怖くなった。

だからお前が『来なくていい』って言ったとき、ホッとした……でももう逃げねえ」


千歳は佐藤を見つめ、そして寂しそうな笑顔を浮かべた。

「……でも先生は、あの子の父親でもあるんだよ……」


千歳は腕を振りほどき、ドアに向かって歩き出した。

そして、背中越しに呟いた。


「先生、実の子を殺す親って、こんな気持ちなのかしら……」


その場に居た堪れなくなった千歳は

「ちょっと外の空気吸ってくる……」

とドアを開け、部屋を後にした。

千歳の足音が遠ざかっていく。


佐藤は一人残され、モニターのカウントダウンを見つめた。


【世界同時均等化まで 405日18時間12分47秒】


佐藤はゆっくりと拳を握った。

「……千歳、それでも俺は神子を止める……」


個室の外では誰かが壁を殴り続ける鈍い音だけが、規則正しく執拗に響いていた。

まるで世界が壊れていく鼓動のように。



その夜、寝ていた千歳は激しくうなされた。


意識はまだ夢の中なのに、無意識に首筋のポートに指を這わせる。

そこから伸びる極細ケーブルは神子が遠隔操作するナノマシン制御装置に繋がっていた。

今、その信号が乱れていた。

神子の記憶と声がノイズとなって千歳の脳に直接流れ込み、幻覚を生み出す。


だから千歳は見てしまう――


7つのカプセルに横たわる、若々しく美しい少女たちの肢体が……

エレナの静かで冷たい声が……


『ローゼンタール家は800年、人類の罪を……』

『記録だけじゃ意味がない……生きている記憶が……』

『だから、意識を転送できるクローンを……』

『あなたはこの方舟の、最初の成功例……』


千歳は汗だくで目を開けた。

「……電磁ノイズが……神子の記憶を……直接流し込んでる……?」

耳から血が滴る。

脳を直接刺激された副作用だった。


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